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ゼロな提督-31


 夕暮れ空の下、シャン・ド・マルス錬兵場にも赤い光の中に長い影が伸びる。
 地面に直接腰を下ろす女性、その膝枕の上には寝転がる男の頭。
 女は、幸せそうに男の髪を撫でている。
 男は目を閉じて、女に身を委ねている。

 それより離れたところには、地面に座る二人の若者と警護の神官達が、痩せた老人の話
を聞いていた。

 周囲には、ガリアの騎士達が所在無げにぼんやりとしていた。


 錬兵場に残る人は少ない。ほとんどの人は調印式典を後にし、城へ戻ったり国へ帰った
りしていた。空を覆っていた銀河帝国の大艦隊も、旗艦ブリュンヒルトを残して、既に大
気圏外へ離れている。残っているのは練兵場に着陸している数機の小型機と、雲の上のブ
リュンヒルトのみ。



        第31話     魔術師、帰還



 今日、この式典で起きた事は速やかにハルケギニアの隅々まで語り伝えられるだろう。
伝えられなくとも、あれほどの大艦隊が空を覆っていたのはハルケギニアのすべての国か
ら見えたろうから、何らかの超大国が見たこともないような大艦隊を派遣したことは予想
がつく。
 城では、各地にパニックが広がらないよう、各国要人達から各領地へ詳細な事情を説明
してもらうべく、詳しい経過の説明が行われていた。だが全員が城で追加説明を受けてい
るわけではない。茫然自失として自分のベッドに潜り込もうと帰っていった者や、ライン
ハルトの話も聞かず一目散にトリスタニアから逃げ出した者など、様々な人々がいた。


 そして、いまだに錬兵場から動かない人がいた。
 ミョズニトニルンに膝枕をしてもらって、静かに寝息をたてているジョゼフ。
 そして、砂に汚れた粗末な服を着たマザリーニから話を聞いている二人の生気を失った
若者、ヴィットーリオとジュリオ。それと神官達。

 聖職者達は、老人の話に耳を傾けていた。
「・・・六千年も始祖の教えを守り続けてきた教会としても、確かに受け入れがたいこと
ではあるだろう。
 だが、時は流れるのだ。全ては移ろい、変わり行く。始祖の教えとて、六千年のうちに
齟齬も誤解も生じたことだろう。いや、故意に歪められた事実、捏造された事実、無視さ
れた事実とてあろう。
 何より、われらは始祖を神格化するあまり、始祖ブリミルとて元は一介の人間であるこ
と、悩みもするし過ちも犯すという事実を認めなかった」
 二人は、俯いたまま何も答えない。
 教会を絶対の真実と教え込まれ、己の信仰をひたすらに高めてきた教皇として、この日
起きたことは、あまりにも過酷だった。その腹心たるジュリオとて同じこと。
「今、全てを受け入れろとは言わぬ。だが、現実をその目で見るのだ。
 始祖ブリミルが我等に系統魔法を授けたこと、我等を守り続けたことに変わりはない。
あの銀河帝国ですら、われらの系統魔法の素晴らしさを認めたからこそ、平和的交流を求
めてきたのだ。
 だから、今こそ真の信仰とは何かを問い直す時なのだ。過去に犯した我等の過ちを洗い
直し、これからのブリミル教と教会のあり方を、ともに考えてゆこう」
 マザリーニは、静かに二人と神官たちを励まし、慰め、彼らの歩むべき道を指し示す。
 だが、彼等が立ち上がり歩み始めるには、いま少しの時間が必要なようだ。特に今の若
者二人には、顔を上げる気力すら乏しかった。



 三人から離れたところに、ジョゼフとミョズニトニルンがいた。
 ジョゼフは彼女に優しく髪を撫でてもらいながら、健やかに寝息を立てている。男を撫
でる彼女の手は細く、そして優しい。目元には柔らかな微笑みがあった。
 二人の姿に一瞬、何かの影が重なった。女が頭を上げると、そこにはシルフィードが飛
来してきていた。
 地上に降り立った韻竜の背には、主であるタバサにキュルケに、青い豪奢なドレスに宝
冠を被ったイザベラがいた。
「だめだったわ、父上。
 ふん!まったくトカゲの分際で、このイザベラ様の話を聞かないとはねぇ!」
 降りるや否や、腕組みしながら悪態をついて王女は王へツカツカ歩み寄った。
 娘の姿に、王は口を少しだけ開く。
「そうか、韻竜達はダメだったか」
 その言葉に答えたのはキュルケ。
「ええ、人間たちの営みに我等は関わらぬ、だそうよ。あれだけの大艦隊を目にしても怯
まないなんて、さすがね」
「きゅいきゅい!みんな頑固者なのね!でも、しょうがないのね。私たちは昔から人間た
ちと、関係なく暮らしてきたのね。銀河帝国もハルケギニアも、しったこっちゃないのね。
きゅい!」
 と、人目も憚らず堂々としゃべりだしたシルフィードに、周りで黙って座り込んでいた
騎士や神官は目を見開いてしまう。



 韻竜シルフィードのことは、もはや秘密でもなんでもなかった。何故なら、先日ヤンた
ちが中央広場から城へ向かうとき、シルフィードが建物の影で人型から竜に戻った姿が観
測衛星に撮影されていたから。
 今回、シルフィードは韻竜たちとも交流を結びたいという銀河帝国側の希望に応じて、
韻竜たちとの橋渡し役を買って出ていた。結果は芳しくなかったようだが。



 イザベラは、最後にシルフィードから降りてきたタバサにも食って掛かった。
「第一あんた!一体ぜんたい、やる気あんのかい!?あんたの使い魔の親戚連中と話をつ
けようって時に、ほとんどしゃべらずボーっとしたままだなんて!」
 そんなイザベラの詰問に、タバサは無表情に一言。
「怒りすぎ」
「怒りすぎ?・・・怒り過ぎって、そりゃ、あたしのことかい!?」
 やっぱり無表情に頷くタバサ。
 やっぱり怒り出すイザベラ。
「あに言ってんだ!あたしゃねぇ、今回の式典に亜人だけじゃなく韻竜まで加え」
 まぁまぁ二人とも、とようやくキュルケが二人の間に割って入った。
「ともかく、しょうがないわよ。彼らは関わりたくないって言うんだし、銀河帝国も基本
的には彼らに不干渉だそうだし。結局、今までどおりということよ」
 そういわれて、イザベラは不満げにそっぽを向いた。

 そんな彼らのやりとりをぼんやりと聞いていたジョゼフは、薄く目を開く。その視線の
先にはタバサが、正しくはタバサの指にはまる水色の指輪があった。
「アンドバリの指輪、受け取ったな」
 その言葉に、タバサは小さく頷く。他の二人は口を閉じる。
 王は、めんどくさそうに言葉を続けた。
「では、最後の任務を行え」

 最後の任務。その言葉にタバサは何も答えない。微動だにしない。キュルケは何のこと
かとタバサを眺める。
 タバサはじっと動かない。代わりに動いたのは、イライラし始めたイザベラだ。
「ちょいと・・・人形七号。今回の任務、復唱してみな」
 北花壇騎士団団長の命令に、タバサは口を開いた。


「ひとつ、アルビオン皇帝クロムウェルの秘書シェフィールドをヤンの所へ送る。
 ふたつ、韻竜達も和平交渉に参加するよう説得する。
 みっつ、式典終了後に・・・」
 そこまで話して、タバサは口を閉ざした。そして、ジョゼフを見つめる。自分の父を毒
矢で射殺したと告白した、自分の仇を。ただ黙って見下ろす。
「みっつめの任務、どうしたね?ほら、いってごらんよ」
 イザベラが、嫌らしい笑いを浮かべつつタバサに復唱を迫る。
「タバサ、一体みっつめの任務って何なの?」
 キュルケもタバサに問いかける。


「みっつ、ガリア女王となれ」


 答えたのはタバサではない。イザベラでもシルフィードでも、誰でもない。
 ジョゼフだった。

 その言葉にキュルケも、周囲の騎士たちも目を見開く。息を呑む。
「そーゆーこった。ほらよ、こいつはあんたのもんだ」
 そういってイザベラは、自分が被っていた宝冠を無造作にタバサの頭の上に置いた。そ
して、相変わらず無表情なままに立ち尽くすタバサを眺めて、フンッと鼻で笑う。
「似合わないねぇ。そんな無愛想で女王なんかやっていけるのかい?
 ま、そのためのアンドバリの指輪だけどさ。そいつがありゃあ、あんたみたいな人形で
も女王がやっていけるぜ。何せ、魔法も使えないただの坊主が皇帝になれたくらいだから
な」
 その言葉に仰天したのは騎士たちだけではなく、キュルケもだ。思わず口があんぐりと
開いたまま塞がらない。

 ようやく我に返って、イザベラに詰め寄った。
「ちょっちょっと!イザベラ様!?どういうことですか!?」
「どういうことも何も、式典のことは通信で全部聞いてたろ?」
 と言ってイザベラが胸元から取り出したのは、ミニスピーカー。
 でもキュルケには何のことだか分からない。目をパチクリしたまま「?」と首を傾げて
しまう。
 長く青い髪の王女は方をすくめて話し出した。
「父上も、そして、あたしもねぇ…ほとほとイヤんなったのさ。
 魔法の出来がいい弟や従姉妹と比べられ、無能だ何だと陰口を叩かれるのも
 魔法の才の乏しさに絶望して、嫉妬に狂うのも。
 簒奪者やその娘と呼ばれ、いつ寝首をかかれるかわからずビクビクしながら生きていく
のも、さ。
 だから、王宮って名の牢獄から逃げ出すことにしたんだよ」
 せいせいしたかのように語るイザベラ。
 語られるキュルケは、かける言葉が見つからない。



 先日、タバサはイザベラから北花壇騎士としての任務を受けた。内容は、タバサとジョ
ゼフが口にした通りのものだ。
 タバサはまずアルビオンへ飛んで、シェフィールドを学院へ連れて行った。ヤン達は、
ガリアの虚無の使い手がジョゼフとは知っていたが、ミョズニトニルンとはこの時まで面
識はなかった。彼女はジョゼフが立てた詳細な筋書きを説明し、ヤン達の血液を採取して
彼らの身代わり用アルヴィーを起動した。このとき事前に採血したイザベラの血も彼女に
手渡した。『スキルニル』と呼ばれる古代の魔法人形は、血を受けた人物を完全に模写する
事が出来る。
 その後『ドラート』にてヤン・フレデリカ・ルイズはミョズニトニルンとともにアルビ
オンへ行き、クロムウェルを聖地へ事情説明しつつ連行。タバサはイザベラと合流した。
ちなみにキュルケは、ヤン達が寮塔から出るのを見かけて、面白そうだからと、そのまま
タバサ達についていっただけ。



 よっこらせ・・・とジョゼフは体を起こした。
「ま、そういうわけだ。シャルロットよ、今まで済まなかったな。
 これが北花壇騎士として最後の任務だ。王位を俺から譲り受けろ。報酬は、そのアンド
バリの指輪、そして・・・」
 隣にいるミョズニトニルンが胸元から小さな瓶をタバサへさし出す。
「お前の母の心を治す薬よ。エルフ達に調合してもらったわ」
 タバサは小さな手で大事そうに瓶を受け取った。だが瓶をポケットに入れると、指輪を
外そうとする。
「これは要らない」
 そう言って指輪を返そうとするタバサの手をミョズニトニルンが止める。
「それはお前のもの。要らないならラグドリアン湖にでも投げ捨てなさい。オルレアン領
近くの、あそこの水の精霊から奪ったものだから」
 その言葉にタバサは小さく頷く。そして黙って、ぼんやりと虚空を見つめているジョゼ
フを見下ろす。

 そよ風が王と王女の間に流れる。

 すぅ…と、秘書だった女が二人の間に割って入る。
「悪いけど、ジョゼフ様の命は渡せないわ。ジョゼフ様は、お前に討たれる事を厭いはし
ないけど、私はそんな事はさせない」
「よせ、余のミューズよ」
 億劫そうに呟いたジョゼフはゆっくりと立ち上がる。そしてタバサの前に進み出た。
「シャルロットは俺を討たねばならん。俺がシャルルを殺したように、シャルロットも俺
を殺す事が出来る。俺を殺さねば、シャルルの無念は晴れない」
 そういって、前王は現女王の前に、無防備に体を晒す。

 だが、タバサは何も言わず見上げる。杖を掲げずルーンも唱えない。
 イザベラも、使い魔の女も、キュルケも、幼い韻竜も、何も言わない。
 夕陽が差す練兵場に、彼等の影が長く伸びている。


 そして若き女王は、僅かに首を横に振った。


「済まなかった、シャルロット」
 頭を下げるジョゼフだが、新女王は黙って踵を返した。そして急いでシルフィードへ向
けて駆け出した。
「あ、待ってよぉ!」
 と言ってキュルケも慌てて青い韻竜の背に飛び乗る。
 シルフィードは二人を乗せて飛翔した、オルレアン家へ向けて。
 ガリアの騎士たちは困った顔を向け合い、ぼんやりとたたずむ元主を一瞥し、腕組みし
ながら相談した結果、錬兵場を立ち去った。彼らはそれぞれの馬に乗り、故国へと駆け出
した。


 二人を見送ったジョゼフは地面にどっかりと腰を下ろす。彼の使い魔も娘も、隣に静か
に座る。
 三人で、地平線と溶け合おうとする太陽を眺めている。



 しばらくして、夕日も半分ほど沈んだ頃、『ドラート』が錬兵場に、元がリア支配者の後
ろに降り立った。出てきたのはヤンとルイズだ。
 ヤンは、のんびりと声をかける。
「こちらでしたか。もう、用は全部済みましたか?」
 その問いに、ジョゼフは何も答えない。代わりに答えたのは、夕日を見つめたままのイ
ザベラ。
「ぜーんぶ終わったぜ。そっちはどうなんだい?」

 ヤンは懐から携帯端末を取り出し、モニターを確認する。
「もうすぐ全艦艇がゲートを通過し終えます。重力圏を離れて、何度かワープ実験を繰り
返し微調整を加えた後に、私たちの宇宙へ転移します。
 あ、ええと、つまり私たちの国までの航路を実際に測量して、通れるかどうか試すのに
時間がかかる、ということです。それでも、明日にはハルケギニアを発ちますよ」
「そうかい・・・それじゃ、ハルケギニアの夕日もこれで見納めになるねぇ」
 そういって、感慨深げに赤い夕日を見つめ続ける。

 同じく降りてきたルイズが、イザベラのすぐ後ろに立つ。
「ねぇ、本当にいいの?あなた達まで国を捨てて、銀河帝国に行くなんて」
 ルイズの言葉に元王女は頷く。
「構いやしないよ。ガリアにいたって、いつ殺されるか分かったもんじゃない。というか
さ、王宮を出て行く以上、もう居場所が無いのさ」
 青い髪の少女は、何の未練もないかのようにサッパリと答えた。
「ジョゼフ様、ジョゼフ様もよろしいのですか?」
 父も夕日を見つめながら吐き捨てるように答える。
「俺は、もうガリア王じゃない。様なんて付けるな」
「そう、ですか・・・それじゃ、ジョゼフ。あなたもあたし達と一緒に銀河帝国に来る、
ということで構わないのね?」
「ああ」

 何の迷いも想いも込めず、ジョゼフは呟くように答え続ける。

「俺は、もう抜け殻だ。こんな抜け殻でも銀河帝国が欲しいのなら、持っていけ」
 そう言ったジョゼフは、ふと自分の隣の娘と女を見た。
「お前たちまで俺に付き合う必要は無い。俺からシャルロットにお前たちのことを頼んで
おくが」
 そう言う父にして主に、二人は首を振った。
「あたしもね、ハルケギニアに未練は無いさ。いっそ思い切って父上についていって、魔
法の無い世界でやり直すのも悪くないわ」
「私は、いつもジョゼフ様のお側に」
「そうか・・・ありがとう」
 彼らは、そのまま夕日が沈みきるのを見届けた。




 次の日の朝、空には相変わらずブリュンヒルトの白い姿が雲の上に見える。一見すると
朝日に照らされる雲の一つに見えなくも無い。巨大な白い船に向けて、コンテナ輸送用小
型機が次々と飛んでいく。ハルケギニアの生物から採取した細胞サンプル、マジックアイ
テム、銀河帝国では過去に滅んでしまった各種生物、魔法関連書籍、etc...。
 第二地球全土からヤンとフレデリカが採取した様々な学術資料。それらをコンテナに満
載した無人機が、自動操縦で収容されていく。

 トリステインの城では簡単ながら送迎会が開かれた。門前も城門内も埋め尽くすほどの
群衆が詰めかけている。
 城門前には小型艇が2機、ハッチを下ろして搭乗者を待っている。その小型機前には搭
乗者予定者が列を成し、人々の祝福を受け、道中の無事を祈られていた。それはヤン・フ
レデリカだけではない。ルイズ・ジョゼフ・イザベラ・ミョズニトニルン、コルベールと
ビダーシャル、ティファニアもだ。
 城門前に集まった人々は、それぞれの旅立ちを笑顔で送っている。



 学院の教師たちを後ろに連れたオスマンが、笑顔でコルベールと杖を交差させている。
「お主は銀河帝国とトリステインの人材交流第一陣第一号じゃ。しっかりと、彼らの技を
勉強してくるんじゃ!」
「任せてください。ハルケギニアに彼らの技を広められるよう、身を粉にして学んできま
すぞ!」
 山ほどの荷物を足元のバッグにこれでもかと詰め込んだコルベールが、別世界の超技術
に胸を膨らませて興奮を隠し切れない様子で決意を表明した。


 ティファニアがウエストウッド村から来た子供達に囲まれている。
「みんな、あたしがいなくても元気でね。お世話してくれるトリステインの人達に迷惑を
かけちゃだめよ」
「うう、わかってるよぉ…元気でねテファ姉ちゃん」「絶対、絶対帰ってきてね!待ってる
からね!」「あうう、姉ちゃん、ねえちゃあん…」
 ウエストウッド村からトリステインに移住してきた子供達は、ハーフエルフの姉を囲ん
で涙と鼻水に顔をグチャグチャにしてしまっている。そんな子供達の涙を拭く姉も、溢れ
そうな涙を必死にこらえて瞳を潤ませていた。


 ビダーシャルはエルフ達の各部族代表として来ている老エルフ達に、異界への旅の安全
を大いなる意思に祈願されている。
「彼の地は精霊の加護薄き不毛の世界という事だ。大いなる意思のもとで、精霊と共に生
きる我等エルフが暮らすには辛いことだろう。
 せめて、我等の世界の大いなる意思が異界へと旅立った貴公に加護の手を伸ばす事を祈
ろう」
 その言葉に、ビダーシャルは恭しく頭を垂れた。
「承知しています。未熟な身ではありますが、帝国の人々に請われた通り、彼等に大いな
る意思と精霊の存在について、出来うる限り教えて参ります。そして私も彼等の知識を出
来る限り身につけて参ります」
 彼等の祈りは、延々と続いている。


 ルイズは公爵夫妻や学院生徒達に囲まれている。
 父と母がルイズの手をしっかりと握り締めた。
「すまんな、ルイズよ。父として手助けが出来るのはここまでだ。後は、自分の力で道を
切り開くのだぞ」
「ルイズ、ウェンリーの言うことを良く聞くのですよ。決して我侭を言って彼を困らせる
のではありませんよ」
「もう!私はもう子供ではありませんわ。それより、ちい姉さまやエレオノール姉さまに
よろしくお伝え下さい」
 そんな親子を囲んで、モンモランシーやケティなど、学院生徒達もエールを送る。
「ルイズ、頑張れよー!」「皇帝なんて、虚無の力で捻っちゃいなさい!」「え~とぉ、そ
のぉ…皇帝ラインハルト様にも、是非トリステインへお越し下さいって、よろしく伝えて
ね」
 中には、ラインハルトへの言伝など頼む女生徒達もいる。若く麗しい皇帝のファンも現
れたようだ。


 対して、ジョゼフ達三人を見送る者は少ない。彼等の前にいるのはエンギハイム村の村
長の息子ヨシアと、その妻である翼人アイーシャ。それとクロムウェルだ。
 ヨシアは元王様に深々と頭を下げた。
「ジョゼフ様、本当に有難うございました。道中の無事を始祖に…あ、いえ、その、とに
かく、無事を祈ります」
「遠い異国でも、大いなる意思のご加護がありますように」
 翼人の妻も羽を揺らめかせながら深く頭を下げる。だが、ジョゼフは淡々と事実を告げ
た。
「俺は何もしていない。全てはシャルロットの計らいだ。礼は、お前達の新しい女王に言
え」
 そう告げられても、二人は頭を上げようとはしなかった。


 次いでクロムウェルも、二人に負けないくらいに頭を下げた。
「ジョゼフ様…そしてシェフィールド様。本当に、本当に今まで有難うございました。あ
なた様方のおかげで、夢のような日々を過ごせる事が出来ました」
 そんな皇帝の心からの礼にも、彼は心のこもらぬ声で答える。
「俺はお前を利用していただけだ。ヤン達がいなければ、お前を散々利用し尽くしたあげ
く、ボロ雑巾のように捨てていたろう。俺はお前に頭を下げられるような事はしちゃいな
い」
「それでもです。あなた方は私の『王になりたい』という夢を叶えて下さいました。この
世の真実を示して下さいました。私を導いて下さったのです。
 このご恩、決して忘れはいたしません」
 ジョゼフの隣に経つシェフィールドが、ふと思い出したように口を開いた。
「ところで、あんたこれからどうするんだい?」
 その言葉に、クロムウェルは首を左右に振った。
「分かりません…聖地奪還を放棄する以上、レコン・キスタも解散せざるを得ないでしょ
う。ウェールズ殿に王位についてもらえないか…と思っています」
「そう…。指輪はシャルロット様に渡してあるわ。洗脳を解く時はガリア女王様に相談す
る事ね」
「はい、そうします。それが私の最後の仕事になるでしょう。本当に、今まで有難うござ
いました」
 アルビオン皇帝の地位を放棄する予定の男も、深々とジョゼフへ頭を下げ続ける。
 イザベラは、図らずも国民と手駒から心からの敬意と感謝を向けられている父を黙って
見つめていた。


 デルフリンガーを背負うヤンとフレデリカは、学院やヴァリエール家に務める平民達や
『魅惑の妖精亭』の店員達、何よりタルブ村の人々が取り囲んでいる。
 特に、スカロンが。
「やぁ~ん!もう、これでお別れだなんて寂しいわぁ~!ぜぇーったい、ぜえーったい!
またトリステインに来てよね!待ってるんだからぁーっ!」
 と言ってヤンに抱きつこうとするスカロンは、後ろからワイズ村長と息子のジョルジュ
に引きずられて行った。代わってヤン達の前に立ったのは、涙ぐむシエスタ。
「ヤンさん、フレデリカさん。その…どうか、お元気で。またトリステインに来て下さい
ね」
 ヤンは、神妙な面持ちでシエスタに頭を下げた。
「うん。今まで、色々と本当に有難う。タルブ村やヴァリエール家の方は頼んだよ」
「任せて下さい!もう教会を気にせずに済みますから、サヴァリッシュ家の知識を思いっ
きり広めてきますね」
 瞳を潤ませながらもガッツポーズをするシエスタに、フレデリカも深々と頭を下げた。
「今まで夫を助けてくれて、本当に有難うございました。もしよければ、是非第二陣に参
加して下さい。いつでも歓迎します」
「はい!私もいつか必ず銀河帝国に行きます。その時は、よろしくお願いします」
 ヤンの背ではデルフリンガーも「おー、必ず来いよ!待ってるからなー」とツバをカチ
カチ鳴らした。

 シエスタの後ろにいる学院のマルトーやローラなどメイド達に加え、執事のジェローム
や御者のヤコブなどヴァリエール家の人々も次々と握手する。
「まったく、これでお別れかぁ…名残惜しいぜ」「ヤンさんもフレデリカさんも、どうかお
元気で」「ヤン殿、短かったが世話になりました。ヴァリエール家の方は我等がしっかり支
えますので、ご安心下さい」「んじゃな、ヤン。元気でなー」「おめーがいなくなると面白
くなくなっちまうなぁ、また来いよー」
 彼等は口々にヤン夫妻との別れを惜しみ、何時の日かの再会を誓い合った。



 そんな別れを惜しむ人垣が、城の門の方からススス…と二つに分かれる。
 人並みを割ってヤン達の前に進んでくるのは、マリアンヌ女王。その後ろにはマザリー
ニ、ゼッサールをはじめとした魔法衛士隊が続く。そして未だに元気のないヴィットーリ
オとジュリオも。
 先頭に立つマリアンヌの前に、ルイズとヤンが進み出て跪こうとした。だが、マリアン
ヌは二人が体を屈めようとするのを制止した。
「これこれ、もう私に傅く必要はありませんよ。今はもう、貴族だの、王家への忠義だの
という時代ではないのです」
「え?いえ、そういう訳には…」
 リアクションに困ってしまったルイズ達だが、結局膝はつかず立ったまま頭を下げる事
にした。女王も、すぐに二人の面を上げさせる。

 ルイズがちょっと緊張してマリアンヌへ出立の挨拶をする。
「それではマリアンヌ陛下、我等は銀河帝国へ向かいます。
 ゲルマニア=トリステイン連邦の代表として、のみならず、ハルケギニアの代表として
も恥ずかしくないよう心がけ、銀河帝国との友好を深め、両世界の架け橋となるよう精進
して参ります」
 その言葉に、マリアンヌは何度も何度も深く頷く。
「ええ。あなたの銀河帝国での働きには期待しています。二つの世界をつなぐ架け橋の基
礎となりうると信じていますよ」
「はい!必ず期待に応えて見せますわ!」
 ルイズは小さな胸を反らせ、力強く宣言した。

 次に、相変わらず寝ぼけまなこなヤンを見つめ、そして一礼した。
「あなたには、本当にお世話になりました。
 それにしても、まさか昨日のような大艦隊を率いていた将軍で、しかも皇帝ラインハル
トすらも一目置く不敗の名将だったなんて…本当に驚きました。一介の平民だなどと見下
してきたトリステイン貴族の無礼の数々、女王として謝罪致します。どうか、平にお許し
下さい」
「いえ、何を言われますか。私こそマリアンヌ様はじめ、トリステインの方々には本当に
お世話になりました。特に、そちらのマザリーニ様には公私両面で幾度も助けて頂きまし
た。
 こちらこそ私が働いてきた無礼を謝らねばなりませんよ」
 そういってヤンも頭を下げる。

 しばしの間、不敗の名将とトリステイン女王はペコペコと頭を下げ合った。

 そんな二人の、いつまで経っても終わらなそうな礼の応酬に、ヤンが感謝を捧げるマザ
リーニが割って入る。
「まぁまぁ、お二方ともその辺で。
 では、ミスタ・ヤンよ。本当に貴公の働きには感謝の言葉もない。再会の日まで、壮健
なれ」
「マザリーニ様も、お元気で。
 …ああ、そうだ。実は、最後に尋ねたい事があったんです」
「ふむ、何かな?私で答えられる事であれば答えよう」
 ヤンはマザリーニと、そして後ろで俯いている若者二人をチラリと見て、軽く咳払いを
してから問を発した。
「実は、一つ疑問があったのです。恐らく教皇聖下なら分かると思うのですが」
 その言葉にヴィットーリオは少しだけ視線を上げた。
「聖地消失の件、本当に教会は千年間も全く知らなかったのですか?聖地奪還を目指す以
上、聖地に関する情報を集めていないはずがないと思うんですが」
 その質問に、ヴィットーリオとジュリオは顔を合わせる。少し困ったような視線を向け
合う。

「いや、それを知るのはハルケギニア人達には不可能だったろう」


 いきなり横からビダーシャルが答えた。
「何故なら、聖地の嵐による被害を防ぐため、精霊による結界が厳重にかけられていたの
だ。聖地の荒野のみならず、聖地の周囲にも何も近づけないように精霊へ頼んでいたのだ
よ。
 例え教会の人間が聖地の真実を知ろうとしても、聖地はおろか周囲数十リーグにも近づ
けなかったのだ。そして教会は教義上、我等エルフと接触をとる事が出来なかった。これ
では真実を知り得ない」
 ビダーシャルの説明に、大使の老エルフ達も頷く。そして教皇も。
「実は教会も昔は密偵を放ち、聖地から湧き出す品々を集めていたのだ。それは今も大聖
堂地下に保管してある。
 だが、千年前からプッツリと聖地からの品が集まらなくなった。聖地へのエルフのガー
ドが突然強固になり、誰も近づけなくなってしまったのだそうだ」
 その説明にジュリオも頷く。


 まったくもって、偶然と誤解が生んだ事故だったのだ。
 始祖ブリミルは、まさか召喚先の世界が宇宙時代に突入するなんて想像出来なかった。
 エルフは第二地球への被害を抑えようと聖地に厳重な封印をした。
 教会は聖地が封じられたため真実を知り得なかった。
 そもそも、召喚される品々が召喚と同時に尽く塵と化し、大地の底に封じられる。
 これでは誰も真相を知り得ない。


 これらの事については、いずれ後世の歴史家が様々に評価をすることだろう。今を生き
る人々にとっては、今の別れと旅立ちの方が重要だ。
 ヤンは話を続ける。
「それで、教皇聖下とヴィンダールヴさんは、これからどうします?」
 ヤンの問いかけに、二人は少しだけ視線を返し、すぐまた俯いてしまった。
 代わりにマザリーニが答える。
「教皇聖下とジュリオは、私と共に始祖ブリミルと教会について、全ての真実を明らかに
していく事にした。始祖の真の姿、教会が6千年の間に犯した過ち、そして虚無の力につ
いてを。その上で、新しい教会のあり方とハルケギニアの進むべき道を考えていこうと思
う」
「そうですか。その過程で聖地の門を塞ぐ方法が見つかる事を期待します。何しろ、あの
ゲートを捕獲し続けるのは大変な手間暇と費用がかかるもので」
「うむ。確約は出来んが、全力は尽くそう」
 そういって、枢機卿とヤンも礼の応酬を始めてしまった。デルフリンガーが「その辺に
しとけって」と止めるまで。


 こうして、多くの人々に見送られて、ヤンとフレデリカと人材交流第一陣の人々が乗る
小型艇二機は離陸する。見送りの竜騎兵が編隊飛行をする中を、ブリュンヒルトへ向けて
上昇し続けた。




 イゼルローン回廊。
 星が煌めく真空の宇宙空間に、ブリュンヒルトは一隻のみで航行を続けている。調印式
典の空を埋め尽くした大艦隊は、全く姿形もない。
 ブリッジにはヤンとルイズ、フレデリカやティファニア、ジョゼフにイザベラなど、ハ
ルケギニアから来た人々が全員集まっていた。


 オペレーター席に座るフレデリカは通信を続けている。
「・・・ええ、予想のポイントからは大きくずれてしまいましたが、転移は無事に成功し
ました。我々乗員全員にも異常は見られていません。
 ええ、はい、分かりました。では、イゼルローン要塞へ向かいます。ですが、何しろク
ルーがいないため、通常航行にすら支障をきたしています。はい、はい…では、合流はそ
のポイントで・・・」

 帝国公用語でなされるフレデリカの通信を、隣に立って聞いているヤンがハルケギニア
語に分かりやすく翻訳して皆に伝えた。
「・・・と言うわけで、無事にワープは成功だよ。何日かしたら、迎えの艦隊が来てくれ
るって」
 その言葉に、本来はラインハルトが座るべき指揮官席にふんぞり返って座っているルイ
ズが安堵の息を漏らした。
「はぁ~、良かったわぁ。『ドラート』で大気圏離脱とか無重力の宇宙空間とかは経験した
けど、こーんな大地の全くない、何にもない世界に放り出されて、どうなるかと思ったわ
よ」
 隣に立つビダーシャルも、僅かに頬をほころばせる。
「うむ、正直私も早く大地に降り立ちたいものだ。あれだけの艦隊に囲まれていたのが、
突然この船だけになってしまったのだ。心細くなるのもやむを得ない」
 ルイズが座る司令席に立てかけられたデルフリンガーもツバを鳴らす。
「ほんとだなぁ、まったくおでれーたぜ!この艦一隻をワープさせるためだけに、あんだ
けの艦隊を置いてきちまうんだからよ!ラインハルト陛下ってなぁ、おっそろしく太っ腹
な皇帝だねぇ」


 聖地の門を越えてきた3600隻の艦船。それらは全て置いて行かれた。転移したのは
ヤン達が乗るブリュンヒルト一隻のみだ。
 次元転移の影響を最小限に抑えるため、ワームホールはヤン達の移動に必要なだけにす
る必要があった。だから、残りの艦は転移させるわけにはいかなかったのだ。また、今後
もワームホールを必要に応じて開くために艦艇を残しておく必要もあった。
 ちなみに、かつては帝国同盟双方の通信妨害によって通信不能だった回廊だが、今は戦
争も終わったので通信は可能になっていた。


 ブリッジの床に寝転がって携帯端末の立体TVを眺めていたジョゼフとイザベラとミョ
ズニトニルン。彼等も視線をヤンへ向ける。
 イザベラが不満げにヤンへ尋ねた。
「んでさぁ、結局そのイゼルローン要塞へ着くのに何日かかるのよ」
 聞かれたヤンはフレデリカの見つめるモニターを注視し、大まかな予定を確認する。
「う~ん、はっきりとは分からないんだけど、一週間くらいかな?」
 とたんに元王女はうんざりしたように顔をしかめた。
「や~れやれ、あんたらのワープ航法とやらで、パパパッと移動すればいいんじゃないの
かい?」
 そんなイザベラのぼやきには、端末のモニターに新しいデータを表示させたジョゼフが
答える。
「それは無理らしいな。これによると、イゼルローン回廊はワープが不可能な空間らしい
ぞ」
「そうですわね。この航路図によると…一番近くの星は…イゼルローン要塞ですね。回廊
はワープできないので、のんびりと進むしかないようですわ」
 同じくモニターを覗き込むジョゼフの使い魔女性が、航路図を指さしながらデータを読
み上げた」


 フレデリカのオペレーター席から少し離れた別の席に並んで座るのはティファニアとコ
ルベール。ティファニアは、コンソールから顔を上げて朗らかに皆へ話しかけた。
「それだけの時間があれば、もっと銀河帝国のことを勉強出来ますよ。なので、ヤンさん
もフレデリカさんも、もうしばらく色んな事を教えて下さいね。
 というわけで、そろそろお金や買い物の仕方を詳しく教えて欲しいのですけど…。この
『くれじっとかあど』って、一体どういうものなのですか?」
 その言葉に、ずっとモニターを食い入るように見つめていたコルベールがガバッと顔を
上げて立ち上がった。
「わ、私も教えて欲しい出すぞ!ここの、電子と陽子のことについて、もっと詳しく教え
て頂けませんか!?あ、というより帝国語を更に詳しく教えて下さい!何しろ表示される
文字が未だに読み切れなくて。
 ハルケギニア語に自動翻訳してくれると言っても、ハルケギニアに無い単語は、さすが
に翻訳できませんからなぁ」
 その言葉にルイズも声を上げる。
「そーね。帝国語も急いで覚えなきゃね。でも私は急いで『くるま』の運転が知りたいの
よ。この艦広すぎて、歩いて移動なんかしてらんないんだから!」
 他の人々も、次々に学びたい事を列挙し、ヤンとフレデリカに「まぁまぁ、順番にお願
いします」となだめられていた。

 そんな風に、ヤンとフレデリカは魔法世界の人々に科学世界の事を教え続けている。
 ジョゼフは、彼等の話をボンヤリと聞き流しながら、漆黒の宇宙に輝く星の光を眺め続
けた。



 こうして、後日ブリュンヒルトは無事に迎えの艦隊と合流し、イゼルローン要塞の面々
とも涙と共に再会を果たした。
 ブリュンヒルトは帝国と旧同盟の艦艇10万隻が見事に整列する中を優雅に航行して、
遂に直径60kmの人工天体、イゼルローン要塞へ到着した。
 銀色に輝く流体金属の表面には巨大なライトを並べられている
 そこには、巨大な文字が輝いていた。

          「WELCOMEHOME!YANG」と。


              第31話     魔術師、帰還     END
ゼロな提督  終


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