あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無と狼の牙-20


虚無と狼の牙 第二十話

 魔法学院の庭ははもはや庭ではない。辺りは火と煙がもうもうと立込め、一寸先も見えない。炎に照らし出された巨大な炉のようだ。
 それは焼けつくように熱く、殺伐として耐えられないので、その場にいた使い魔たちでさえへ壁にしがみつき、必死にそこから逃げようとした。まともな人間はこの地獄から逃げ出す。
 どんなに硬い意思でも、いつまでも我慢していられない。今、目の前で生まれた悪魔はGACHIHOMOと名づけられた。神よ、なぜ我等を見捨てたもうたのか――

――モンモランシーの日記より。

「って、モンモランシーあんたなにぶつぶつ言っているのよ。 っていうか、ちょっと、これは一体どういう騒ぎなのよ!」
 モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは目の前の惨状にただ呆然と立ち尽くしていた。
「あ、ルイズ……」
 呆然と立ち尽くしていたモンモランシーは旧友の呼びかけに、うつろな瞳を返した。
「ちょ、あんた、どうしたのよ? っていうか、なんなの、さっきから繰り返えし起こっている爆発は!」
 ルイズは学院の中庭を指差した。あたりにはルイズ以外の野次馬も集まってきている。例のアルビオンのタルブ侵攻があった直後だ。生徒たちはこの異常事態に過敏に反応し、半ばパニックを起こしかけている。
「おい、あれコルベール先生じゃないか!」
 一人の野次馬が大きな声を上げた。
「それにもう一人いるぞ……、って、あれは確かこの間召喚された平民の使い魔!」
 え? とルイズは思った。まさか、なんであの二人が……
 目を凝らして、煙の中を見る。見覚えのある黒服の大男とハゲ頭。その二人がくんずほぐれつ激しい戦いを繰り広げているではないか。
「ちょ、ちょっとモンモランシー! なんで、ウルフウッドとコルベール先生が戦っているのよ!」
「いや、ちょっと、それには諸事情が……」
「はぁ? まぁ、いいわ。事情は全く読み込めないけど、とにかくわたし止めてくる!」
 事情はまったくわからないが、あの二人が絡んでいるとなると、放って置けるわけがない。ルイズは杖を掴むと、煙の渦巻く戦場へと走り出した。
「がんばって、ルイズ。あの二人を止められるのはあんたくらいしかいないわ」
 モンモランシーは走り去るルイズの背中に両手を組んで、懇願するような声を出した。
 煙の中を走っていくと、だんだんと状況が読み取れてきた。黒い煙の中で、ウルフウッドとコルベールが対峙している。
 爆発の原因はコルベールの魔法だ。そして、ウルフウッドはパニッシャーもデルフリンガーも持っていない丸腰の状態で、なんとかコルベールの魔法をかわしている。
「とにかく、止めなきゃ!」
 そうだ、止めないといけない。ルイズは二人の間に走りこんだ。
 ルイズはウルフウッドを見た。ウルフウッドはルイズに向かって、早く逃げろと言うように右手を振っている。なぜか、半泣きだ。
――で、でも止めるって、一体どっちを? どっちを止めればいいのよ!
 ルイズはその場でうろたえた。その時だった。
「ははは、逃げないでくださーい。ウルフウッドたーん♪」
 ……あ、ダメだ。目がイッてるわ。
 迷わずルイズは杖をカエルのような体勢で宙に飛んだコルベールに向けた。
 そして次の瞬間、激しい爆発が起こって、その場に気絶したコルベールが仰向けに転がっていた。


「じょうちゃん、すまん。助かった。いろんな意味で、いろんなものが死ぬところやった……」
 半泣きの表情でウルフウッドはルイズの肩に手を置き、しみじみと礼を言った。
「お礼なんかいいから、一体何が起こったのよ?」
 ルイズは少し頬を赤らめると、ウルフウッドの手を振り払った。そして、ルイズは汚いものを見るような目で、地面にゴキブリのように転がっているコルベールに視線を送る。
「いや、それがワイにもわからへんねん。なんか、突然、こう――」
「突然?」
「ムラムラ、っと来たのか……」
「ムラムラ?」
「太陽の光に当てられて、頭に何かへんなものが湧いたのか……」
「何が湧いたっていうのよ?」
「とにかくや。突然にワイの事が好きやー、言うて襲い掛かってきたんや」
「……帰るわ」
 ルイズは片方の頬を不自然にぴくぴくと引きつらせ、くるりと踵を返した。
「あー、じょうちゃん、ひくな! ひかんといてくれ!」
「……何よ、それ」
「それはワイが訊きたいわ!」
 ウルフウッドが憤然とした様子で叫ぶ。
「あんたら、そんな関係だったの? 前から、仲いいとは思っていたけど」
「だから、ちゃうって! ホンマ突然に人が変わったようにやな!」
「突然人が変わったように、って。……あっ」
 何かを思い出したようにルイズは口をつぐんだ。
「どうしたんや、じょうちゃん」
 ウルフウッドが不思議そうにルイズの顔を覗き込む。
「そういえばモンモランシーの様子がなんかおかしかったわ」
「モンモランシー? あの金髪のじょうちゃんか? そう言えば、コルベールセンセがおかしくなったときに傍におったな……」
 ルイズの頭の中で、一つのストーリーが組み立てられていく。
「ウルフウッド! ちょっと、モンモランシーのところへ行くわよ!」
 ルイズはウルフウッドの手を掴むと、走り出した。
「ちょ、ちょ待て。コルベールセンセはどないすんねん?」
 煙をぷすぷすと上げたまま倒れているコルベールをウルフウッドが指差す。
「なんか、適当にそこらへんにあるロープでぐるぐる巻きにして、どっかに置いておけばいいでしょ! タバサ、お願い!」
 ルイズは走りながら、野次馬でキュルケとその場にいたタバサに声を掛けた。
「なんなのよ、ロクに説明もしないで、ルイズのヤツ。……でもまぁ、うちの学校で、先生を平気で縛り上げられそうなのはあんたくらいしかいないからねぇ。タバサ」
 どこか同情するようなキュルケの声を背中で聞きながら、タバサは黙々と煙を上げてくすぶるコルベールをぐるぐるとロープで縛る。
「……ハゲの簀巻き」
 タバサは、ちょっぴり楽しそうだ。


「ミス・モンモランシー、ご機嫌はいかがかしら?」
「あら、ルイズ。わざわざ私の部屋に尋ねてくるなんて、どういったご用件かしらー?」
 見る人物が見れば、思わず息を呑みそうな美少女二人が開いたドアの前でにこやかに話をしている。遠目から見れば。
「あら、すっとぼける気かしら?」
「おほほ、一体何のことかしら? ルイズ」
「意外だったわ。まさか、あんたの趣味が禿げた中年親父だったなんて。清純そうな顔して、結構趣味はえげつないのねー。まさか、あなたがそんな人だと思わなかったわ。こんな面白いネタ、キュルケたちにも教えないとねー」
「ち、ちょっとルイズ! 何馬鹿なことを言っているのよ!」
「何が馬鹿なことよ。惚れ薬を使ってまで、コルベール先生と恋仲になろうとしたくせに」
「ち、違うわよ! あれはギーシュに……あ」
 慌てて口をつぐんだモンモランシーの肩をルイズとウルフウッドは片方ずつ掴んだ。
「引っかかったわね、モンモランシー」
「ほな、少し『おはなし』しよか、モンモン」
 ウルフウッドとルイズはにやりと笑って、呆然とするモンモランシーの部屋に踏み込んだ。

「しかし、何でもありなんやな。お前ら魔法使いは。まさか、惚れ薬なんていうもんが実在するとは」
 椅子にだらしなく体を預けながら、ウルフウッドが感嘆の声を上げる。
「別に惚れ薬って言っても、そんなたいそうなもんじゃないわよ。効果は永久的に続くものではないし」
 ルイズが口を挟む。
「まぁ、ええわ。で、あの薬はどれくらいで効果が切れんねん? 大体数時間くらいか?」
「まともな惚れ薬って練成がすごく難しいから、そう長時間は持たないの。モンモランシー程度の技術じゃ、せいぜい数時間がいいとこじゃない?」
 このルイズの一言にモンモランシーカチンと来た。
「ふっ、見くびらないで欲しいわね、ルイズ。わたしの二つ名は香水よ? その香水のモンモランシーが最高級の秘薬を使って、細心の注意を払って丹念に合成した惚れ薬よ!
見くびらないで貰いたいわね。一ヶ月は軽く持つわよ! うまくいけば一年くらいいくかも」
「へー、そらすごいなー、モンモン。で、一ヶ月間もワイらはどうしたらええの?」
「……ごめん。反省してるから、その笑いながらそれを突きつけるのやめてくれるかしら」
 怖いくらいの満面の笑みでパニッシャーを突きつけるウルフウッドに、モンモランシーは両手を挙げて、謝った。
 ついついオタッキーな本音が出てしまったモンモランシーだった。
「まぁ、そんなことだろうとは思っていたわよ。何か解毒の薬はないの? まさか、コルベール先生を一年間簀巻きにするわけにはいかないし」
「ないことはないけど、それを作るには、また秘薬が必要なのよ」
 モンモランシーが言いにくそうに話す。
「やったら、その秘薬とやらをまた調達したらええやないけ」
 モンモランシーはあきれ返るようにため息を付いた。
「あのねぇー。そんな風に簡単に調達できないから秘薬なんでしょ。まったく、そんなこともわからないのかしら――って、ごめんなさい。謝る! 謝るから!」
 ウルフウッドは無言でモンモランシーに突きつけたパニッシャーを降ろす。
「簡単に調達できない、っていうことは、がんばればその秘薬は手に入れられるのよね」
「え?」
 ルイズがモンモランシーの前にずいっと身を乗り出した。
「そ、そりゃまぁ、そうだけど……」
「ほな、そこまでひとっ走り行こか」
 ウルフウッドとルイズがモンモランシーの両脇を取る。そして、強引に部屋から引きずっていく。
「ちょ、ちょっと待ってよ。今日は、これから授業がー!」
「大丈夫やて。やって、肝心の授業をする先生が、今簀巻きになって地下室に転がってるし」
「自業自得ね。観念しなさい」
 引きずられていくモンモランシーの悲鳴が女子寮にこだました。
 このとき、彼らの姿を壁の影から盗み見ていた人物の存在に、まだ彼らは気付いていなかった。


 コルベールはぼんやりと床に転がったまま、天井を見ていた。あれから、とりあえずは人目を避けるために、学院の地下室に放り込まれたのである。
 しかし、なんと言うことだろうか。この狂おしいまでの熱い思いをウルフウッドにぶつけなくてはならないというのに、こんなところで寝転がっていて。
 ウルフウッド君は俗に言うツンデレというヤツだから、私の熱い愛のアプローチに照れて逃げ回っていたのを勘違いされるとは……。
いや、あれはワザとに違いない。あのルイズが恋のライバル……いや、横恋慕!
 惚れ薬のせいで、コルベールの思考回路は随分とおかしな接続になっていた。
 コルベールは辺りを見回してみるが、地下室には何もない。もともと空き部屋として、たまに倉庫として使っている程度のスペースだ。
 しかも、今は自分は簀巻き状態。だれがやったのかは知らないが、やけにきっちりと全身を簀巻きにされている。
「まったく、私は純粋に恋をしているだけで、何もおかしくないのに!」
 基本的におかしな人間はそう言う。
「あぁ、ウルフウッドたん! 早く会いに行って、あのルイズの毒牙から救わねば!」
 本人のあずかり知らぬところで、ルイズは勝手に中年男の恋のライバル認定されていた。
 しかし、そうは言ってもどうすることも出来ない。コルベールはため息をつきながら、天井を見上げていた。
 誰かが、地下室に下りてくる足音がした。コルベールは尺取虫のように、もぞもぞと動いて、顔を上げる。
 何者だろうか? 自分を救いに来てくれた味方だろうか? それとも、あの憎っくきルイズの放った刺客だろうか。
 コルベールは静かに息を呑む。
「コルベール先生ですね?」
「そうですが、あなたは一体?」
 地下室の暗闇に紛れて相手の姿は見えない。
「あなたを助けに来ました」
「私を助けに来たですと?」
 コルベールは警戒心のこもった声で問い返した。
「その通りですわ」
「つかぬ事を伺いますが、一体あなたはどちら様ですか?」
 コルベールは声のトーンを押し殺した。しかし、期待の色は隠しきれない。
「あなたはウルフウッドに会いたいですか?」
「当たり前でしょう! 私とウルフウッド君は赤い糸で結ばれておるのです!」
 本人の知らぬところで、勝手にウルフウッドは赤い糸に結ばれた。
「ほほほ。いい答えです。私はあなたとウルフウッドの禁断の恋を応援する者!」
「応援する者ですと?」
「その通り。私はこの地に革命を起こす。この世界をあなたのようなガチホモが堂々と跳梁跋扈出来るガチホモの楽園に!」
 おお、とコルベールは感嘆の声を上げた。
「コルベールよ。あなたは選択できる」
「選択とは?」
「攻めとなるか……」
 あとをコルベールが引き取った。
「受けとなるか、ですな?」
「その通りですわ。これはとてもとても重要なことなのです」
「んー、私はどっちかというと受けですかね」
「ということは、ウルフウッド×コルベール。ウルコルカップリングですわね」
 コルベールは笑った。
「その通りですぞ」
「ふふ。今日からあなたは私たちの同志ですわ」
 コルベールは上半身を起き上がらせ、尋ねた。
「そして、あなたの名前を教えていただけませんか?」
 人影がゆっくりとコルベールに近づいてくる。近づいてきた人物の顔に光が当たった。そこには魔法楽員の教師の制服を着て、紙袋を頭にかぶって両目に穴を開けただけの中年女性がいた。
「ふふふ。ただの謎の貴腐人Sとでも、名乗っておきましょうか」
 ちなみに、特徴的な髪型のせいで、紙袋はぱんぱんだった。
 とりあえず、コルベールは気付いていない振りをしてあげるのが優しさだと思った。


 ウルフウッドは全速力でバイクを飛ばす。サイドカーにはモンモランシーが乗っていて、ウルフウッドの背中にはルイズがしがみついている。
 あれから、すぐに秘薬を探しにトリステインの城下町に向かったのだが、あいにく秘薬は売り切れていたのだった。
「ラグドリアン湖いうのは、こっちでええんやな?」
「そうだけど、でも本当に行くの? 水の精霊は滅多に人前に姿をあらわさないし、ものすごーく強いのよ。怒らせでもしたら大変なことになるわよ」
「……何言うてんねん。もう十分大変なことになっとるがな~」
「わかった。わかったから、その悪魔の笑顔はやめて」
 観念したようにモンモランシーは顔を両手にうずめる。
「ちゃっちゃっと、その精霊の涙いうのを手に入れて、帰るで」
 ウルフウッドはアクセルを強める。馬車などは比べ物にならないスピードだ。ガリアとの国境へはもう一時間ほどで着く。

「すごいな……。水がこんなにぎょうさんあるなんて。やっぱ、すごいな、この世界は」
 湖を目の前にしたウルフウッドは、半ば心奪われている様子で呟いた。
「ねぇねぇ、ウルフウッドって前から変わっているなって思っていたけど、やっぱり変じゃない?」
「何がよ?」
 ウルフウッドの様子を後ろから見ながら、モンモランシーはルイズを肘で小突いた。
「だってさぁ、湖を見ただけであれだけ感動しちゃって。一体、あいつの出身ってどんなところだったのかしらね」
「……知らないわよ。そんなの」
 ルイズは思った。そういえば、自分はウルフウッドのことを何も知らない。彼自身なにも積極的に語ろうとしないし、なんとなくうかつ訊いてはいけないような気がする。
「まぁ、いいわ。ここまで来たら、もうさっさと精霊の涙を貰って、帰るわよ」
 モンモランシーがすたすたとラグドリアン湖の湖畔へと歩いていく。
「水位が上がっている?」
 波打ち際まで歩いたモンモランシーがぽつりと呟いた。
「え、どういうこと?」
 ルイズがモンモランシーに尋ねる。
「前来たときは、岸辺はもっと向こうだったはずよ。それに、ほら見て。あそこ、村が沈んでいるみたい」
 モンモランシーの指差す先で、屋根の先がちょこんと水面から出ている。
「ひどい水害だわ。水の精霊は怒っているみたいね」
「なんで?」
「知らないわよ。とにかく、水の精霊を呼び出さないことには何も分からないことだけは確かね」
 モンモランシーは腰に下げた袋から一匹のカエルを取り出した。
「か、カエル!」
 カエル嫌いのルイズは思わず、一歩後ずさる。
「失礼ね。人のかわいい使い魔に向かって!」
「使い魔?」
 いつの間にか二人に追いついていたウルフウッドがモンモランシーの手に乗るカエルを覗き込む。なぜか見詰め合う、一人と一匹。
「……同業者? ワイ、カエルと同類?」
 とりあえず、ルイズとモンモランシーには返す言葉がなかった。
 ウルフウッドたち三人は、どこか微妙な空気を漂わせたまま、岸辺でカエルの帰りを待つ。
「カエルが帰る」
「いや、別に面白くないから」
 ウルフウッドのボソッと吐いた言葉に、ルイズがさらりと突っ込みを入れる。
 そんな二人の様子を見て、最初の頃どこか他人を寄せ付けないぎすぎすした感じのあったウルフウッドが変わったことを、モンモランシーは感じた。
 と、そんな間の抜けたやり取りをしていると、目の前の水面が光った。そして、水面が盛り上がり、人型のアメーバのようなものが立ち上がる。
「お帰り、ロビン。ちゃんとつれてきてくれたのね」
 ぴょんぴょんと跳ねて、岸辺から戻ってきたカエルをモンモランシーは大切そうに抱き上げた。
「これが、水の精霊か。ホンマにこの世界はいろんなもんがおるな」
「わたしはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、旧き盟約の一員の家系よ。カエルにつけた血に覚えはおありかしら。覚えていたら、わたしたちにわかるやりかたと言葉で返事をしてちょうだい」
 水の精霊がグルグルと動き始め、モンモランシーの姿をとる。その表情は笑顔から泣き顔、怒り顔までさまざまに変わった。そして、
「覚えている。単なる者よ。貴様の体を流れる液体を、我は覚えている。貴様に最後に会ってから、月が五十二回交差した」
「よかった。水の精霊よ、お願いがあるの。あつかましいとは思うけど、あなたの一部をわけて欲しいの」
「体の一部?」
 ウルフウッドが怪訝そうな声を上げた。
「涙っつっても精霊が泣くわけないでしょ。わたしたちとは全然違う生き物……、というか生き物なのかすらわかんないんだから。水の精霊の涙ってのは、精霊の、一部よ」
「ふーん、そらまあ、随分と趣味の悪い秘薬やな」
「うるさいわね! 精霊が怒るでしょ!」
 水の精霊がにこりと笑った。ウルフウッドの口から、思わず期待に満ちた声が漏れる。
 しかし、返ってきた答えは期待とは全く正反対だった。
「断る。単なる者よ」
「そりゃそうよね。残念でしたー。さ、帰ろ」
「待たんかい!」
 あっさり帰ろうとするモンモランシーの方をウルフウッドがむんずと掴む。
「だ、だってしょうがないじゃないのよ! 怒らせたら、どうなると思っているのよ!」
 ウルフウッドはぐっと唇を噛み締めると、水の精霊の前に走り寄った。そして、いきなり土下座をする。
「頼む、後生や。精霊の涙を、お前の体の一部を分けてくれ!」
「ウルフウッド……」
 絶対に人に頭などを下げないと思っていたウルフウッドの行動に、ルイズは驚いた。
――そんなに、コルベール先生が大切なのね。
 その姿に二人の友情を確認する。
「頼む。このままやと、このままやと――」
 ウルフウッドの頭の中で、コルベールの姿が浮かぶ。
――ウルフウッド君。パニッシャーのメンテナンスが終わりましたので、私の部屋に取りに来てください。全裸で。
 ぐっと親指を立てるコルベール。
――ウルフウッド君。何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってください。私がお手伝いしますぞ。性的な意味で。
 恥ずかしそうに頬を赤らめるコルベール。
 ……ぜ、絶対に嫌やー! こんな生活があと一年も続くなんて!
「頼む、ほんま頼む! ちゅうか、助けて! 間違いなく、正気が保てる自信がないんや!」
 恐ろしい現実の前には、プライドもへったくれもなかった。
「いいだろう」
「ほんまか!」
 ウルフウッドの熱意が通じたのか、水の精霊はあっさりと許可をした。
「何でもすると言ったな。ならば、我の頼みを聞いてもらおう。それが条件だ」
「かまわへんで! なんだってやったるわ!」
 この世界に、あれ以上に辛い現実があるとは思えない。今なら、どんな過酷な条件にも耐えられる気がする。
「奪われた秘宝を取り返して欲しい」
「秘宝?」
「アンドバリの指輪。我が共に、時を過ごした指輪」
「そら、かまわへんけど。なんか特長とか教えてもらえへんか?」
 ウルフウッドは首を傾げた。さすがに名前だけで、何かを探すのは無理だ。
「偽りの命を与える指輪」
 あまりうまく会話にならない。あとで、コルベ――いや、今はその名前は考えないようにしよう、とウルフウッドは思った。
「まぁ、ええわ。それでいつまでに取り返せばええねん」
「いつでもかまわない。お前の命のあるうちに」
「随分と気が長いな」
「我は永劫のときを生きるもの。戻ってさえくれば、それでよい。では、頼んだ、ガンダールヴ。我はお前を信用している」
 ガンダールヴの言葉が少し引っかかったが、特に気にすることもなく、ウルフウッドは先を急ぐことにした。
「ほな、その精霊の涙とやらをくれ」
 水の精霊は細かく震えた。水滴のように、その体の一部がはじけ、精霊の欠片が飛んできた。それをモンモランシーが慌てて、瓶で受け取る。
「まぁ、色々あったけど、これで無事目的のブツは手に入ったな」
 ウルフウッドが安堵の吐息を吐く。
「帰ろか、じょうちゃん。今日はほんまにごっつ疲れたわ」
 そう言って、ウルフウッドがくるりと振り向いたときだった。
「悪いですが、そうはさせませんよ!」
 鋭い女の声があたりに響く。そして、地面の一部が盛り上がり、
「とう!」
 という声と共に土の中から、人影が飛び出た。
「悪いですが、その秘薬を使わせるわけにはいきませぬわ」
 夕暮れの日差しを反射する湖畔に立ち尽くす、頭に紙袋をかぶった謎の中年女性が姿を現した。特徴的な髪型で紙袋がぱんぱんに張り、でっぷり太ったお腹はメタボリックな輝き、そして怖いものは更年期。
 その異様な光景に、世界が一瞬止まった気がした。


新着情報

取得中です。