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第五話 無惨の宴舞台裏・後編 5~12日


五日目。
 竜の胴体と同時進行で各部パーツを作り始めた。バランスを重視しながらもあえてアンバ
ランスな部品を作ることで全体の印象をより強くする。

「翼は大きく、とことん大きくだ」
「図鑑の竜より大きくていいのか?」
「リアリティよりインパクトを重視する。そうだな……数も増やすか。四対八枚にしよう。
見た瞬間『なんだこれ!?』とビビって大人でも小便もらすようなのがいい」
「オッケー、任せとけ」
「といってもリアリティを軽んじるわけじゃないからね。その辺履き違えたら承知しないよ」

 凝れば凝るほど作業は増える。一度細工されてしまえば、使い魔はその細工を再現するこ
とができた。それをなるだけ有効活用し、びっしりと全身を覆う鱗などは使い魔に任せ、だ
が目立つ部分はやはり自分で仕上げ、そうなれば目立たない部分も色々と調整したくなり、
一人と一匹の共同作業に終わりは見えず、夜はふけてゆく。


 六日目。
 基本的に五日目と同じやり方を踏襲していたが、合理化できる部分は極力合理化した。食
事は中庭に持ち込み、使い魔の食事から孵化までも中庭で行わせ、簡易寝具を持ち込んで就
寝も中庭で済ませ、大ダライに湯を張って湯浴みも中庭でする。
 湯浴み以外の手伝いは全て使い魔達にやらせた。
「風呂の手伝いもさせろよ! 俺同性だよ!? 卵だって産んじゃうんだよ!? 女同士じ
ゃん、何も意識したりすることないって! 裸のつき合い、ええ実に素晴らしいことじゃな
いですか!」
 などとのたまっていたが、「こいつにだけは絶対裸体を見せたりすまい」と決心した王女
の意思とスカートは金剛石よりも固く、カーテンで覆い隠して覗く余地を与えなかったため、
かえって想像をふくらませた使い魔の鼻息が荒くなったりもしたが作業は滞りなく進行した。

 夜は松明に火をともし、体力の限界がくるまで竜の素体と格闘する。ここをこうしよう、
そこはああしようなどと考え、ちょっとした思いつきなども残らずメモをとらせ、体がバラ
バラの竜が少しずつ完成に近づいていった。


 七日目。
 中庭に集積されたゴミの臭気はプチ・トロワ全体に漂い、ただでさえ評判の悪い王女の評
判をさらに貶めていたが、本人も使い魔もまるで気にしていなかった。
 中庭にこもり何をしているのか。この臭いはいったい何なのか。どうも使い魔が城下から
ゴミを運んでいるらしい。それをどうしているのか。どうせろくなことではあるまい。
 このような噂も引きこもった王女の耳に届くことはなく、大まかな形作りは終盤に差し掛
かり、いよいよ仕上げに入ろうとしていた。


 八日目。
「色はどうする? 図鑑のまんまでいいのか?」
「なるだけゴージャスな色にしたいねぇ……よし、燦然と光る黄金色でいこう」
「ゴールドドラゴンか! かっこいいな」
「表面にはちょっと傷を走らせて、きらびやかなだけじゃなく汚れもつける。さっき作った
ばっかりですってんじゃダメだ。数百年の時間が感じられなきゃならない。物語を込めろ」

 イザベラ自身は気づいていなかったが、彼女はこの創作活動を楽しんでいた。魔法の習得
に関しては、常に自分の前を年下の従姉妹が歩いていた。魔法の腕前だけではない。学科や
運動も勝っていたことはなく、努力に努力を重ねても追い越すことができないと悟ってから
は努力そのものをやめ、差は広がる一方になり、荒み、人心までもが従姉妹に傾いていき、
腹いせに従姉妹をいじめ、だがそれでも心は晴れず、一層荒れた。
 そんな彼女にとっては初めての体験ともいえる実のなる努力だった。学べば学んだだけ身
についた。少しずつ完成していく巨大な竜を眺めると誇らしくなった。
 イザベラはより早く、だがけして雑にならない速度で製作を進めた。


 九日目。
 パーツごとの仕上げは佳境に入っていた。

「舌と鱗は違う。眼球と角も違うし歯も爪もみな違う。質感の再現性がまだ足りないんだよ」
「とは言ってもなぁ。俺、竜見たことないし。図鑑だけじゃ質感まで分からないよ」
「だったら蛇でも亀でもトカゲでも分かるもので代用して再現しな。問題がある箇所は適宜
わたしが指導する」

 岩石でも噛み砕いてしまいそうなズラリと並んだ牙。人間ごときは触れただけで引き裂い
てしまう鋭い爪。銃弾どころか砲弾まで跳ね返す強固な鱗に、気の弱い者なら睨み殺してし
まうであろうぎょろりとした大きな目玉。あとはこれらを組み立てるだけだ。 


 十日目。
 完成が近づくにつれ、見えにくかった問題が顕在化しはじめる。
「飛べないってのはどういうことだい」
「これだけの大きさだぜ? いくら翼が大きくても無理があるって」
「飛来する流星を捕まえたことがあるなんて吹いていたのはどこのどいつだったっけ」
「そりゃ嘘じゃないよ。全身筋肉みたいなもんだから跳ぶことはできる。それこそ流星捕ま
えるスピードだって出せるさ。でもバッサバッサと羽ばたくのは無理だ」

 実地でなければ分からないこともある。
 各種パーツを白布でくるんで荷馬車に積み込み、郊外の丘に遠征した。数日ぶりに顔を見
せるイザベラは宮殿で働く者達を驚かせていたようだが、そんなことにかかずらっている暇
はなかった。馬に鞭を打って丘まで急ぎ、いそいそと封を開けてパーツを取り出し、竜にな
るよう組み立てる。組み立てた竜を丘の上から走らせ、勢いよく地を蹴り上げ……ズシンと
着地した。そもそも竜が航空力学を無視して飛ぶのは魔法の力によるものが大きい。使い魔
が模した竜――それも並の竜より二周りは大きい――が飛べるわけはなかった。

 しかし飛べない竜はただの大トカゲでしかない。無理を通してでも飛ばす必要がある。
 レビテーションは論外だ。対象があまりにも大き過ぎる。
 フネの風石を流用するか。イザベラの力量では扱うのが難しい。というか不可能だ。
 火薬を爆発させその勢いで……きっと粉々に砕け散る。
 イザベラは考える。考えれば何かしら見つかるはず。何かないかと可能性を探してまわる。
 飛ぶためにはどうするか。飛ぶものといえば竜の他に鳥、蝙蝠、ムササビ、蝶、蜂、トン
ボ、蝿や蚊、ワイバーン、グリフォン、マンティコア、フネ、風船……風船?

「風船か……でも浮かぶだけじゃダメだ」
 ふわふわ浮かぶだけでは迫力を損なう。だが体重を減らす手段としてはありかもしれない。
「お前、羽ばたくのは無理だと言ったね。じゃあ滑空は?」
「それでも重すぎるよ」
「中身をくり抜けば?」
「それは……どうなるだろ。試してみないとちょっと分からないな」
「だったら試してみればいい。並の竜じゃないんだ、肉を減らしても死にやしない」

 中身を取り出すため、竜を横に寝かせて腹を縦に引き切った。字面からは猟奇的な雰囲気
を感じるが、やっていることは粘土細工に近い。
「うう……なんか手術みたいで嫌だ……」
「どうせ痛みなんぞ感じないくせに。黙って切られてな」
 取り出す量が少なければ飛べないが、取り出す量が多すぎては形が崩れてしまう。慎重に
出し入れし、腹だけでなく胸や首、軽量化できる中身は全て削ぎ落とす。その度滑空を試み
るがなかなか上手くいかない。肉眼では見えない微小な通気孔を鱗に配し、制御の助けとす
る。脚部を太くし、翼の形を変え、肉質をいじり、全体の形を整え空気抵抗を減らし、助走
や呼吸法にいたるまで試行錯誤を繰り返し、日が落ちてきたところで三十八度目のフライト。
「よおおおし……いけぇっ!」
「おおよっ!」
 首にかじりついたイザベラの号令に従い、使い魔が丘を駆け下り、大地を蹴った。


 風を切ったというほどの爽快感はなかった。
「おお……」
 不意の突風になんとか乗り上げたというのが実情に近い。
「おおおおお……」
 吹きつける向かい風がイザベラの髪をなぶり、巨大な翼に浮力を生み出す。
「おおおおおおお……!」
「すげえ! すげえぞ!」

 空が、近い。一番星が頭上で瞬き、雲はもっと近い場所に流れている。風は強いが気持ち
よく、空気は冷たく肌を刺す。主と使い魔は本人以外に意味の分からない歓声をあげた。
 イザベラは竜の太い首をしっかと抱いて身を乗り出した。城下の灯りが点々と目に入る。
「よし、このまま宮殿に戻って竜に跨り凱旋としゃれこむか。行けるね?」
「な、なんとか頑張ってみる。風の掴み方が分かってきた……ような気がする」

 生兵法は怪我のもとという言葉がある。あやふやな感覚で理解したつもりになっているい
る時が一番危ない。
 風が主翼を突き上げた。吹き飛ばされないようイザベラは首にしがみつき、そのため直接
胸の感触を味わって使い魔はにやついたが、いつまでもにやにやしている余裕など無い。バ
ランスを崩し、右に旋回しながら草原の上に不時着するのが精一杯だ。

 衝撃が丈の長い草をなぎ払い、間を置かず圧倒的な質量が押し潰し、薄闇の中でもうもうと
土煙があがり、イザベラを大いに咳き込ませた。使い魔の方は咳き込むどころではなく、下
手に搭乗者を気遣ったため自分のことをおろそかにし、口の大部分をブレーキ代わりに土山
の中へ突っ込んでようやく停止した。
 その滑稽な体勢が笑いを誘った。失敗を怒鳴りつけてやろうとしたイザベラも例外ではな
く、使い魔の無様な姿に腹を抱えた。土山からなんとか顔を引きずり出し、情け無い表情で
こちらを向いた使い魔も不意にぷっと吹き出した。

「イザベラ、その顔。泥がかかって誰か分からなくなってるぞ」
「よりによってお前に言われたかないね。自分の顔を鏡で見てごらん」

 お互いの顔を指差して一しきり笑ってから、使い魔は主を背に乗せて丘へのぼった。一度
飛べたからには二度三度飛べるはず。今度こそ絶対に宮殿……いや、せめてリュティスまで
竜の背に乗っていく。イザベラはそう宣言し、巨大な竜は唯々諾々と従った。

「これで満足してちゃわたしの使い魔になる資格はないからね。さあもういっぺん丘の上だ。
二度目の失敗は許さないから覚悟して飛べ」
「プレッシャーかけるなよ。俺、そういうのに弱いんだって」

 八度試みた結果、リュティスの街外れが最長到達点となった。宣言通りにいったかどうか
はなんとも微妙なところだったが、イザベラは大変に満足し、家路を急ごうとしたところで
馬車を置いてきたことを思い出し、再び使い魔に跨って徒歩で馬車をとりに戻った。それで
も王女の機嫌は良いままで、使い魔の下品な冗談にも軽口を返し、月下にあって月よりも闇
に映える黄金色の鱗を愛おしげに撫でた。


 ドッキリ当日。
 まさかこんなことになるとは思ってもいなかった。
 人形娘の風竜はもちろん、老成した竜でさえ子供扱いするイザベラの使い魔が呆然と見上
げていた。一歩踏み出すごとに地が揺れ、臓腑が震え、歯の根が合わず、許しを請うためそ
の場に平伏せんとする我が身を必死で抑えた。
 腕を振るえば雲まで届き、足を下ろせば砦が崩れ、魔法を使えば山が吹き飛ぶ。頭から足の
裏までおよそ一リーグはあろう巨大なシャルロットがイザベラを目指して歩いていた。その
表情から読み取れるものは何もなかったが、イザベラの方には攻撃される心当たりが山とある。
現に今もドッキリで引っ掛け、笑いものにしてやろうと待ち構えていた。

「もうダメだ。あんなバカでかい相手にドッキリなんて不可能だ」
 振り絞るような使い魔の弱音。
「このままじゃ俺達殺されちゃうよ。イザベラ、早く謝ってくれ」
「……」
 声が出ない。
「お願いだ。イザベラ。あんなのに踏み潰されたら俺だって殺される」
「嫌だ……」
 唇から入り、口の中、舌の向こう、喉の奥、声帯や気道を抜け、肺を通り越し、まだその
先にある何かがイザベラに言わせている。
「嫌だ……そんなの嫌だ……あんなに……あんなに頑張ったのに……!」


 跳ね起きた。
「ちっ……またか。使い回しのオチとはいただけないね」
 口調こそ皮肉っぽいが、やはり息は荒い。鼓動は跳ねている。頬は上気して赤くなり、額
には玉の汗が浮かんでいた。窓の外は未だ月が高く、カーテンを貫いた月光が薄く室内を照
らしている。枕元の水差しに手を伸ばしかけ、その手を途中で止め、止めた手を顔へ向け、
両目を覆ってふっと息をついた。

「どうしたイザベラ、また怖い夢見たのか」
「お前は黙って横になってな。これから寝直すのに枕がなきゃ困るだろ」

 両手両脚を投げ出して大の字で寝転がり、数秒ほど天井を見つめてから、赤ん坊のように
丸まった。汗が引き、鼓動が平静を取り戻す。
 悪夢は悪夢だが、恐慌をきたすようなことはなかった。どちらかといえば落ち着いていた。
落ち着くというより落ち込んでいたのかもしれない。なぜこのような夢を見るのか、薄々で
はあるが心当たりがあり、そのことがイザベラを落ち込ませる。丸くなりながらも目は瞑ら
ずに真っ直ぐ壁を見た。親指の爪を糸切り歯で噛みつけた。考えれば考えるほど腹が立った。

 違和感は感じていた。数日を費やして巨大な竜を作り上げ、それを飛ばすことまで成功さ
せた。気分は高揚して、幼い全能感にひたっていた。だが、そんな中でも喉の奥にささった
魚の小骨にも似た、拭いきれない違和感があった。
 イザベラは考えた。考えれば答えは出るだろうと思い、事実答えらしきものを見つけるこ
とはできた。その答えはイザベラが見たくなかった答えだった。箱に入れてから鍵をかけ、
見ないふりでここまできたものだった。

 これからドッキリを仕掛けようという相手は竜を使い魔にしている。幼生ではあるが、紛
れもない本物の竜だ。火竜の棲む山へ出向いたこともあるし、仕事で他に竜を目にする機会
があったかもしれない。
 イザベラは何回か遠目に見たことがあるきりだ。あとは図鑑をひらいて眺めたことと、空
想するくらいがせいぜいだった。
 本物の竜に慣れ親しんだ人間を、竜に触れたこともない人間が、偽者の竜を使って騙そう
とする。机上で戦術を学んだ青二才が歴戦の名将を相手に戦を挑むのと何が違うだろう。両
者とも同じ未来が待ち受けている。

 羊水に包まれた胎児と同じ姿勢をとりながらイザベラはさらに深く考えた。自分で見たく
ない、認めたくないという理由から、心の奥底に埋めてしまった物事をほじくり返す精神的
活動は自傷行為にも等しかったが、やめることもできずに深く深く考えた。


 違和感があるのなら、そこで立ち止まって問題を洗い出すこともできた。計画の無謀に気
づき、無理の無いやり方へ軟着陸することもできたはずだ。だがイザベラはしなかった。

 竜という生き物への淡い憧憬は否定できない。風竜に乗って去りゆく背中を見る時、必ず
と言っていいほど憎々しい感情を覚えた。使い魔を召喚する時も、まず竜を呼び出してやり
たいと願った。背に跨って空を飛び、下界を見下ろせばどれだけ気持ちがよいだろうと思い、
実際にそれはとても素晴らしい体験だった。
 だからこそ計画の穴を見ないふりで見過ごし、推し進めようとした。穴はあるかもしれな
い。でも大丈夫。しょせん相手は人形娘。イザベラ様の敵じゃない。

 ――何がしょせんだ。

 人形娘、ガーゴイル、七号といった数々の蔑称を考案、臣下にもそう呼ぶよう強制し、自
分より一段低い存在として貶めようとした。本当に低い存在ならわざわざ貶める必要は無い。
才能の有無を誰より意識していたのはイザベラ自身だ。

 人形娘程度なら偽の竜でも騙される。しょせんはガーゴイル、人間様にはかなわない。七
号が王女に逆らうなんて許されない。わたしは勝者であいつは敗者。

 最初は自分を慰めるための方便に過ぎなかった。イザベラの努力は報われず、走ってもシ
ャルロットに追いつけず、あがけばあがくだけ惨めになる。現実から目を背けてしまいたか
った。いつの間にかそのための言い訳が自己欺瞞に化け、勘違いしているという自覚もない
まま何も考えずにここまできた。イザベラとシャルロットの二人を知る人間で、イザベラの
方が優れていると本気で考えている人間がどれだけいるだろう。きっと一人もいない。イザ
ベラだってそんなことは思っていない。

 事実から目を逸らし、自己欺瞞に引きづられ、計画を失敗させるギリギリのところまでき
た。竜に見えない竜で脅しをかけようとする裸の王女様はさぞかし滑稽な道化となることだ
ろう。オルレアン派の連中が陰で叫ぶ快哉がここまで聞こえてくるようだ。
 皆が笑っている。皆に笑われている。無能王の無能な娘が偉ぶっていると指を指されてい
る。本来そこに座るべきはお前なんかじゃないと囁かれている。おべんちゃらや追従を真に
受け、道化を演じている馬鹿な娘を笑いものにしている。誰もかばってはくれない。味方は
いない。愛する人もいない。好きになってもくれない。一人ぼっち。
 敗北感と無力感が全てを黒一色に覆いつくし、疲労困憊しているのに眠気は失せ、イザベ
ラは身を横たえながらも、まんじりともせずに一夜を明かした。


 十一日目。
 朝も早くからイザベラの部屋は喧騒に満ちている。
「どうしたんだよイザベラ。目が真っ赤じゃないか。子供用目薬のコマーシャルでもそこま
では赤かないぞ」
「入れるのか。ドラゴンケースに入れるのか」
「寝てないのかひょっとして」
「もうすぐ本番だってのに寝なきゃダメだろ」
「遠足の前日は楽しみで眠れなくなるタイプだ」
「おでこぺちぺち」

 枕を筆頭に、細々とした使い魔達が物陰からあわられて、口々に主を心配していたが、当
のイザベラは生返事を繰り返し、心ここにあらずの態で使い魔達の狂騒を眺めていた。最低
限の食事を口にし、必要がなければ寝台の上からおりようとさえせず、傍目には無気力な様
子で一日を終えた。
 使い魔は終始心配し、そのあまり主に絡みついたり、頭まで駆け上がって額を叩く者まで
いたが、それでもイザベラは動かず、昨日までの振る舞いを知っている侍従たちもいったい
何事かとひそひそ噂し、プチ・トロワ全体がどこか落ち着かない浮ついた空気に染まり、一
日が暮れていった。


 十二日目。
 勢いよくカーテンを開ける音から一日が始まった。
「よしっ!」
 気合の一声とともに自らの両頬を小気味よくひっぱたき、様子の違った主を見上げる使い
魔に向き直り、イザベラはにやりと笑いかけた。

「おはよう。まずまずの朝だな」
「おはよう……っておい。元気になったか! 元気になったのかイザベラ!」
「元々元気さ。お前らの間抜けっぷり眺めて呆けるのが馬鹿らしくなっただけだ」
「おおー!」
「すごいすごい!」
「わーいわーい」

 わらわらと湧き出てきた使い魔が、袖に足にとまとわりつくが、イザベラは慌てない。力
を込めて右方向へ一回転し、遠心力で小さな乱暴者達を吹き飛ばした。

「はい、静かに!」 
 ぴたりと静まる。

「竜はどこにやった?」
「バラして中庭に隠してある。いつでも組み立てられる状態だ」
「よし。潰して作りかえる」
「ああそうか潰して作りかえ……え? ええええええ!?」

 途端にまたうるさくなった。

「なんだよそれ!」
「あの苦労を忘れたのか!」
「あんな格好良く仕上がったのに!」
「もったいない! もったいない!」
「そうだそうだ! もったいないお化けが出てくるぞ!」

「静かに!」
 再び縮こまる使い魔の群れ。その中で一番大きい枕がおずおずと進み出た。

「だって……竜がいなくちゃドッキリはできないだろ。イザベラ、あきらめたのか?」
「誰があきらめるか。あきらめてたまるか。これは退却じゃない。転進だ」
 その表情は諦めるという動詞からはるかに縁遠く、主の心変わりに動転していた使い魔も
口をつぐまないではいられない。

「ところで。お前ら、この世で何が一番怖い?」
「何がって……そうだなあ。やっぱり……うーん……人間かな。石投げられたりするし」
「そうかい。同感だね」
 ふん、と大きく鼻を鳴らして部屋を出ていき、それに困惑した使い魔達が続く。
「なあホントにいいのかよ。相手はあの七号だぜ。竜無しじゃ無理ゲーだよ」
「無理じゃない。勝算があってのことだから案ずるな。それと」
 後ろへついてくる使い魔達にイザベラの顔をうかがい知ることはできなかったが、もし見
えていればこう言っていただろう。「ああ、やっぱり俺って幸せものだ」と。
「わたし達の相手は七号でもなけりゃ人形でもガーゴイルでもない。シャルロットだ。この
うすらクソ忌々しい名前、よおく覚えておきな」







 NGシーン

 八日目。
「色はどうする? 図鑑のまんまでいいのか?」
「なるだけゴージャスな色にしたいねぇ……よし、燦然と光る黄金色でいこう」
「おお、ゴールドドラゴンか! かっこいいな」
「表面には杖を構えてビシッとポーズを決めたわたしを大きく描く! まずは図案を考えな
いとね。そこに物語を込めてあるようなのがいい」
「いかした構図にしてやろうぜ。イザベラならきっとかっこいいって」

 そして二日後の夜、リュティスの裏町。
「なんだありゃあ!? バカでっかい……竜!?」
「野生のはぐれ竜か!? あんなもんに襲われたらひとたまりもねえぞ!」
「待て……よく見ると背中に誰か乗ってる。ひょっとして城の人間じゃねえのか」
「そういえば最近イザベラ様がえらい使い魔呼んじまったとか」
「それがあれってわけか。すげぇな、あんな色の竜、聞いたこともねえ」
「あれ、金でできてるわけじゃねえだろうな……ん? 背に何かあるな。痣……じゃねえ」
「絵だな、ありゃ。青い髪で、杖を持った女メイジ……イザベラ様か、ありゃ」
「えらく美化してあるが、たぶんイザベラ様だろ」
「使い魔の体に自分の絵を描かせたのか……」
「……」
「……」
「……何か間違ってるだろ」
「間違ってるよな……」
「間違ってるっていうか……痛いな」
「痛いな。痛い竜……痛竜か。あんな立派な竜が……かわいそうに……」







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