あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロの赤ずきん-16


朝もやの中、出発の準備を整えたルイズとバレッタが、学院の門の前で佇んでいた。
その脇には、旅の足に使う馬が、道端の草を食んでいる。
しかし、そこに本来居るべきはずのギーシュの姿はない。
ルイズとバレッタは待ちぼうけをくらっていたのだった。その間二人の会話はない。
しかし、我慢を切らしたバレッタが愚痴を漏らした。

「女の子より、身支度に時間がかかるってどーゆーことよっ。プンプンっ、来たらひざ蹴りでもかましてやろうかしら?」

「……いや、私はてっきりあんたが始末したと思って言い出せなかったんだけど……違うのね
 まあいいわ、そんなこと。それなら、とりあえず後5分だけ待ちましょう。
 5分経ったらギーシュには悪いけど、出発するわ。なにせ急ぎの任務だもの」

「そうねぇー……」

何故か神妙な表情をしているバレッタの顔がルイズへと向いた。

「な、何よ……ちょっとなんでそんな真剣な顔してんのよ、怖いわ」

無言のままバレッタは、懐から何か取り出し、それを親指で弾いてルイズの方へ飛ばした。
突然のことで慌てたルイズだったが、体の前に両手で受け皿をつくると、
取り落としそうになりながらも、その手中に一つ物がおさまった。

「ルイズおねぇちゃん、この任務の間『それ』を預かっててねっ」

『それ』とは、バレッタがアンリエッタから受け取ったはずの『水のルビー』の指輪だった。

「これは、姫さまの!!でも、どうして私に渡すの!?これ、あんたへの報酬でしょ!?」

「それが、スッゲぇイイものだってのは認めるよ?でもね、その指輪を換金するには手間なの。
 何せ、安全に売れるルートはまだ知らないし、仮に売れたとしても、
 王家に代々伝わってきた指輪なら、王女の持ち物だって知ってるやつが、反対勢力にいるとも限らないしー」

「……もしアルビオンの貴族派の連中に知れたら、糸を手繰る様に私たちにたどり着くかもしれない……ってわけね。
 少なくとも、この旅の途中では換金できないから、持ってても意味がないってこと?
 でもなんで私に渡す必要があるわけ?スッゴイお宝には違いないんでしょ?自分で持ってればいいじゃない」

バレッタは少しの間押し黙った後、呟くように言った。

「ルイズおねちゃんはわたしが守るから」

ルイズは耳を疑った、思わず自分に耳が付いているか両手で確認してしまった。確かにあるし、ちゃんと音も聞こえている。

「……え?今何て?あのバレッタが……え?ち、ちょっと待って落ち着きなさいよバレッタ。ええ、ええっと、
 じ、じゃなくて落ち着くのは私?おおおおお落ち着くのよルイズ、そう私よ私……。
 っで、でも『私を守る』ですって?そんな、嘘よ!幻聴よ!これじゃまるで使い魔みたいじゃない!!ありえないわ!!!
 そうよ、私の胸が大きくなることぐらいありえないことだわ!って私自分で何言ってんのーーーー!!バカっバカバカっ!!」

頭を両手で抱え蹲りながら、まるで発狂したかのように叫ぶルイズの姿は、さすがのバレッタも困惑させた。

「さすがのわたしも傷つくっつーの……」

なんとか落着きを取り戻したルイズは、バレッタの意図に気がついた。
顔だけをバレッタに向け、厳しい表情で言う。

「……大事な指輪を私に預けるから、今回の任務中、あんたを信頼しろっていうこと?」

「まっ、ニュアンス的にはそんなところねぇ。いがみ合ってても仕方がないしぃ。……でもね?ひとつだけ言っちゃうよ」

ルイズの顔にグイと自分の顔を近づけると、これまでにないほど真剣な表情をしたバレッタが言った。

「……わたしを信頼すんなよ。ましてや信用もすんな。わかった?」

あまりの気迫に、気圧されたルイズは、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「わ、わかったわ、あくまでも共同戦線、肩を並べて戦うつもりはないってこと、自分のことは自分で処理すること、
 そして、今のこの関係は、利害の一致の上で成立している関係だっていうのを忘れるなってことね」

今朝のバレッタの発言、加えて今までとはまるで違う態度に違和感をこえ、不気味さすら感じるルイズであった。
当然であった。『主人を守る』ことこそが本来使い魔の役目、そして今までバレッタは喚び出されてからの間ずっと、
その役目に関して反古し続けてきた。いや、むしろ主人に危害を加えていたと言っていい。
そうであるはずのバレッタ。そのバレッタが、自らルイズを守ると言ってきたのだ、ルイズが混乱するのも無理はない。

ルイズは、バレッタの言葉の真意を、その奥に隠された意図を探った。
しかし、今の時点では何もわからなかった。結局のところ、バレッタの言葉に従うしかなかった。
ルイズは、歯がゆい思いで胸がいっぱいになった。それは、バレッタの意外すぎる言動のせいで、
様々の策を弄したのにも関わらず、今になってバレッタに主導権を持っていかれた気分になっていたからだ。

いっそのこと、“信じてくれ”って言われた方がずっと気が楽……それなら、今までと同じように考えればいいだけだもの。


そこに、とある人物が……ルイズの気も何も知らないギーシュが遅れてやってきた。
ギーシュはいささかも悪びれた様子もなく、飄々とした態度で言う。

「いやぁー待たせて済まない、いろいろ準備していたら遅くなってしまってね。おや?どうしたんだい二人とも」

二人を包む空気が異様なことを感じとったギーシュは、ルイズにそう尋ねた。

「……別に何もないわよ。さっさと出発するわよ」

「その前に、ちょっとお願いがあるんだが、ぼくの使い魔を連れていきたいんだ」

「別にいいんじゃない?でもどこにいるのよ」
すると、ルイズの足もとの地面がモコモコと盛り上がり、茶色の生き物が顔を出した。
その瞬間、茶色の生き物に驚いたようにな叫び声をバレッタは上げた。

「きゃーーーー!!」
「ヴェルダンデ!ああ!ぼくの可愛いヴェルダ……ぐへぇっ!!!」

ギーシュはヴェルダンデと呼んだ生き物に抱きつこうしたところ、
わざとらしく驚いて飛びのいたバレッタの膝が勢いよくギーシュの鳩尾にめり込んだ。
ひざから崩れ悶絶するギーシュに対して、バレッタは済まなそうに言った。

「ゴメンねっ、ギーシュおにぃちゃん……いきなりでビックリしちゃったの。ホント―だよ?」
「あ、ああ、い、いや、なんのこれしき、ぼくはぁこれぐらいじゃめげないよ……ヒドイ目にあうことは覚悟してたし、げふっ」

ルイズは、すでに見慣れたものを見るような目つきで、平然とその状況を眺めていた。
ふと疑問に思ったことをギーシュに聞く。

「あんたの使い魔ってジャイアントモールだったの?」

ジャイアントモール、それは見たまんま、モグラであった。ただし大きい、全長は小さな熊ぐらいはありそうだった。
モグモグと、実にうれしそうに巨大モグラが鼻をひくつかせている。

「ああ、そうだよ。」
「地中を掘って進むんでしょう?私たちアルビオンに行くのよ?連れていけるわけないじゃない」

「そんな、地面を掘って進むのだって早いのに……、お別れなんて辛すぎるよ、ヴェルダンデ」
その時、巨大モグラが鼻をひくつかせた。くんかくんか、とルイズにすり寄る。
「な、なによこのモグラ!」

巨大モグラはいきなりルイズを押し倒すと、鼻で体をまさぐり始めた。衣服が乱れ、柔肌がちらりと姿を現す。
「ちょ、ちょっと!や!どこ触ってるのよ!」

「これってー発情期かなんかぁ?」
「さあ、どうだろうか?」

バレッタとギーシュは巨大モグラに襲われるルイズを腕を組んで眺めていた。

「ちょっと、見てないで、助けなさいよ!!ああ!姫さまの指輪が!!!」

手に握っていたルビーの指輪にヴェルダンデは鼻を擦り寄せた。
どうやら、指輪についたルビーに反応しているようであった。

ギーシュが頷きながら呟いた。
「なるほど、指輪か。ヴェルダンデは宝石が大好きだからね。好きなだけじゃないぞ、
 ヴェルダンデは貴重な鉱石や宝石を僕のために見つけてきてくれるんだ。
 まさに、『土』のメイジであるぼくとって、この上ない、素敵な協力者さ」

「へぇー、よかったねっ」

言い方に何か違和感を感じたギーシュは質問した。
「……何か違う意味で言ったように思えたんですけど?」

「あの指輪ね、ついさっきまでわたしが持ってたのっ」

それを聞いた瞬間、ギーシュの目はこれでもかというほど見開かれた。

「おお!おおお!!!ヴェルダンデっ!!危なかった!!!もし相手がバレッタ君だったら!!どうなってたか!!
 君になにかあったらぼくは!……ぼくは!!本当によかった!!ルイズでよかった!」

危機一髪であったことが理解できたギーシュはヴェルダンデに駆け寄ろうとした。
しかし、近寄る前に一陣の風が舞い上がり、ルイズに抱きつくモグラを吹き飛ばした。

「誰だッ!」

ギーシュが激昂してわめいた。
朝もやの中から、一人の長身の貴族が現れた。羽帽子を被り、顔には髭をたくわえている。
その貴族は、自分側に敵意がないことを示すように、両手を上げて近づいてきた。

「僕は敵じゃない。姫殿下より、きみたちに同行することを命じられてね。
 きみたちだけでは、やはり心もとないらしい。しかし、お忍びの任務であるゆえ、
 一部隊つけるわけにもいかぬ。そこで僕が指名されたってわけだ」

長身の貴族は帽子を取ると一礼した。

「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」

ギーシュはヴェルダンデを吹き飛ばしたことについて、文句をつけようとしたが、相手が悪いと知ってうなだれた。
そのギーシュの様子は、バレッタにこの目の前の羽帽子の貴族が、この国において相応の位置にいることを教えた。
魔法衛士隊とは、全貴族の憧れである。その隊の隊長なのだから、ギーシュは頭が上がらない。

「すまない。婚約者が、モグラに襲われているのを見て見ぬふりはできなくてね」

へえ、この凛々しい男が『婚約者』ねえ……。
ふーん、物腰からしてけっこう……いや、相当できる……。
腰に下げたレイピアもどきは鉄拵えの杖か……つーことは白兵戦みたいなのも可ってか。

バレッタは何か考えるところがあるのか、顔に陰が出来ていた。
思いがけない邂逅に驚きを隠せないルイズは、気の抜けた声を上げた。

「ワルドさま……」
「久しぶりだなルイズ!僕のルイズ!」
ワルドは、柔和な笑顔を浮かべると、ルイズに駆け寄り抱え上げた。

「相変わらず軽いなきみは!まるで羽根のようだね!……ところで、彼らを僕に紹介してくれないかい?ルイズ」

ワルドは横目で、バレッタとギーシュを見ながらそう言って、地面にルイズをおろした。

「え、ええと。ギーシュ・ド・グラモンと、『元』使い魔のバレッタです」

ルイズは交互に指さして言った。ギーシュは深々と頭を下げた。

「『元』?よくわからないが、ルイズ。使い魔に元もなにもないんじゃないかい、一生をともにするのが普通なのだからね。
 しかし、君がルイズの使い魔かい?人とは思わなかったな、それにこんなに小さな子供とは……」

ワルドは実に気さくな態度で、バレッタに近づく。
ルイズは、もしかしたらバレッタが何かしでかすのではないかと、内心恐々としていた。

ワルドはバレッタの目の前まできた。
目の前のバレッタの背は低い、ルイズよりも低い、その身長はワルドの肩の高さにもまったく及ばない。
しかし、ワルドはその小さな少女に何かを感じ取った。
バレッタの風貌は、例えるなら木漏れ日が降り注ぐ森の中を、パンやワインをつめたバスケットを腕に下げ、
楽しげに歌を口ずさみながら歩く、お使いを頼まれた少女、という印象である。
だがワルドの頭の中では、この少女に関して見た目どおりに受け取ってはならないという信号が出されていた。
豊富な実戦経験に裏付けされた直感。無視するにはあまりにも愚かだった。
しかし、あえてその心情を外に出さず、極めて友好的な口調でバレッタに喋りかけた。

「やあ、どうもお嬢さん。僕の婚約者が世話になっているね」

バレッタは上から下まで、ワルドと名乗った貴族を見つめた。
メイジのくせしてガタイもいいな、とバレッタは思った。
手を打ち鳴らして、バレッタは黄色い声を上げた。

「キャーっ!!カッコイイ!!!はじめましてっ、これからよろしくねっ!ワルドさまっ♪」

やはり、なにか違和感を感じざるをえないワルドは、顔に少しばかり狼狽の色が現れていた。

「……あ、ああ宜しく頼むよ。ではお互いの紹介はこれぐらいで切り上げて、早速ではあるがアルビオンに向かおうとしよう」

ルイズはワルドの言葉に同意するように頷いた。最初こそ、そわそわしていたが、今は落ち着きを取り戻している。

ワルドが口笛を吹くと、朝もやの中からグリフォンが現れた。鷲の頭と上半身に獅子の下半身がついた幻獣である。
その背には、立派な羽も携えていた。
ワルドはひらりとグリフォンに跨ると、ルイズに手招きした。どうやら一緒に乗れということらしい。

「おいで、ルイズ」

ルイズが差し出された手を見て、一緒に乗るか乗らないか、どうするか戸惑っていると、そこにバレッタが口を挟んだ。
元気よく、ピョンピョン跳ねながらバレッタは言った。

「わたしもそっちがいーいっ!お空飛びたい!わたしも乗せてっ、ねっ♪ねっ♪いいでしょ?ワルドさま!」

しかしワルドはバレッタに対して、バッサリと言い捨てた。

「すまない、このグリフォンは二人乗りなんだ。バレッタ」

いかにも邪魔モノ扱いと言った感じであった。それでいて嫌味な風には聞こえない。
高い社交性を持ち合わせているのが言葉の調子でわかる。だが、そのことが逆にバレッタの怒りを買った。

「ぁあん?」

一応ワルドには聞こえないように呟いたが、顔に現れた怒りの表情は消せない。
そしてワルドはバレッタに目もくれず、お構いなしに再びルイズに呼びかけ手をさしのばした。
ルイズは躊躇しながらも、さしのばされた手を取ろうとした。
その様は、実に絵になっていた。まるでどこかの姫が白馬の王子に言い寄られているような絵図らであった。
しかし、その様相は打ち砕かれた。

「ギィェェェエエエエエエエエーーーーーーーーー!!!!」

突然、まるで怪鳥のような悲鳴が辺り一帯を支配する。
その悲痛な鳴き声は、ワルドが跨っているグリフォンのものであった。
乗り主をふり落とす勢いで暴れるグリフォンを何とかなだめ、背を降りたワルドは原因を調べた。
すると、グリフォンの右側の大腿部から流血しているのがわかった。
見れば、何か鋭利なものでかなり深く刺されたようであった。

「こ、これはいったい、何事だ……誰がこんなことを」

すぐさま状況を理解したルイズは、犯人であるはずのバレッタに対して叫んだ。

「バレッタ!!!!あんた!!!」

「うぇーーんっ!わたしじゃないよ……エグっ、うっ、ルイズお姉ちゃんなんでわたしだって決めつけるの?ヒドイ、ヒドイよっ」

バレッタは大粒の涙を流し泣き始めた。

「だ、だってあんたしか容疑者がいないじゃない、何言ってんのよ……」

「違うもんっバレッタじゃないもんっ!!きっと地中に埋められた喋る呪いの剣の仕業だよっ、きっとそうよっ!!怨念よっ!」

「はあっ?……ああ、そういえば忘れてたわ……喋る剣のこと。掘り返したいけど、もう今は掘り返す時間はないし……。
 というか、これ以上追及しても無駄ね。相手がバレッタだもの。……ゴメンなさいワルド様」

ルイズはバレッタの代わりにワルドに対して謝罪した。

「あ、……ああ。何かよく理解ができないが、とにかくこれではグリフォンは飛ぶことはできない。
 代わりの馬を調達してくるから、少しの間ここで待っていてくれたまえ」

「りょーかいっ!ワルドおじちゃんっいってらっしゃいっ!」

バレッタはそう言うとワルドに向って、舌を出し、小悪魔のようなイタズラっぽい顔で敬礼した。
先ほどまで泣いていたのはずであるのに今はもう笑顔である。

ギーシュの顔は真っ青になっていた。
なぜなら、彼はバレッタがしたことを始終眼にしていたからだ。
狂気の笑みに顔を歪ませ、グリフォンの大腿部に根もとまでナイフを突き刺したバレッタを。
流麗で鮮やか、そしてこの上なく迅速。返り血を浴びてないのは勿論のこと、
ナイフの刃についた血糊をふくことさえ、その一連の動作に組み込まれていた。
おそらく視界に収めてなければギーシュも気付かなかったに違いない。
しかし、それよりも、自分のしたことに対しての、あの白を切るさま。
そちらのほうがギーシュにとっては異常に思えた。何故あんなふうに振る舞えるのか。
とてもまともとは思えなかった。そして理解した。これがバレッタなのだと。

この後、ワルドが馬を引き連れてやってきたのち、一同はアルビオンに向けて出発した。
アンリエッタは出発する一行を学院長室の窓から見つめていた。眼を閉じて、手を組んで祈る。

「彼女たちに、加護をお与えください。始祖ブリミルよ……」

隣では、オスマン氏が気楽な顔をして立っている。
アンリエッタは、振り向くとオスマン氏に向きなおった。

「見送らないのですか?それに、何故そのように落ち着いていられるのですか?オールド・オスマン」

「ほほ、姫。そんなに心配しする必要がないだけのことですぞ、彼女ならば大丈夫じゃろうて」

オスマン氏の頭には、土くれフーケ捜索隊を募ったときのルイズの姿が思い浮かべられていた。
強い決意、前に進もうとする意志、それらが内包されながらも、過信は全く感じられない眼差し。
オスマン氏は思った。多少無理しているようには見えたが、あの時の姿は真実なのだろうと。
魔法が使えずに、周りの生徒から『ゼロ』と呼ばれていようとも、他に劣るはずがないと。

「彼女とは、ルイズ・フランソワーズのことですか?……それともバレッタちゃんが?」

一定のリズムで髭を撫でていたオスマン氏の手の動きが止まった。
ゼンマイで動く玩具のように、ぎこちなく首が動き、オスマン氏はアンリエッタの方へ向いた。

「え……?た、確か出て行ったはずじゃあなかったかの?」

「誰が?どこからです?」
アンリエッタは不思議そうに首を傾げた。

オスマン氏の顔には汗がにじみ出ていた。そしてあの少女のことを思い出している。

先日、捕まえたフーケは逃亡したのだから、自分が報償を払う必要がないのではないかと冗談交じりで少女に言ったら、
物凄い勢いで窓ガラスを蹴り割り、手当たり次第に本棚をなぎ倒すと少女は実におっかない顔で、
“捕まえるまでが約束っ。逃げられたってのは何かわたしに関係あるの?ないでしょ?”と返答してきた。
長い学院長生活の中で、少女に胸倉を掴まれたのは初めての体験であった。
あやうく何かに目覚めるところでだったとは口を裂けても言えない。

あの者は、戦いの実力云々よりも思想が危険すぎる。

オスマン氏はそう判断していた。
そして、へそくりは全部報奨金としてバレッタに取られた。オスマン氏にとっても苦い記憶である。
オスマン氏がショックで身動きできずに固まっていると、扉が叩かれる音がした。
入室を許可すると、ミスタ・コルベールが部屋に入ってきた。

入ってくるなり、書類に目を落としたまま、コルベールは喋り始めた。

「オールド・オスマン。フーケの身柄引き取りの際、城から派遣された衛士たちが森の中で気絶させられていた件について、
 詳細な報告が届いております。まあ、結局犯人などは、わからなかったようですが、
 文面からして、こちら側に責任が押しつけられることになりそうです。そのことについて学院長にご相談を……」

コルベールはアンリエッタの姿を認めると、しまったという顔してアンリエッタに対し平謝りした。
気にしていませんから頭を上げてください、と言ってもコルベールは頭を下げていた。

「あー……そんなことより、ミスタ・コルベール。君に聞きたいことがあるんだが?」

コルベールは、オスマン氏の言葉で少し顔をあげる。
「なんですか?」

「たしか、ミス・ヴァリエールは君の所へ来て、バレッタ君と使い魔の契約を解除するとかなんと言って、
 それで、バレッタ君は学院を出て行ったという話を、君は私に報告しなかったかね?」

オスマン氏の話を聞いたミスタ・コルベールは眉をひそめて言った。

「いえ、わたしが報告したのは、ミス・ヴァリエールから使い魔契約を取り消したいのだがどうすればいいのかと聞かれ、
 皆目見当がつかないと言うと、では形式的だったらできないだろうかと相談を受けた話と、
 学院に働いていた使用人の一人が、帰郷するかなにかで仕事を辞め、学院を出て行ったという話ですが」

オスマン氏は低いうなり声を上げた。
「うーむ、二つの話をまぜこぜにしてしまっていたか……。
 ちょうど次の秘書をどんなべっぴんにしようかと思い描いておったからのぉ。
 しかし、困ったのう。まさかあの少女が同伴しているとは思わなんだな……」

伝説の使い魔『ガンダールブ』であり、決して主人に従わないであろう少女。
その少女が国を左右する一大事に絡むということであった。悪い考えしか浮かんでこない。
追手を差し向けるように王女に進言したほうがよいのか、オスマン氏は考えた。
しかし、その考えはすぐに打ち消した。下手に手を打っても被害が増えるだけなのは明確だったからだ。

「……?なんの話ですか?あの少女とはバレッタちゃんのことですか?何故かあなたは危惧なさっているようですが、
 それよりも、城下に居るやもしれぬ裏切り者、アルビオン貴族の暗躍について考えるべきなのでは?」

「むしろ、そちらのほうが、まだましなような……ゲフン!ゲフン!
 と、とにかくじゃ、彼女なら『色々と』やってくれると、この老いぼれは信じておりますのでな!
 というよりも、思わざるをえないと言ったほうが正しいかもしれないですな、ほっほっほ。
 色々不安の種はあるでしょうがな、すでに杖は振られたのですぞ。我々に出来ることは、待つことだけ。違いますかな?」

「なにか、ところどころ引っかかるもの言いで気になりますが……そうですね。
 信じて待ちましょう。そして彼らに祈りましょう」

アンリエッタは、旅に出た一向の無事と、任務達成を祈り、
オスマン氏は、面倒事にならないようにと強く祈った。


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