あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

鷲と虚無-06


学院長室から自室に戻るのは一苦労だった。まず空気が重い上に、誰も一言も喋らずにただ黙々と歩くかと思えば外へ出たら三人が月が二つある等と言って騒ぎ出す。聞けばなんでも彼らが来た国には月が一つしかないらしい。
ルイズ自身も三人が来た所には月が一つしかないと知って驚いたが、三人は驚くだけでなく明らかに狼狽していた。
特にウォレヌスはこれがとてつもない凶兆だとルイズから見ても滑稽な程うろたえており、ハルケギニアでは月が二つあるのが当たり前だと教えても容易には納得しなかった。
そしてこの騒ぎの結果ルイズは更にローマとニホンが未開の地だと言う認識を深める。
(月が一つしかないって……一体どんな国なのよ、こいつらの故郷は。貴族に対する礼儀も全く知らないし、まさに田舎も田舎、ド田舎ね)
その後も、水汲み場に通りがかった時にウォレヌスとプッロが鎧と武器の血を洗い流したいなどと言い出した。ルイズとしても血まみれの人間を部屋に入れるのは余り気分が良い事ではないのでこれを許したが、これで更に時間を食ってしまう。

だが幸いにも他の生徒たちとは会わずにすんだ。ルイズ達が学院長室を出た頃に夕食が始まっていたので、生徒は全員食堂に集まっていたのだ。
そしてとうとう部屋の前に着いた時にはもう完全に夜になっていた。もう夕食の時間も終わる頃だが、ルイズは大して気に留めなかった。
彼女は今日起こった事のせいで疲れきっており、食欲は全く無い。ただベッドに入る事だけが今の彼女の望みだ。
こいつらの躾けに関しては明日から考えればいい。

鈍い足取りで部屋に入ったルイズはパチンと指を鳴らし、部屋に薄い灯りがついた。
プッロが「へぇ」と感心した様な声をあげる。
「それもあんたらが使う魔術かい?」
「そう。正確に言えばマジックアイテムだけど」
才人は周りをキョロキョロと見回している。

「いい加減に装備を外したいんだが、床に置いて構わんか?」
ウォレヌスが兜を取りながら言う。
「ああ、その辺に置いててもいいわ」
そう言いながらルイズはベッドに腰掛けたが、いずれは鎧掛けか何かを買わなければいけないわね、と彼女は思った。
床にただ置くだけと言うのはどう考えても見栄えが悪い。ヴァリエール家ほどの名家となれば自分だけでなく使い魔の格好にも気をつけなければならないのだ。

プッロも同じく兜を取ろうとしていたが、彼は突然
「あっ!そういや盾を忘れてきちまった!」
と叫んだ。
「うん?ああ、そう言えばそうだったな」
「盾?」
ルイズがいぶかしみながら聞く。
「そう。我々が持っていた盾だ。邪魔だったんで召喚された場所においてそのまま忘れてしまった……今から取りに行っても構わないか?」
ルイズはジト目でウォレヌスを睨んだ。
これは怪しい。
取ってつけた様な口実で部屋を出て逃げ出すつもりじゃないんだろうか?

「あんた達、そんな事言って逃げ出すきじゃないでしょうね?」
「逃げるって一体どこへ逃げると言うんだ。我々は無一文だしここの地理についての知識は皆無に等しい。野垂れ死ににいく様な物だ。フィデスとユピテルに誓って言うが、ここから逃げ出す気は無い。今の所はな」

「今の所」と言う言葉は全く持って気に入らないが、確かに彼の言う通りだ。こいつらには逃げ出しても行くあてなど全く無い。なら行かせても問題ないだろう。
「じゃあ早く行って取ってきなさい。道は覚えてるの?」
「ああ、それは問題ない。10分ちょっともあれば戻ってこれるだろう」
そこに才人が口を挟んだ。
「あっ!それなら俺のノートパソコンも持ってきてくれませんか?あの、ノートパソコンってのは銀色の薄い箱みたいな奴です」
「ああ、解った」
ウォレヌスが承諾した後、二人は部屋を出ようとしたが、プッロはドアを閉める前に捨て台詞を残していった。
「おいお嬢ちゃん、他の二人は知らんが俺が使い魔とやらになる事を承諾したのはあくまでも必要に迫られたからだ。お前の事を主人だなんて思ってはいないしお前の奴隷になる気もない。それを忘れるなよ」
プッロはそう言ってドアを乱暴に叩き付け、部屋には二人だけが残された。

外が見えない電話ボックスに閉じ込められたような、非常に息苦しい空気になった。
ルイズはベッドに腰掛けたまま、うつむいている。
才人は改めていま自分がおかれている状況を考えてみる。泣きたくなってきたぜ、と才人は思う。
修理されたノートパソコンを受け取りにいったと思えば気がついたらファンタジーな世界でどう見ても自分より三歳は年下の女の子の使い魔とやらになってしまったのだ。
この状況ではそれが最善の選択だとは解っていてもそう簡単に納得出来る物ではないだろう。

(美少女と同棲生活、なんて風に言えばそれなんてエロゲ?な展開なんだけどなぁ。オッサン二人がついてる上にこいつの性格が……)
確かに彼女はその贔屓目に言っても小さいとしか言えない胸を除けばとても可愛い。
彼女のクリクリとした綺麗な鳶色の目、艶やかな桃色がかった金髪、雪の様に白い肌などは100人中100人が美しいと言うだろうし、才人は彼女が今までに会った事のある中で最も美しい女性だと躊躇する事なく言える。
だが彼女はどう見てもおとなしい性格と言える人間ではない。と言うか多分相当にキツい性格だ。更にこれまた危なさそうなオッサン二人がいる。
自分が知っている大人と言えば父親と学校の教師くらいな物だが、その誰もがあの二人な迫力の半分も持ち合わせていない。
彼らは今まで自分が出会った仲で最も恐ろしい大人だと何の躊躇も無く言える。少なくとも、何の迷いも見せずに他人の喉に刃物を突きつけられる様な人間は初めてだ。
特にあのプッロと言う男が秘書室で見せた激昂はヤクザの人も裸足で逃げ出すんじゃないかと言う位の怖さだった。
そしてこれからは少なくともかなりの間彼らと共同で生活をしなければならない。
これからのとても楽だとは言えなさそうな生活と自分の境遇に才人は目をつぶって深いため息をつこうとした。

だがそれは唐突なルイズの質問に遮られた。
「ねえ、あんたは何か特技かなんかあるの?」
「え?」
「聞こえなかったの?特技は無いのかどうか聞いたの」
この突然の問いに才人は答えにつまった。特技と言われても学校の成績と言えば全科目が平均だし、隠し芸と呼べる物すら思い浮かばない。
ルイズは答えにつまる才人を見て先に結論を出したようだ。
「やっっっぱり何にもないみたいね。まあ予想はしてたけど」

そう言って彼女はブラウスを脱ぎ始め、すぐに下着だけの姿になる。
才人の頬は赤く染まった。無理もないだろう、生まれて初めて下着姿の女の子を見たのだから。
「お、おい、やめろよ!一体何考えてんだよ!」
「止めろって、何をよ?」
ルイズが意味が解らないと言った様な顔をして言った。
「服を脱ぐのをだよ!男が目の前にいるってのに恥ずかしくないのか!?」
「恥ずかしいって何が?男?この部屋には使い魔しかいないんだけど。使い魔に見られて何が恥ずかしいのかしら?」
そう言いながらルイズはネグリジェの様な物を頭からかぶろうとしていた。
その時才人はルイズが自分を全く男性として見ていない事に気付いてしまった。
(やれやれ、俺は使い魔であって男ですらないってわけかよ、畜生)
ルイズの様な美しい娘の下着姿を拝めたのは確かにうれしいが、これでは男としての自分を否定された様な物だ。才人はいたく自尊心を傷つけられたと感じた。

そして今度は顔に何かが飛んできた。才人はそれを顔からはがしてまじまじと見つめる。
それは紛れも無く、ルイズが今脱いだパンティだった。才人は今まで女の子と手を握った事すら無い。
そんな彼が脱ぎたての女の子のパンツを手にしているのだ。自分が握っている物が何なのか気付いた才人は当然顔が更に真っ赤になった。
「お、おい!ここ、今度は何のつ、つもりだ!パ、パパパパパンツなんか投げつけやがって!」
彼はどもりながらルイズに詰問した。
「何のつもりって、洗濯させるに決まってるでしょ。明日の朝に洗濯しといてね」
「せ、洗濯?何で俺がお前のパンツを洗わなきゃいけないんだ!う、嬉しいけど嫌だぞ、そんなの!」
「あんたね、一体誰があんたの食事代を出すと思ってるの?私よ?それに学院があんたたちに使い魔としての給金を出すのよ?まさかただ飯を食う気?
金が欲しいなら働く事ね。あの二人は私の護衛や学院の衛兵として働けるけど、あんたは雑用洗濯くらいしか出来ないんだから私の服を洗うのは当たり前の事でしょ」

非常に屈辱的だったが彼女の言う事は最もだ、と才人は思わざるを得なかった。自分達は使い魔になる代わりにその分の給料を出させると学院に約束させている。ならば使い魔として何らかの働きをしなければただ飯食らいになってしまうだろう。
働かざる物食うべからずと親に教えられていた才人には何もせずにただで食事やお金を貰う事に抵抗があった。そしてこれまた屈辱的だが確かに自分が出来るのは洗濯や雑用位だろう。結局、諦めて下着を洗うしかない。
「……解ったよ。洗えばいいんだろ、洗えば」
「そう言う事。次から一々口答えせずに私の命令はすぐに聞きなさい。解った?」
ルイズはニヤッと得意げに笑い、そして先ほど脱いだブラウス、スカート、靴下をを才人に向かって放り投げる。
「ああ、後これも洗っといてね」
そう言うが早いか、才人が返事をする前にルイズはベッドに倒れこんだ。
「私は疲れたからもう寝るわ。あの二人が戻ったら明日は朝七時に起こす様に伝えて。あんたはその服を全部明日の朝に洗う事。じゃあおやすみなさい」
よっぽど疲れていたのか、彼女はすぐに寝息を立て始めた。

何も言い返す暇のなかった才人はそこにボウっと突っ立っていたが、自分がまだルイズのパンティを握っている事に気付いて慌てて手を離し、そして床に座り込んだ。
(明日の朝七時って……目覚まし時計が無いのに起きられるのか?いや、洗濯するならその前に起きなきゃな……くそっ、なんで俺がこんな事をしなきゃいけないんだよ)
そもそも自分は洗濯なんて生まれて一度もやった事が無い。それにここに自動洗濯機があるとはとても思えないから多分洗濯板か何かで手でやる事になるだろう。
果たして自分にそんな事が出来るのかどうか、才人は不安になる。
(だいたい洗濯なんて魔法でどうにかならねえのかな?まあ、何とかならないから俺に命令したんだろうけど)
幾ら悩んでも仕方ない、やってみるしかないか、と才人が結論したその時、彼はウォレヌスとプッロがまだ戻って来ていない事に気付いた。
(そう言えばあの人達はまだ戻らないのかな?色々と聞きたい事があるのに)
才人はあの二人が古代ローマの人間だと言う事をほぼ確信していたが、それでもそれを確実にしたかった。

はっきりとした時間は判らないが、多分二人が盾を取りに行ってからもう二十分近くは経っているはずだ。
ウォレヌスは10分もあれば戻ると言っていたんだからいくらなんでもそろそろ戻ってこないとおかしい。
それに気付いた才人はある可能性に気付いた。二人が逃亡したと言う可能性に。
もしかして盾を取りに行くと言うのはルイズが疑っていたように実は単なる口実で、今頃二人は学院から脱走している最中なのではないか。
(おいおいおいおい、まさか本当に逃げ出しちまったのかよ、あのお二人は。俺は一体どうするんだよこれから!)
確かに二人にはまだ会ってから数時間しか経っていないし、最初は喉元に刃を突きつけられ、秘書室では二人の凄まじい迫力に縮こまってしまった。
更に二人はほぼ確実に才人とは文化も言語も宗教も何もかもまるで違う時代から来た人間だ。だがそれでも彼らがこの異常な状況において才人と境遇を共にするたった二人の人間である事に変わりは無い。
その二人がいなくなってしまうと言うのは途方も無く心細い。

そして才人がルイズを起こして二人が戻らない事を伝えるかどうか悩み始めた時、唐突にドアが開き、盾を手にしたウォレヌスが部屋に息を荒くして入り込んできた。
才人は彼が戻ってきた事に安堵する前に驚いてしまった。ウォレヌスは息を荒げているし何よりプッロが見当たらない。
「クソッタレが、戻ってきてないのか……」
「ど、どうしたんですか?プ、プッロさんはどこに?」
「はぐれてしまった……」
「え?」
「盾を取って戻る途中にな、気がついたらいなくなっていた。あのバカ、変な所に迷い込んでなければいいんだが……」
「ど、どうするんです?探しに行きますか?」
「いや、すれ違いになったら元も子もない。後15分ほど待って戻らなければ探しに行こう。そう言えばあの娘はもう寝たのか?」
「え、ええそうです。あの、あいつを起こすと色々面倒だと思いますから声を小さくしたほうが……
「ああ、解った」
ウォレヌスはそう言って地べたに座り込み盾を置き、兜を取った。
「そうそう、あいつが寝る前に言ってたんですけど、明日は朝の七時に起こせ、だそうです」
才人はウォレヌスに近づき小声で伝えた。
「七時間目にか?随分と遅いんだな」
ウォレヌスが朝の七時に起きるのを随分と遅いと言ったのに才人は違和感を感じたが、この人は早起きなんだろうと思って特に追求しなかった。

プッロはウォレヌスの想像したとおり道に迷っていた。
部屋に戻る途中に物珍しさで周りを色々と眺めていたら気がついたらウォレヌスとはぐれてしまったと言うわけだ。
そしてはぐれた事に気付いた後は自力で部屋に戻ろうとしたのだが、ますます迷ってしまい今では自分がどこにいるのかも判らない状態になってしまった。
うるさいウォレヌスがいない内に脱走すると言う考えも彼の頭をよぎったが、ウォレヌスが言った事を思い出しプッロは頭からその考えを追い出した。
結局の所、逃げ出してもどうしようもないのだ。最後には野垂れ死ぬか盗賊にでも落ちぶれるしかない。さっきは頭に血が上っていたプッロも今ではそれが理解出来る。
それにここは月が二つあるような不気味な世界だと言う事が解った。外にはどんな魑魅魍魎が跳梁跋扈しているのか知れた事じゃない。うろついていた狼人間にバックリと食われる、なんて事になったら冗談にもならない。
そう言った情報を手に入れるにも学院と言う場所は好都合だとプッロは考えたしそもそもこの完全な異世界においてたった一人の友人であるウォレヌスと離れるのは心もとない

(さて、どうすりゃいいかな、こりゃ)
プッロは立ち止まって考え始めた。ただでさえこの学院には似たような場所が多い。それに夜の薄暗が加わると慣れない人間には迷路の様になってしまう。
このまま歩き回ってもますます迷うだけだろう。誰かに道を聞けばいいのだろうが、不幸な事にさっきから人っ子一人見かけていない。
(まあいいか。適当に歩き回ってりゃその内誰かに会えるだろう)
プッロは気楽に考え、再び歩き出した。
そして程なくして、プッロの目に人影が入り込んだ。

背格好から見て恐らくは若い女だ。
彼女、もしくは彼は背をプッロに向けており、両手にお盆の様な物を持っている。
これで助かった、と思いながらプッロは人影に近づいて声をかけた。
「お~い、ちょっといいかい?」
プッロの想像通り振り返った人影は女、それも少女だった。薄暗さの為はっきりとは解らないが年の頃は17、18。
素朴な顔立ちをしており、頭には白い大きな髪飾りをつけていた。
「は、はい?なんでしょうか?」
「いや、大した事じゃない。ちょっと聞きたい事があるんだ」
「あの、衛兵の方……じゃないんですよね?失礼ですけど、あなたは一体?」
少女の顔には警戒の色が浮かんでいる。
まあ無理もないか、とプッロは思った。衛兵でもない武装した男が夜間に話しかけてきたら誰だって警戒するだろう。
「ああ、衛兵じゃない。俺はティトゥス・プッロ。本日付で、ルイズ……なんだったかな……とにかくそいつの使い魔になったもんだ」
プッロは努めて明るく言った。
「つ、使い魔……ですか?使い魔って貴族の方が召喚する動物とか幻獣とかの事……でしたよね?でもあなたはどう見ても……」
「ああ、完全に人間だ。学院長のジジイも人間が召喚されるのは史上初めての事だって言ってたな。ほら、使い魔ってのは契約されると焼印が刻まれるんだろ?これが証拠さ」
そう言ってプッロは盾を置いて左手を差し出す。
壁にかけられた松明に照らされ、ルーンがはっきりと浮かび上がった。そしてプッロは自分が兵士で戦いの最中に召喚され、寝ている間に使い魔にされた事を教えた。

プッロのルーンと説明で少女はある程度は警戒を解いたようだ。
以前よりは柔らかい口調で返事をした。
「じゃ、じゃああなたは本当に人間なのに使い魔になったんですか?」
「そうだ。全く腹立たしい事だがね。それで我が新しいご主人様であらせられるルイズとか言うガキ、おっとお嬢様の部屋に戻ろうとしたんだが、何せここには今日始めてやって来た物だから道に迷ってしまって。それで君に道案内を頼めないかって思ったんだ」
「えーと、あなたを召喚したルイズっていうお方はミス・ヴァリエールの事ですか?桃色がかった金髪の」
「そうそうそう、そいつだ」
「なら丁度良かった!私、女子寮に夜食を運んでいる最中なんですよ」
少女は両手を上げてお盆を強調しながら言った。
「だから私についてくれば女子寮に戻れますよ。ミス・ヴァリエールの部屋ならどこにあるか知ってますし」
「いや~、そいつは助かった!何せここは似た様な場所が多いから今自分がどこにいるのかも解らない有様でね、誰かに道を聞けなければどうしようかって思ってたんだよ」
「ええ、私にも解ります。私もここに来たばっかりの頃はよく迷っていましたし」
「あ、そう言えば君、名前はなんて言うんだ?」
「私はシエスタって言います。じゃ、いきましょうか、プッロさん」

女子寮につくまでの間、プッロとシエスタは色々な話をして過ごした。
シエスタはプッロの出自について興味津々のようで、質問を幾つもぶつけた為プッロはもっぱら聞き役だったが。

「つ、つまりプッロさんはハルケギニアとかトリステインを聞いた事が無いんですか?」
「ああ、そうさ。そしてここの連中はローマなんて聞いた事も無いなんて抜かしやがる。シエスタもやっぱりローマを知らないのか?」
「う~ん、私はただのメイドですから知らないだけかもしれませんけど、ローマって国は全然聞いた事が無いです。大きな国なんですか?ローマって。今までの話を聞く限りじゃ結構大きそうですけど」
この質問を聞いたプッロは思わず吹き出してしまった。プッロにとって「ローマは大きな国なのか?」なんていう質問は「鶏は卵を産むのか?」と言う質問に等しい。
つまり「当たり前だバカ野郎」と言う事だが、知らない事を質問して笑われると言うのがとても嫌な事なのはプッロも解っている。だからプッロにシエスタに謝罪した。

「シエスタちゃん、笑ってごめんな。ちょっと俺にとっちゃ余りにも当たり前の事だったんでな……質問に答えるがな、ローマは大きいぞ。地中海全域を勢力に治める、って言ってもよく解らんだろうけど、とにかく超大国だ」
「そんなに大きいんですか……あ!ひょっとして、ローマって東方のロバ・アル・カリイエの事じゃないですか?そうでしょ?」
シエスタはハッとした表情でプッロに再び聞いた。
(またロバ・アル・カリイエね……本当にローマに何か関係あんのか?)
プッロはまたロバ・アル・カリイエと言う名前が出てきた事に困惑した。
その名前は学院長も言っていた。確かずっと東にある大国だとかなんとかと言う話の筈だ。
だがプッロにとってロバ・アル・カリイエはハルケギニアと同じ位馴染みの無い名前だ。

「ちょっと解らないな。俺はロバ・アル・カリイエなんて聞いた事も無いんだが、単にこっちじゃ地中海とかアジアをそう呼ぶだけなのかもしれないしな」
「きっとそうですよ!そんな大きい国があるのに全く存在が知られてないなんておかしいじゃないですか」
「う~ん、確かにそう言われればそうかもしれないな」
この事はウォレヌスに聞いたほうが良い、プッロはそう思った。
自分の頭ではいくら考えても無駄だろうがウォレヌスは頭が良いからもう少しマシな答えを出せる筈だ。

何はともあれプッロはシエスタとの会話を楽しんでいる。ここ最近は女日照りが続いていた上に、久しぶりに会った最初の女はあの何の色気も感じられないガキだった。
その点シエスタは派手さは無い物の村娘の様な素朴な色気があったし、ルイズの様な傲慢さが無い。それにルイズとは違って自分の事に大きく興味を持っている様なのも嬉しかった。
ただ一つ気になる事がある。シエスタの身分だ。プッロが覚えている限りではここは貴族の子弟の為の学校だった筈だ。
だがシエスタは話し方も態度も貴族の物ではないし、かと言って奴隷ほどへりくだっているわけでもない。

「なあシエスタちゃん、君は貴族じゃないんだよな?」
「と、とんでもありませんよ!わ、私はあなたと同じただの平民です!」
シエスタは頭を大きく振り、激しく否定した。その余りの大げさな仕草にプッロは(そんなに必死になって否定する事かね)と疑問を持ったが、特に口にはしなかった。
それよりもシエスタが自分と同じ階層の人間だと言う事実の方が嬉しいのだ。
「やっぱりそうか。じゃあ君はここで何をしてるんだ?メイドだって言ってたけど、メイドってなんだ?」
「え~と、メイドですか?メイドは掃除とか洗濯をする女の使用人ですよ。ローマにはメイドがいないんですか?」
「メイドみたいな事をする連中はいるけどな、そう言うのは自由市民の仕事じゃないんだよ」
「じゃあ一体どう言う人が……あっ」
シエスタはそれを言い終える前に立ち止まった。

「女子寮はここです。この階段を登った先を右に曲がって七つ目の部屋がミス・ヴァリエールの部屋です」
「え?ああ」
「夜食を頼んだ方々は別の方角なのでここでお別れですね」
「解った。じゃあな、シエスタちゃん」
「はいプッロさん。これからも宜しくお願いしますね」
シエスタはそう言ってにっこりと笑って頭を下げた後、廊下の向こうに消えていった。
少し名残惜しかったが、もう仕方がない。少なくともここにいい女がいる事が解っただけでも上出来だ。
そしてプッロは言われた通り廊下を右に曲がり、七つ目の部屋のドアを開けた。

「このマヌケ野郎!」
プッロが部屋に入って最初に聞こえたのがこの罵声だった。
「一体どこをほっつき歩いていた!後5分経って戻ってこなければ探しに行く所だったんだぞ!」
「いや、本当にすみません、隊長。ちょっと余所見をしていたらすっかり迷っちまいまして……」
いきなりマヌケ野郎と呼ばれて良い気はしなかったが、自分が勝手にはぐれてしまったのは事実なのでプッロはグッっと抑えた。
「お二人とも、もうちょっと声を低くして下さい!本当にあいつが起きてしまいますよ!」
才人が小声で二人に言い、二人は才人に習い、声を低くする。
「とにかくだ、今日はもう寝ろ。明日は第7時間起きだ」
プッロは音を立てない様にゆっくりと装備を床に置きながら返事をした。
「へ~、そりゃまたゆっくりとしてますね。貴族は楽が出来るって事でしょうかね。じゃあ言われた通り俺はさっさと寝ますよ。今日は本当に疲れたしね。そういや俺たちはどこで寝るんです?」
そう言われて二人は部屋を見回す。だが眠れる様な場所はルイズのベッド以外には見当たらない。
「床で寝ろと言う事か?ふざけやがって」
ウォレヌスが唸る。
「明日あのガキに毛布でも寄こさせましょう。俺はこのまま床で寝ますよ。とにかく疲れてるんでね」
ちょっと前ならプッロはルイズを叩き起こしてでも毛布か何かを用意させただろうが、彼はシエスタと話した事で気分が良くなっていたし、何より疲労していた。
そして彼は床に寝転がり、数秒後には眠りに落ちた。

残された二人も眠る事にした。二人とも今日起きた様々な出来事のため疲れきっている。特に会戦で戦ったウォレヌスはプッロと同じくすぐに眠りに落ち、才人も横になってすぐに猛烈な睡魔に襲われた。
才人は大きくあくびをしながら二人に本当に古代の人間なのか確認するのを忘れた事を思い出す。
(まあ明日聞けばいいか……それより明日はちゃんと5時に起きれりゃいいんだけど……)
そう考えたすぐ後に、才人の意識は深い眠りへと落ちた。


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