あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

Fatal fuly―Mark of the zero―-02


 得体の知れない業を駆使し、ゼロの使い魔であるロックがギトーをのしたという話は、

あっと言う間に魔法学院中に広まる事となった。
無理もない話である。ゼロのルイズが呼び出した、平民としか見られていなかった人物が、学院の教員に歯向かっただけではなく、あまつさえそれを打倒したのだ。
閉鎖的な空間では、このようなゴシップ的話題は特に好まれるものである。
そのあっと言う間に、の事だが、現在ルイズとロックは学院長室への呼び出しを喰らっていた。


「確かにギトー君の指導にはやりすぎな感があったのは、私も否めなかったのじゃがな」
「「…………」」


 使い魔のしでかした事は主の責任。それくらいの事が分からない程ロックもバカではない。
第一、召喚されてよりそういった主旨の話をルイズから嫌と言うほど聞かされていた。
 少しばかり肩を落とし、オスマンの言葉を受ける。
 教え子を見せしめに仕立てようとしたあれに、強い憤りを感じたのは仕方ないにせよ、それにしてももう少しやり方はあったと思う。
 冷静さを常に保とうと考えていても、直情的な部分が表に出てしまう。自分がどれ程ガキ臭いか、嫌でも思い知らされた。
 部屋に据えられた大きな卓の前に座り、パイプを吹かすオスマンは、ロックとルイズの沈んだ表情を眺めながら言った。

「授業の妨害、教員をぶちのめした。
まぁ、結果だけ見てミス・ヴァリエールの今までの事を考えれば、そう珍しいことではないのじゃがね。最も、不可抗力と言う前提が以前はあった以上、今日の事は特別じゃなぁ」
「うっ」
「体裁としてはある程度取り繕わねばならんのが、大人の世界という事じゃ。しかし、今回はおぬしらに重い咎めを与える為に呼んだ訳ではないよ」

 反省はあるにせよ、体裁という言葉を重要視する世界とは無縁に生きてきたロックにとっては、やはり気分が良くない。
めんどくせぇな、と腹の内で小さく呟いて彼は眉を潜めた。

「とはいえ、短い間の謹慎処分は受けてもらわねばならんのは、納得してくれるかね? ミス・ヴァリエール」
「ええ……前代未聞の出来事ですもの。それくらいの事は覚悟していました」
「すまぬな。私としてもあまりこういう事はしたくないのじゃよ、本当はな。先も言うた通り、示しという物がある」
「ええ、理解しています」

淀みない口調で答えたものの、ルイズの肩は震えていた。仕方のない事とは頭で理解していても、身体はダイレクトに反応を見せる。
しかし、どこかすっきりとした気分があったのは否定できぬ事実であった。
少し料理などの家事が上手い、ただの平民だと思っていた使い魔が、思いもよらず“強かった”のだ。
杖も使わずに魔法の様なモノを使ったという事実に恐れを抱くよりも、ほんの少し誇らしい気持ちがルイズにはあった。

「話を聞くに、真っ向からあのギトー君とぶつかって倒したというらしいが、考えるだに些か信じがたい事実じゃのう。しかも、平民が、じゃ」
「証人なら数多くいますわ」
「わかっておるさ。しかし、なぁ」
「…………」

 値踏みをするかの様な視線を向けてくるオスマンに対し、肩を落としていたロックはその様子を変えた。
 いつも言われる平民という言葉を、殊更気にしていたつもりはなかったのだが、それも状況次第という事だ。溜まっていた苛立ちが真っ直ぐに言葉の矢になる。

「口を開けばどいつもこいつも平民平民。そりゃあんたらからしたらそうかも知れないがな……チッ、まぁいいや。で、いつになったら本題に入るんだい? 爺さん」

 痺れを切らしたかの如く、両手を頭の後ろで組んでロックが言う。
 発したロックの尊大な言葉遣いに思わずルイズは声を上げた。

「ちょ、ロック!?」
「ふむ、少しもったいぶってしまったかな?」
「こういう場所は苦手でね。出来ればさっさと部屋に帰っちまいたいんだ。聞きたい事があるなら早く言ってくれ」
「失礼な物言いは止めなさい! ロック!」

 眉を八の字にしたルイズの叫びにロックは答えない。
 彼の赤い瞳が、一直線にオスマンに突き刺さっている。ぴりぴりと肌が痺れるのをルイズは感じた。
 それがロックの身体から発せられる目に見えぬ圧力による物だという事に気づいた時には、既に背中を冷たい汗がぐっしょりと濡らしていた。
 真正面からそれを受けて尚、薄く口元に笑みを浮かべながらオスマンは、むしろ涼やかな顔を見せている。

「若いなぁ、ロック君」
「ちぇっ、こけおどしは効かないってわけか」
「私も無駄に歳を食っておるわけではないという事じゃ」

 餓えた狼の様な気を放っていたロックは、それを瞬時の内に霧散させてため息をつく。
 どこまでも不遜な態度を取るロックに対し、ふふんと鼻を鳴らしてオスマンは吹かしていたパイプを卓の上に置いた。
 甘い香りを放っていたそれは、程なくして中の火が消えたのか、吐き出す煙を止めていた。
 数十秒程の無言の時が流れる。視線を絡め合わせたままの二人に、ルイズはどうすればいいのか分からない。
 そのまま数分が過ぎ去った頃――先に動いたのはロックの方だった。
 弾ける様にして立ち上がり、声を上げる。

「烈風拳!」
「エア・ハンマー!」

 しかし、風が唸ったのはほぼ同時であった。ロックの振り上げた左腕が地を走る風を生み出し、オスマンのかざした杖が空気の塊を発射した。
 ぶつかり合ったそれらが、この場にいる三人の耳にきぃんと残響を残す。

「こういうのが見たかったんだろ?」
「確かにそうじゃが、合図も無しとは随分と乱暴じゃなぁ……」
「よく言うぜ。こっちの呼吸まで読んで、完全に合わせて来たじゃねぇか」
「若いのに結構な場数を踏んでおるのじゃな、少し感心したわ。いや、何、まぁ一応、それは見た事があっての」
「何だって?」


     ※


 風のメイジであり、トリステイン王立魔法学院の教師でもあるギトーが唸りながら目を覚ましたのは、夕暮れも近づく頃の学院の医務室であった。
 水の秘薬などの独特のにおいが鼻につき、体を起こそうとすると、胸骨の辺りがミシリと唸り、うずくまるようにして押さえ込んでしまう。
 押さえ込んだ手が更に胸骨を圧迫し、痛みが更に増すものの支えが無いと心細い。しかし、それによって堂々巡りのように痛みが増していく。
 呼吸を整えてようやく落ち着いたのも、十分ほどうめき続けた後の事だった。
 無理に前にかがむと痛みが増すと判断したギトーは、枕を背中に詰め込んでゆっくりと体を預けた。
 幾分か楽になった事を確認すると、そもそもなぜこのような事になっているのかを思い出し――歯噛みをした。
 ラ・ヴァリエール公爵家の息女が呼び出した使い魔。それに一撃を食らわされて昏倒してしまったのだと思い出す。
 考えてみれば不覚の一言に尽きた。
 軽く様子見にと生み出した風の魔法は風なのだろうが風ではない、そんな不可思議な衝撃にかき消された。
 恐らく、使い魔ではなく貴族としてトリステインにあれば魔法衛士隊にすら入れるだろう実力は、悔しいが認めなくてはならない。少なくとも、自分に勝った相手なのだから、それくらいでなくては。
 しかし、そのような相手に対する戦い方ではなかったと、ギトーは深く反省する。油断と慢心は今更言い訳にならぬ。
 尤も、ギトーはそもそも軍人ではない。貴族ではあるから、有事の際には戦場へと立たなくてはならないが、実戦を十分に経験した訳ではないのだ。

「……これからの授業、どうしたものかな」

 実のところをいえば、ギトーの性質は常に生徒に見せているような高慢な性格だけという訳ではない。
 風のスクウェアメイジでこそあるものの――いや、だからこそ、それ以上に肩身が狭い思いをしているのだ。
 それは同年代に同じく風のスクウェアメイジでありながら、魔法衛士隊の隊長にまで上り詰めた男がいるからである。
 そのため、スクウェアでありながら、人物を評する際に引き合いに出される者の背中が遥か遠い。
 評価はされる事はされている。しかし、自身の高いプライドが劣等感によって少しでも塗りつぶされるのが耐え難い。
 それが現在のギトーの暗い、鬱屈した雰囲気を生み出しているのだった。

「ああ……参った。威厳がなくなってしまう」

 今後の事を考えると憂鬱になる。
 今までのような高圧的な物言いでは、恐らくこれまで以上に生徒はついて来るまい。
 教育に熱心という訳ではないが、それでも必要な事は教えているつもりだった。教師という立場を選んだのは自分なのだから。
 だが話を聞かれないようになってしまえば……。
 そう考えると、やはり教師としてあったギトーは悩んでしまうのである。
 しかし、不意にギトーはあの使い魔の事を思い出す。

「……確かに強かったが。接近戦ばかりだったな。
 あれでは、実戦慣れした魔法使いには苦戦するだろうに」

 これは何も負け惜しみではない。
 風の魔法を最強と言った所以とは、他の魔法には及ばない戦略的な戦い方が出来るという点につきる。
 個人の戦いですら数で押す――遍在の魔法によって。


 キュルケ・ツェルプストーは考える。
 如何にして相手を篭絡するかを。
 ギトーの挑発に載せられ、迂闊にも大怪我を負いかねない魔法を放たれた時の事。
 あの時守ってくれたロックの背中に、今までの相手をしてきた貴族連中とはまるで違う魅力を感じたのだ。
 柔らかな毛や、気品高く感じる事も出来る白い肌に、整った顔は貴族然としているがそのワイルドな振る舞いは、キュルケが相手をしてきたお坊ちゃま連中とはまるで違う物だ。
 庶民に身を任せればそのような振る舞いをするものもいるかもしれないが、しかしそれとはまるで違う、一種の気高い獣だろうか、そのような魅力がロックにはある。
 かと思えば、腕を振り上げた時にちらりと見せる臍であったり、隙を見せるような可愛らしさもある。
 使い魔として呼び出された当初に迫った時の、あのうろたえ様ったらありはしない。

「ロック・ハワード……」

 確かにあのルイズが呼び出した際から魅力を感じていたのはある。
 しかし、それは単純に味見をしたい、といった指を咥えるような想い。
 だが今感じているのは、手に入れたいという空腹感にも似た想いである。
 そうなれば善は急げだ。
 授業が中止になった事で、一時的に生徒は教室が落ち着くまで待機という事になっている。
 今のうちに風呂に入り、身だしなみを整える事にしよう。
 この微熱のキュルケ、恋に熱が入れば、南国のように相手を蕩けさせて見せる。
 ましてそれがラ・ヴァリエールの使い魔だというのなら尚更の事、であった。

「ふふ……待っててね、ダーリン」




 厨房のマルトーは燃えていた。
 何をといえば、料理人の魂がである。
 先日より度々厨房にやってくるロックという青年の作る料理が、賄いとして人気を博しているからだ。
 パンに野菜や肉を挟んだだけかと思えば、時折自作のドレッシングのようなものを付け加えたりして、これが中々妙味となっている。
 多くの手間をかけずにあの味。それが悔しいのだ。

「このマルトー!
トリステインの城下町でレストラン経営から名を馳せ、宮廷料理人を経て魔法学院にやってきたんだ。そう簡単に心を掴まれてたまるかい!」

 恐らく今日の昼にもまたあの「クラブハウスサンド」とやらを作りに来るだろうと、マルトーはどっしりと構えて準備をしていた。
 マルトーには秘策が存在していたのだ。
 まずパンを四角く焼くのではなく、ベーグルやコッペパンのように、平たく丸く、そして柔らかく焼き上げる。
 次にそれを真っ直ぐ横に切って、バターを塗り、新鮮なレタスに、これまた焼きたてのハンバーグを挟むのだ。
 無論このハンバーグも薄く焼き上げ、これらを一挙に挟んだ時にかぶりつきやすいサイズにしておくのを忘れない。
 ロックが時折口にしていた「ハンバーガー」なる料理法を、聞きかじっただけで再現してみせたのだ。調味料の配合も問題ない。むしろ、ロックの作った物に比べて味わいは深い筈だ。
 あの野郎の驚く顔が目に見えるぜ、とマルトーはほくそえむ。

「しかし、遅いな」

 冷めちまうじゃねぇか、とマルトーは気が気でない。
 貴族用の昼食の準備もあるのだし、早く来てくれなくては何も出来ないではないか。
 ルイズとロックがオスマンにつかまっている事など露知らぬマルトーは、そのままタイムリミットが来るまで待ち続け、大層憤慨してしまった。


     ※

 オスマンの発した言葉に、ロックはその端整な顔立ちを驚愕に歪めた。
 “烈風拳”を見た事がある?
 あの老人が言うにはそうなる。それは即ち……

「十年も前の事じゃが、今もはっきりと目に焼き付いておるよ」

 ロックに背を向け、オスマンは窓の外、その遥か遠くへと視線を移して言った。
 わなわなと身体を震わせるロックは、オスマンの背中を吊り上げた目で睨み付けながら続く言葉を待つ。

「縁とは奇妙なものじゃなぁ」

 しみじみと言うと、オスマンは訥々とした口調で語り始めた。

     ※

 寒気も深くなり始めた晩秋の夜。
 オスマンは馬車の車輪を背もたれに、一人焚き火と酒で身体を温めながら、輝く二つの月を眺めてぼんやりとしていた。
 魔法学院の院長ともなると、付き合いという物が多々ある。その野暮用で向かったトリスタニアからの帰りの出来事であった。

「ついとらんな……」

 老いた馬車馬が足を故障し、小さな林の中で足止めを喰らっているのが現状だ。
 付いていた御者が、代えの馬を手に入れようと走り出したのだが、彼が馬を連れて戻り、再出発をする頃には夜が明けているであろう。
 老骨に野宿は堪えるのぉ、と一人呟いて、オスマンは酒瓶を傾けた。
 ばちばちと火が燃える音と、静かに吹く風の音だけが耳に残る。雲ひとつ無い空に、浮かぶ双月は眩くすら感じた。
 そんな中ふと、静謐な空間を引き裂く様な音が耳をついた。

「んぎぃぃぃっ!!」

 オスマンがこれまで生きてきた中で、幾度となく聞いた覚えのある声。オーク鬼の鳴き声だ。
 程よい酔いに包まれ、そろそろ眠りに就こうかと思っていた矢先の出来事である。オスマンは眉間に深い皺を寄せた。

「やれやれ」

 近くに縄張りでもあったのか、声が数が一つや二つの物ではない。
 そして、この声色は尋常の物ではなかった。
 通りがかった者が襲われているのであれば放ってはおけまい。まぁ、どうあれ、寝込みを襲われてはたまらぬ為、駆逐するに限るのだが……。
 地面に置いていた杖を拾い上げ、オスマンはよいせ、と声を上げて立ち上がった。

     ※

 声のする方へと向かったオスマンが見たのは、長年の経験から得た自身の知識や常識の範疇を超えた物だった。
 眼前に繰り広がっているのは、オーク鬼の群れの真っ只中それらを相手取って戦う、タキシードにも似た衣服を纏う一人の男の姿。
 ここまでならまだいい。メイジであればオーク鬼の群れを打倒する事も容易とまではいかないが可能だろう。事実、自身であれば何の問題という事もない。
 平民の兵でも訓練次第では不可能ではないのかもしれないだろう。
 しかし、オスマンにとって、いや、ハルケギニアの人間であれば到底信じられぬ事に、オーク鬼と対峙する男は無手であったのだ。

「アァーハァッ!」

 呆然としていたオスマンがまず見たのは、二メイルはあろうかというオーク鬼の頭部に、男の回し蹴りが突き刺さった所だった。
 頭蓋骨のへしゃげる音と共にぐらついたオーク鬼の胸へ追撃の直突きを放った男は、振り返りもせずに背後にいた一体の顎に裏拳を叩き込んだ。
 瞬きする間もなかった。たったのそれだけで、屈強なオーク鬼を絶命に到らせたのだ。
 杖を持たぬ彼は、メイジではなかろう。しかし、先住魔法を駆使する亜人や、ましてオーク鬼などと同列の、人を超えた膂力の持ち主の類にも見えない。となれば、平民?
 それはあり得ない、オスマンは内心で呟いた。平民が素手でオーク鬼を圧倒するなどと。
 そんな事を考えている内にも、男は見慣れぬ体術を駆使しながらオーク鬼の殲滅をする。
 彼らが自身であつらえたのか、人の手には余るであろう重厚な棍棒が、肉厚な刃が、四方八方次々と繰り出される中、それらに対する男の動きに一切の淀みはなかった。
 蝶が舞う様な華麗さは無い。蜂が刺すような鋭さでは無い。無骨な、ただただ真っ直ぐに相手を倒すだけの技だ。
 紙一重で攻撃を避け、最短距離から拳、掌、蹴撃を打ち込んでいく。
 しかし、良く鍛えられているであろうと想像は出来るが、やはりオスマンにはその身体だけで男がオーク鬼を倒していく姿に現実味を感じられなかった。
 そばにいた数体を完全に沈黙させると、未だ十を超えるオーク鬼に、不敵な笑みを浮かべて男は呟いた。

「Come on」

 腕を組み、嘲るかの様な姿勢を取る。
 仲間の半数近くを一瞬の内に屠られ、動揺という形で隙を生み出していたオーク鬼は、男の挑発の動作に怒りを露にした。様々な得物を手にした彼らは、さながらスタンピードの如き勢いで男へと殺到する。
 オスマンは男の行為と、その後の表情に息を呑んだ。
 ――新しい玩具を与えられた子供の様な顔、正しく形容するには語弊があるが、オスマンにはそう見えていた。

「ハッ」

 鼻を鳴らし、男は立て続けに言った。

「You can not escape from death」

 低いが、良く通る声だった。 
 大立ち回りと呼ぶような事は起きなかった。まるで消化試合を見るかの如き。
 嬉々とした表情を浮かべていた男の顔が、飽きのそれに変わる頃、場に立っていたのはただ一人だった。
 返り血にまみれた顔を懐から取り出したハンカチで無造作にぬぐうと、男はつまらなそうに呟く。

「脳まで筋肉では、チンピラに毛が生えた程度だな」

 血で汚れたハンカチを足元に放り捨てる。
 静寂が訪れた。
 言葉も無いというのはまさにこの事か、開いた口の塞がらなかったオスマンは、ふと目を細めた。
 男から漂う奇妙な気配。邪悪とも取れるそれを感じ取った時、倒れていた一体のオーク鬼の体がバネ仕掛けの人形の様に跳ねた。

「いかん!」

 そこでようやく声を上げたオスマンは、咄嗟の詠唱で斧を男に振りかぶったオーク鬼へ、ファイアーボールを見舞った。

「……ッ!」

 オスマンの反応から一瞬遅れ、男の視線が背後にいたオーク鬼へと向けられる、それと同時に振り上げられた左腕。
 そこから放たれたのは、地を裂きながら真っ直ぐに這う一陣の風だ。
 ファイヤーボールの着弾によって、一気に炎に巻かれたオーク鬼が断末魔を上げる中、男の放った風がそれを沈黙させた。
 どう、と亜人が再び倒れたのを確認すると、遠く離れた場所にいた両者の視線が絡まる。


「一応、礼を言っておくべきかな、ご老人」
「いや、何。余計なお世話だったのかもしれんがね」

 杖を構えたままのオスマンに対し、やや慇懃な態度でもって男は言った。大量のオーク鬼の死体を足元に置きながらでは、少しばかり異様ではあったが。平時の態度を崩さずオスマンは返す。 
 無論、驚きはある。特に、最後のあの男が巻き起こした烈風。知りうる限りでは先住のそれとしか思えぬものだった。
 警戒心はこれでもかという程に高まってはいたが、男から発せられた理性的な声に、それは少しばかり薄れていた。

「見慣れぬ格好をしておるが、旅の方かね? 随分な災難にあった様だが無事で何より」

 軽い口調で話すオスマンに、男は眉を潜めて言う。

「……とぼけておられるのか?」
「ばれるか」

 見たところ、男は着衣以外の荷物は何一つ持っていない。それで旅人などとは、冗談にもなりはしないだろう。
 オスマンが舌を出しておどけたのを見て、男の表情が少し緩んだ。空気を紛らわす為の一言だったが、効果的だったらしい。

「少しばかり用事があって来たまででね。すぐに帰るつもりだったのが、予想外の事態に巻き込まれてしまった」
「この様な場所へ用事かね? ここらにはなぁんにもありはせんよ」
「……燃えないゴミの処理が目的、と言えば少しは納得していただけるだろうか」
「それは厄介なゴミじゃのう」

 言いながら懐から男は一本の書簡を取り出した。
 それを目に留めたオスマンはふむ、と顎髭に手を当てて首を傾げる。

「……なかなかどうして、ゴミと言うには立派な物と見受けるが」
「人の役に立たぬ物であれば、それはゴミと言うべきではないかな?」
「極論じゃの。少しばかり、手に取らせてもらってもかまわんだろうか」
「…………」

 オスマンが言うと、男は無言で書簡を差し出した。

「!?」

 手に取った瞬間、オスマンの背筋に冷たい汗がすっと流れた。
 何かとてつもなく嫌な気配がある。職業柄、呪われたアイテムなどを手にする事はあったが、その中でもとびきりの物を感じる。
 中身を開いても内容は理解できなかったが、危険だというのは嫌というほどに分かった。

「こんなものを野に捨てては、いかんな」

 素直な感想を言った。

「……あなたもそう思うか」

 男も同様だったのだろう。忌々しげな視線を書簡に注いだ。

「しかし、そろそろ門限でね。どうしたものか」
「私は大きな倉庫を持っておるのじゃ」
「?」

 唐突に言い出したオスマンに、男は眉を潜めた。

「捨てるよりは、こういう物はそこで管理をしておいた方がいいと感じたのじゃが」
「引き取ってもらえるのならば、それに越した事はないが」
「よろしい。ならば、私に処理は任せておきなさい」
「随分とあっさりしている」
「面白いものを見せてもらったからのぉ」

 書簡に対する危うさのせいもあったが、それに好奇心が働いたのも事実。
 オスマンは鷹揚に頷いてみせると、書簡を懐にしまい込んだ。
 男がふう、と息をつく。

「先ほどの事も含め、改めて礼を言わせて貰う」
「気にせんでいい。さっきも言った通りじゃ」
「……不思議な人だな」
「よく言われる」

 互いににぃっと唇をゆがめて、笑みを交わす。最も、男の笑みは和やかとはお世辞にも言えなかったが。
 しばし無言の時が過ぎ、男が口を開いた。

「では、私はそろそろ帰るとしよう。門から締め出されたら事だ」
「っと、その前にいいかな?」
「何だろうか」
「私はオスマンと言うのだが、名前を、聞かせてもらっても構わんだろうか? 何、ちょっとした好奇心じゃよ」
「名前か……私は」

     ※


 オスマンの語った過去を聞き、ロックは複雑な表情を浮かべていた。
 色々な感情が混ざり合い、どうしていいのかが分からない。

「いかんなぁ。喋りすぎて喉が痛いわ。ま、感慨深くてな、話なぞをしておきかったんじゃ」
「…………」
「年寄りの昔話につき合わせて悪かったのぉ。退室しても構わんよ」
「え、あ、はい」

 ルイズが答えて、黙りこくったままのロックを引きずる様にして学院長室を後にする。
 何か言いたげなロックの視線をあえてオスマンは受け流していた。
 卓に置いていたパイプを手にし、葉を詰め火を点ける。

「似とるなぁ。同じ姓で、あれか……」

 過去の男の姿を思い返しながら、オスマンは一人呟いた。

「関わりが無い訳、ないじゃろうなぁ」

 姿形では無く、男の放っていた邪気の様なもの、それがオスマンの脳裏を過ぎっていた。

     ※

 目下ルイズは悩んでいた。
 悩んでいたといっても、別に勉強の事であるとか、珍しく自身の魔法についてである事ではない。
 では何かといえば、それは使い魔であるロックの事なのだ。
 先日のオスマンの話以降、ロックは難しい顔をする事が多くなってきている。
 ただでさえ、ギトーとの戦いで生徒からは遠巻きにされているというのに
 そんな顔をし続けていれば余計に距離が開いてしまう。
 それはルイズにとっても良くないことだ。
 どちらかといえば、ロックを回りに認めさせたい。
 そして少しでも自分を魔法使いと認めてもらいたい。
 そんな打算もあったが、何より、ロックが難しい顔をしていると、なんだか心がざわついてしまうのだ。
 虚無の曜日にあたって、ルイズはそんな状況を打破するために行動を起こす事にした。

「ロック、町まで出かけるわよ!」
「……はぁ?」

 朝の厨房。
 戦場ともいえる学院生達の朝食の時間まであと少しという、短いコックとメイドたちの憩いの朝食時間。
 そんなとき、勢いよく扉を大きく開けて、何故か暢気に朝食を摂っていたロックに話しかけたルイズに、厨房の一同は目をぱちくりとしてしまった。

「気分転換よ、気分転換。
 たまには外に出ないと腐っちゃうわ」
「……いや、別に構わないけどな」

 ロックが呆れたまま、ルイズの提案に消極的賛成を示した。
 尤も、馬で二時間も王都まで出かけたとき、ロックは青い顔をして神に呪詛を呟き続けていたのだが。

「俺のバイクが恋しいぜ……」


     ※

「……ベリーの……ドライスナックか。珍しいな」
「クックベリーパイには及ばないんだけどね。あんたのせいかしら、こういうチープな味わいもおつかなって思っちゃったのよ」
「俺のせいなのかよ、それは……ったく、女の子ってのは扱い辛いな……」

 ――そんな王都にくるまでの騒ぎも、腹が膨れてしまえば忘れ去っていく。
 ロックとルイズが大通りから少し外れた場所の屋台に顔を出していた。
 大通りから少し離れた場所ではあるが、まだまだここも大通りの一部といえ、景気のいい声と、品の良い顔が揃っている。
 良い匂いが漂ってくるが、ルイズにしてみれば今まで縁の無い場所ではあった。
 しかし、最近のルイズはロックのクラブサンドを始めとして、平民の食べる食事を少しずつ好むようになっていたのだ。
 代表的なのがこういったドライスナックである。
 ドライスナックといっても、現代のようなものではなく、いわば干し柿やそういった類のものを焼き上げたスナックなのだが、これが意外と深みのある甘味を持ち、良い塩梅に仕上がっているのである。
 単純だからとバカにはできない。ロック自身、そういった料理を作る事も多いから、妙に納得がいく。
 原始的な味だからこそ、ルイズもロックも顔を顰めずに食べ歩く事が出来た。

「うぇ……何よこれ。油っこいわね」
「……魚料理なんだろうけど、ちょっとべたつくな。まさかこの世界に来てフィッシュ&チップスを食べるとは思わなかったよ」

 とはいえ、当たり外れもあるわけで、こういったどうしても食べられない物も出てくる。
 そのたびにルイズはロックに押し付けるため、男の腹とは言えど、ロックはルイズよりも先に満腹になり始めていた。

「あ、あれ美味しそうね」
「また甘いのかよ。もう少しメシらしいもんを食べようぜ。舌がバカになっちまう」
「何よ、甘さにだって変化があるわよ。美味しいものは少しずつ、色々と食べるのがいいのよ。同じものを食べ続けてたら飽きるじゃない」

 言ってから、ルイズは少し顔を顰めた。
 なんとなく、この発言が昔聞いたツェルプストーの言い分に似ていたからなのだが、ロックはそんな事知る由もない。
 ルイズの機嫌が悪いのを見て取り、なんとなく居心地が悪くなって慌てて話題をかえるのが精一杯だった。

「ま、まぁ外に出るのもいいもんだな。学院も大概広いと思っていたけれど、やっぱり外は違うよ。街に出てくると気分も晴れるもんだ。ありがとうな、ルイズ」

 その言葉に、不意にルイズが頬を赤くしてそっぽをむいた。
 何やらぶつぶつと呟いていたようだが、流石にこの喧騒の中では聞き取れない。

「お、ルイズ。チキンフライだって。腹に溜まりそうだから食べてみようぜ」
「……何よ。ちょっと嬉しかったのに。で、チキンフライ? 嫌よ、さっきの魚でこりごりだわ」






 まぁまってろよ、と。
 ロックが鼻をひくつかせて屋台に駆け寄っていく。甘味が続いていたせいで、あの手の料理が恋しいのだろう。彼の足取りは軽い。
 ちょっと! などと言うが、しかしここに残る訳にもいかず

「ああもう!」

 地団太を踏み、ルイズはロックを追いかけた。
 と、その時、不意にロックの体が横によろけた。彼の意識が急にぐらつく。
 何事かと思った次の瞬間、鼻から赤い筋がたれてきて、激痛と鈍痛が同時に襲い掛かってくる。

(鼻が、殴られた!?)

 次の瞬間、ロックの左わき腹を狙って拳が突き刺さる。
 人ごみの中、深々と突き刺さったそれは、ロックの顔をしかめさせ、胃の内容物を一気に押し上げた。

(――ックショウ!?)

 一体何が鈍っていたというのか。気が緩んでいるにしたって、大したパンチでもなかった筈だ。少なくとも、今まで受けた事のある“本物”に比べれば。
 それがどうだ。
 満腹感からか、それともトリステインの雰囲気に慣れすぎたのか。
 はたまた――そう、この世界に誘っておきながら消えたあいつの言うとおり――

(本当の餓えを、忘れてるからか?)

 だが、そんな事よりもまずは状況を確認すべきだ。
 不意の一撃を貰い、こみ上げてきたものを押さえ、飲み込む。
 ルイズは突如ロックの顔がしかめられた理由がわからず、きょとんとしているが、それをロックはかばい、後ろへと下がっていく。
 下がれば、状況はすぐに判断できた。
 明らかに場にそぐわない、人相の悪い男が三人もこちらを見ている。
 一人は手にナイフを持っており、もう一人は杖らしきものを持っている。どちらもちらつかせる程度だが、十分に効果的と言えよう。

(ナイフが最初に来なかっただけ幸運かよ)

 ロックが息を深々と吐き出す。
 別にため息という訳ではない。
 乱れた心身を整え、気を練りこんでいるのだ。

「金か命か……ってパターンか?」

 ロックがそう呟くと、ルイズの顔がこわばった。
 ようやくルイズにも状況が飲み込めたのだ。
 そして、この場で不意に声を上げるべきでないというのが、力強くルイズの肩にまわされた手で判断出来る。
 だが、男たちはそんな言葉に反応する必要はないとばかりに少しずつ距離を詰めてきている。
 一人は距離をあけ、杖を前面に押し出す。
 とはいえ、ロックは魔法に関しては楽観視をしていた。
 こんな街中で使える魔法は限られてくるし、先日ギトーと戦った経験から、詠唱に関しては時間が少しかかるものと知っているからだ。
 シャツの裾を引っ張り、鼻血をふき取る。
 一瞬その腹筋とへそに、辺りの女性が目を開いたが、それを気にするロックではない。
 ふっ、と鼻から鼻水混じりに鼻血を噴出し、呼吸を整える。
 呼吸さえ整えてしまえば、チンピラの三人程度ならロックの敵ではない。
 一人の男がナイフを腰の高さで突き刺そうと走り出す。

「甘ぇよ」

 ロックが手を伸ばし、その腕を引き取る。
 急激な腕の加速に男の重心がずれた。
 そのまま腰を引っつかみ、気を用いたロックの筋力が増加する。
 ギトーの時にもつかわれた真空投げ。
 だが、ギトーだからこそ体勢を立て直す事が出来た一撃は、男では到底抗いようのないものであった。
 まるで手品の様に、一瞬にして数メートルも宙を舞うチンピラの姿はひどく間が抜けて見えたかもしれない。
 一度喰らって見なければ分からないが、真空投げで飛ばされて、まともに平衡感覚を保てる人間などそうはいないのだ。

「がっ!」

 男が無様な声を出して空中から地面に叩きつけられる。
 しかし本職ならではか、相手のコンビネーションは素晴らしいもので、最初にロックの顔面を殴り飛ばし、わき腹への攻撃を加えた男が飛び込んでくる。
 真空投げは残心が必要となる。
 それは倒れた相手への油断を消す意味合いも多いが、体中にめぐらせた気を一旦大地に還元させる為もあり、無理にそれをキャンセルすれば負担がかかるからだ。
 最も、めぐらせた気を羅刹の様に放出させる事も可能だが、あれは加減を間違えれば怪我では済まない。今使うのは躊躇われた。
 そんな風に意識の偏りの生じさせていたロックは、男の攻撃を再び喉元に喰らう事になった。

(ず――!)

 喉元は人体の急所の一つである。
 打ち所が悪ければそれで絶命する事もあるが、幸いロックの体には未だめぐらされた気が残っており、致命傷とはならなかった。
 最も、こんな攻撃を喰らってしまう様ではロックにとってそれ自体が致命的とも言えたが。

「ッシ!」

 お返しとばかりにロックが男の顔面を殴り飛ばす。無論、手加減は忘れていない。
 だが、見れば男の体は筋骨隆々で、気の入らぬ拳では失神しそうにもなかった。今日は何もかもが裏目に出ている。
 予想通りというか、手打ちの拳で顔面を殴られて少しだけよろけた男は、噴出した鼻血を意に介さずすぐに体を戻して、頭突きをロックにかましてきた。
 そんなものをマトモに喰らっては居られないと、ロックが慌てて腕で顔面をガードする。――それを待っていたとばかりに、男が小刻みに震える血まみれの顔でにやついた。
 頭突きをロックの腕にお見舞いした後、すぐさま膝蹴りを腹へと叩き込んできたのだ。
 予想だにしない攻撃にロックの目が見開かれる。いや、元の自分であればこの程度の攻撃など容易に想像できる筈だった。

(くそったれ、ガキ以下じゃねぇか)

 ガードがとけ、もう一度大振りの拳がロックの顔に叩き込まれ、後ろへとロックが転がった。
 ルイズが驚き、駆け寄ろうかとも思うが、勢いで後ろに飛ばされたためにそれはならなかった。
 幸い、親切な観客がルイズの体を抱きとめたため、こけるには至らずにすんだ。

「ッ! クソ!」

 ずれている。
 どうにも今の自分は闘いの空気になじめていない。そうロックは感じていた。思い通りに動いていない自分の身体に苛立ちが募る。
 エンジンだけを新調したオンボロバイクに乗っている様な、そんな気分。意識の空回りが酷い。
 そして、ロックが転倒した体を戻そうとして上を見上げると、巨大な影が飛び掛ってきた。
 男がその巨体を、直接肘打ちで飛び上がって叩きつけようとしていた。
 しかし、流石にこれは不用意だった。
 大人しく何か物を投げつけるなり、殴りつけるなりしていれば、ロックはまたも攻撃を喰らう羽目になっていたかも知れないだろう。
 ――しかし、かつて伝説の狼とも呼ばれた男が使った技を、この若き狼は会得している。

「ライジングタックル!」

 跳ね飛ぶように、ロックの体が上空へと舞い上がる。
 拳、足。
 そして錐揉みに回転を加えた打撃の渦が男の体を弾き飛ばしていく。
 完全にカウンターで入ったそれは、男の急所を巻き込み、完全に意識を奪い取る事に成功した。少しばかりやり過ぎた気もするが、今更だ。
 それを確認し、体勢を立て直そうと地上に降り立つロックだが――完全に失敗を犯した事を認識してしまう。
 三人目、魔法使いの杖がロックを狙っていたのだ。咄嗟の気功で魔法を打ち消せるか……?

 しくじったと舌打ちするロックだが――

「ファイアーボール!」

 背後からの声と共に爆発がおき、魔法使いが沈黙した。
 後ろを見れば、ルイズが杖を構え、少し引きつった顔でロックにニヤリと微笑んでいる。
 ロックはため息をつき、顔を手で覆い、自嘲の言葉を呟いた。

「……チッ、だせぇな」

 こんな所をテリーに見られでもしたら、間違いなく大笑いされちまうだろうな。
 そんな風に感じてロックは手で顔を覆い、首を振った。

     ※

 ――気分を治すために、路地裏でなく、大通りの店で紅茶でも楽しもうかという話になった。
 席に着き、前払いだという店で紅茶とケーキを頼み、代金を支払おうとすると、ルイズが妙に焦った顔をしている。
 どうしたんだとロックが尋ねると、小声でサイフがないと話してきた。
 ロックがしまった、と顔を顰める。
 あの三人、結局何事かと思っていたら、案の定集団のスリだったのだ。
 あそこまでのされるというのは予想外だったろうが、首尾よくルイズからサイフを抜き取る事に成功している。
 仕方ないから肉体労働で俺が返すとロックが口を開こうとした時――

「……あんたらぬるいよ。ああいうときは懐をまず気にするもんさ」

 不意に現れた女性が、ポンとルイズのサイフをテーブルの上に置いたのだ。
 そのお陰で支払いを済ませる事が出来たルイズが、女性に礼を言う。それも、割と丁寧に。どことなく、言い方は乱暴だったが、品を感じたからだ。

「悪い。スラムで暮らしてた頃じゃよくあったんだが、暫く離れてたもんでな」
「気をつけなよ。あたしみたいなお節介が取り返してくれるなんて、普通にありえないんだから」

 狼はくつろいでても牙を研ぐのは忘れちゃダメね、と女性が呟いて、手をひらひらとさせて去っていく。
 ルイズは良い人でよかったわね、などと呟いているが、ロックにはズキリとしたトゲがささった。

(……ここで、狼の牙の話を聞くなんてな)

 そして、ゆっくりと呟いたのだった。

「……ほんと、何てザマだよ。こんなんで宿命にケンカ売るだなんて、よく言えたもんだ」

「おいおい、マチルダ。俺は交渉事が苦手だって言ったろうに。どこ行ってたんだよ」
「ちょっと、見てて危なっかしい子供がいたんでね。お節介を焼いてたのさ」
「へぇ、そいつは殊勝だな」
「……その目は何さ」
「俺からしたら、おまえさんもまだ子供の部類に入っちまうな、と思ってさ」
「うるさいねぇ」
「すねるなよ。さぁ、金も入ったし、早い所村に帰ろうぜ。テファ達が待ってる」
「そうだね。さっさと馬の手配をして、ラ・ロシェールまで戻ろうか。すぐに出れば船のスケジュールにもかち合えるだろうし」
「途中で何事も無ければいいけどなぁ。っと、こいつは美味いな」
「ところであんた」
「なんだい?」
「その両手に抱えた食べ物、どうしたの?」
「ああ、店の親父が、結構色付けてくれたみたいでさ。屋台を巡ってきたんだ。これくらい買っても罰は当たらないだろ、ってな。こういうの好きなんだよ」
「はぁ……そんなもんばっかり食べてると太るわよ」
「……それ、ちょっと気にしてんだけどな」
「そんな繊細な心があんたにもあったんだ」
「ひどい言われ様だ。傷つくぜ」
「はいはい。あ、その串焼き一本ちょうだいよ」
「それ楽しみにとっといたのにな」
「けちくさい事言わない。しっかし……」
「ん?」
「もしかして、そういう上着って一部のマニアには流行ってるのかい?」
「俺が知るわけないだろう。ここいらの事情なんて」
「それもそうよね……」
「どうかしたのか?」
「別に、なんでもないよ」


新着情報

取得中です。