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虚無と狼の牙-19


虚無と狼の牙 第十九話

 トリステイン城下町にある酒場魅惑の妖精亭は、シンと静まり返っていた。タルブがアルビオンの侵攻を受けたというニュースを聞いて、タルブ出身の店長スカロンはどうしても店を開ける気持ちになどなれなかったのだ。
「大丈夫よ、父さん。あそこの人たち、ほんとうにしぶといから平気だって」
 ジェシカが椅子に座って頭を抱えるスカロンの肩をポンと叩く。
「わたしだって、そう思っているわよ。けれども、やっぱり心配で心配で」
 そう言ってスカロンが頭をフルフルと振った時だった。カランとベルの鳴る音がして、店の扉が開いた。
「あ、悪いんだけれども、今日は店は閉めてるんだ――って、あんた、ウルフウッド?」
「え?」
 ジェシカの素っ頓狂な声に、スカロンも顔を上げる。そこにはつい先日アルバイトでこの店にいた男の姿。
「よう、店長。何も言わんと、一晩泊めてくれへんか?」
「そ、それはかまわないけれども、それあんたが背中におぶっているのは、ルイズちゃん?」
「――あぁ」
 ウルフウッドは頷くと、店の中へと入ってくる。そして、ウルフウッドの後ろから、頭を掻きながらコルベールが付いてきた。
「って、コルベール先生まで? ウルフウッド、コルベール先生と知り合いなの?」
「え? ジェシカ、コルベールセンセを知っとんのか? 前にちょっとだけ店に顔を見せたことはあったけれども」
「ええ。うちの常連。セクハラじーさんとよく来るわよ」
「な! だ、断じて常連などではありませんぞ! 今まで数回やって来たことがあるだけです! っていうか、ウルフウッドくん。汚いものを見るような目で見ないでください……」
「ハゲがスケベっていうのは、ほんまやったんやな……」
「まぁまぁ、そんなやり取りは置いといて。ルイズちゃんは寝てるし、お二人とも随分お疲れの様子だし。早く部屋の用意をしてあげてさしあげて、ジェシカ」
「はいはい。なんか今回もワケありっぽいしね」
「……今回は、ワケは訊かんといてくれるか?」
 ジェシカはほんの少しだけ、考えるような仕草を見せた。
「客としてお金を払ってくれるなら、へんな詮索はしないわよ。それに、今こっちも例の戦争のおかげでそんな気分じゃないしね」
 片手を振りながら、ジェシカは答えると、店の奥へと入っていった。


 ウルフウッドはゆっくりと眠ったままのルイズをベッドに横たえる。
「随分と疲れとったんやな。泥みたいに眠っとるわ」
「あれだけの魔法を使ったんですから、仕方ありません。今は、ゆっくりと休んでもらいましょう」
 コルベールが部屋の隅に荷物を降ろしながら答える。
「なぁ、センセ。道中で言うていたこと、あれはどういうことなんや?」
「……虚無、ですか?」
「あぁ」
 コルベールはゆっくりと床に腰を下ろした。
「あれは間違いなく魔法でした。しかし、あれは明らかに私の知っている四大系統のどこにも属していない」
「やから、虚無やと?」
「それだけではありません。ガンダールヴ、つまり君の左手に刻まれたルーンですが、それは本来虚無の使い手である始祖ブリミルの使い魔に現れるルーンのはずなのです。それにあれは明らかに水のルビーそして始祖の祈祷書という始祖の秘宝から生まれていた」
「やから、虚無だと言うたわけか」
「ええ」
「……そもそも、その虚無というのはなんや?」
「わかりません。なにせ、ほとんど伝説の代物ですから。分かっているのは始祖ブリミルが使っていた系統であるということ、それだけです」
「あの破壊力見たやろ? あの巨大な戦艦が、あの白い光に包まれた瞬間、丸ごと消えたんや」
 ウルフウッドはあの時を思い出す。あの時、レキシントン号が目の前に迫り絶体絶命の場面で、ルイズがなんらかの呪文を唱えた。その直後白い光が辺りを包み、そして再び目を開いたウルフウッドが見たのは、何も浮かんでいない青い空だけだった。
「あの時、私に確実に分かっていたのは、とにかくあの場から逃げ去ることだけでした。もしも、彼女が本当に虚無の使い手だとしたら、それはあまり人に知られるべきことではないと思います」
 そう言って、コルベールは眠ったままのルイズの顔を見る。
「まぁ、これ以上あれこれ考えてもしゃあないやろ。肝心のじょうちゃんが魔法を放った直後から、こうやって眠っとるんやから」
「そう、ですね」
「とりあえずここで一泊して、それから魔法学院へ戻るで。虚無かなんかは知らんけど、こんな小さな子が過酷な運命なんて背負う必要はないんや。何事もなく日常に戻れたら、それでええんや」
 ベッドで眠るルイズの寝顔は穏やかで、それゆえに彼女をよりいっそう幼く見せていた。


 翌朝、一人の騎士が魅惑の妖精亭の前に立った。穏やかに、しかし規則正しくドアをノックする。
「はいはい、こんな居酒屋に朝っぱらから何の用だい?」
 ジェシカが眠い目を擦りながら、ドアを開けた。普段はこんな朝の時間は眠っているので、彼女は少し機嫌が悪い。
「朝からすまないな。一つ尋ねたいことがある」
「へい?」
 寝ぼけたジェシカはぼんやりと相手の顔を見る。言葉遣いは男みたいだが、声は高い。
「この建物に、昨夜巨大な十字のようなものを担いだ黒服の大男と、頭のはげた中年の男がここへ来なかったか?」
「……悪いですけど、あなたはどちらさんですか?」
 彼女の探し回っている人物を理解したジェシカの頭は、一瞬で覚めた。いきなり彼らを探りに来た相手に警戒心をむき出しにする。
「これは失礼したな。私は女王陛下直属の銃士隊隊長アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランだ」
「じょ、女王陛下直属の!」
 アニエスの正体にジェシカは大声を上げて驚く。
「この建物に彼らが入ったという証言があるのだ。中を調べさせてもらう」
 アニエスは強引にドアを開けて、ジェシカを押しのけた。
「ちょ、ちょっと、いくら女王陛下直属でも、いきなり」
「下手に匿うとためにはならんぞ」
 アニエスはずいずいと酒場の中へと入っていく。
「い、いや、でもさ」
「かまわへんで」
 彼らの部屋がある二階へ続く階段からウルフウッドが現れた。それに続いてコルベールも姿を見せる。
「遅かれ早かれ、ワイらのことはばれると思とったからな」
「しかし、昨日の今日とは予想外に早いですね」
 コルベールが困ったように笑いながら、頭を掻く。
「捕虜たちからお前らに関する目撃証言は山のようにあったのでな。それに、巨大な十字のようなものを担いだ黒服の大男と、頭のはげた中年の男はよく目立つからな。探すのは簡単だった」
「……あなたがあんな大きなものを担いでいるから」
「うるさい。お前のハゲ頭かて、入っとったやろが」
 ウルフウッドとコルベールがお互いを肘でつつきあう。
「なんにせよ、私がなぜお前らを探しているか。それはわかっているな。別段、危害を加えようという意思はない。大人しく同行してもらおう」
 アニエスがウルフウッドたちの前に出る。その様子を見てウルフウッドとコルベールはお互いを見た。
「どうする?」
「逆らうわけにはいかないでしょう」
「けど、このままやとじょうちゃんを巻き込んでしまうで」
「なにをヒソヒソと話している!」
 アニエスがウルフウッドとコルベールを一喝した。
「ちょっと待ってくれ。一応こっちにも心の準備っちゅうもんが――」
「黙れ! 私は貴様らにお願いしているのではない。命令しているのだ。女王陛下の命令に拒否など許されると思うな」
 ちっ、とウルフウッドは舌打ちをした。追いつかれるのが予想よりも早すぎた。まだ、何の対策も出来ていない。
 どうする――、そうコルベールと相談しようとしたとき、
「わかりました」
 ウルフウッドの背後から声が聞こえた。振り返ると目を覚ましたルイズが立っている。
「じょうちゃん、お前」
「わってるわよ、ウルフウッド。でも、どちらにしてもこれは遅かれ早かれちゃんと女王陛下に報告しないといけないことなの」
 ウルフウッドは仕方がないというように首を振った。その肩をコルベールが叩く。
「大丈夫ですよ。私も同行しますから」
「十分やる。その間に支度を済ませて、出て来い」
 そういい残してアニエスは外へと出て行った。


 トリステイン宮殿、アンリエッタの施政室。アニエスに案内されたウルフウッドたちは、あまりにも簡素すぎる部屋に驚いていた。
「机、以外なんもないな……」
「ええ。ちょっと、これはいくらなんでも、何もなさすぎと言いますか」
 きょろきょろと部屋を見回すウルフウッドをルイズが肘で小突く。
「ちょっと、あんた、失礼でしょ」
 小声でウルフウッドを諭す。
「皆さん、よくここまで来てくださいましたね」
 そんなウルフウッドたちの様子を見て、アンリエッタが苦笑いしながら声を掛けた。慌てて、コルベールとルイズはその場に跪く。
「って、あんたもちゃんとしなさいよ!」
 ルイズがウルフウッドの服の裾を引っ張る。しかし、ウルフウッドはそ知らぬ顔だ。
「んなこと言うたかて、ワイ別にこの国の国民ちゃうし」
「屁理屈言ってないで、あんたもちゃんと跪くの!」
「まぁ、そんなに固くならなくていいですよ、ルイズ。そんなかしこまらないで、立ち上がって頂戴。そちらのお方も」
 アンリエッタの言葉にルイズとコルベールはお互い顔を見合わせながら、ばつが悪そうに立ち上がった。
「すみませんね、来賓用の椅子すらなくって」
 申し訳なさそうにアンリエッタは謝った。
「いえ、そんな。でも、あの姫様。なぜこのような……」
「ここに在ったものは全て売り払ってしまったのです。少しでも国庫の足しになるようにと。残ったのは机くらいかしらね」
 アンリエッタは寂しそうに笑った。
「……前置きはええから、はよ用件に入ってくれ。ワイらに確認したいことがあるんやろ?」
「相変わらずですね。ルイズの使い魔さんは」
 慌ててウルフウッドの口を塞いでいるルイズたちの姿を、アンリエッタは苦笑いしながら見つめる。
「女王陛下、僭越ながら人払いをお願いしたいのですが……」
 コルベールが恐る恐る口を挟んだ。
「ならん。本来なら、私一人のみが護衛についているだけのことすら十分すぎるほど譲歩した結果なのだ」
 アニエスが言下に否定する。
「大丈夫ですよ。このアニエスは私直属の銃士隊隊長。信頼できる人物ですから」
 アンリエッタは少しいきり立ち気味のアニエスを右手で制した。
「それでは、話していただきましょう。昨日、タルブで何が起こったのか」
 ルイズとコルベールは事情を洗いざらい説明した。
「そう、ですか。まさか、あなたが伝説の虚無の使い手、だったとは」
「ええ。わたしにもまだ信じられません。でも、はっきりと姫様からお預かりした始祖の祈祷書にはそう……」
「いえ、私は信じますわ。何よりもそのような奇跡でも起こらなければ、あの憎みべきアルビオンの艦隊が全滅したなんて説明できませんもの」
 アンリエッタはルイズの手をとった。
「このことは、内密にしておいたほうがよろしいわね。私とこの国の上層部の人間以外にはこの話は一切知らせないことにしましょう。幸い、アルビオンの捕虜たちはあれがトリステインの新しい魔法兵器だと思っているみたいですから」
「あの後の処理は、どないなったんや?」
 ウルフウッドが口を挟んだ。
「アルビオンの残党兵たちは、艦隊が全滅したのを目の当たりにしたおかげか、ほとんど抵抗をせずに大人しく投降したと聞いています。近隣の村の住民も無事だったみたいですわ」
「そうか」
 そう言ったきりウルフウッドは口をつぐんだ。
「あの、姫様。これからわたしたちはどうすればいいのでしょうか?」
「……現時点では、はっきりとしたことは何も申し上げられませんわ。ルイズ、あなたの力はとても貴重なものであると同時に、扱いには細心の注意を払わなければならないもの。私の一存だけでは……」
「わかりましたわ。姫様」
「とりあえずは、また魔法学院に戻って頂戴。また、時が来れば、あなたの力を借りることもあるでしょう」
 ルイズとコルベールは恭しくアンリエッタに一礼した。二人はアニエスに促されるままに部屋を出ようとする。しかし、ウルフウッドだけはその場を動かない。
「ウルフウッド?」
 ルイズが不思議そうにウルフウッドを振り返った。
「時が来れば力を借りる、いうのはどういうことや?」
 ウルフウッドはアンリエッタをにらみつける。
「それは、そのままの意味ですわ」
 アンリエッタが感情のこもっていない声で答える。
「お前ら、こんな小さなガキを人殺しの道具として使う気か? こんなガキに人殺しをさせる気なんか?」
 アンリエッタは何も答えない。ただ、ウルフウッドの瞳を見つめる。
「貴様! 陛下に対して、何たる無礼な口の聞き方を!」
 アニエスがウルフウッドの首に剣を突きつけた。しかし、ウルフウッドはアニエスを一瞥もせずにアンリエッタをにらみつける。
「ウルフウッド! やめなさい! わたしは貴族なのよ。国のために、陛下のために、戦場で戦うのは貴族の義務なんだから」
「やかましい! 人を殺したこともないガキが知った風な口を叩くな!」
 ウルフウッドが大声で怒鳴る。その迫力に彼の肩に手をかけようとしたルイズの動きが止まる。
「ウルフウッド君」
 コルベールが無言のまま嘆息するように首を左右に振った。その仕草を見て、ウルフウッドもあきらめて踵を返し部屋を出ようとする。アニエスはしぶしぶといった表情で、ウルフウッドに突きつけた剣を納めた。
ルイズもまだなにか言いたそうな表情だったが、仕方なしにコルベールに付いて部屋の外へ歩き始めた。
「ルイズ」
 アンリエッタが去ろうとするルイズに声を掛けた。
「はい?」
 ルイズが不思議そうに振り返る。
「いい使い魔を持ちましたね」
 アンリエッタが寂しそうに笑いながら、少しだけ首を傾げた。
「ウルフウッドさん」
 アンリエッタに呼びかけられたウルフウッドは無言のまま振り返る。
「ルイズを、よろしく頼みます」
 ウルフウッドはほんの少しだけ右手を挙げると、そのまま踵を返して部屋を出た。


 魔法学院に戻ってからの数日間の日々は穏やかに過ぎた。ルイズはオスマンからねぎらいの言葉を受け、その横で結局半月ほど学校の授業をサボったコルベールは一ヶ月の給料半額カットの通告を受けた。
 学院は例の戦争、特にタルブでの戦闘の話題で持ちきりであった。その中でも一足に先に戻ってきたキュルケやタバサやギーシュは、先日学院から姿を消していたことが例の戦争と関係していると噂されていることもあり、質問攻めにあっていた。
しかし、彼らが何かを答えることはなかった。
 そして、当然学院に戻ってきたルイズも質問攻めにあったが、彼女が何かを答えることもなかった。
 そうやって戦争の最中、これはまるで台風の目にはいったように穏やかなある日の出来事である。
「ねぇ、ギーシュ。あんた、何をしにラ・ロシェールなんかに行っていたのか。わたしにくらいこっそり教えなさいよ」
「いや、勘弁しておくれ、モンモランシー。それについては、いかに愛する君といえども教えることは出来ないんだ。代わりに、キミの美しさをいくらでも言葉ならいくらでも、途切れることなくこの口から出るのだがね」
 相変わらずキザったらしいギーシュの振る舞いを見て、モンモランシーは口を尖らした。どうも、この単純でお調子者のギーシュが自分に隠し事をしているというのが気に食わない。ちょっとおだてれば喋りそうなものなのに。
――まぁ、いいわ。アレが無事成功していたら、そんなこといくらだって喋るだろうし。 モンモランシーは心の中でそう呟くと、さっさと気持ちを切り替えた。
 ギーシュは、ギーシュで本当は喋りたくて仕方がないのだが、下手に喋った場合、ウルフウッドに怒られるのが怖かった。
例の決闘でもなす術もなくやられたし、ラ・ロシェールで賊に襲われたときも、彼が相手を一網打尽にしていたのを目の当たりにしている。切れたウルフウッドに襲われるなど、想像したくもなかった。
 ふぅー、とモンモランシーは小さくため息を付いた。彼ら二人は午後の柔らかい日差しの中で、テラスに置かれたテーブルでティータイムを楽しんでいた。
「そういえば、ギーシュ。のど渇かない? 今日は紅茶じゃなくて、冷たいお水なんかどう?」
「え? そうだね。せっかくのいい天気だから、その方がいいかもね」
「じゃあ、そうするわね」
 モンモランシーはメイドに水を持ってくるように頼んだ。
――さてと、ここからが正念場ね。
 モンモランシーは心の中で、笑うとポケットにある小瓶を右手で掴んだ。その中身は、惚れ薬。ポーション作りが趣味の彼女は、その趣味が向上して、ついには法律で禁じられている惚れ薬の調合にまで手を出してしまったのである。
 最初は作っただけで満足するつもりだったのだが、やっぱり作ってしまうと使ってみたい。そこで思いついたちょうどいい実験台がこのギーシュなわけである。普段浮気で悩まされている分、仕返ししたかったというもある。
 テーブルの上に水が二杯届いた。後はここに薬を入れるだけだ。
「あ、あんなところに裸の女の人が空を飛んでる!」
「え! どこどこ?」
 ……なんでこんなアホと付き合っているのかと、一瞬本気で哀しくなった。
 それでもこの隙にギーシュの水に薬を入れる。
「あ、あれ見間違いだったみたい」
「え、そうかー。残念だなぁ」
「……なんか言った?」
「いえ、なんでもないです」
 モンモランシーは半分あきれ返るが、けど今はそんなことはどうでもいい。さっさと、早くばれないうちにその水を飲むのよ、ギーシュ。
 あたふたとしながら水に手を伸ばす、ギーシュ。何か都合が悪い話になると、とっさに飲み物に手を出す彼の癖は重々承知だ。
――よし、もう一息。
 と、ギーシュの唇が今まさにコップに触れようとした瞬間だった。
「あ、ミスタ・グラモン!」
 どっかから聞き慣れた声がした。ギーシュとモンモランシーが振り返ると、そこには柔らかい午後の日差しを反射して輝く頭。
「ミスタ・コルベールじゃないですか。なにか僕に御用ですか?」
 いいところで邪魔するんじゃないわよ、このハゲ!
「あ、ミス・モンモランシーもごきげんよう」
「ええ。ごきげんよう、ミスタ」
 モンモランシーも怖いくらいの作り笑顔で挨拶を返した。
「あ、そうそう。こうして呼び止めたのはですな。ミスタ・グラモン、ウルフウッド君を見ませんでしたか?」
「え? ウルフウッドですか、見てませんけど?」
「そうですか」
「先生、どうかしたんですか?」
「いやー、彼に頼まれていた例のパニッシャーのメンテナンスが終わったので、彼にそのことを伝えようと来たのですが」
「ウルフウッドなら、さっき食堂のほうで見かけましたわよ」
 さっさとコルベールをどっかにやるべく、モンモランシーが口を挟む。
「なるほど。だから、先生そんなに汗だくなんですね」
 しかし、そんなモンモランシーの気持ちを無視してギーシュが世間話を始める。
「そうなんですよ。私の部屋は暑くて暑くて。もう喉なんかカラカラです」
 コルベールが頭を拭きながら、答えた。なるほど、どうりでいつもより光っているわけだ。
「あ、よかったら、ミスタ・コルベール。水をいっぱいいかがですか?」
 え? モンモランシーの動きが固まる。
「いいんですか?」
「ええ。僕はまた新しいのを貰いますから」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ちなさい!」
「どうしたのさ、モンモランシー?」
「そ、それあんたの水でしょ? そんなのを先生に渡すなんて」
「まだ、口をつけてないから大丈夫さー」
 まだ口をつけてないのが問題なんだよ!
 のんきに笑うギーシュ。
「だ、だから、そうじゃなくって――」
「ぷはー。生き返りますなー!」
 ……飲みやがった。
「あれ、どうしたんですか、ミス・モンモランシー、とつぜん両目を押さえて?」
「い、いえ。目にゴミが……」
 あの惚れ薬は飲んだ直後に目を合わせた人物に――だから、なんとしても目を合わせるわけにはいかない!
「ちょっと、ギーシュ。こっちこっち?」
 モンモランシーは目を閉じたままギーシュを手招きする。
「ん? どうしたんだい、モンモランシー?」
「悪く思わないでね」
「え?」
「チェストー!」
「ぎゃあ!」
 モンモランシーはすばやくギーシュの両目を突いた。両目を押さえてうずくまるギーシュ。
「い、一体何をしてるのですか、ミス・モンモランシー?」
「……こういう愛情表現なんです。気にしないでください」
「はぁ」
 しかし、状況がまずいのには変わりはない。これからコルベールが誰かと目を合わせてしまったら……
 あぁ、どうしようせめて問題なさそうな人物と目を合わせて。キュルケとかタバサとか……
 モンモランシーは目を閉じながら必死に祈る。そのときだった。
「おう、センセ。こんなとこにいたんかいな」
「あぁ、ウルフウッド君。よかった、ちょうど探していたんですよー」
 やっちまったなぁ!
 モンモランシーは心の中で叫んだ。


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