虚無と狼の牙 第十八話
ワルドはゆっくりと空を旋回しながら、眼下のウルフウッドとコルベールをにらみつけ、右手の杖を大きく掲げた。
「貴様らが二人になったところで、だからそれがどうしたというのだ!」
確実にウルフウッドを殺せたはずの戦況で、彼を助けるためにこの戦いに乱有してきた闖入者。
苛立ちを隠しきれない声でワルドは叫んだ。
再び風の魔法を放つ。竜巻が再び沈没しようとしているレキシントン号の窓ガラスを破った。
「確かに、君はなかなかに優秀な炎のメイジのようだ。それは認めよう。だが――」
ワルドがゆっくりと右腕を下ろした。船内に消えた竜巻が再びその姿を現す。
「矢は燃やせても、果たしてこれは燃やせるかな?」
コルベールはゆっくりと体を沈めるようにして、身構えた。目の前の竜巻の中で舞っているもの――それは剣。
「この戦いにしゃしゃり出てきたことを、後悔するがいい!」
ワルドが杖を振るうと、まっすぐに竜巻はコルベールへと向かう。
コルベールは冷静に戦局を分析した。確かにワルドの言うとおりだった。剣の一本程度なら溶かしてしまえないこともないが、数が多すぎる。
コルベールはゆっくりと身構えていた杖を下ろし、その場に立ち尽くした。
「ふっ、あきらめたか。ならば、大人しく串刺しになるがいい」
得意げなワルドの声。しかし、それに答えるコルベールの声は冷静そのものだった。
「確かに、あなたの言うとおりです。私の力ではそれは防げません。えぇ、私の力ではね」
そして、コルベールはちらりと横を見て、小さく笑った。
「というわけで、お願いしますね。ウルフウッド君」
その言葉にウルフウッドは腰をかがめると、一足飛びにコルベールへと向かったパニッシャーを大きく掲げ竜巻に立ちはだかる。
「先ほど殺されかけていた使い魔ごときがしゃしゃり出てきたところで、何になる! そんなに死にたければ、貴様から先に逝くがいい!」
ワルドが叫んだ。その様子を見て、ウルフウッドは鼻で小さく笑う。
パニッシャーが風を切る轟音を立てながら振り回される。その間隙を縫うように、デルフリンガーが縦横無尽に駆け巡る。
デルフリンガーに魔法力を吸い取られ、パニッシャーに叩きつけられたワルドの剣は乾いた音を立てて、宙を舞うと力ない金属音と共に地面に落ちた。残らず一本とも。
「なっ……」
目の前の状況にワルドは言葉を失くした。ワルドの杖を持つ手が震えている。
「阿呆が。剣なんて重たいもんを振り回そうとするから、さっきよりも数は減っているわ、攻撃のスピードは遅いわ、精度は落ちているわ。こんなんやったら、簡単に全部叩き落とせるで?」
「くっ」
ウルフウッドの冷め切った態度に、ワルドは自分が冷静さを失っていたことを思い知らされた。
確かにその通りだ。剣は矢のように『風』と相性のいい武器ではない。
「矢の次は剣。オンドレの手は、これで尽きたな」
冷たい目でウルフウッドはワルドを見据える。勝ち誇るわけでもない。ただ、冷たく、当然の事実のように言い放つ。
「ミスタ・ワルド。これでわかったでしょう。あなたにもう勝ち目はありません。私としては、これ以上無益な戦いは望みません。ここから、去ってください。そして、二度とトリステインの地を踏まないでください」
コルベールが慇懃にワルドに通告した。言葉遣いは丁寧だが、コルベールの目には不退転の覚悟が燃え上がっている。
「それで、いいですね? ウルフウッド君」
「まぁ、しゃあないな。今回ばっかはセンセのおかげやし」
ウルフウッドは苦笑いをしながら両手を挙げた。
「ふざけるなよ、貴様ら……」
完全に自分を見下したウルフウッドとコルベールの態度にワルドは怒りを露にする。そのワルドの姿を見て、コルベールは小さくため息を付いた。
「ミスタ・ワルド。あなたは何のために戦うのです? 何を求めて、この国を裏切ったのですか? 地位のためですか? それとも名誉のためですか?」
「……誰が、そんなくだらないものを求めるか」
「ならば、何を?」
「……私が求めたのは、世界だ。はるか当方の地に眠る、聖地。それを今エルフどもから一度人の手に取り戻す。それこそが、レコン・キスタの存在意義であり、そのために私は国を裏切ったのだ」
淡々とワルドは語った。聖地という言葉にコルベールのこめかみが小さく反応する。
「あなたたちは、聖戦を引き起こすつもりなのですか?」
「トリステイン、アルビオン、ゲルマニア、ガリア――どいつもこいつもどうしようもない腑抜けどもだ。存在価値のない国などどうでもいい。私たちが聖地を取り戻すために戦うことを聖戦と呼ぶならば、そうなるだろう」
コルベールはワルドに向かって杖を構える。
「あなたたちの行いで、多くの人々の命が奪われ、生活が壊されるとしても?」
「その犠牲を恐れる臆病さが、エルフ共を付け上がらせるのだ。貴様もブリミル教徒ならば、わからないわけはあるまい?」
「アホぬかせや」
「何?」
ウルフウッドがコルベールとワルドの間に割って入った。憮然とした様子でウルフウッドはワルドをにらむ。
「聖地かなんか知らんけど、そこを取り戻したいんやったら、お前ら取り戻したい奴らだけで勝手に行け。関係のない人間の生活を巻き込むなっちゅうんじゃ、アホンダラ」
「……そもそも、会話するだけ無駄だったか」
ワルドはゆっくりと目を閉じる。
「君たちにはどうしてもここで死んでもらう。君たちが我々に敵対する意思があることがはっきりした以上、今ここで」
「敵対する意思なんざ、最初っからはっきりしとったことやろが、ボケ!」
ウルフウッドがパニッシャーを構え、ワルドに向かって銃弾を放つ。ワルドはウルフウッドに真正面から突っ込んでいき、銃弾を魔法で受け流す。
「ウィンドブレイク!」
ワルドはウルフウッドの足元に魔法を放った。魔法でえぐられた地面の土が舞い上がり、ウルフウッドの視界を塞ぐ。
「ぐっ」
「悪いが、こちらもそれなりに場数は踏んでいる! あの程度でチェックメイトだとは思わないで頂きたいものだね!」
視界を奪われたウルフウッドにワルドが杖を向けた瞬間、コルベールがワルドの懐に飛び込んで蹴りを放つ。
「ちっ。随分と貴族らしからぬ戦い方をする男だな!」
ワルドは風竜の手綱を引き、バランスを崩しながらも蹴りをかわす。この状況下でワルドが優位を保てるのは、ひとえに彼が風竜にまたがっているからであり、地面に叩き落されればその瞬間に勝ち目はなくなる。
コルベールの攻撃はそれを冷静に見越したものだった。
蹴りを避けたワルドは、杖をコルベールに向けた。この戦いに勝つには、コルベールかウルフウッドどちらかをまずは確実に仕留めなくてはならない。そうして、一対一に持ち込めば、確実に勝てるのだ。
「食らえ!」
「甘いわ!」
ウルフウッドはパニッシャーのストラップを掴み、パニッシャーを投げ縄の用に振り回した。
ワルドはとっさに上半身を折り曲げ、パニッシャーをかわす。ゴウンと風を切る音を立てながら、パニッシャーがワルドの頭上を駆け抜ける。
「くそっ」
ワルドは手綱を引くと、再び上空へと避難した。ワルドの予想以上に、ウルフウッドとコルベールのコンビネーションは完成されている。この二人を同時に出し抜くのは至難の業だ。
「センセ、すまんな」
ウルフウッドがぼそりとコルベールに声を掛けた。
「何がですか? ウルフウッド君」
「戦いとうないのに、こんな戦いに巻き込んでもうて」
「……確かに、こうして再び誰かを傷つけるために杖を振るうというのは、あまり気分のいいものではありませんね」
「センセ。アンタは魔法を人に向けんでもええ。攻撃やったら、ワイがやったる」
「ウルフウッド君?」
コルベールがウルフウッドの目を不思議そうに見ると、ウルフウッドは大丈夫とでも言うように無言で頷いた。
そのウルフウッドの仕草を見たコルベールはワルドへ向けて杖を構え、呪文の詠唱を始めた。その動きに気が付いたワルドは、炎の魔法を跳ね返すべく身構える。
コルベールが杖を振るった。杖から強烈な炎がほとばしる。
「馬鹿め! 自らの魔法で自分が焼かれるが――何?」
ワルドに向かってまっすぐに飛んでくると思われた炎は、大きく弧を描きワルドの目の前に壁のように広がった。
「炎の壁、だと?」
本来は冷気系の魔法や弓矢を防ぐための防御呪文だ。それをなぜ?
予想外のコルベールの行動にワルドが戸惑った一瞬の隙、その隙を突いて、まるで雲を一点で引き裂くように、目の前の炎の壁に穴が空いた。
「デルフリンガー!」
大声で叫んだワルドの目の前に抜き身のデルフリンガーが迫る。
――炎の壁は目隠しか!
魔法を吸収する事の出来るデルフリンガーなら、ワルドの風の防御壁を破って突き刺さることが出来る。コルベールの行動は隙を作るための囮で、本当の狙いはウルフウッドの投げるデルフリンガーだったのだ。
「甘いわ!」
ワルドはデルフリンガーの柄めがけて風の魔法を放つ。刀身に晒されれば魔法は吸収されるが、柄ならば――
ワルドは片方の唇の端を上げて、笑った。予想通りだった。柄ならば魔法は吸収されない。先ほど剣を魔法で操った要領で、デルフリンガーを手元に巻き取る。
「残念だったな。貴様らの捨て身の攻撃も通じなかったわけだ!」
勝った、とワルドは思った。デルフリンガーさえ奪えば、彼の魔法を遮るものは何もない。魔法攻撃の勝負ならば、負けるはずがない。
勝ち誇ったワルドが下を見下ろす。
「――?」
ウルフウッドがいない。先ほどまでウルフウッドがいた場所に、彼がいない。
――まさか。
ワルドは血の気が抜ける感覚を感じながら、自分の真下に視線を移した。そこではウルフウッドがパニッシャーの銃口を自分に向けている。
――あれは、まずい!
ウルフウッドが向けていた銃口は、パニッシャーの短い側。レキシントン号を沈めた、あの弾丸。
「くそっ!」
ワルドは思い切り舌を打ち鳴らした。デルフリンガーを魔法で掴んでいる体勢のため、ウルフウッドのランチャー弾を魔法で弾き返すことが出来ない。
デルフリンガーすらも囮だった。これも隙を作るためのものだったのだ。本当の狙いは――
「がぁああああ!」
ワルドは全力で手綱を引く。もはや物理的に逃れるしか術はない。
脂汗をかきながら、歯を食いしばって手綱を握り締める。
そして、両目をつぶったワルドの隣を何かが通り抜ける感触がした。ワルドが恐る恐る目を開けると、空に向かってまっすぐにあの弾丸が飛んでいく。
「は、ははは……はははは!」
思わずワルドの口から笑い声が漏れた。勝った、ウルフウッドとコルベールが仕掛けてきた捨て身の攻撃をしのぎきった。
賭けに勝利したのだ。ウルフウッドとコルベールの切り札はこの手にある。魔法を防ぐ手段を失った奴らを蹂躙することなど、たやすい。
「ファイヤーボール!」
ワルドの一瞬の気の緩みを逃さず、コルベールが炎の弾を放った。狙いは、デルフリンガーを掴んでいる風――
「ちっ! しまった!」
炎の熱によって膨張した空気は精密なワルドの風の動きを乱す。ワルドの手元から滑り落ちるようにデルフリンガーが落下していく。
「エアニードル!」
とっさにワルドは落ちて行くデルフリンガーに魔法を放った。これを再びウルフウッドの手に渡すわけには、いかない。ウルフウッドとは反対の方向へ、デルフリンガーを飛ばす。
コルベールは体勢を低くして走りこむと、落ちて来たデルフリンガーを両手で抱え込むように受け止めた。
「おう! ありがとよ、頭の禿げた先生!」
「……もっと、ましな呼び方を考えてください」
デルフリンガーを抱いたまま、苦笑いを浮かべるコルベール。
「ちっ!」
ワルドは舌打ちをした。しかし、まだ天は彼を見放していない。
「よくやった、と言いたい所だが、その剣はガンダールヴでもない君が扱っても、魔法を吸収することは出来ない。徒労に終わったな!」
ワルドはコルベールとウルフウッドの間に挟まるようにして、コルベールに向かって杖を向ける。コルベールがウルフウッドにデルフリンガーを渡すのさえ、防げればいい。
コルベールはデルフリンガーを抱えたまま、ウルフウッドとは反対の方向へ走り出した。
「逃げても無駄だ!」
ワルドは余裕の笑みを浮かべて、コルベールを追う。コルベールはじっと空を見上げながら、必死の様相で逃げる。
そうやって走っていたコルベールだが、唐突にぴたりと足を止めた。そして、無言で空を見上げる。
「観念したのか? なら、今楽にしてやる!」
ワルドがまさに魔法を放たんとした、そのとき不意にコルベールが口を開いた。
「この位置、でいいですかね?」
「そやな」
コルベールの言葉にウルフウッドは短く応え、パニッシャーをワルドに向けた。
「何をやっている? 悪いが、風の防御壁は常に張られている。君の銃は効かない」
ワルドはウルフウッドを振り返って、憐れむようなあきれ返るような声を出した。コルベールに魔法を放つ瞬間に防御壁がなくなるなど、そんなことはない。
「そこで、なすすべもなく君の友人が殺される様でも見ていたまえ」
ウルフウッドを見たまま、ワルドはライトニングクラウドの詠唱を始める。
「センセ、ちいとばかし派手になるで? 巻き添え食わんようにな?」
「まがいなりにも私は火のメイジです。大丈夫ですよ」
コルベールが柔らかく笑って返す。
「貴様ら、何の話をして――」
「小さな攻撃を加えて、本チャンの攻撃から相手の気を逸らす。それはオンドレがラ・ロシェールで朝の決闘を仕掛けてきたときに、言うた言葉やで」
「なにを――」
そこで、ワルドは何かが自分の顔の横にあることに気が付いた。横目で見たその物体は、先ほど自分が避けたはずの……
「すまんな。ホンマの狙いは、これや」
「キサマァー!」
ワルドの奇声のような悲鳴が発せられるのとほぼ同時に、ウルフウッドは引き金を引いた。紅蓮の炎が空に舞い上がる。
自らの真横でランチャー弾を炸裂させられたワルドは、なすすべもなく炎に飲み込まれた。
「貴様らが二人になったところで、だからそれがどうしたというのだ!」
確実にウルフウッドを殺せたはずの戦況で、彼を助けるためにこの戦いに乱有してきた闖入者。
苛立ちを隠しきれない声でワルドは叫んだ。
再び風の魔法を放つ。竜巻が再び沈没しようとしているレキシントン号の窓ガラスを破った。
「確かに、君はなかなかに優秀な炎のメイジのようだ。それは認めよう。だが――」
ワルドがゆっくりと右腕を下ろした。船内に消えた竜巻が再びその姿を現す。
「矢は燃やせても、果たしてこれは燃やせるかな?」
コルベールはゆっくりと体を沈めるようにして、身構えた。目の前の竜巻の中で舞っているもの――それは剣。
「この戦いにしゃしゃり出てきたことを、後悔するがいい!」
ワルドが杖を振るうと、まっすぐに竜巻はコルベールへと向かう。
コルベールは冷静に戦局を分析した。確かにワルドの言うとおりだった。剣の一本程度なら溶かしてしまえないこともないが、数が多すぎる。
コルベールはゆっくりと身構えていた杖を下ろし、その場に立ち尽くした。
「ふっ、あきらめたか。ならば、大人しく串刺しになるがいい」
得意げなワルドの声。しかし、それに答えるコルベールの声は冷静そのものだった。
「確かに、あなたの言うとおりです。私の力ではそれは防げません。えぇ、私の力ではね」
そして、コルベールはちらりと横を見て、小さく笑った。
「というわけで、お願いしますね。ウルフウッド君」
その言葉にウルフウッドは腰をかがめると、一足飛びにコルベールへと向かったパニッシャーを大きく掲げ竜巻に立ちはだかる。
「先ほど殺されかけていた使い魔ごときがしゃしゃり出てきたところで、何になる! そんなに死にたければ、貴様から先に逝くがいい!」
ワルドが叫んだ。その様子を見て、ウルフウッドは鼻で小さく笑う。
パニッシャーが風を切る轟音を立てながら振り回される。その間隙を縫うように、デルフリンガーが縦横無尽に駆け巡る。
デルフリンガーに魔法力を吸い取られ、パニッシャーに叩きつけられたワルドの剣は乾いた音を立てて、宙を舞うと力ない金属音と共に地面に落ちた。残らず一本とも。
「なっ……」
目の前の状況にワルドは言葉を失くした。ワルドの杖を持つ手が震えている。
「阿呆が。剣なんて重たいもんを振り回そうとするから、さっきよりも数は減っているわ、攻撃のスピードは遅いわ、精度は落ちているわ。こんなんやったら、簡単に全部叩き落とせるで?」
「くっ」
ウルフウッドの冷め切った態度に、ワルドは自分が冷静さを失っていたことを思い知らされた。
確かにその通りだ。剣は矢のように『風』と相性のいい武器ではない。
「矢の次は剣。オンドレの手は、これで尽きたな」
冷たい目でウルフウッドはワルドを見据える。勝ち誇るわけでもない。ただ、冷たく、当然の事実のように言い放つ。
「ミスタ・ワルド。これでわかったでしょう。あなたにもう勝ち目はありません。私としては、これ以上無益な戦いは望みません。ここから、去ってください。そして、二度とトリステインの地を踏まないでください」
コルベールが慇懃にワルドに通告した。言葉遣いは丁寧だが、コルベールの目には不退転の覚悟が燃え上がっている。
「それで、いいですね? ウルフウッド君」
「まぁ、しゃあないな。今回ばっかはセンセのおかげやし」
ウルフウッドは苦笑いをしながら両手を挙げた。
「ふざけるなよ、貴様ら……」
完全に自分を見下したウルフウッドとコルベールの態度にワルドは怒りを露にする。そのワルドの姿を見て、コルベールは小さくため息を付いた。
「ミスタ・ワルド。あなたは何のために戦うのです? 何を求めて、この国を裏切ったのですか? 地位のためですか? それとも名誉のためですか?」
「……誰が、そんなくだらないものを求めるか」
「ならば、何を?」
「……私が求めたのは、世界だ。はるか当方の地に眠る、聖地。それを今エルフどもから一度人の手に取り戻す。それこそが、レコン・キスタの存在意義であり、そのために私は国を裏切ったのだ」
淡々とワルドは語った。聖地という言葉にコルベールのこめかみが小さく反応する。
「あなたたちは、聖戦を引き起こすつもりなのですか?」
「トリステイン、アルビオン、ゲルマニア、ガリア――どいつもこいつもどうしようもない腑抜けどもだ。存在価値のない国などどうでもいい。私たちが聖地を取り戻すために戦うことを聖戦と呼ぶならば、そうなるだろう」
コルベールはワルドに向かって杖を構える。
「あなたたちの行いで、多くの人々の命が奪われ、生活が壊されるとしても?」
「その犠牲を恐れる臆病さが、エルフ共を付け上がらせるのだ。貴様もブリミル教徒ならば、わからないわけはあるまい?」
「アホぬかせや」
「何?」
ウルフウッドがコルベールとワルドの間に割って入った。憮然とした様子でウルフウッドはワルドをにらむ。
「聖地かなんか知らんけど、そこを取り戻したいんやったら、お前ら取り戻したい奴らだけで勝手に行け。関係のない人間の生活を巻き込むなっちゅうんじゃ、アホンダラ」
「……そもそも、会話するだけ無駄だったか」
ワルドはゆっくりと目を閉じる。
「君たちにはどうしてもここで死んでもらう。君たちが我々に敵対する意思があることがはっきりした以上、今ここで」
「敵対する意思なんざ、最初っからはっきりしとったことやろが、ボケ!」
ウルフウッドがパニッシャーを構え、ワルドに向かって銃弾を放つ。ワルドはウルフウッドに真正面から突っ込んでいき、銃弾を魔法で受け流す。
「ウィンドブレイク!」
ワルドはウルフウッドの足元に魔法を放った。魔法でえぐられた地面の土が舞い上がり、ウルフウッドの視界を塞ぐ。
「ぐっ」
「悪いが、こちらもそれなりに場数は踏んでいる! あの程度でチェックメイトだとは思わないで頂きたいものだね!」
視界を奪われたウルフウッドにワルドが杖を向けた瞬間、コルベールがワルドの懐に飛び込んで蹴りを放つ。
「ちっ。随分と貴族らしからぬ戦い方をする男だな!」
ワルドは風竜の手綱を引き、バランスを崩しながらも蹴りをかわす。この状況下でワルドが優位を保てるのは、ひとえに彼が風竜にまたがっているからであり、地面に叩き落されればその瞬間に勝ち目はなくなる。
コルベールの攻撃はそれを冷静に見越したものだった。
蹴りを避けたワルドは、杖をコルベールに向けた。この戦いに勝つには、コルベールかウルフウッドどちらかをまずは確実に仕留めなくてはならない。そうして、一対一に持ち込めば、確実に勝てるのだ。
「食らえ!」
「甘いわ!」
ウルフウッドはパニッシャーのストラップを掴み、パニッシャーを投げ縄の用に振り回した。
ワルドはとっさに上半身を折り曲げ、パニッシャーをかわす。ゴウンと風を切る音を立てながら、パニッシャーがワルドの頭上を駆け抜ける。
「くそっ」
ワルドは手綱を引くと、再び上空へと避難した。ワルドの予想以上に、ウルフウッドとコルベールのコンビネーションは完成されている。この二人を同時に出し抜くのは至難の業だ。
「センセ、すまんな」
ウルフウッドがぼそりとコルベールに声を掛けた。
「何がですか? ウルフウッド君」
「戦いとうないのに、こんな戦いに巻き込んでもうて」
「……確かに、こうして再び誰かを傷つけるために杖を振るうというのは、あまり気分のいいものではありませんね」
「センセ。アンタは魔法を人に向けんでもええ。攻撃やったら、ワイがやったる」
「ウルフウッド君?」
コルベールがウルフウッドの目を不思議そうに見ると、ウルフウッドは大丈夫とでも言うように無言で頷いた。
そのウルフウッドの仕草を見たコルベールはワルドへ向けて杖を構え、呪文の詠唱を始めた。その動きに気が付いたワルドは、炎の魔法を跳ね返すべく身構える。
コルベールが杖を振るった。杖から強烈な炎がほとばしる。
「馬鹿め! 自らの魔法で自分が焼かれるが――何?」
ワルドに向かってまっすぐに飛んでくると思われた炎は、大きく弧を描きワルドの目の前に壁のように広がった。
「炎の壁、だと?」
本来は冷気系の魔法や弓矢を防ぐための防御呪文だ。それをなぜ?
予想外のコルベールの行動にワルドが戸惑った一瞬の隙、その隙を突いて、まるで雲を一点で引き裂くように、目の前の炎の壁に穴が空いた。
「デルフリンガー!」
大声で叫んだワルドの目の前に抜き身のデルフリンガーが迫る。
――炎の壁は目隠しか!
魔法を吸収する事の出来るデルフリンガーなら、ワルドの風の防御壁を破って突き刺さることが出来る。コルベールの行動は隙を作るための囮で、本当の狙いはウルフウッドの投げるデルフリンガーだったのだ。
「甘いわ!」
ワルドはデルフリンガーの柄めがけて風の魔法を放つ。刀身に晒されれば魔法は吸収されるが、柄ならば――
ワルドは片方の唇の端を上げて、笑った。予想通りだった。柄ならば魔法は吸収されない。先ほど剣を魔法で操った要領で、デルフリンガーを手元に巻き取る。
「残念だったな。貴様らの捨て身の攻撃も通じなかったわけだ!」
勝った、とワルドは思った。デルフリンガーさえ奪えば、彼の魔法を遮るものは何もない。魔法攻撃の勝負ならば、負けるはずがない。
勝ち誇ったワルドが下を見下ろす。
「――?」
ウルフウッドがいない。先ほどまでウルフウッドがいた場所に、彼がいない。
――まさか。
ワルドは血の気が抜ける感覚を感じながら、自分の真下に視線を移した。そこではウルフウッドがパニッシャーの銃口を自分に向けている。
――あれは、まずい!
ウルフウッドが向けていた銃口は、パニッシャーの短い側。レキシントン号を沈めた、あの弾丸。
「くそっ!」
ワルドは思い切り舌を打ち鳴らした。デルフリンガーを魔法で掴んでいる体勢のため、ウルフウッドのランチャー弾を魔法で弾き返すことが出来ない。
デルフリンガーすらも囮だった。これも隙を作るためのものだったのだ。本当の狙いは――
「がぁああああ!」
ワルドは全力で手綱を引く。もはや物理的に逃れるしか術はない。
脂汗をかきながら、歯を食いしばって手綱を握り締める。
そして、両目をつぶったワルドの隣を何かが通り抜ける感触がした。ワルドが恐る恐る目を開けると、空に向かってまっすぐにあの弾丸が飛んでいく。
「は、ははは……はははは!」
思わずワルドの口から笑い声が漏れた。勝った、ウルフウッドとコルベールが仕掛けてきた捨て身の攻撃をしのぎきった。
賭けに勝利したのだ。ウルフウッドとコルベールの切り札はこの手にある。魔法を防ぐ手段を失った奴らを蹂躙することなど、たやすい。
「ファイヤーボール!」
ワルドの一瞬の気の緩みを逃さず、コルベールが炎の弾を放った。狙いは、デルフリンガーを掴んでいる風――
「ちっ! しまった!」
炎の熱によって膨張した空気は精密なワルドの風の動きを乱す。ワルドの手元から滑り落ちるようにデルフリンガーが落下していく。
「エアニードル!」
とっさにワルドは落ちて行くデルフリンガーに魔法を放った。これを再びウルフウッドの手に渡すわけには、いかない。ウルフウッドとは反対の方向へ、デルフリンガーを飛ばす。
コルベールは体勢を低くして走りこむと、落ちて来たデルフリンガーを両手で抱え込むように受け止めた。
「おう! ありがとよ、頭の禿げた先生!」
「……もっと、ましな呼び方を考えてください」
デルフリンガーを抱いたまま、苦笑いを浮かべるコルベール。
「ちっ!」
ワルドは舌打ちをした。しかし、まだ天は彼を見放していない。
「よくやった、と言いたい所だが、その剣はガンダールヴでもない君が扱っても、魔法を吸収することは出来ない。徒労に終わったな!」
ワルドはコルベールとウルフウッドの間に挟まるようにして、コルベールに向かって杖を向ける。コルベールがウルフウッドにデルフリンガーを渡すのさえ、防げればいい。
コルベールはデルフリンガーを抱えたまま、ウルフウッドとは反対の方向へ走り出した。
「逃げても無駄だ!」
ワルドは余裕の笑みを浮かべて、コルベールを追う。コルベールはじっと空を見上げながら、必死の様相で逃げる。
そうやって走っていたコルベールだが、唐突にぴたりと足を止めた。そして、無言で空を見上げる。
「観念したのか? なら、今楽にしてやる!」
ワルドがまさに魔法を放たんとした、そのとき不意にコルベールが口を開いた。
「この位置、でいいですかね?」
「そやな」
コルベールの言葉にウルフウッドは短く応え、パニッシャーをワルドに向けた。
「何をやっている? 悪いが、風の防御壁は常に張られている。君の銃は効かない」
ワルドはウルフウッドを振り返って、憐れむようなあきれ返るような声を出した。コルベールに魔法を放つ瞬間に防御壁がなくなるなど、そんなことはない。
「そこで、なすすべもなく君の友人が殺される様でも見ていたまえ」
ウルフウッドを見たまま、ワルドはライトニングクラウドの詠唱を始める。
「センセ、ちいとばかし派手になるで? 巻き添え食わんようにな?」
「まがいなりにも私は火のメイジです。大丈夫ですよ」
コルベールが柔らかく笑って返す。
「貴様ら、何の話をして――」
「小さな攻撃を加えて、本チャンの攻撃から相手の気を逸らす。それはオンドレがラ・ロシェールで朝の決闘を仕掛けてきたときに、言うた言葉やで」
「なにを――」
そこで、ワルドは何かが自分の顔の横にあることに気が付いた。横目で見たその物体は、先ほど自分が避けたはずの……
「すまんな。ホンマの狙いは、これや」
「キサマァー!」
ワルドの奇声のような悲鳴が発せられるのとほぼ同時に、ウルフウッドは引き金を引いた。紅蓮の炎が空に舞い上がる。
自らの真横でランチャー弾を炸裂させられたワルドは、なすすべもなく炎に飲み込まれた。
$
ワルドは小さくうめき声を上げた。全身が何かに刺されたかのように痛む。
「……満身創痍やな」
中に浮かぶワルドの姿を見て、ウルフウッドがぼそりと呟いた。
「く、くそ……」
先ほどの爆発の勢いで風竜は飛ばされてしまった。全身に火傷を負ったワルドは、それでもなんとかフライの呪文で空中に浮いている。
風の防御壁を張っていたおかげで直撃は免れたが、それでもダメージはあまりにも大きすぎた。彼の服は黒く焦げ、もとの色の判別すら難しいほどになっている。
「あきらめて投降してください。その傷では、もう戦闘は無理でしょう」
コルベールがワルドを諭す。しかし、ワルドは焼けた唇を思い切り歪ませた。
「くくく。万全を、期したつもりなのに、ここまでひどくやられるとは。甘かったよ。貴様ら一人一人なら葬り去れたものを」
話しながらワルドはゆっくりと空へと上がり始めた。
「逃げるつもりか、オンドレ!」
「逃げるつもり? 馬鹿を言うな。貴様らごときを相手に、この私が逃げるものか。君に切り札があったように、私にも、切り札が、あるのだよ」
ワルドは杖を振りかざした。そして、意識を集中する。すさまじい魔法力がワルドの体からほとばしる。
「あのドアホ、まだあんな力を残しとったんか……。センセ、デルフリンガーをワイに!」
ウルフウッドが右腕をコルベールに向けた。間髪いれずにコルベールもウルフウッドへデルフリンガーを投げてよこす。
「さすがはスクエアクラスのメイジですね……。あんな強力な魔法力を見たのは、初めてです」
コルベールが慎重に呟く。辺りの風がワルドに向かって集中していく。
「最後の悪あがき、いうヤツか。ただ、なんにせよ、それが魔法である限り、こいつで防いだるまでや」
ウルフウッドがデルフリンガーを構えた。左手のルーンが光り始める。
「……勘違いするな。確かに、今から私がやろうとしていることは、大きな魔法力を必要とするが、絶対に君では防ぎきれない」
乾いた声でワルドは言った。
「まさか、オンドレ……」
ウルフウッドの言葉にワルドはにやりと笑う。
「終わりだ。いくら不死身の貴様でも、これだけの質量に押しつぶされれば、元も子もあるまい!」
ワルドが杖を振るった。それと同時に、空に浮かぶレキシントン号がゆっくりとウルフウッドたちへ向かって、降下をし始めた。
「な、なんということを!」
コルベールが冷や汗と共に叫んだ。
「レキシントン号を落とさせたのは、君の手の内を見るためだけじゃない。こうして、君を確実に、殺す切り札にするためだ!」
「くそったれが!」
ワルドを撃ち落すべくウルフウッドはパニッシャーの弾丸をワルドへ向けて放つ。しかし、ワルドはすばやくレキシントン号の影に隠れてしまった。
「ちっ」
ウルフウッドは舌打ちをした。他のものならともかく、墜ちてくる戦艦を撃ち落すことは出来ない。確実なのは魔法を放っている人物を倒すことだが、こうして戦艦の陰に隠れられると、攻撃することすら出来ない。
「センセ! 逃げるんや! あの、ドアホ、ワイらを道連れにするつもりや!」
コルベールは皮肉な笑いを浮かべる。
「無理ですよ、ウルフウッド君。あれだけの質量を持ったものが墜ちたら、どれだけの破壊力になると思っているんですか? 今更、走って逃げたところで逃げ切れしません」
「なんやと……」
「まだ風石が残っている以上、今すぐ墜ちてくることはありませんが、あのワルドが風で操っている。逃げたところで私たちを追撃してくるでしょう。終わりです。……我々は、彼の執念に負けてしまいました」
冷めた表情でコルベールは空を見上げた。大きな影が彼を包んでいる。死を目の前にして、彼は思いのほか冷静だった。
煙を上げながら迫ってくる巨大な影を、ぼんやりと見つめていた。
「……満身創痍やな」
中に浮かぶワルドの姿を見て、ウルフウッドがぼそりと呟いた。
「く、くそ……」
先ほどの爆発の勢いで風竜は飛ばされてしまった。全身に火傷を負ったワルドは、それでもなんとかフライの呪文で空中に浮いている。
風の防御壁を張っていたおかげで直撃は免れたが、それでもダメージはあまりにも大きすぎた。彼の服は黒く焦げ、もとの色の判別すら難しいほどになっている。
「あきらめて投降してください。その傷では、もう戦闘は無理でしょう」
コルベールがワルドを諭す。しかし、ワルドは焼けた唇を思い切り歪ませた。
「くくく。万全を、期したつもりなのに、ここまでひどくやられるとは。甘かったよ。貴様ら一人一人なら葬り去れたものを」
話しながらワルドはゆっくりと空へと上がり始めた。
「逃げるつもりか、オンドレ!」
「逃げるつもり? 馬鹿を言うな。貴様らごときを相手に、この私が逃げるものか。君に切り札があったように、私にも、切り札が、あるのだよ」
ワルドは杖を振りかざした。そして、意識を集中する。すさまじい魔法力がワルドの体からほとばしる。
「あのドアホ、まだあんな力を残しとったんか……。センセ、デルフリンガーをワイに!」
ウルフウッドが右腕をコルベールに向けた。間髪いれずにコルベールもウルフウッドへデルフリンガーを投げてよこす。
「さすがはスクエアクラスのメイジですね……。あんな強力な魔法力を見たのは、初めてです」
コルベールが慎重に呟く。辺りの風がワルドに向かって集中していく。
「最後の悪あがき、いうヤツか。ただ、なんにせよ、それが魔法である限り、こいつで防いだるまでや」
ウルフウッドがデルフリンガーを構えた。左手のルーンが光り始める。
「……勘違いするな。確かに、今から私がやろうとしていることは、大きな魔法力を必要とするが、絶対に君では防ぎきれない」
乾いた声でワルドは言った。
「まさか、オンドレ……」
ウルフウッドの言葉にワルドはにやりと笑う。
「終わりだ。いくら不死身の貴様でも、これだけの質量に押しつぶされれば、元も子もあるまい!」
ワルドが杖を振るった。それと同時に、空に浮かぶレキシントン号がゆっくりとウルフウッドたちへ向かって、降下をし始めた。
「な、なんということを!」
コルベールが冷や汗と共に叫んだ。
「レキシントン号を落とさせたのは、君の手の内を見るためだけじゃない。こうして、君を確実に、殺す切り札にするためだ!」
「くそったれが!」
ワルドを撃ち落すべくウルフウッドはパニッシャーの弾丸をワルドへ向けて放つ。しかし、ワルドはすばやくレキシントン号の影に隠れてしまった。
「ちっ」
ウルフウッドは舌打ちをした。他のものならともかく、墜ちてくる戦艦を撃ち落すことは出来ない。確実なのは魔法を放っている人物を倒すことだが、こうして戦艦の陰に隠れられると、攻撃することすら出来ない。
「センセ! 逃げるんや! あの、ドアホ、ワイらを道連れにするつもりや!」
コルベールは皮肉な笑いを浮かべる。
「無理ですよ、ウルフウッド君。あれだけの質量を持ったものが墜ちたら、どれだけの破壊力になると思っているんですか? 今更、走って逃げたところで逃げ切れしません」
「なんやと……」
「まだ風石が残っている以上、今すぐ墜ちてくることはありませんが、あのワルドが風で操っている。逃げたところで私たちを追撃してくるでしょう。終わりです。……我々は、彼の執念に負けてしまいました」
冷めた表情でコルベールは空を見上げた。大きな影が彼を包んでいる。死を目の前にして、彼は思いのほか冷静だった。
煙を上げながら迫ってくる巨大な影を、ぼんやりと見つめていた。
$
最初から勝ち目などなかった。まさにその通りだった。ワルドがあまりにも簡単にレキシントン号を撃墜させたことに、もっと疑問を感じるべきだった。
「すまんな。センセ。こんなことになってもうて」
「仕方がないですよ。むしろ、我々のような人間が誰かのために何かをしようとした、そのことを誇りましょう」
「お前も、すまんな」
「いいさ、相棒。どうせ今まで退屈してたんだからよー。最後の最後になかなか面白い目に会えたぜ」
ウルフウッドは静かに後悔する。コルベールは笑いながら空を見上げていた。それは満足しているようにも、あきらめているようにも見えた。
「どでかい戦艦の下敷きか。ろくでもない死に方やで、ほんま」
ウルフウッドはパニッシャーを墓標のように地面に突き刺した。あとは静かに神に祈るだけ――
「ウルフウッド!」
聞き慣れた声がウルフウッドの耳に届いた。
それはこの世から消える前に、もう一度聞きたかった声であると同時に、絶対にこの場に巻き込むわけにはいかない人物が近くにいることを示していた。
「な、なにそんなところであきらめてるのよ! この馬鹿!」
「なっ……」
ウルフウッドが振り返ると、その胸にルイズが飛び込んできた。
「ルイズ!」
「ミス・ヴァリエール! あなた、なぜわざわざここへ来たのですか! あなたの隠れいていた森から走り去れば、あなただけでも逃げ切れたものを!」
「なぜ、ここへ出てきた!」
「見えたのよ! あんたが、こうなっているのが、わたしの目に!」
「見えた、て、このドアホ! 見るんやったら、この状況を見さらさんかい! お前まで――」
「うるさい!」
ウルフウッドの胸に顔をうずめたまま、ルイズは力強く叫んだ。
「知ってる? 使い魔の契約を切る方法。使い魔の契約、ってね。使い魔が死ぬか、メイジが死ぬかしないと、消えることはないの」
「それとお前がここにいることと何の関係があんねん!」
「使い魔の契約っていうのは、それほど強いものなの! 死が二人を分かつまで、離れることはないの!」
ルイズはウルフウッドのジャケットを強く強く握り締める。
「だから、だから、あんたを置いて、わたしだけ生きていくなんてことは出来ないの」
ウルフウッドは唇を噛み締めた。血が、彼の口を伝う。
「センセ。頼む。後生や。魔法でも何でもええ。なんとかして、じょうちゃんを安全なところへ。ところへやってくれ」
ウルフウッドはルイズの両肩を掴んで、ゆっくりと引き離す。
「ウルフウッド君……」
コルベールはウルフウッドの瞳を見つめる。
「いや!」
「アホ抜かすな!」
「だから、いや!」
「お前が、お前みたいなヤツが、なんでオレみたいな人間と一緒に死ななあかんのや! お前とオレは住んでいる世界が違う。全然違うんや」
「なにも違わなくなんかないわよ! あんたはあたしの使い魔で、それでわたしは――あんたの傍にいたいのよ。自分の意思で、ここで。
あんたにとっちゃ、わたしなんか何も出来ない足手まといのお荷物かもしれないけど、けど、それでも、ただ何も出来ないまま見ているだけなのはいやなの!」
ルイズは両手を握り締めて、涙を目にためながら叫んだ。
「阿呆が……」
ウルフウッドは力なく呟くと、ゆっくりと天を仰いだ。もう、レキシントン号は彼らのすぐ傍にまで迫っている。
「結局、一番守らなあかんもんが、守れへんかったか」
ここまで戦艦が迫れば、もうどうあがいてもルイズが逃げ出す術はない。ウルフウッドはあきらめたように、ふっと笑った。
「じょうちゃん、最期やから、アホなオンドレに、これだけは、はっきりと言うといたるわ」
「な、なによ」
ルイズは不機嫌さで不安を押し殺したような声を出した。
ウルフウッドはそんなルイズから目を逸らしたままで、素っ気無い仕草のまま口を開いた。
「……ありがとな」
ウルフウッドはルイズの頭をゆっくりと優しく撫でた。
ルイズは口を開けて何かを言おうとした。しかし、言葉にならない。心の中に、今まで感じた事のない、どこか暖かいものが湧き上がってくる。
「光っ……てる?」
ルイズの気持ちとまるで呼応するように、彼女が胸に抱いていた始祖の祈祷書と左手にはめた水のルビーが輝き始めた。
手に持った本のページがひとりでに開いた。
「なに、これ……」
何もないはずの白紙のページに、文字が見えた。いや、正確には違った。ルイズの意識に流れ込むようにして、そこに書かれている内容が入り込んできた。不思議な感覚だった。恐怖も何も、もう感じなかった。ただ、自分のやるべきことだけが、はっきりと分かった。
ルイズは杖を上へ向けて、目を閉じた。墜ちてくるレキシントン号はもう目と鼻の先に迫っていた。
「ルイズ……?」
ウルフウッドの声も届かないように、ルイズは一心に何かを唱えている。ウルフウッドはその声に不思議な安らぎと、安心感を感じた。
「呪文の詠唱? しかし、そんな詠唱は聞いたことがない……」
その様子をコルベールも呆然と眺める。
「なつかしーねえ。一体何年ぶりだろうな。これを聞くのは」
デルフリンガーがただ一人、感慨深げな声を上げる。
ルイズはすっと扉を開くように、その目を開いた。そして、ただ一言、呟く。
「エクスプロージョン」
その直後、白い強烈な光が辺りを包んだ。
「すまんな。センセ。こんなことになってもうて」
「仕方がないですよ。むしろ、我々のような人間が誰かのために何かをしようとした、そのことを誇りましょう」
「お前も、すまんな」
「いいさ、相棒。どうせ今まで退屈してたんだからよー。最後の最後になかなか面白い目に会えたぜ」
ウルフウッドは静かに後悔する。コルベールは笑いながら空を見上げていた。それは満足しているようにも、あきらめているようにも見えた。
「どでかい戦艦の下敷きか。ろくでもない死に方やで、ほんま」
ウルフウッドはパニッシャーを墓標のように地面に突き刺した。あとは静かに神に祈るだけ――
「ウルフウッド!」
聞き慣れた声がウルフウッドの耳に届いた。
それはこの世から消える前に、もう一度聞きたかった声であると同時に、絶対にこの場に巻き込むわけにはいかない人物が近くにいることを示していた。
「な、なにそんなところであきらめてるのよ! この馬鹿!」
「なっ……」
ウルフウッドが振り返ると、その胸にルイズが飛び込んできた。
「ルイズ!」
「ミス・ヴァリエール! あなた、なぜわざわざここへ来たのですか! あなたの隠れいていた森から走り去れば、あなただけでも逃げ切れたものを!」
「なぜ、ここへ出てきた!」
「見えたのよ! あんたが、こうなっているのが、わたしの目に!」
「見えた、て、このドアホ! 見るんやったら、この状況を見さらさんかい! お前まで――」
「うるさい!」
ウルフウッドの胸に顔をうずめたまま、ルイズは力強く叫んだ。
「知ってる? 使い魔の契約を切る方法。使い魔の契約、ってね。使い魔が死ぬか、メイジが死ぬかしないと、消えることはないの」
「それとお前がここにいることと何の関係があんねん!」
「使い魔の契約っていうのは、それほど強いものなの! 死が二人を分かつまで、離れることはないの!」
ルイズはウルフウッドのジャケットを強く強く握り締める。
「だから、だから、あんたを置いて、わたしだけ生きていくなんてことは出来ないの」
ウルフウッドは唇を噛み締めた。血が、彼の口を伝う。
「センセ。頼む。後生や。魔法でも何でもええ。なんとかして、じょうちゃんを安全なところへ。ところへやってくれ」
ウルフウッドはルイズの両肩を掴んで、ゆっくりと引き離す。
「ウルフウッド君……」
コルベールはウルフウッドの瞳を見つめる。
「いや!」
「アホ抜かすな!」
「だから、いや!」
「お前が、お前みたいなヤツが、なんでオレみたいな人間と一緒に死ななあかんのや! お前とオレは住んでいる世界が違う。全然違うんや」
「なにも違わなくなんかないわよ! あんたはあたしの使い魔で、それでわたしは――あんたの傍にいたいのよ。自分の意思で、ここで。
あんたにとっちゃ、わたしなんか何も出来ない足手まといのお荷物かもしれないけど、けど、それでも、ただ何も出来ないまま見ているだけなのはいやなの!」
ルイズは両手を握り締めて、涙を目にためながら叫んだ。
「阿呆が……」
ウルフウッドは力なく呟くと、ゆっくりと天を仰いだ。もう、レキシントン号は彼らのすぐ傍にまで迫っている。
「結局、一番守らなあかんもんが、守れへんかったか」
ここまで戦艦が迫れば、もうどうあがいてもルイズが逃げ出す術はない。ウルフウッドはあきらめたように、ふっと笑った。
「じょうちゃん、最期やから、アホなオンドレに、これだけは、はっきりと言うといたるわ」
「な、なによ」
ルイズは不機嫌さで不安を押し殺したような声を出した。
ウルフウッドはそんなルイズから目を逸らしたままで、素っ気無い仕草のまま口を開いた。
「……ありがとな」
ウルフウッドはルイズの頭をゆっくりと優しく撫でた。
ルイズは口を開けて何かを言おうとした。しかし、言葉にならない。心の中に、今まで感じた事のない、どこか暖かいものが湧き上がってくる。
「光っ……てる?」
ルイズの気持ちとまるで呼応するように、彼女が胸に抱いていた始祖の祈祷書と左手にはめた水のルビーが輝き始めた。
手に持った本のページがひとりでに開いた。
「なに、これ……」
何もないはずの白紙のページに、文字が見えた。いや、正確には違った。ルイズの意識に流れ込むようにして、そこに書かれている内容が入り込んできた。不思議な感覚だった。恐怖も何も、もう感じなかった。ただ、自分のやるべきことだけが、はっきりと分かった。
ルイズは杖を上へ向けて、目を閉じた。墜ちてくるレキシントン号はもう目と鼻の先に迫っていた。
「ルイズ……?」
ウルフウッドの声も届かないように、ルイズは一心に何かを唱えている。ウルフウッドはその声に不思議な安らぎと、安心感を感じた。
「呪文の詠唱? しかし、そんな詠唱は聞いたことがない……」
その様子をコルベールも呆然と眺める。
「なつかしーねえ。一体何年ぶりだろうな。これを聞くのは」
デルフリンガーがただ一人、感慨深げな声を上げる。
ルイズはすっと扉を開くように、その目を開いた。そして、ただ一言、呟く。
「エクスプロージョン」
その直後、白い強烈な光が辺りを包んだ。