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零魔娘娘追宝録 12

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     『道具の業』


 それはルイズと静嵐がアルビオンに向けて出発したその日の夜のことだった。

                  *

 炎の夢を見ていた。燃え盛る炎の夢だ。
 木々が燃える、草が燃える。家が燃える、街が燃える。――そして人が燃える。
 男が燃える。老人が燃える。女が燃える。子供が燃える。
 皆一様に、皆平等に燃えていく。
 あたりには肉の焼ける生臭い匂いが立ち込める。炭化した腕、そしてそれすら灰に変えようとする炎。
 まさに煉獄と呼ぶに相応しい。
 そしてその地獄の炎に火をつけたのは……自分だ!

「っ!」
 そして男は跳ね起きるようにして目を覚ます。
 あまりの息苦しさに呼吸は乱れ、肩で息をするように酸素を求める。
 彼の体中は汗にまみれている。まるで今まで火の中に居たように。
 いや、彼はその夢の中でたしかに炎の中にいたのだ。自らの手で作り出した煉獄の炎の中に。
 だが問題はそれがただの夢ではないということ。
 それは男が過去に経験した事実そのままの夢。ありのまま過去の記憶の再現だったのだ。
 彼は多くの人間を、多くの罪無き人間をその手で焼き殺したのだ。

 かつて彼はある国のとある実験部隊に所属していた。
 実験部隊。その名が示すように、戦場における魔法効果を利用した戦技研究を主目的とした部隊であった。
 それだけであればどこの国にでもあるだろう、文字通りただの実験部隊でしかない。
 しかしその研究部隊での『研究方法』は、異常であった。
 魔法を用いた戦技研究。その部隊ではそれを研究するのに、もっとも確実ま実験方法をとっていた。
 即ち――実戦において『生きた人間』を相手に直接試すことだ。

 水に混ぜた毒をいかにして早く敵陣地に広めさせるか。
 土に埋めた罠でいかにして多くの敵を足止めさせるか。
 風を操った嵐へいかにして広大な破壊効果を持たせるか。
 ――火を用いた焼討ちでいかにして多くの人間を殺すか。

 そんな、凄惨極まりない実験が生身の人間を相手に幾度も繰り返された。
 戦争の効率化のために人体実験を行うなど、たとえ相手が反乱貴族や盗賊団であっても人道に悖る行為であることは明白だ。
 それ故、彼の所属していた部隊の内実は極秘とされ、その結果がもたらした諸所の責任や追及は不問とされた。

 もし彼の犯した罪の多くを公に裁くこととなれば、多くの貴族が(それもこの国で要職についているものたちばかりが!)その罪を問われることとなる。
 それは多くの混乱と、これ以上の惨劇を生む結果にもつながりかねない。
 人は一度手にした甘い果実――地位や財産を容易く捨てることはできない。
 それがたとえ非道の手段によってもたらされたものだとしても。
 奇しくもその『罪』が彼の身を守ることとなったのだ。
 誰も彼を裁くことができない、裁くことは無い。

 そしてそれが逆に――彼を苦しめている。

 あれから既に二十年以上の時が流れてしまった。
 昼間は平凡な一人の教師として奉職し、研究に明け暮れる。
 無為といえば無為ではあるが、それでも穏やかな日々であることは間違いない。
 折に触れては彼の心中をよぎる思い。それは、

『あの日の出来事など忘れてしまいたい』

 ということ。

 それはあまりにも無責任な思いではあるが。彼と同じ境遇に立ち、そう願わない人間がいるだろうか?
 しかし人は、彼は過去の出来事を都合よく忘れられるほど便利にはできていない。
 罰せられないを罪を罰せられるとすれば、それは自身の罪悪感によってのみだ。
 形を与えられない罰は延々と彼を苛んでいく。
 だから今でも彼はこうして、毎日のように悪夢にうなされては目を覚ます。

「後悔、か。……おこがましい話だ。私にはそんな権利など無いと言うのに」
 内なる苦悩を吐き出すようにして呟く。その声は暗く、重い。

 眠気と、それ以上の気だるさに重くなる体を引きずりながら彼は屋外に出る。
 学院中庭の、夜の風は冷たく。火照った体は程よく冷されていく。
 だがそれでも、彼の内側に燻る罪の炎を消すことは適わない。
 何者も、己が内なる炎は消すことができないのだ。
 そしてまた彼は思い出す。あの日の、愚かさの極みにあった自分の姿を。

                  *

『辺境の村でロマリアから伝わった厄介な伝染病が確認された。他の地域に移る前に全て焼き払え』
 最初に下された命令はそれだけ。単純な話だった。
 彼はその命令に何の疑問も抱かなかった。
 辺境の村とはどんなところか? 伝染病とはどんなものなのか? 全て焼き払う必要などあるのか?
 そんなことは何一つ浮かばず、ただどうすれば効率的かつ速やかに任務を実行できるか。
 それだけを考えていた。
 しかしいざ任務に就いたとき、状況は一変した。

 ――その時彼は彼は戸惑っていた。
 どうにも村人の様子がおかしい。
 彼らが村の家々に火をつけ始めると多くの村人は逃げ惑い、
 時には投石や狩猟用の弓で反撃してくるものまでもいた。
 どう見ても伝染病に侵された村人の様子ではない。ただの、どこにでもいる普通の人間の反応だ。
 それ故に彼は混乱した。自分は何の任務をしているのか? それすらわからなくなった。
 ただただ目に付くもの全てを焼き払うことだけに集中し、自分の行いを省みることなどできなかった。

 心を麻痺させたまま、ただ機械的に任務をこなす。
 家の戸を開け、中を確認し、火をつける。
 中を確認するのはこの村に伝染病を持ち込んだ人物――ある女を捜すためだ。
 いくらこの村を焼き払っても、その女が生きていれば同じこと。その女は念入りに『焼く』必要がある。
 そう命じられていたのだ。

 ようやく一軒の古い民家の中に、それらしき女の姿を見出した。
 古びた小村に似つかわしくない、どこか高貴な雰囲気を持った美しい女だ。
 そこいらの村人(彼がつい先ほどまで焼き殺してきた村人)と同じような服装であるにも関わらず、
 その女の持つ独特の空気は際立っていた。
 だが、そんなことよりも見過ごせない事実があった。

 ――女はメイジだったのだ。しかも既に杖を抜き、呪文を唱え始めている。
 その姿を見た瞬間、迷いや戸惑いは全て吹き飛んだ。
 そしてよく訓練された彼の腕と口はほぼ無意識に杖を振るい呪文を唱えていた。
 女の魔法と彼の魔法が発動したのはほぼ同時だった。
 しまった、と思うでもなしに思う。遅かった、と。
 相打ち。自分の炎は彼女を焼くだろうが、彼女の魔法もまた自分を殺すだろう。
 メイジとメイジの戦いとはそういうものだ。
 お互いが致命傷の武器を握り合い、一瞬の駆け引きで命を奪い合う。
 それこそが唯一の掟。彼がその身に、あるいは敵の躯に刻み込んできた法則だ。

 飛んでくるのは氷の槍か、風の刃か、土の塊か、あるいは炎の玉だろうか?
 思わず目をつぶってしまったのが悔やまれた。
 彼もまた、そこいらにいる若僧と同じように。死を恐れるということを恥じていたからだ。

 しかし、いかなる威力の魔法も彼を襲うことはなかった。
 いつまでたっても何の痛みも苦しみも彼には届かない。
 恐る恐る目を開けてみて――彼は驚く。

 たしかに自分の放った炎は女を焼いていた。
 全身を火達磨にされながら蠢くその姿に、彼女の死は免れ得ないものであることはわかった。
 問題は、彼女の唱えた魔法だ。
 彼女の魔法は『水』。それも何の変哲もない、文字通りただの『水』を生み出す魔法だ。
 しかもそれは、彼女自身を燃やす炎を消す為ではない。
 彼女の傍ら――一組の粗末な布団にかけられていた。
 布団の中からは小さな目がこちらを覗いている。

 もはや考えるまでも無い、女は最初から抵抗をする気などなかったのだ。
 燃え盛る炎から、殺戮者である自分からこの幼子を救うために杖を振るったのだ。
 それを理解した時、彼は愕然とした。
 何か、自分の信じてきたものが、やってきたことが全て崩れていくのを感じた。

 そして気がついたときにはもう彼は逃げ出していた。
 生き残りの幼子を背負い、ひたすらに炎の中から逃げ去ろうとしていた。
 途中、彼を咎めようとしたのか一人の男――彼の部下だったものが杖を振るってきたが、それすら打ち倒し必死で走った。
 その背中に、自分が燃やしてきた炎よりも、はるかに暖かな幼子の体温を感じながら。

                  *

(あの日私がもう少し賢明であれたなら……あの『女』と『子供』は……)
 彼の心が過去に囚われたその時。
 ――轟音が唸る。

「!」
 ごおん、と風が唸る音と何かが地面にぶつかる音が聞こえ、彼の前にもうもうと土煙が立つ。
 どうやら何か大きな物体が彼の前の地面に激突したようだった。
「こ、これは?」
 彼は戸惑いの声を上げるが、それに答えるものは――
「……煙たい。龍華め、もう少し静かに下りられるように作れなかったの?」
 土煙の中から響く静かな声。

 夜の風に圧されるようにして薄まっていく土煙の中に、何者かの影が見える。
 影は二つ。
 細い、なめらかな曲線の影。おそらくは女性のものだろう。
 そしてそれに寄り添うような形の小さな影。これは子供のものだ。

         ドクン、と男の――ジャン・コルベールの心臓が我知らず早鐘を打つ。
         自分の前に立つ女と子供。あの日と、二十年前と同じ光景が目の前に広がっている。

 女はゆっくりとした動作であたりを見回す。
「……私達を呼んだのはあなた?」
 呼んだ、とはどういうことであろうか。コルベールには女の言葉の意味がわからない。

 見ず知らずの存在がいきなり目の前に現れるという現象。
 それは使い魔召喚の魔法にもよく似ているが、もちろんコルベールはそんな魔法を使っていない。
 あの轟音と土煙を見る限りでは、この女たちは何処かより飛来したものとしか思えない。
 だが何のために? どうやって?
「き、君達は一体何者だ?」
 女はクスリ、と冷たい笑みを漏らしながら、無知なる男を嘲るように言う。

「……私達は――宝貝よ」


                  *

 トリステインの空、シルフィードに乗った静嵐は言う。
「お姫様、落ち込んでいたね」
「無理もないわ。あんなことがあったんじゃ」
 顔を伏せて言うルイズの声は暗い。
 つい先ほどまで顔を合わせていたトリステイン王女、アンリエッタの顔を思い出しているのだ。

 アルビオン王国を舞台にした一連の騒動。
 アンリエッタから依頼された手紙の捜索、空賊との遭遇、ワルドとの戦い、――そしてウェールズの死。
 それらの顛末を報告するために、アルビオンから帰ってきたその足でトリスタニアに出向いたルイズたち。
 報告を受け取ったアンリエッタは、手紙がたしかに回収できたことに安堵し、
 そしてウェールズの死を酷く悲しんだ。

「ずっと恋焦がれていた方が、自分の放った密使によって殺されたんだもの……」
 ウェールズの死の真相を聞いた時のアンリエッタの驚きと落胆は並大抵のものではなかった。
(やはり亡命を薦めていたのね……)
 ルイズはアンリエッタがウェールズに渡した手紙の内容を詳しく知らない。
 しかし二人の様子を見れば、嫌でもそれが『男女の間柄』に属するものであることはわかった。
 今だアンリエッタのような、身を焦がすような恋をしたこともないルイズには、
 彼女を気持ちを完全理解することは難しい。ましてそれが、悲恋の結果であればなおさらだ。

 ルイズ自身もまた、幼い時に憧れていた婚約者――そして王子ウェールズを殺害した下手人、
『閃光』のワルド子爵と死闘を繰り広げた末、完全に喧嘩別れの形になってしまったものの。
 そのことはルイズにとってあまりショックな出来事ではない。
 もちろん人間関係の終わりとしては残念ではあるが、なるべくしてなってしまったという感慨しか沸いてこない。
 並々ならぬワルドの態度から、あれが蛮行ではあっても軽挙妄動の類ではないとわかったからだ。
 彼には彼の理屈があり、それを認めることはできないが否定することも出来なかったのだ。

 いずれにせよルイズには、アンリエッタの心を癒す言葉など吐くことはできなかった。
 せめてもの慰めにと、ウェールズの形見である宝物『風のルビー』を手渡したくらいだ。
 それはトリステイン王国の一臣民として、そして何よりアンリエッタの友人としては歯痒さの極みであった。

 己の不甲斐なさに唇をかみ締めるルイズの横顔を見て、キュルケは気まずそうに言う。
「よく知らないけど、なんだかややこしいことになってたみたいね」
 もともとはキュルケには何の関係も無い任務であったから、彼女は事件の背後関係などは何も知らされていない。
 ただアルビオンの地において、ウェールズ王子の死という驚きの結果を目の当たりにしただけである。

「ええ。それがもう、聞くも涙語るも涙の物語がありまして。聞きたいですか?」
 キュルケの言葉に、静嵐は相変わらずの平坦な声で言う。
 静嵐とてウェールズの死に立ち会った一人(一本とも言うべきか)ではあるが、
 武器の宝貝である静嵐にはそうした精神的衝撃に対する動揺は無い。
 そんなこと(と言っては非情であるかもしれないが)には動じないように彼は作られている。
 動揺は戦いにおいて油断や隙を生むからである。武器の宝貝にはそんな甘さは求められない。
 とはいえ、これは静嵐の自身の精神が特別鈍感に出来ていたせいでもあるのだが。

 呑気な静嵐の言葉に少し気を紛れさせられたものの、キュルケは首を振る。
「いい。聞かないでおくわ。一応私も、王子様の死を看取った者の一人だし、あまり詮索するのもね……。
野暮な行為はこの『微熱』のキュルケさんの趣味じゃないわ」
「はぁ、さいですか」
 王子の背景には、当事者以外には興味深いものがあるであろうことは間違いない。
 ただ、死人のそれを詮索することは彼女のプライドにが許さないのだろう。

 しかし、と。沈みかけた場の空気を切り替えようとキュルケは言う。
「パオペイ? ねえ……。『魔封の札』といい、何か不思議なマジックアイテムが出回っているとは知ってたけど、
ホントになんでもありなのね」
 キュルケが意外そうに言うのも無理は無いだろう。

 今のところ、宝貝の存在は一部のものにしか知られていない。
 それというのもパオペイのほとんどはこの世界に元からある既存のマジックアイテムと
 その在り方には大差が無く(無論、性能については一線を画しているが)。
 知らぬものにはそれが異界からもたらされた『パオペイ』であるのか、
 ただのマジックアイテムであるのかの判別はつかないだろう。
 それが宝貝の存在が世に知られることのない原因の一端となっている。
 キュルケにしても、何やら便利なマジックアイテムがあるとは知っていたが、
 それが宝貝などとというものであることは知りもしなかった。

「凄いのからどうでもいいのまでピンからキリまであるみたいだけど。
面白そうなものなら一つぐらい欲しいわよね。私のところにもやってこないかしら?」
 異界に由来する尋常ならざる力を持った道具。キュルケでなくとも興味を持つのは当然といえた。
「……やめときなさいよ。あんたが思ってるほど『いい』もんじゃないわよコレ」
 しかしそのキュルケの言葉に嫌そうな顔をするのはルイズだ。
 宝貝の関わるいくつかの騒動を経験し、自身もまた『静嵐刀』という名のすこぶる扱いづらい宝貝の所有者であるからこその言葉と言えた。

「何か引っかかる言い方されているみたいだけど気のせいですかね。
……まぁ、宝貝には道具の業というものがあって。普通は自分を必要とする使用者の許に現れるものですから。
用も無しに所有者のところへやってくる宝貝なんてのがいたら、そんなのよっぽどの変わり者の宝貝ですよ」
「……」
 静嵐の言葉に、ルイズとキュルケは顔を見合わせて絶句する。
 そういう自分も、普通とは違う方法で所有者のもとへ辿りついたことを完全に棚にあげている。
 つまり静嵐自身『よっぽど変わり者の宝貝』と宣言しているようなものであるが、
 彼はまったくそれに気づいていなかった。

「……とにかく。ただ欲しいって思ってるだけじゃダメってこと?」
 別段キュルケは、どんな宝貝が欲しいということはない。
 なんでもない、どれでもいい、とにかく自分だけの宝貝というやつを手にとってみたいだけだ。
「キュルケが何かすごく困ってることがあって、それでその問題ごとの解決に役立つ宝貝があれば、
それが手に入るかもしれませんが。何かあります? 困りごととか」
 静嵐の問いにキュルケはきっぱりと答える。
「無いわね」
 人生が順調すぎる女、それがこのキュルケだろう。
 問題ごととは無縁、宝貝に頼らなければならないことなど何一つ無いのだ。


 静嵐を含む彼ら欠陥宝貝がばら撒かれた経緯については、ルイズたちも詳しくは知らない。知っているのは
『静嵐たちを作った龍華仙人の弟子が何かとてつもない失敗をやらかし、静嵐たちを封印していた箱を壊してしまった』
 ということくらいである。
 他人の、しかも未熟な者の失敗につけ込んで逃げ出すのは卑怯といえば卑怯であるかもしれないが、
 彼らとて自身の欠陥に納得がいっているわけではない。
 言葉で「コレコレこういう欠陥があるんですよ」と言われても、
 本人(人ではないが)がそれを納得できるかはまた別問題というわけだ。
 それは何も宝貝に限ったことではない。人間も同じだろう。
 ルイズなど、いまだに自分の『何もなし』=『ゼロ』という二つ名を受け容れられずにいるくらいだ。
 自分の欠陥を受け容れられない宝貝たちは、自分を不用品と見なした主を見限り、
 自分たちを求め使いこなしてくれる主を探して異界へと落ちていったのだ。


「王子様の話や学院長さんの話を鑑みるに、『こちらの世界』に宝貝が落ちてきたた時期は大きくずれているようですし。
もし何か願い事あれば、今まさにこの場所へ現れても不思議は無いんですがね」
「変ね? ……あなた達って同時に逃げ出してるんでしょう? なのに時期がずれているっておかしくないかしら?」
「さて、なんでだろ? 考えられるとしたら『こちらの世界』に引っかかって落ちた時に時間がずれてしまったか」

 そもそも、静嵐たちが逃げ出すはずだったのは
『こちらの世界』――つまり、今ルイズたちが暮らしている世界ではない。
 彼らが『人間界』と呼ぶ、仙人が仙人になる以前に暮らしていた場所だ。
 そこは仙人にとってはかけがないの故郷であり、そして絶対不可侵の場所であるらしく。
 そこに逃げ込んでしまえばたとえどんなに力を持った仙人であれどおいそれと手を出すことはできないというわけである。
 しかし何が起きたか。静嵐をはじめとするいくつかの宝貝たちは『人間界』に落ちることなく、
『こちらの世界』――ハルケギニアに落ちてきてしまったのだ。
 この状況をわかりやすくイメージをするならば、
『二階の窓から自分の家の庭にゴミを投げたら、何故か隣の家の庭先に落ちてしまった』
 というところだろう。

 一応。全ての宝貝がこちらに来ているわけがないだろう、というのが静嵐の見解となっている。
 たしかに、ルイズもそれには納得できる。
 もし七百を超える摩訶不思議なマジックアイテムが文字通り降って沸いたならば、
 いくらなんでも大騒ぎになってるはずだ。
 今の現状を見るに、一部の人間たちだけが宝貝を持っているとみて間違いないだろう。

 静嵐の言葉の通り、宝貝を入手するタイミングに時間差があるようではあるが、
 それを差し引いても全ての宝貝がこの世界に溢れているとは考えにくい。
 しかしその時間差の意味とは?

 静嵐は言葉を続け、
「それでなきゃ――」
 こともなげに言う。


「時間に干渉できる機能を持った宝貝の所有者が意図的にそうしたか」


「!」
 それまでぼんやりと、聞くとも無しにルイズたちの話を聞いていたタバサが急に顔色を変える。

                  *

 タバサは猛烈な勢いで思考する。
 いくつかの宝貝を手にした『あの男』。奴を打倒するために自分もまた強力な宝貝を捜し求めている。
 そして先だってのアルビオンでの騒動で、それなりに強力なある宝貝を入手することに成功した。
 しかし、それが何者かの手のひらの上で踊らされているようなことであればどうか?
 自分がこうして宝貝を集めていることは全て『誰か』の計算の上であったならば?
 そしてその『誰か』が『あの男』であったとしたら!
 恐ろしい想像に、タバサが顔を青くしたその次の瞬間。

                  *

「ま、そんなことはないでしょうけどね。やる意味なんてないだろうし」
 静嵐はあっさりとそれを否定した。
 思考の勢いに躓くように、ガクリとタバサがバランスを崩す。

「……っ」
 シルフィードの背中の上に蹲り、怒りに肩を震わせる。
 どうしてこのパオペイ男は自分のペースをこうも狂わせるんだ?
 ただの馬鹿やただの無能であればいい。そんなものどうとでも扱いようがある。
 問題なのは、この静嵐はそれに他人を巻き込む性質の男だということだ!
 これが悪気のある行為であれば、完全にそれを黙殺する自信はある。
 しかしこの男の言動に悪意は全く無い。それ故にいつもいつも不意の『思考の一撃』を食らってしまう。
 まったくもってやりにくいことこの上無い!
 もしこいつが、あの『将軍』の宝貝に勝ちうる鍵でさえなければ関わり合いになどならないのに……!
 そんな万感の思いを込め、愛用の長杖の先を静嵐の脳天へと見舞う。
 杖を握る手首のひねりをよく効かせた一撃は静嵐の頭に『ゴツゴツ』と快音を響かせる。

「痛い痛い。痛いよタバサ。何をそんなに怒ってるの?」
 小柄な少女がわずかな羞恥を見せながら年上の男を小突き回す。
 見ようによっては微笑ましい一幕に見えるかも知れないが、
 聞こえてくる殴打の音は間違っても『ポカポカ』などという可愛らしい音ではない。
 無論、静嵐とて武器の宝貝。小柄な少女の攻撃など何発受けたところでどうということもない。
 痛みを感じこそすれ、避ける必要などないのだ。それがまた腹立たしいことこの上ない。
 とはいえ、こんな扱いを受けて何もしようとしない武器の宝貝もまた静嵐くらいのものであるが。

「タバサ。こいつの話をまともに聞いてると馬鹿を見るわよ」
 彼女の様子からおおよその事情は察したのだろう。気の毒そうにルイズは言う。
「あらルイズ。そういう自分は『コレ』を使いこなせてるって言えるのかしら?」
 面白がるように言うキュルケに、ルイズは肩をすくめる。

「もう慣れたわ。要はね、使い方の問題なの。
――たしかにね、このバカ剣は武器のパオペイよ。
そりゃあ戦闘時の戦術判断とか戦略的思考ってものをすることができるわ。
でも駄目なのよ。こいつにそんなことを期待しちゃ駄目。
こいつの考えるに任せてしまうから勘違いだのボケ倒しだのに振り回されるのよ。
こいつに任せるじゃなくて、ちゃんと自分でモノを考えてある程度の指針をってものを出す。
そしてこいつにそれを実行させる。それだけ、それ以外にはナシ!
そうすればこの、ちょっと尋常じゃないくらいのボンクラでもそれなりの役に立つってものよ」

 自分の使い魔を指しての言葉にしてはあまりの言い方であるが、誰もそれに異を唱えようとはしない。
 キュルケもタバサも、ルイズの言葉が全面的に正しいとわかっているからだ。
 むしろキュルケなど、この使い魔でよくぞあのワルド子爵と渡り合えたものだと感心するほどである。
「ルイズってばずいぶんご立派なこと。さすがご主人様と言ったところかしら? それに比べて――」
 ボンクラ使い魔の『使い道』をなんとか見出しつつあるルイズ。そして今まさに振り回されているタバサはというと。

 タバサは相変わらず無表情の中に怒りを滲ませながら、杖の先で静嵐を小突き続けている。
 先ほどまで聞こえていた『ゴツゴツ』は『ガツガツ』に変わっていて、さらに『ゲスゲス』になろうとしている。
 されるがままの静嵐は悲鳴を上げるのみだ。
「ああ、痛い痛い痛い!」
「……あんまり相性はよろしくないようね、あなた達は」

 このタバサがこれほどまで他人に苛立ちをぶつけるのは珍しい、とキュルケは思う。
 気に入らない人間が居たならば完全に無視を決め込むのが彼女のいつものやり方だからだ。
 しかしこの静嵐に対しては、苛立ちを隠そうともしないで素直にそれを表現している。
 もっとも、それは『親愛』とはまた少し違う気安さに依るものであるようだが。

「タバサ、その辺にしておいてあげなさいな。でないとセイランもっと馬鹿になっちゃうわよ?
……今でも十分にアレだけど」
 さすがに気の毒になったか、失礼な言葉を吐きながらキュルケはタバサを止めようとする。
 しかしタバサは聞く耳持たないとばかりに、杖を振るい続けながら言う。
「一周すれば逆に良くなるかもしれない」
「そうか、そういう手もあるわね」
 ポンと手を打ってルイズが追従する。
 冗談ならばいいが、ルイズの言葉の響きには『本音』が混ざってなかったか! と静嵐は戦慄する。
 主すらアテにできない状況に、静嵐はたまらず叫ぶ。

「勘弁してくださいって! ――ギーシュ! 君も黙ってないで少しは止めておくれよ!」
 助けを求めたのはもう一人、さっきから一言も言葉を発せず、会話に参加していなかった少年だ。
 彼は文字通りの最後尾、シルフィードの尾の付け根あたりに跨っていた。
「…………」
 静嵐に呼ばれてもギーシュは黙ったまま、先ほどからそうしているようにぼうっと空を眺めている。
 アルビオンのある方向だ。

「ギーシュ! 聞いてるのかい?」
「――え? ああ、なんだい? 少し考え事をしていて話を聞いていなかったんだ」
 強い声で呼ぶと、ようやく我に返ったのかギーシュは返事をする。
 それでもまだどこか上の空の様子で、今まで自分たちがなんだかんだと騒いでいたのはまるで耳に入っていなかったらしい。

 静嵐は、やれやれと肩をすくめて言った。
「まったくもう。呑気な人だね君は」
 その聞き捨てならない台詞にルイズとキュルケが叫ぶ。

「「あんたが言うな!」」
 おまけ、とばかりにタバサは無言で杖を振り下ろす。『ゴン』と快音がまた一つ空に響く。
 少なくとも今はまだ、トリステインは平和だった。

                  *

 しかし珍しい、とルイズは思う。
 トリステインに帰ってきたときは、あのギーシュが大人しく竜に乗っているとは思わなかったのだ。
 てっきり、自分達が姫と話したことについて根掘り葉掘り――
 それも自分のことを言わなかったか、とかそんな下らないことを聞いてくるかとも思ったが。
(こうして真面目にしてりゃ少しはマシなのにね)
 だがどんなに真面目な表情をしていてもギーシュはギーシュ。ルイズにとってさほど興味を引かれる存在ではない。
 死線をともに潜り抜けたことでそれなり以上の親近感はあるかもしれないが、別段仲良くなりたい相手でもなかった。
(ま、ギーシュだって考え事くらいするわよね)
 ただそう思うだけであった。

                  *

 ギーシュは一人空を見上げ、そしてポツリとつぶやく。
「パオペイか……よし!」
 それは、彼の中で何か新しい決意が固まった瞬間だった。


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