あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

IDOLA have the immortal servant-10


「できたわー! あー……やたら苦労したわねー!」
 椅子にどかっと腰掛けて、モンモランシーは溜息をついた。テーブルの上の坩堝には調合したばかりの解除薬が入っている。
 魔法学院に取って返した一行は早速モンモランシーに調合をしてもらい、解除薬が完成し次第フーケに処方することとなった。
「もう効果は出るのか?」
「ええ。飲ませればすぐ元に戻るわ」
「では、ミス・ロングビル」
 と、フーケに突きつける。
 フーケはその異臭に眉を顰めたが、フロウウェンが促すとそれを一息に呷った。
「あ。言い忘れてたけど、薬の効果は切れるけど、記憶はなくなるわけじゃないから」
「……そういうこともあるかと思っていたが……そうか……」
 心底疲れたようなフロウウェンの声。
 ふるふると頭を振ってフーケが目を開けた時、そこにあるのは、いつものミス・ロングビルの理知的な顔だった。
「ミス・モンモランシ……」
 フーケの冷たい視線がモンモランシーに突き刺さる。
「は、はいぃっ!」
「次はありません」
 フーケはにこり、と上品に笑う。満面の笑みが逆に怖かった。
「ごごごごごめんなさい!」
 フーケにしてみても最大限の譲歩といえた。一応フロウウェンとの約束もあり、秘書を続ける以上、生徒であるモンモランシーを痛めつけるわけにも行かない。
「ミスタ・フロウウェン」
 くるり、とフーケが振り返る。実ににこやかな表情だった。
「一緒に来てください」
 有無を言わさずに手を取ると、フーケはフロウウェンを引っ張っていった。
「ハァァァァァ……最悪だ」
 人気の無い場所までフロウウェンを引っ張ってくると、フーケは脱力したようにうなだれた。
「忘れろ。オレも忘れる」
「あー。そうしたいね。今日は浴びるほど酒をかっくらって寝る。その前にあのセクハラジジイへの言い訳考えなくっちゃなぁ」
「オールド・オスマンのことなら、出発前にミス・ロングビルは風邪を引いて寝込んだとルイズが連絡していた。捜索隊のよしみで仲が良くなったのだとでも、適当に口裏を合わせておくといい」
「あーそうかい。そりゃ手回しのいい事で」
 忌々しげに頭をかいてフーケは投げやりに言った。
「ったく……まあ……あんたは余計な事を聞こうとしなかったから勘弁してやる。詮索もしないこった」
「ああ。分かっている」
 フロウウェンは小さく笑った。


 フロウウェンが部屋に戻ると、ルイズが難しい顔で唸っていた。
「どうした?」
「ちょっと考え事をしてたの。やっぱり、おかしいわ。うん」
 言って、立ち上がる。
「水の精霊の話を覚えている?」
「ああ」
「あっさりアルビオン王家を裏切った貴族派の人達を恥知らずだと思ってたけど……『アンドバリ』の指輪の話を聞いてしまうと、誰も彼も本心からのものなのか、怪しく思えてくるわ」
「……そうだな」
 それについてはフロウウェンも考えていた。ルイズなら当然気付くと思っていたが、やはり思い至っていたらしい。
「わたし、この事を王宮に報告して公表してもらおうかと思うの。ヒースはどう思う?」
「どう思う、とは?」
「この事を明らかにすれば、トリステインを戦火から守ることにも繋がるわ。アルビオンの王族も救えるかもしれないし」
 ルイズは自分の考えを身振り手振りを交えながらフロウウェンに開帳していく。大発見をしたと少々興奮気味で、顔が紅潮していた。
「……確かにクロムウェルの求心力は落ちるだろうな。だが、王党派をそれだけで救えるとは思えない」
「どうして?」
「情報の確度の問題と、指輪の性質の問題だ。周囲の状況に流されている者もいる。『アンドバリ』の指輪の力に思い当たることがある者は貴族派の中にもいるだろう。
だが、それを口にしてクロムウェルを誹謗するには勇気がいる。殺されれば意のままに操られるならば尚更だ。『アンドバリ』の指輪は、人の命を著しく軽くする」
「そんな!」
 ルイズのように言行一致を貫こうとする者の方が稀なのだ。
 だが、貴族の誇りを信じているルイズにはそれが理解できない。許せない。
「この状況下なら指輪の力を知って、なお肯定する者も現れるに違いない。それから……軍人には粛々と命令に従うのが己の責務と思う者が多い。
指輪の事がトリステイン王家から公に誹謗されようと、しばらくは勢いに乗った貴族派の流れは変わらないだろうな」
「じゃあ、何もできないっていうの?」
「いや。トリステイン王家に知らせることは意味のあることだ。指輪の存在を知っているだけで、対策の立て方は随分と変わってくる。
ただ……『アンドバリ』の指輪の特性を考えるなら、それをどうやって、誰に知らせるかもまた考えておく必要がある。
貴族派がアルビオンの次に望んでいるのが、トリステインだということを忘れるな」
 アルビオン王党派が既に死に体である以上、貴族派は当然その先を見据えて動いている。トリステインに間者や内通者を紛れさせている可能性は、非常に高いということだ。或いは既に『アンドバリ』の指輪で動いている死者が混じっているかも知れない。
「そう……」
 その事を言い含めると、ルイズは暫し黙考した後、口を開いた。
「姫殿下に直接……というのが良いと思うわ。姫殿下がゲルマニアからお戻り次第、王宮に行くことにする」
 姫殿下というのは、トリステイン王家の先代の王の残した娘、王女アンリエッタのことだ。
 トリステインの先王が亡くなり、トリステインの王族は二人。まずアンリエッタの母である大后マリアンヌ。それから王女アンリエッタだ。大后マリアンヌは女王に即位するでもなく、夫の喪に伏しているということで、政治に口を挟んでいない。
 実質的にはアンリエッタの腹心である枢機卿マザリーニがトリステインの政治を動かしているということになる。この話を持ち込むのなら、アンリエッタかマザリーニのどちらか。或いは両方、というのが妥当な線だろう。
 だが、両者とも今はトリステイン国内を留守にしている。ゲルマニアを訪問しているらしい。アルビオン貴族派の脅威を受け、トリステインとゲルマニアの利害は一致している。同盟の確約を取り付ける為の訪問だろう。
「では、オールド・オスマンに書状を認めてもらうのがよかろうな」
「そうね。ちょっと行ってくる」
 言うなり、ルイズは早足で部屋を出て行った。
 行動力があるのは良いことだと、フロウウェンは静かに微笑んで、ルイズの背中を見送った。


 それから数日は何事もなく平穏な日々が過ぎた。
 授業の合間でも『アンドバリ』の指輪のことが頭にあって気が急くのか、ルイズはあまり集中できていない様子だった。
 放課後の座学でも、タバサへの指導の折を見てルイズに視線を移しても、物思いに耽っていることが多い。
 生真面目であるが故に思考の切り替えが早くないというのは……まあルイズの年齢を考えれば致し方ないことだろう。
 因みに、タバサの方はというと、フロウウェンに『フライ』と『レビテーション』を必要としない回避運動。つまりは純粋な体術を求めてきた。
 魔法と体術を組み合わせた回避運動は重力や慣性に縛られず、かなりの機動力と対応力を持っている。これはタバサに目の前で実演してもらった。
 その機動力にはフロウウェンも舌を巻いたほどだ。しかもそれを、ほとんど独学で研鑽したというから驚きである。
 体格に恵まれない彼女は筋力で劣る。それ故、瞬発力も不足する。しかし、彼女は得た知識を以って、経験と実力を補える応用力を持っている。
 それは驚くべき天賦の才と言えた。ただ、タバサの確立した戦術には一つだけ欠点があった。
 事前の詠唱と精神力の消耗だ。
 回避に専念することを念頭に置いて呪文を唱えなければならず、飛行中も他の呪文が唱えられない。その分攻撃にも回避にもラグが生まれるし、精神力の余力は減ることになる。
だからフロウウェンが見せた、魔法にも筋力にも頼らない体裁きの技術は攻撃と防御の両面を強化するという意味で、タバサのニーズに合ったのである。
 裏を返せば、タバサは今の彼女でもまだ届かない目標を持っている、ということだ。紙一重の戦いに対応せんが為の向上心である。
 年端もいかないタバサが、それほどまでして何を目指しているのか。それを想像すると、どうにも暗鬱な答えばかりが見えてきそうだった。
「病気や毒を治癒するテクニック」についても熱心な質問を受けたのだが、アンティは戦地における間に合わせという側面が強い。事実、フーケが誤飲した惚れ薬は中和できなかった。
それを聞かせると、タバサは表情にこそ出さねど、落胆した様子であった。
 ルイズにもカトレアという生まれつき身体の弱い姉がいるらしく、レスタやアンティやリバーサーについて根掘り葉掘り聞かれていたのだが、そうなるとタバサの身内にも病弱な者がいるのかもしれない。
 或いは、それこそが動機に直結しているのだろう。フロウウェンは、講義に耳を傾けるタバサの後ろ姿を見やって溜息をついた。
「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」
 教壇に立った教師が不遜な態度を隠さずに言った。
『疾風』のギトー。コルベールやシュヴルーズといった、比較的温和な教師が多いトリステイン魔法学院にあっては、かなり気難しい性格の教師といえた。
厳格という言葉は時に尊敬の意味を孕むものだが、ギトーの場合は多分に他者を見下す所がある。その為に生徒達には煙たがられているのである。
 そんなギトーから指名されたキュルケは、臆することなく答える。
「『虚無』じゃないんですか?」
「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いているんだ」
 その受け答えに、キュルケは気分を害したようだった。恐らくギトーは『風』だと言わせたいのだろう。
 だがキュルケはここで引くような性格をしていない。己が『火』の属性であることに誇りを持っているのだ。加えて、自信も実力も充分にある。
「『火』に決まってますわ。ミスタ・ギトー」
「ほほう。どうしてそう思うのかね?」
「すべてを燃やしつくせるのは炎と情熱。そうじゃございませんこと?」
「残念ながらそうではない。ためしにこの私に、『火』の魔法をぶつけてみたまえ」
 腰に差した杖を手に、ギトーは言い放つ。キュルケは少し驚いた様子だったが、不敵な笑みを浮かべた。
「火傷じゃすみませんわよ?」
「かまわん。本気できたまえ。その有名なツェルプストーの赤毛に恥じぬようにね」
 家名を出されたことでキュルケの顔から笑みが消える。
 胸の谷間に差していた杖を抜き、口の中で魔法を詠唱する。
 天に掲げた掌の上に真紅の球体が生まれる。そのまま詠唱を続ければ、火球は一メイルほどの大きさに膨れ上がった。
 巻き込まれればただでは済まないと思ったのか、周囲の生徒達が慌てて机の下に隠れる。
 手首のスナップを利かせてそれをギトーに向かって放る。その軌道に残光を残しながら、猛火は唸りを上げてギトーへと迫った。
 対するギトーはそれにたじろぐ様子もなく、高らかに詠唱して杖を振るう。
 瞬間、地面から巻き上がった旋風が火球を巻き上げ。一瞬にしてそれを吹き散らした後に、軌道上にいたキュルケも吹き飛ばした。
 ふわり、とキュルケの体が宙に浮く。タバサの『レビテーション』であった。
「諸君、『風』が最強たる所以を教えよう。簡単だ。『風』はすべてを薙ぎ払う。『火』も『水』も『土』も、『風』の前では立つことすらかなわぬだろう」
 ルイズの隣で一連の顛末を目にしていたフロウウェンだったが、その言葉を額面通りに肯定していいものか、と首を捻る。
 確かに『風』は『火』を防御するのにはすこぶる相性がいい。火は酸素無しには存在し得ないからだ。
 だが、フーケのような『土』が相手ならば、これは余程術者同士の力量が離れていなければ、『風』で打倒するのは難しいと思えた。
 事実、フーケと同格のトライアングルであるタバサは、フーケのゴーレムに対して決定的な対抗手段を持たなかった。
対して、フロウウェンがギーシュやフーケのような土メイジを打ち破れたのは、互いの思惑と戦術が噛み合った事と、何より相性によるところが大きい。
 剣の専門家たるフロウウェンに、近接戦や白兵戦で打ち勝つのは至難の技だ。人間がゴーレムになったところでそれは同じなのである。
 ギーシュは術者が武術に秀でていなかったというのもあるし、フーケの巨大ゴーレムは動き自体が鈍く、これも攻撃を見切る事は容易かった。
特にフーケの場合はマグの力を見たいがばかりに、ゴーレムによる力押ししかしてこなかったというのも大きい。
 もし、あの場で立ち会っていたのがキュルケやタバサだったら、或いは、初めからこちらを殺すつもりのフーケと対峙していたなら、もっと厳しい戦いを強いられただろう。
 近接戦では相手の反射行動を逆手に取ってフェイントを仕掛けたり、自分の望むように相手の動きを誘導したりするのだが、距離を置かれて視界内に全身を補足されていると、それらの技術も効力を半減させてしまう。
 いくらフロウウェンの身のこなしや瞬発力が尋常ではなくとも、人間の反射神経を凌駕するような速度で動いているわけではないのだ。
 であるから、フーケのゴーレムとの戦いでは瞬発力に加えて、経験からくる予測でゴーレムの攻撃を凌いでいた。
 無論、フロウウェンもテクニックを使っての遠距離戦は行える。
 しかし、今のキュルケの火球が彼女の本気のものであるというなら、トライアングルにして既に一端のフォースが使う火のテクニック、フォイエに匹敵する火力を秘めているようだ。
 正面から堂々と、使う魔法も放つタイミングも明白という、実戦とは程遠い約束事の中での流れとは言え、ギトーはあっさりとそれを防御し、あまつ反撃してみせた。
 であるならテクニック主体の戦法でメイジを相手にするのは、これも中々厳しいものがある……と、結論するしかない。
『火』や『風』のメイジを相手に剣で渡り合おうとするならば、正面には立たぬようにすること。また離れた距離から戦闘に突入するような状況を作らないようにする必要があるだろう。
 或いは被弾覚悟で防御を固めて戦闘に望む、という発想もあるのだが。
 フロウウェンの文明には、瞬間的に発生する雷のテクニックや、空間の一点を指定して大爆発を起こさせる炎の上級テクニック、ラフォイエなどがある。これらは、回避すること自体が困難と言えた。
 それに対抗する手段としては絶縁処理や耐熱処理などで「受ける被害を減らす」ことを前提とした装備で固めることが多い。
 たが、このハルケギニアではそれら次善の策は望むべくも無い。だから、これは現実的な考えとは言えなかった。
 教壇の上では尚もギトーが『風』の有用性を切々と語っている。何か実演してみせるつもりなのか、杖を立てて詠唱を始めたが、教室に飛び込んできた闖入者がいた為にその魔法は完成しなかった。
 教室に入ってきたのはミスタ・コルベールだ。ロールした金髪のカツラを被り、ローブもマントも礼装用のなりだった。
「ミスタ?」
 コルベールの装いを目にしたギトーが毒気をぬかれたような顔をする。
「あややや、ミスタ・ギトー。失礼しますぞ!」
「授業中です。ミスタ」
 すぐに真顔に戻ってコルベールを睨むギトー。対するコルベールは咳払いを一つすると、重々しい口調で告げた。
「今日の授業はすべて中止であります!」
 その言葉に生徒達から歓声があがる。それを押さえるかのように両手を広げ、もったいぶった様子でコルベールは口を開く。
「えー、皆さんにお知らせですぞ」
 コルベールが仰け反った拍子に、金髪のカツラがずれて床に落ちた。生徒達の間からくすくすと笑い声が漏れる。
 タバサがそれを指差してぽつりと呟く。
「滑りやすい」
 教室中が爆笑の渦に包まれた。見ればギトーまでもが口元に手をやって肩を震わせている。
「ええい! 黙りなさいこわっぱどもが! 大口を開けて下品に笑うとは貴族にあるまじき行い! 貴族はおかしいときは下を向いてこっそりと笑うものです! これでは王室に教育の成果が疑われる!」
 コルベールが怒鳴ると、それでどうにか教室が落ち着きを取り戻す。
 再度咳払いをして、コルベールは言葉を続けた。
「今日はトリステイン魔法学院にとってよき日であります。始祖ブリミルの降臨祭に並ぶ、めでたき日であります。
恐れ多くも先の陛下の忘れ形見、我らがトリステインがハルケギニアに誇る可憐なる一輪の花、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸なされます」
 その報せに教室中にざわめきが広がる。ルイズは思わずフロウウェンの顔を見やっていた。


 魔法学院へ続く街道を馬車が静かに進んでいた。
 馬車の窓はレースのカーテンが引かれており、中の様子は伺えない。
 車体には金と銀、白金で作られた緻密な細工のレリーフが施されている。水晶の杖と、角を持つ馬―――聖獣ユニコーンを模ったものだ。その馬車が王女のものであるということを示すものであった。
 車体を引くのもまた、ユニコーンである。清らかな乙女のみに心を許すとされるその聖獣ならば、なるほど王女の馬車馬に相応しかろう。
 その王女の馬車の後ろに続くのは、マザリーニ枢機卿の馬車である。王女のそれに負けず劣らずの風格と威容を見せ付け、トリステインの内政と外交を一手に引き受け、実権を握る彼に相応しいものであった。
 周囲を固めるのは王室直属の近衛隊である魔法衛士隊だ。
 名門貴族の子弟、しかもいずれも劣らぬ実力を備えたエリート中のエリートである。彼らの代名詞ともいえる漆黒のマントを身に纏い、幻獣に跨って、堂々たる威風を漂わせている。
 街道には色とりどりの花々が咲き誇り、王女の行進をいっそう華やかに飾っていた。
 そんな幻想的でありながらも荘厳な光景に当てられたのか、王女を一目見ようと街道に並んだ平民達が歓喜の声を上げる。
「トリステイン万歳! アンリエッタ姫殿下万歳!」
 そんな平民の歓声に応えるように、馬車の窓のカーテンが開いて、そこに見目麗しい美貌が覗く。肩ほどまで伸ばした、艶やかな栗色の髪が小さく揺れた。
 薄い青の双眸。定規で引いたように真っ直ぐで高い鼻。桜色に濡れた質感の唇。新雪のように透き通る白い肌の上に、奇跡的な均衡を保ってそれらが配置されていた。
 その、美貌が―――優雅な笑みを投げかける。
 花が零れるような笑みだった。喚声が一際高くなる。
 そんな美貌を窺い見ることができた者は幸運だったに違いない。ほんの数分で、馬車のカーテンはまた閉じられてしまったからだ。
 そうして、その馬車の主であるアンリエッタは小さく、ほう……とため息をついた。高級で繊細な美術品にも似た指先が、落ち着きなく水晶のついた杖を弄んでいる。
 その表情は……それでも見るものを魅了してやまない魅力と気品に溢れていたが、どうにも浮かないものだった。王女は深い悩みの中にあったのである。
 だが仕えるべき主がそんな調子では困るのが隣に座ったマザリーニ枢機卿である。
政治の話をする為に王女の馬車で移っていたのだが、どうもアンリエッタは他のことで頭がいっぱいで、自分の話にしかと耳を傾けているようには見えない。
「これで十三回目ですぞ。殿下」
「何がですの?」
「ため息です。王族たるもの、臣下の前で弱みなどお見せになさらぬように」
「王族ですって! まあ!」
 アンリエッタは大仰に驚いて見せた。
「このトリステインの王さまはあなたでしょう? 枢機卿。今、街で流行っている小唄はご存知かしら?」
「存じませんな」
 マザリーニは興味無さげに嘯いた。本当は知っているのだが、面白いものでもないからとぼけてみせたのだ。
「それなら聞かせてさしあげますわ。トリステインの王家には美貌はあっても杖が無い。杖を握るは枢機卿。灰色帽子の鳥の骨……」
 王女の機嫌はかなり悪いようだ。自分の献じた策がどうにも気に入らないらしかった。理屈の上では納得していても、それに感情が追いついていない、というところか。
「街女が歌うような小唄など口にしてはなりませぬ」
 自分がその不満の矢面に立つ程度で辛抱してくれるのなら安いものかとマザリーニは思ったものの、やはりそれはそれ。主の無作法を嗜めることにしたらしい。
「いいじゃないの。小唄ぐらい。わたくしはあなたの言いつけ通り、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐのですから」
 ゲルマニアはトリステインに比して歴史の新しい国だ。金と能力があれば平民でも貴族となれるその在り方は、他国の貴族からはしばしば野蛮だと揶揄される。
 その国の皇帝アルブレヒト三世は四十代の男である。政敵をかなり乱暴なやり口で退けて王座に座ったという経緯もあり、アンリエッタの隣に並べるには如何にも不釣合いだろうと思えた。
 だが、そんなゲルマニアの皇帝にアンリエッタが嫁がなければトリステインは立ち行かない。
 そんな現実が、アンリエッタの自尊心と、彼女の持つトリステインという国そのものに対する矜持。その双方に浅からぬ傷をつけている。
 だがそれらのことは今のアンリエッタにとっては二の次であった。
 マザリーニも知らぬことではあるが、彼女には密かに恋焦がれる相手がいる。
 彼の身の安否と、彼が所有する恋文がアンリエッタを最も思い悩ませている事案である。それを知ればマザリーニも己の献策が水泡に帰すかも知れぬと顔色を変えただろう。
 が、知らない内はアンリエッタの苦悩に対しても、年頃の娘の我侭程度にしか思ってはいない。
「しかたがありませぬ。目下、ゲルマニアとの同盟こそトリステインにとっての急務なのですから」
 マザリーニの言葉に、アンリエッタは柳眉を逆立てた。
 アルビオン王家に反旗を翻した貴族派は、自らをレコン・キスタと名乗り、ハルケギニアの統一と、エルフ達からの聖地の奪還を謳っている。
 飛ぶ鳥を落とす勢いの貴族派に対して、小国トリステインが独力で当たるのは得策ではない。例え退けられたとしてもどれだけ国を疲弊させるか分かったものではないのだ。
 だからこそ、侵攻を事前に抑止し、更に言うならばアルビオン貴族派を打倒する為に、ゲルマニアやガリアとの軍事的な連携が必要だった。
 だが、大国ガリアは利害は一致しているはずなのに、こちらの打診に対して腰を上げる気配を見せない。であるなら、アルビオン、トリステインの次に貴族派が矛を向けるであろうゲルマニアと結ぶ他は無いのである。
 それらのことをマザリーニがアンリエッタに言い含めるが、それでも彼女はため息をつくばかりであった。
 マザリーニは馬車のカーテンを開く。それを目ざとく見止めた精悍な顔つきの男が、自らの騎乗するグリフォンを馬車へと近付ける。
「お呼びでございますか。猊下」
 ―――ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵。『閃光』の二つ名を持つ『風』のスクウェアメイジだ。
 栄えある魔法衛士隊の一翼を担うグリフォン隊の隊長でもあり、マザリーニも一目置いている。機知に富み、武勇に優れ、行く行くはトリステインを支えていってくれるであろう、将来有望な若者である。
「ワルド君。陛下のご機嫌がうるわしゅうない。何かお気晴らしになるものを見つけてきてくれないかね?」
「かしこまりました」
 ワルドはすぐに目当てのものを見つけてきた。街道に咲いていた花がつむじ風で舞い上げられ、彼の手元に運ばれてくる。
 それを枢機卿の手に渡そうとしたが、マザリーニは言う。
「おん手ずから殿下が受け取ってくださるそうだ」
「光栄でございます」
 ワルドが馬車の反対側に回ると、するするとカーテンが開いて、アンリエッタが手を伸ばした。花を手渡すと、今度は左手が差し出される。 彼は感激した面持ちを浮かべるとその手を取って、口付けた。
 アンリエッタが物憂げな声で問う。
「お名前は?」
「殿下をお守りする魔法衛士隊、グリフォン隊隊長ワルド子爵でございます」
 恭しく頭を下げてワルドは答えた。
「あなたは貴族の鑑のように立派でございますわね」
「殿下のいやしきしもべに過ぎませぬ」
「最近はそのような物言いをする貴族も減りました。祖父が生きていた頃は……ああ! あの偉大なるフィリップ三世の治下には、貴族は押しなべてそのような態度を示したものですわ!」
「悲しい時代になったものです。殿下」
「あなたの忠誠には期待してよろしいのでしょうか? もしわたくしが困った時には……」
「そのような際には、戦の最中であろうが、空の上だろうが、何をおいても駆けつける所存でございます」
 実に理想的な受け答えであった。それに満足したアンリエッタが頷くと、ワルドは馬車から離れていく。
「あの貴族は、使えるのですか?」
「ワルド子爵。二つ名は『閃光』。かのものに匹敵する者は、『白の国』アルビオンにもそうそうおりますまい」
「ワルド……聞いた事のある地名ですわ」
「確か、ラ・ヴァリエール公爵家の近くだったと存じます」
「ラ・ヴァリエール?」
 ヴァリエール公爵家なら、アンリエッタも良く知っていた。ラ・ヴァリエールの領地に逗留したこともある。そうだ。トリステイン魔法学院にはその三女であるルイズが在籍していたはずだ。
 彼女はアンリエッタが幼少の頃、自分の遊び相手を務めたこともある。
 暫く会っていないがルイズはどんな淑女に育ったのだろうか。
「そうそう。申し遅れておりました。ヴァリエール家といえば、魔法学院に通う公爵家の令嬢が殿下へのお目通りを願っていると、先だって報告がありましたぞ」
「ルイズがわたくしに? 一体何の用で?」
「用件までは存じておりませぬ。オスマン師の書状が送られてきているとしか」
 何だろう。ただ会って旧交を温めようというわけではあるまい。揺籃の友の用件とやらにアンリエッタはあれこれと思いを巡らせたが、皆目見当も付かなかった。
 ただ……向こうが面会を望むというのなら、断る理由はあるまい。自分は、心許せる友が欲しかった。最近は思い悩むことや疲れることばかりだ。


 魔法学院の門をくぐって王女の一行が現れると、整列した生徒達が一斉に杖を掲げる。示し合わせたかのような見事なタイミングで、衣擦れの音と、杖を掲げる小気味良い音が重なった。
 普段の学院での彼らの様子はフロウウェンの目から見ても歳相応の子供らしさも目立つのだが、こういう時はさすがは名門貴族の子弟と思わせる。
 正門をくぐった先の本塔で王女を迎えるのは学院長のオールド・オスマンだ。
 馬車が止まると召使達がてきぱきと駆け寄ってきて、馬車の扉の前に絨毯を敷き詰める。
 呼び出しの衛士の声も幾分か上擦っている。衛士の緊張の様子が手に取るようだ。
「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーーーーーりーーーーーーーーーー!」
 しかし、扉が開いて現れたのは痩せぎすの白髪、白髭の男だった。
 生徒達の間から小さく落胆の声が上がる。その中に、「何だ。鳥の骨かよ」というぼやきをフロウウェンは耳にした。
(では、あれが枢機卿マザリーニか)
 まだ四十代という話だが、随分と磨耗している。そんな印象をフロウウェンに与えた。
 鳥の骨という表現は正鵠を射ているとは思うが、あのやつれ方は長期に渡る激務と心労によるものだろう。ロマリア出身とあってトリステインでの評判はあまり芳しくないようだが、ああいった人物は経験上、信用していい者が多い。
 彼を中傷する小唄が庶民の間で流行っている。それを許す程度には広い度量も持っていて、民の自由を許容していることになろう。
 やつれるというのは、実質的にトリステインの最高権力者でありながら、私腹を肥やすでもなく真摯にまつりごとを行っているということの証明だ。
 事実、トリステインは可もなく不可もなくといった調子で、国内の情勢は安定している。マザリーニが誠実かつ堅実な男だということだ。見上げた男ではないか、とフロウウェンは感心した。
 そんな男が謗りを受けるというのは、半分以上は嫉みや妬みというものだ。余所者が王女や大后を差し置いて政治を動かすとは分を弁えておらぬ、と考える者もいるのだろう。
 枢機卿に手を引かれて、王女がその姿を現すと、一際歓声が高くなる。年の頃は十六、七というところか。
 確かに、評判通り見目麗しい王女であった。
 その貴族達の上げる歓声からも、彼女のトリステイン貴族からの人気が高いことが伺い知れる。
 フロウウェンの弟子のリコ・タイレルもトップクラスの実力を持つハンターでありながら、美貌を兼ね備えた少女であった。軍の英雄ヒースクリフ・フロウウェンの愛弟子ということも手伝って、レッドリング・リコなどと呼ばれて大層な人気があったものだ。
 象徴的存在に容姿というものが伴っていれば、それはカリスマとなり得る。王族として得をしているとも言えるが、一方で諸刃の剣でもあるのだ。
 リコの場合は一介のハンター稼業でありながら分不相応な扱いを受けることに、矜持を傷つけられるようであった。
また、総督府の高官コリン・タイレルの娘が民衆やハンターズ達の間でアイドル的扱いをされているということで、自分の意思とは無関係に、行動が政治的な利用をされてしまうということにも常々悩んでいた。
 アンリエッタとて、若い身空で政治という舞台に投げ込まれている。あの華やかな笑顔の裏には生半ではない苦労もあるのだろう。
 自分で選んだ道ならばそれでも良い。だが貴族、王族というのは否応も是非も無い。
 それは幸か、不幸か。決められるのは本人だけだ。生きる事に不自由はしないのに、そう生まれついたというだけで、その道は他の誰よりも雁字搦めであることは確かだ。
 ままならないものだなと、フロウウェンはマザリーニとアンリエッタを見ながら目を細めた。


 王女は今晩、魔法学院に逗留するとのことだ。
 ルイズにしてみれば願っても無い好機到来である。オスマンに話を付けてもらえば今日明日中にでもアンリエッタとの面会が叶うかもしれない。
 自室でそんなことをフロウウェンと話していると、ドアがノックされた。長い間隔を空けて二回。短く三回。
 ルイズが扉を開くと、真っ黒な頭巾を目深に被った人物が立っていた。
身体もすっぽりと漆黒のマントで覆っていて、その出で立ちは魔法学院襲撃の折のフーケを連想させるが、目の前の人物はフーケよりも一回り小柄で、そこから判断すればマントの中身は細身の少年か、或いは華奢な少女の体格だ。
「……あなたは?」
 虚を突かれたような表情で、ルイズは首を傾げた。
 口元に指を立てルイズに沈黙を促すと、辺りを窺いながら部屋の中へ身体を滑り込ませる。マントの隙間から杖を取り出し、短くルーンを唱えた。
「……ディティクトマジック?」
 部屋に舞った光の粉を見て、ルイズが訝しむ。黒ローブは小さく頷いた。
「どこに、誰の耳や目が光っているか分かりませんからね」
 それは涼やかな女の声だった。
 ルイズの部屋に何ら魔法的な仕掛けがないことを確かめると、黒ローブはその頭巾を取った。
「姫殿下!?」
 それは果たして昼間見たアンリエッタ王女、その人であった。ルイズが慌てて膝を付き、フロウウェンがそれに倣う。
「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」
 オスマンの手引きだろうか、とルイズは逡巡するも、すぐに畏まった声で言った。
「姫殿下、いけません。このような下賎な場所へお越しになられるなんて」
「そんな堅苦しい行儀は止めてちょうだい。あなたとわたくしはおともだちじゃないの」
 アンリエッタは跪いたルイズの肩をそっと抱く。
「もったいないお言葉でございます。姫殿下」
「ルイズ。ここには枢機卿も宮廷貴族もいないのですよ。昔馴染みのあなたにまでよそよそしい態度を取られたら、もうわたくしが心許せる者はいなくなってしまうわ」
「……姫殿下」
「幼い頃、一緒になって宮廷の中庭で蝶を追いかけたじゃないの。泥だらけになって」
 その言葉にルイズははにかんだような笑みを浮かべる。記憶の底に沈んでいた思い出の数々が蘇ってくる。
あの頃はただ無邪気で、今にして思えば有り得ない、幼子でなければ許されない振る舞いをしていたものだ。
アンリエッタはもっとくだけて欲しいというが、一足飛びにあの頃と同じように、というわけにもいかない。
 二人は暫し過ぎ去った日々の思い出話に花を咲かせ、それから、声を揃えて笑い合った。
 公爵というのは王家にごく近しい親戚筋にのみ与えられる爵位だ。どうもルイズはその繋がりから、幼少の頃のアンリエッタ王女の遊び相手であったらしい。
 ついでに……フロウウェンが思っていたよりも、二人ともお転婆だったようだ。
「感激です。姫さまがそんな昔のことを覚えてくださってるなんて……。わたしのことなど、とっくにお忘れになったかと思いました」
「忘れるわけないじゃない。あの頃は毎日が楽しかったわ。なんにも悩みがなくって」
 アンリエッタはベッドに腰掛けると、小さくため息をつく。
「姫さま?」
「あなたが羨ましいわ。自由って素敵ね」
「何をおっしゃいます。あなたはお姫様じゃない」
「王国に生まれた姫なんて、籠の鳥同然。飼い主の機嫌一つであっちへ行ったり、こっちへ行ったり……」
 悲しげな笑みを浮かべる。
「結婚するのよ、わたくし」
「それは……おめでとうございます」
 ルイズは言葉とは裏腹に、沈んだ声で答えた。
 大貴族の娘として生まれたルイズはすぐに察することができた。政略結婚という奴だ。
 別段珍しい話ではない。自分とて、どこまで父や相手が本気かは判らないがれっきとした婚約者がいる。
 ルイズの場合は、政略結婚などというような類のものではないし、婚約を露骨に嫌がるような相手ではない。
恋心を抱いているというわけではないが、幼さ故に物語の中の王子に憧れるような目で婚約者を見た時期が、確かにあった。
 昼間の魔法衛士隊の中に件の婚約者の姿を認めたが、それはもう威風堂々とした出で立ちであった。ヴァリエールの婚約者として、申し分のない相手であろう。
 ただ、長女のエレオノールがおらず、ヴァリエール家の力に翳りがあれば、家の為に見ず知らずの貴族に嫁がされる可能性もあったかもしれない。
そういう意味では、アンリエッタの悲しみは容易に想像がつくのだ。
 ……因みに、姉の結婚に暗雲が立ち込めているという事実を、現時点でのルイズが知る由もない。
 アンリエッタは、ルイズの背後に控えるフロウウェンを一瞥する。
 立派な白い口髭をたくわえた、威厳のある顔つきの老人だ。
 使用人だろうか、とアンリエッタは思ったが、どうも見慣れない服装をしていた。貫禄のある姿は一角の人物にも見える。
「ルイズ。その方は?」
「彼はわたしの使い魔です」
「使い魔? 人にしか見えませんが」
「人です。姫さま」
「お初にお目にかかります。姫殿下。ヒースクリフ・フロウウェンと申します」
 老人は名乗り一礼する。落ち着いた声であった。
「あなたって、昔から変わっていたけど、相変わらずね」
 アンリエッタは小さく笑った。少し気恥ずかしそうに、ルイズは頬を赤らめる。
「ああ、懐かしさにかまけて忘れるところでした。聞けば、ルイズはわたくしとの面会を望んでいたとか」
「そうでした、姫さま。アルビオンの貴族派のことで、どうしても姫さまのお耳に入れたいことが」
「アルビオン……」
 アンリエッタの表情が暗く沈む。道すがらの馬車の中で、散々アンリエッタの頭を悩ませてきた事案だった。
「姫さま。『アンドバリ』の指輪というマジックアイテムをご存知でしょうか?」


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