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ゼロな提督-30 c



  《教皇よ!》
 シャン・ド・マルス錬兵場に、一際大音量でラインハルトの声が響き渡った。
  《銀河帝国がハルケギニアへ侵略を企てていたなら、とうの昔にハルケギニアは予の
  艦隊に蹂躙されていた。予にその意思がなかったから、卿等は繁栄を享受できていた
  のだ。
   この事実こそが、予が和平を望む証である!》
 その言葉に、教皇は何も答える事が出来ない。愕然としたまま立ち尽くしている。ジュ
リオも剣を握る手から力が抜けていく。

  《卿等のいかなる魔法も、どんな大砲も、予の艦に傷一つすら付ける事は出来ぬ。そ
  もそも、とどきすらせぬし、魔法や大砲を放つ間も与えぬ。予が腕を振り下ろす間に
  全て消し飛ばしてくれよう》

 ラインハルトはジョゼフへ向けて手を差し伸べる。
 ガリア王とミョズニトニルンは軽やかに悪魔像を模した巨大魔法人形から地上へ降り立
つ。魔法人形は地響きを上げながら会場の人々を離れ、周囲に誰もいない練兵場の隅に座
り込んだ。

 光が爆ぜた。

 次の瞬間、魔法人形は消えていた。魔法人形が座っていた地面も消えていた。半径十メ
イル程の大穴が出来ていた。
 それがミサイル攻撃だというのは、会場の人々には分からなかった。だが、頭上の艦か
ら棒状の物が撃ち込まれた瞬間に巨大魔法人形が地面ごと吹き飛んだのは分かった。

 ブリュンヒルトの側面には多数のミサイル発射口が口を開けていた。
 それらが会場へ向けられる砲口なのは、アンリエッタ亡命後すぐに山ごもりをして魔法
の修行を続けていたため真相に関して何の知識も得られず、滑稽な道化と成り果てたギー
シュ・マリコルヌ・ヴィリエにすらも分かる事だった。
 壊れたアルヴィーを握りしめ、虚しく地面にへたり込むギーシュ達の肩を叩く老人の手
があった。それはオスマンだ。その後ろにはコルベールもいる。
「おぬしらを責めはせんよ。ただ、今はあの者達の言葉を黙って聞くがいい」
 三人は、呆然としたまま微動だに出来なかった。


  《更に言うなら、あれらの艦は全て無人だ。卿等に分かる言葉で言うなら、ガーゴイ
  ルなのだ。
   教皇よ。お前の『虚無』の魔法が、どれほどの奇跡を起こそうとも、万一あれら全
  てを消し去る事が出来ようとも、予には蚊が刺した程の事もない。新たに無人の艦隊
  を送るだけだ。次は万の単位で、な。
   なお言っておくが、卿等の頭上の艦を破壊したら、当然ながら残骸が降り注ぐぞ。
  お前達の頭に》

 それは、全くもって余計な台詞だ。
 ラインハルトは、わざわざ言われなくても分かっている事を口にした。この点、まだラ
インハルトも若く、激情に身を委ねる事もある気性の激しい皇帝ゆえ、少々自らの権力に
酔っていたと言えるだろう。ジョゼフが言うように、見た事もない大艦隊を見て怯えうろ
たえる人々を目にして、「ついつい面白くなって」しまっても、非難出来る人は少ないだろ
う。


 事実、教皇にとって確かにラインハルトの言葉は、言われなくても分かっている余計な
ことだった。
 ヴィットーリオは聖杖を取り落としていた。怯え震える火竜の背で、膝をついていたの
だ。もはや教皇としての威厳はなかった。俯き、噛み締められた唇からは何の言葉も出な
かった。頭から落ちた円筒状の帽子のことなど、本人含めて誰も気にする事は出来なかっ
た。
 その姿はハルケギニアの敗北を、教会権威の失墜を象徴していた。竜に並ぶ恐怖の対象
であるエルフ達をも遙かに上回る軍団が聖地奪還に立ち塞がっている事実を、彼等の気ま
ぐれ一つで教会は消滅する事を、エルフ達との和平を受け入れなければ本当に消されかね
ない事を示していた。



「はーっはっはっはっはっは!」
 ジョゼフの高らかな笑い声が響き渡った。
 立ち上がる気力もない教皇へ向けて、満面の笑みで語りかけてくる。
「ま、そういう訳なのだよ!
 これまでの詳しい話は後々教えてやるが、ともかく、今日の調印式典は全て狂言だった
のだ」
 そう言いながら、ジョゼフはツカツカと教皇が乗る火竜へ歩み寄っていく。
 顔を上げられない教皇へ、実に楽しげに朗々と語り続けた。
「いやあ!全くお前の絶望の程には同情するぞ。
 自分の全人生を捧げてきたものが、全くの嘘。
 力で真実を否定しようにも、圧倒的な戦力差に手も足も出ない。
 しかも、それら全てをハルケギニアの全貴族を前に公にされてしまったのだ。
 全くお前は立場がない、運もない、たった今から権威も権力も何もない!」

 教皇は、何も答えない。答えられない。
 ジョゼフは火竜の傍、教皇の近くまで歩み寄る。
 そして腕を組み、うんうんと頷きながら話を続ける。

「あ、そうそう、一つ教えてやろう。
 実は銀河帝国の人間は、そこで幻影の姿を現しているラインハルトも含めて、全てが魔
法を使えない人間なのだ。俺も驚いたのだが、その若者の国にはメイジも魔法も存在しな
いそうだ。
 実際、俺も銀河帝国から迷い込んだ連中の遺留品をかき集めて、部下に調べさせたのだ
が、一切の魔法反応が無かった。エルフ達も調べたそうだが、精霊の残渣すらなかったそ
うだ」

 その言葉に、ラインハルトもヤンも小さく頷く。
 だが教皇は頷けない。

「つまり、俺たちの上を飛んでいる、あの神の軍勢がごとき大艦隊も、全て魔法無しで平
民達が作ったガーゴイルだ。ブリミルが俺たちに授けた系統魔法も先住魔法も無しに動か
しているのだよ。
 つまり平民達の力は、系統魔法を遙かに上回るのだ。始祖がハルケギニアに授けた祝福
なぞ不要、と言うほどにな。始祖の系統である『虚無』の使い魔の一つ、俺の使い魔ミョ
ズニトニルンの力で生み出した巨大ガーゴイルですら、ほれ、あの通り。奴等の爆弾一つ
で粉々だ!」

 ジョゼフはあごをしゃくって会場の隅を示す。
 そこには、ミサイルで跡形もなく地面ごと消し飛んだ魔法人形の座っていた場所。
 もちろん使用されたのは対艦ミサイルではない。核弾頭を外し、適当に火薬を詰めただ
けだ。


 王は、わざとらしく肩をすくめる
「いやはや、俺だけでなく、マリアンヌ女王やアルブレヒトにも、エルフ達にすらどうし
ようもなかったのだ。
 何しろ彼等、エルフと銀河帝国の連中が言う事に一つも嘘偽りは無かった。始祖が奪還
を求めた聖地は、草一本生えない荒野。ど真ん中にある召喚の門は、主たる始祖がいない
のに開きっぱなし。そして門から飛び出してくるのは、あの『ドラート』をはじめとした
銀河帝国の軍艦ばかり!
 おまけに圧倒的軍事力。笑顔で『和平に応じろ』と言われれば否応もない。選択肢が他
になかったのだ」
 その言葉には、ハルケギニアの女王や皇帝も頷いた。

 そして王は、益々わざとらしく教皇へ微笑んだ。
「だが教皇よ、安心せよ!事の責任は、お前には全くないぞ!うむ、お前は全く悪くない
のだ!
 教会の教えが誤っていたのは、お前が間違えたからではない。お前の先人達の誤りであ
り、そやつらの責任だ。
 系統魔法が我等を六千年に渡って守り導いたのは真実だ。我等は系統魔法による恩恵を
受け続けていたのだ。ブリミルが我等を蔑ろにしたなんてことも、全く無い!多少の誤り
はあっても、ブリミル教自体は間違っていないのだ!」

 その言葉に、教皇はようやくジョゼフの方を見る。
 全てを失った若者の目に映るのは、満面の笑みと共に自分を慰める男。

「おお!これはつまり、教会はこれからもハルケギニアを導くべき地位にあるという事な
のか!?そうだ、お前が教皇である事に、全ブリミル教徒を率いる地位にある事に変わり
はないという事だ!
 彼等、銀河帝国も俺たちに和平を申し出た。つまりお前の教皇としての地位も教会の存
在も不問とする、という事でもある。
 良かったではないか、教皇聖下よ!お前が聖地奪還を諦めさえすれば、お前は自分の地
位を、権威を守る事が出来るのだ!今まで通りにハルケギニアの貴族と平民達へ始祖の教
えを」

 バキィッ!

 打撃音が鳴り響いた。
 ジョゼフの言葉は、頬にめり込む拳で遮られた。
 ガリア王を殴り飛ばした者がいたのだ。

 だが、それはジュリオではない。ジュリオの前にはミョズニトニルンが立ちはだかって
いたから。落としそうになっていた剣を握り直してジョゼフに斬りかかったのを、無能王
の使い魔が遮っていた。
 だが、王の頬には拳がめり込んでいた。翼人女性のアイーシャ、ビダーシャルをはじめ
としたエルフ達がいるのに、精霊はガリア王を守らなかった。火竜のブレスからは守った
のに、男の拳からは守らなかった。亜人達も、何も言わず驚きも怒りも何もせず、ジョゼ
フが殴られるのを黙って見逃した。教皇お付きの神官達が動かないよう見張っているのに
も関わらず。
 上空にいるヤンやフレデリカも、銀河帝国艦隊も、全く動きを見せない。まるでそれが
当たり前のように。


 そう、彼等は見ていた。この茶番劇の役者達は、わざと見過ごしたのだ。
 ロマリアの教皇聖エイジス三十二世が、火竜を飛び降りてガリア王を殴るのを。
 それが茶番劇の一つであるかのように。


 だが、そんな事実にすら、教皇は思い至らなかった。
 彼はただ、激情に身を任せた。
 身の奥底からわき上がる憎悪と憤怒に身を任せるしかなかった。


「全部…全部、仕組んでいたのか…?」

 端正な顔が怒りに歪む。
 殴り飛ばされた王は、口の端から一筋の血を流し、それでも笑った。
 笑顔で答えたのだ。
「そうだ、全て俺が仕組んだ」
「お前が…!?」
 その言葉を、教皇は信じる事が出来なかった。エルフはおろか、銀河帝国という超大国
までがガリア王の筋書きに従ったという事実を信じるのは難しかった。

  《ガリア王の言葉は真実だ》

 ラインハルトがジョゼフの言葉を真実と保証した。
  《それが、ガリア王が協力する条件だったのだ。
   エルフ達との和解に応じ、ガリア王としても『虚無』の系統としても銀河帝国との
  和平を結ぶ。そのかわり、今日の式典は全てガリア王の仕切りにさせよ、と》
 ヴィットーリオの視線は、高速でジョゼフとラインハルトの間を往復する。

 ラインハルトの説明に、ビダーシャルをはじめ老エルフ達も同意した。
「我等もガリア王の要求には首を捻った。何のために、こんな寸劇をするのかは全く分か
らなかったのだ。
 だが、ともかくガリア王は全面協力を約束した。我等やヤンが求めた『不殺』の条件を
も受け入れた。実際、ジョゼフの筋書き通りに事は進み、誰も死なずに済んだ。なので、
我等としてもジョゼフの案に異論は唱えなかった」

 ドゴォッ!

 再び殴打の音が響いた。
 もはや殺意すら顔に浮かべた教皇が、今度はジョゼフの腹に拳をめり込ませたのだ。
「それじゃ、それじゃあ、お前はこう言うのか?
 全ては、私に恥をかかせるのが目的だったというのか!?」
「く・・・くく、く…。やっと、気が付いたか…」
「なんだ、と?・・・どういうことだ。簒奪者よ、一体どういう事だ!?弟を殺し王位を
奪って、次は教皇にでもなりたい…と、そういうのか!?」

 ジョゼフは腹を押さえて膝をついている。だが、苦悶に顔を僅かに歪めつつも、それで
も笑顔が消えない。
 いや、むしろ、心からの喜びに満ちている。満面の笑みを浮かべている。

「くく、くくく…違う。教皇の地位など興味はない。全ては、この一瞬のために仕組んだ
のだ」
「この、一瞬…?私が恥をかく、この一瞬に・・・。な、何故、何故だ。私が、お前に何
をしたと言うのだ?」
「お前は、何もしていない。本当に、お前は何も悪くないのだよ。だが、俺は仕組んだの
だ。今日の茶番を、な」
 よろめきながら、ジョゼフは立ち上がる。
 そして、トリスタニアはおろか、ハルケギニア全てに響きわたらさんとするかのような
声を張り上げた。


「お前に、お前に俺を、殴らせるためさっ!」



 確かにジョゼフは告白した。教皇にガリア王を殴らせるために、今回の陰謀を仕組んだ
のだ、と。
 だが、告白をされたからと言ってジョゼフの意図を理解出来るわけではない。殴りつけ
た本人である教皇も、あえてジョゼフ本人を守らないように精霊へお願いしたアイーシャ
やビダーシャルなどエルフの人々も、モニターで事の推移を黙ってみているラインハルト
達すらも、彼の意図が分からない。
 『ドラート』二機はようやく降下艇の隣に着陸して、中からルイズ達が地上へ降り立っ
た。彼等もジョゼフの言葉を黙って聞いている。



 ジョゼフは大きく息を吐き、呼吸を整え、静かに尋ねた。
「教皇よ、お前は『虚無』の力が何を源とするか知っているな」
 その問に、教皇は目を見開いた。
 だが口は開かない。何も答えない。

「知らないのか?それとも言えないのか?なら俺が代わりに言ってやる。教えてやる。
 それは、闇だ」
 闇。その言葉を口にしたジョゼフの顔は、確かに闇が浮かんでいるように見えた。
 たとえ闇が浮かんでいるように見えるのが気のせいでも、その口調には明らかに憎悪が
含まれている。
「怒り、憎しみ、嫉妬、絶望…あらゆる負の感情が源となる。『虚無』の系統たる俺と、そ
このルイズが保証する。闇が心を満たす時、『虚無』の力は増す。精神力が溜まり、威力を
上げるのだ。
 はっ!慈愛に満ち祝福を授けるのブリミルの系統が闇を糧にするとはな。大笑いだ!」

 その言葉にルイズも黙って頷く。
 彼女の顔には憎悪は浮かんでいない。ただ静かに話を聞いている。だが隣のヤンは知っ
ている。彼女の心が闇に浸食されていた事実を。

「大きな力には、暴走を防ぐために封印がかけられる。
 そのため『虚無』の系統にも封印がかけられていた。それが始祖の秘宝だ。地水火風を
象徴する4つの指輪と、「虚無」の魔法を伝える4つの秘宝に触れる時、封印は解除される。
『虚無』が蘇る。
 だが、この封印にはもう一つの意味があった…『虚無』の使い手に、その心に、闇を満
たすという効果が、な!」

 ジョゼフは吐き捨てる。
 その心に満たされた闇を吐き出すかのように。己を焼く憎悪が炎となって吹き出すかの
ように。心から忌々しげに。

「昔、俺は何一つ出来なかった。封印のせいで魔法が使えなかった。もちろん俺が本当は
『虚無』の系統だなんて、誰にも分からない。宮中の誰もが、母すらも、俺を暗愚と呼ん
ださ。
 それに比べて弟のシャルルは何でも出来た。皆、弟が王になる事を望んだ。あいつは、
誰よりも魔法の才に優れていた。五歳で空を飛び、七歳で火を完全に操り、十歳で銀を錬
金した。十二歳の時には水の根本を理解した。俺には何一つ出来ない事を、シャルルは容
易くやってのけた」

 弟の事を語り出すジョゼフ。その時の彼には、憎悪ではなく懐古と寂寥と、嫉妬と後悔
がみてとれた。天を仰ぎながら、懐かしげに、羨ましげに、そして悔しそうに弟の事を語
る。


「いや、魔法だけじゃない。あいつは本当に賢かった。俺と互角にチェスを指せたのはあ
いつだけだった。あいつがいなくなって、俺のチェスの相手は、俺だけになってしまった。
自分で自分を相手にチェスを指す…なんて退屈な行為だ!
 賢いだけじゃない、あいつは優しかった。家臣や父にバカにされる俺を見て、あいつは
言ってくれた。『兄さんは、まだ目覚めていないだけなんだ』『兄さんは、いつかもっと凄
い事が出来るよ』と。俺を気遣って、わざと失敗してくれたことすらあった。本当に、あ
いつは優しかった…」

 突如、ジョゼフの顔が変わった。再び闇が浮かんだのだ。今度は気のせいでも何でもな
い、間違いなくガリア王は顔を憎悪・後悔・絶望で醜く歪ませたのだ。

「そんなあいつが、俺は羨ましくてたまらなかった!俺が持たぬ美徳、才能を全て兼ね備
えていた!
 だが…それでも憎くはなかったんだ。本当だ。あんなことをしてしまうほど、憎くは無
かった。あのときまでは…」

 ジョゼフは俯く。
 わなわなと手が震える。
 衆人環視の中、ジョゼフの独白は続く。

「病床の父は、臨終の間際に俺とシャルルだけを枕元に呼んだ。他には誰もいない、三人
だけの部屋で、次の王が定められた。
 父は、俺の名を口にした。
 信じられるか?なぁ、信じられるか!?俺は、本当に王に指名されたのだよ。父にバカ
にされ、母に暗愚と呼ばれ、宮中の誰もがシャルルを王に相応しいと思っていた。なのに
父は俺を王としたんだよ!」

 彼はヴィットーリオへにじり寄る。いまだ唖然、呆然とする教皇の顔を、上目づかいに
見上げながら、腹の底から叫んだ。

「そうさ、俺は簒奪なんかしていない。本当に、俺は父から王に指名されたんだ。本当に
俺が正当なガリア王なのさ!」

 彼は腕を振る。横へなぎ払う、会場の人々へ右腕を振り回す。
 この中の誰一人としてジョゼフが正当な王だったと信じていなかったであろう、会場の
貴族達へ、真実を投げかけたのだ。
 だが、すぐに彼の腕から力が抜けていく。肩が落ちる。

「俺は喜んださ…父は病気で呆けてたんだろうけど、王の言葉は絶対だ。自分は王になっ
たんだ、と。
 そして、俺の心は、弟への、シャルルへの優越感で満たされた。シャルルの絶望がどれ
ほどのものか。自分のものになるはずだった権力が、一瞬で指の間からすり抜けた絶望は
どれ程のものか、とな。弟の悔しがる顔を想像した。それが見たくてたまらなくなり…、
横目で盗み見たんだ。弟の顔を。
 そしたら、あいつ、どんな顔をしていたと思う?なあ、教皇様よ。どんな顔をしていた
と思うよ」

 突然、ジョゼフは教皇の胸ぐらを掴む。
 力の限りに、自分の間近にまで顔を引き寄せ、あらん限りに己の怒りと絶望を叩き付け
る。

「喜んでやがったっ!
 俺の下衆な想像は、まったく外れだったんだよ!あいつはにっこり笑って、なんと、こ
う言いやがったんだ。『おめでとう、兄さんが王になってくれて、ほんとうによかった。ぼ
くは兄さんが大好きだからね。僕も一生懸命協力する。いっしょにこの国を素晴らしい国
にしよう』とな。
 ああ、今でも一字一句覚えてる。あいつには何の嫉妬もなかった。邪気も皮肉も無かっ
たんだ。本気で俺の戴冠を喜んでた・・・」


 教皇の胸ぐらを掴む手の力が衰えていく。
 苦しそうな顔で、ジョゼフは言葉を絞り出した。

「シャルル…どうして、どうしてお前は、悔しがってくれなかったんだ…。どうして、お
前はそこまで優しかったんだ…どうしてお前は、俺が持たない全てを…手に入れていたの
だ?
 俺は、本当に嫉妬した。あいつは素晴らしい奴だ、優しい弟だった。それに比べて、俺
は、なんて下衆なんだ。なんてクズなんだ。なんて愚かで、無様で、無能で、冷酷で、嘘
つきで、残忍で、阿呆で、間抜けで、嫉妬深くて、弱虫で、ちっぽけなんだ…。
 なんで、俺は、こんな・・・惨めなんだ」

 ジョゼフの目に、光が宿る。
 全てを焼き尽くさんばかりに熱く、鋭く、狂気を帯びた光が。

「俺は、弟が憎くなった。
 分かるか?教皇様のお優しくて寛大すぎる御心じゃ、俺の様な下衆の狭い心なんか、わ
からんだろう?嫉妬が憎悪に変わったんだよ…殺意になったんだよ!
 そうだ、俺がシャルルを殺したんだ。簒奪なんかしていない!ただ、憎かったから殺し
たんだ!何が悪い?俺は王だ。そうだ、後の禍根を断つためだ。弟を担ぎ上げる連中が国
を割るのを防ぐためさ!
 いやいや、そんな大義名分もいらんな。俺は王だからな。殺したいから殺した、それで
十分だ!何しろ王権は神から、始祖ブリミルから授かった神聖なものだ。王の行いは神の
行いだ!
 もちろん誰も信じなかったさ!俺が王に指名されただなんて。証人もいない。だから誰
も彼もが俺を簒奪者と呼んだ。弟を殺して王位を奪ったと、な!」

 ジョゼフの自白がトリスタニアを覆う。
 次元の壁を越え、自動翻訳されて銀河帝国公用語となりステーションの司令室に響く。
 狂った笑い声が、宇宙に満ちる。

「あはははっははははっ!ははっはははは・・・・・
 そうだ。俺がシャルルを殺したんだ!シャルル、恨むなら己の才と優しさを恨め。お前
のあの晴れ晴れとした顔が、お前を殺したのだぞ。ほんの少しでも良いから、俺を羨んで
くれれば、殺さずにすんだというのに!
 あの日、狩猟会の最中、俺は弟を殺した。何しろ魔法を使えない無能王だからな。しょ
うがないので毒矢で射殺した。ガリアの誰よりも高潔で魔法の才に優れた王子が、ガリア
の誰よりも下劣で無能な王子の下賎な矢で死んだんだ!
 いやいや、それだけじゃないぞ!俺はシャルルの娘も狙った。エルフが調合した、心を
狂わす水魔法の薬だ。俺はあの姪に、シャルロットに飲ませようとした。だが、代わりに
母が飲んだ。おかげで、あの美しい女が、見事に狂ってしまった!人形を自分の娘と思い
こんでシャルロットと呼び、自分の娘を俺からの刺客と恐れ、怯えてグラスを投げつける
のだ!
 教皇よ、知ってるか?なぜシャルロットがタバサと名乗るのか…。タバサってのは、そ
の人形の名前なんだよ!人形がシャルロットと呼ばれてしまうから、しょうがないので姪
はタバサと名乗った!以来、シャルロットは人形の様に表情を無くし、人形の名を名乗っ
てるんだ!」

 再び哄笑が響き渡る。
 狂気に満ちた笑いが二つの世界を包む。
 狂った王は、ただ笑い続ける。


「・・・俺は、俺は、後悔してるんだ。
 あいつの愛した女性を、娘を痛めつけても、あの日の痛みには適わん。祖国を、人々を
苦しめても、あの日の後悔には適わん。なのに、なのに、何故なんだ。後悔してるのに、
心が痛まない…。
 そうだ、俺は人間だ。どこまでも人間だ。なのに、何をしても心が痛まないんだ。神は
何故俺に力を、『虚無』を与えたんだ?ああ、『虚無』だ!それはまるで、俺の心のようじ
ゃないか!
 俺の心は空虚だ。腐った魚の浮き袋だ。からっぽだ。喜びも、怒りも、憎しみすらもな
い。シャルルを手にかけたときより、俺の心は振るえんのだよ。まるで油が切れ、さび付
いた時計のようだよ。時を刻めず、ただ流れ行く時間を見つめる事しかできぬガラクタだ
よ」

 ジョゼフは、教皇の胸ぐらから手を離した。
 力なく、地に膝をつく。
 ただ、懺悔するかのような自白ばかりが続く。宙の一点をみつめ、うわごとのように呟
き続ける。

「だから、俺は決めたんだ。神を倒すと。兄弟を斃すと。民を殺すと。街を滅ぼすと。世
界を潰すと。
 あらゆる美徳と栄光に唾を吐きかけるために。全ての人々の営みを終わらせるために。
取り返しのつかない出来事に、後悔するために。シャルルを手にかけた時より心が痛む日
まで…。世界を慰み者にして、蔑んでやる、と。
 人として、涙を流したいから」

 ジョゼフは、顔を上げる。
 ぼんやりと会場を見回す。彼を見つめる人々を見つめ返す。
 全てを失った教皇を、信仰を否定された神官を、貴族の地位が砂上の楼閣と気付かされ
たメイジ達を、神権を無くした女王を、聖地奪還を諦めた飾りの皇帝を、哀しげな瞳を向
けるアイーシャを、理性的な中にも同情の視線を向けるエルフ達を・・・。
 何より、自分の全てを理解してくれるルイズの涙する瞳を。自分と同じく『虚無』に心
を狂わされつつあった娘を。



 ガリア王は、天を仰ぎ見た。
 その頬には、止めどなく涙が流れ落ちていた。
 両の手を掲げた。
 拳を握りしめた。

 そして、魂の全てを込めて咆哮した。

「やった・・・俺はやったんだ・・・勝ったんだ!
 神を倒したんだ!
 俺の全てを奪い取ったブリミルを、ぶちのめしてやったんだ!
 は、はははは!これで、ハルケギニアは終わりだ!教会はゴミ箱行きだ!貴族なんぞ、
系統魔法なんぞ時代遅れの役立たずだ!
 どうだ、見るがいい!ブリミルよ、お前の作った世界は崩れ去ったんだ!お前が授けた
系統魔法なんぞ、お前の『虚無』ですら、銀河帝国の艦一隻の砲弾一発にも勝てやしない
のさ!
 神が授けた、あらゆる美徳と栄光は、貴様が守り続けてきた人間共に唾を吐きかけられ
るんだ!神を崇め奉るハルケギニアの営みは終わったんだ!信仰が消滅したんだ!!見
ろ!お前の忠実な飼い犬であるはずの教皇すら、お前の教えを忘れ、怒りにまかせて俺を
ぶん殴るほどだ!!
 あははははっははあはははっ!!見たか、ブリミルのクソ野郎!お前が俺に授けた『虚
無』は凄いぞ!お前が俺にかけた封印は素晴らしいぞ!お前が俺に溜め込ませた闇は強大
だぞ!なにしろ、お前自身を打ち砕く程なのだからなぁっっ!!」


 ジョゼフは、高々と両の拳を天に突き上げた。
「勝ったんだ!俺は、ブリミルに勝ったんだあーーーーっっ!!」


 笑い声が響く。
 世界に響き渡る。
 狂った男の、悲劇の王の、人々が無能王と呼んだが故に本当に無能王にされてしまった
犠牲者の、神の生贄の、心からの笑い声が響き渡る。


 人が神を倒した。
 教会の権威と教典の教えは、暴力と陰謀の前に膝を屈した。
 真実が信仰を打ち破った。

 六千年にわたる、愚神を讃える狂宴が終わった。


              第30話     狂宴は終わる   END


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