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マジシャン ザ ルイズ 3章 (40)

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マジシャン ザ ルイズ 3章 (40)悲哀の歌

「……? 確か学院でルイズと一番仲良くしていらしたのが、キュルケさんだと思っていたのですけれど……?」

その言葉にルイズは気まずそうに視線をそらし、キュルケは大げさに肩をすくめて見せた。
「……あら?」
暫しの沈黙の後、アンリエッタは自分が何か微妙に勘違いしていることに気がついた。

「ええと、報告書にそう書いてあったものですから……わたくしの勘違いでしたら、お二人に不快な思いをさせてしまいましたね」
オロオロとした態度で慌てだした女王に、今度は傅いたままのルイズが慌ててフォローをした。
「ち、違うのです陛下! 私とツェルプストーは、あの、その……なんというか、えぇと、」
が、突然すぎて口が回らない。
「まあ、ある意味で仲が良いとも言えるわね」
そんな風にテンパって口が回らないルイズに、キュルケが涼しい顔で助け船を出した。
「喧嘩する程仲が良いとも言うしね」
「そ、そうです! 私たち、こう見えても仲良しなのです! ……微妙に」

「……あー、オホンッ!」
そんな風に場が和んで緊張感が切れかけたところで、咳払いが一つ、部屋に響いた。
ルイズが音がした方を見やれば、アンリエッタの後方側面にあるドアの前に、痩せすぎた白髪頭が立っていた。先ほどの咳は彼のモノに違いない。
マザリーニ枢機卿である。
「ああ、わたくしとしたことが、話が横道にそれてしまいましたね」
側近の存在にきりりと表情を引き締めたアンリエッタが、首を動かしてキュルケに向かい口を開いた。
「ミス・ツェルプストー、ミスタ・キーナン、ミスタ・ヘンドリック、暫し退室願えますか?」

扉が閉まる。
三人が側仕えの騎士に連れられて退室したことを確認すると、改めてアンリエッタはルイズに対して佇まいを直した。
「あなたをここに呼んだのは、勿論彼女との再会を喜んでもらうという向きもありますが、それ以上にこれまでのこと、そしてこれから起きることを、あなたに知っておいて欲しいからなのです」
そう涼やかな声で語るアンリエッタからは、ある種の悲壮感のようなものが感じられた。
「陛下……」
「聞いて下さい。……虚無のルイズ」

「陛下」
その物言いに、すかさずマザリーニから鋭い制止が飛んだ。
「分かっています」
その言葉にアンリエッタは真顔で頷いて応える。
今のアンリエッタの立場は、彼女こそが虚無の祝福を受けたという前提あってのものなのである。
どこに人の耳があるか分からない場所、それも他国の人間がいる場所で、そのことを覆しかねない発言をするというのは、不用心にも程がある。
マザリーニは顔にこそ出さないものの、その内では肝を潰す心持ちであった。
女王は親友であるヴァリエール家の三女に負い目がある。無論マザリーニにも、先ほどの言葉がそれ故に出た彼女の美徳と分かってはいる。しかしそれでも胃が痛むのは変わらない。




「トリステインは、近くアルビオンが駐留するゲルマニア領内に向かって軍を進めます」
アンリエッタが、正面を、ルイズを見据えて落ち着いた口調で語り始めた。
「敵の戦力はこちらの約十倍以上、加えて死者を兵士として戦わせているという、我々が対峙したことない未知の敵でもあります。正面からトリステイン王国単体でぶつかって、勝ち目が無いのは明らかです。
 ですから我々は、ガリア王国、ロマリア連合皇国にも協力を願い、加えてゲルマニア領内に残る帝国残留軍や周辺国諸国とも連携し、対アルビオンの連合軍を結成してことの対処にあたるべきであるとの結論を下しました。
 幸い、最大の難関であると思われていた敵側同盟国であるガリア王国は、条件付きで交渉の席に着く約束をしてくれました。
 その条件というのが『交渉の席におけるロマリア教皇の出席』です。
 ロマリアは開戦当初から、中立を宣言していますが、それでも我々は誠意を持って交渉に当たり、彼らを我々の場に引き入れなくてはなりません。
 その為に我々は、先の緒戦で実際にアルビオン軍を戦闘を行ったモット伯爵を特使として派遣することを決定しました。そして更に、ゲルマニアからもロマリア説得の為に、特使を派遣していただきました。
 それがキュルケさん、彼女です」
そこで言葉を句切り、アンリエッタは一瞬、躊躇うような表情を見せたが、すぐに思い切ったような顔で言葉を続けた。
「ミス・ツェルプストーはゲルマニア国内で、何度もアルビオン軍と交戦した経験を持つ、優秀なメイジなのだそうです。モット伯爵とキュルケさんの二人には、ロマリア教皇を説得し、彼らがこちらの側につくように交渉をしていただく予定です」

語り終えたアンリエッタが、深く椅子に座り直して深く息を吐いた。
ルイズにはその所作で、彼女が多忙を極めているということの一端を感じられたが、それ故に分からないこともあった。

「陛下、よろしいでしょうか」
アンリエッタがこくりと頷いた。
「陛下のお考えは分かりましたが、なぜそのことをお話になるのですか?」
ルイズは昨日、お忍びでアカデミーへと足を運ぶアンリエッタの元を訪れるようにと王宮からの手紙を受け取っただけなのである。
いきなり国の命運を左右するような大事を語られても、驚きはあったが正直なところルイズにはピンと来なかった。
何よりも、大切な女王陛下の貴重な時間が自分の為に割かれたことが心苦しかった。

「ルイズ……戦が始まれば、私はあなたに頼らねばなりません。
 この度の戦、その勝敗を決するのはあなたの虚無の力に他なりません。故に、わたくしはあなたに時に死ねと言わねばならないかもしれません。
 ですから、だからこそ……。わたくしは、自身の口からあなたにこれからのことを伝えて、知って貰わねばならないと思ったのです。
 何も知らないあなたを利用するということを、弱いわたくしには出来そうにありませんでしたから……、いえ、これも自己満足の為の行為ですね、でも……」
「ミス・ヴァリエール」
顔を伏せて、感情を抑えて、声を小さくしていくアンリエッタの代わりに、彼女の背後に控えたマザリーニがルイズへと声を掛けた。
「女王陛下はお疲れのご様子。今日のところはこれくらいにして、お下がりください」
ルイズはマザリーニの言葉に労りの気配を感じとると、小さく頷いて無言のままにその場を後にしたのだった。


「思ったよりも元気そうじゃない」
扉から出たルイズに、声が掛けられた。
「ここで待ってたの? 良く衛兵が許したわね」
「ああ、彼ならキーナンとヘンドリックを部屋に連れて行く為について行ったわ。どっちかというと連れていかれたって感じだったけどね」
壁に寄りかかりながら待っていたキュルケが、ルイズに向かってそう言った。
「キーナンとヘンドリック? さっき一緒にいたあの二人?」
「そ。四角い顔がヘンドリックで、甲冑姿がキーナンよ」
ルイズは二人の姿を思い出す。
一人は野戦でも終えてきたかのような肌を露出した服を着ており、その上からでも分かる筋肉質な体に、刈り込んだ黒髪。どことなく雰囲気はウェザーライトⅡで襲ってきたメンヌヴィルという傭兵を思い出させる風体。四角い顔というのは彼の方だろう。
もう一人は建物の中だというのに、年代物の真っ黒な全身鎧を着込んでいた長身。まるで戦場からそのまま抜け出してきたかのような風体。
体はともに大柄。
どことなく違和感を感じてしまうのは、ここが戦場ではないからだろうか。


「モンモランシーがあんたのことを酷く心配していたわよ。ここに到着したばかりでクタクタだった私を捕まえて、いきなりそんなことを言うもんだから、びっくりしちゃったじゃない」
「……別に、大したことじゃないわ。私にも色々あったのよ。それはそっちも同じでしょ」
そう言って、ルイズは改めて目の前に立つキュルケの格好を確認した。
当たり前だが、今のキュルケはマントの下に以前と違って学院の制服は着ていない。
彼女が着ている服は、彼女が以前に好んできていたような胸元が大きく開いたような露出の多いタイプではなく、どちらかというと実務的な軍服に近い服装である。
色は全体的に黒でまとめられており、所々に女らしい配慮や装飾があるもの、基本的には軍人然とした格好である。
そして、ルイズは以前との最大の違いである、短くなったキュルケの赤髪をちらりと見た。
「ああ、これ? これこそ大したことじゃないわよ。単なるおまじないってところ」
「……ふうん」
単なるおまじないで、あの美しかった髪を切ることがあるのだろうかと、ルイズは思った。
ルイズはキュルケが自分の長い髪を大切にしており、丁寧に手入れしていたのを知っていた。
「あんまり人に心配ばかりさせるんじゃないわよ」
「モンモランシーが心配しすぎなのよ。本当に大したことじゃないんだから」
「……まあ、いいけどね。私は明日にはロマリアへ向けて出発するから、何かあるならそれまでに部屋へ来て頂戴」
「明日? ずいぶんと早いのね」
「早い? むしろ遅いくらいだわ。本当なら今すぐでもロマリアへ向けて出発したいところよ。でも、ロマリア行きの船が明日にならないと準備できないって言われたのよ。だから、まあ……しょうがないわね」
思わぬ強い言葉で反論されたルイズが目をぱちくりさせると、キュルケは手を振って再び軽い調子で言った。
「あんた達の為って訳じゃないけど、頑張ってロマリア教皇のハートはがっちり掴んできてあげるから、明日の朝の見送りくらいは、顔出しなさいよね」
そう言うと、キュルケは身を翻してその場を立ち去っていった。
その足音を聞いて、ルイズはキュルケの靴が以前良く履いていたヒールではなく、ブーツを履いていたことに気がついたのであった。



ロマリアへの特使を乗せる船には、トリステインにおいて現在、最も足の速い一隻が選ばれていた。
つまり、それは飛翔艦ウェザーライトⅡである。

ドミニア最高峰のアーティフィクサーが設計開発を行った最新鋭艦、ウェザーライトⅡ。
例え最大の特徴であるスランのエンジンの修理がまだ完了していないとしても、風石炉と、それに連結した飛翔機構を有するフネはハルケギニアにおいて他になく、彼の船がトリステイン最速の船であることは変わりなかった。
そして、そのブリッジでは、コルベールが舵を握っていた。

「現在航路は予定通りに消化。順調すぎるくらいに順調ですね」
そのままの姿勢で、コルベールが前方の床に据えられた、黒く四角い箱に向かって話しかけた。
これは彼が発明した蓄音機という、音を記録するという機械である。
両手が使えない操舵の最中に記録を取る方法として、コルベールが自身の手で船に取り付けたものだった。


朝方アカデミーを出発したウェザーライトは、トリステイン特使とゲルマニアの特使の二人を乗せて、今はガリア領の上空を飛行している。
二基の風石炉は好調そのもので、このまま何事も無くすんなり進めば、昼頃にはロマリアへと到着する見通しであった。
出発当初は緊張して舵を取っていたコルベールも、今では落ち着いて操舵をしている。

この船はコルベールとウルザが協力して造ったといえども、主要な機関の殆どはウルザが一人で作り上げたものである。
操縦だけとはいえ、フネを操る経験の無い彼が緊張してしまったのも無理ないことであった。
何せ、現在この船にはいま一人の設計者であるウルザはこの船に乗っていないのである。
正確には、今この船には、コルベールとモット伯爵、キュルケ、それにお付きの二人しか搭乗していないのだ。
本来舵を取るべきウルザは、トリステインを離れられない事情とやらがあるらしく、その役目をコルベールに譲って、今もアカデミーに残っている。
つまり実質的に乗務員はコルベール一人。それでも問題なく航行可能であるのは、やはりこのフネの特筆すべき特性であるといえよう。



微かな機械の駆動音がするだけの、静かなブリッジ
そこにただ一人立つコルベールは、右から左へと周囲を見渡した。

そして彼は少しだけ、寂しい、と思った。

機関部へ行けば黙々と作業をしている自動人形達も居るが、魂無き彼らと共にいて慰められるような、彼が抱いたのはそんな感傷ではなかった。
平均的なハルケギニアの船よりかなり広く取られた、ウェザーライトのブリッジスペース。
前方は全面が硝子のような透明な素材がはめ込まれており、視界は良好。青い海原を雲が後ろへと流れていくのが、存分に眺められる。
開放感溢れる広々とした空間、そこに独りで居るということに寂しさと、ほんの少しの心細さを感じてしまう。

以前の、学院に身を置くより前のコルベールには無かった感情である。
「……良くも悪くも、時間は過ぎ去ったということですね」

トリステイン魔法学院、そこでコルベールは沢山の人に触れた。
騒がしい教室、賑やかな食堂、気さくな教員達、そして、素晴らしい生徒達。
学院という場所では、一度として同じ時間が繰り返されることはない。
生徒達は一年で進級し、三年で卒業していく。
春になれば成長した彼らが巣立っていき、そして希望に満ちた彼らが学院の門をくぐって来る。
同じ教室、同じ授業、それでも一度として同じ生徒達に語ることはない。

一期一会。
ただ一度の出会いは、代わるもののない、かけがえのない出会い。

トリステイン魔法学院、そこで、人との繋がりに対して無感動だった機械のような男は、人との出会いに喜びを覚える暖かな人間になっていった。
そしてそこで、彼はいつしか教師こそが己が天命と思うようになっていた。
そんなコルベールの周りには、いつも人が居た。
生徒、同僚、学院で働く平民達、彼はそれぞれに分け隔て無く接した。
確かに変人と言われることもままあった。
けれど、『教師とは人を大切にする仕事』そんなことを真顔で言う彼に、多くの人は好感を抱いてくれた。

いつの間にか、無意識に己の手のひらをじっと見ていたコルベールは、天井を見上げて静かにその瞼を閉じた。
暗転する視界、そこに焼き付いたように浮かび上がったのは、
〝燃えさかる魔法学院〟〝タングルテールの小さな村〟
そして、笑い声を上げるかつての部下。

『隊長殿』
彼はコルベールのことをそう呼んだ。

決別したはずだった。
この二十年で、忘れたはずだった。
しかし、それは思い違いだった。

過去はいつまでも、追いかけてくる。影のように、足音を立てずに追いかけてくるのだ。


「隊長……」

だから、そう声を掛けられたとき、コルベールは最初それを幻聴だと思った。



「コルベール隊長」
二度目の呼びかけに、コルベールが慌てて背後を振り返った。
ブリッジと船内を繋ぐ扉の前、そこに二人の人影が立っていた。
コルベールには見覚えのない二人組であったが、すぐに心当たりを思い出した。
(そう言えばこのフネには、ミス・ツェルプストーと一緒に搭乗された人たちが……)

そのことを思い出すと、コルベールは二人を見た。
二人は共に大柄。身長はコルベールより拳一つ以上高いだろう。
一人はマントを羽織った傭兵風の服装をしており、体つきは筋肉質で、精悍な顔つきで髪は黒の角切り、そこにいるだけで濃厚な戦場の臭いが漂ってくる様な男。
もう一人はそれに輪をかけた様な物騒な姿。体はここ数百年で見なくなったような古めかしい形の黒い全身鎧をに纏っており、身長は横にいる男よりも更に高い。
元々長身なのか、被っている甲冑の頭立てにつけられた後ろへ流された羽根飾りが、扉の頭にぶつかってしまいそうな程である。

特徴的な男達だが、やはりコルベールの記憶に、彼らの姿はない。

「まさかとは思いましたが、やはり隊長でしたか……」
しかしコルベールは角刈りの男の方が、低い声で自分に向かってそう口を開いたのを聞いた。
「君は、誰だね……?」
男はコルベールを知っているらしいが、コルベールには覚えがない。
ましてや自分を『隊長』と呼ぶ人間は……

「隊長、自分はヘンドリックであります。アカデミーの実験小隊所属でご一緒した、ジェローム・ヘンドリックであります」
「な……」
その言葉にコルベールは目を見開いて、手を口に当てた。
ジェローム・ヘンドリック。その名は確かに聞き覚えがあった。
かつてコルベールが所属した実験小隊、その中で年少だった青年の名が、確かにその名前であった。
「お嬢から名前を聞いてまさかとは思いましたが……本当に隊長であったとは、自分も驚きです」

そう言ったヘンドリックの姿を、コルベールは改めてまじまじと見た。
コルベールが記憶しているヘンドリックは、髪を後ろでお下げにしており、体も印象も、もっと頼りないものであった。
二十年という歳月の積み重ねに、コルベールは驚きを隠せなかった。
「……自分は、だいぶ変わったつもりですが、隊長もずいぶんと変わられたようにお見受けします」
「ああ、いや。たはは……」
そう言ってコルベールは無理矢理表情を作り、ぎこちなく笑うと、自分の頭部をぺちんと叩いた。
その仕草を見て、表情を堅くしていたヘンドリックも、軽く笑みを浮かべる。
「隊長はあの後も、ずっとトリステインに?」
「あ、ああ。それと隊長はよしてくれ、コルベールで構わないよ……。うん、私は魔法学院のオールド・オスマンに拾われてね、それ以来これまでずっと教師として生きてきたのだよ。……そう言う君は?」
気まずそうにヘンドリックの足下を見ながら、コルベールは言葉を返した。
副長であったメンヌヴィルの、あの狂炎の魔人とでも言うべき狂態とは違う柔らかな対応に、最初は強くショックを受けていたコルベールも、やや平静を取り戻しはじめていた。

「は。自分もあの事件の後、隊長……コルベール殿と同様に隊を抜けまして、十年前までは傭兵として暮らしていました」
「十年前まで? それからは?」
「いや、それからはお恥ずかしい話になるのですが……」
巌のような顔を崩して、ヘンドリックが笑った。
笑うと子供のような顔になる、昔誰かがヘンドリックをそう揶揄していたのをコルベールは思い出した。
「ゲルマニアで好きな女ができまして……。それからは傭兵稼業から足を洗い、下級貴族の位を買って、慎ましやかに暮らしておりました」
そう語るヘンドリックは、本当に幸せそうだった。
その顔を見てコルベールは思った。
ああ、この男も、それまでの時間を取り戻すような良い時間を送ったに違いない、と。

しかし、ヘンドリックはそこで言葉を切り、顔を元の巌に戻した。
そして
「その妻も、先のアルビオンの侵攻作戦で亡くなりました」
必要以上に平坦な声で、続けた。



その言葉にコルベールがたじろぐ。
幸せそうに家族を語った男が、石のような堅い声で語ったその言葉に、どれだけの悲しみと苦しみを込めているかを感じ取ったからだ。
だが、次にヘンドリックが取った行動こそ、コルベールを驚かせた。

「隊長。……いや、ミスタ・コルベール。自分は貴男にお願いがあってこの場に参りました」
そう言うと、ヘンドリックはその場にがばりと身を伏せて、頭を床に着け土下座したのである。
突然の行動に驚きを隠せないコルベールに、ヘンドリックは続けて言った。
「お嬢は、あの娘はコルベール殿の教え子だと伺いました。だからこそ、貴男に、我々と同じ境遇のコルベール殿に後のことを託したくこの場に参上しました!」
続いてガシャンと大きな音がし、コルベールがそちらを見やれば、甲冑姿の方も、ヘンドリックと同じ姿勢をとっていた。
「恥を忍んで、お願い申し上げます! 我々がもしも果てたならば、後のことを、お嬢のことをコルベール殿に頼みたいのです!」
その鬼気迫る勢いに、コルベールが一歩たじろいだ。
「な、何を言っているんだ君達は……今の私は、しょせんただの教師で……」
「だからこそ! 教師としてのあなたに頼むのです。コルベール殿の信念と、教師という人生と、この二十年を信じて頼むのです!」

男の声に、涙が混じった。

「元々、我々はお嬢を指揮官にした、爵位が与えられた元傭兵が集まった使い捨ての部隊でありました。そして全員が、アルビオンに大切なものを奪われた者達でもありました。
 そして、同じ傷を持つ我々は、共に戦いました」
慟哭。
いつしか、男の声色は懺悔のそれとなった。

「戦いの果て、一人減り、二人減り。最初お嬢を含めて八人だった小隊も、今では自分達二人とお嬢の三人だけとなってしまいました。……お嬢はそのことを、自分の責任として背負い込もうとしているのです。
 あのお嬢さんは、優しい娘です。本来自分達のような血生臭い世界にいちゃいけない娘です。
 両親の復讐なんてものに、人生を滅茶苦茶にされてはいけない娘なのです!
 咎があるのは我々七人。まだ戻れる彼女に、もう戻れないと錯覚させてしまった我々七人。
 彼女は違う、自分達のような首までどっぷりと血の池に浸かってしまっている人間とは違う。彼女はまだ、道を踏み外していない。地獄へ落ちるのは、我々七人の仕事、だから彼女には、生き残って元の生活に戻って貰いたいのです」

二人が、同時に面を上げた。
ヘンドリックの瞳に宿っていたのは、決意という名の静かな炎。
ヘルムのバイザーごしに見えない、もう一人もきっと同じ目をしているに違いない。
こんな目をした男達を、コルベールはかつて何度か目にしたことがあった。

だからこそ、彼には分かった。

『この男達は、死ぬ』

彼らの覚悟は決死の覚悟。
それは死を賭して、彼女の体を守ろうという鋼鉄の意志だ。
そして、彼らがコルベールに託そうとしているのは、彼女の心を守るという役目だ。
「私は……私は……」
コルベールは彼らが託そうとしているものの重さに気付き、戦き、 その何も掴めぬ両手で、顔を覆った。

その内に去来するのは、

――あなたは、私の知ってる先生なんかじゃないっ!――

愛すべき、生徒から向けられた弾劾の言葉。
コルベールの心に刺さった、棘のような恐怖。
「私はっ   !」


                        臆病なコルベール、逃げ続けてきたコルベール。
                        己の過去を、恐れ怯える。
                        哀れな罪人。
                              ――『詩人の歌』


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