使い魔はじめました―第16話―
「ユビキタス・デル・ウィンデ……」
ギトーと名乗った教師が呪文を唱える。
それが完成した瞬間、ギトーが二人に増えた。
生徒達からは、げえっ、と不満そうな声が上がった。
サララはそんな情景を見て驚いて声を上げそうになった。
「「さて、これが風の『遍在』だ。風の魔法が最強たる所以の一つだな」」
二人のギトーが声を重ねながら説明した。
だが次の瞬間には片方のギトーが掻き消えた。
「もっとも、最強とはいえ弱点もある。遍在は精神力の消耗が激しい。
こういった授業の時に、あまり長く出しておくわけにもいかない」
一人に戻ったギトーが淡々と説明を続ける。
「さて、この『遍在』だが意志によって存在する距離を伸ばすことができる。
当然だな。魔法の強さは精神の強さによってその威力が変わる。
遍在の場合は、その発動距離が変わるということだ」
黒板に何事かが書き込まれ、生徒達はそれを書き写す。
あれ何が書いてあるんですか、とサララは小声でルイズに尋ねる。
「『意志の強さは精神力であり、精神力と遍在を出せる距離は比例する』よ」
成程、とサララは納得した。サララの知る魔法も、行使者の賢さに比例し威力が上がる。
それと同じようなものだろう、と理解した。
「ミス・ヴァリエール! 使い魔とのお喋りは慎みたまえ!」
ルイズの私語に気づいたギトーがぎろり、と睨みを聞かせた。
「も、申し訳ありません、ミスタ・ギトー」
慌てて、席から立ち上がった。
「お喋りをしているということは、理解できているということだな。
では教えてもらおうか。風の魔法の最強たる所以の一つは先ほどあげた遍在。
もう一つは見えずとも諸君らを守る盾となりうること」
ギトーはかつかつとチョークで黒板に書き込む。
「ではもう一つが何かは……分かるかね?」
その言葉に立ち上がっていたルイズは、はた、と考え込む。
ずっと以前。その言葉を何処かで聞いた気がするのだ。
本で読んだのだっただろうか……と考える。
それに思い当たって、あ、と小さく声を上げた。
「必要とあらば敵を吹き飛ばす矛となること……ですか?」
ルイズがおそるおそる答えると、ギトーがふん、と鼻を鳴らす。
「正解だ。……それは母君の教育の賜物であろうな。座ってよろしい」
その声にいくらか満足そうなものが含まれる。
黒板にその答えを書き示していくギトー。
ペンが走る音の中で、あの地獄耳、と呟くルイズの小さな声が耳に届く。
そんな彼女の声を聞きながら、ギトーはニヤリと笑った。
風のメイジ、それもスクウェアに近いトライアングルである彼にとって、
教室にいる生徒の声を拾うことなど造作もないことだ。
授業を続けながら、彼は追憶する。
彼が風を最強だと思うようになったのにはある理由がある。
幼い頃、友人たちと遠出をし、橋のたもとで遊んでいた時のことである。
突如として爆音が鳴り響き、あちこちから馬の蹄の音が響いた。
彼は知らなかったが、近くに住む貴族が反乱を起こし、そこは戦場となったのである。
そんな彼を救ったのは、烈風をまとった一人の騎士であった。
マンティコアにまたがった騎士は、彼の見る前で敵を殲滅していった。
自分もあのように強い風のメイジになるのだ、と幼い日の彼は心に誓った。
先ほどあげた言葉は、その騎士が彼に聞かせてくれたものである。
その騎士の正体が、今のルイズのように年若くスレンダーな体つきの美少女だったのが
純朴な少年だったギトーの心を刺激しなかった、といえば嘘になろうが。
姫殿下を出迎えた時、とりたてて変わったことはなかった。
ただ、ルイズが傍に控えた騎士の顔を見て、顔面が蒼白になったくらいである。
「あのお姫様も、綺麗な人だったねえ。まるでオーロラ姫みたいだ」
チョコの言葉に、サララは何度かお目通りしたことがある城の姫を思い出す。
青とも緑ともつかぬ深く美しい波打つ髪に、透き通るような白い肌。
星の光を宿したかのようにきらめく瞳。実に美しく、可愛らしい女性だった。
そういえば、彼女の小鳥は王宮で元気にやっているだろうか。
今頃は綺麗な金色に戻っているのかな……と思いを馳せていた。
騎士を見て以降ぼけーっとしたままのルイズと、
思い出に浸りながらぼけーっとしたままのサララと
眠くなってきてぼけーっとしているチョコ。
そんな穏やかな時間を壊したのは、一つのノックの音だった。
初めに長く二回、それから短く三回……。
「誰だろ?」
眠たげに目を半開きにしてチョコが呟く。
ルイズの顔がはっとした顔になった。急いで立ち上がり、ドアを開く。
そこに立っていたのは、真っ黒な頭巾をすっぽりとかぶった少女だった。
辺りをうかがうように首を回すとそそくさと部屋に入り、後ろでに扉を閉めた。
彼女は、しっ、と言わんばかりに口元に指を立てた。
それから、頭巾と同じ漆黒のマントの隙間から、魔法の杖を取り出し、
短くルーンと唱えながら振った。光の粉が、部屋に舞う。
「……ディテクトマジック?」
ルイズが尋ねた。少女は頷く。
「昔から壁には耳があり窓にはメアリーがいると聞きますから。
聞かれたくない話をするには注意をしないと……」
「こっちの慣用句には詳しくないけどそれ違うと思うよ」
少女の言葉に対するチョコの突っ込みは流された。
部屋のどこにも聞き耳を立てる魔法の耳や覗き穴がないことを確認し、少女は頭巾をとる。
「ひ、姫殿下!」
現れたのはアンリエッタ王女その人であった。ルイズは慌てて膝をつく。
サララもそれにならって膝をついた。
アンリエッタは涼しげな、心地よい声でいった。
「お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ」
アンリエッタとルイズは、再会を祝して抱き合いながら昔話に花を咲かせている。
楽しそうだなあ、とサララはニコニコしながらそれを見ていた。
「……まるで劇を見てるみたいだね」
二人の大げさな動きに、チョコはちょっぴり呆れ気味だ。
「それで、姫さま、何かお話ししたいことがあるのでわ?」
ある程度はしゃいだ後で、ルイズが真剣な眼差しで彼女を見る。
その視線に少し戸惑うものの、やがてアンリエッタは彼女を見つめ返した。
「ええ。……単刀直入に言いますわ、ルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエール。
あなたと……あなたの使い魔に、一つ命令を下したいのです」
いきなり自分が話題に出てきて、サララが目を丸くする。見えないが。
「ひ、姫さま、どうしてサララを、私の使い魔のことを?」
ルイズが驚きながら問いかける。
「土くれのフーケを追い詰めた異国の魔道具使い、という報告が
私の耳にも届いていましてよ」
王女はサララをちらりと見やった後で、再び向き直る。
「あなた方の実力を見越して頼みがあります。
非公式ですが、命令ということになりますわ」
ちょっと逡巡しながらも、アンリエッタは言葉を続ける。
「……命にかかわる任務です。断るなら今しかありませんよ。
ああ、けれど、あなたに断られたら身の破滅ですわ!」
よよよ、と目元をぬぐうアンリエッタ。
「わ、分かりましたわ! いかな困難があろうとも、このルイズ!
あと使い魔のサララとチョコ! その任務を果たしてみせます!」
ルイズが薄い胸をどん、と叩いて意気込んだ。
「ああ、ありがとうルイズ……! では説明させてちょうだい」
アンリエッタは涙を拭くと、説明を始めた。
「実は王宮の中で、私とゲルマニアの皇帝の婚姻による、
対レコンキスタへの同盟の話が持ち上がっているのです」
「あの成り上がりの国とですって!」
ルイズが腹を立てて叫んだ。ゲルマニア……とサララ思い出す。
確か、隣室のキュルケの故郷ではなかっただろうか?
そういえば、彼女の国では魔法が使えなくとも貴族になれる、とか聞いた気がする。
まあ成り上がりといえないこともないかな、と思う。
「レコンキスタって何? 怪物?」
チョコの問いかけにルイズが答える。
「細かいことは宗教とか関わるから説明しないでおくと、
王家を滅ぼそうとする集団のことよ」
「そんなのがあるんだ……」
平和ボケしたチョコの言葉にちょっと頭を抱えたくなるルイズ。
一体どれだけ平和な人生だったのよ……と遠い目をしたくなった。
「ゲルマニアでは今、たちの悪い病が流行っているとかで、
まだ本格的な話にはなっていませんわ。けれど……もし本格的に
話が進んだとしたら、一つ懸念があるのです」
アンリエッタは目を伏せた。
「それは……アルビオンの皇太子ウェールズ・テューダー様にしたためた一通の手紙です。
その中で私は、……彼への愛を始祖に誓ったのです。
ああ、この愚かな姫をブリミルよお許しください……」
あまりの後悔に目を閉じているアンリエッタを見て、ルイズは時が止まった。
「ひひひ、姫さま、何を暴露なさってるんですか!」
サララにも、何となく彼女がマズいこと言った、という雰囲気だけが伝わる。
「始祖に誓うって、それ、結婚の約束じゃないですか!」
「ええ、そうなのです。そんなものがレコンキスタの手に渡ったら、
ゲルマニアと婚姻なんて結ぶことができなくなりますわ!
というわけで、ルイズ。ウェールズ様にあって、
手紙を取り戻してきてください。……あなたにもお願いできますか、サララさん」
アンリエッタに向き直られて、サララはしばし考え込んだものの、こくり、と頷いた。
「えー受けちゃうの? まったく、サララったらお人よしだなあ。
わかったよ。ボクもついていくよ。ボクはサララのパートナーだからね」
「ではその任務、この僕にもお任せください!」
バンッ! と扉を開け、少年が転がるように入り込んできた。
「え、ええっと、あなたは?」
アンリエッタは驚きのあまり目を瞬かせている。
「ギーシュ・ド・グラモン! 元帥の息子です! その任務お任せください!」
ギーシュは美しい姫を目の前にして、目をらんらんと輝かせている。
「わ、分かりましたわ、ミスタ・グラモン」
その勢いに押されながら、アンリエッタは微笑む。
「姫殿下が! 僕に! 微笑んで!」
ギーシュは感激のあまりその場に倒れこんで気絶しそうだった。
「……では殿下。明日の朝出発するといたします。
できるだけ他人に知られない方がよろしいのでしょう?」
「ええ。ウェールズ皇太子は、アルビオンのニューカッスルの辺りに
陣を構えていると聞き及びます。どうか気をつけて……」
アンリエッタは、胸元から一通の手紙を取り出した。
「これは、王子に件の手紙を返していただけるようしたためたものです。
その花押を見れば、私の手紙だ、とお分かりいただけるはずですわ」
それから、右手の薬指から指輪を引き抜くとルイズに手渡した。
「母君からいただいた、王家に伝わる『水のルビー』です。
身分を証明するよう求められたら、これをウェールズ様にお見せください。
……旅費には、少ないですがこれを持って行ってちょうだい。
私が自由に出来るお金を集めていたものですわ」
アンリエッタはさらに貨幣がいくらか詰まった布袋を渡した。
一体どこにしまってたんだろう、とサララは思ったが、
費用があるに越したことはないので、受け取っておくことにしましょう、と
ルイズに進言した。ルイズが、それを受け取る。
「この任務には、この国の未来がかかっていますわ。どうか、あなた方に
始祖のお守りがありますように……」
その言葉を受けて、ルイズとサララは深く頭を下げた。
ギトーと名乗った教師が呪文を唱える。
それが完成した瞬間、ギトーが二人に増えた。
生徒達からは、げえっ、と不満そうな声が上がった。
サララはそんな情景を見て驚いて声を上げそうになった。
「「さて、これが風の『遍在』だ。風の魔法が最強たる所以の一つだな」」
二人のギトーが声を重ねながら説明した。
だが次の瞬間には片方のギトーが掻き消えた。
「もっとも、最強とはいえ弱点もある。遍在は精神力の消耗が激しい。
こういった授業の時に、あまり長く出しておくわけにもいかない」
一人に戻ったギトーが淡々と説明を続ける。
「さて、この『遍在』だが意志によって存在する距離を伸ばすことができる。
当然だな。魔法の強さは精神の強さによってその威力が変わる。
遍在の場合は、その発動距離が変わるということだ」
黒板に何事かが書き込まれ、生徒達はそれを書き写す。
あれ何が書いてあるんですか、とサララは小声でルイズに尋ねる。
「『意志の強さは精神力であり、精神力と遍在を出せる距離は比例する』よ」
成程、とサララは納得した。サララの知る魔法も、行使者の賢さに比例し威力が上がる。
それと同じようなものだろう、と理解した。
「ミス・ヴァリエール! 使い魔とのお喋りは慎みたまえ!」
ルイズの私語に気づいたギトーがぎろり、と睨みを聞かせた。
「も、申し訳ありません、ミスタ・ギトー」
慌てて、席から立ち上がった。
「お喋りをしているということは、理解できているということだな。
では教えてもらおうか。風の魔法の最強たる所以の一つは先ほどあげた遍在。
もう一つは見えずとも諸君らを守る盾となりうること」
ギトーはかつかつとチョークで黒板に書き込む。
「ではもう一つが何かは……分かるかね?」
その言葉に立ち上がっていたルイズは、はた、と考え込む。
ずっと以前。その言葉を何処かで聞いた気がするのだ。
本で読んだのだっただろうか……と考える。
それに思い当たって、あ、と小さく声を上げた。
「必要とあらば敵を吹き飛ばす矛となること……ですか?」
ルイズがおそるおそる答えると、ギトーがふん、と鼻を鳴らす。
「正解だ。……それは母君の教育の賜物であろうな。座ってよろしい」
その声にいくらか満足そうなものが含まれる。
黒板にその答えを書き示していくギトー。
ペンが走る音の中で、あの地獄耳、と呟くルイズの小さな声が耳に届く。
そんな彼女の声を聞きながら、ギトーはニヤリと笑った。
風のメイジ、それもスクウェアに近いトライアングルである彼にとって、
教室にいる生徒の声を拾うことなど造作もないことだ。
授業を続けながら、彼は追憶する。
彼が風を最強だと思うようになったのにはある理由がある。
幼い頃、友人たちと遠出をし、橋のたもとで遊んでいた時のことである。
突如として爆音が鳴り響き、あちこちから馬の蹄の音が響いた。
彼は知らなかったが、近くに住む貴族が反乱を起こし、そこは戦場となったのである。
そんな彼を救ったのは、烈風をまとった一人の騎士であった。
マンティコアにまたがった騎士は、彼の見る前で敵を殲滅していった。
自分もあのように強い風のメイジになるのだ、と幼い日の彼は心に誓った。
先ほどあげた言葉は、その騎士が彼に聞かせてくれたものである。
その騎士の正体が、今のルイズのように年若くスレンダーな体つきの美少女だったのが
純朴な少年だったギトーの心を刺激しなかった、といえば嘘になろうが。
姫殿下を出迎えた時、とりたてて変わったことはなかった。
ただ、ルイズが傍に控えた騎士の顔を見て、顔面が蒼白になったくらいである。
「あのお姫様も、綺麗な人だったねえ。まるでオーロラ姫みたいだ」
チョコの言葉に、サララは何度かお目通りしたことがある城の姫を思い出す。
青とも緑ともつかぬ深く美しい波打つ髪に、透き通るような白い肌。
星の光を宿したかのようにきらめく瞳。実に美しく、可愛らしい女性だった。
そういえば、彼女の小鳥は王宮で元気にやっているだろうか。
今頃は綺麗な金色に戻っているのかな……と思いを馳せていた。
騎士を見て以降ぼけーっとしたままのルイズと、
思い出に浸りながらぼけーっとしたままのサララと
眠くなってきてぼけーっとしているチョコ。
そんな穏やかな時間を壊したのは、一つのノックの音だった。
初めに長く二回、それから短く三回……。
「誰だろ?」
眠たげに目を半開きにしてチョコが呟く。
ルイズの顔がはっとした顔になった。急いで立ち上がり、ドアを開く。
そこに立っていたのは、真っ黒な頭巾をすっぽりとかぶった少女だった。
辺りをうかがうように首を回すとそそくさと部屋に入り、後ろでに扉を閉めた。
彼女は、しっ、と言わんばかりに口元に指を立てた。
それから、頭巾と同じ漆黒のマントの隙間から、魔法の杖を取り出し、
短くルーンと唱えながら振った。光の粉が、部屋に舞う。
「……ディテクトマジック?」
ルイズが尋ねた。少女は頷く。
「昔から壁には耳があり窓にはメアリーがいると聞きますから。
聞かれたくない話をするには注意をしないと……」
「こっちの慣用句には詳しくないけどそれ違うと思うよ」
少女の言葉に対するチョコの突っ込みは流された。
部屋のどこにも聞き耳を立てる魔法の耳や覗き穴がないことを確認し、少女は頭巾をとる。
「ひ、姫殿下!」
現れたのはアンリエッタ王女その人であった。ルイズは慌てて膝をつく。
サララもそれにならって膝をついた。
アンリエッタは涼しげな、心地よい声でいった。
「お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ」
アンリエッタとルイズは、再会を祝して抱き合いながら昔話に花を咲かせている。
楽しそうだなあ、とサララはニコニコしながらそれを見ていた。
「……まるで劇を見てるみたいだね」
二人の大げさな動きに、チョコはちょっぴり呆れ気味だ。
「それで、姫さま、何かお話ししたいことがあるのでわ?」
ある程度はしゃいだ後で、ルイズが真剣な眼差しで彼女を見る。
その視線に少し戸惑うものの、やがてアンリエッタは彼女を見つめ返した。
「ええ。……単刀直入に言いますわ、ルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエール。
あなたと……あなたの使い魔に、一つ命令を下したいのです」
いきなり自分が話題に出てきて、サララが目を丸くする。見えないが。
「ひ、姫さま、どうしてサララを、私の使い魔のことを?」
ルイズが驚きながら問いかける。
「土くれのフーケを追い詰めた異国の魔道具使い、という報告が
私の耳にも届いていましてよ」
王女はサララをちらりと見やった後で、再び向き直る。
「あなた方の実力を見越して頼みがあります。
非公式ですが、命令ということになりますわ」
ちょっと逡巡しながらも、アンリエッタは言葉を続ける。
「……命にかかわる任務です。断るなら今しかありませんよ。
ああ、けれど、あなたに断られたら身の破滅ですわ!」
よよよ、と目元をぬぐうアンリエッタ。
「わ、分かりましたわ! いかな困難があろうとも、このルイズ!
あと使い魔のサララとチョコ! その任務を果たしてみせます!」
ルイズが薄い胸をどん、と叩いて意気込んだ。
「ああ、ありがとうルイズ……! では説明させてちょうだい」
アンリエッタは涙を拭くと、説明を始めた。
「実は王宮の中で、私とゲルマニアの皇帝の婚姻による、
対レコンキスタへの同盟の話が持ち上がっているのです」
「あの成り上がりの国とですって!」
ルイズが腹を立てて叫んだ。ゲルマニア……とサララ思い出す。
確か、隣室のキュルケの故郷ではなかっただろうか?
そういえば、彼女の国では魔法が使えなくとも貴族になれる、とか聞いた気がする。
まあ成り上がりといえないこともないかな、と思う。
「レコンキスタって何? 怪物?」
チョコの問いかけにルイズが答える。
「細かいことは宗教とか関わるから説明しないでおくと、
王家を滅ぼそうとする集団のことよ」
「そんなのがあるんだ……」
平和ボケしたチョコの言葉にちょっと頭を抱えたくなるルイズ。
一体どれだけ平和な人生だったのよ……と遠い目をしたくなった。
「ゲルマニアでは今、たちの悪い病が流行っているとかで、
まだ本格的な話にはなっていませんわ。けれど……もし本格的に
話が進んだとしたら、一つ懸念があるのです」
アンリエッタは目を伏せた。
「それは……アルビオンの皇太子ウェールズ・テューダー様にしたためた一通の手紙です。
その中で私は、……彼への愛を始祖に誓ったのです。
ああ、この愚かな姫をブリミルよお許しください……」
あまりの後悔に目を閉じているアンリエッタを見て、ルイズは時が止まった。
「ひひひ、姫さま、何を暴露なさってるんですか!」
サララにも、何となく彼女がマズいこと言った、という雰囲気だけが伝わる。
「始祖に誓うって、それ、結婚の約束じゃないですか!」
「ええ、そうなのです。そんなものがレコンキスタの手に渡ったら、
ゲルマニアと婚姻なんて結ぶことができなくなりますわ!
というわけで、ルイズ。ウェールズ様にあって、
手紙を取り戻してきてください。……あなたにもお願いできますか、サララさん」
アンリエッタに向き直られて、サララはしばし考え込んだものの、こくり、と頷いた。
「えー受けちゃうの? まったく、サララったらお人よしだなあ。
わかったよ。ボクもついていくよ。ボクはサララのパートナーだからね」
「ではその任務、この僕にもお任せください!」
バンッ! と扉を開け、少年が転がるように入り込んできた。
「え、ええっと、あなたは?」
アンリエッタは驚きのあまり目を瞬かせている。
「ギーシュ・ド・グラモン! 元帥の息子です! その任務お任せください!」
ギーシュは美しい姫を目の前にして、目をらんらんと輝かせている。
「わ、分かりましたわ、ミスタ・グラモン」
その勢いに押されながら、アンリエッタは微笑む。
「姫殿下が! 僕に! 微笑んで!」
ギーシュは感激のあまりその場に倒れこんで気絶しそうだった。
「……では殿下。明日の朝出発するといたします。
できるだけ他人に知られない方がよろしいのでしょう?」
「ええ。ウェールズ皇太子は、アルビオンのニューカッスルの辺りに
陣を構えていると聞き及びます。どうか気をつけて……」
アンリエッタは、胸元から一通の手紙を取り出した。
「これは、王子に件の手紙を返していただけるようしたためたものです。
その花押を見れば、私の手紙だ、とお分かりいただけるはずですわ」
それから、右手の薬指から指輪を引き抜くとルイズに手渡した。
「母君からいただいた、王家に伝わる『水のルビー』です。
身分を証明するよう求められたら、これをウェールズ様にお見せください。
……旅費には、少ないですがこれを持って行ってちょうだい。
私が自由に出来るお金を集めていたものですわ」
アンリエッタはさらに貨幣がいくらか詰まった布袋を渡した。
一体どこにしまってたんだろう、とサララは思ったが、
費用があるに越したことはないので、受け取っておくことにしましょう、と
ルイズに進言した。ルイズが、それを受け取る。
「この任務には、この国の未来がかかっていますわ。どうか、あなた方に
始祖のお守りがありますように……」
その言葉を受けて、ルイズとサララは深く頭を下げた。
姫は自室に帰り、ルイズも明日に備えて早く寝ようとベッドにもぐりこむ。
サララは一人、とてもワクワクしていた。
土くれのフーケ退治どころではない遠出、しかも王宮からの依頼だ。
あの可愛らしいお姫様を助けてあげられるし、成功すれば
それ相応の報酬が出るに違いない、と思い胸が高鳴る。
彼女は鍋と袋の中身を整理し始めた。
戦場の真っ只中に行くというのだから、傷を治す道具は必要だろうし、
それ相応の装備を身につけねばなるまい。
いつものワンピースの下に、一枚のシャツを着よう、とそれを取り出す。
傷を治すために、魔法の音色を奏でるオルゴールを取り出す。
それから……、と彼女は一振りの剣を取り出した。
水色の刀身をした剣は、今日授業で見た魔法に対して、
効果が期待できる、とサララが予測したものだ。
しばらく鍋をごそごそと漁った後で、これでよし、と袋の口を締める。
明日からは一体、どんな冒険が待っているんだろうか。
気分を高揚させたまま、ベッドに入り目を閉じる。
ふと、瞼の裏に浮かんだアンリエッタと、金色の小鳥が重なった。
ああ、アンリエッタはあの小鳥なのだ、とぼんやり思った。
退屈なお城の生活から抜け出そうと、飛び立った小鳥。
だが世界は思ったよりも辛いものだった。
それでも、懸命に生きようとしている、小鳥なのだ、と、
まどろみの中で、サララはそんなことを考えるのだった。
サララは一人、とてもワクワクしていた。
土くれのフーケ退治どころではない遠出、しかも王宮からの依頼だ。
あの可愛らしいお姫様を助けてあげられるし、成功すれば
それ相応の報酬が出るに違いない、と思い胸が高鳴る。
彼女は鍋と袋の中身を整理し始めた。
戦場の真っ只中に行くというのだから、傷を治す道具は必要だろうし、
それ相応の装備を身につけねばなるまい。
いつものワンピースの下に、一枚のシャツを着よう、とそれを取り出す。
傷を治すために、魔法の音色を奏でるオルゴールを取り出す。
それから……、と彼女は一振りの剣を取り出した。
水色の刀身をした剣は、今日授業で見た魔法に対して、
効果が期待できる、とサララが予測したものだ。
しばらく鍋をごそごそと漁った後で、これでよし、と袋の口を締める。
明日からは一体、どんな冒険が待っているんだろうか。
気分を高揚させたまま、ベッドに入り目を閉じる。
ふと、瞼の裏に浮かんだアンリエッタと、金色の小鳥が重なった。
ああ、アンリエッタはあの小鳥なのだ、とぼんやり思った。
退屈なお城の生活から抜け出そうと、飛び立った小鳥。
だが世界は思ったよりも辛いものだった。
それでも、懸命に生きようとしている、小鳥なのだ、と、
まどろみの中で、サララはそんなことを考えるのだった。