あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

IDOLA have the immortal servant-12


 魔法学院を出発して以来、ワルドはグリフォンを疾駆させっぱなしであった。フロウウェンとギーシュは途中の駅で馬を二度交換したが、グリフォンは疲れを見せずに走り続ける。
「ちょっとペースが速くない?」
 腕に抱かれるような格好でワルドの前でグリフォンに跨るルイズが言う。口調がくだけたものになっているのは、ワルドがそうしてくれと頼んだ所為だ。ルイズとしてもずっと敬語でいるのは気疲れするので、ありがたい申し出だった。
「ヒース……はともかく、ギーシュがへばってしまっているわ」
 乗馬というのはこれでかなりの運動量だったりする。馬を早く走らせる時はその負担を減らす為に、自らも馬に合わせて体重移動を延々と続ける必要がある為だ。
 フロウウェンは鍛えているからそうでもないようだが、ギーシュの方は肉体労働をあまり得意としていないらしい。
「これでも馬に合わせて遠慮しているんだよ。ルイズ。僕はラ・ローシェルの港町まで止まらずに行きたいんだが……」
「無理よ。普通は馬で二日かかる距離だもの」
「着いて来れないなら置いていけばいい」
「そういうわけにはいかないわ」
「どうして?」
 ルイズは困ったような表情を浮かべて答える。
「だって、仲間じゃない。使い魔を置いていくのも、仲間を見捨てるのも、メイジのすることじゃないわ」
「やけに肩を持つね。彼……ギーシュくんは君の恋人かな?」
「そっ、そんなわけないじゃない!」
 ルイズは首を横に振って抗議する。ひどい誤解だ。
「そうか。なら良かった。婚約者に恋人がいるなんて知ったら、ショックで死んでしまうからね」
 言いながらも、ワルドの顔には余裕の笑みがある。からかっているのかも知れない、とルイズは感じた。
 ワルドは自分の苦労話やルイズとの思い出などを交えながら、立派な貴族になってルイズを迎えに来るつもりだったと語る。
 その話を聞きながらも、どこか現実味が湧かなかった。
 ワルドのことは嫌いではないのだが、なんといえばいいのか。
 こう、記憶に残る憧れのワルドと、今のワルドが上手く重ならないのだ。あの頃のワルドに感じた憧れや頼もしさというのは、どちらかと言えば―――
 振り返ってフロウウェンを見やる。深い青を湛えた瞳と視線が合うと、自分の使い魔は小さく首を傾げて見せた。
 そう。フロウウェンに対してそういう感情を感じる。それは異性としての魅力ではなくて、尊敬できる人物という意味でだ。
 では、過去の自分のワルドに対する感情も、恋慕のそれではなく、尊敬や憧れでしかなかったのではなかろうか。


「もう半日以上走りっぱなしだ。どうなってるんだ……どいつもこいつも化け物だ」
 力なく馬の首にもたれ掛かったギーシュは思わず愚痴をこぼした。隣を走るフロウウェンもグリフォンに乗っているワルドも涼しい顔をしている。
 乗馬というのは乗り手が重心を移動することで、走る馬の負担を減らしてやる必要がある。その為、見た目より遥かに運動量が多いのである。
 ギーシュは貴族である。そしてグラモン家という武門に生まれた者の嗜みとして、乗馬はお手の物ではあるのだが、半日以上も休み無く馬を走らせた経験などさすがに無かった。
「疲れたら手綱に掴まり、最低限に力を抑えたレビテーションを自分にかけるというのはどうだ?」
 フロウウェンが言う。
「……。いいね、それ」
 ギーシュは良いことを聞いた、とばかりに手首に手綱を巻き付け、自分にレビテーションをかける。彼の家族が見ていたら貴族として情け無いとギーシュに説教をするだろうが、馬の負担を効率的に減らすことができるのは確かだ。
 まだまだ移動に時間を費やすだろうから、延々レビテーションを続ければ精神力も尽きてしまうだろうが、これなら走らせながら休憩しているようなものだ。多少の体力は回復させられるだろう。


 馬を何度も替えて飛ばしに飛ばしたので、その日の夜には港町ラ・ロシェールの近くまでやって来ることができた。
 港町と言ってもラ・ロシェールは山の中にある。アルビオンは空に浮かぶ大陸だからだ。これはフロウウェンがシエスタとの世間話で聞いていた通りだった。ラ・ロシェールを更に進むと、シエスタの郷里であるタルブに到るらしい。
 峡谷に挟まれた街を月明かりで見て取ったところで、それは来た。
 突然崖の上から松明が投げ込まれた。訓練されていない馬が驚いて、前足を高々と上げる。フロウウェンは咄嗟に手綱を握って堪えたが、ギーシュは背から放り出された。
「奇襲だ!」
 松明を投げ込んできたということは、飛び道具で狙いを定めるのがその目的とする所だろう。
 フロウウェンは体勢を立て直すと同時にデルフリンガーを抜き放っていた。
「よう。相棒。こりゃまた剣呑な場面だねえ」
 デルフリンガーが軽口を叩くが、フロウウェンは答えない。代わりに口元の笑みで答えた。間髪を置かずに、無数の矢の雨が降り注いで来る。
 全てはデルフリンガーでは裁ききれない。逡巡することもなく、引き付けてから炎のテクニック、ラフォイエによる爆風で吹き飛ばそうと、フロウウェンは指輪を付けている左手を前に突き出した。
 しかし、ラフォイエを使うよりも早く小型の竜巻が巻き起こり、向かってくる矢を全て散らす。
「大丈夫か!?」
 杖を掲げたワルドが問うてくる。今の竜巻は彼の作り出した物だろう。
「こちらは問題はない」
 崖の上を眺めるが、第二射が飛んでくる気配は無い。こちらにメイジがいると知って臆したのかも知れない。
「夜盗か山賊の類か?」
 ワルドの呟きに、ルイズが血相を変える。
「アルビオンの貴族の仕業かも……!」
「貴族なら弓は使わんだろう」
「頭数を揃える為に傭兵を使えば話は変わる。油断はせず、メイジもいる、と見て置くべきだと思うが」
 フロウウェンがつとめて冷静な声で言った。
 ともかく、あの距離にいる相手を攻撃できるのはグリフォンに跨るワルドだけだ。ワルドに視線を送ると、彼はそれだけで察したのか、それとも最初からそのつもりでいたのか、頷いて見せた。
 しかし、ワルドがグリフォンを飛び上がらせる事はなかった。羽音と共に悲鳴が聞こえてきたからだ。
 恐慌状態に陥った連中が何事か叫びながら矢を放つも、それは届かない。ワルドが先程そうしたように、全てあらぬ方向に吹き散らされた。次の刹那、竜巻が巻き起こって、崖の上の男達が弾き飛ばされる。
「おや。あれは『風』の呪文じゃないか」
 がらがらと音を立てて男達が崖下に落ちてきた。したたかに身体を打ち付けて呻き声を上げている。
 そうやって見上げていると、月をバックに見慣れたシルエットが姿を現す。
「シルフィード!?」
 それはタバサの風竜であった。崖の上の敵を一掃すると、地面に降りてくる。
 シルフィードの背中から軽やかな身のこなしで飛び降りる影一つ。それは―――
「フ……ミ、ミス・ロングビル!?」
 ルイズが頓狂な声を上げた。
「今晩は。ミス・ヴァリエール」
 フーケはすました様子で平然と言った。ルイズはフーケを指差して、ぱくぱくと、口を魚の様に開閉させるが言葉は続かない。
 続いて赤い髪の少女がひょいと、地面に飛び降りる。キュルケである。
「いや、連れて行けって言われた時はわたしもびっくりしたけどね」
「キュ、キュルケもなの? どうしてここに!?」
「どうしてって、助けに来たんじゃない。朝方、窓から見かけたから急いでタバサを叩き起こして後をつけたってわけ。その時にミス・ロングビルに見つかってね。一緒に行くってことで、こうなったわけよ」
 風竜の背に跨るタバサはパジャマ姿だった。本当に叩き起こしたと言うのがぴったりな姿だ。それでもいつも通り、本のページをめくっている辺りはさすがと言えよう。
「これでは何時ぞやの顔ぶれだな」
 フロウウェンが呆れたように言う。これ以上を望めないほど頼もしい援軍であったが、タバサとキュルケはともかく、フーケまで来るとは。
 フーケはフロウウェンと視線が合うと、ふいっと不機嫌そうな表情を浮かべて目をそらしてしまう。
「ツェルプストー。あのねえ。これはお忍びなの」
「お忍び? それならそうと言えばいいじゃない。とにかく感謝なさいよね。あなた達を襲った連中を捕まえたんだから」
「そ、そうだった。お前たち! 何故僕らを襲ったんだ!?」
 ギーシュは、口々に罵りの言葉をこちらに投げ掛けている男達に詰め寄った。
「別にわたしはあなたを助けに来たんじゃないのよ。ねえ?」
 キュルケはしなを作ってワルドににじり寄る。
 そういうことか、とルイズは頭を抱えた。
「おひげが素敵よ。あなた、情熱はご存知?」
 しかしワルドはにべもなくキュルケを一瞥した後、左手で押しやった。
「あら?」
「婚約者が誤解するといけないのでね。それ以上近付かないでくれたまえ」
「なあに? ルイズの婚約者だったの?」
 言いながら、キュルケはワルドをよくよく見詰めて、気付いた。随分と冷たい目をした男だと。
 同時に、ルイズに同情した。婚約者に微笑みかけながらも、その瞳は冷たいままなのである。
 つまらない男だ、とキュルケは鼻を鳴らし、それっきりワルドへの興味を失った。
「子爵、あいつらはただの物取りだと言っています」
 ギーシュが戻ってくる。
「ふむ……なら捨て置こう」
 ワルドが言うと、グリフォンに跨って出発の準備を始めていた。
「物取り……か」
 フロウウェンは目を細めて呟いた。
 貴族派に雇われて襲ってきたなら、正直にそうだと答えるわけも無い。
 アンリエッタの言っていた、ゲルマニアとの同盟を阻む手紙。
 その情報が、何らかのルートから貴族派に漏れているようなことがあれば、彼らはトリステインからの使者に最大限の警戒を払うだろう。
 とは言え、この場で男達の口を割らせるには、それこそ拷問にでもかけなければ無理な話だ。そんな手管は自分の主義には合わないし、そこまでやって得られる情報が多いとも思えない。
 考え過ぎか、とフロウウェンは男達へ冷やかな視線を送って頭を振った。
 ワルドの言う通りだ。アルビオンの貴族派が差し向けたのであれば、もっと強力な布陣を敷くだろう。
「今日はラ・ロシェールに一泊して、朝一番の便でアルビオンに渡ろう」
「ア、アルビオン?」
 ワルドの言葉にフーケの表情が凍りつく。
「心配はいりません。ミス・ロングビル。いざとなったらこのギーシュ・ド・グラモンが貴族派の手からお守りしましょう」
 ギーシュは自分の胸に手を当てて、自信満々に言う。
「あ、ありがとう。ミスタ・グラモン。わ、わたくしそんな危険な所に行くなんて知らなかったものですから。ほほ、ほほほ。おほほほほほ」
 まともにうろたえたのは失態だったが、その申し出をこれ幸いと、フーケはギーシュの言葉に合わせて笑うのだった。


 ラ・ロシェールで一番上等な宿、『女神の杵』亭に泊まることにした一行は、一階の酒場でめいめい羽を伸ばしていた。
 そこにワルドとルイズが帰ってくる。
 ワルドは困ったような表情、ルイズは怒ったような表情を浮かべての帰還である。どうも乗船の交渉は捗々しくなかったようだ。
「アルビオンに向かう船は明後日にならないと出ないそうだ」
「急ぎの任務なのに……」
 ギーシュの表情が少しだけ緩む。明日は休んでいられるということだ。
「あたしはアルビオンに行ったことが無いからわかんないけど、どうして明日は船が出ないの?」
「明日が『スヴェル』の夜だからでしょう」
 フーケが素っ気の無い口調で答えた。『スヴェル』の夜とは二つの月が重なる夜のことだ。
「うん。『スヴェル』の夜の翌日の朝が、アルビオンが最もラ・ロシェールに近付く時なんだ。さて。今日はもう寝て身体を休めようじゃないか。部屋を取った」
 ワルドは鍵束を机の上に置く。
「キュルケとタバサは相部屋だ。そして、ギーシュとヒースクリフが相部屋。ロングビルは一人部屋。それから僕とルイズは同室だ」
 全員の視線がワルドとルイズに集まる。意に介したふうもなく、ワルドが言った。
「婚約者だからな。当然だろう?」
「そんな! ダメよ! まだわたしたち結婚してるわけじゃないじゃない!」
 一瞬呆気に取られたような表情を浮かべたルイズだったが、真っ赤な顔になって抗議する。
「大事な話があるんだ。二人きりで話がしたい」
「は、話だけよ! それが終わったらロングビルの部屋に行くから! いいい、行くから! ぜぜぜぜ絶対だから!」
 フーケと同室というのも歓迎したくない状態なのだが、男と同衾というのは尚更遠慮したいルイズであった。
 一人の方が気軽で良いとフーケは思っていたが、慌てるルイズを見ては苦笑いを浮かべるしかない。
「仕方ないな。僕の小さなルイズは。無理強いして嫌われたくは無いしね」
 余裕の笑みでワルドはルイズを見やった。


 フーケが部屋に腰を落ち着けてワイングラスを傾けていた頃、扉がノックされた。
 ルイズが戻ってきたのかと思って扉を開くと、そこに立っていたのはフロウウェンだ。
「こんな夜中に忍んでくるとはどういう風の吹き回しだい?」
「そんな艶のある話だったらオレとしても嬉しかったのだがな。ま、そんな歳でもないさ」
 苦笑いを浮かべて冗談を言うフロウウェン。
「少し話をしたい事がある」
「ま、いいけどね」
 大方、どうして自分が着いてきたのか訊ねたいというところだろう。フーケはフロウウェンを部屋の中へ通した。
「あんたもやるかい?」
 グラスを用意しながらフーケは問うた。
「そうだな。一杯だけ貰おうか」
 テーブルを挟んでフーケの向かいに腰を落ち着ける。
「お前が来るとは思わなかった」
 それは当然の疑問だった。何と受け答えしたものか、とフーケは頭を捻る。
 実際の所、自分が何故来てしまったのか、明確な理由を説明できないのだ。学院を出て行く一行の姿が気になった事は確かだが、心配するような間柄ではないはずだ。
 だが、偶々追おうとしているキュルケとタバサを見かけると、同行を申し出ていた。それからオスマンに休暇を願い出た。
郷里に顔を見せるといって、ウエストウッド村に帰郷することはこれまでに度々会ったから、オスマンは快く承諾してくれた。
「あんたには借りがあるからね。何かキナくさい空気が漂ってたから、上手くすりゃ貸し借り無しに出来るかもって思ったのさ」
 結局、いい答えも思い浮かばず、道中シルフィードの背の上でキュルケに答えたのと同じ答えをフーケは返した。
「あれらは利害が一致しただけだ。礼を言われるような事柄ではない」
 利害が一致したから彼女の正体を学院の者達に明かさなかった。同じ理由から、惚れ薬で酔っ払われたままではまずいから、解除薬を作る為に奔走した。それだけのことだ。
 だからフロウウェンは言った。
「案外、義理堅いな」
「……そんなんじゃないさ」
 本当ならそれらを借りだ、などとフーケも思ってはいなかった。口実として都合が良かったからそう言ってみせただけなのだ。
「詮索する気は無いのだが、元々アルビオンにいたのだろう?」
 切り出し難そうにフロウウェンは言う。
「まあね。行き先がアルビオンだって知ってりゃ来なかったさ」
 惚れ薬でおかしくなった時もジェームズ一世に対する愚痴を零してしまったし、先程もアルビオンという言葉に過剰に反応してしまっていた。フロウウェンが何か察したとしても不思議はない。
「勘付いてるなら話が早いけど、あたしゃ、最後まで付き合うつもりはないよ。どこで昔の知り合いに会うか、分かったもんじゃないからね。適当なとこでずらからせてもらう」
「それは構わない。ただ少し――」
 目を細めてフロウウェンは言った。
「お前に悪い気がしてな」
「なんでだい?」
「アルビオンの王家はお前の敵だろう?」
 フーケは呆気に取られてフロウウェンを見やった。それが気になってわざわざ自分の所に来たというのか。
 フロウウェンの行動がアルビオンの王家に手助けすることになるから? だから自分に負い目を感じるというのか?
「は、ははは……っ! あっはははは!」
 無性におかしくなって、フーケは哄笑を上げた。
「まあねえ。確かに恨んだ事もあったけどねえ」
 ひとしきり笑った後で答える。
「あたしにとっちゃ、とっくに終わった過去なんだ。復讐なんて考えるぐらいなら、すべき事は他にある。王家の連中が、生きようが死のうが、知ったことじゃないのさ」
 フーケはグラスに注がれたワインを呷る。
「ま、この場にジェームズ一世がいて、誰も見てないような状況なら遠慮無く踏み潰させてもらうかもしれないがね。その程度の優先順位なのさ。だから……あたしに気兼ねなんざ、するこたないさ」
 冗談とも本気とも付かないフーケの言葉だった。それから、急に真剣な面持ちになって言う。
 自分が同行する気になった、本当の理由に思い当たったからだ。
「この際だから言っとくよ? あんた、そんなお人好しだと、いつか寝首をかかれるか、体良く誰かに利用されるだけだよ。あたしに飲ませたあの薬も、実は何てことのない代物なんだろ?」
 フロウウェンはモノフルイドの正体には答えず、静かに笑みを浮かべるだけでそれに答えた。
 それからワインを口に運んで、嚥下すると呟く。
「利用される……か。確かにな」
 フーケの言葉は当たっている。
「オレがそうなるのは別に良い。自分で選んでいることだ」
 遠くを見るような目でフロウウェンが言う。フロウウェンには自分の甘さが原因で、部下達にまで累が及んでしまった過去がある。
 パイオニア1の移住計画が、本当はどんなものか、本星にいた部下に連絡して探らせたのだ。
 だが、後に発覚して粛清と暗殺の嵐が吹き荒れた。D因子に侵され、実験材料とされた身では死者と同じだ。何もできなかった。二度は、繰り返すまい。
「あの嬢ちゃんがそうされるのは許せないってとこかい?」
「……そうだな。今度はしくじらないようにしたいものだ」
 フロウウェンの瞳はただ、深い色の青を湛えている。グラスの中身を飲み干すと、もう用は済んだ、とばかりに彼は立ち上がった。
 フーケは大きく溜息をつくと、その背に向かって言った。
「……マチルダだ」
「ん?」
 言われたフロウウェンは怪訝そうな顔を浮かべて肩越しに振り返る。
「あたしの、昔の名前さ。気遣ってくれた礼っていうか、少しは手の内を明かさないと不公平だから……なんて柄でもないけどさ。あー……ったく! 酔っ払ってんのかね、あたしは!」
 頭をぐしゃぐしゃと掻いて、フーケ……マチルダは言った。
「他の奴には言うんじゃないよ!」
「解った」
 フロウウェンは穏やかな笑みで頷くと、マチルダの部屋を出て行った。
 あんな風に釘を刺さずとも、あの男は誰にも言わない。そういう義理堅い古風な男だという確信があった。性格が父に似ていると思ったのは、勘違いではなかったから。
「ほんとに……酔っ払ってんのかねぇ。あたしは」
 僅かにグラスに残ったワインを飲み干して、彼女は呟いた。


 フロウウェンがマチルダの部屋を訪れて酒を酌み交わしている頃、ワルドとルイズもまた、杯を交わしていた。
 ルイズの才能。それをワルドは、恐らく誰よりも高く評価している。他には無い稀有な才能だ。
 もしかしたら彼女は『虚無』かも知れない。魔法を爆発させてばかりで系統も知れないルイズを見て、ワルドは何時だったか、ふとそんな風に思ったのだ。
 であれば、レコン・キスタに引き込めば同じ『虚無』の系統であるクロムウェルは、正しく彼女を導いてくれるだろう。それはゆくゆくは自分がレコン・キスタ内で足掛かりを固めていく強力な武器となる。
ともすればクロムウェルに取って代わることもできるし、そんな手に出ずともクロムウェルの後継者となることもできるだろう。いや、やってみせる。
 よしんば『虚無』でなかったとしてもヴァリエールの由緒ある血筋は魅力的なものだ。
 ワルドにはルイズと懇意にして痛むものがない。使えないなら捨てればいいだけだ。いずれトリステインとてレコン・キスタの軍門に下るのだから、その家名を恐れる理由すらもワルドにはないのである。だから、躊躇もない。
 しかし、決して少なくは無い金を払ったというのに、あの傭兵の連中の体たらくと来たら無い。ルイズをグリフォンに乗せたまま、連中を一蹴することで自分の実力を存分に見せつけてやろうと思ったのに。
 あれさえ上手く行っていればルイズももっと自分への評価を高くしていただろう。
 自分はルイズの婚約者でありながら長く放置していたという負い目がある。だからルイズは昔のように自分に甘えたりしないのだろう。そんな風にワルドは考えていた。
 ワルドは己の容姿が恵まれていることを自覚している。世間知らずのルイズを誑し込むぐらいはわけもないと思っていたのだが、ルイズはどうも昼間からあまり乗り気ではない。
 それは放置していたことや、傭兵をけしかける策が上手く行かなかったことだけが原因ではないように思える。
 ルイズ生来の気位の高さというのもあるのだろうが、もしかすると誰か意中の相手がいるのだろうか。あのギーシュという貴族の少年か? いや、昼間の態度を見る限りそうではなさそうだ。
 では、あの使い魔というのはどうだろう。年齢的には考えにくいが、グリフォンの背の上で物憂げに使い魔の表情を窺っていたことも知っていた。
 少しだけ会話の流れを誘導して、ルイズに探りを入れてみる。
「きみはね。他の誰にもないオーラを放っていたんだ。それは君が他の誰にもない特別な力を持っているからさ。僕だってスクウェアの端くれだからね。それがわかるんだ」
「まさか」
「まさかじゃないよ。例えばそう、きみの使い魔」
「ヒースのこと?」
「そうだ。彼は相当強いんじゃないかな?」
 ヒースクリフ・フロウウェンという男。あれは相当な使い手だ。勿論、平民にしては、だが。
 体つき。物腰。傭兵に襲われた時の落ち着き払った対処。それらがフロウウェンの実力が並のものではないことを、ワルドに告げていた。
「そうね」
 答えるルイズはどこか嬉しそうな響きを声に含ませている。相当使い魔のことを信頼しているらしかった。
「メイジの実力を見るには、その使い魔を見よ、と言うぐらいだ。人を使い魔を召喚したというのも例がないし、それが実力者であれば、きみが特別だという証明みたいなものじゃないか」
 正確には例が無いわけではない。一つだけ類似するケースをワルドは知っていた。
 始祖ブリミルの使い魔。
 『虚無』に興味を抱いて調べていた文献から、ワルドはそれを見出し、その記述からコルベールと同じ推論に至っている。
「……ワルド。でも、わたしね」
 ルイズは一転して暗い表情になった。
「使い魔に釣りあった実力じゃないと思うの。あの人がいなければ、この任務に志願なんてできなかっただろうし」
「いいや、ルイズ。それはきみには才能があるからだと、僕は考えている。きっときみは始祖ブリミルのような偉大なメイジとして歴史に名を残すだろう。僕は、そう予感しているんだ」
 熱っぽい口調でワルドは続ける。
「この任務が終わったら僕と結婚しよう。ルイズ」
「え……」
 ワルドの申し出に、ルイズはきょとんとした表情を浮かべた。
「僕は、魔法衛士隊の隊長で終わる気は無い。いずれは国を、このハルケギニアを動かすような貴族になりたいと思っている」
「で、でも……」
 男性から婚約を申し込まれるなど、ルイズには経験が無い。だから戸惑いが先に来てしまって「この国を動かすような」とはワルドが言わなかったことに、ルイズは気付かなかった。
「でも、なんだい?」
「わ、わたし……まだ」
「もう子供じゃない。もう十六だ。自分のことは自分で決められる年齢だし、きみの父上だって許してくださってる。確かに、きみをほったらかしにしていたのは事実だ。それは謝るよ。
婚約者だなんて言えた義理じゃないけれど、それでも僕にはきみが必要なんだ」
「ワルド……」
 それはどうして、だろう。ワルドのような、何でもできて、誰からも認められるような男が、どうして自分を必要とするのだろう。
 偉大なメイジになれると思っているから?
 そんなはずはない。自分は『ゼロ』だ。
 特別な才能といえばグランツが使えたことぐらいだけれど、あれは表に出せるものではない。
 では自分の家名?
 いや、家督を継ぐのは長女のエレオノールか、その伴侶だ。三女の自分にはそんな価値などないし、ヴァリエール家とワルド家は元々懇意にしている。
 だとしたら同情だろうか。
 それこそ、考えたくは無かった。
 プロポーズされて嬉しくないわけではないのに、どうして裏を探ってしまうのだろう。
 自分が長い間『ゼロ』だと蔑まれてきて卑屈になっているからだろうかと、ルイズは少し悲しくなった。
 いずれにしても、こんな気持ちでワルドに返答することはできない。プロポーズされたからには、誠意をもって答えなければいけない。
「ワルド。わたし……まだあなたに釣り合うようなメイジじゃないし、もっともっと、修行して……」
 そうだ。もっと立派な貴族になれば、引け目を感じない。裏などを考えなくて良い。しっかりとした結論を出せる。
 在りし日のワルドだったら自分は頷いていただろうに。どうしてこんなにもあの頃のワルドと違って見えてしまうのだろう。
 それは多分、自分が今は『ゼロ』と、痛いほど解っているからだと、ルイズは自分自身に結論を見出した。
「あのね、ワルド。小さい頃思ったの。皆に認めてもらうような立派な魔法使いになって、父と母に誉めてもらうんだって。まだ、わたし、それができてない。だから……」
 俯くルイズに、ワルドは目を細めて笑みを投げかける。
「……わかった。取り消そう。今返事をくれとは言わないよ。この旅が終わる頃には、きみの気持ちを取り戻して見せるよ」
 引き下がってくれたようなので、ルイズは小さく頷いた。
「それじゃあ、今日はもう休むといい。疲れただろう」
 それからワルドはルイズに近付いて、唇を合わせようとした。
 ルイズの体が強張って、その腕がワルドの体を押し留める。ワルドが動きを止めると、ルイズの手は彼をそっと押し戻した。
「ルイズ?」
「ごめん、でも、その、あの……」
 口篭るルイズに、ワルドは苦笑いを浮かべた。
「急がないよ、僕は」
 そう言って、ルイズから離れる。
「ごめんね」
 ルイズは半ば逃げるように部屋を出て、自分の寝泊りする部屋へと向かう。
 解らなかった。あんなにワルドは優しいのに、どうしてだろう。
 本当は全然優しくないなんて、どうしてそんな風に思ってしまったのだろう。あんなに、憧れていたのに。
 子供の頃と同じままでいられる筈が無い。
 それは当然なのに、どうしてそんなことがこんなにも悲しくて、寂しいのだろう。


「おはよう。ヒースクリフ」
「おはよう。ワルド子爵」
 朝早くにワルドがフロウウェンとギーシュの相部屋を訪れてノックすると、すぐにフロウウェンが出てきた。とっくに起きて身嗜みを整えていたらしい。
「きみは強いらしいね。ルイズから話を聞いたが」
「少々は剣の嗜みがあるが」
「これから僕らはアルビオンに向かうわけだろう? 実戦の勘って奴を養っておきたくてね。ちょっと手合わせ願いたい。昨晩の連中ではどうにも消化不良だったからね」
「修練を積んだメイジの戦い方には、オレも興味がある。願っても無い」
 その対応に、ワルドの方が面食らう。特に気負った所もなく、フロウウェンが答えたからだ。
 相当場慣れしている印象だ。どういう経歴の男なんだろう。この使い魔は。
 そんなことを億尾にも出さず、ワルドは笑って見せた。
「そうこなくてはね。着いて来てくれ。この宿は昔、アルビオンの侵攻に備える為の砦だったんだよ。中庭に錬兵場があるんだ」


新着情報

取得中です。