あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無と金の卵-02


 鼻腔をくすぐるのは、石畳と木と、人の手で折られた布、そして古びた羊皮紙の匂い。
 期待に胸を膨らませる匂いと、同じくらいの強さの、誰かの身を案じる匂い。
 ――近代都市ではついぞ嗅いだことのない芳しさ。
 そんな匂いに包まれて、ウフコックは珍しく健やかに眠っていた。

 あるとき、ウフコックは部屋に入り込む夜の冷気を感じ取り、小動物らしく身震いする。
 まぶたと髭が、ふるふると小さく揺れている。

「どうしたんだ、ドクター……。
 珍しい、良い匂いだ……それに、寒いな。エアコンを止めたのか……?」

 ぼんやりと覚めやらぬ頭で、ウフコックは呟いた。
 そして、そのウフコックのぼんやりとした頭を撫でる誰かが居た。

「喋った? ……でも、寝ぼけてるのかしら……」

 頭への優しい刺激と耳慣れない声を感じ、ウフコックは茫洋とした頭を振る。

「う、ううむ……。あれ、ドクター……。いや、ここは……一体……?」

「おはよう、私の使い魔。
 目は覚めたかしら?」

 ウフコックの目に、十代半ばの少女が姿が見えた。
 不安げな眼で、ウフコックを見つめている。
 ウフコックは、今ここがイースター博士の研究室ではなく、古風な調度品に囲まれた部屋だと気付く。
 そしてウフコックは、自分自身がハンカチを重ねて敷き詰めた小箱――ベッド代わりのようだ――
 に寝かされていることに気付く。
 このオフィスに、こんな洒落たことをする人間は居ただろうか。
 居るとすれば、初めて見るこの少女だろうか。そんなことをウフコックは思う。

「……はじめまして、お嬢さん。俺はウフコックだ。
 お客様、かな……?」

「ええと……まあ多分、違うと思うわ。
 はじめまして、ウフコック。
 私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
 ルイズ、で良いわ」

 そして今度こそウフコックは覚醒した。
 びくり、と体に緊張を漲らせる。
 ここはオフィスではない。
 いや、この匂いからマルドゥック市では決して無いとウフコックは気付く。

「召喚されて混乱してると思うけど、ここはトリステイン魔法学園。
 使い魔召喚の儀式で、私が貴方を呼び出したの」

「使い魔……?」

 耳慣れぬ言葉に、ウフコックは首をかしげた。
 この瞬間理解したのは、目の前の少女が、待ちわびていた誰か――恐らく自分――と
 巡り合えたという喜びを噛み締めていること。
 そしてマルドゥック市から果てしなく遠い何処かへ来たのだという予感であった。






「いや、大変申し訳ない。
 ご婦人を前にして失礼な言い草だが、とても混乱してしまっていてね」

 ウフコックは、部屋の机の上に置かれた、ベッド代わりの箱から飛び降りた。
 そして務めて大仰にズボンのサスペンダーを直す/毛並みを整える/紳士の嗜み。
 ウフコックはそんな芝居がかった仕草を、椅子に座って見つめるルイズに見せる。

「ズボンを気にするネズミは初めてだわ」
「服は文明の象徴と思わないか?」

 そんなやり取りをしつつ、ウフコックは思った。
 とんでもないところへ来た、と。
 ルイズは、ウフコックの混乱が収まるのを待ち、トリステイン王国/トリステイン魔法学園/
 そして使い魔召喚の儀式でウフコックを呼び出したこと――これらについて、事細かに説明していた。
 当然、ウフコックにはどれをとっても、驚天動地の世界であった。
 研究室で生まれ、ハイテク都市で職を得たウフコックにはどれもこれも現実味の乏しい話であった。

「この世界も貴方の世界も、それは同じようね」
「共通項を見つけられて嬉しいものだ。とはいえ困ったな……。
 俺はトリステイン王国も、ハルケギニア、という地名も全く知らない。
 ……まるでファンタジー作品に迷い込んだようだ。俺はまだ事件を抱えていたのだが……」

 ウフコックの方も、簡単な自己紹介を始めていた。
 戦争の勝利のため心血を挙げて進歩してきた科学技術、衛星4基分を打ち上げできるほどの予算を
 結集して生み出された存在であること、そして生まれてからの生い立ちと現在について。
 だがルイズは勿論、カガクもギジュツも縁のない世界の住人である。
 例えを駆使して説明された結果、

「……つまり、戦争中に発明された最先端のゴーレムか魔法生物……ってことかしら?」

 と、このように解釈されていた。ルイズ自身、どこか誤解があることことは自覚していたようだが、
 ひとまずウフコックは、お互いの理解のできる話から進めることとした。

「ところで君は、驚かないんだな」
「十分驚いてるわ。貴方の世界についてとか。あ、水でも飲む? チーズでも齧る?」
「……いや、すまない、チーズは余り好きでは無いんだ。水だけ頂けるだろうか。
 その、驚くというのは、それ以前の話で……ルイズは、ネズミが喋って気味悪かったりしないのか?」

 ウフコックの問い。
 それはウフコックが誰か人前に姿を晒したときの人間の反応であった。
 それも大概は事件の関係者/容疑者/怯える被害者であり、包み隠さぬ嫌忌の念を受け、耐えてきた。
 マルドゥック市でウフコックを受け入れる人間は、常に少数派だった。

「まあ、喋るネズミくらいなら探せば居るんじゃないかしら。私は初めてだけど」

 ルイズは、水差しから小さな皿に水を注ぎ、ウフコックに差し出した。
 ウフコックは差し出されたハンカチで手と口をぬぐい、そして舐めるようにして口を付ける。

「……そうなのか。まあ俺としては……その、とてもありがたい」

 ウフコックの静かながら深い安堵。それに気付かずにルイズは話を進めてきた。

「ところで、事件って、なに?」

「俺は、09(オー・ナイン)法案の生命保全プログラムの……ああ、その……、
 マルドゥック市という都市で、犯罪者や違法な組織から、証人や関係者の護衛を
 仕事としていたんだ。最近は警察や検察と協力し、麻薬組織を捜査していた」

「ね、ネズミが公職に付けるなんて凄い国ね……その方がよっぽど驚きだわ」

 ルイズは呆れたように驚いている。

「まあ、信じられないのも無理はない。俺も自己紹介はいつも苦労している。
 ライセンスを見せられれば良かったんだが、俺自身ネズミだから同僚に預けていた」

「貴方の国の人もリアクションに困ったんでしょうね……」

「そう言わないでくれ。それに単独で仕事をしていたわけではないんだ。
 公的な場所へ出席する場合は代理人が居なければいけなかったし。……まあそれはともかく……」

 身の上を話すことで、ウフコック自身、心の整理が付いてきたようだった。
 ウフコックは、改めて本題に入るため話を切り出した。

「おそらく、昨日のことだ。
 俺は……イースター博士――ああ、同僚兼、俺の医者のような存在だ――に、
 俺の体のメンテナンスをして貰い、調子を整えるため睡眠をとっていた。
 そんなとき、光る門のようなものが眠っていた俺の目の前に現れた。
 何だかそこから招かれたような気がして――そして気付けばここに居たというわけだ。
 漠然とした話なのは承知しているんだが、君が俺を招いたということだろうか?」

「きっとそうね。私のサモン・サーヴァントで、貴方と私の間に『門』が開いた、ってことだわ」

「そうか……。その、『門』とやらをもう一度開いて、帰してくれることはできるだろうか?」

「そ、それは駄目よ!」

 声を荒げたことに、ルイズは自分自身で驚いたようだ。
 恐怖の匂いをウフコックは感じる。
 だがそれはウフコックに対しての恐怖ではなかった。
 ルイズはその先の言葉をしばし言いよどんだが、ウフコックを真正面から見つめ、言った。

「……貴方に事情があるのはわかったわ。
 でも使い魔としての契約は交わしてしまったの。貴方の事情を無視しているのはわかっている。
 でも使い魔に契約の破棄なんてされたら、この学園じゃあ進級すら危ういし、それに……」

 その先の言葉はルイズから出てこず、沈黙した。
 ルイズはその先の言葉を口に出すことを恐れている。
 そしてその先に、拒絶という答えがウフコックから出ることを。
 ウフコックも沈黙し、迷いを覚える。

 逡巡――切実なまでに必要とされているという喜び。
 逡巡――濫用というリスク。
 逡巡――裏切られ、それでも信じるに足るものを求めている。
 逡巡――あるいは、傷付けられた自分こそが何かを克服しなければならない。

「……参ったな。
 契約を途中で破棄するのは、俺の主義とは言えないし」

「それじゃあ、なってくれる!?」

「ただし」

 ウフコックは、鼠らしからぬ渋い仕草で指を立てる。

「まあ、詳しく話すが、俺はただお喋りな鼠というだけではなく、まあ、なんだ……ちょっとした能力がある」

「ええ、それで?」

「金品や武器、権威、あるいは君らの魔法。力の使い道にこそが、何よりも人間を試す。
 それが大きければ大きいほどに。
 だから俺は、使い手たる人間とその用途には、多くの物事を注文する。
 納得のできない使用法を呑むことはできない。
 そして君は、俺を『使う』ということが如何なることなのか、まずは知って貰わねばならない」

「む、ずいぶん自信があるのね。
 でも、私が貴族の身分や使い魔を悪用するっていうの? それは取り消して。貴族に対する侮辱だわ」

 ルイズは語気を荒める。
 ルイズも魔法が使えないとはいえメイジの端くれであり、」見てくれが小さなネズミだからといって
 その内に秘めた力を見極めるまで過小評価することはない。
 だが、流石にウフコックの言葉には憤慨したようだった。

「では、一つ答えてほしい。
 君にとって、貴族とは?」

 ルイズ=試されているという緊張/何かを跳ね返す強い眼差し。
 ウフコック=試しているという緊張/何かを期待する眼差し。
 今、この世界にウフコックを知る味方は居ない。
 それ故に、ウフコックは警戒した。
 己という道具に依存されること/あるいは使用されず、道具としての意味を喪失すること。
 故に、敢えて挑むような言葉を選んだ。

「魔法が使えること――というのが一般的な貴族の条件よ。
 だけど私に言わせれば、魔法を使えるとか、使えないとか、そんなことじゃないわ。
 敵に後ろを見せず誇りを持つこと、卑しさに身を委ねずに名誉に生きる人こそが貴族。
 そう思ってるわ」

「……ふむ。
 平民と貴族、という制度は親しめないが、君はきっと良い貴族なんだろう」

「あ、あら、そう?」

「だがミス・ルイズ、もう一つ話がある。
 使い魔になるにしても、永遠に、というわけにはいかない。
 あまり詳しくは話せないが……俺には、マルドゥック市に、やり残してきたことがあるんだ。
 使い魔になる、ならない以前に、課せられた務めを放棄するわけにはいかない。
 もし帰る手段が見つかった場合、暇を願い出るだろう。
 それに、俺自身の寿命というべきものはある」

 ルイズは言葉に窮する。
 まさか、暇を願い出る使い魔がいるとは想像の範疇外であったらしい。

「うう……正直、使い魔に暇を出すなんて常識外れも良いところだけど……、
 ……うん、わかったわ。あなたの事情は出来る限り、考慮する。
 でも期待されても困るわ。
 貴方の居た、マルドゥック市……少なくともこの国、むしろハルケギニアには絶対に無いわ。
 現実的に戻れるかどうかなんて、私には全くわからないの」

「そうか……お互いわからないことだらけだが。まあ、行動するものに幸あれ、だな」

「ん、納得してくれたなら嬉しいわ。ところで、貴方の能力って、何?」

「ああ、すまない、思わせぶりなまま話を進めてしまった。
 そうだな、ミス・ルイズ。例えば貴方が、パーティのダンスホールに足を踏み入れる前に、
 化粧を確認したいとしよう」

 ウフコックが、くるりとその場で宙返りした――というのは錯覚であり、宙返りなどではない。
 その体自身が裏返り、全く別の物質が世界に現れる。
 『反転変身(ターン)』
 あらゆる物質への変身を可能とする“万能道具存在”、それがウフコックである。
 その能力を駆使して変身した姿は、手鏡であった。

「さて、ご覧のようにご婦人の必需品は大抵ご用意できるかと。
 要り様の際はお手柔らかに。我が主人」

「……使い道を知れ、って意味が少しだけわかったわ。こちらこそ、宜しく。ウフコック」

 ウフコックは思う。
 ルイズには、自分が使い魔にならなければ困る、という即物的な目的があるらしいのは、
 匂いを通して理解していた。
 だが、そうだとしても、ルイズから伝わる切実な願いを叶えること、
 それはウフコックにとって自分自身の有用性に挑戦し続けることと一致していた。
 おそらく、彼女の願いに応えて自分は現れたのだ――そう信じるに足る、強く純粋な匂いを
 ウフコックは感じていた。
 ルイズ願いを切って捨てて、自分の居た都市へ帰る手段だけを考え行動することもできだだろう。
 だが、その選択肢を選ぶことができなかった。
 もし、ウフコックを知る人間が居れば、こう言ったことだろう。

 お前がドライになるなんて、無理さ――と。


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