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虚無に響く山彦-後編


空には双月と無数の綺羅星が瞬いていた。
天草扇千代の忍者眼は、闇と星影が紗のように重なる草原を進むアルビオン軍をはたと見据えている。
彼は予定より早く着いたのだがアルビオン軍の足並みは異常に早く、丘の直前まで来ていたのだ。
追撃の勢いもそのままにロサイスになだれ込むつもりなのだろう。
これほどの軍勢を見るのは幼き日、島原の乱のおりに天草党の者に連れられて遠目に見た征討軍以来である。
ただし、かつて見た征討軍は天草党が力を貸すいわば味方であったのに対して、眼前のアルビオン軍は全て敵である。

「風は蕭々として易水さむし。壮士ひとたび去ってまたかえらず・・・か」
「どうした相棒、いきなり詩なんて吟じて。詩情が首をもたげるような状況じゃないと思うんだがな」
「なに、おれのいた世界の詩だ。意味は・・・責任を果たすまで帰らないだったかな」
「責任って荷が勝ち過ぎやしねえか?これは確実に死ぬぜ。一度拾った命なら嬢ちゃんの言うように逃げた方がいいと思うがねえ。
そもそも相棒はなんで嬢ちゃんに従うんだよ」

デルフリンガーの言葉に扇千代は忽然と黙した。

慶安三年の長崎、扇千代は断末魔の一念を乗せた忍法山彦によって最後の敵マリア天姫を討ち果たした。

五感が消滅し、視界が暗転する。己の配下達もこのような道を辿ったのかと考えつつ、彼の意識は深淵に落ちていった。
扇千代は悔いていた。本来、彼は天草家再興に際して頭首となるべき立場にあった。
しかし、彼が徹底してそれを意識していたかというと微妙なところがある。
伊賀山中から彼が出たのは天草党遺臣の計らいによるもの。
秘宝奪還の命にしても自重すべき彼が突出して忍法の要であった目を塞がれ、みすみす一党の者を死なすことになったのではないか。
そもそも扇千代と長崎の秘命に赴いた天草党の十四人の関係は、主家再興の悲願による繋がりだけではない。
任務の間は上下関係こそあるが、彼らは扇千代と肩を並べ笑いあう兄弟であり、また扇千代の成長を楽しみにする保護者でもあった。
彼らは皆、主家再興の任を越えたところで扇千代が頭首となることを願っていたのだ。
しかし彼らは皆死に、彼らの想いを受けた扇千代も志半ばで死んだ。
そして彼らの想いを察することができず、また答えられなかった不甲斐ない自分自身に、扇千代は絶望していた。

──めんない様──

ああそうだ、おれは全くの盲だった。ミカエル助蔵に両眼を縫い付けられる前から既に分際わきまえぬ盲人だったのだ。
扇千代は願った。彼が再び道を進むのではない、己の道を進む"誰か"の手助けをしたい、それだけだった。
その瞬間彼の意識は白熱する渦に巻き込まれた。
目覚めた時、扇千代は春風が渡る大地に横たわっていた。目の前には異様な姿の少女が立っている。

「何であんたなのよ・・・」

陰にこもった呟きを一つ漏らした後、少女はいきなり扇千代の唇を奪った。
ここに『契約』は結ばれ、天草扇千代は新たな道の始発点に立った。

扇千代は困惑した。
別に日常の雑用やハルケギニア──文化の違いや魔法の概念には驚いたが、彼はすぐに順応した──のことではない、
メイジにしても杖か詠唱の時間が弱点であると知るに及んで対処は考え済みであった。
困惑の種はルイズのことだ。
己の主人となったこの少女は、扇千代にまるで心を開かなかった。
まあ、堅牢な主従関係に阻まれてお互いに腹を割って話すことが無かったのだから仕様がないことではあったが。
決闘後の詰問に対する沈黙にしても、己の秘事を会って間もない正体のわからぬ相手に打ち明けるというのが、
忍者である扇千代にとって二の足を踏ませる大難事だったのだ。
この難事に比べたら、ギーシュ等学院の木っ端メイジとの戦いなど路傍の小石を蹴るより容易いことであった。
だが、懊悩も長くは続かなかった。それはフーケの土ゴーレムからルイズを救い出した時のことである。

「敵に背を向けるのも立派な戦術の一つですぞ、ルイズ殿」
「わたしは貴族よ。魔法を使える者を、貴族と呼ぶんじゃないわ。敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!」

涙に濡れた瞳を扇千代に向けてルイズは言った。
その言葉に扇千代は彼女の心の一端を垣間見、己の迂闊さを実感した。彼はルイズが目指すものを探ろうとして、彼女に接していた。
しかしこの世に時や感情の変化を受けずに、確たる姿を保ち続ける目標を見出すことができるものが何人いるだろうか。
そもそも人の願いは変わるものではないか、重要なのは今の場所から先を見据える心ではないか?
眼前の少女は、覚束ないところがあるが確かに前を見ている。
菩薩か天魔か、はたまた切支丹の天帝かは知らぬが何者かが闇中の願いを聞き届けていたのだろうか・・・
扇千代は心を決めた。おれはこの少女の前に立って、彼女の見据える先への露払いとなってみせると。

「ルイズ殿、今より我が忍法の一端をあなたにお見せ仕る」

彼は新たなる人生に真の意味で足を踏み出した。

紆余曲折を経てルイズが虚無の担い手であることが判明した時、扇千代は半ば喜び半ば恐怖した。
自分とルイズの関係に、秘命に従う配下と自分の姿が重なったのだ。そしてこれは杞憂として終わらなかった。
アルビオン侵攻の途上、参謀部の指示で"虚無"の魔法を使い疲弊するルイズの姿は松平伊豆守の任を受ける扇千代に似ていた。
彼女は道具として扱われながら、かつての自分のようにその立場に疑問を持たなかった。
決定的な違いは配下に当たる扇千代自身が手助けできないこと。それは一つの破滅的な影を彼の思考の角に投げかけた。
ルイズに決死の任務が降りた際どうなるか。答えは、任務に対処できる彼女だけが死地に赴くことになる。
しかも彼女の性格上、扇千代を置いて行こうとするだろう。
扇千代は苦悩した。彼女の身に降りかかる悲劇を看過するしかない状況を思い浮かべてである。
ここに来て彼は前世に一脈相通ずる状況に立たされたのだ、主を守らんとする配下として。
そして突然の反乱でロサイスに退却した連合軍の陣中で悪夢は実現する。
ルイズに敵軍を一人で食い止める旨の命令が申し渡されたのだ。
逃げるよう促すルイズの言葉を聞きながら、扇千代は覚悟を決めた。掌中にシエスタから貰った眠り薬の小壜が妖しく光る。
数分後、柔らかな寝息を立ててまどろむルイズをジュリオに預け、彼はロサイスを発った。
昼の緩やかな斜陽の中、背に長剣を担ぎ腰に細身の刀を差して馬を駆る彼の姿は、人ならぬ魔人のごとき凄惨の気に満ちていた。

「おいおい、ぼんやりするなよ相棒。これから万単位の軍に喧嘩売るってのによ」
「わかっている。それともう喋るな、これから闇に潜む」

デルフリンガーを鞘に収めると、馬上の扇千代の輪郭が闇にぼやけ始め、零れるような星月夜の空に消失した。

前衛の捜索騎兵隊は一頭の馬が駆けて来るのを見つけた。
いぶかしんでそれを止めようとした一人の騎兵の首が飛んだ。中天にかかる星だけが馬下から噴き出した一刀の軌跡を見ていた。
身構える間もなく他の騎兵達も首を飛ばされ、夜闇を裂いて飛来した物に顔と喉を潰されていく。
後続の銃兵達が異常に気付いた頃には、銃兵を率いる士官の首が無くなっていた。
慄然たることに上空の使い魔群も、竜騎士達も接近する者の姿を見とめられなかったのだ。
そこからはまさに魔界の風景であった。それぞれの隊の隊長や指揮官は前線から順番に首を飛ばされていく。
更に死の風は兵卒達の頭上にも吹きすさんだ。一颯の微風を知覚した瞬間、兵士の首が落花の如く地に転がる
犠牲者の血飛沫を受けた兵士が叫びを上げる。叫びは叫びを引き連れ、指揮官の首が飛び兵卒が倒れるごとに狂乱は勢いを増していった。
それは潜む者にとって活動し易い状況を造りだす。兵の垣根の間を雲煙の如くすり抜ける扇千代は着々と後軍に歩を進め、目ぼしい相手を斬り倒す。
途中彼に気付いた兵もいたが、尽く剣刃の露に消えた。
希に打ち掛かる者がいて彼にかすり傷を与えたが、その痛みは忍法山彦によって四方八方に散り同士討ちの火種となった
度重なる叫喚と血飛沫の火に炙られて戦陣は疑心と恐怖の熱泡に滾る。
忍法山彦の一石が投じられるところ同士討ちの波濤がうねり、空にかかる銀河図に新たな血煙をしぶかせた。
扇千代自身が手を下した犠牲者は全体から見れば微々たるものだが、それらが前軍の兵士達に投げかけた動揺は凄まじかった。
陣容は散乱し、流言が往来して命令系統は寸断され錯乱した兵士が後軍にかけこむ。
退却の合図が無いものだから、後軍の方は逃走兵を迎え撃ち再び血が飛ぶ。

ここに来てやっと竜騎兵が、方々に駆け回る兵の中でよどみなく後軍に向かう異形の男を見つけた。
苦心して生み出した混乱が彼自身を炙りだしてしまったのだ。

中空より飛来する風刃や火球をデルフで受けつつ、扇千代は懐に手を入れた。
編隊の合図を出そうとした騎士隊長の顔に唸りを立てて黒い閃光が叩き込まれ、刹那に血と脳漿を巻き上げる。
マキビシである。ガンダールヴの力を以って投じられたこの鉄金具は、いまやハルケギニアの銃以上の威力を誇る。
疾駆しつつ彼は両手にマキビシを握った。後軍の整然とした隊列に向けて灼金の尾を引いて無数のマキビシが飛ぶ。
仰け反った兵達を飛び越え様に、扇千代はデルフリンガーと刀を抜いた。
兵士の骨肉を断ちながら空を滑る双刀は、月光の中に黒血の虹を幾重にも描いていく。
しかし整然と動く兵士が繰り出す刀槍に扇千代は次第に傷つき、飛来する魔法の余波が四肢を苛む。
命を落とさずにすんだのは、山彦によって生まれた激痛の感応が対手に追撃の暇を与えなかったからだ。
満身を朱に染めた扇千代は敵に斬られ、また斬り倒して進行する。そして彼はメイジの一団を見止めた。

「相棒、きっとあれが本営だ!あれを潰せば勝てるぞ!」
「心得たり!」

デルフリンガーを持ち直し血脂にまみれてささらになった長刀を捨て、扇千代は懐中から残りのマキビシを取り裂帛の気合と共に投じる。
兵士が喉や顔面を潰されて次々に倒れた。陣形に生じた間隙をすり抜け、一気に歩を詰める。
体に魔法の矢が次々と突き立つが、返った山彦に射手や周辺の兵士が体を強張らせる。
歯を食いしばって駆ける彼の耳に鉄板を叩く様な音が響き、扇千代は地に伏した。弾丸に腿を撃ち抜かれたのだ。
自分を中心とした兵士の輪がじりじりと狭まる。二十歩ほど先には将軍らしき人物の顔が見えた。
マキビシが一つでも残っていれば討てたであろうが、無いものはしかたがない。
おれが最後に使うは剣術でも忍術でもない、永き如法闇夜の果てより生じた忍法だ。
扇千代はきゅっと笑みを浮かべた。

「天草家の祖霊よ、マリア天姫よ。魔天より照覧あれ、伊賀忍法。──」

不穏な気配を感じたメイジ達が杖を向けるが、遅すぎた。

「山彦!」

ひっ裂けるような叫びが夜気にこだました。扇千代の背に死の影が魔炎の如く燃え上がる。
彼は忍法山彦と言ったが真に行使したのは"自縛心の術"。敵に捕えられた時、忍者が自らの拍動を止めて命を絶つ術である。
殺気の暴風が渦巻く原野、必殺の静止を孕んだ山彦は虚空を天翔て百メイル圏内の一切の生命の下に打ちなびき、その尽くを喪神せしめた。

アルビオン軍がロサイスに至ったのは連合軍が退却してから丸一日以上経ってからである。
前軍の壊乱に重ねて、多数の指揮官が死にホーキンス将軍が半日に及ぶ昏睡状態に陥った為だ。
何より兵士の心頭には、混乱を巻き起こした後日なたの淡雪のように陣中から消え去ってしまった異形の剣士の影が
夢魔のように根付き、その士気を削ぎ落としたが故の結果である。
時おかずしてアルビオン軍もガリアの艦隊によって微塵に粉砕されたが、剣士の噂は市井に残った。

戦争の終結から一月ほど経ったある日、温かな風に満ちた街道を一人と一振りが談笑しつつ歩いていく。

「相棒ってさ、考えてるようで考えてないところがあるよな。あのまま気絶してたら、他の兵士にやられてたぜ」
「お前を信用していただけだ」
「ハハッ、照れるねえ。しかしよ、いつか相棒は死ぬのが仕事と言わなかったか?」
「ルイズ殿はおれに逃げろと言った。主の言葉通りに動くのが使い魔の役目だろう」

扇千代は死ななかった。自縛心の術は一分程拍動を停止するに止まり、彼を死には至らせなかったのだ。
忍者としての矜持があれば、およそ考えつかぬ法である。
ただし、失神した彼をデルフリンガーが動かして逃走しなかったら山彦の圏外にいた兵士に止めを刺されていただろうから、
もしかしたら本当に死ぬつもりだったのかもしれないが。

「それにしてもハーフエルフの嬢ちゃんのところで笑ってた相棒の姿は凄かったな。
傍から見てて、この間まで仏頂面が基本だったやつとはとても思えなかったね」
「剣が笑う世界で人間様が笑わぬ道理があるか?」
「違いねえや」

二者の笑いは空を渡る。扇千代が向かう先はトリステインの魔法学院、彼の主が待つ場所である。
──天姫よ、いま少し魔天に待っておれ。おれにはまだ帰る場所があるのだ──

「・・・チヨ!」

刹那の思案を破って、懐かしい声が聞こえた。

「センチヨ!」

街道の向こうから、髪をなびかせて二人の少女が走って来るのを扇千代は見た。
扇千代は破顔するとともに、伊賀鍔隠れの師の言葉を思い出した。
山彦はその響きを待つ者がいるからこそ存在するのだ、と。


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