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マジシャン ザ ルイズ 3章 (46)

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マジシャン ザ ルイズ 3章 (46)破滅的な過ち

ルイズと教皇が去った後も、依然として場の空気はイザベラとアンリエッタによってその温度を高め続けていた。
話題は政治経済趣味嗜好、ありとあらゆるものに及び、そのことごとくで二人は反発し合う。

そして今――
      ついに片方が、その臨界を迎えた。

「おおっと! 手が滑ったぁ!」

ぱしゃっ、という音。

イザベラが目の前にあった、ルイズが飲んでいたグラスを掴み取り、中に入っていた水を、アンリエッタの顔に浴びせかけた音である。
それはアンリエッタが「あなたの服のセンスはちょっと理解できません。青髪に青いドレスは無いと思いますわ」と言った直後のことであった。

一方、水をかけられた側は無言。
顔面に水をお見舞いして満足したのか、ニタニタと笑っているイザベラに対して、アンリエッタは表情も変えていない。
否、変わっていないのではない、それは人形もかくやという無表情。

刹那、迅雷の如き速度でアンリエッタの手が動いた。

「あっと、私も手が滑りましたわ」
抜き打ちのごとく迸った手に握られていたのは、トリステインの王権の象徴。
彼女の魔力の発動体である杖の先から、浴びせかけられた量をはるかに上回る水が吹き出して、イザベラの顔面に直撃した。
水の勢いが収まると、そこには濡れ鼠のようになったイザベラがいた。

「じ……」
誰かが制止するより早く――最も、この場に彼女を止めようとするものもいなかったのだが――イザベラが席を立ち上がった。
「上等だあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

戦いが、始まった。




月光と魔法の明かりに照らし出された、ガリアが誇る花壇庭園は、言葉が無い程に美しかった。
白、赤、紫、色とりどりの花々、月と星とを反射してきらめき揺らめいている池の水、そしてその間を一直線に伸びる、白灰色の石畳。
昔読んだおとぎ話の中に誤って迷い込んでしまったような、そんな不思議な感覚。
自然と人の調和。そこに広がっているのは一つの美の完成形。
幻想的とはこのような光景を言うのだろうと、ルイズはひとりごちた。

「流石はヴェルサルテイル宮殿。これほどの庭園、ハルケギニア中を探しても他にないでしょう」
ルイズの傍らに立つ青年がそう言った。
心ここに非ずという様子でルイズも彼の言葉に無言で頷く。
全く同感であった。


「例え誰かに見つかって、後で叱られることになるとしても、この光景が見られたのならそれで十分でしょう。そうは思いませんか?」
ぼうっとその光景を見入っていたルイズは、その言葉ではっと我に返った。
そう、ここは先ほどまでとは違う。秘密でも何でもない場所なのである。
もしもこのような場所にいることが誰かに見咎められでもしたら、言い訳のしようもない。
あるいは今自分が着ているメイド服から、教皇聖下に頼まれて庭の案内をしているメイドという方便も思いついたが、
トリステインのメイドが、ガリアの宮殿でロマリアの教皇を案内しているというのは、いくらなんでも無理がありすぎるとすぐに気づいた。

「美しいと、そう思いませんか。ミス・ヴァリエール」
「あ、え、っ、はい、そう思います!」
二度目の問いかけ。
考えに没頭して最初の問いかけを無視する形になってしまったことに気がついて、ルイズは顔を林檎のように真っ赤にした。
しかし、教皇はルイズの方を見るでもなく、じっと庭園を見つめながら続けた。
「この庭園は美しい。ここは、この世界の美を集めたような場所です。
 この場所には生まれたばかりの風があり、清らかな水があり、生命力に溢れた土があります。きっと、秋が深まれば秋の顔を、冬になれば冬の顔を、春になれば春の顔を、我々に見せてくれるに違いありません。
 けれど、それはただそこにあるから美しい訳ではありません。この場にある全てのものは、それぞれ懸命に生きているのです。
 だからこそ、生きているからこそ、美しい。生きているということは、ただそれだけで、人を惹きつけてやまないのです」
何かを想い、どこか遠い目をして、語る青年。
いつからか、彼の口から出るものが、普段使いの柔らかなものから、真剣なそれへと変わっていることに、ルイズは気がついていた。

「ミス・ヴァリエール。私はこの世界を、このハルケギニアを、愛しています。ハルケギニアに生きる自然を、人を、生命を、愛しています。だから、私にはこの世界が土足で踏みにじられていく様を、黙ってみているようなことはできません。
 ましてや、私に力があるのなら。世界を変える可能性が授けられているのなら、なおさらに」

ザッという音。
風が、吹いた。

夏も終わろうかという頃合い。
秋を予感させる、冷たい空気を乗せた風が、強くルイズ達に吹きつけた。
思わず目を瞑って、顔を押さえようとしたルイズの手を、暖かい誰かの手が取った。
同時、その誰かがルイズの前に立って、風を遮った。
それが誰かなど、一人しかない。

「ミス・ヴァリエール。この無力なわたくしに力をお貸しください」

ルイズは、最初何を言われたのか分からなかった。
『――聖下に、教会の代表者に、 何?』
思考がまとまらない。
だが、時は止まることなく流れる水のように、ルイズの理解を待ってはくれなかった。

「あなたが持つ、始祖の祈祷書を、この私にお貸し下さい」

瞬間、
夢が  醒める。


「……聖下、何をおっしゃっているのか、私には分かりません」
「隠さずとも良いのです。あなたが肌身離さず始祖の祈祷書を持っているのを私は知っています」
その通り。
確かにルイズは始祖の祈祷書を持っている。今も彼女が手にしている鞄の中にそれはある。
だが、だからといって……

「もしも私がそれを持っていたとしても、それをお貸ししなくてはいけない理由はありません。
 始祖の祈祷書はトリステイン王家に伝わる大切な宝物。例え聖下であろうとも、それをみだりにお渡しする訳には参りません」
「もっともです。ですが、私がそれを欲する理由を聞けば、あなたも考えが変わるでしょう」
「理由?」

理由、思いもよらなかった。
そう、欲する以上理由があるはずである。
始祖の祈祷書は、ルイズに何を与えたか、そしてそれ以外の人間に対してはどうであったか。
そこまで思いつけば、あとは勝手に仮説に結びつく。

「まさか……」
「ええ、そのまさかです」

そして、青年は池に向かって膝をつくと、祈るようにして、低く呪文を呟き始めた。
その呪文は知らない。しかし、その調べには覚えがある。

ユル・イル・クォーケン・シル・マリ……。

長く詠唱が続く。
どれだけの時間が過ぎたであろうか。
ルイズには長く感じられたが、それでも時間にして五分ほどであろう。
呪文が完成し、教皇は杖を池へ向けて振り下ろした。
ルイズが見ている前で、月を映し出していた池の表面に波紋が広がっていく。
一瞬、それが光ったかと思うと、次の瞬間、そこには天空にある月ではない、他の何かが映し出されていた。

映し出されたのは見知らぬどこか、ルイズの知らぬ土地が映し出されている。
見えたのは高い、高い……それこそ天まで届いているような、銀の塔。
しかもそれがいくつもいくつも、地上から空を追うように突き出していた。

再び波紋。
それまで映っていたものが途端にかき消えて、元の月の姿だけが、後に残った。

「今のは……」
「分かって貰えましたか? 私もあなたと同じ、虚無の担い手であるということが」

認めない訳には、いかなかった。
風系統の遠見によく似た呪文。しかし、ルイズは今の呪文に、一つの心当たりがあった。
それは始祖の祈祷書の中で見た、一つの呪文。
それに、先ほどの呪文が決して系統呪文などではないことを、ルイズは詠唱の旋律で確信していた。


流石にこの段に至り、ルイズもとぼけることを観念した。
「……分かりました。確かに今の呪文は虚無の系統、聖下は虚無の担い手で、そして私も虚無の担い手であることを認めます」
それに、同じ虚無の担い手を相手にこれ以上、秘密に固執する必要性を感じなかった。
「けれど聖下。既に虚無の呪文を使われる聖下が、何故今更始祖の祈祷書を欲するのですか?」
当然の疑問であり、当たり前の帰結。
ルイズには彼が虚無の魔法の使い手だと分かっても、彼が虚無の魔法の記された祈祷書を欲する訳が分からなかった。

「〝秘宝〟は、〝四の担い手〟を選びません。我らはそういう意味では兄弟なのです」
「つまり、ええと……聖下は始祖の祈祷書を使って、新しい虚無の魔法を習得しようというのですか?」
「その通りです」
彼の回答に、ルイズにはどうにもしっくりこないものを感じた。
「あの……お言葉ですが、聖下も虚無の魔法が使えるのなら、どこかでこの本と同じものをご覧になったのでしょうが……それをまた見れば良いのではないでしょうか?」
その問いかけに、教皇は首を振った。

「いいえ。まずあなたの知識をいくつか訂正しなくてはなりませんね。我々に力を与える始祖の〝秘宝〟は、何も本だけではありません。オルゴールであったり、香炉であったりとその形は様々です。
 次に、あなたの指に二つ嵌っているルビーですが、それは鍵となります。〝秘宝〟〝ルビー〟は揃って初めて我々に道を指し示すのです。
 わたくしの……ロマリアの〝秘宝〟と〝ルビー〟は、以前に背教者の手で持ち去られ、それ以来行方不明になっておりました。その後、数奇な運命を経て、火のルビーがわたくしの手に戻りましたが、未だ〝秘宝〟は行方知れずのままなのです」
「つまり……聖下が新しい呪文を身につけるためには、この祈祷書が必要だとおっしゃるのですね」

ルイズは内心の動揺を抑えながら、その言葉を紡ぎ出した。
自分の手元にある風・水のルビー、ワルドの手元にある土のルビー。
行方不明だった最後の火のルビー。
どこにあるとも知られなかったそれが教皇の手にあるなど、ルイズは思いもしなかった。

「その通りです。あなたの助けになるために……わたくしは新たな力を手に入れなくてはなりません」
教皇はそう言うと、左手でルイズの方を柔らかく掴んだ。
「ミス・ヴァリエール……いいえ、ミス・ルイズ。あなたが背負う重荷を、このわたくしにも背負わせて下さい。世界のために、あなたのために」
そして彼は肩に置いた手を滑らせて、その頬を撫でた。
思わぬ動作にびくんと驚きを示すルイズをよそに、教皇はその美しい顔を、触れあうほどにルイズの顔に近づけた。
「せ、聖下、何を……」
「ミス・ルイズ。わたくしの目を見て下さい。わたくしの目をのぞき込んで、その奥底を見て、判断して下さい。あなたにとってわたくしが信用に足る人物であるかを」
突然の行動にルイズは頬を染める。
それでも、教皇は真剣なまなざしでルイズを見ていた。
「わっ、わかりました! 聖下を信用いたしますっ! だから、どうか、もう少しお離れ下さい……」
尻つぼみになりながらそのように言うことしか、ルイズにはできなかった。


あるいは、この時にルイズが教皇を拒絶し、押しのけていたならまた違った未来があったかもしれなかった。
だが、これまで陰謀という陰謀から遠ざけられてきたルイズが、教皇ヴィットーリオからその真意をかぎ取ることができなかったことを、誰にも責められようはずも無い。
そういう意味では、過保護に育てたルイズの父ミシェルの、表から裏から庇護していたウルザの、ワルドの、その行為が裏目に出た瞬間だった。




ルイズが逃げるようにその場を立ち去ってから、教皇は庭園の一角に据えてあったベンチに腰掛けて、自分の杖に灯した弱々しい灯りを、始祖の祈祷書を読みふけっていた。
みすぼらしい丁重の一冊の古書。ぼろぼろになった冊子をただ閉じているだけの本。
その中身が始祖ブリミル本人によって書かれたものであることを、教皇は感動と共に実感していた。
虚無の魔法は、使用者にあわせて呪文が開陳される。
彼がページをめくると、いくつかのページが輝きそこの文字が現れた。
それこそが、今の彼に与えられるべき呪文。

そうして三〇分ほども読みふけった頃だろうか。
彼は目的の呪文が書かれたページを見つけた。
「あった……」
彼が指をとめたページ。
そこには中級の中の上のページに書かれていた、一つの呪文があった。

教皇は立ち上がり、呪文を唱え始めた。
静かな庭園に、朗々とした詠唱が響く。

ユル・イル・ナウシズ・ゲーボ・シル・マリ……

それが、何を意味するとも知らず。

ハガス・エオルー・ペオース……。

教皇は、ただ美しく、調べを奏で続ける。

そして、世界は――




場を辞したルイズであったが、すぐ戻る気にもなれず、不用心なことは分かっていたが少しの時間ならとぶらぶらと中庭を散策した後、部屋へと戻ることにした。
そうして戻ってみると部屋は、

戦場と化していた。


「このっ! このっ! このっ!」
「きゅいきゅい! 楽しいのねっ!」
「くそっ、枕だ! くそっ! シャルロット、新しい枕を寄こせぇっ!」


扉の前で呆然と立ち尽くすルイズ。
その前で繰り広げられる光景は、
1.両手で白い枕を掴んで、イザベラにバシバシと叩き付けているアンリエッタ。
2.両手に一つづつ枕を掴んで、アンリエッタと一緒に枕で嬉しそうにイザベラを叩いている、青髪の娘。
3.ベッドまで追い詰められて、文字通り二人から袋叩きにあっているイザベラ。


ルイズは軽い立ちくらみを感じて、手近にあったテーブルに手をついた。
元々部屋の中心付近にあったそのテーブルには、避難してきたらしいキュルケとタバサが席に着いていた。
足下には無数の枕が落ちている。

「一体、何がどうなってるのよ……?」
「あらルイズ、ハンサムさんとの逢瀬はもう良いの?」
「逢瀬って……そんなことより、一体どうしてこんなことになっているのよっ! 部屋も滅茶苦茶じゃないっ!」
ルイズはちらりとアンリエッタ達をみやった。
アンリエッタは近くに落ちている枕を掴もうともがいているイザベラを、執拗にぼすぼすと叩いていた。
アレには見覚えがある。確かよく小さい頃にやられたような……

「問題無い」
横合いから、ぽつりと声。
ルイズがそちらを見ると、タバサが本に目を落としたまま、足下に転がっていた枕の一つをむんずと掴んで、三人がいる方に投げつけようとしているところだった。
そのまま砲弾のような勢いで投げつけられる枕。
直後にイザベラらしき声で『ほぎゃっ!』と聞こえたが、タバサは気にしてもいないのか、ただページをめくるだけ。
「ちょっとタバサっ! あんたも止めなくて良いの!? ここはあなたの部屋なんでしょう? それに、あなたこんなところで本なんて読んでいたら……」
ルイズの頭を、意地悪な女王に脅されて、弱みを握られて仕方なく従っているタバサという構図がちらりと横切った。
と、そこで更に横やり。
「あー、それなら大丈夫みたいよ。この子、なんだかんだ、好きで付き合ってるみたいだから、あの女王サマとね」
まるでルイズの考えを読んだように、キュルケが言った。
「そうなの? でも、あの女王はあなたの父上と、母上の……」
「……仲直りした」
「仲直り? でも……」
「その子、それ以上は答えないわよ。自分達にわだかまりは無い、その一点張り。そもそも、私はタバサがガリアの王族だったなんてつい最近知ったんだけど、一体どんな事情でトリステインに居たわけ? あんたはその辺の事情知ってるみたいだけど?」
「それは……」
横目でタバサの顔を伺うルイズ。彼女は別に頓着しないという様子で、視線を降ろしたままだった。
「つまりね……」
ルイズが掻い摘んでタバサの事情を話し始めると、キュルケも興味を引かれたのか身を乗り出した。

そうして、ペルスランから聞いた話をざっと語り終えた頃になると、キュルケは難しそうに額に皺を刻んでいた。
「なるほど、そういう事情だったのね……。そういうことだと、確かに仲直りしたと聞いても、にわかには信じがたいわね」
と、そこで
「色々あった」
再び枕を砲弾のように打ち出しながら、タバサが言った。
その声を聞いて、キュルケはじっとタバサを見た。
そしてそれから大げさに溜息をつくと、優しい声色でルイズに言った。
「まあ、この子がこう言うのなら、本当に色々あったんでしょうよ。ある意味ではあたしや、勿論あんたなんかよりもしっかりした子だから、心配はいらないと思うわ」
「そう……かしら?」
「そうよ。それじゃっ」
言葉の最中で、席を立つキュルケ。
そんなキュルケの突然の動作に驚いて、ルイズは顔を上げて彼女を見た。
キュルケはルイズを見下ろして、にやりと笑って先を続けた。
「私も参加してこようかしらね」
「ちょ、ちょっとキュルケ! 参加って、アレに? 正気?」
「ええ、正気よ。だってほら……、わりと面白そうじゃない」
言われて、ルイズもそちらの方を見やる。
確かに、そこで枕を振り回す三者はそれぞれに、どこか楽しそうに見えた。


ルイズに背中を見せて、枕を片手に歩いていくキュルケ。
「……うん。それじゃ、私も」
言って、足下の枕を掴んでその後に続こうとルイズが立ち上がったその時、


――――――世界がひるんだ。




同時刻。

トリステインの片田舎、昼間でも薄暗い森の中。
近くにある人里はタルブという名の小さな村だけで、後は森と平原と山があるだけの、そんな僻地。
そこにフードを目深に被った女がいた。

「本当に大丈夫なの? それにこんな大金……」
彼女の前に立っていた、帽子を被ったブロンド女性が言った。
「大丈夫さ。今回の仕事はバックが大物で、その分実入りも大きい、ただそれだけのことさ」
「でも……」
「そんなに心配しなくたって、上手くやるよ。お前は何も心配しなくて良いんだ」
そう言って、女はフードを降ろして、ブロンドの少女を抱きしめた。
「大丈夫……大丈夫だよ……」
優しげに呟いて少女の頭を撫でたのは、女盗賊フーケであった。
「本当に? 本当に大丈夫なのね?」
「ああそうさ。危ないことなんて何一つ無いよ」
「そう……分かったわ」
フーケの言葉を信じて、安心したように少女は呟いて、その体を彼女から話した。
「あのね。マチルダ姉さんの為に、クッキーを焼いたの、今持ってくるからちょっと待ってて」
そう言って少女はその身を翻し、仮の住み処と定めた、うち捨てられた森の『元廃屋』へと走っていった。
フーケが息をつき、近くの木の幹へと背中を預けて暫く待っていると、少女が小走りに戻ってきた。
「お待たせっ!」
軽く息をはずませた少女が手を差し出すと、その上にはハンカチの包みが一つ。
「ああ、ありがとう。悪いね、ありがたく受け取るよ」
フーケがそれを受け取ろうと、

瞬間
駆け抜ける
突然の、衝撃。

ズクンと、腹に響くよう何かが、フーケの体を襲った。

「なっ……、なんだい、これは……」
正体不明の感覚に、さしものフーケも戦慄を隠せない。
そして、彼女の目の前で、少女の手から、包みがこぼれ落ちた。
「? どうし……っ!?」
フーケの前で、少女は頭を抱えて小刻みに震えていた。
両手で頭をつかんで、何かに怯えるように、必死の形相で。
その震えが、次第に、大きく、迫る何かをに、恐怖するように。、
「いや、……いや、いや、いやいやいやいやいやいやいやああああああああああああああ!!」


そして、
――――――世界がおののいた。




同時刻

ゲルマニア、ウィンドボナ上空。
浮遊大陸アルビオン、その中枢部。

「それでは閣下、ご武運を」

玉座に深く腰を下ろしたワルドに深々と礼をして、男はその場を辞した。
対するワルドは頬杖を突いて片目をつぶり、一見して思考に没頭しているようであった。

そんな彼に語りかける、虚空からの声一つ。
「本当にあのような男に任せるというのか?」
続いて暗黒の空間に、一人の人間が染み出すようにして現れた。
頑健な肉体、特徴的な眼帯、巌のような顔つき。
歴戦の傭兵、メンヌヴィルである。
「あのような男に総大将がつとまるとは思えん」
ドンと鈍重そうなメイス型の杖を床に降ろす。
「竜殿もそうは思わぬか?」
竜――ここにいない者への問いかけ。
しかし、どこからかそれに対して返事があった。
「興味がわかぬ。我にとってはどうでも良いことだ。」
姿はない。知性と獰猛性を秘めた声だけが、ただ響くのみ。

それを聞いたワルドは、開けていた片目を一度閉じ、それから両目を開いて体を起こした。
「竜殿の言うとおりだ、メンヌヴィル。既に人間同士の殺し合いなど、今となっては必要であるだけで、さして重要ではない。私のやるべきことは、最大の邪魔者であるあの老人を排除すること。
 その為には、煩わしい手間は極力省きたいというのが本音だ。そう言う意味では、アレは大いに役に立ってくれる」
「……ふん。お前の頭の中はいつもあの娘とあの老人のことで一杯なのだったな」
「そういう君の頭の中は、火と破壊だけしかつまっていないではないか」
「はっ。違いない」
メンヌヴィルが頬をつり上げて笑った。


「!」
それまで特に気を払っていた様子もなかったワルドの顔が、突然悪鬼のような形相に変わった。
そしてやおら立ち上がると、獰猛な犬が獲物の匂いを探るようにして周囲をぐるりぐるりと見回しはじめた。
「む……」
片腕であるメンヌヴィルでさえ彼の狂態に戦いていることも気にとめず、ワルドはある一つの方角を見つめると、地の底から立ち上る悪霊の呻きのような一声を漏らした。
「馬鹿めっ」


そして、
――――――世界がたじろいだ。




同時刻

ロマリアの東方、数百リーグの位置。
暗闇の中で、ウルザは三人の人影といた。

「つまり、あなたは我々に協力を求めるというのですか?」
金管楽器の音色を思わせる、透き通った女性の声。体をすっぽりと覆う貫頭衣を纏った女性が言った。
「そうだ」
「自らが悪魔と同じ存在であると分かっていながら、我々におこがましくも協力を求めるとは。ますます度し難い」
しゃがれた老人の声。
同じく貫頭衣であるが、腰を折って手で杖を突いている老人が言った。
「それは感情的な問題だ。現実の問題を前に正しい姿勢とは言い難い」
「あなたは我々エルフ以上に合理的なものの考えをしているようだね、ウルザ」
落ち着いた調子の、聡明そうな青年の声。
前の二人とは違って、三人目の青年はその素顔をさらけ出していた。
金髪をした美しい顔立ちの青年。だが最大の特徴はそんなところにはない、特筆すべきは、その尖った耳。

「そう。これは君たちエルフにも関わる問題のはずだ」
ウルザの前に立つ三人の男女。彼らはこの地に住まうエルフの代表者達であった。

「しかし、それでもあなたの意見に従うことはできない」
青年が言葉を句切り、その後を最初に喋った女が続けた。
「我々は確かに人に比べれば合理的な考えを重要視する種族です。しかし、それでも感情がないわけでありません。私も、我々も、あなたの考えには賛同できない」
そして、最後は老人が締めくくった。
「去るが良い。我々は戦いなどという野蛮な行いは望まない。もしも我々の元に害が及べば戦いを拒否することも無かろう。だが、お前の甘言に惑わされて自ら戦いに赴くなど、あり得ぬことだ」

「……しかし、」
「言葉は覆らぬ。去れ、異邦の悪魔よ」
聞く耳を持たずといった様子の老人を前にして、ウルザはじっと何かを考えるようにしてたたずんだ。
それから、言葉も無く三人の賢者達にその背を向ける。
そうして三歩四歩歩いてから、彼は足を止めて、それを告げた。

「これでも本当に意見は変わらないかな?」


そして、
――――――世界は恐怖した。


                           その時、彼の気配に、世界の全てが総毛立った。

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