あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

鬼哭街 > Zero-6 II

「ん、う……ん」

 身じろぎをして、ルイズが幼子がむずがるような声を漏らす。目覚めが近いのだ。
 どこか後ろ髪を引かれつつも――そしてそれに気付かぬ振りをしながら――濤羅は手の
平をすっと戻す。と、それを証明するかのようにルイズの瞼がひくひくと動いた。
 うっすらと、瞳が開かれる。未だ意識ははっきりとしていないのだろう。もたげた頭を
重そうに廻らせながら焦点の合わぬ瞳で辺りを伺うその様は、どこか子犬を連想させる。
 もっとも、彼女の気分屋な性分からすれば猫のほうが正しいのだろうが。

「おはよう」

 未だ胡乱から抜け出せないルイズに濤羅は極力優しく、かといって親しさを感じさせな
い、そんな固さを残した声で目覚めを告げた。
 一秒、二秒、三秒。部屋に沈黙が満ちる。五秒ほど数えた頃だろうか。途端、ルイズの
瞳に理解が宿った。

「あああああ、アンタ、いいいいいいいいつから」

 とはいえ、お世辞にも冷静とは言い難い。濤羅が意識を取り戻したことを理解したが故
ではあるが、これでは寝ぼけていたほうがよほど落ち着いていたのではないか。先までの
かわいらしい少女の面影はどこにもない。
 濤羅をしてそう思わせるほど狼狽振りであった。
 胸といわず腹や脇、顔にまで遠慮なく伸びてくる小さな手をそっと押しやって、濤羅は
軽く息を吐く。それでも、わずかに口元は歪んでいるのだけれども。

「目覚めたのは今さっきだ」

 それにしても――と、息をついて、軽く瞳を細める。

「敵の前で眠るのは感心しない」

 濤羅は部屋の片隅で笑みをかみ締めていフーケを見やりながら、ルイズに言った。もし
彼女に敵意が無ければ濤羅共々寝首をかかれていたに違いない。
 フーケが更に苦笑を深くする。濤羅の過保護を笑ったのだろう。考えればわかることだ。
真実フーケが濤羅らを殺せるというのなら、その状況自体を他の皆が許すはずがない。
 そしてフーケほどの手練れの対抗出来るとすれば、濤羅の目から見て、この中でおよそ
二人。ワルドとタバサだろう。
 底の見えぬ男と、感情の見えぬ少女。ただ腕が立つだけではないだろう二人が、たかが
濤羅一人の命のために力を貸す。どうにも腑に落ちない話だった。
 濤羅を見捨て、あるいはルイズの翻意を促して先に進む方がよほど筋のような気もする。
 そこまで考え、濤羅は胸中で憐憫の笑みを漏らした。人を疑うことに慣れすぎた。いや、
裏切られることに慣れすぎた。
 疑おうと思えばいくらでも疑える。そのための理由など、吐いて捨てるほどあるだろう。
その気になれば、信用するための理由すら片手で余るほど思い浮かぶ。
 要は濤羅の心一つなのだ。
 何を思って彼らがルイズ一人で居ることを許したのか。聞くまでは始まらない。聞いた
としても、それが真実とは限らない。聞いても聞かなくても同じならどうでもいい。
 濤羅のすべきことは、ただ一つ。
 この目の前の小さな――体ではなく、心がだ――少女を、力の及ぶ限り守るだけである。

 濤羅は気付いていない。自分がそのように決意していることを。そして、その根底には
かつて妹と、義兄になるであろう男の真意に気付けなかった後悔があることに。
 皮肉な話だ。濤羅がルイズの傍にいられるのは、ひとえに妹の幻影を重ねているからに
他ならない。でなければ、折れるほどに擦り切れた濤羅の心は耐えられない。
 だというのに、その過去自身が最も濤羅を苛むのはその過去自身なのだ。

 胸の鈍痛は内傷のせいだと己に言い聞かして、濤羅は数秒ほど瞳を閉じた。こひゅう、
こひゅうと調息に混じる掠れた音は、崩れた肺腑から漏れる呼気だろう。
 二度と戻れぬはずの奈落の底から舞い戻れた対価としては、破格といってもいいだろう。
秘薬や魔法であっても、死者を舞い戻すことは出来ないのだから。

 息を整えると、濤羅はベッドから降りた。素足に冷たい石造りの感触が冷たいが、靴が
見当たらぬのだから仕方ない。流石にベッドの上で仁王立ちというのもばつが悪い。

「剣と、服を」

 剣呑な光を瞳に宿した従者を見て、ルイズもまたただの少女ではなく、貴族として、濤
羅の主としての思考に移り変わったらしい。気恥ずかしげに赤らんでいた頬はきっと食い
しばったことで鋭くしまり、眦もそれ相応に険しい。
 いや――少女としての側面もたぶんに残しているようだ。濤羅は即座に訂正した。その
拳は何らかの理由で小刻みに震えていた。
 考え直してみてみれば、ルイズの表情は真剣と言うよりは怒りに耐えかねて、といった
風が近いように思える。
 これに近いものを、妹ではなく彼女との付き合いの中で見たことがある。妙に焦る心を
押し隠し、濤羅は過去に思いを馳せた。ルイズとの付き合いはそれほど長いものではなく、
激昂させたとなれば更に少ない。
 そこまで考えて、ようやく濤羅ははたと思い当たった。これは濤羅の記憶が確かならば、
濤羅の余命が幾ばくもないと彼女が知った時だ。
 しかし、この場面で何故彼女が怒るのか。濤羅にはその理由が計り知れない。ルイズが
深く慕っていると傍目にも分かるほどの姫殿下からの任を全うせんとすれば、濤羅は何も
間違っていないはずだ。
 今の今まで寝込んでいたことを別とすれば、だが。

「ああ、そうか――」

 そうして、濤羅はわずかに顎を引いた。

「すまない。俺が倒れたせいで、無駄な時間をかけさせた」

 ルイズの震えがとまった。
 ああ、やはり自分の推測は正しかったのだと濤羅は胸を撫で下ろし、それが勘違いだと
気付くまでには、そう長い時間は必要なかった。

「……こ」

「こ?」

「こんんのぉっ、馬鹿犬ぅぅうぅぅううううう!!!!!!!」

 ルイズが懐から鞭を引き抜くのを見た瞬間、即座に身を翻し、彼女らしからぬ素早さで
振るわれたそれを見事に回避せしめたのは、戴天流、免許皆伝の面目躍如だろう。わずか
でも遅ければ、羽毛を撒き散らしている枕と似たような運命を辿ったに違いない。
 ルイズが真実濤羅を傷付けようとしたわけではなかろうが、

「何避けてるのよ! 犬の分際でご主人様の折檻から逃げるなんて!!」

 やろうと思えば、濤羅ならばルイズが次に鞭を振るう前はおろか、口を開く前ですら、
その手から鞭を、あるいは意識を奪うことも可能だったろう。
 だが、怒りとも悲しみとも取れる光に潤んだ瞳が、濤羅の心だけでなく、肉体までをも
縛っていた。それこそ、鞭などよりもよほど素早い。
 それを、ルイズは理解しているのだろうか。していないに違いない。素直な感情のまま
ぶつかる彼女だからこそ、濤羅をこうまで揺さぶるのだ。

「なんで、なんでアンタはっ!!」

 そうして振り上げられた鞭はついぞ振り下ろされることはなく。死刑判決を待つ囚人の
心持で、濤羅は木偶のように立ち尽くしていた。
 一歩、ルイズが濤羅に歩み寄る。そのまま力なく濤羅の胸に額をこつんと預けた。

「馬鹿、馬鹿……ばか」

 その声はその小さな体以上に震えていて。肩に手をかけることも、跳ね除けることも出
来ず、濤羅はその痛い沈黙に耐えるしかできなかった。
 ひとまずは収まっていた胸の痛みは、いつの間にか無視できないほど強くなっていた。

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