あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

モノノ怪『絡新婦』

※この小ネタはいろいろとキャラが違ったり、設定が食い違っていたり、一五巻を投げっぱなしジャーマンですのでそのあたりに嫌悪感を催す方はまわれ右をお願いいたします。
 それでも良い方は気合いでダ○ターンカムヒア!
 微妙に前作と話が繋がってたり繋がってなかったりします、前作のモノノ怪『枕返し』をお読みいただくとより一層カムヒア! するかもしれません。


 それでは――今夜も吐息残すだけカイッ!


 前回のあらすじ

 狂王ジョゼフの失踪によってにわかに動き出すオルレアン公派、もはや担ぐべき主を失った彼らはシャルルの娘であるシャルロットを担いで内乱を起こそうとする。
 それを嫌ったタバサは友人たちと共に母を連れ出そうと深夜こっそりと実家を訪れるが……





 愛と憎悪は表裏一体とよく云われる。
 “思い”と言う形の対極にあるのではない、ほんのすぐ側で隣り合う双子の兄弟なのだと。
 ならば憎悪の反対はなんだと問われれば、帰ってくる言葉は“無関心”
 憎しと思うことと愛しと思うことは同じく一つのことに執心していると云うこと。
 ならばその裏側にあるのは“どうとも思わない”と云うことなのだと。
 成程、的を射た内容だ。
 ではそうなると分からないことが一つ。
 愛と憎悪が隣り合わせの兄弟だとしたら、その狭間には一体何があるのでしょうね?

 そうそう兄弟と言えば、あの二人も……



 モノノ怪――絡新婦


 さぁさぁお立会い、人形劇が始まるよ!
 そこ行くご婦人も鼻水垂らしたがきんちょも、乞食も骨拾いもみなみな気軽によっといで。
 なんたって御足はただ、無料、ゼロの大盤振る舞い!
 暇な奴は見ないと損をするぜ!
 此度の演劇は女郎蜘蛛、出来そこないと馬鹿にされた一人のメイジが呼び出した薬売りと狂ったご婦人のお話だ。
 狂気と凶気の入り混じるおぞましき怪奇談、オルレアンの屋敷に這い寄るモノノ怪の物語!
 おっとバラしちまった、そうさこの話はまんざら嘘って訳でもない。
 ちょうど一昔前のきな臭かった時代に、この国で実際あった話なのさ。
 なに? モノノ怪なんざいる訳がないだと?
 そんなことはない、モノノ怪はいるさ。人の心が闇で淀んだときその奥底から湧きあがってきやがるのさ。
 だからこれはモノノ怪の話、馬鹿共が何も考えずに革命だ革命だ叫んでいた時代のガリアに血の雨が降ったあの時代の。
 くだらない愛憎劇の形と真と理の姿なのさ。
 さて、そろそろ始めようか。

 むかし、むかしあるところに……





 絡新婦――序の幕


 ぴちゃりと水音がした。
 続いて首筋に感じる冷たい感触。
 部屋のなかなのに何故? 雨漏りでもしているの?
 そう考えて天井を見上げたルイズは引き攣るように身を強張らせた。
「ひっ!?」
 そこには死体が引っ掛かっている。
「なによこれは!?」
 いくつも、いくつも、いくつも。
 数は十か二十か、それとも星の数ほどか。
 元の形を留めぬ肉の群れ達は、まるで一枚の影絵のよう。
 部屋の中央から八方に伸びるその形は、蜘蛛。
 ふらふらとその八本の足を震わせる女郎蜘蛛。
「これは難儀な……」
 風に震えるいくつもの死体がその体の血をまき散らし、瓦礫だらけの地面に落ちた滴がしゃしゃしゃしゃと笑い声のような音をかき鳴らす。
 憂いに満ちた声でその薬売りは言った。
「あんた――なんでこんなところに!?」
「あなたは確かルイズが召喚したエルフじゃない、なんでこんなところに居るの!」
 ひゅんと音を立てて薬売りは傘を振った。
「エルフと言うのは正しくありませんね」
 傘ははらりといくつもの札にばらけ散り、張り付いていた血をを足元に吹き飛ばした。
「私はただの薬売りですよ」
「そ、その薬売りがなんでこんなところに来るのよ!」
「それがですね、心を狂わすエルフの毒薬の解毒薬のご所望があるとのことで」
 薬売りの言葉に真っ先に食らいついたのはキュルケだった。
「本当!?」
 親友の顔に笑顔を取り戻すことが出来るかもしれない、その可能性はキュルケは飛びついたのだ。
「ええ、効くかどうかはわかりませんがね」
 そうして薬売りは背中の行李から徳利型の瓶に入った紅玉色の薬を取り出した。
「此処に、こうして」
「買うわ!」
 そう言って瓶を掴もうとしたキュルケの手は空を切り、薬売りはルイズ達に背中を見せる。
「なによ! 此処まで来て焦らすつもり?」
「いえ、そうではなく」
 その時オルレランの屋敷に響き渡ったのは、血を吐くような悲痛な叫び声。
「どうやら、手遅れだったようで」



 パンパン 

 さぁてここいらで一息休憩だ、そこのずっと小便を我慢してた坊主、そうお前だお前。
 今のうちに行って来い、何も言わずにふらっといなくなったりなどせんさ。
 とりあえずここいらで登場人物の紹介といこうか、まずはこっちの桃色の毛をした絶対に嫁さんにはしたくない感じの人形が『ルイズ』
 次にこっちの牛みたいな乳をした人形が『キュルケ』
 そしてその横の蒼い髪の人形がこの物語の主役、『シャルロット』だ。
 こいつはえらく不遇な生い立ちをしていてな、彼の有名な『無能王』によって跡目争いで父を殺され、挙句母までエルフの毒薬で狂わされ。
 『タバサ』と言う偽名を名乗って母を助けるための人形になろうとしてきた、哀れな娘だ。
 そんな人形娘に襲いかかるのは果たしてどのような凶事であろうか?
 さぁさぁ二幕がはじまるぞ、近くばよって目にも見よ! 遠くあるならば耳に聴け! 

 その館にて猛り狂う怪異の形と理と真。
 その幕開けから幕引きまでをな!





 絡新婦――二の幕


 もしこの場に詩人がいればその部屋の様子をきっとこう評したに違いない。
 積み重なる死体と死体と死体がまるで地獄のゴミ捨て場のようだ、と。
 血に濡れた寝台の上にうず高く積まれた数知れぬ死体はこの屋敷を襲った傭兵たちのものだ。
 簡単な依頼、詰まらない割に入りのいい仕事。
 そう思ってラグドリアン湖のほとりを大挙してやってきた彼らは無残な姿を晒すことになった。

 ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ、ぐっちゃぐっちゃ

 おそらく戦場で死んだ方がまだ赦しがある。
 少なくとも人として死ぬことが出来ただろうから。
 かつて一人の狂わされた女が人形と共に横たわっていたその寝台の上には、無数の死体とそこから捏ねあげられた肉団子と共に、一匹のモノノ怪が佇んでいる。

「あ、ああ……」

 ぐちゃぐちゃを不快な音を立てて肉団子を貪り食っているのは巨大な一匹の蜘蛛だ。
 いや食べているのではない、八本の足を器用に動かしながら一度咀嚼した肉を捏ねまわしぐちゃぐちゃの小さな肉団子にしてから、その手の一本に持った人形の口へと押し当てている。
 勿論人形は人肉団子など食べられない、だが脆くなり破けた人形は口に当たる部分がその体内に肉片を飲み込んでいく。
 肉を詰め込まれパンパンに膨れ上がった人形が足から腹から肉をはみ出させた姿は、グロテスク以外の何者でもない。

「ひっ!?」

 やってきたキュルケ鋭い悲鳴、それが気を引いたのかゆっくりと蜘蛛はその八つの眼を二人へと向けた。

「キュルケ!」
「シャルロットォォォォォ」

 我に帰ったタバサがキュルケの手を引いて走り出すのと、蜘蛛が金切り声の雄叫びを上げるのは同時だった。
 蜘蛛は優しく人形を肉の布団に横たえるとその体を大きく伸ばし、壁に八本の足を這わせて走り出した。
 その蜘蛛の背中には一人の女の顔が張り付いている。


 逃げている途中でタバサはそのことに気がついた。

「母さま!」

 フライの魔法を解き、その化け物に走りだそうとする。
 そんな親友をキュルケは必至で押さえつける。

「馬鹿っ、死にたいの!」

 力ずくで抑えつけても尚元来た道を戻ろうとするタバサにキュルケの心は焦る。
 まだ距離があると言ってもモノノ怪の動きは極めて素早い、見るのもを惑わすような動きで這い寄る蜘蛛は二人を目指す。

「母さまっ!母さまっ!」
「シャルロットォォォ、殺ス、シャルロットを傷つける者、殺ズ、殺ズゥゥ!」

 狂ったように吠えるその顔が唐突に爆発した。



「キュルケ!タバサ!」
「こちらへ!お早く!」

 壁に掛けられたシャルルの彫像画をペルスランが破ると、その下から現れたのは堅牢な鋼の扉。
 それに手を掛け開けようとしたペルスランは焦った顔で叫び声を上げる。

「錆びついている……くそっ、開け、開け!」

 力任せに扉を引くペルスランの右腕に差し出される手。
 それは先ほどから黙って状況を傍観していた薬売りのものだった。

「いっせーの、でいきましょう」
「はっ、はい! それでは」

 ルイズも混じり鋼の扉に手を掛ける。

「いっ」
「せー」

 「の」をルイズが言おうとした瞬間、重い音を立てて扉は開いた。
 三人で引っ張っていたのとは逆の方向へと向かって。

「五月蠅いな、おちおち寝られやしない」

 そう言って現れたのは痩身蒼髪の見目麗しい美青年。
 破り捨てられた肖像画と同じ姿の、全く年老いた様子のない、若きガリアの王子がそこに居た。

「シャルル、さ……ま?」
「やぁペルスランか、久しいね」

 そう言ってシャルルは笑うと、その後方に視線を移した。

「どうやらとんでもないことになっているらしいね、とりあえず入るといい」

 そしてシャルルは驚く一同を全員を迎え入れ、地下室に響くその麗しい声で。

「ようこそ我が宮殿へ、なんにもないところだがなんとかお茶くらいは出せるだろう」

 その言葉と同時に扉は閉まりすべては全き闇へと包まれた。
 隣にいるものが誰かすらわからない、完全なる闇。
 扉の向こうからはすさまじい力で扉を叩く音が何度も響いていた。
 だが薬売りによって結界が施された扉は幾度打ち抜かれようともびくともしない。
 ――ただ徒労な音だけがラグドリアンの畔に木霊する。



「ぼくはね、人形さ」

 そのシャルルの姿をしたものはそう名乗った。

「スキルニル、本当に便利な代物だよね。血を与えた相手の能力をそっくりそのまま写し取り再現する」

 シャルル以外の者たちは何も言えず。
 ただ陽気のシャルルの声だけが響く地下室を、さらに地下へと向かって降りて行く。

「もっとも最初に与えられた役割以上のことは“やろう”と考えられないのが欠点かな?」
「最初に与えられた役割?」
「そうさ、それがぼくの存在意義そのものだ」

 そうしてシャルルはタバサを抱きしめた。

「シャルロット――ぼくの愛しい娘、君を守ること」
「父さま……」

 感動の親子の抱擁、それに水を差す声が一つ。

「何故、今頃になって?」

 それは言われてみれば疑問に思って当然の疑問であった。
 妻が毒を飲まされ、娘が死地へと赴かされても、何故平然と屋敷の地下で一人のチェスに高じていたのか?

「ぼくは、ぼくの本体はやっぱり兄さんを信じていたんだろうね」

 嘆く声は一見すると悲しそうでいて、しかし人形らしく全く感情が籠ってはいない。

「ぼくが居なくてもきっとガリアを素晴らしい国にしてくれる、愛しい人たちを守ってくれる――だからもともとこのぼくはその兄さんに万が一のことがあった時動きだすように作られたんだ」

 そしてシャルルはくつくつと笑った。
 全部手遅れだと、兄の脆さに気付けず保険として用意した自分の起動条件を定めた己の愚かさを。
 人形は嗤い、そして薬売りに向き直った。

「さて次は君の番だ、あの怪物は一体何なんだい?」
「あれは――モノノ怪」

 薬売りは闇の奥からシャルルに向かって告げる、その声はどこか険があった。
 もっともそれもいつものことだ。
 この異様な風体をした人物が何を考えているかなど、そうそう周囲の人間に推し量れるものではない。

「モノノ怪を為すは人の因果と縁、モノノ怪は――斬らねばならぬ」
「斬らねばって、あなたあれが倒せるの!?」

 薬売りは背負った行李から一本の剣を取り出した、柄に赤い鬼の顔が彫りこまれたその剣は見た限り特別な魔法がかかっているようには見えない。

「これは退魔の剣、モノノ怪の形と真と理、その三つにあればこの剣でモノノ怪を斬ることができるでしょう」
「真と理?」
「ええ、真とは事のありさま、理とは心のありさま。それがなければ――剣は抜けない」

 故に

「絡新婦の真と理お聞かせ願いたく」



 おう、がきんちょ驚いてるな驚いてるな。
 此処がこの人形劇の一番の勘所だからまぁ当然か。
 殺された筈のオルレラン公が語るモノノ怪の正体と驚くべき真実。
 死を前にした母の想いが人形に宿り、あの怪異を生み出したのだろうと。
 だが何故シャルルのスキルニルはそんなことを知っている?
 気になるだろう? 気になるよな?
 だったら最後まで聞いていけ、この惨たらしくも切ない人形達の劇の結末を!





 ――絡新婦 三の幕


「成程、確かにそれならば辻褄は合う」
「タバサを守りたい、守らなくちゃそんな思いがあんな形で噴出したってこと?」
「そうとしか思えないね、もし本当にあの化け物が――ぼくの愛する人の心を因果にして現れたのならば」

 悲しそうに言うシャルルを薬売りは睨みながら、退魔の剣をずいと差し出した。

「まだ、足りない」
「足りない?」
「なんだ、何を隠し……」

 ものすごい爆音と共に地下室に陽光が射した
 そこからゆっくりと差し込まれたのは蜘蛛の足、いくつも差し込まれたそれがゆっくりと入口を押し広げゆっくりと中へと身を滑り込ませる。

「来たわっ!」

 シャァァァァアアアアア!



吠え猛るその顔先に巨大な氷柱が叩きつけられた。
 氷柱は蜘蛛の体に突き刺さると急速に成長し、地下室の入口ごとオルレランの屋敷の天井をまで貫く氷の針毬となった。

「行こう、これでしばらくは追ってこれないだろうから」

 杖を構えたシャルルはこともなげにそう言った。
 そのシャルルを薬売りは厳しい目つきで睨んでいる。

「ところでどうしたんです?」

 めきりと氷が軋みをあげる。

「その額は」

 陽光に照らされたシャルルの顔。
 その額には六つの光が灯っていた、紛れもなく蜘蛛のものだと分かる蒼い光の複眼が。
 シャルルは驚いたように自分の額を抑え、そして……
 蜘蛛がシャルルの体を捉えたのは次の瞬間のことだった。

「父さま!」

 他の人間が止める間もなく蜘蛛はシャルルに食らいつき地の底に引きずり込もうとする。
 キュルケが、次いでタバサが怯えるように杖を構える。

「離しなさいこの化け物!」
「父さまを、返せ!」

 炎の弾丸と巨大な氷の槍が女郎蜘蛛へと突き刺さる、体を蝕む痛みに女郎蜘蛛はその腹にある顔を歪め、悲痛な叫び声をあげた。
 いくら父を救うためと言えど母の顔をしたものを傷つけることは辛いのかタバサは悲痛な表情を見せる。

 その瞬間を薬売りは確かに見た。
 シャルルの顔が嬉しそうな笑顔に歪むのを。

「まさか、モノノ怪の真は……」

 女郎蜘蛛の血の飛沫が飛ぶ、その泡沫に薬売りは一つの祈りを見た。




「くだらん」

 周囲には数限りない人形の群れ、可愛らしいぬいぐるみから、鉄で出来たような材質のもの、護謨のような質感の存在も見受けられる。
 人形相手の人形劇、これまで読みに読み切った流れで未来を演じてきたがここまで予想通りに運ぶと本当に下らないと言うよりない。
 だがおかげで暇は潰れた。

「そろそろ幕を引きにいこうか、出番が終わった役者がいつまでも舞台に立ち続けるのは些か見苦しいからな」

 そうしてジョゼフは椅子の上から重い腰を上げた。





 土蜘蛛 大詰め


「ふはは、ふははははは!」

 シャルルは笑っている、その杖の先からいくつもの氷槍を打ち放ち、まるで昆虫採集の虫のように壁に縫いとめられた蜘蛛を串刺しにしながら。
 楽しげに楽しげに笑っている。
 その姿を見る者たちは一様に顔を蒼くし、その惨劇を見守っている。

「父、さま?」
「なんだい? シャルロット」

 あたりは闇、故に優しく微笑んでいるであろうその貌は誰にも見えない。
 見えないと言うことは“存在”しないのと同じこと。
 それはまるで幽霊か、或いは……

「そこまでにしておけよ、偽物よ」

 闇の奥から朗々と朗々と、響き渡る声。

「シャルルの顔でこれ以上好き勝手するのは、さすがに許せんぞ?」

 魔法のカンテラを右手に持ち、歪んだ王冠を面倒そうに腰に吊るし、赤いマントを翻し地の底から向かってくるその男はジョゼフ。
 無能とうたわれる、ガリアを統べる一人の悲しき王だった。

「馬鹿な、何故お前が此処に!?」

 何故彼がこんな場所にいるのか? その理由は薬売りが知っていた。

「随分と遅かったではないですか」
「無茶を言うな、隠遁先のアルビオンから竜籠を飛ばしに飛ばして挙句虚無の呪文の“加速”まで使ってきた助っ人になんと言う言い草だ」

 そう言ってからジョゼフは大笑した。

「もっとも顔を出す機会を逸したせいで、出番まで随分と暇つぶしをすることになってしまったがな」
「まったくあなたは悪ふざけが過ぎる」
「それが俺だ――仕方あるまい。さて偽物よ、お前の正体見せて貰おうか」

 そう言ってジョゼフは右手のカンテラを突き出した、闇の中に照らし出された真白い顔、端正なその後頭部からは長い長い角が伸びていた。
 ――否、それは足。



 シャァァァァアアア

 にやりと笑ったシャルルを威嚇するように蜘蛛が吠える、その叫びは風となり、シャルルの纏ったマントをはためかせた。
 光に照らし出されたそこにあったのは――顔。

「母、さま……?」

 それは確かにシャルロットの母親の、オルレアン夫人の顔であった。
 もっとも実の子であるタバサまでが一瞬とは言え母と断じきれなかったのは、その憎悪に醜く歪んだ醜悪な表情が原因だった。
 ところどころからははみ出した蜘蛛の足や髪、そして破れた身体から覗く女の顔。
 ずるりと隙間から顔を突き出した彼女は歪んだ顔でタバサを睨みつけ、その八本の腕を伸ばした。

「死ねっ!」

 タバサの首に黒と黄色の毒々しい腕が首に纏わりつき、力の限りに少女の命を奪わんと締め付ける。
 愛した母の裏切り、その事が信じられず、起こった状況に全く理解が追い付かず、タバサは祈るように。

「母、さ…ま……」

 手を、伸ばす。

「父さ、ま……」

 視界の端には蜘蛛、氷で串刺しにされたそのもう一匹の蜘蛛が吠えた。
 ――シャァァァルロットォォォォ

 巨大な蜘蛛の背中、母の顔をした背中が二つに割れる。めきりと肉を引き裂き紫色の体液をまき散らしながら、蜘蛛の胎内よりソレは生まれた。

「ルーを返せ」

 開口一番ソレが言ったのはその言葉。
 紫の血で汚れた人形はその身の丈ほどもある剣を右手に持ち、黒いボタンで出来た二つの眼でまっすぐにタバサを見つめていた。
 その人形の名前もまた『タバサ』
 一人の母親が、一人の娘へと贈った、一つの祈りが込められた人の形をした想いの形。
 人形は一足飛びにタバサへと駆け寄ると、その首に絡みついた蜘蛛の足と両断した。
 痛みに叫び声を上げる女郎蜘蛛へ向かって、人形は言った。

「あの娘はお前の妻なのか?悪い竜はイーヴァルディに問いかけます」

 パンパンに肉を詰め込んだ人形の手足が伸びる、子供が大人になる姿を早回しで見るかのように、タバサと名付けられた人形は一体の屈強な剣士へと姿を変えていた。
 あたかも、自身が語る“イーヴァルディの勇者”の主人公のように。
 呆然と薬売りはつぶやいた。

「これは、土蜘蛛――なのか?」

 それがもう一匹のモノノ怪の形、この屋敷を襲った怪異の形だった。

「違う」

 人形は、いや土蜘蛛は薬売りに一つのロケットを手渡した。
 受け取った薬売りはそのロケットを開く、職人の手によって細やかな細工が施されたそのロケットの奥には、三人の家族が仲睦まじく笑いあうと言う構図の肖像画がはまっていた。
 だがその肖像画からはシャルルが抱き上げている幼いシャルロットの顔が、爪らしき傷によって偏執的なまでの執拗さで削り取られている。
 おぞましさを誘う異様な光景。

「これは……」
「女郎蜘蛛の、理」


 かちん

 微かだが、確かに。薬売りはその言葉を聞いた。

「なんの関係もない。ただ、立ち寄った村で、パンを食べさせてくれただけだ」

 そう言って再びイーヴァルディの勇者の一節を高々と読み上げると、土蜘蛛は女郎蜘蛛へと向かっていく。

「これが理なら、真は……」
「エルフの薬か」

 かちん

 ジョゼフの言葉に答えたのは退魔の剣。
 それがジョゼフの推察が正しいことを告げていた。

「あれは、人の心の有様を裏返す薬だった」
「愛を憎悪に、憎悪を愛に、心の有様はそっくりとひっくり返す毒」
「そうだ俺は、シャルルから家族からの想いを奪ってやろうと……」

「それでぼくは命を賭けるんだ!」

 高々と告げる言葉は風車に挑むドン・キホーテの如く。
 まるで与えられた劇の台本をなぞるように土蜘蛛は地を蹴った。
 女郎蜘蛛はそれを迎えるように五本になってしまった毛だらけの腕を広げる。
「愛してる、愛してるわシャルル!」
 そう言いながら体液を零す女郎蜘蛛に向かって土蜘蛛も突進し、その身体を串刺しにされながらも蜘蛛の顔へと剣を突き立てた。
 その剣の煌めきに、薬売りは一瞬忘我する。



 束の間の白昼夢、そこで出会ったのは若い一組の蒼い髪の夫婦だった。
 二人はラグドリアン湖を望む小高い丘の上で、草の絨毯に腰を下ろし、穏やかな午後の時間を楽しんでいた。
『もうあなたったら、私のお腹に夢中なんだから』
『しょうがないさ、子供が可愛くない親なんていないんだもの』
『まるで子供みたい、名前はもう決めてあるのよね?』
『ああ、男の子だったらタバサ、女の子だったらシャルロットにしようと思う』
『そう、じゃあ片方の名前をこのお人形に貰っていいかしら?』
『それはいいけど、何故?』
『だって守ってくれそうでしょう? 大切な私たちの子供を』
『そうだね、あーあほんと早く生まれて来ないかな、可愛い可愛いぼくらのあかちゃん』
『ふふ、けれど妬けちゃうわね。我が子ながらあなたにそれほどまで愛されているなんて』

『もし自分の子じゃなかったら、嫉妬で縊り殺しちゃうかもしれないわね』

「これ、は……」
 一瞬で場面は変わり、暗く狭い暗黒の空間のなか一人の青年が薬売りの前に立っている。
『これが、土蜘蛛の真』
 必要なんだろう? そう言って青年は薬売りの右手の剣を指差した。
『斬ってくれ、彼女と一緒に』
 疲れ果てた声に薬売りはゆっくりと瞼を閉じ、そして見開いた。
「承知!」
 薬売りは退魔の剣の柄に手をかけ、
「ならば解き!」
 引き、
「放つ!」
 抜いた!

 ――とぉぉきぃぃはなぁぁぁぁぁあああああつ





 絡新婦――大詰め


「これじゃない、これでもない」
 ジョゼフは片っぱしからオルレアンの屋敷をひっくり返していた。
「これも違う――お、これか?」
 さんざん散らかした末に寝台の下に奇妙な鍵穴を発見、ロケットからこぼれ出た鍵を差し込んで回すとかちりと音を立てて鍵ははずれた。
 出てきたのは一冊の日記帳だ。
「ええとなになに、愛しいシャルロット……」



 愛しいシャルロット、もしあなたがこれを読んでいると云うことはもう母はこの世にはいないでしょう。
 それが自殺か、あなたの手によってかはわかりませんが、しかしせめて母として最後の矜持してあなたに罪の意識を残したくありません。
 ですからこの言葉を残しておきます。
 すべてのことの始まり、と言っていいかは分かりませんが元凶とでも言うべきものがいるとするならば――それはおそらく私でしょう。
 貴女が私の体に宿ったとき私は喜ぶと同時に思ったのです。
 ――あの人の愛が私以外に注がれるなど我慢できない。
 勿論くだらない嫉妬です、ですがそのおぞましい感情は日に日に私のなかで大きくなっていきました。
 少しでも気を許せば“母”ではなく”女”として行動してしまいそうになるほどに。
 だからせめてあの人とあなたの前でだけは、必至で良き母たろうと己の心を押し殺してきました。
 汚い心は夜な夜な地下室に押し込めて、あなたの姿をしたスキルニルをバラバラにすることでなんとか心の平衡を保っていたのです。
 それが崩れたのはあの毒を呷った日から。
 狂った憎悪はずっとあなたに与えてあげたかった愛情に、欠片ほどあった親愛はいたずらな悪意に。
 人の心を裏返すの毒の力を借りて初めて、私はあなたの母となることが出来たのですが。
 ですが時間がありません、もしこの薬の効果が切れれば私はきっとあなたにひどいことをしてしまいます。
 狂気に満ちた愛と憎悪の捌け口にしてしまいます。
 そんなことは耐えられません、だから――私は毒を呷ります。
 地下室に隠してあったあなたを狂わすための蜘蛛の毒、愚かな女が用意してしまった過ちをこの肉体で償いましょう。
 ああ、あの毒を飲んで初めてわかりました。
 母は確かにあなたを嫉妬し憎悪していましたが、それと同じくらい愛してもいたのです。
 ――だって毒によって狂っている今ですら、貴女が泣きじゃくる姿を想像すると楽しくてしょうがないのですから。



 最後のページを読み終えたタバサはゆっくりとその日記帳を閉じた。

「彼女がこれほどの闇を抱えていたとはな……」

 沈鬱にジョゼフは言った。

「まったくあいつも罪な男だ」

 そう言ってジョゼフは空を見上げた、今頃天国でにゃんにゃんやっているのだろうか? そう考えると無性に腹が立つ。

「そう思わないか? シャルロット――シャルロット?」
「嘘、こんなのは嘘、嘘、うそ、うそうそうそうそうそうそ」
「おい、シャルロット!?」

 机の上に置いてあった天秤がゆっくりと傾いて行く、これは不味い兆候だとジョゼフは思ったが、しかしどうすればいいか全く分からない。

「うそうそう――痛っ!?」

 その言葉が止まったのは二匹の蜘蛛ががりりとタバサの手を咬んだから。
 タバサが見つめる前で二匹の蜘蛛は揃って天井裏へと消えていった。

「全く、夫婦喧嘩は犬も食わないと言うのに」
「犬は食わなくてもシルフィなら食べるのね、どんと来いなのねきゅい!」

 そのはるか頭上で溜息をつく薬売りが、一人。
 見下ろせば溢れたラグドリアンの湖が形作る巨大な一匹の蜘蛛。
 それがもそりと体を揺らし、オルレアンの屋敷に手を伸ばした。

「全く、面倒くさい」

 その肩には二匹の蜘蛛が身を寄せ合って座っている。
 仲睦まじく、まるで本当の風のように



 モノノ怪『絡新婦』  了




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