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虚無と狼の牙-15


虚無と狼の牙 第十五話

 ラ・ロシェールにある図書館。
 断崖の町にふさわしく、崖を魔法で削りだして作った図書館であり、乾燥した空気と鍾乳洞のように低い気温のおかげで、書物の保管には適した図書館である。
 その図書館のテーブルの一角に、はげた男と背の高い男の二人が真剣な表情で一冊の本を広げていた。
 本来貴族でもなんでもないウルフウッドはこの図書館に入ることは出来なかったが、コルベールの付き添いという形で入館していた。
「ありました、ウルフウッド君。この病気がそうですね」
 コルベールが一冊の大きな本をテーブルに広げた。開いた本のページに目を落としながら、コルベールが重々しく呟く。
「センセ。ワイ字い読めへんから、何が書いてあるのか読んでくれへんか」
 コルベールはゆっくりと頷いた。
「これは精神病の一種で、顕著な症例の一つとして異常行動が挙げられます」
「異常行動?」
「ええ、そうです。例えば、この本に書いているものだと、何も入っていない空の鍋を火にかけてかき混ぜたりとか、一人で糸電話をしたりするという症例が紹介されていますね」
「それって……」
 ウルフウッドの頭の中に、真っ白な白紙の本を広げていた少女の姿が浮かぶ。確かにコルベールが言った症例と近い気がしないこともない。
 ウルフウッドは不安げにコルベールに視線を向けた。
「ええ。はっきりとそれだけで断言できませんが、可能性は否定できません」
「一体それは何の病気なんや? 何が原因や?」
「この病気は発見した医者の名前を取ってヤンデレール症候群と呼ばれています。原因としては、主に恋愛関係のトラブルで心のバランスを崩してしまうためと書かれていますな」
「恋愛関係のトラブルって、あのじょうちゃんに限ってそんな――」
 ウルフウッドは笑いながら「ないない」と右手を振って否定してみせる。
「そうですな。あのヴァリエール嬢にそんな恋の悩みなど、まだ早いって感じですなー」
 コルベールも一緒になって「ハハハ」と笑う。
 静かな図書館の一室で不自然に笑いあう二人の男。どこか異様な光景であった。
「そやろ、そやろー。ありへんやろー。センセ、冗談きついわ」
「ははは。全く、その通りですなー。あのヴァリエール嬢に限ってそんな」
「まぁ、あえて思い当たる節があるとしたらやな――この間、婚約者やと思ていた男に裏切られて、そいつが目の前で人を殺して、んでついでにじょうちゃん自身も殺されかけたことくらいやな」
「ははは。……って、お釣りが来るくらいに十分すぎると思うのですが」
「……そやな」
 ウルフウッドとコルベールは同時に肩を落とす。
「ま、まぁ、そう気を落とさないで。まだ、そうだと決まったわけではないですし」
 コルベールが必死に笑顔を取り繕いながら、ウルフウッドの肩を叩いた。
「そやな。まだ、そうと決まったわけちゃうし。ふつーの人間でもたまには白紙の本を広げて、それを読むこともあるわな」
「さすがにそれはないと思いますが」
「……そやな」
「い、いや、でもそんな気を落とさないでください。ここに書いてある最悪の症例でも、男女の三角関係の挙句、殺人事件に発展した程度のものですから」
「……それ以上に最悪の事態って、あるか?」
「そうですな……」
 ウルフウッドとコルベールの二人は図書館で固まった。
 ドロドロに重たい空気が二人を包む。
「と、とにかく、まだそうと決まったわけではありません。ここはまず経過観察をして、様子を見ましょう」
「わかった」
 こうして男二人による、一人の少女の観察記が始まった。


 ルイズは病室の椅子で一人本を広げていた。
 一応、自分の使い魔の見舞いに来ていたはずなのだが、その使い魔が勝手にどこかへ出て行ったため、仕方なくこうして一人で病室で待っているわけである。
 それにしても、とルイズは一人心の中で呟いた。
 目の前で開かれているのは、トリステインへアルビオンでの一件を報告した際に渡された始祖の秘宝の一つ、始祖の祈祷書。
世の中で出回っている始祖の祈祷書の偽者だけで、図書館一つが出来る、といわれているほど多くの偽者が出回っているのがこの始祖の祈祷書である。
しかしながら、彼女に渡されたのはトリステインの王家に伝わる由緒正しきものなので、偽者であるはずはないのだが――
「にしても、真っ白よね……」
 彼女の手にある祈祷書はどのページも白紙で何も書いていない。何度読み返しても、じっくりとページをにらみつけても、何も見えてこない。
 不思議だ。表紙や体裁は立派なのだが、いくら偽者だったとしても、これではあまりにひどすぎるだろう。
 ルイズは首をかしげながらも、それでも一ページずつ丁寧にめくっては、じっくりと観察するのであった。


○月○日
 本日より、ルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエール嬢のヤンデレール症候群の疑いを調べるため、彼女の行動観察を始める。
 入院している彼女の使い魔に席を外してもらい、一人になったときの彼女の行動を観察。
 一人になった彼女は、一冊の本を膝の上に乗せて広げると、それを注意深く読み始めた。これは使い魔であるウルフウッドくんの報告と同じである。
 彼女が部屋を出た隙に、彼女の読んでいた本を開いて中身を確認。中の全てのページは白紙で、何も書かれていなかった。
 引き続き、観察を行う。

 その日、ルイズは病院の裏庭に出て、始祖の祈祷書を片手に椅子に座り考え込んでいた。
 彼女がアンリエッタの手紙をウェールズから受け取り、それをアンリエッタに渡したことにより、無事アンリエッタの婚姻は成立。
そして、それに先駆けて本当の目的であるゲルマニアとトリステインの軍事同盟が結ばれることとなっていた。
 例のアルビオンでの出来事をアンリエッタに報告するのは辛かったが、仕方なかった。
ウェールズがワルドに殺害されたことはさすがに伏せたが、アルビオン王党派玉砕の知らせはトリステイン王宮にも届いていたので、ウェールズの死はアンリエッタの耳に入っていた。
 そういった中で、ルイズはその場で次の勅命を賜っていた。といっても、それは前回のような危険なものではない。
それは来るべきアンリエッタの結婚式にて始祖の祈祷書を持ち、祝福の詔を述べる巫女の役目だった。
 本来なら、それは大変名誉なことであるのだが、アンリエッタにとって望まない結婚を祝福するのはルイズにとっては辛いことだった。
――でも、仕方がないわよね。
 ルイズは自分で自分に言い聞かせる。自分がこの役目から逃げても、何も解決しない。ならば、精一杯アンリエッタのために最善を尽くすまでだ。
 そして、こうして一人裏庭で詔の言葉を考えているわけである。
 しかし、詩的で美しい言葉を、と言われても、そんなものが簡単に思いつくはずもない。形式的な紋切り型の表現でいい冒頭部分はまだ何とかなりそうな気がするが、肝心の二人の愛を祝福する言葉が思いつかない。
「始祖ブリミルの祝福の元に、二人の愛は永久に……うーん。二つの月が永久に寄り添いあうように、その愛が永遠に続かんことを」
 思いついたフレーズをとにかくつぶやいてみたが、だめだ。陳腐すぎてしっくり来ない。文才のなさが身に染みた。
 ルイズは頭を抱え込む。このままでは、うまくやる自信がない。
 ……ところで、さっきからチラチラ後ろで隠れながら、こちらをのぞきこんでいるハゲ頭がうっとおしくて仕方がないのだが。


×月×日
 ミス・ヴァリエールが例の真っ白な本を片手に裏庭に出たので、後を追った。
 椅子に座って何かを必死で考え込んでいる模様。
 突然、何かひとり言を呟きだしたので、気付かれないように後ろから近寄って、その内容を聞いてみた。
 なにやら『二人の愛は永遠』というような内容のことを、言葉を変え繰り返しぶつぶつと呟いている。時折頭を抱え込んで、時折「どうしてうまくいかないの」とつぶやきながら、表情は鬼気迫るほど真剣だ。
 ヤンデレール症候群の危険な兆候。恐怖で髪の毛が数本抜けてしまった気がする。
 引き続き、観察を行う。
 翌日、ルイズは病院の裏庭で今度は編み物をしていた。
 キュルケに言われた自分にできること、自分しかできないことを考えるために、彼女はとりあえず趣味である編み物をやってみることにしたのである。
例の詔がうまくいかないので、その気分転換の意味もかねていた。
 集中しながら、両手を動かしていく。
 目標は大きければ大きいほどいい。なので、ルイズはいきなりセーターという大物に着手していた。それを使い魔にプレゼントしてやって、見返してやろうという気持ちもあった。
しかし、彼女には編み物の才能はなかった。
 一応トリステインの城から帰ってくるまでの間、暇つぶしも兼ねてずっとやっていたので、作業としてはそれなりに進んでいるのだが、見た目は何かの前衛芸術にしか見えなかった。
 ふぅ、と自分の手の中にある物体を見て、ルイズはため息を付く。
 編み物のほかに自分が出来ることといえば乗馬くらいなものだが、乗馬なんて貴族にとっては当たり前のたしなみで、むしろそれができることを自慢するほうが恥ずかしい。
 自分には特技なんてものはないのだろうか。そう思うと情けなくなってくる。
「やや、ミス・ヴァリエール。ご機嫌いかがですかな?」
 後ろから声を掛けてきた人物の顔を想像して、ルイズは顔をしかめた。
 ここ最近何を考えているのかこの男は、こそこそと、しかしじーっと自分を観察してきて気持ち悪い。はっきり言って、関わりあいたくない。
 それでも、一応目上の人物なので返事をしないわけにはいかなかった。妙なところで律儀なルイズなのである。
「あら、ミスタ・コルベール。今日はいいお天気ですわね」
 太陽がさんさんとコルベールの頭で反射していた。
「それはそうと、ミス・ヴァリエール。あなたはこんな天気のいい日に何をしておられるのかな?」
「今日は天気がいいので、外でちょっと編み物でも」
 さっさとどっかへ行け、と思いつつも愛想笑い。
「ほほう。どれどれ」
 コルベールがルイズの手元を覗き込んだ。正直ルイズにとってあまり見られたくはないが、一応目上の相手だ。無下に断ることは出来ない。
「これは……帽子?」
「いえ……あの、セーター、です」
「セーター!」
 ルイズの言葉にコルベールは強く反応した。大声を上げて、身をそらすと、驚愕の表情でルイズを見る。
 あぁ、悪かったわね。どうせわたしは不器用ですよ。
 ルイズは心の中で一人悪態をつく。
「そ、そそそ、そうですか。それはセーターなのですか」
「……ええ、まぁ」
 何もそんなに驚かなくてもいいのにと思う。失礼な男だ。
「ははは、で、では、ごきげんよう」
 そう言うだけ言って、コルベールは逃げるようにその場を去った。
 一人残されたルイズは首を傾げる。
 いくらなんでも、態度がおかしすぎる。いくらなんでもセーターであることにショックを受けすぎだ。それにウルフウッドの見舞いに来ただけのくせに、なぜか帰らず居座っているのも怪しい。
 まさか、と思う。しかし、ここ数日コルベールは執拗に自分に付きまとっているのだ。ということは――
「……ストーカー」
 ルイズは両手でない胸を隠すようにして、ぶるっと震えた。


△月△日
 今日はミス・ヴァリエールは裏庭でなにやら手作業をやっているようだった。
 どうやら編み物をしているようである。そこで、私は彼女に近づいて何を作っているのか聞いてみた。
 彼女の答えはセーターだった。しかし、それはどう見ても人間の着るものには見えない。まるで帽子のような形をしている。っていうかUFO?
 まさか、彼女は何か幻覚を見ているのだろうか。彼女の目にはあんな姿をした何か得体の知れない小人のようなものが。
 なんということだ。恐怖を覚えた私はあわてて逃げ出した。
 また、髪の毛が抜けてしまった。
 ルイズは悩んでいた。
 結婚式の詔の文章が思いつかないこともそうだったが、それよりも最近のコルベールのストーカー的行為が気になる。彼はいつも物陰に隠れてルイズをじっと観察しているのだった。
 そういえばあの人はまだ独身だったはず。まさか、何か変な趣味があるとか。
 なぜ、彼がまだここにいるのかというのも、そう考えれば説明がつく。一人で帰ろうかとも思ったが、人のいない場所で一人になったところでもしも襲われたとしたら。
 そう思うと、背筋に冷たいものが走る。
 こういう場面で頼りになるのは、やはりあいつしかいない。しかし、あいつはコルベールと仲がいい。だから相談するのを今までためらっていた。でも、もう限界だ。
 ルイズは決意した。
 問題は、話をどう切り出すか、だ。いきなり面と向かって切り出すのは、いくらなんでも話しづらい。
――そうだ。何かを食べながら、場が和んだときにそれとなく切り出そう。
 そう考えたルイズは、市場でお見舞いのりんごを買った。
 袋に入ったりんごを抱えながら、ルイズは病院への道を歩く。そこで、彼女はふと病室にはアレがないことを思い出して、またアレを買いに市場へと戻ったのだった。


□月□日
 またミス・ヴァリエールは一人裏庭で独り言をつぶやいる。
 直る気配はない。
 それはそうと、また頭をかいたら髪の毛が抜けた。

☆月☆日
 例のなぞのセーターらしきものは順調に成長しているようだ。
 ところで、ストレスのせいか触るだけで髪の毛が抜ける。
 どうしたというのだろう。

今日
 朝起きたら、髪の毛が抜けて、枕にくっついていた。

 かみ、かぜ ふかれて とんだ

 かみが
 ぬけ

「って、後半おのれの髪の話ばかりになっているやないけ!」
「いや、でもウルフウッド君。私の髪がね、横には生えてるんだよ。なけなしの最後の毛が。それがね……」
「しっかりしてくれ、センセ。あんたが精神病んでどないすんねん!」
「あぁ、ウルフウッド君、揺さぶらないでくれたまえ! 髪が、私の髪が落ちていくー!」
 ウルフウッドとコルベールは差し向かいで病室にいた。ベッドの上に座ったウルフウッドに向き合う形でいすに座ったコルベールがうなだれている。
「とりあえず、大体の状況はわかったわ」
 コルベールは文字の読めないウルフウッドのために、自分の報告書を朗読していたのだった。自らの髪の毛が抜けていく過程を声に出すのは、とても辛かった。
「とにかく、じょうちゃんが何か精神的に病んでいるのはまちがいない、っていうんやな?」
「ええ。この数日でそれだけ異常な行動が見られましたし。彼女がつぶやいていた言葉と、状況からもヤンデレール症候群である可能性は、高いと思いますな」
「治るんか、それ?」
「専門の医師に見せれば何とかなるかもしれないですね。ただ、一度壊れてしまった心は、簡単には元に戻りません」
 ウルフウッドとコルベールは二人で頭を抱え込んだ。
「もしくは、新しく恋をするとか?」
「な、なんやと?」
「ほら、失恋の痛手は恋愛で治すって言うじゃないですか。同じように、ミス・ヴァリエールにも新しい恋をですな――」
「新しい恋、って相手はどうすんねん?」
 二人は同時に首をひねった。学院の生徒や身近な人間でルイズの恋人になれそうな人間が思いつかない。
「……禁断の関係ほど燃えるといいますよね? 使い魔と主人とかどうですか?」
「いやー、禁断いうたら、先生と生徒とかのほうがええんちゃう?」
 微妙な空気が二人の間に広がる。
「ま、まぁとにかくウルフウッド君。気長に治療していきましょう。きっと、時間はかかるかもしれないですけれども、治りますよ」
「そやな」
 とりあえず二人はにらみ合ったまま、頷きあった。
「そうですよ。あと、ヤンデレール症候群で注意すべきは暴力行為に発展することですな」
「ちゅうのは?」
「この病気の最悪のケースは殺人や自傷行為なのです。そういったケースにならないように我々が見守らないと。たとえば、そうですな。彼女がナイフとかを持ち出したら、すぐに取り上げねばなりません」
「そうか。そこらへんは気をつけていくわ」
 二人がそう結論に達したとき、病室のドアが開かれた。
「ウルフウッド、いるの?」
「あぁ、じょうちゃんか――!」
 おもむろにルイズのほうを振り向いたウルフウッドだったが、そのルイズの姿を見て、目を見開いた。同じように驚愕の表情を浮かべるコルベールと目を合わせる。

 病室の扉を開けた瞬間、ルイズは異様な雰囲気に気が付いた。
「な、なに?」
 コルベールが病室にいたのは計算外だった。
しかしそれ以上に驚いたのが、ウルフウッドとコルベールの二人が自分をまるで何か変なものでも見るような目で見ていたことだった。
 そして、次の瞬間、ルイズはさらに驚くことになる。なんとコルベールが猛然と彼女に向かって突進してきたのだった。
 鬼気迫る表情で飛び掛ってくる、コルベール。
 ち、血迷ったか、この変態ストーカーロリコンハゲ!
 ルイズは心の中で大声を上げた。
 いくら相手が魔法学院の先生とはいえ、おとなしく襲われろという法はない。降りかかる火の粉は払う。
それが貴族のあり方であるし、せめて自分の身は自分で守れないといけないのだから。
 ルイズはとっさに杖を取り出すと、全力で魔法力を込めた。巨大な爆発が彼女の目の前で起きる。
 そして、ぷすぷすと煙を出しながら、焦げたコルベールが床を転がっていった。
「い、一体何なのよ!」
 ルイズは杖を脇に抱えたまま、煙を上げているコルベールを見て大声を出す。
「じょうちゃん、早まったら、アカン!」
「え?」
 なんと次の瞬間にはウルフウッドまで飛び掛って来た。
 意味が分からない。この二人、なんか最近様子がおかしかったし。一体どうしたというのか?
「ち、ちょっと、何をするのよ!」
 完全に虚を突かれたルイズはウルフウッドに馬乗りされてしまった。じたばたと必死にもがくが、体格差はどうしようもない。
「ええから、それをおとなしく渡すんや!」
「そ、それって、何よ!」
「その右手に持っているナイフや。早まったら、アカン。じょうちゃんも辛いかもしれへんけど、人を殺そうとか自分を傷つけようとか早まった行動に出たらアカンで!」
 へ? とルイズは呆気にとられた。なにか大きな誤解があるような。
「……あの、ウルフウッド? あんた、何を言ってるの? このナイフが何?」
「何、て。それで誰かを刺そうとか、自分の手首を切ろうとかしてたんやろ?」
「そんなわけないじゃない」
 ルイズはあっけらかんと言い放った。
「へ? じゃあ、そのナイフは、何や?」
「果物ナイフ。お見舞いでりんご持ってきたのに、あんたの病室果物ナイフないでしょ? だから、持ってきたのよ」
 ウルフウッド、そのまま口をポカーンと開けて半分放心した。
「ってことは、それりんごの皮をむくために?」
「当たり前じゃないのよ! 第一さっきから訳のわからないことばかり言って、どういうことか説明しなさい!」
 ルイズはウルフウッドを突き飛ばすと、立ち上がった。そして、呆然としているウルフウッドと焦げて煙を出しながら大の字で気絶しているコルベールをにらみつける。


「これ最後のほう、ほとんど髪の毛の話じゃない」
 そう言って、ルイズは手に持った紙を乱雑にベッドの上に投げ捨てた。それから深くため息を付くと、
「……まぁ、事情を説明しなかったわたしも悪いんだけれどもね」
 ルイズはベッドの上に腰掛けて、その前でウルフウッドとコルベールの二人は正座をしていた。
 爆発にあったコルベールの頭は、即頭部だけがアフロになっているという奇妙な状態だった。
 憤然とした美少女の前で、男二人がしゅんとおとなしく座っている光景は、なかなかにシュールだ。
「っていうことは、じょうちゃんが読んでいたあの白紙の本は、始祖の祈祷書とかいう秘宝で、姫さんから預かったもので」
「それで、あのぶつぶつと呟いていた言葉は、結婚式の詔を考えていたということですか」
「そうよ」
 例の騒ぎの後、ルイズはウルフウッドとコルベールを問い詰め、そして大体の事情を把握したのである。
「馬鹿みたい。誰が、ヤンデレール症候群よ。失礼しちゃうわね」
「すまん」
「面目ない」
 ルイズはあきれ返ったような表情で首を振った。ここまで情けないと起こる気力も失せてくる。
「結局、勘違いだったわけね。例の先生のストーキング行為も」
「……センセ、絶対見つからへん言うてたやないけ。けど、ばればれやないか」
 ウルフウッドが肘で隣のコルベールを小突いた。
「いや、でも昔はそういった隠密行動は得意だったのですが」
「……その頭で光が反射して眩しかったからちゃうか」
「な、なんですと!」
「あぁ! もう、そこの二人おとなしくしなさい!」
「はい」
 コルベールとウルフウッドは仲良く正座を正す。
「けど、それはそうと、じょうちゃん、ホンマに大丈夫なんか?」
「何がよ?」
「あの一件や」
 ルイズは考え込むような仕草を見せた。
「……確かにショックじゃなかった、って言えば嘘になるけど、でもそこまで落ち込んでないわよ。
っていうか、わたしが心を病むほど落ち込むなんて、そっちのほうが癪じゃない」
「じょうちゃん」
「大丈夫よ。大丈夫。本当に辛かったのは、そういうことじゃないから――」
「そうか」
 ウルフウッドは小さく呟くと、顔を伏せて少し安心したように笑った。
「ところで、何がヤンデレール症候群やねん。結局なんもなかったやないか。ほんま人を大騒ぎさせてからに」
 ウルフウッドはじとっとした目でコルベールを見る。
「な、何を言うんですか! 大体、もともとは君が彼女の様子がおかしいって相談して来たのがそもそもの始まりでしょう!」
「な、なんやと! バレバレのストーカー行為したあげく、したり顔でヤンデレール症候群です、なんて言うとったやつに言われたくないわ!」
「な、なに言うんですか、この場当たり使い魔!」
「わけのわからん勘違いをする奴に言われたないわ、ボケ!」
 二人はやおら立ち上がった。これはまた、醜い争いだった。
「おすわり!」
「はい」
 しかし、二人の大の男はルイズの一言でおとなしくもそもそと床に座った。
 ルイズは憂鬱そうに額に手を当てると、
「まぁ、今回は余計な心配をかけたわたしも悪いっていうことで、許してあげるわよ」
 そして、傍らの袋からりんごを一つ取り出し、果物ナイフを右手に持った。
「感謝しなさいよね。一応使い魔の世話はメイジの義務だから、で、あんたは怪我をしていて動けないから、だからこうしてりんごの皮なんかむいてあげるんだから」
 そう言い訳めいたことをひとり言のように呟きながら、りんごに刃を当てていく。
 そこでウルフウッドは一つ忘れていることに気が付いた。
 例の白紙の本、永遠の愛とかいうひとり言はこれで説明が付いた。しかし、最後のセーターらしきものについては、まだその謎は解明されていない。
「う、くっ」
 ルイズは額に汗をかきながら、つたなく右手を動かしていく。
 実のいっぱい付いたりんごの皮がボタリと地面に落ちる。
 それを見て、ウルフウッドは最後の謎が解けた。
「そや! 例のセーターみたいなものの正体は、ただ単にじょうちゃんが不器用やった――ガフッ」
 言い終わる前に、ルイズの蹴りがウルフウッドの顔面に炸裂した。


 翌日、ルイズとウルフウッドはコルベールを見送っていた。
「全くとんだ災難だったわ、本当に」
 ルイズは不服そうに口を尖らす。ウルフウッドは返す言葉もない。
「まぁ、これで誤解も解けたし、コルベール先生も無事学院に帰ってくれたからよかったけれどもね」
「まぁな」
「きっと、コルベール先生、怒られるわよ」
「なんでや?」
「学院の授業、数日すっぽかしちゃったからね」
「……じょうちゃんは大丈夫なんか? 学校サボって?」
「し、仕方ないでしょ! 自分の使い魔が入院しているんだから、そ、その面倒見なくちゃいけないじゃない!」
 ルイズは顔を赤くしてムキになって反論する。やぶへびだった。
「ワイは、もう大丈夫やで?」
「だ、大丈夫なわけないでしょ! お腹にあんな大きな穴が空いたのよ? そんなのが一週間で治るはずがないじゃない!」
 ウルフウッドは困ったように鼻の頭を掻いた。
――確かに普通の人間はこんなにはよう傷は治らへんな。
 心の中で呟く。
 ルイズはそんなウルフウッドの横顔を見つめる。この使い魔はときどきこんな風にからっぽの笑顔を浮かべる。
「……ウルフウッド。あたし、今回の一件で自分がどれだけ力がないか、わかったわ。だから、もうわがままは言わない」
「力がないんやない。荒事がじょうちゃんに向かへんだけや」
「それ以外の力ってなによ?」
「さぁ。ワイにはわからへんけど」
「何よ、それ」
 ウルフウッドはただ、何事もないように遠くを見つめるだけ。
「これからは、出来るだけ無茶しないようにするわ」
「……そうしてくれると、ありがたいわ」
 ウルフウッドは静かに眼を閉じた。
 そのときだった。なんと、さっきトリステインに戻っていったはずのコルベールが走ってこちらに戻ってくるではないか。
 必死な表情で、こちらに向かって手を振っている。
「センセ、どないしたんや。忘れもんか?」
「ち、違います」
 コルベールはぜぇぜぇと荒い息を整えている。
「た、大変です! 大変なことになっています!」
「……もう、センセの大変にはつきあわへんで」
「ち、違うんですよ! こ、これは本当に大変です!」
「先生、一体どうしたんですか?」
 あまりにも鬼気迫るコルベールの態度に、訝しげながらもルイズが尋ねた。
「お、驚かないでくださいね」
「あぁ。わかったから、はよ言うてや」
 あきれ返るような表情でウルフウッドはコルベールを見る。
 コルベールは深く深呼吸をして、胸をさすると、
「ついさっき、アルビオンがタルブに侵攻しました」
 と震える声で言った。


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