あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロの使い魔人-08


「キ? 何それ。精神力ならともかく、そんなの聞いた事ないわ」
「解釈は諸説あるが、解り易く言えば人間の生きている力そのものさ。人だけじゃない。鳥や獣、樹や草、ひいては土、水、風、火とか世界に在る物全てに遍く宿っていて、その存在を成り立たせている万物の根源ともいえる物……、って思想が俺の国を含めた周囲の地域には在る。断じて、魔法やその副産物なんぞじゃ無い」
「信じられないわよ。今だって、そんなのまるでわかんないもん」
と、眉を顰めて龍麻を見やるルイズの口調と視線に態度は、前日にも増して棘を含んで、もはや敵意と称しうる段階にあり、その余りの空気の悪さに内心辟易しつつ、龍麻は肩を竦めてみせる。
「当たり前すぎて自覚出来ないというか、本来は目に見えて影響を及ぼす程強くないんだよ。
あんた等魔術師が魔術を使う際に必要な精神力とかだって、それを使える奴や当人はその流れを知覚できても、心得の無い他人に形有る物として渡したり、手に触れさせたりして実感させられないだろ」
「それに、インヨーと、木・火・土・金・水だっけ? 変な系統の分け方よね。わたし達が使ってる、火・土・風・水・虚無とはどう違うのよ?」
「一口に言える様な物では無いんだけどな……。只、あんたが言った虚無ってのを除く四つに属性を振り分けるって考え自体は、俺の暮らしてた所から離れた別の地域に酷似した物が伝わってる。
まあ、どっちが正しいとも言えないし、より優れてるって訳でもないんだがな」
「それで、そのキとやらを使ってゴーレムを燃やしたり、吹き飛ばしたとして他に何が出来るのよ、あんたは?」
「俺のはそういう形で顕われたが、氣の<<力>>は人によって強弱や発現、作用の仕方に差異は有っても、その本質は同じだ。そして偶々、それが『在る』事に気付いたとしても、ただそれだけだ。存在が必要とされる事は無いし、他人から褒めそやされ、崇め奉られもしない。……その逆は有るけどな」
自身の宿星…『黄龍の器』の本質については一言も触れず、龍麻は答える。
「兎に角…低い確率できっかけも生い立ちもバラバラだが、そういう妙な<<力>>に覚醒ざめる奴が俺の周りには何人も居たんだな。
例を挙げるなら、異常に運が良くなったり、雷や風、火に水の流れや勢いを操ったり、歌に自分の望む効果を宿らせるとか、一時的に亡くなった人の心の一部を自分の裡に呼び込むとか、身体の怪我や異常を癒したりと千差万別だな。
で、そんな妙な<<力>>を持った連中が、他人の迷惑顧みず好き勝手やって引き起こす、異常事態やら騒動を大事になる前に収めるのが、俺や俺の昔の仲間がやってた事の一つだな」
「……相変わらずホラ話っぽくて怪しいけど、そういうのに較べたらあんたのはあんまり使えないわねー。ま、番犬ぽい事は出来そうだから、まだマシかしらね。掃除洗濯だけなら、学院(ここ)のメイドで充分事足りるもの」
「……駄犬の次は番犬か。随分な言い草というか、巨大なお世話だよ」

―――その日の夕食後。ベッドに腰掛けたルイズと、床に胡坐を掻いた龍麻の間でこんな感じで続く噛み合わない会話があった夜から、一週間が経過った。
龍麻の朝は早い。
この日も、部屋の主より二時間程先に目を覚ますと、素早く身仕舞を整えて部屋
を出る。
学院内に幾つか在る広場を適当に数キロ程度走ると、続いて通り一般の筋トレメニュー的な各種運動やら瞑想を行う。
それらが済んだ頃には大体、学生連中の起床時間になっているので、水を汲んだ手桶を提げて部屋に戻ると、朝に弱い雇い主を大声で呼び、あるいは揺さぶり、毛布を剥ぎ取って起こす。
起きた後に続く、洗顔やら寝衣から制服への着替えに関しては、喧嘩同然の言い合いと睨み合いを経て断固龍麻が拒否したので、ルイズ自身がしていた。……代価として、龍麻は朝飯抜きというリスクを抱えたが。
ルイズが朝飯やら授業に出席している間に龍麻がやる事といえば、主に居室の掃除と洗濯である。
龍麻同様、学院に勤め(馴染みになりつつある)るメイドや使用人達に混じり、シーツやら衣服を洗い、干して、乾いた所で取り込んで畳む。
そういったルーティンワークが一通り片付くと、ルイズの元へ赴く。
大体はルイズに付いて教室の隅で授業を拝聴しているが、直談判の末(事前にお伺いを立てた上で)日の数時間かを技量維持と向上の為の鍛錬に回せる様になっていた。
朝と同様に型をなぞり、構えや足運び等、其れ迄積み上げて来た物を一つ一つ見直し、研ぎ澄ます過程と作業。

―――まだまだ尻に殻を付けたヒヨコに過ぎない(だろう)ギーシュの奴ですら、あれだけの事をやれる。
なら、複数の系統を重ねより高度で複雑かつ、強力な魔術を行使しうる『ライン』以上の魔術師の力量は、これ迄味方とし、或いは敵として対峙した幾多の『魔人』や人外にも匹敵、あるいは凌駕する脅威だろう……と、いう危機感と警戒心が常に意識の隅に在った。
「ま、正直な話、一日サボったツケを清算うのに、倍以上の時間と手間がかかると考えたらな……」
嫌でも、真剣にならざるを得ない訳で。今日もこうして、貰った藁と襤褸切れを巻いて立てた廃材をサンドバッグに見立て、拳撃を打ち込む事に没頭する。

そして……昼飯時。
「ご馳走さん。皿、返しとくから」
毎度のお粗末な食事を済ませて、そう言いながら厨房の扉を開けて中に入る龍麻を迎えるだみ声。
「『我らの拳』が来たぞ!」
その野太い声は、この学院のコック長であるマルト―親父の物である。
―――先の決闘騒ぎが終わった直後の事だ。
遅い昼飯を取っていた龍麻の所に、貴族に逆らう事に怯えて逃げてしまった事を誤りに来たシエスタとの会話の後。彼女に案内してもらい厨房へと向かった龍麻だが、決闘の経過が何時、どう伝わったのやら、恰幅の良い油ギッシュな風貌を持つマルトー等厨房の面々は、親切を通り越し下にもおかぬ扱いで迎えたのだ。
(賄い物だが)たっぷりの料理を勧められ、断りきれず饗応を受けた龍麻だが、流石に無料飲食(ただ食い)は気が引けたので、それからは皿洗いや薪割りに水汲みといった諸々の雑用を手伝う代わりに、多少の食物を分けて貰っていたのだった。
「おう、いい時に来てくれたな! 悪いけど片付けの方を手伝ってやってくれよ!!」
「了解だ」
頷くなり、ごったがえす厨房内で若い衆に混じり、動き出す。
―――生徒や教師連中の食事が終わると、慌しかった厨房も落ち着きだし、そこに詰める料理人達にも一息つける時間が生まれて自分等の食事となるが、龍麻もしっかりそれに混じって相伴に預かっていた。
自分の分を持ってきてくれたシエスタに礼を言ってから、ぽん、と手を打つと早速取り掛かる。
いや、常に出されるモノが家畜の飼料だとするなら、これは質・量共に星付きの内容である。
「……美味いな、こりゃ。正直、店を開けて金を取っても納得できる中身だな」
満足の吐息と共に呟くと、その様を見ていたマルトー親父は娯しげに相好を崩す。
「そりゃそうだ。そいつは貴族連中に出してるのと、同じ物さ」
「成る程。口の奢った連中を満足させなきゃならんのならこの味も納得だし、それだけの物を作れる腕は流石だよな。やれって言われても、なかなか出来る事じゃない」
頷きつつ、世辞抜きで感嘆を洩らす龍麻の前で、マルトー親父は胸を張りつつ鼻息も荒く、まくし立てる。
……曰く。様々な魔法を駆使して、魔獣を操り、城を築き、果ては土塊から黄金をも生み出しうる魔術師連中は確かに、端倪すべからずな存在だ。
しかし……、こうしてどこにでもある物から、他人を満足させる料理を創り上げる腕も又、一つの魔法だと。
拳を固め、そう力説する様を眺めながら龍麻は相槌を打つ。
「ご尤も。―――ま、昔から産婆と兵隊と葬儀屋にコックは食うに困る心配は無いからな。正直、武術なんぞよりよっぽど、自分と周囲の人間の為になると胸を張れる事だよな」
「いい奴だな! お前は全くいい奴だ!」
等と、龍麻の返事を聞いて、我が意を得た様に喜色満面で頷いている所へ。
「所で……、おっさん」
「なんだ? 『我らの拳』」
「その、『我ら』云々は止めて欲しいんだが」
「どうしてだ?」
「んな、御大層な呼ばれ方をされる様な事はしてない」
「お前は、メイジとそれが操るゴーレムを素手で倒したんだぞ! わかっているのか!」
と、大仰な身振りと声で言いはやすマルトーに、仏頂面で答える。

「俺は只、あの野郎の言い分やら態度が腹に据えかねたから反発しただけで、誰かの為に動いた訳じゃない。第一……結果はどうあれ、事を収めるのに話し合いではなく、自分の意思をゴリ押しして力ずくで解決した時点で、俺とあいつは同レベルだ。その点、反省こそすれどアレの態度をどうこう言ったり、勝った勝ったなんぞと自慢できる様なものじゃ無いね」
と、パンを千切りながらと愛想の欠片も無い声でこぼす龍麻にずい、と顔を近付ける。
「なあ、お前はどこの誰に教えてもらったんだ? 一体どうやったら、お前みたいに強くなれるのか、俺にも教えてくれよ」
龍麻が厨房を訪れると、二回に一回はそう訊ねるマルトー親父であったが、龍麻の返事は素っ気無い物である。
「上辺に騙されない方が良い。“これ”は間違っても真っ当でもなけりゃ、ましてや格好良くも便利な代物でも無いんだからな」
本心からの言葉だったが、それだけでは納得等しないだろうと思い、マルトーに正面から向き直る。
「おっさん、あんたはいい人だ。俺の勝手な頼み事を聞いてくれて、こうして上等な食事も寄こしてくれる。これは謙遜や意地悪でもなく、俺の本音を言わせて貰うが……。そんな風に思わない方が賢い。
俺が言っても説得力など無いかも知れんが、なまじこんな真似が出来た――安易に
力が欲しいなんぞと考えたばかりに――、他人を巻き添えにした挙句、人生と命をドブに棄てた奴は両手両足の指で足りんぐらい大勢居たんだ。俺だって、いつそうなるやら知れたもんじゃ無い」
グラスに入った水を一息に呷ると、再度話し出す。
「それに……。これは本人の意思一つで、あっさり人を傷付け、殺しうる兇器そのものだ。知らなかったら、単なる睨み合いや罵り合いで済んだ筈の事が、教えたばかりに人の生き死にに関わる事態に及ぶ可能性は大いにあるし、いざそうなった時に、俺がその責任を取れる訳でも無い。
これが……一番言いたい事だが。<<力>>を持ったら、それを使いたがるのが人だ。力を持ったという事に慢心を抱かない奴は、俺も含め『絶対』に存在しないし、更にそれを濫用しないという自制と自覚を保持し続けられる人間なんぞ、そうザラにいるもんじゃないぞ。
―――だから、俺に何かを教えて貰おうなんて考えはしないでくれ。色々と世話になってるのに、不義理な話で申し訳無いけどな」
長々と、これを真剣に受け取って貰えればいいが…と、思いながら謝絶の色も強く込めて言い終えると、話す間に空になった皿に匙を置く。
「ご馳走様。本当に美味かった。……もし、また用事に使ってくれるなら、声を掛けて欲しいな」
言いながら席を立つと、龍麻は汚れた食器を手早く洗い、棚へと戻す。
「それじゃ、また。今日はこれで失礼するよ」
足早に厨房を後にする龍麻の背中に、「あ、あの、またいらして下さいっ」という声が届く。
声の主であるシエスタに軽く手を挙げて応えながら、龍麻は雇い主が授業を受けている教室へ向かう。
(鍛錬も終わったし、後はあいつに付いて大人しく授業を拝聴するか。こっちの魔術について知っておくのは大事だしな)
考えつつ、向かった先の教室では一人出歩いていた事にお冠な、雇い主の癇癪をぶつけられる羽目になったものの、それも数時間後にルイズの居室の隣で起こった騒ぎを起点としたドタバタに比べたら、微風の様な物であった……。
―――その晩。まもなく日付も変わろうとする頃。
「まるでサカリの付いた野良犬じゃないの~~~~ッ!!」
蟠る雷雲からではなく、人の咽喉から放たれた雷が室内に響き渡った。
「盛りってな……、お前が考えてる様な事は全然無い! 俺はむしろ、巻き込まれた被害者だ!!」
「ツェルプストーの女に尻尾を振るなんてぇーーーッ! そうね、あんたは野良犬なんだから、野良犬らしく扱わなくちゃね。いいい、今迄甘かったわ」
「そいつは…っ、とわっ……! 鞭で顔面は危ないだろうが! 鞭は!」
「かわすな! この、バカ犬ーーーっ!!」
「少しは人の話を聴け……! 相手の言い分も聴かず、一方的に責め立てて殴りつけるのが、お前等のやり方か!?」
振るわれる鞭の切っ先を龍麻が掴み取り、互いに引っ張り合う間にも二人の怒鳴りあいは続くが、何故にこうなったかというと……。

夜の分の鍛錬を終えてから、風呂で汗を流した龍麻がルイズの部屋に帰る途中。
隣室の住人であるキュルケの使い魔である、あの火トカゲと廊下で鉢合わせしたのがそもそもの発端である。
近づいてきた火トカゲ……フレイムは、龍麻の服の裾を咥えると、付いて来いと言わんばかりに隣室……中途半端に扉が開きっぱなしの……自分の主の部屋へと、龍麻を引っ張り込もうとしたのだ。
―――振り解こうにもしっかり咥え込んで離さないし、さりとて下手に他人の使い魔に手を挙げる訳にもいかず、仕方なく龍麻はその部屋に足を踏み入れたものの……。
入ってどれ程もしない内に、数秒前の自分の判断を全力で罵倒したくなる気分になった。
真っ暗だった室内の様子が指を鳴らす音を合図に芝居がかった仕組みで照らし出されると、部屋の主が手足を剥き出しにした扇情的な寝衣姿で、微笑と共に鎮座ましましていたのだが。
瞬間、龍麻が感じ取ったのは野郎の本能やら好感どころか、かつての恩師であり敵でもあった夜魔族(ミディアン)の末裔たる女性が漂わせていたのと同種の危険さであった。
こっちに来たら? との誘いをすげなく断り、扉のすぐ近く佇立したまま、相手の出方を伺う。
「……で、こんな時間に呼び込んだ用事はなんなんだ?」
そんな、つっけんどんな声を出すのに、何ら努力や意識は必要なかった。
会話の口火を切ったのは龍麻だが、キュルケの返事はというと今の自分の姿が猥雑に映らないかだの、『微熱』なる自身の二つ名の由来がどうとか言い出すが、それら戯言同然のおべんちゃらには
相槌一つ打たず、左から右へ聞き流す。
片や自身の言葉に一人盛り上がるキュルケは、先の決闘沙汰の様子を見て、龍麻への興味と熱情が湧いた等と言い募ったのだが……。
それは龍麻からすれば「寝耳に水」であり、それ以上に迷惑かつ勝手極まりない言い草であった。
見ず知らずの異性から、俄かに恋しただ何だのと言われただけで、舞い上がる様な年齢でも無く。
自分の容貌を見せ付けたら、誰も彼もが靡き懐柔出来るだろうといわんばかりの思い込みに、他人の節操・品性の程を莫迦にしきったかの様な、その無神経さも癇に障ったし。
何より……一日も早く、何としても『元』の世界に帰るという至上命題が有るのだ。
又、経験上この手の一目惚れだ何だのと言い立て、自分の都合と感情を一方的に押し付けて来る手合いに対して、曖昧さや遠回しな態度に言葉は相手を調子付かせるだけだと、龍麻はどこぞのメキシカンとの出会いの折に熟知している訳で。
溜息をついてみせると、どんなに鈍い人間でも理解できる内容と表現の断り文句を龍麻が口にしようとしたまさにその時。

窓を打つ小音に両者がそちらに視線をやると、窓の外から室内を覗き込む男の姿が在った。
……そのペリッソンなる男と、キュルケは先約が有ったにも関わらずすっぽかし。
見事待ち惚けを食った相手は、当然ながら理由を聞く為に押し掛けて来た次第なのだが、部屋の主は詫びるどころか、問答無用の攻撃魔術で追い散らす。
「……先約が居るようだから、俺はお邪魔だろ。帰らせて貰うぞ」
部屋を出る理由を見出し、言い終えるやその返事も待たず、踵を返した所へ。
「キュルケ! なんだその男は!!」
先のとは違う、男の怒声が部屋に響く。
つい、足を止めて顔だけ振り向けた龍麻の目の前で、スティックスとか呼ばれたその男も直後に魔術で吹き飛ばされ、蚊トンボとなって墜ちていく様と加害者を、生暖かい目付きで眺める。
(……全く。これじゃ、俺がまるっきり間男みたいじゃないか)
偶々、毛色の違う野郎を見掛けたので、気儘に火傷しない程度に「火遊び」を娯しみたいだけの子供に付き合うような暇や労力の持ち合わせなぞ龍麻の中には微塵も無い。
……もう、この部屋に居る事自体が危険だと痛感し、龍麻がドアノブを握るのと同時に。
『そいつは誰なんだ!? 恋人はいないって言ってたじゃないか……!!』
なんぞと、背後から異口同音に叫ぶ声と、その野郎共の名を呼ぶ部屋の主の声に重なり、俄かに巻き上がる激しい熱気と男共の悲鳴の合唱を背に、呆れる気すら失せた龍麻は部屋を出たが。
「お」
目の前で待ち構えていたのは、目尻と口角を吊り上げ、引き攣らせた夜着姿のルイズである。
「やたらと煩いから、何事かと思って来て見たら……。あの憎っくきツェルプストー家の女の部屋で、一体何をしてたってのよあんたはーーーーーっ!?」
「此処の住人にコナ掛けられた挙句、痴話喧嘩に巻き込まれかけたんで、逃げてきたんだよ」
開口一番、叩き付けられる怒声に、背後のドアを後ろ指で指しながら、今し方まで繰り広げられていた醜態の内容をうんざり顔で吐き棄てる。
龍麻は単に事実を述べたに過ぎないのだが、それを聞くや否やルイズの表情は般若もかくやな面相に変貌わり、目に見えて青筋が浮かぶ。
「…………おい、どうした?」
全身を戦慄かせながら、小声で「あの女は…!」と呟く様を怪訝に思い、龍麻は声を掛ける。
「来なさい、ヒユウ」
据わった目と、憤激を孕んだ声調でルイズは顎をしゃくり、自室を指す。
龍麻に続いてルイズが部屋に戻ると、ドアに鍵を掛けて龍麻に向き直るや、人間の形をした爆弾が炸裂したのが前述のアレである。

―――それからの十数分。沸騰する癇気と猜疑の塊と化したルイズ相手に、相手に迎合したり言質を取られる様な事は何一つしてない、言ってないと言うだけの事を言って聞かせ、納得させる為に龍麻は手持ちの忍耐と根気の在庫を総ざらえする事になったが、どうにか落ち着かせる事には成功したのだった。
然る後、どうして其処まであいつに敵愾心を持っているんだ? との龍麻の問いにルイズが答えて曰く……。
互いの実家は、冷戦状態な国の国境線を挟んで隣同士。いざドンパチともなれば真っ先に鉾を交えて、身内を殺し殺されて、しかもここ六代200年に渡って何度も、配偶者や恋人を横から掻っ掠われてるというオマケ付き……。と、いった背景事情を怨恨の念もたっぷりに拝聴したのであった。
「―――そりゃまた、業の深い関係だ事で……」
悪罵と怨み節を聞き終え、呆れと感心を多分にない混ぜた口調で龍麻は呟く。
「……という訳で、キュルケはだめ。禁止」
「禁止も何も、元々あいつに対して興味や関心なんぞ、爪の垢程も持ってない」
その点だけは、力一杯断言してのけた後。

「この話題は此処までで、だ。そんな事より、ずっと気になっている事があって、それについて教えて欲しい事が有るんだけどな」
「なによ」
「俺とアンタ。それにキュルケや先のギーシュとは、初めて会ったその時から互いの意思の疎通が出来るよな?」
「そうよ。一体、それがどうしたのよ」
さも当然の様に腕組みするルイズに向かい、
「これ、読めるか?」
言うと、龍麻は手持ちの紙にペンを走らせ、平仮名、片仮名、漢字、英語に中国語……等を使い、幾つかの文字や単語を書いた紙片をルイズに渡す。
「……なによ、この落書きは?」
一瞥した後、訳が解らないといいたげな表情を浮かべるルイズ。
「俺の母国語と、学校や旅先で習い覚えた言葉だ。内容は全部同じ。俺の名前や日常の挨拶とか」
「文字ぃ? これが? こんなの、子供の悪戯書きだってまだマシよ。最後のは……まだ文字っぽいけど、読もうにも発音や綴りがヘンだわ」
ルイズは紙上の文字の列を指先でつつきながら、唇を尖らせる。
「そう。全く同じ事が俺にも言える。こっちの教育や識字率がどんなのかは分からないが、お前に付いて授業を受けた際に見た、黒板に書かれた文字や教科書の内容。他に酒瓶のラベルの銘の読み方とか、何もかもさっぱり解らん。
……お互い、知ってる物がこうも異なるのに、こうして問題無く話が通用するのは何故なんだ? どこかおかしくはないか?」
「ふーん……」
初めて気付いたと言いたげな表情でルイズは考え込む。
「もしかしたら……。使い魔として契約した時に、特殊能力を得る事があるって聞いた事があるけど、それなのかしら?」
「特殊能力? ……あれか。前に、視覚やら聴覚を主と共有出来るとか言っていた」
「ううん……そうじゃなくて、例えば、黒猫を使い魔にしたとするでしょう?」
「ああ」
「それたらは、その猫は人の言葉を喋れるようになったりするのよ」
「んーー? 人間程の声帯が無い猫が、契約によって人語を解して喋れるように、か……。――それと同じ事が、俺にも起こったとでも?」
「わかんない。古今東西、人を使い魔にした例は無いし……。だから、何が起こっても不思議じゃないのかもね。異世界とやらから来て、読み書きも出来ない筈のあんたが、こうして自由に話が出来るようになるぐらいの事、あるかもしれないわ」
「便利といやぁ便利だし、頷けなくもないが、そのまま信じ込むのはなぁ……。ま、自分一人で考えて正解が出る様な事でも無い、か」
やれやれと、龍麻が困惑と失望混じりの溜息をついている所に。
「不思議なら、トリスティンのアカデミーに問い合わせてみる?」
「アカデミー? もしかして……学者の集まりみたいな所か?」
「そうよー。王室直属の、魔法ばっかり研究している機関よ」
一度は顔を上げた龍麻だが、続くルイズの説明を聞くや、即座に首を横に振る。
「……やめとく。昔、俺や俺の仲間の存在が、そういう研究者や胡散臭い学者だのいった奴等にバレた時、拉致られて危うく死に掛けたんでな。モルモットや丸太扱いは願い下げだ」
そんな、J・メンレゲや石井四郎の精神的同類が大手を振って闊歩している(かも知れない)組織が在るのなら、人前で<<力>>を使う事自体が自殺行為と為りかねない。
それきり二人の会話は途切れたが、暫くしてルイズの方から口を開いた。
「ねえ」
「ん? まだ何か、言いたい事でも?」
「あんた、殴ったり蹴ったりする他に、剣は使える?」
「剣?」
「そうよ。それで、どうなの?」
「全くのド素人ではない。敵や味方にも、達人・師範級の腕利きがゴロゴロいたからな。……けど」
「けど……なによ?」
「今迄、俺が使っていたのと同じ様な物がこっちで手に入るとは思えないからな。後、持つなら
持つで、扱いに習熟する為の時間も必要る上に、第一……刃物は趣味じゃない」
―――あの“遺跡”を巡る闘いの終盤、仲間の一人から託された黄金の剣は残念ながら、荒吐神に引導を渡した直後のゴタゴタの際に喪ってしまっている。
「そう。……わかったわ。あんたに、剣、買ってあげる」
龍麻の返事を聞いて、ルイズは一人頷きつつ、そんな事を言う。
「何なんだ、いきなり?」
「あんたの役目は、わたしの護衛でしょう? 護衛役が丸腰だなんてカッコ付かないし、“あの”キュルケに言い寄られたんなら、命が幾つあっても足りないし。降り懸かる火の粉は自分で払いなさい。わかった?」
「……了解だ。少し早いが、礼を言っとく。有難うよ」
「あんたねぇ……。ありがとうございます、お嬢様でしょ、そこは!?」
耳を劈く声に、「分かった分かった」という感じで手を振ってみせる。
「ホントにもう……! ご主人様に対する口の利きかたがなってないんだから……ッ! ともかくさっさと寝なさい! 明日は虚無の曜日だから、街に連れて行ってあげるわ」
言い捨てると、明かりを消してベッドに潜り込むルイズ。
龍麻も又、いつもの様に壁に背中を預けた姿勢で、毛布を身体に掛けて目蓋を閉じる。
ここ数日、静かだった分の反動が一度に押し寄せたかの様な日だっな……。と、思考の縁で思いながら、龍麻は意識を現実からゆっくりと遮断し、眠りの海に漂わせたのだった。


新着情報

取得中です。