あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロの氷竜-01


顔をしかめるような強い風ではなく、まどろみを誘うようなたおやかな風が吹いていた。
波立つ青々とした草原の上、中空に浮かんだ巨大な鏡。
傍らで唖然と口を開いた、頭髪のさびしい教師よりもはるかに大きな鏡。
木陰で本を広げていた、空色の髪の少女。その傍らに寄り添う風竜を飲み込むのにも十分すぎる大きさの鏡。
その大きな鏡から、白銀の鱗に覆われた、一本の巨大な足だけが突き出ていた。





ゼロの氷竜 一話





ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、同級生からゼロのルイズと揶揄される彼女は混乱していた。
春の使い魔召喚の儀式、その開始とほぼ同時に風竜を呼び出した空色の髪の少女を、ルイズは羨ましいと思った。
無論、意地っ張りと題をつけられるような彼女がその言葉を口にすることはなかったが。
心のどこかでかすかに無駄と思いつつも、
……風竜以上の立派な使い魔を!
と力を込めて振るった杖から飛び出すのは、今までと寸分の変化もない轟音と爆発。
ルイズの目線の先、かつて青々とした草原であったそれは、岩と土の荒地と化していた。
「ミス・ヴァリエール」
そう声をかけた頭頂部が涼やかな教師は、差し迫った時間を理由に召喚の打ち切りを告げた。
だがルイズは歯を食いしばりながら、同級生の野次と嘲笑に耐えながら食い下がる。
出来の悪い、しかし真面目で努力家の少女の願いを、煌めく頭部の教師はあと一度だけという条件でかなえた。
精神的に幼い同級生の言葉に傷つき、涙をこらえるためにひびが入るほどに歯を食いしばり、一人の少女は、骨が折れるほどの勢いで、自らの持つ魔力を使い尽くしても構わないという覚悟で、渾身の力を込めて、その杖を振るった。
ルイズは爆音が聞こえなかったことに小さな喜びを覚え、次の瞬間、爆発と轟音にも似た衝撃に目を開いた。
そして見開いた目に飛び込んできた景色は、巨大な鏡からそびえる、鋭い鉤爪を持った一本の巨大な足だった。
半瞬の忘我。
自らの頬に手をやり、つねった痛みに顔をしかめる。
その瞬間、鏡が轟音とともに砕け、思わず顔を背けたルイズが再び鏡のあった場所へ視線を投げると、そこには白銀の鱗を持つ、巨大な竜がその巨躯を横たえていた。
はらはらと少ない髪の毛をはためかせ、呆然と口を開いた教師に目をやる。
口を開いてはいなかったが、これ以上なく目を見開いた赤毛で胸の大きな仇敵の顔を確かめる。
表情の少ない主に代わって口をあんぐりと空けた風竜と、表情の変化が見られない空色の髪の少女を眺めた。
程度の低い野次を飛ばしていた同級生たちも、舌をなくしたかのように声を発しない。
数度の深呼吸程度の時が過ぎる。
あまりのことに使い魔召喚に続く、契約の儀式を忘れていたルイズを尻目に、竜の首が持ち上がる。
開かれた双眸に見据えられたルイズは、不思議と恐怖を感じなかった。
たとえじゃれ付く程度の行為だったとしても、人間の命を奪うに余りあるであろう存在。
魔法学院の長であるオールド・オスマンですら、対しえないであろう強大な魔獣。
だが、その瞳は静謐な水面を思わせた。
まともに魔法を使うことも出来ない自分の召喚に、なぜこれほど巨大で美しい幻獣が応えてくれたのか、ルイズの思考が内側へ向きかけた瞬間、目前の竜が声を発した。





ブラムド、かつて彼が住んでいたロードスという島では五色の竜の一体、氷竜と呼ばれた彼は混乱していた。
休眠期に入っていた彼は、まどろみの中でどこかからか呼ぶ声を聞いた気がした。
しかし彼はかつて自らを使役していた魔術師により、一つの宝物に縛り付けられていた。
太守の秘宝の一つ、真実の鏡と呼ばれるそれは、どれだけの距離が離れた場所でも映し出し、人を映せばその心すら暴くとされた。
魔術師が滅ぼされ、その王国もなくなったが、彼はその秘宝に縛り付けられたままだった。
人間にしてみれば巨万の富を抱えた彼を、宝や名声のために狙うものは絶えず、彼は時に追い払い、時に焼き尽くし、時に噛み砕いた。
自らの望みもしない殺戮を、強大な竜である彼に強要するほど、秘宝に込められた呪縛は強く、無慈悲なものだった。
だから今彼が睥睨する小さなものたちに対し、警告をしなければならなかった。
殺戮を、避けるために。
「小さき者たち」
下位古代語、かつて彼を縛り付けていた魔術師たちが日常会話として使っていた言葉。
だがその呼びかけに対し、眼下の小さな者たちは言葉を返そうとしない。
仕方なしに、ブラムドは呪文を唱え始める。
魔術師たちの中で唯一、友とも呼べた魔術師から教わった魔法のうちの一つ、自らの知らぬ言葉を理解するという魔法を。
『言語理解(タング)』
敵意や害意は感じられなかった。
剣や杖、弓矢の類をこちらに向けているわけではなく、それどころか自分がここにいることそれ自体に驚いている様子だった。
わずかな不思議さを覚えながら、ブラムドは再び呼びかける。
「小さき者たち」





「しゃべった!?」
韻竜、それもこれほどまでに巨大な。
無論、衝撃を受けたのはルイズだけではない。
傍らの教師も、同級生たちも、その場にいる全ての人間が、そしてすでに契約を済ませていた一部の使い魔たちが受けた衝撃は、あまりにも大きすぎた。
「しゃべることがそれほど不思議か」
かすかに、ほんのかすかに、竜の声に笑うような響きが込められた。
そしてブラムドは確信する。彼らは盗賊ではないだろう、と。
そう確信した瞬間、休眠期で緩んでいた脳細胞が急激な活動を開始する。
なぜこれほど大人数の人間が近づくのを感知できなかった?
なぜ巣穴で寝ていたはずの自分が太陽の下、草原の中にいる?
首を回した瞬間、かたわらにあったはずの宝物の山が、自らを縛りつけ続けていた太守の秘宝が、真実の鏡が存在していなかった。
その事実が理解できなかった。
それから離れることも、それを壊すことも、それを燃やすことも、その身に走る激痛のために何もできなかった。
どれだけの日々、どれだけの年月を経ようとその魔力を衰えさせることなく、自らを縛り付けていた呪縛の鎖が、不意に掻き消えた。
我知らず、ブラムドはその翼をはためかせた。
ルイズやその場にいた人間たちが突風に顔をしかめると同時に、ブラムドの体は宙へと浮き上がる。
長年の癖からか、ブラムドの上昇速度は緩やかなものだった。しかし、堪えきれない歓喜が、翼に強い力を与える。
やがて竜の目をもってしても人間の顔が判別できなくなった頃、ブラムドの体は雲を貫く。
高空を滑る強い風の流れに翼を立て、更なる高空へと舞い上がる。
眼下を見下ろせば懐かしい白竜山も帰らずの森も見えず、それどころかロードス島やマーモ島も存在しない。
彼方には海が見えるが、一方は大地が続いている。
そしてその場から海の果てまで飛び去ろうと考えても、忌々しい激痛に身を焼かれることもない。
呪縛から解き放たれた。
そのたった一つの出来事、だが人間の一生よりも長い時間、縛り付けられていたブラムドにとって、そのたった一つの出来事が何よりも喜ばしかった。
トリステインの上空に、歓喜の咆哮が響き渡る。
その声に気付いたものは少なかったが、トリステイン魔法学院の学院長、オールド・オスマンはその少数の一人だった。
はっきりと聞こえたわけではない。だが、長い時を生きた偉大なるメイジは、神託に導かれたように、召喚の儀式が行われている草原へと向かう。





時間は少し巻き戻る。
ブラムドが起こした風が収まった瞬間、ルイズの目の前には自らの爆発で穴の開いた草原だけがあった。
当然、それを見たのはルイズだけではない。
同級生の一人がこらえ切れなかったように笑い出す。
「あっははははははは!! ルイズのやつ使い魔に逃げられたぞ!?」
丸みを帯びた体の同級生がそう叫んだ瞬間、その場にいた三人を除いた全ての人間が笑い出す。
自分に向けられた笑い声を、ルイズは気付いていなかった。
あまりの出来事に、瑣末なことに心を砕く余裕がなかった。
眉間に皺を寄せ、うっすらと目に涙を浮かべ、ただ呆然と立ち尽くしていた。
赤い髪の少女は心配そうにルイズを見ながらも声をかけることができず、空色の髪の少女は開いていた本をたたみながらもやはり声をかけることはできない。
髪の色が判然としない教師はルイズの様子に心を奪われ、生徒たちの罵声や笑い声を抑えることを考えられなかった。
やがてルイズの方が小さく震え始めた瞬間、彼女を巨大な影が覆った。
天空を見上げるルイズの目に飛び込んできたのは、恐ろしい速さで舞い降りる巨大な竜の姿だった。
半ばまで翼をたたみ、その体が地上に落ちるに任せたブラムドは、先ほど目の前に立っていた桃色の髪の少女の前を目指して落ちていった。





『落下制御(フォーリングコントロール)』
魔法によって落下速度を制御したブラムドは、翼を動かすことなく、再び突風を起こすことなく、そよ風とともにルイズの目前に降り立った。
その不可思議な光景に、人間たちは息を呑んだ。
「人の子よ、名はなんと言う」
辺りに響き渡るような大きな、だが優しげな声だった。その声に導かれたルイズの返事は、かすかに震えていた。
だがそれは恐怖ではない別の理由からだった。
「ルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」
「長いな」
わずかに、人間であれば眉根に皺を寄せるような響きが、竜の声に混じる。
「まぁよい。我が名はブラムド。氷竜ブラムド。ここは我の知る大地とは違う場所のようだ。我をこの地へと呼び出したのは、ルイズ、汝か?」
普段であれば、
「ええそうよ!! あなたをここへ召喚したのはこの私!! だからあなたを私の使い魔にしてあげる!!」
といいかねない気の強さをもつルイズだったが、努力の末に呼び出した使い魔に逃げられたのかと勘違いし、周りの様子にも気付けないほど打ちのめされていたためか、異常なほど素直だった。
「ええ、私があなたを呼び出したの」
「目的は?」
「使い魔にするために」
その素直すぎる言葉に、残り少ない髪の毛を真っ白にするほど衝撃を受けた教師、コルベールがいた。
……言葉を理解するような頭のいい魔獣が、それも先ほどからの不可解な現象を考えるに魔法を使うほどの強大な魔獣に、服従を強制する契約をする前にそんなことを話してしまって、もし暴れだしでもしたらどうするつもりなのですかぁ!!
……死ぬ。死んでしまう。
……いや私一人が死ぬだけならまだしも、全ての生徒たちの命が……
「使い魔?」
「ええ」
「それは我を騎馬のように乗りまわし、戦場へ連れ出したりというようなものか?」
「いいえ、今のところこのトリステインはどこの国とも戦争はしていないから、戦場に連れ出すことはないとは思うけれど」
話すうちに、ルイズはもしかしてこの竜が私の使い魔になってくれるのでは、という希望を感じ始めていた。
「いつまでだ?」
「私かあなたのどちらかが……死ぬまで……」
しかしその希望は打ち砕かれたように思えた。少なくともルイズには。
不意にブラムドの問いかけはなくなり、その場を、その空間を沈黙が支配する。
当然だ。
ルイズは得心する。
これほどまでに強大な存在が、自分などに付き従うはずもない。
私は落第し、実家に連れ戻される。
いや、このドラゴンに食べられてしまうのかもしれない。
それもいいかもしれない。
身の程もわきまえずに、こんなことをしでかしてしまったのだから。





絶望に支配されるルイズを尻目に、ブラムドは喉の奥から笑い声をもらし始める。
「ふっ…………ふっ……ふっふふふふふふふ……」
ルイズが顔を上げる。
「ふはははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」
ブラムドの笑い声は止まらない。
いつまでも止まらない。
ブラムドの声に驚いた生徒たちも、その声が笑い声だということがわかると得心のいかぬ風に顔を見合わせる。
ルイズが数度の呼吸を繰り返しても、笑い声は響き続ける。
その肺の大きさが人間と違いすぎるとはいえ、そんなことを今のルイズが気付くはずもない。
それゆえに、ふつふつと、怒りがこみ上げる。
笑われているわけではないと心のどこかで気付きながらも、死を覚悟したほどの絶望を笑われているように思え、普段のままにその怒りを爆発させる。
「ちょっと何よ!?」
ルイズとブラムドを交互に見ていたコルベールは、かすかな髪の毛を逆立てんばかりに驚く。
「そんなに馬鹿笑いすることはないじゃない!!」
赤毛の少女、キュルケは驚きに目を見張りながらも、自らの宿敵にかすかな微笑を送った。
「それは私みたいなメイジがあなたみたいな立派な竜を呼び出したなんて奇跡みたいなものだろうけど!!」
空色の髪の少女、タバサは手に持っていた本の存在を忘れかけた。
「それでもそんなに馬鹿にされるいわれはないはずよ!?」
髪を振り乱しながら、目に涙を浮かべた少女に、ブラムドは謝罪する。
「……すまなかった。だが別に汝を笑ったわけではないのだ」
「じゃぁなぜ笑っていたの?」
涙目のルイズはブラムドに問いかける。
「ルイズ、お前は望みもしない牢獄に閉じ込められたことはあるか?」
「ないわ」
「そうか」
ブラムドはため息をつくように、過去を思い出すように、その目を空の彼方に向け、自らの言葉を継ぐ。
「我は無形の牢獄に囚われていた。雪が降り、泉や湖が凍り、また溶け出す。そんなことが何度も何度も、数え切れないほどに繰り返される膨大な時間をだ」
ルイズには想像もつかない、ただひどいことだと感じられるだけだ。
幼いころに父や母に叱られ、部屋に閉じ込められたことなど基準にすらならないだろう。
我知らず、ルイズは自らの体を抱きしめる。
ブラムドはルイズの様子を見て、微かに笑いながら話を続ける。
「その牢獄から解き放たれるための方法はただ一つ。我が死ぬことのみ」
その言葉にルイズは驚き、伏せていた顔をブラムドに向けた。
「だが我はその軛から脱した。ルイズ、そなたのおかげであろう」
「で、でも私は、あなたをその牢獄から解き放つために呼び出した訳じゃないわ。どちらかといえば新しい牢獄に招待したようなものじゃないの?」
中途半端、というものは時に悲劇を生む。
たった今、ルイズが中途半端に回した頭から出た言葉を、そのままその口から繰り出したように。
コルベールの顔は、もはや蒼白を通り越している。
おそらく複数の毛根が、衝撃で死滅しているだろう。
だがブラムドの声音は変わることはなく、むしろ楽しげな響きさえ含む。
「我はルイズ、汝の母の母、そしてその母の母が生まれるよりも遥かな以前より生きている。その我が、いまさら一人の人間の生涯に付き合う程度の時間を忌むものか。何より、汝ら人間が生まれ出で、死に行くよりも長い時を、我は無形の牢獄に囚われ続けていた。そこから開放してくれた汝の守護者たるを、我が断るとでも思うか?」





ルイズはブラムドを懐疑していたわけではないが、自らの能力に対しての懐疑は存在した。
本名ではないものの、国内外にその名を轟かせた自らの母や、王立魔法研究所の所員にまでなった姉の指導を受け続け、魔法学院に入学してからも爆発という結果から逃れ得なかったために。
故に自らが召喚したことが事実であったとしても、まさか、という思いから抜け出すことができなかった。
だが、自らの守護者に、つまり使い魔になってくれるという言葉を聞いて、さらに疑いを深めるほどにルイズは鬱屈してはいなかった。
それは彼女の資質であるのか、それとも両親や二人の姉の躾や教育の賜物なのか定かではないが、たとえ魔法を使えずとも誇り高い貴族たらんとした彼女に与えられた、確かな、そして偉大な成果といえただろう。
先刻とは種類の違う涙を目に浮かべながら、ルイズは契約を完了させるためにブラムドへと呼びかける。
「ありがとうブラムド。では使い魔の契約をするわ。首を下ろして」
ルイズは生涯で二度目の、確かな魔法の成果を手に入れようとする。
コルベールはその成果に微笑を浮かべ、キュルケはどこか満足げに口の端を上げ、タバサは改めて本を開いた。ちなみにタバサのかたわらの風竜は、いまだに忘我したままだ。
同級生たちが息を呑んで推移を見守る中、ルイズの呪文が風に乗る。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ……」
頭を垂れるブラムドに、ルイズは天への祈りを捧げるように口付けた。
ブラムドの左前足の甲に、使い魔のルーンが刻み込まれる。
ルイズが自らの力で行った、生涯で二度目の成果。爆発ではないそれを確かめるため、コルベールはブラムドへと話しかける。
「ミスタ・コルベール!!」
だがそれをさえぎる声があった。
「オールド・オスマン?」
「ミスタ・コルベール、すまんがミス・ヴァリエールを除く生徒たちを学院まで引率してもらえるかな?」
コルベールは、オスマンのその言葉に異を唱えることはできなかった。
その表情は普段と変わらないが、身にまとう気配が異常なほどに張り詰めていたからだ。
「わ、わかりました。みなさん、それでは学院まで戻ります」
そしてコルベールは学院へと向かう生徒たちを見送り、後ろ髪を引かれるようにオスマンたちの方を振り向き、学院へと飛び去っていった。


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