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マジシャン ザ ルイズ 3章 (41)

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マジシャン ザ ルイズ 3章 (41)摩耗したパワーストーン

外では雨が降っている。
大地を濡らす、嘆きの雨だ。


「お話は分かりました……」
白衣を纏った青年が、小さく唇を動かして、漏らすようにそう口にした。

ハルケギニアにおいて最大の教勢を有する始祖ブリミルへの信奉、それらを一手に纏め上げる『宗教庁』。
その中心は、光の国の別名を持つロマリア連合皇国、その随一の都市ロマリアにあった。
美しい、人々が一目見て感動し、崇敬することまでを計算に入れて作られたかのような、染み一つない見事な白亜。
五つの塔とその中心に座する巨大な本塔、そして周囲に点在する大小美しくも荘厳な建造物群。

『大聖堂』

ハルケギニア最大の、宗教権威の象徴。
その本塔、上層階で、司祭達の頂点に立つ青年は呟いた。


ロマリアの大聖堂、その謁見の間には今、四人の男女の姿があった。
一人は清浄なる白衣を纏った青年、教皇聖エイジス三十二世。
その対面はそれぞれ折り目正しい礼装を身に纏ったキュルケ、モット、コルベールである。

「ゲルマニアの窮状、トリステインの言い分、そしてアルビオンの非道。確かに全て聞き届けました」
教皇の言葉を聞いて、三人は傅いたままの姿勢で、目に期待を滲ませて彼を見た。
三人の正面に立つ人物は歳若い、まだ少年時代を過ぎて幾ばくといったところであろう。
そんな彼がハルケギニアにおいて最も尊い存在と謳われる教皇の立場にあるなど、説明されなければ何人たりとも分からないに違いない。
だが一方で、説明されれば彼の持つ輝くばかりの美貌や、背負われた降り注ぐばかりの威光は、彼が教皇聖エイジス三十二世であることの証左だと、納得させるに足るものであった。

「確かに宗教庁としても、一連のアルビオンの行動には含むところが無くはありません」

閃光。
雨音を切り裂いて雷鳴が轟く。
稲光が瞬いて照らし出された教皇の貌は、憔悴と疲弊に窶れていた。

「我々宗教庁は、あなた方の計画する反アルビオン連合への協力を惜しみません。ロマリアの議会にもそのように働きかけを行いましょう」

再び雷光。
一瞬不気味に白く浮かび上がった教皇のシルエットは、人として不完全な形をとっていた。
彼は教皇の位を示す聖杖を左手に持っている。
そして、本来それを握るはずの右手が、肘のあたりから先、無い。

教皇聖エイジス三十二世はその右手を聖衣の下に隠している。しかし、その長さが明らかに足りない。
教皇が隻腕の青年であるなどということは、訪ねた三人の内、誰もが知らぬことであった。

「ガリア女王の出した条件についても、特に問題ありません。そう女王陛下にお伝え下さい」


その一言により対アルビオン戦の要、ガリアの女王イザベラ一世との会談の為のお膳立てが、すべて揃えられた。
使命はここに果たされたのだ。
ガリア・ロマリア・トリステインの協力関係はきっと無事に築かれるに違いない。
全ては万事順調。
だというのに、その偉業を成し遂げたモット伯の顔色は優れなかった。
「聖下、発言をよろしいでしょうか」
モットの言葉に教皇は美しい微笑――壊れやすい陶器のような――を浮かべ、頷き応えた。
「聖下は……宗教庁は、この度のアルビオンの不穏を、どの程度か把握しておられたのではありませんか? 先ほどの口ぶりは、そう受け取れるものでしたが……」

確かに先ほど教皇は、宗教庁にはアルビオンへ思うところがあると発言している。
だが、モット伯がそうと思うに至った根拠は、それだけではない。
宗教庁は一般的に世俗には無関心とされているが、その実、他国を圧倒する情報戦のエキスパート達、優秀な密偵達を擁しているとも噂されている。
そしてその噂は単なる与太話の域に止まらず、信じるに足る根拠がいくつもある。実際に真実と信じているものも決して少なくはない。
モットもその一人である。
例えそのことを差し引いて考えたとしても、強大な権力と、ハルケギニア全土に広がる信徒・司祭達の連絡網を持つ宗教庁に、これまで一切の情報が入って来なかったというのは考えづらい。
ならばこそ、そのことをモットは問いたださねばならなかった、貴族として、ブリミルを信奉する者として。
この異常事態に宗教庁は、敬虔な司祭の長達は何を考えていたのかを。
死んでいった部下達や多くの者達の、代弁をしなければならなかった。

教皇は張り付いた笑顔に、無気力が滲んだ胡乱な目を一瞬モット伯に向けてから、子供に語り聞かせるようにゆっくりと喋り始めた。
「……そもそも、このような流れになること自体が、定められた世界の想定外だったのです。我々はその軌道を修正ないしは利用して、望みうる最良の結果を得るべく行動を起こしましたが、
 ……結局、あなた方がこの場に現れた事実が、それすらも失敗に終わったことを示しています」

答えにならぬ答え。
宙を仰いで語る教皇の姿は、まるで老人のように疲れ果て、力なく。
そして、聞き届ける者も居ない独白は更に続く。

「我々は賭に負けたのです。真の主役はあなたたち、我らは表舞台からただ転がり落ちた落伍者にしか過ぎません。ならばこの度の機会は諦め、流れに任せ次の機会を待つのが、我らに残された最後の道なのでしょう」

それはあるいは始祖ブリミルへの告白だったのか。
独白は謳うように虚空へと流れ、何も残さず消えていった。
教皇の言葉は終わったが、疑問をぶつけたモット伯は戸惑いを隠せなかった。
今の言葉が問いかけに対する応えには思えない。しかし教皇が自分を煙に巻こうとしている発言とも思えなかったのだ。
そもそも、今の語り口からは、何かを成そうという覇気が感じられない。
彼自身の口から語られたとおり、それはまるで全てを諦めた落伍者のようであった。

一方、隣で傅くキュルケには、教皇がその身に纏っている気配の正体を敏感に察知していた。
今やアルビオンで探せばどこにでも転がっているそれは、『絶望』と『諦観』という名の感情である。
きっと教皇は、アルビオンに対して中立の立場を取ることで、何らかの利益を得ようとしたのだろう。しかし、実際には思い通りにことは運ばず、むしろ思いもしなかった破綻へと集束したのだ。
そうして絶望し、失意のうちに諦めと無気力に飲み込まれ、流されるに任される。
そうした姿を、キュルケはよく知っていた。

雨音だけを残して、沈黙の帳が落ちる。
モットは計りかねるようにして言葉を絶って、その姿から真意を掴み取ろうと教皇を凝視している。キュルケは興味がないとばかりに、すでに教皇に意識を向けていない。


「猊下、私もよろしいでしょうか」
よって、沈黙を破ったのは、この場に参じてから一度も口を開いていない人物であった。
「……あなたは?」
「トリステイン魔法学院の教師、ジャン・コルベールです。特使のお二人をこの地に運ぶ役目を仰せつかりました」
「……それで、その行者の方が、この私にいったい何の用向きでしょうか?」
コルベールは一つ頷くと懐へと手を差し入れ、そこから何かを握りしめ取り出した。
そして握った手を返して開くと、そこには小さな赤い箱が乗っていた。
コルベールはその箱を開けると両手で捧げ持ち、三歩前に出て教皇にその中身を見せた。
小さな箱……その台座に眠るように嵌め込まれていたのは、簡素な作りの、赤い宝石を嵌め込まれた古ぼけた指輪であった。
それを見た教皇の双眸が、驚きに見開かれる。
「! これは……」
「火のルビーでございます」
始祖の遺産、四の四。三王家一教皇に伝わる秘宝中の秘宝。
かつてトリステインへと逃げた、ある女が所持していたはずのそれ。失われたと思われて久しかったそれが、コルベールの手の中にはあった。
「聖下のお名前を知ったときから、いつかお渡ししなくてはならないと思っておりました……このような機会、このような場になったことをお許しください」
かつての持ち主ヴィットーリア、そして教皇たる青年ヴィットーリオ。
単に有りふれた名前、似ている名前というだけかもしれなかったが、それでもこれが一つの運命的な繋がりであるように、コルベールには思えたのだ。

「あなたはこれをどこで?」
「………」
「いえ、聞くべきことではありませんでした。今はただ、この指輪が戻ってきたことを喜びましょう」
コルベールは深く頭を垂れてじっとその言葉を聞いていた。
教皇聖エイジス三十二世の言葉は静かであるが、自然とひれ伏さなければならないと思わせる威厳に満ちていた。
そのような教皇の神々しさを目の当たりにしたコルベールは、しばし我を忘れて逡巡する。
「まだ何か?」
慈悲深い労りに満ちた、柔らかな声。
跪いたまま下がるでもなくその場に止まったコルベールに向かって教皇が問いかけた。

その言葉に、慈悲に、コルベールは縋り付かずにはいられなかった。

「聖下、過去に過ちを犯した罪人は、今をどのように生きればよいのでしょう」

二十年。
それは彼が二十年悩み続けてきた疑問だった。

コルベールの突然の問いかけにも動じず、教皇は慣れた様子で滑らかに答えを述べた。
「罪は償わねばなりません。過去の罪は現在の贖罪によって購われるでしょう」
「それでは、購いきれぬ過ちを犯した人間は、どうすればよいのでしょう」
「………」
強い、二度目の問いかけに、今度は教皇がしばし躊躇う。
彼は宗教庁の代表たる教皇として口にするべきことと、教皇聖エイジス三十二世として口にするべきことを天秤にかけ、

「罪が許されるまで、あるいは生涯を終えるまで、贖罪に身を費やすのです」
己の考えを口にした。

「つまり、それは……現在を、未来を、過去の精算に充てよということですか」
「そうです。その通りですジャン・コルベール。購えきれぬほどの罪ならば、その生涯を、現在を、未来を、過去の奴隷として贖罪の火にくべるのです」



穏やかな口調とは裏腹に、それは苛烈すぎるほどに、断罪の言葉であった。

コルベールが崩れ落ちる。
「ああ、……私は、やはり、許されぬ身なのか……っ」
咽び泣く、悔恨をその身に浴びて、嘆きに身を任せる。



その姿を見て、キュルケは溜まらずコルベールに声をかけようとした。
「ミ……っ」
だが、直前、思い止まる。

  感情とは、その人間ただ一人のもの。
  その決着は、己の手で掴み取らねばならぬ。
  そこに余人の入り込む隙間などない。

いつか聞いたそんな言葉が、安易な慰めの言葉を遮ったのだった。



床に崩れ、嘆きに伏せるコルベールに、しかして教皇は、明るく暖かみのある声で語り降ろした。
「けれどもジャン・コルベールよ。私はあなたを祝福こそすれ断罪しようなどとは思いません。たとえあなたがこの指輪の持ち主から、どのような経緯でそれを受け取ったのだとしても」
頭上から降り注いだ声、その意味がわからずコルベールは涙の跡もそのままに、呆然とした顔立ちで目の前の教皇を仰いだ。
「この指輪の持ち主は、私の母でした」
「!」
事も無げにいうと、教皇は笑みすら浮かべて先を続けた。
「彼女は罪人でした。神に選ばれた息子の力に恐怖し、運命からも逃げ出した、本当に救いようのない咎人でした」
自分の母を、罪人と言い切る教皇の姿。
「よって、例えあの者が神の裁きを受けたとしても、それは運命。執行者はただそれを代行したに過ぎません。私にはあなたを祝福しこそすれ、罰することなど、できようはずがありません」
自分の母の死を、運命だとして肯定する姿。
「さあ胸を張りなさい。ミスタ・コルベール。あなたに神と始祖の祝福があらんことを」
コルベールが恐る恐ると覗いた教皇の目には、ここ数ヶ月で何度も目にした、あの狂気の色が映り込んでいたのだった。








深淵。
一寸先も見えない真の暗闇の中。そこにカツンと一つ、音が生まれた。
灯る光。
魔法のカンテラの明かりに照らし出されて、漆黒の眠りを妨げた闖入者の姿が浮かび上がる。
背格好は平均的な成人男性のそれよりやや高い。
身につけているのは純白の聖衣、頭に被った司祭帽には始祖ブリミルを崇める高司祭の地位を示した章紋。
何より特筆すべきは、闇の中にあって一筋の光明の如き、輝かんばかりのその美貌。
大聖堂地下、その秘奥。
代々の教皇と、その教皇の信任を勝ち得たほんの一握りの人間しか知り得ぬ、何重もの封印を施された秘密の小部屋、教皇はそこにいた。

「まさか……この局面で、私の手に戻ってくるとは思ってもみませんでした」
そう言って、教皇が左手でそこに潜むものに見せつけるように掲げたのは、赤い宝石がつけられた飾り気のない指輪である。
ウルザがパワーストーンと呼び、ルイズが二つ、ワルドが一つそれぞれ所持している始祖のルビー、その最後の一つが今、教皇の手の中にあった。
ずっとコルベールの元にあったそれは、ウルザの探索の手からも、ワルドの収集からも、他のパワーストーンとの共振からも逃れ、戻るべき主の手中に収まっていた。
では、如何なる手段を用いればそのようなことが可能であったのか?

種明かしは、火のルビーが宿したその弱々しい輝きにある。
それぞれ、独自の色に輝きを秘めたる四のルビー。だが、今教皇の手の中にあるそれは、くすんでおり輝きがほとんど感じられない。
火のルビー、本来ならば烈火の如き勢いで力を汲み上げることが可能なはずのそれは、力を著しく減退させており、故にこれまで誰にも感知されることがなかったのである。

教皇がカンテラを持った手で火のルビーを掲げた為、図らずともその光が闇に潜むものたちを照らし出した。
晒され現れたのは、無数の鉄の骸。
教皇が立つ足下の床には、無数の鉄くずが転がっていたのである。


それを見た教皇の耳に、言葉が蘇る。

『よかろう教皇猊下!』

『使い魔の命に免じて』

『貴様の右腕とこの場にあるガンダールヴの槍だけで』

『この場は満足するとしよう!』

『しかし、慈悲は一度だけだ』

『余計なことは考えるな』

『何もせず、じっとしていれば』

『おまえたちの望みは叶う、叶うのだ』

『くれぐれも、余計なことなど考えぬことだ』



頭蓋の中で、跳ね回るようにして言葉が残響した。
脳を直接揺さぶられるような苦痛に、教皇は頭を押さえてその場に蹲る。



その拍子に足下にあった一つの残骸が、霞む彼の目に留まった。

周囲に散乱しているのは、破片、破片、破片、破片……
それらは形も止めないほどに破壊され尽くした、カンダールヴの『槍』だった。
巨大な鉄の塊から異界的なフォルムを持つ何に使うか分からない器具、未だハルケギニアでは実用化の目処がつかない連続式自動拳銃、etcet......
それらは本来異世界からこの世界に呼び込まれた、ガンダールヴ最大の武器になるはずだった『槍』の、なれの果てである。
何重もの『固定化』や『硬質化』がかけられて保存されていたはずのそれらは、ただ一人の力によって、残らず本来の機能を破壊されてしまっていた。

その破壊の瞬間を、教皇はこの場で居合わせ目にしていた。
暴威を可能とした圧倒的な力。
まるで神が目の前に降臨したかのような、いっそ冒涜的ともいえるような存在感。
何もかも全てが、人間に許された領域を逸脱していたアレ。

そのような存在を目の当たりにした彼は、生まれたばかりの赤ん坊が泣くのと同じように、ただ、素直に本能に従った。
即ち、頭を垂れ、地に伏したのだ。

教皇は思う。
あのとき、膝を屈したその瞬間から、自分はこの世界において不要な存在になったのではないのかと。
今の自分は何もつまっていないただの存在の残りカスなのではないかと。
ああ、そう考えるだけで、息が、息が、息が……

「!……かっ、はっ……」

瞬間、教皇は地の上にて溺れかけた。
だが、不意の偶然/あるいは必然によってその意識は別のものに向けられて、危うく窒息を免れる。
彼を救ったのは、右手が発した痺れるような鈍い痛みであった。
本来感じるはずのない、喪われた右腕の痛み――幻痛。
皮肉にもそれこそが闇に飲み込まれそうになった彼の意識を救ったものだった。

「そう……まだ終わっていない。思いがけず、機は巡り来た……」

青い顔をして、ぜえぜえと荒い息をつくと、彼は左手の中指に収まったそれへ目線を向けた。

「この指輪こそが、真なる救済の始まりとなりますよう……どうか始祖ブリミルよ、哀れなこの私を見守りください……」

そうして教皇は、床に倒れたままで聖句を、始祖ブリミルへの祈りを唱えたのだった。


                       パワーストーンを扱う者よ、心せよ。
                       その力は容易に心を掻き乱す。
                       用心せよ。その力が何をもたらすものなのか、もう一度、思考せよ。
                                ――スランの技術者


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