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ゼロの氷竜-03


ゼロの氷竜 三話

日が傾き、夕闇の迫るトリステイン魔法学院。
学院に戻ってすぐ使い魔との付き合い方、使い魔のしつけ方について注意を受けたルイズのクラスメイトたちは、思い思いの場所、思い思いの形で使い魔との時間を過ごしていた。
主とさして変わらない大きさのモグラに、青銅のゴーレムで掘り出したミミズを与える金髪の少年。
捕らえたネズミを風で巻き上げ、フクロウに与える丸みを帯びた少年。
水たまりのような池で泳ぐカエルを、どこか引きつった表情で見ている金髪の少女。
空色の髪の少女は日陰で丸くなる青い竜にもたれながら本を読んでいる。
赤毛の少女は小さな炎を生み出しては、燃えさかる尾を持つ巨大なトカゲに食べさせている。
だがその表情はどこか上の空だ。
学院から出るまでと戻ってきてからの髪の薄さが違ったように見える教師は、生徒たちが使い魔と仲良くしているのを微笑ましく見ながら、時折儀式を行った草原の方を眺めている。

ところ変わって学院の厨房では夕食の時間が迫り、戦争が始まっていた。
「下拵えは!?」
「あと少しです!」
「馬鹿野郎!! その虫食いはまかない用だ、戻しとけ!!」
「スープ大丈夫です!!」
「オーブンの準備は!?」
「鳥でも豚でも問題ありません!!」
「よーし、頃合いだ!! スープから盛って出していけ!!」
「わかりました!!」
数十人がせわしなく動き回り、怒号が飛び交う戦場の中、憂いを含んだ表情を浮かべる一人のメイドがいた。
メイドの名前はシエスタ、使い魔召喚の実技から一人だけ戻らないルイズとはいささかの関わりがある。

時はさかのぼり、ルイズの入学から二ヶ月ほど経っていたある日、夜風に当たろうと外に出たシエスタは馬小屋の陰、月の光の当たらないそこからすすり泣く声を聞いた。
顔を覗きたくなる衝動に耐え、シエスタはそっとそこから離れようとした。しかし足下の小枝に気付かず、それを踏み折る音を泣き声の主に聞かれてしまう。
「誰!?」
「あ、いえ、動かないでください」
シエスタの声に、月明かりの元に出て行こうとした泣き声の主が止まる。
「あの、私はあなたが誰かわかっていません。あなたも、私が誰かわかっていないと思います」
その言葉に、泣き声の主は再び馬小屋の陰に戻る。
「私にはたくさん家族がいます。だから、実家にいたでは時々誰かの泣き声を聞きましたし、私も夜にこっそり泣いたこともあります」
馬小屋の陰からは何の言葉もない。
シエスタは自らの言葉を継ぐ。
「だから、そういうときには誰かに見られたくないって気持ちになります。だけど」
「だけど?」
小さなつぶやきだった。
シエスタは口元に笑みを浮かべる。
「だけど聞かれたくないと思いながら、誰かに聞いてほしいとも思うんです。多分、少し気持ちが楽になると思うんです」
シエスタの、誰かに話しかけるような、どこか独り言のような言葉は、馬小屋の陰にいる誰かにも届いていた。
「でも、誰に話したかわかってしまったら、その人と次に会ったときにとても恥ずかしくなったりすると思うんです」
互いが誰か、知らない方がいい。
シエスタが言外に込めたメッセージは、正しくその言葉を聞いた誰かに伝わったようだった。





「私の」
小さな声はそっと話し始める。
「私のうちはとても大きいの。そしてお父様もお母様も、とても立派な方たち。……厳しいけれど」
最後の言葉に、シエスタは音に出さずに口元をほころばせる。
「私は小さな頃からずっと教育を受けてきたわ。二人のお姉様は、二人ともその教育に恥じなかった。だからお父様とお母様の子供であるなら、それは絶対にできるはずのことだった」
小さな声が、さらにトーンを落とす。
「でも私はそれができなかった。学院に来れば、できるかも知れないと思っていた。いいえ、できないわけはないと思っていた。でも、それからもう二ヶ月が経ったわ」
シエスタは声の主に見当がついていた。
いつもどこか不機嫌そうに学院を闊歩し、時折クラスメイトに野次を飛ばされている。
自分たちメイドや料理人が何かミスをしたときには、烈火のように怒り始めるため、シエスタの仲間内の評判はあまりよろしくない。
「今でも、私はそれができることを信じてる。信じてるの」
言葉尻に、小さな嗚咽が混じった。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
国政も左右するといわれる名門、ヴァリエール公爵家に生まれながら魔法を使うことができない。
口さがない一部の同僚や学院の生徒は魔法が使えない『ゼロ』とまでいっている。
「お、お父様やお母様もはじめは励ましてくれた。姉様たちに比べて少し時間がかかるだけだって。ちょっとコツをつかむのが遅いだけだって」
少ししゃくり上げながら、言葉は続く。
「でもそのうちお父様もお母様も励ましてはくれなくなった。少し悲しそうに、でも私を安心させるために笑顔を浮かべるだけになった」
シエスタ自身、メイジに対する鬱屈した感情はあったため、ルイズに好意的だったわけではない。
だがその言葉を聞き、様々なこと、学院の先生方に熱心に質問をしていたり、森の中でこっそり魔法の練習をしていたり、『ゼロ』が、という前置きをしながら同僚が教えてくれた、日付が変わるまで図書室にこもっていたことなどを思い返せば、シエスタのわだかまりは霜が日を浴びたように溶けていく。
「わ、わたし、私は」
感情があふれてしまったのだろう。
声はとぎれとぎれになり、やがて押し殺したような泣き声が聞こえた。





「私は昔、失敗をしてばかりでした」
シエスタは我知らず話を始めた自分に少し驚いた。
「何度も同じ失敗を繰り返して、偉い人たちに怒られ続けました」
だがその言葉によどみはない。
「時には手で打たれたり、鞭で打たれたりしました」
嗚咽の声は小さくなっていた。
シエスタの話は続く。
「でも、ある人が言ってくれたんです。お前みたいに不器用なやつは見たことがない。ただ、お前みたいにひたむきなやつも見たことがない」
やがて嗚咽は聞こえなくなっていた。
「俺も昔は失敗ばかりしていた。だが、ある人が言ってくれた。失敗もしないやつに何ができる、とな。誰でも失敗するもんだ。だがそれでくじけていたら何もできなくなる。特に、お前みたいに不器用なやつは」
シエスタはその言葉を思い返しながら、空に浮かぶ二つの月へ視線を投げる。
確か、あの夜もこんな風に二つの月が見えていた、と思いながら。
「それを聞いたとき、その人は肩の力が抜けたっていってました。私も、それを聞いたときに自分の肩が少し軽くなったような気がしたんです」
シエスタは昔を思い出し、少しにじんでいた視界をその手でぬぐう。
「私とあなたが一緒かどうかはわかりません。でも、あきらめたらおしまいですよ?」
学院の外、森を抜けた風が学院へ入る。
ささやき声のように足下の草を揺らし、風は吹き抜けていく。
ふっと息を吐き、シエスタは馬小屋にもたれながら座り込んだ。
泣き声も、嗚咽も聞こえなくなっていた。
どこか気持ちのよい静寂に、シエスタはそっと目を閉じる。
しばらくして、草を踏みしめる音が聞こえた。
シエスタは聞き耳を立て、足音が離れてしばらくしたら、私も部屋へ戻ろう、と考えた。
不意に、月明かりが遮られる。
驚いたシエスタが見たのは、月明かりに照らされる桃色がかった金色の髪。
逆光で表情がいまいち判然としないが、目元にはこすったような跡がついていた。
よもや姿を見せるとは思っていなかったシエスタが何も言えずにいると、目の前の人物が怒ったような表情を浮かべ始める。
平民であるシエスタは、貴族の怒りというものをよく知っている。
よく知っているがため、シエスタの顔は青みを帯び、その口はかすかに震え始める。
「あなたの名前は?」
ルイズの言葉に、シエスタは答えを返すことができない。
「耳が聞こえない訳じゃないでしょ。名前は?」
わずかに、ルイズの顔が紅潮している。
「は、はい! あ、あの、シ、シエスタと申します」
震える声で答えたシエスタを見ながら、ルイズは視線をさまよわせる。
なんであんなことを言っちゃったんだろう、謝って離れれば良かったのに。
シエスタの頭の中は後悔だけが広がっていた。
「あ、あの、あのね」
「は、はい!」





「あの、……ありがとう」
耳どころか首筋まで真っ赤に染めながら、礼の言葉を口にしたルイズに、シエスタは何の反応もすることができなかった。
思考が止まってしまったシエスタを尻目に、ものすごい恥ずかしさを感じていたルイズは慌てるように自らの言葉を継ぐ。
「で、でも勘違いしたら駄目よ!? 貴族にこんなこといわれたからって調子に乗ったらひどい目に遭うんだから!!」
自分の励ましに対し、礼を言われた。という極々単純なことを、シエスタはようやく飲み込めた。
そして焦りながら言葉を重ねるルイズの、言葉とは裏腹なシエスタへの気遣いに、胸が温かくなるのを感じた。
「はい。差し出がましいことを言いまして申し訳ありませんでした」
謝罪の言葉を口にしながら優しく微笑むシエスタに、ルイズは改めて礼を口にした。
「ありがとう、シエスタ」
二つの月だけが、二人の少女の微笑みを見ていた。
その日から、ルイズは学院の使用人たちに対し、ほんの少しだけ優しくなった。
その変化に気付いた使用人は一人だけだったが。
そしてルイズは、時折シエスタと話をするようになる。
学院の中でルイズの笑顔が現れたことに気付いた人間は、とても少ない。
その笑顔を受けるシエスタ。
ルイズを仇敵と称しながら、どこか暖かい視線で見つめるキュルケ。
言葉少なく、何を考えているかわからないといわれながら、鋭い観察眼を持つタバサ。
授業にとどまらない真面目さを持ちながら、成果を伴うことができないルイズを心配するコルベール。
そして学院の様々な場所を学院長としての責務と、ほんの僅かの、……僅かの、……多少の、……ある程度の、……半分程度の趣味を含みながら学院内を見回っているオスマン。
時は使い魔召喚儀式の前日に進む。
使い魔が召喚できなければ、進級ができなくなる。
その話を仲間から聞いたシエスタは、夜こっそりと学院寮に向かう。





緊張で眠りにつくのが遅くなっていたルイズは、小さなノックの音に気付く。
「誰?」
少しとげのある誰何の言葉に、扉の向こうからは返事がない。
すっと息を吸い、言葉を叩きつけようとしたルイズははたと気付く。
「……シエスタ?」
沈黙が、肯定を表しているように思えた。
「あ、あの……」
話し始めようとしたシエスタは、何の言葉も用意していなかったことに気付く。
床を見て、扉を見て、廊下の先を見て、また扉を見る。
「が!」
瞬間的に大きな声が出てしまい、声を出した本人と、声を聞いた人間は同時に驚く。
一泊の沈黙があり、シエスタは小さな声で一言だけを伝える。
「頑張ってください」
すっと緊張が解けたことを感じ、ルイズは同じような小さな声を扉の向こうに投げた。
「……ありがとう」
互いの姿が見えない二人の少女は、それでも互いが同じように微笑んでいることを確信していた。
メイドとしての教育の成果で、足音を立てずに寮を後にするシエスタ。
緊張が解けたことで睡魔にあらがうことができなくなったルイズ。
それは使い魔召喚儀式の成功を暗示しているように思えた。だが今、シエスタは不安げな表情を隠すことができない。
ルイズのクラスメイトは全員戻っているにも関わらず、ルイズの姿がなかったからだ。
昼食の直後、安全のために開けた草原へと出かけるルイズたちの姿を見送ったシエスタは、午後のお茶の時間頃に戻った生徒たちの中に桃色がかった金色の髪を持つ少女の姿がないことに気付いた。
だが、シエスタはルイズが他の生徒よりも時間がかかるのではないか、とも思っていた。
だからすぐに心配をすることはなかった。しかし空が朱に染まり、夕闇が迫ってもルイズは戻らない。
軽い焦燥が、深刻な憂いに替わるには十分な時間だった。
普段と違うシエスタの姿に、仲間たちは声をかけることをためらう。
だが、
「シエスタ!!」
「はい!?」
「仕事だ」
厨房を預かる料理長、マルトーが声をかける。
声が大きく、手の早い彼が、実は非常に優しい人間であることを、かつて励まされた経験を持つシエスタは知っている。
「……はい!」
視線だけでマルトーが心配していることに気付いたシエスタは、笑いながら元気に返事をした。
そう、大丈夫。
あの人はきっと立派に使い魔を召喚している。
食堂へスープを運び始めたシエスタは、その後ルイズから歓喜に満ちた報告を聞くことになる。
だがその場には二人と一匹ではなく、三人の人間がいることを、シエスタはまだ知る由もない。


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