あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

第三話 無残の宴舞台裏・中編


 壷のふちにかけた爪先を強く押し出す。ゴロリと転がった壺の中からは臭いの強い
液体がこぼれ出し、地面と、その上に座らされていた使い魔の体をしとどに染めた。け
して大きくはない油壺だが、それでも人間三人くらいは楽々焼死させるだけの油が入る。

「なんだこれ? 変なにおいだな」
「なんだこれ、だって? 今さら聞くことじゃないね」
 泣きわめいて命乞いをするなら命だけは助けてやらなくもなかったが、使い魔にその
つもりはないらしい。ならばイザベラもすることは一つしかなかった。

「なんか皆こっち見てるな」
「ふん。このわたしに逆らった愚か者の末路を見届けたいんだろうさ」
 地下の拷問部屋とは違い、ここ中庭には人の目がある。仕事の手を休めてこちらを見
ている庭師、足を止めて目をやる騎士、恐怖で震える侍女、何かあると聞いてわざわざ
やってきた物見高いやとわれ建築家。それらの目には少なからず使い魔への哀れみと蛮
行への非難が含まれていたが、世間体を憚(はばか)るイザベラではない。うっとうし
いから散るように命じてもよかったが、それよりは見せしめとして衆人環視の中で火を
つけた方が効果的だと考えた。

「イザベラに逆らうやつがいるのか。悪いやつだな、俺が懲らしめてやるよ」
「ああそうかい。そりゃ殊勝な心がけだね」

 後退しながらコモンで発火、そもそもが燃やすためのものということもあり、瞬時に
炎が燃え広がった。小さな爆発といっていい。
 燃え盛るにつれ、王女の表情も変化した。眉尻は上がり、口が曲がり、頬が引きつり、
不敵な笑顔が苦虫を噛み潰すと表現される顔になる。

「上は大火事、下も大火事、なーんだ?」
「……お前か?」
「正解! イザベラあったまいいー!」
「ああそうかいそうかい、へっちゃらかい。そんなこったろうと思ってたよチクショウ」
 薄々こうなることを予想してはいたが、実際こうなってみると忌々しいことこの上な
い。橙色の火炎は使い魔の動きも言葉も何一つ縛ることはなく、ただ空しく赤い舌を天
へと伸ばし、立ち尽くすイザベラを照らしていた。

「おい! 誰でもいいから水を持ってきな!」
 このまま燃やし続けても効果は無さそうだ。とりあえず水でもかけさせようと声をか
けたが、様子がおかしい。奇異な気配に振り返ると、先ほどまで距離を置いて見ていた
騎士や召使いが、手を伸ばせば触れそうな距離にまで近づいてきている。

「お前ら、なにをぼうっと突っ立ってんだい! さっさと水を持ってこい!」
 いや、突っ立っているという言葉は正確ではない。彼らはじりじりとイザベラの方に
歩を進めていた。もっと言えば、イザベラではなく、彼女の使い魔に目を向けていた。


 その目は熱病にうかされた患者か、はたまた末期の麻薬中毒者か。焦点の合っていない目
で前を見、何かを求めるかのように腕を突き出し、同じ文句を口の中で繰り返す。

「おいしそう……」
「食べてみたい……」
「どこだ……どこに……」
「ああ……あそこに……」

 心なしか、当初いた見物人よりも数が増えている気がした。
「お前ら……いったい……」
 じりじりと距離が詰まる。身の危険を感じた王女が横に避け、燃え上がる使い魔と餓えた
 見物人の間を隔てるものは何も無くなった。

「ああ……この焼ける香り……」
「なんていい匂い……」
「我慢できない……」
「う、うう……」
「あれ? ひょっとして、俺、狙われてる?」

 細かく刻んでいた足取りが一気に動いた。掴みかかる騎士をかわし、侍女の腕をかいくぐ
り、股下を抜けて使い魔が走る。
「おっと! よく分からんが、そう簡単にはつかまらないぜ!」
「ちょ、ちょっとそっちは……」
 制止しようとした王女の声は誰の耳にも届かなかった。プチ・トロワの中に駆け込む使い
魔を追いかけ、十数人に膨らんだ群狼が怒涛の勢いで突進していく。そして炎に包まれた使
い魔の通った跡がどうなるかは自明の理であり……。

「うわああああ! 火! 火! 誰か水!」
 イザベラの命令を聞きうる人間はすでに使い魔が連れ去った。当然誰も助けてはくれない。
「ええい役立たずどもめ!」
 自ら消しに回るしかないのだが、消している間にも使い魔は走り回り、絨毯やカーテンに
燃え移り、それをイザベラが消し、やっぱり消してる間に延焼し、それも消し、また燃えて、
でも消して、延々と続くかと思われたいたちごっこだったが、やがて火の勢いは衰え、使い
魔が焼ける匂いも薄れ、見物人が一人、また一人と狼から人間に戻り、皆が正気を取り戻し
た時、精神力を消耗しきって仰向けにぶっ倒れたイザベラが保護された。

 焼けた使い魔の匂いに狂わされていた人たちは狂っていた時の記憶を失っていたため、何
が起きたのかはイザベラと使い魔しか知らない。何がどうしてこんなことになったのだろう
と首をひねりひねり各々の仕事に戻る見物人たちを尻目に、寝台に寝かされたイザベラは一
人歯噛みした。

 事を公けにしてしまえば自分一人が責めを受けることになる。使い魔の性質もろくに把握
せず、火事を起こしそうになった間抜けな王女として陰で笑われることになるだろう。見物
人たちはあくまでも被害者であり、到底罰することはできない。

 住居でもあるプチ・トロワが大損害を受けた。大火事になることは防いだが、見た目はか
なりみっともない。完全に修理しきるにはどれだけの時間がかかるか考えたくもなかった。

 何より使い魔だ。
 イザベラの為政者としての姿勢は、恐怖による統制を基本とする。実際はそこまでご大層
なものではなかったが、少なくとも本人はそう考えていた。怠け者には罰を、役立たずには
罰を、失敗には罰を、イザベラを不快にさせるあらゆる行為に罰を与え、二度とそのような
事態に陥らないよう心と体に教え込む。

 だがここに恐怖を知らない者がいた。物理的な暴力にも屈せず、魔法的な暴力はものとも
せず、精神的な暴力など認識さえせず、無礼千万な態度で接してくる非常に不愉快な使い魔
がいた。


「ようようイザベラ、なにしてんだよ」
「うるさいねぇ……あっちへ行きな。わたしは考え事で忙しいんだ」
「そんなつれないこと言うなよう。一緒に遊ぼうぜ!」
「あ、ちょ、馬鹿っ、足ひっぱんげぼっがはっぐへっごごごごっ! がっ! ぐげっ!」
「あれ? どうしたんだイザベラ、いつの間にかズタボロじゃないか!」
「お……お前が……引き……ず……」
「いったい誰が俺のイザベラにこんなことをしたんだ! 許せん!」

 使い魔への対策を練るべく、考える時間が欲しいのだが、それすらもままならない。近寄
らないよう言いつけても、気がつけば隣にいる。心の休まる暇がなく、時には肉体的な被害
も受けた。このままでは使い魔に殺されてしまうかもしれないが、そんなことを誰かに相談
すれば『使い魔を御することさえできない阿呆メイジ』の烙印を押されてしまうことは必至。
だいたい主である自分に分からないものを、他の誰が解決できるというのだろう。

「どうする……どうする……どうすれば……」

 自分の部屋も、寝台の上も、考えるに相応しい場所ではないことが証明された今、イザベ
ラは浴槽に腰掛け一人物思いにふけっている。さすがの使い魔も入浴と用便の最中は襲撃を
自重するらしい。「俺って紳士だからな!」などとほざいていた。「どこの紳士が乙女の寝
所を急襲するんだい」という言葉は喉の奥に飲み込み、浴室の壁によりかかって対策を練る。

 脳細胞を回転させ、思い、悩み、考え、念じ、おもんばかるが、解決の糸口さえ見出すこ
とができない。どうしても怒りが先立ち、感情が理性より先行してしまう。

 ――クソ、クソ! あいつめ、あのチクショウめ。あいつのせいでこんな目にあわされた。
何が悲しくて服を着たまま薄暗い風呂場にこもらなけりゃならないんだ。だいたいこのわた
しに歯向かおうなどと……いや、べつに歯向かってるわけじゃないか。でもそれだけにたち
が悪い。あいつは自分が悪いことをしてるなんて考えてない。あんなやつ、今まで一人だっ
ていなかったのに。ちょっと罰をチラつかせてやれば、見目の良さを鼻にかけた役者も、や
っとう自慢の傭兵も、肥え太った商人も、北花壇の腕利きも、どいつもこいつも真っ青にな
ってわたしに頭を下げる。当たり前だ、わたしにはそれだけの力がある。そうじゃないやつ
なんて今まで一人だっていない……うん? ああ、そうか。感情の機微を知らない可愛げ皆
無の鈍感鉄面皮人形娘がいたっけね。人形娘……人形娘か。ふむ。

 指をかけ、顎を引いた。何か思いつきそうな気がする。
 イザベラはさらに深く黙考した。

 ――人形娘か。吸血鬼退治を命じた時も、極楽鳥の卵をとりにいかせた時も、冷や汗一
つかかずに命令を受けたっけか。だけどどうする。人形娘にあいつをどうにかさせる?
それはだめだ。言うことを聞かない使い魔の世話を頼むなんて北花壇騎士にも頼めない。
ましてやあいつになんか絶対に頼みたくない。どうする……でも人形娘ならどうにかでき
るか……どうだ? 分からない……。

 糸口は見つけた。だがそこから先に進まない。より深く、もっともっと深く深く……。

 ――真っ当に考えちゃいけない。あのいんちき生物相手にするんだ。受身になるな。そう、
逆にこちらか攻めるくらいの気概を持って……こちらか攻める……逆に……逆に……。

「そうか……!」

 月夜の明かりがイザベラの頭脳に働きかけたのか、浴場に充満した香木の香気が何らかの
作用を及ぼしたのか、それとも追い詰められた末に能力以上の力を発揮してしまったのか。
小さく快哉を叫ぶが、ここで終わらせてはならない。名案をより現実的なものに練り上げる
ため、イザベラはさらなる考えの渦に身を投じた。
 考えなければ。考えなければ。もっともっと考えなければ……。


「なに? イザベラを困らせるやつがいる?」
「ああそうさ。わたしはいつもそいつのことで頭を悩ませてるんだ」
 翌日。
 ひそやかに、そして綿密に計画された使い魔への逆襲プロジェクトが幕を上げた。
 こみ上げてくる笑いを押さえつけ、ごく自然なふうを装って寝台に半身を横たえたままで
使い魔に話しかける。絨毯の上で子供向けのアルヴィーをいじっていた使い魔は、おだやか
ならぬ口調でイザベラの愚痴に応じた。

「どういうことだよ。イザベラは王女だろ。しかも美人で大魔法使いだ」
 皮肉で言ってるんじゃないだろうねという言葉を飲み込むイザベラ。

「それでいてワイルドでかっこよくて、でも可憐で愛らしいという相反する魅力も備えてい
る。おでこは美しく唇はエロかわいい、均整のとれたパーフェクトボディーはぼんきゅっぼ
んなだけの下品な肉体とは一線を隔し、肌はキメ細やかでその色は白雪のよう、シャンプー
かリンスのCMに出演可能なサラサラヘアーはファンタジー世界でしかお目にかかれない鮮
やかな青色一色、クールな瞳も当然髪と同じ色だがクールな中にほのかな温かさを秘め、ポ
ーションと両巨頭で青色の癒し担当って感じだな。振る舞いは優雅、王族の青い血がそうさ
せる美しい挙措、脚の動かし方一つで国が傾こうってなもんだぜ。だがそれでいてけして偉
ぶらないくだけた態度が好感度MAX、俺みたいな正体不明の怪物を一生の相棒に選んでく
れるところなんか涙が止まらないね。もちろん芸事に関してもロイヤルクラス、ひな壇芸人
くらいなら裸足で逃げ出すリアクション芸を身につけていて、聖母もかくやの優しさを持っ
ていながら素直になれずつんけんしてしまい周囲からは誤解される、ツンとデレのバランス
を完璧に保つヒロインの中のヒロインといっても過言ではない存在……ああ、俺ってなんて
幸せものなんだ。ちょっと前まで寂しくて泣き暮らしてたのが嘘みたいだ。イザベラの使い
魔になることができて本当によかった。家族ってこんなにも温かいものだったんだな」
 お前に褒められたってこれっぽっちも嬉しくないね、だいたい何を褒めてるんだか分かり
づらいんだよそれにお前は使い魔であって家族じゃないんだくそったれと吐き捨ててやりた
いが我慢するイザベラ。

「そんなイザベラ・ザ・ビーナスに逆らおうだなんて! なんて無謀で誰も得をしないマネ
を! いったいどこのどいつだ!」
「北花壇騎士七号。無法者、ならず者、凶状持ち、通り魔や暗殺者、悪党の見本市ともいう
べき北花壇騎士団の中にあって最強の名をほしいままにしている小娘さ」
 吸血鬼を鼻息で吹き飛ばした、火竜をブン殴って無理やりに従えた、ミノタウロスはやつ
の子分に過ぎない、ガリア最大の軍艦が爆破された時は爆心地にいたが、一人だけピンピン
していた、などと虚実交えて――虚が八割を占めるが――朗々と語る。まるで台本を読んで
きたようだが、実際そうなので仕方ない。

「吸血鬼!? それに竜だって!? この世界にはそんな魔物がいるのか……俺なんてまだ
まだだな」
 いや、お前ほどおかしな魔物はいないと言いたかったが耐えるイザベラ。

「さすがの俺もヴァンパイアやドラゴン相手じゃ勝てそうにない」
 お前なら勝ちかねないよと言いたいがこらえるイザベラ。

「しかもそんなやつらを蹴散らす女の子だと? いったいどれだけの化け物なんだ……」
 お前ほどの化け物がこの世にいてたまるかとは言えず、聞き流すイザベラ。


「そうさ。自分の強さを知っているから腹の中じゃわたしを馬鹿にしている。命令こそ聞く
ものの、勝手な振る舞いでやりたい放題。おまけに宮殿の中でわたしの悪い噂を流すもんだ
から、わたしよりもあいつが次代の女王に相応しいなんて考えるやつまでいる始末」
 使い魔からは見えない角度で自分の尻に指を這わせ、爪を立てて全力でつねり上げた。生
理現象としてにじんだ涙を、さも悲しいかのように見せつける。
「狡猾なあいつは証拠なんて残しやしない。罰することもできず、暗殺に怯える毎日」
 うつむき、じっと唇を噛む。
「わたしだって、本当はあいつと仲良くしたいのに……」
「そうか……そういうことだったのか。これで全ての謎が解けたぜ」
 使い魔が握り締めていた鉄製のアルヴィーが、切なげな音をたててひび割れた。

「いきなりイザベラがズタボロになったことがあったろ。あれも七号の仕業だな」
「ああ、そうかもね」
 お前だよお前とは言えないイザベラ。

「いつも何かに怯えているっぽいのもそいつのせいか」
「ああ……そうかもね」
 やっぱり言えないイザベラ。

「考え込むことが多かったのもそいつのことで悩んでいたからだな」
「ああ……そう……かもね」
 言えないストレスでどうにかなってしまいそうなイザベラ。

「俺のイザベラに涙を流させるなんて……絶対に許せん! 懲らしめてやる!」
「ああ……そう……」
 飲み込んだ言葉が多すぎて胸焼けしてしまいそうなイザベラ。
 だがここで演技をやめては元も子もない。
「わたしのために、七号をやっつけてくれるというのかい?」
「もちろんだ! 俺に任せろ、使い魔としての役割を見事に果たしてみせるぜ!」
「ありがとう……わたしのために……」
「はは、泣くなよイザベラ。お前に似合うのは涙じゃなくて笑顔なんだからさ」
 ようやく魚が釣り針にかかった。内心ほくそ笑むイザベラ。確かに笑顔がよく似合う。

「だが相手がそれほどの猛者ともなれば……直接的な手段は下策だな。怒り狂って復讐で
もされたら目も当てられない。つまり復讐することができない方法を選択しなければなら
ない」
「そんな方法があるのかい?」
 いかにも興味深げに聞いているが、実際はもうどうでもいいイザベラ。

 イザベラの立てた作戦はこうだ。
 使い魔を焚きつけてシャルロットに相手をさせる。
 シャルロットとしてもかかる火の粉は払いのけなければなるまい。
 シャルロット対使い魔という悪夢の一戦が始まる。どちらか、もしくは両方が痛い目を
見ることだろうが、どう転んでもイザベラは得をする。
 以上。この作戦には大穴が開いていたのだが、神ならぬイザベラはまだ気づかない。そ
のことに気づくのはもう少し後になる。

「ああ。少し古典的だがあれしかないな」
「あれってのはなんだい」
「ドッキリを仕掛けるんだ。あれなら仕掛けを明かした後でも怒るわけにはいかない。怒
れば度量の狭いやつだと皆に思われるからな」

 高みの見物を決め込もうとしても、依頼してしまった時点ですでに自分も当事者である。
巻き込まれるのは当然のことだし、裸踊りまでさせられることだってある。一度経験して
いたはずだが、イザベラは忘れていた。

「俺とイザベラが組めば誰にだって負けやしない。一緒に七号を驚かせてやろうぜ」
「そうさ、一緒に……って……え? 一緒?」
 そう、すでに巻き込まれているのだ。



新着情報

取得中です。