あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無と金の卵-03


「おはよう、ルイズ」

「あら、おはよう、キュルケ」

 春の使い魔召喚から一夜が明けた。
 自室を出てすぐの廊下で、ルイズは、キュルケと呼ばれた赤毛の女性と真正面から対峙していた。
 戦意とまでは行かないまでも、緊張と対抗心の匂いをウフコックは嗅ぎつける。
 いや、この二人だけではない。
 羞恥の匂いや自慢げな匂い、まるで発表会やパーティのような空気が朝から漂っている。
 それもそのはずで、学園の2年生にとって使い魔を連れての初めての授業であり、
 まさにお披露目と言っても過言では無い。
 だが、キュルケの目には、ルイズをどうみても使い魔を連れているように写っていない。

「『ゼロ』のルイズ、あなたの使い魔はどうしたの? もうそっぽ向かれちゃったのかしら?」

「貴女みたいな浮気性と一緒にしないでくれる? 『微熱』のキュルケ」

 ゼロ、という言葉に反応するように怒りの匂いが濃くなったのをウフコックは感じる。
 が、それで激昂することはない。
 むしろ、目の前の敵に笑みを浮かべる程度の余裕があるようだった。

「へぇ、珍しいわね。いつもならゼロって呼ばれただけで怒るくせに。
 せっかくだから、うちの自慢のコを紹介してあげようと思ったのよ。
 使い魔にするならフレイムみたいのがいいわよねー?」

 後ろに控えていたキュルケの使い魔、サラマンダーのフレイムが主人の意を汲んで姿をルイズ達に晒す。

「見てご覧なさいな。
 ここまで鮮やかで大きい火の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ?
 好事家に見せたら値段なんて付かないわよ?」

 キュルケは満足そうにフレイムの首に手を回し、喉をくすぐる。
 満足そうにフレイムは喉を鳴らした。

「……ま、貴女のサラマンダーも凄いことは認めるけど、ね。
 ウフコック、貴方の国にはサラマンダーは居た?」

 ルイズは、今ここに姿が見えないはずのウフコックに話を促す。

「厳密な意味で、同じ種は居ないだろう。
 まあ似ている仲間ならば研究所に居たとは思う。
 おっと、挨拶が遅れたが初めまして。キュルケ、フレイム。俺はウフコックだ」

 無論、キュルケ達に変身したウフコックの姿を確認できようはずもない。
 初対面で驚かせる程度ならば罪の無い悪戯だろう、と思い、ルイズの意を汲んでウフコックは答えた。

「あら、キュルケ、早くいかないと遅刻するわよ?」

 密やかな優越感を抱きつつ、足早にルイズは去っていく。
 渋い男性の声の出所など、キュルケは気付くはずもなかった。

「え、なによルイズっ、今の何なのよっ!?」




 ウフコックが変身していたのは、胸元の五芒星のブローチであった。
 教室に入ったところでルイズは変身を解かせ、キュルケを含めた同じ教室の人間に
 ウフコックを披露する。
 ウフコックは不特定多数の前で変身するのを少し躊躇ったが、
「そりゃ皆驚くだろうけど、そんなことで嫌うメイジなんていないわよ」とルイズに念を押されて決心した。
 そしてルイズの望み通り、ブローチから本来の鼠の姿への変身――明らかな驚愕と羨望。
 ルイズ=入学して始めての羨望の念に感動する。
 そしてウフコック=嫌忌や恐怖無しに受け入れられたことへの歓喜。

「ルイズ……ここはなんて素晴らしいんだ。
 誰一人、俺を気味悪がったりしない。それどころか、俺と同じ鼠だって居る」

 ウフコックは何処へ行ったところで、その声/その能力を知らしめれば耳目を集める。
 だが、もしここがマルドゥック市ならば反応は違っていただろう。
 自己紹介の度に好奇心/得体の知れない嫌忌/未知への恐怖――どれも大きすぎる匂いばかり
 ウフコックの鼻腔に突き刺さった。
 しかも、れまでウフコックが接してきたのは、深刻で凄惨な事件関係者/被害者/そして加害者である。
 そしてウフコックを見ての反応――素っ頓狂な混乱/ヒステリック/尋問するための小細工だとやっかむ/
 初見で喜びや親しみを示す人間――ごく一部。
 マルドゥック市の仕事に馴れた頃には、人間に好印象を与える方法を身に付けたが、
 それでも細心の注意を払っていた。

 だが、ここは魔法の国トリステイン王国。
 少なくともメイジや貴族の間ならば、『変化』を使える幻獣=希少種であり高等な種族、という認識である。
 ウフコックは、マルドゥック市の人間では考えられない好意的な匂い、尊敬の匂いを感じていた。

 そして、少なくともここに来てからは都会特有の雑多な臭い――汚水と排気ガスの混ざった生暖かい風/
 粉に削れたコンクリートとモルタルの喉を突き刺す刺激/都市そのものに圧殺されつつある人間の、
 屈辱の感情/それらの交じり合う、嗅ぎ慣れたマルドゥック市の饐えた匂い――そのようなものが
 感じられない。
 木と石と鉄と、都市で生活をする人よりは少し大らかで大雑把な素朴な人間の匂いが、
 ウフコックの鼻腔をくすぐっていた。

「何よ、ウフコックったら大仰ね」

「俺の居た都市に比べれば雲泥の差さ。
 ああ、フレイム、さっきは驚かせてすまなかった」

 ウフコックはいち早くも、割り切りの良いサラマンダーと打ち解けて話している。
 それに、ルイズから満足と楽しさを感じている匂いが感じられる。
 ウフコックは、故郷とも言うべき研究所と、そこの仲間達を思い出していた。




 楽しい時間は、常に風のように去っていく。
 気付けばすでに授業は始まっていた。
 ルイズは教師である赤土のシュヴルーズに私語を見咎められ、教壇で『錬金』の魔法の実践を
 命じられている。

 教壇に置かれた石ころを金属に組成を変える、という魔法らしい。
 そんなことができるのだろうか。
 素朴な好奇心をウフコックはもてあそぶ。
 だが、周囲の学生はウフコックのように、期待を膨らませるような余裕はなかった。
 この教室はルイズが前に出たその瞬間から、一目でわかるほどの恐怖に包まれている。
 身を隠すように机や椅子に身を伏せる学生すら居た。

「い、一体どうしたんだ?」
「……あー、貴方も身を隠した方がいいわよ」

 キュルケは事態を飲み込めていないウフコックを見て、ちょいちょい、と手招きしている。
 キュルケも他の生徒同様、机の下に身を隠していた。
 ウフコックはキュルケから、素直にウフコックの身を案じている感情を嗅いだ。

「何故そんな申し出をしてくれるかわからないが……ありがとう。
 だがルイズが皆を代表して何かをするならば、できる限り見届けるのが俺の務めだと思う」
「あら、意外と頑固なのね。
 ま、これだけ距離が離れてれば大丈夫だとは思うけども……」

 キュルケの話を耳にしながら、ウフコックは前に出て行ったルイズを見守った。
 ルイズは、赤土のシュヴルーズから魔法を使う手順について、ひどく緊張した面持ちで聞いている。
 そして、ルイズがまさに石ころへ杖を振り下ろそうとした瞬間、何処かの学生が叫んだ。

「くるぞっ!」

 爆発――跡形も無い石ころと教壇。
 ルイズと赤土のシュヴルーズは黒板へと叩きつけられている。
 退避が遅れた幾人かの生徒は爆発の余波を受け、突然の爆発に驚いた使い魔達がパニックを起こす。
 逃げる使い魔/咆哮する使い魔/暴れる使い魔/逃げるも戦うもできず目を覆う使い魔/
 どさくさに紛れて他の使い魔を食べる使い魔/主人と共に吹き飛ばされる使い魔。

「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」

「俺のラッキーがヘビに食われた! ラッキーが!」

 まさしく、阿鼻叫喚の図であった。
 『ゼロ』のルイズ。
 その『ゼロ』たる由縁を学園における『錬金』の授業で惜しみなく披露し、
 盛大な爆発を引き起こしたのであった。




「……ルイズ」
「……そうよ、わかったでしょう?
 魔法ができない『ゼロ』、それが私よっ!」
「…ル、ルイズ、落ち着くんだ!」

 授業と晩餐も終わったあとの寮の自室で、ルイズは荒れていた。
 着替えも投げ出し、椅子を蹴っ飛ばしていた。
 ルイズは爆発を引き起こした後、次の授業にも出れないほど事態の収拾と教室の片付けに終始していた。
 気付けば既に日も沈み、二つの月が煌々と夜を照らしている。
 召喚が成功した分、期待も大きかったのだろう――ルイズの傷付いた心の匂いを
 ウフコックはそう分析していた。

 分析しただけで、授業が終わってからというもの、ウフコックはただおろおろとしたまま
 徒に時間が過ぎていく。
 そして長いこと悩んだ挙句、ウフコックは慎重に言葉を選んで、語りかけた。

「……なあ、ルイズ。確かに、今日の授業は残念だったと思う……。
 でも、俺は決して、君を軽蔑も失望もしていない」

 だが、興奮覚めやらぬ口調でルイズはがなる。

「何よ知った風な口を聞いてっ!
 第一、使う人間には注文を出すって言ってたじゃない! あんた満足できんのっ!?」
「いや、まあ確かに言ったが……」
「あー、もーっ悔しいっ!」

 海から刻々と近づく嵐のように、より一層荒れるルイズ。
 ウフコックは、ルイズの感情の爆発を止めよう、そう思ったが止められないでいる。
 言葉が通じるまでに冷静にさせねば、と思えば思うほど、何を言うべきか迷った。
 ――思えば、誰かの荒ぶる感情と立ちはだかったのは、常に相棒だった――そんな苦い気持ちを噛み締めつつ。

「ルイズ」
「あによ」
「君は、知った風な口を、と言ったが、俺には君の気持ちがわかる」
「だからなんでよ」
「黙っていたんだが……俺は、『変身』以外にもう一つの能力がある。
 匂いで、相手の感情を嗅ぎ取ることができる」
「それが何よ! ……って」

 その突然のウフコックの告白に、ルイズは毒気を抜かれたように落ち着きを取り戻す。

「リーディングとか、読心能力とか……ってこと?」
「……そうだ。細かい思考まではわからないが、怒り、喜び、悲しみ――そんな感情や心の動きを、
 嗅覚で理解できる」

 重々しくウフコックは頷いた。

「君から敗北者の匂いは、感じない。
 感じるのは、孤独な戦いを強いられながらも耐え続けた、強い人間の匂いだ。
 だから、君の傷付いた気持ちが」

 ウフコックは言いかけた。

「こんなことで私が諦める? はっ、冗談はよして。
 この私がっ。
 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールがっ。
 一回や二回や百回や二百回の失敗でへこたれるワケないでしょうっ!」

「とてもよく理解できる……え?」

 ウフコックの鼻――人の心とその善性を嗅ぎ取り、それを引き出す確かな嗅覚。
 だが今の時点でウフコックは、まだルイズという人間の観察が甘いといえた。
 都市から引き剥がされ、今まで嗅いだことのない周囲の匂いに驚かされたままで、
 未だ彼女の表層的な感情しか感じ取っていなかった。
 また、その嗅覚を持ってしても、細かい思考や、思考した先の心の動きまで読み取れるわけではない。
 ルイズの心の奥底には、マルドゥック市の高級住宅街や高層マンションに住む人間とは一線を画す、
 原初の炎の如き、決して消えぬ何かを胸に抱いている。
 貴族が貴族足りえた時代の人間という、ウフコック自身が始めて嗅ぎ取る匂いが、そこにあった。

「そうよ……サモン・サーヴァントには成功したんだから、
 決して魔法が使えないわけじゃないわ……。
 次こそはやってみせるわ……!」

 ルイズは力強く、不屈の心で拳を握る――手にした杖が折れんばかりに。
 授業の後は失神から回復したシュヴルーズにも絞られ、同級生にもゼロと蔑すまれ、
 あまつさえ退学させろなどと暴言を吐いた輩さえいる。
 肩を落とすほどに落ち込み、傷付いた匂いをひしひしと感じていた。
 だが、そんなことを長引かせるルイズでは決してなかった。

「……で、それよりもウフコック……」
「え? あ、ああ…」
「なんでそんな大事なこと黙ってたのよっ! 昨日のうちに言っておきなさいよ!」

 びくり、と見て判るほどウフコックは震えた。
 蛇に睨まれた蛙、というよりも――ルイズ=猫化動物の爛々とした瞳/ウフコック=齧歯類の小粒な瞳。
 ウフコックは猫に追われた経験は無いし、鼠の本能もほとんど残っていない。
 だが猫に襲われる鼠、という観念は持っている。
 そして観念を頼りに想像し、恐怖することができた。

「いや、その、誤解しないでくれルイズ。
 心が読めるとなると、大抵の人間は気味悪がるし……。
 その、ルイズにとっても気持ちの良いものではないだろう?」

「気味悪がるですって?
 あんたねー、主人をなんだと思ってるの?」

 怒りの匂いがますます強く放出してくる。ますますウフコックは身を竦める。
 ウフコックには、初めての経験であった。
 ウフコックを正面を切って『怒る』人間などまず居ない。
 そうするにはウフコックは余りに有能で高性能であり、そして余りに繊細過ぎた。
 身を案じる者/励ます者/濫用する者/示唆を与える者――彼らは、確かにいた。
 だが、体や機能はともかく――心に土足で踏み込んで来る闖入者は皆無であった。

「は、話し合おうルイズ……」
「そうね、誰が主人か、たっぷり話し合う必要があるわね」

 怯えて硬直するウフコックに対し、ルイズはおもむろに尻尾を摘まんで持ち上げた。

「うわっ……痛い痛い、止めてくれルイズ!」

「あのねー、私の使い魔がそんなに臆病でどうするのよ。
 男ならもっとシャキっとしなさい!」

 ルイズはウフコックの尻尾を摘まんで持ち上げた状態で、
 小さな額をぺちぺちとでこぴん/主人なりの手加減した愛の鞭。
 ルイズとしては悪戯程度だろうが、ウフコックにすればたまったものではない。

「……そりゃ心を読まれて、気まずく思う人間は居ると思うわ。
 でも自分の都合で呼び出して使い魔を気味悪がったり、遠ざけたりするような――
 そんな最低な人間と思われるのは激しく心外だわ」

「ルイズ……?」

「ウフコックが秘密にしたいことがあるなら、そりゃあ秘密にするけど。
 でもね、変な遠慮されるのも困るのよ。
 貴方が私の与えた仕事に忠実なら、私もできる限り貴方の望みを叶えるわ。
 それが貴族というものだから。
 だからウフコックも、人に仕えるなら自分の望みを持たなきゃ、駄目」

 話をしている内に、ルイズの激情は治まってきた、らしい。
 ルイズは優しげな眼差しで、ウフコックを見つめている。

「でないと、私が格好悪くて仕方ないんだから」

「……自信、か。
 自信を抱いて、矢面に立たねばならないときがあるということか」

 ルイズの暴虐の裏に隠された善意を、ウフコックはありのままに受け取った。

「それでは……ルイズ、俺から一つ要求がある」
「ええ。なにかしら?」
「降ろしてくれ。
 ……この体勢では、とても自信など獲得できない……」
「……それもそうよね」

 あまりにもしょんぼりとしたウフコックの口調にルイズはけたけたと笑ってしまい、
 ウフコックは一日中臍を曲げて「尻尾など出さない」とブローチに変身したまま鼠の姿を晒さなかった。
 ただ、自信、という言葉だけは強く胸の内に残った。
 ちなみにこの後も何度か尻尾を摘まんで吊るされ、「愛の鞭」と称した悪戯が行われたが――
 その件について、ウフコックは黙して語ることはなかった。



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