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創世の使い魔-03



創世の使い魔
第3章 ―決闘―


 ルイズの寝起きが良いか悪いか、どちらかと言われれば『良い』の部類に入るだろう。
 実技以外は優等生である彼女は、授業に遅刻した事など一度も無い。
 クラスメイト達のを増長させないようにするため、という理由もそうだが彼女自身のプライドが遅刻などと言う不名誉な行為を決して許すことは無かったからだ。
 しかしその高いプライドを発揮して『起きる』事はできても、『起き抜けの良さ』までは改善のしようが無かった。
「うにゅ…………」
 形容しがたい声を上げながらルイズはむっくりと体を起こす。
 眉間に深々と刻まれた縦皺は不機嫌だからではなく、朝の彼女のデフォルトである。
 そんな表情も、バスケットの中にいる己の使い魔を見た途端に解消された。
 ああ、そうだ。自分はとうとう召喚したのだ。
 前日の喜びがトリップしたかのようにルイズの脳裏によみがえる。
「ゼファー」
 普段では考えられないような甘い声で呼ぶ。
 愛しい使い魔が自分に飛びついて来る情景を、脳内劇場に繰り広げたルイズは共に溢れ出た甘美な脳内麻薬に酔いしれる。
 だが、
「……あれ?」
 いつまで経っても飛びつかない。
 それどころか、そぶりを見せずゼファーはそっぽを向いたままだった。
「……ゼファー」
 反応すらしない。
 無視されているのか、聞こえていないのか、はたまた自分の名前だと認識していないのか。
「まぁ、しょうがないのかしらね……」
 名前を付けたのは昨日なのだ。自分の事だと認識できるのはまだまだ先だろう。
 そうだ。うん、きっとそう違いない……そう思ったほうが精神衛生に優しそうだ。
「行くわよ、ゼファー」
 ゼファーの前に回り込み、ルイズは自分の肩を軽く叩いてみせる。
 そのしぐさを視界に入れたゼファーは、自分の寝床であるバスケットから音も立てずに起きだし、数度の羽ばたきと共にすんなりとルイズの肩に飛び乗った。
 ――嫌われているわけじゃないみたいね。
 使い魔が主人を嫌うなんてありえないとはルイズもよく分かっていたが、不安になるのだから仕方が無い。
 再び気分を良くしたルイズは鼻歌を歌いながら、自室のドアを開けた。
 さてと、まずは顔を洗ってくるとしよう。





 身だしなみを整えて気分良く部屋を出たルイズだったが、ほぼ同じタイミングで隣室がら出てきた人物を認めると今まで無に等しかった不快指数がギュンと急上昇した。
「あら。おはよう、ルイズ」
 しかも幸先悪く先制を仕掛けられる始末。
 『隣人』の自信に満ちた笑みを見ながら内心歯噛みをするルイズだったが、気合と根性を駆使して眉間に皺がよるのをなんとか抑える。
 嫌そうな顔をしたら、なんか負けたような気がしたからだ。
「……おはよう、キュルケ」
 『隣人』の名はキュルケ、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。
 ヴァリエール家二百年来の宿敵にして隣国ゲルマニアの国境を境に隣接した場所に領土を持つツェルプストーの一族に連なる者である。
 男女の取り合いから戦争の勝敗まで。思いつく限りの対立を行ってきた両家の対立は根深く、ルイズが彼女を評するときに使う枕詞は悪言の数だけ存在する。
 しかしながらキュルケの性格ゆえか、ツェルプストーの家風か、はたまたゲルマニア人の気風なのか。浴びせられる雑言を柳とかわし、エスプリの聞いた皮肉を
返す刀で叩き込む彼女とルイズの関係を、二人の事を良く知るものは苦笑を浮かべながらこう評するだろう。
 『悪友』と。
「まさか、あなたが真っ当な使い魔を呼べるなんて思いもしなかったわ。わたしはてっきり平民あたりを呼び出すものとばっかり思っていたのに」
 ピシッとルイズのこめかみに青筋が浮かぶ。
「……あぁらそう、ご期待に沿えずごめんなさいね。あんたは脳に行くはずの栄養がその胸にぶら下がってるのに溜め込まれてるんだから、想像出来ないのも無理ないわね」
 キュルケの笑みが一瞬引きつった。
 朝っぱらである。寮内にはまだこれから身支度を整えようとしている者すらいる時間だ。
 だがしかし廊下の真ん中で仁王立ちする二人の脇を、同寮の女子生徒はそ知らぬ顔で通り過ぎていった。
 あまりの頻発しすぎて恒例行事を通り越し、すでに日常の一コマと化しているのだ。
「で、その肩にいるのがあなたの使い魔?」
「ええ、そうよ。ゼファーっていうの」
 わたしにピッタリの高貴そうな名前でしょ、と平坦な胸を張るルイズ。
「ふーん」
 さしたる興味も無しとばかりにキュルケは空返事をして、視線を別の場所に向けた。
「……小さな胸ねぇ」
「あ ん で す っ て !?」
 ルイズの地雷ワードなど、キュルケは気にもしない。
「まぁいいわ。使い魔を紹介してくれた礼に、あたしの使い魔も見せてあげる――フレイム!」
 キュルケの合図と共に、背後から赤く巨大なトカゲが現れる。
 体躯はトラほどもあろうかというほど大きく、その尾には燃え盛らんばかりの炎が点っていた。
「これって……サラマンダー?」
 さすがに度肝を抜かれたルイズが苦々しげに尋ねる。
「ええ、そうよ。見て、この尻尾。ここまで鮮やかで大きな炎は、間違いなく火竜さんみゃ……」
 思わずキュルケは口をつぐんだ。
「……何してるの、フレイム?」
 フレイムはその巨体をのそのそひるがえし、あろう事か仰向けに身を横たえたのだ。
 知る人ぞ知る、それはサラマンダーにとっての服従のポーズだった。
「フッ、あんたの使い魔は敬意を表すべき相手をよぉぉぉくわかっているようね!」
 知識だけは人一倍のおかげで、『知っている人』だったルイズがここぞとばかりに気勢を上げる。
 そんなルイズには目もくれず、心底不思議そうにキュルケは小首をかしげた。
「おっかしいわねぇ……ひょっとしてフレイムって貧乳が好きなのかしら」
「だ、だれが、ひひひ、貧乳なのかしら!? ももも、もう一度言ってごごご、御覧なさい!」
 二発目の地雷が踏み抜かれ、ルイズの呂律が怪しくなっていく。
「ん~……まっ、なんでもいいわ。それじゃ、お先に~」
「ままま、待ちなさい、ツェルプストー!!」
 興味を失ったとばかりにキュルケは身を翻し、廊下の向こうへ歩み去っていく。
 その背後で、ルイズの淑女あるまじき地団駄が固定化の効いた廊下に響き渡った。


 寮の階段を一人降りながら、キュルケは先ほどの会話を反芻していた。
 学院に入学して以来、キュルケが口論でルイズに負けた事など一度としてない。
 自分の顔を見ただけで、火を放たれた干草のように激情を燃え上がらせるルイズを手玉に取るなど、寝ぼけてようが何だろうが無意識に出来た。
 そのはずだった。
「正直、予想外だったわ」
 一瞬とはいえ、出会い頭の一言で顔を引きつらせてしまったのは不覚だった。
 原因は明白、おそらくは使い魔を召喚できたおかげだろう。それがルイズにとっての精神安定剤になっていたに違いない。
 そうでなければ、あの『瞬間湯沸し娘』がとっさにあんな皮肉を返せるわけが無い。
「――ふふっ」
 お気に入りの人形を手にした童女のように、キュルケは笑う。
 ヴァリエールとは、ルイズとは、本来『こう』で無くてはいけない。
 赤子の手を捻るのは誰にでも出来る。
 だが、そんなつまらない戦いをツェルプストー家の末席としての名誉が――何より己の二つ名である『微熱』が許すはずもない。
 キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーの宿敵は、闘争においても、恋愛においても、確固たる強者で無くてはならないのだ。
 然もないと、勝利する醍醐味が無いも同然ではないか。
「さぁ、ルイズ。せいぜいあたしを楽しませてちょうだい」
 はなはだ不穏当な思考から編まれた不穏当な言葉を口にしながら、しかしキュルケの目に映る感情は『闘志』ではなく、手のかかる弟妹へ向けるに相応しい『慈愛』の色だった。
 知らぬは当人ばかりなり、である。
「……それにしても、フレイム。あなたいったい何がしたかったの?」
 知らぬは人間ばかりなり、である。


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 時間も正午に至り、多くの貴族がごった返す『アルヴィーズの食堂』で、ルイズはしかめっ面のまま食後の紅茶を楽しんでいた。
 不機嫌なままのティータイム、彼女にとってそれは『日常』だった。
 そも彼女の眉間から筋が失せた事など、トリステイン魔法学院に入学してから何度あっただろうか。それこそゼファーを召喚した日が一番多かったぐらいだ。
 四大属性の系統魔法はおろか、メイジなら落ちこぼれでも使えるコモンマジックすら使えない、落ちこぼれの中のおちこぼれ。
 加えて言えば、今日も『ゼロ』の二つ名は通常営業だった。
 新学期最初の授業はルイズの『爆撃』により中断。わざわざ『魔法』を使わずに、と念を押されての教室の片付け。
 ゼファーからもらった癒しゲージはとっくにゼロまで到達している。
「……あぁもう、やめやめ」
 ネガティブな思考を強引に打ち切る。これ以上は心に良くない。
 なにか他の……そうゼファーの事でも考えよう。癒しが無いなら補給すればいいのだ。
 餌を食べ終え、もはや定位置となったルイズの肩にいるゼファーを見やりながら、ルイズは表情を緩めた。
「あんたって結構強情だったのね」
 ――教室で《錬金》を行おうとしたときの事だ。
 成功の確率が控えめに言っても望み薄だと分かっていたルイズは、せめてゼファーは巻き込まないようにしようと、机の中に非難させようとしていた。
 しかしゼファーは床を叩いてみせても見向きもせず、強引に降ろしてみてもこの位置は誰にも譲らないと固持するかのようにすぐさま肩に飛び乗ってきたのだ。
 ゼファーは降りないし担当のシュヴルーズ先生が急かしてくるしで、なんでもいいから成功させようとルイズは固く決意しながら杖を振り――事もあろうか、いつも以上の大爆発。
 驚いた使い魔が暴走して教室が狂乱の渦に包まれる中、慌てて自分の使い魔の様子を確認したルイズは思わずあっけに取られた。
 煤で黒く汚れてはいたものの、「何かあったか?」と言わんばかりのふてぶてしさで、ゼファーは肩に止まっていたのだ。
 よほど度胸がすわっているのか、無神経なのか。
「この分だとドラゴンに吠え立てられても平然としてそうね、あんた」
 ようやく心の平穏を取り戻したルイズは、表情を笑みに変えようとして――。


「なんて事してくれたんだ!」

 眉間に縦皺を寄せた。
 食堂に響き渡った馬鹿声はよ~く知っている。見ずとも分かる、クラスメートのギーシュだ。

「君のおかげで2人のレディの名誉が傷ついてしまったではないか、どうしてくれるんだね!?」

 優雅なひと時を邪魔された所為で再びルイズの不快指数が上昇していく。
 大方、ナンパの邪魔をした新入生か同級生にケチでもつけてるんだろう。あいつが喧しいのはいつもそんな理由だ。
 馬鹿の上にナルシスト、その上モテる容姿だと勘違いしている三重苦。あれ、勘違いも馬鹿のうちだっけ?

「申し訳御座いません! 申し訳御座いません!」

 ――シエスタ?
 聞き覚えのある声に、はっと振り向く。
 視線の先にいたのは、両手を地に着いて這いつくばるように頭を垂れるシエスタだった。
「ちょっと待ちなさい!」
 考えるよりも先にルイズは声を上げていた。


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 所変わって学院長室。
「ドラァッ!」
「ぶほぁ!」
 部屋の主である『偉大なる』オールド・オスマンはクルクルと宙を舞っていた。
 右ストレートだった。踏み込みも良く、拳筋も決して悪くは無い。
 オスマンの顔面にめり込んだのは、そんな一撃だった。
 空中を錐揉みしながら高級品であるセコイアの机の上の物を一切合財なぎ払う。
 舞い散る紙、ぶちまけられるインク壺、壁に激突して地面に落着するオスマン。
「あんたって! ジジイは! どうして! いつもいつも! こうなんですか!」
「ミス・ロングビル――おぶっ! ぐぎょっ! やめっ! ほんのじょうだっ! おごっ!」
 ロングビルと呼ばれた女性は言葉に耳を貸す事なく、全力のスタンピングを老体に叩き込む。
 混沌と暴力が渦巻く魔界とかした室内、その暗鬱とした雰囲気を切り裂くようにドタンッとドアが開かれた。
「オールド・オスマン!」
 コルベールだった。空気が読めているのかいないのか、どちらか判別するのも難しいほど絶妙なタイミングだ
「一大事です…………ぞ?」
 そして、硬直。
 妙齢の女性に踏みつけられている上司。
 コルベールとて木の股から生まれたわけでもない。特殊な趣味は古今東西に存在する事も知っている
 その状況が示すものは何か、彼は瞬時に理解した。
 そして自分は何をするべきか。彼のきらめき輝き頭脳が電光石火で空転し、もっとも最適な行動を瞬時にはじき出す!
「ごゆるりと」
 何も見なかったことにしよう。君子危うきに近寄らず。
 恭しく一礼してそのまま回れ右、院長室を出ようと歩きだす。
「まっまて、待つんじゃミスタ・コルベール! ワシを置いていかんでくれ!」
 オスマンも必死だ。
 齢300年、長く生きたとはいえ命はまだまだ惜しい。
「仕方ありませんね……」
 不満をため息に変えるコルベールだが、艶かしく肩で息をするロングビルをもう少し見ていたいという願望も無いではなかった。
 美女の額に流れる汗一つ、荒い息一つだけでも独身暦の長い男にとっては色々そそるものがあるのだ。
「ふぅ、危うく始祖の御許へ召されるところじゃったわい」
「あまり聞きたくはないのですが……何があったのですか?」
「なぁに、モートソグニルが少しばかり粗相をしただけじゃよ」
 俺の所為にするんじゃねぇよダボジジイが、と言いたげなネズミを無視しながらオスマンが言う。
「下着の中まで入り込もうとするのを粗相とは呼びません。立派な犯罪行為です」
「……死んだ方がいいのでは?」
 ロングビルからの侮蔑百パーセント混じりっ気なしなツッコミと、羨ましいという言葉を腹に秘めたコルベールの冷たい視線。
 タラリとオスマンの顔に汗が流れる。

 ……オスマンですが、室内の空気が最悪です。

「ウォッホン! そんなことより、ミスタ・コルベール。なにか用事があったのではないかね?」
 話を逸らしやがったな、部屋にいるオスマン以外の全ての生き物はそう思った。
 だがしかし、仮にも学院長がおっしゃっているのだ。無碍には出来ない。
 そもそも、自分の用事とはそのような『小事』など比べ物にならないのだ。
「……そうでしたね。では、まずこちらをご覧ください」
 コルベールが差し出したのは一冊の本、そのうちの一ページだった。
「『始祖ブリミルの使い魔たち』? こりゃまた古臭いもんを持ってきたもんじゃのう。そんなもんよりこの老いぼれの股座すらいきり立たせるような、イイ感じの本を探してくれた方がワシはうれしいのう」
「次に、こちらを」
 そう言ってコルベールはスケッチが描かれた一枚の紙を本の挿絵と並べるように置く。
 そこに書かれたモノを見た瞬間、オスマンの表情は見る間に険しいものに変わっていった。
「ミス・ロングビル、席を外しなさい」
 退席を促されたロングビルは何も言わずに部屋から出て行く。
 そして扉を閉めたのを見届けたオスマンは、コルベールへ先を促した。
「さて、詳しく聞かせてもらおうかの?」
「まずこちらのスケッチは昨日、召喚の儀にて呼び出された使い魔に刻印されたルーンのものです」
「ほぉ、呼び出した生徒は誰じゃね?」
「ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールです」
「ヴァリエールの末娘か。あそこんとこのメイジは優秀なものが多いからのう」
 長い髭に手をやりながら、かつての教え子でもあった夫婦の顔を思い浮かべる。
「そういえばミス・ヴァリエールは確か……」
「……口さがない生徒からは『ゼロのルイズ』と呼ばれています」
 我が事のように苦悩を滲ませながらコルベールが応える。
「おぬしが気にする事は無い。『遅咲き』の生徒はいつの時代にもいるもんじゃ」
 柔和な口調で諭すようにオスマンは言った。
「でじゃ、肝心の『ガンダルーヴ』になった使い魔というのは、どんななんじゃ?」
「それが……」
 その一言にコルベールは言葉を捜すように視線をさ迷わせる。
「それが?」
 しかし適切な言葉が見つからなかったのか、情けなく表情をゆがませながら一言だけ言った。
「――鳥です」

 オスマンは思わず椅子からズッコケた。

「ガンダルーヴなんじゃろ?」
「ええ」
「あらゆる武器を自在に使いこなす伝説の使い魔なんじゃろ?」
「そのとおりです」
「……間違ってるんじゃなかろうか」
「ですが! この書に描かれているガンダルーヴのルーンとミス・ヴァリエールの使い魔に刻まれたルーンが同一の物であるのは確かです!」
 口角泡を飛ばす勢いでコルベールはまくし立てるが、オスマンは『シリアスモードは品切れだ』と言わんばかりに鼻毛を引っこ抜いた。
「書物に書かれておる事が真実とは限らんよ。嘘八百並べようと、それが真か否かなんぞわかりゃせんからのう」
「しかし―――」
「だって、鳥じゃろ」
「ぬぅ……」
「これが人か亜人ならば、まだ話はわかるんじゃがな」
 だが真偽のほどは別にして、それでも厄介ごとの種になりそうなのは違いない。
「まぁ、いま結論を出すこともあるまい。さし当たって、過去の文献をほじくり返すなりして事の詳細を明かさんことには――」

 オスマンの言葉をさえぎるように、ノックが鳴り響いた。

「誰じゃ?」
「ロングビルです、オールド・オスマン。少々問題が発生しまして、そのご報告を」
 オスマンからため息が漏れる。問題と言うのは、いつも重なってやってくるものだ。
「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいるようです。大騒ぎになっています。
 止めに入った教師がいましたが、生徒達に邪魔されて止められないようです」
「まったく、暇をもてあました貴族ほど性質の悪い生き物はおらんわい」
 それを貴族未満のお坊ちゃんが振り回すのだから手に終えない。
 そろそろ教育方針を本気で考え直した方がいいかもしれんのう。
「で、暴れておるのは誰じゃね?」
「一人はギーシュ・ド・グラモン」
「グラモンとこの馬鹿息子か。あそこの男どもは揃いも揃って理性が下半身と直結しとるからのう。おおかた女の子の取り合いじゃろ」
 お前が言うなクソジジイ、という言葉をロングビルはぐっと飲み込む。
「で、相手は誰じゃ?」
「ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールです」
「なんと……」
 オスマンは頭を抱え、天を仰いだ。
 まったく、問題というのはいつも重なってやってくる。


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「やれやれ……いい加減、降参したらどうだい?」
 ギーシュの顔には決闘の始まる前に浮かべていた笑みが消えうせ、呆れの感情が張り付いていた。
「君はよくやったよ。何故ならばルイズ、君はこの僕の『ワルキューレ』を二体も倒したんだからね」
 その手に持った薔薇の杖を優雅に――他者から見れば滑稽に――振るう。
「だから、言うんだ。一言だけ、『まいった』と」
「………お断り、よ。ギーシュ」
 そう応えるルイズの様相は、控えめに言っても満身創痍だった。
 何度も地面を転げた所為で全身が土にまみれているのは言うに及ばず、全身にいくつもつけられた青あざ――特に杖を持つ右手は隙間無くといっても過言ではないほどだった。
 震える腕で杖を振り――見当違いの場所で爆発が起こり、それと同時にギーシュのゴーレム『ワルキューレ』の蹴撃がルイズの右腕に叩きつけられる。
「ルイズ、聡明な君なら気づいているだろうが、僕は君の顔には一切傷をつけないようにしている」
 返答代わりに杖を振り、ルーンを唱える前に一撃をわき腹に喰らい、せき込む。
「つまり僕は手加減をしているんだ。だというのに君はまだ続ける気でいるのかい?」

「(そんなこと分かってるわよ、この勘違い男)」
 勝手に脈動する肺を、ルイズは内心で毒気づいた。
 考えれば分かることだ。魔法を満足に使えない自分では、最下級のドットクラスとはいえギーシュに勝てる見込みなんて一つも無い。
 何度も殴られ、何度も蹴られ、地面を何度も転がされて、挙句は反吐まで吐いて……。

「ルイズ様!」

 どこかからシエスタの悲鳴のような声が聞こえた。きっと取り囲む野次馬の群れのどこかにいるんだろう。
 元はといえば、これはわたしに関わる闘いではかったはず。
 だというのにわたしはこんなボロ雑巾みたいになっていて、シエスタはあんなところで……。
 シエスタが絡まれなければこんな事には――
「(いけない……)」
 それは考えちゃいけないことだ。
 ここにわたしが立つのはわたしの意思。貴族の矜持を保つためにここにいる。
 ギーシュの貴族あるまじき行いを、ぶん殴って正すためにわたしは戦っているんだ。
 決して、シエスタの所為なんかじゃない。
 ゆらりと幽鬼のように身を起こすルイズにギーシュは表情を歪める。
「まったく、理解に苦しむよ。何故あんなメイドを庇うんだい? ただの平民じゃないか」
 理解なんて出来るわけ無いでしょ、ギーシュ・ド・グラモン。
 あんたみたいな貴族の風上にも置けないような奴に、理解できるはずが無い。
「そうだ、ルイズ。杖を落としたまえ。メイジが決闘で杖を落とすことは敗北と同じだ。『痛みに耐えかねて落とした』というフリをすれば、君の名誉は傷つかない」
 これは名案だ、とばかりに笑みを浮かべ大仰なしぐさをするギーシュ。
 だめだ、この馬鹿は言ってやらないと絶対気づかない。
「……一つだけ忠告してあげる」
 唇を侮蔑の笑みにゆがめながら、ルイズは嘲るような口調で告げた。
「あんた……すっごく無様よ」
「ッッッ! ゼロのルイズの分際で!」
 激昂したギーシュに呼応して、ワルキューレの拳がルイズの腹に突き刺さった。
 その一撃に、大きく吹き飛ばされながら地面を転がる。
 そして、よろけながら立ち上がろうとして――
「ウッ、グ――ブッ!」
 胃の中身を地面にぶちまけた。
「無様なのは君の方だ、ゼロのルイズ! 魔法も満足に使えない分際で!」
 ギーシュのあげる金切り声に呼応するかのように、ワルキューレが歩み始める。

 一歩、未だ蹲ったままのルイズへ近づいていく。

 一歩、ルイズは体を起こし――力尽きたように地面に崩れ落ちる。

 一歩、せめて相手だけは見据えていようとルイズは視線を地面から持ち上げると――

「……ぜ、ふぁー?」

 一羽の鳥が、行く手をさえぎるように舞い降りた。

「『ゼロのルイズ』の使い魔にしては殊勝じゃないか」
 ワルキューレの足が、ゼファーの眼前に振り下ろされる。
 それでもゼファーは動じない。否、翼を広げる事でそれに応じた。
「ほお、頑固さだけは主人に似ているようだな」
 主の敵を威嚇するように、不退転の意思を示すように。
 その在り様は姫君を守る騎士にも似ていた。
「とはいえ、貴族の行いを邪魔したのは頂けないなぁ」
 ギーシュの顔に笑み浮かぶ。その色は――嗜虐。


 その瞬間、


「やれ、ワルキューレ!」


「ギーシュ、やめ――!」


 ――風が吹いた。


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