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鋼の使い魔-20


 空賊船として偽装されたアルビオン王党軍最後の戦艦『イーグル』号。巡航速度と小回りに優れ、戦列艦等級では最小の4級艦に分類される。その運動性と引き換えに砲撃能力は低い。アルビオン内乱で王党軍の誤算があったとすれば主力であった空軍の大部分が貴族派についてしまったことだろう。『イーグル』号がその中に含まれなかったのは、当艦が内乱当時に船員訓練の為の練習艦として運用され、直接空軍の指揮系統に置かれていなかったから、という『偶然』だった。


 一方、アルビオン内乱の序章を繰り広げた当時のアルビオン空軍旗艦であり、現在貴族連合『レコン・キスタ』の空軍艦隊旗艦となった『ロイヤル・ソヴリン』号改め『レキシントン』号。戦列艦等級では搭載可能人員・火砲共に最多となる1級艦であり、両舷側あわせて108門の砲門を揃えている。艦齢も古く乗員も熟練の船乗り達に取り仕切られ、戦時であれば数頭の竜騎兵も搭載し戦場を渡る雄雄しき空軍の華であった。


 その『レキシントン』号は今、随伴する味方艦と共に岬の突端に立てられたニューカッスル城をアルビオン標準高正1200メイルの高度を保って包囲していた。
 因みに『アルビオン標準高』とは「アルビオンを中心としての標高差」を表す。始祖ブリミルの降り立った地とされる首都ロンディウムを0として上方向には正、下方向には負で表示される。世界の上空を漂うアルビオンならではの単位だろう。
 包囲のまま城を睨むようにたたずむレコン・キスタの艦隊は、時より砲撃を行うものの、それによって王党軍に被害を出すことは少なかった。
 木で出来た艦艇を撃沈するならともかく、堅い壁に『固定化』を施した城を落とすのは用意ではない。そのため貴族派はニューカッスルを陸上から包囲することで補給の道を絶ち、篭城する王党軍を枯死させる手段に出たのだ。…もっとも、拠点という拠点を落とされた今の王党軍に補給の手などあるはずはないと高をくくってもいる。



 暗闇の中を船が進んでいく。ルイズは洞窟特有のひやりとした風を頬に感じた。
 アルビオン標準高負400メイルにある人工的に作られた孔であった。位置的にはニューカッスル城の真下に位置し、外見からは雲に覆われて見る事が出来ない。
 『イーグル』号は明かり一つない洞窟の中を気流の流れや洞窟の壁面を覆うわずかな発光性の苔などを頼りに進んでいた。
「熟練の、本物の船乗りでなければこの隠し港へ行くことは困難だ。そもそもが城を秘かに脱出する為に掘られたものでね、3等艦以下の艦艇でなければ通過する事もままならない」
 甲板に立って客人のエスコートを買って出たウェールズ王太子は、呆然とするギュスターヴ、ルイズ、ワルドに向かってそう告げた。ギュスターヴは軍隊運営というともっぱら陸の人であったので、こういう船を駆る守人の気風が珍しかった。
「しかし小型艦ではこの狭い路を通るのは怖いですな。わずかな操作ミスで壁面をこすりそうだ」
「なかなか判ってるじゃないか子爵」
「これでも軍人の端くれですので」
「『レコンキスタ』の叛徒共はその辺りが分かってなくてね。あいつ等は駄目だ。船は大きく、砲がたくさん積めればそれで良いと思っている。お陰でまた今日のように無事に戻ってこられたというわけさ」
 船乗りとして空を駆けた人間が持つ深い目で暗黒の行路を見るウェールズは、星ひとつ浮かばない夜の空に向かって船が飛ぶような錯覚をルイズに与えるのだった。



 『前夜祭は静かに流れ』



 程なくして『イーグル』号、そして後続する『マリー・ガラント』号はニューカッスルの地下に作られし秘密の港へと到着した。
 そこは堅い岩肌を削って作られたドームに、半円状に突き出た岸から桟橋を伸ばした姿をしている。
 二隻の船は桟橋を挟むように投錨した。『マリー・ガラント』号の本来の持ち主達はここへ連れてくる前にカッターボートに乗せて放出した。運がよければ陸にたどり着くか、何処かの船が拾ってくれるだろう。
 『イーグル』号へ渡されたタラップをウェールズをはじめ乗員たちが降りていくと、岸では船を待っていたらしき兵士らが迎えてくれた。
 その中で一人、背の高いメイジらしき男がウェールズに近寄ってくる。
「殿下。これはまた、たいした戦火でございますな」
 長い月日を生きた証たる顔の深い皺を緩ませて男は言った。
「喜べ、パリー。荷物は硫黄だ」
 その声に岸で迎えていた兵士一同がおお、と歓声をあげる。
「火の秘薬でございますな。であれば我等の名誉も守られるというもの」
「うむ。これで」
 兵士達の熱い視線を受けるウェールズは、ほんの少しだけ声を揺らがせる。
「王家の誇りと名誉を叛徒へ示しつつ、敗北する事ができるだろう」
「栄光ある敗北ですな!…して、叛徒どもから伝文が届いておりますゆえ」
「なんだね」
 言うとパリーは懐から一巻きの書簡を取り出してウェールズに手渡した。
「明日正午までに降伏を受け入れぬ場合、攻城を開始するとのこと。殿下が戻らねば、ろくな抗戦もできぬところでしたわい」
「まさに間一髪というところかな。皆の命預かるものとして、これで責務もはたせるというもの」
 伊達にそう言ったウェールズと共に、兵士達は愉快に笑った。

 笑いあうウェールズ達をルイズはどこか哀しい気持ちで眺めていた。
 どうして彼等は笑えるのだろう。この場で敗北とは死ぬ事のはずなのに。
 そんなルイズの心中を知ってか知らずか、ウェールズはパリーの前に三人を呼び寄せる。
「パリー、この方達は客人だ。トリステインからはるばる密書を携えてきてくれた大使殿に無礼のないように」
「はっ。…大使殿。アルビオン王国へようこそ。大したもてなしはできませぬが、今夜は祝宴を開くつもりです。是非とも、ご出席願います」
 老メイジはそう言って深く頭を下げた。


 ウェールズの案内の元、港を離れ、ニューカッスルの城内へ三人は入った。長い抵抗を続けた城は、倒壊こそしてはいないもののあちこちの壁にヒビや割れが見え、行き交う人々も少なく、そして疲れているように見える。中には、怪我が治りきらず包帯を巻いた者も少なくない。
 三人がたどり着いた一室。それはウェールズ王太子の私室だった。
 一国の王子らしからぬ、粗末な部屋である。木枠のベッドに机が一つ、壁に申し訳程度に壁にはタペストリーが飾られている。
 引き出しより宝石箱を取り出したウェールズは、その中に納められた、便箋も封筒も擦り切れてボロボロになっている手紙を拡げる。何度も読み返しているのだろうことが想像できた。
 ウェールズはそれをいとおしげに読み直すと、端に口付けてから封筒に戻した。
「アンリエッタが所望の手紙はこれだ。確かに返却するよ」
「ありがとうございます」
 礼をしてルイズはそれを受け取り、慎重にしまい込んだ。
「明日の朝、非戦闘員を『イーグル』号に乗せて退避させる。トリステイン領内に下りる事は出来ないが、カッターボートで近くに滑降させることは出来るだろう」
 ウェールズの声の淀みなさに、たまらずルイズは聞いた。
「殿下…もはや王軍に勝ち目は無いのでしょうか」
「ない。我が軍は300、向こうは5万で城を囲んでいる。援軍が期待できない篭城というのは既に戦術としても戦略としても負けているのだよ」
「そんな!」
 冷厳なウェールズの言葉にルイズの淡やかな期待が打ち崩される。
「しかも向こうはアルビオンのあとはハルケギニア各国へ侵攻するつもりだ。であれば亡命も選択できない。亡命先を真っ先に戦火に巻き込むことになる」
「しかしその…姫様の手紙には…」
 ルイズはウェールズが密書を見た時、そして今さっき手紙を渡してくれた時のしぐさが脳裏を巡った。任務を負う時アンリエッタは「婚約が破棄になるような内容が書かれている」と言った。それはもしや恋文ではないのか。それも、始祖や精霊に誓うような熱い手紙。であればアンリエッタは手紙だけではなく、ウェールズの身の安全も図りたいはずである。たとえ、結ばれなくても。
 複雑な相を浮かべたルイズをみて、ウェールズは話した。
「……確かに、アンリエッタの手紙には亡命を勧める旨が書かれていたよ」
 その言葉に静かに会話を聴いていたはずのワルドは顔を強張らせ、ルイズはハッと顔を上げた。
「…しかし、僕はここで誰よりも先んじて名誉と栄光ある討ち死にをするつもりだ」
「そんな…姫様のお気持ちはどうなさるのですか」
 絶望が身体を包んでいるようにルイズは思えた。
「僕一人の命でトリステイン何万という人命を危うくしろと、その責任をアンリエッタに負わせと、君は言うのかね?ラ・ヴァリエール嬢」
 ウェールズはあくまでも冷厳に、緊張した声でルイズに宣告した。
 それは不退転の意思。アンリエッタの招く手を払い、国に殉じるという強い思いだ。

 突きつけられたものに蒼白となったルイズの肩に、ウェールズの暖かい手が置かれる。
「君は正直すぎるな、ヴァリエール嬢。それでは大使は務まらないよ。しっかりしなさい」
 声は一転して穏やかで、暖かな優しさを含んでいた。しかしそれも今のルイズにはウェールズの死出を演出しているかのように思えてならない。
「しかし、滅び行く国への大使には適任かもしれないね。明日滅ぶ国ほど正直なものはない」
「そんな…そんな、こと…」
 ウェールズは言葉にならないルイズを励ますように軽く肩を叩いた。
「…さて。そろそろパーティの時間だ。君達は我らが迎える最後の賓客。どうか出席してほしい」
 これ以上の説得を拒むような力強い声だった。
「……わかり、ました」
 苦々しく答えてルイズは部屋を出て行った。ギュスターヴもそんなルイズを追う様に、ウェールズへ一礼して部屋を出た。
 しかしワルドは一人、佇まいを直しながらも退室の気配を見せない。
「…何か御用かな子爵」
「恐れながら、一つお願いしたい議がありまして」
 恭しげにもワルドはウェールズへ歩み出る。
「ふむ」
「実はですね…」
 静かにワルドは懐に暖めていた案件をウェールズに伝えた。
 ウェールズは得心が行ったように頷いて答える。
「私のようなものでよいのなら、喜んでそのお役目を引き受けよう」



 陽も落ち、月明かりが差し込むほどの頃。ニューカッスル城の大ホールではこの日のためにと蓄えの中に残された新鮮な肉菜を放出して、ささやかながらも宴が開かれた。酒が入って陽気になった国王ジェームズ一世は、同じく酒の深い臣下達とともに笑いあっている。
 ギュスターヴは壁際でグラスを片手にどんちゃん騒ぎを始める兵士達や、その家族として付き添っていた婦女らを眺めていた。
「傷はどうよ?相棒」
「まだ痛むが、まぁ大丈夫だよ。それにしても…」
 ギュスターヴの視界の端端で繰り広げられる喜劇。明日までの命と悟りきり、せめて絶望を笑い飛ばすために騒ぎ立てる兵士達は、一国の主だったギュスターヴには心肝を寒くするものがあった。
「…侘しいものだな。敗軍というのは」
 そんなギュスターヴを客人と思っても声をかけるものが少ない中で、ウェールズは努めて相手をしてくれた。
「やぁ」
 好青年然としているウェールズへ、会釈をしたギュスターヴ。
「ラ・ヴァリエール嬢の使い魔をやっているという剣士の方だね。トリステインは変わっている。人が使い魔をやっているとは」
「トリステインでも珍しいそうだ」
 ははは、と笑うウェールズ。
「……しかし、300でも部下が残っただけで幸運だ。内乱の途中から造反者が続発してね。空軍旗艦として建造した『ロイヤル・ソヴリン』を始めとして、指揮系統ごと貴族派につかれたのさ」
「組織ごと?」
「ああ。…これも僕ら王族が義務を全うせず今日まで生きてきたからだ。だからこそ、僕は明日それを果たさねばならない」
「王族としての使命……」


 嗚呼、ギュスターヴは思わずに入られなかった。なぜなら己はその王族の使命を殺し、なぎ倒して生きてきたのだから。
 義弟に使命を果たせぬ『出来損ない』と叫ばれながらもその首を刎ねた。
 実弟がその使命のために奔走するのを助けても、それを叶えることもできなかった。
 そして今、異界、異国の王族が斃れようとしている中で、王族の使命を掲げて死に行く若者を目の前にして、ギュスターヴは考えるのだった。
 人は過去から何を譲られ、何を未来へ託すのだろうか、などと。



 ホールを辞したギュスターヴは、心身穏やかではいられなくなっているだろうルイズの様子を見るべく、用意された部屋へ続く廊下にいた。
 今宵も異界の双月は二色の光を投げかけている。
「やぁ。使い魔の…」
 そんな廊下の壁にもたれてギュスターヴに声をかけたのはワルドだった。
「ギュスターヴ」
「うむ。失礼。…君に言っておきたいことがある」
「何か?」
「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」
 ギュスターヴの目が大きく開かれた。
「……こんな時にか」
「こんな時だからだ。ウェールズ王太子に媒酌をとってもらい、勇敢なる戦士諸君らを祝福する意味でも、決戦の前に式を挙げる」
 朗々とワルドが言い放つ。それは一応は正論としてギュスターヴは理解した。
「…そうか」
「君は明日の朝、『イーグル』号で先に帰国したまえ。僕とルイズはグリフィンで帰る」
「長い距離は飛べないんじゃないのか」
「滑空して降りるだけなら問題ないよ」
「そうか…じゃあな」
 それを今生の別れかの様にワルドは立ち去るギュスターヴを見送った。
 その姿が夜闇に見えなくなると、口元を弛ませて嗤うのだった。



 用意されていた部屋で、ルイズは明かりも入れずにテーブルに突っ伏していた。
「…ルイズ」
 呼び声に顔を上げたルイズの瞼は、月明かりのような弱い光の中でも判るほど、泣き腫れている。
「ギュスターヴ…」
 ルイズは立ち上がるとギュスターヴに飛び掛るように組み付く。鳩尾に顔を埋め、嗚咽を雑じらせている。
「どうして!どうして!みんな、笑ってるの?!明日にはもう死んじゃうんでしょ?…どうして…」
 そんな稚いようなしぐさを見せる主人を、無言のギュスターヴは大きな手のひらで撫でてやるのだった。


「姫様が…恋人が、大事な人が死なないでって、逃げてもいいって言ってるのに、どうしてウェールズ王太子はそれを無視して、死のうとするの?」
「…ルイズ。貴族ならそれがわからないわけじゃないだろう。人と国を治めるものは自分の命を費やしてでもそれを守らなきゃいけない」
 それがギュスターヴに答えられる数少ない言葉でもあった。
「だけど!もうアルビオンは滅んじゃうのよ…一体何を守るっていうのよ…」
「それは俺にもはっきりとは言えない…でも、上に立つ人間というのは、たとえ一人でも部下が居れば、逃げることは出来ないんだよ」
 自分がそうであったように。



 ひとしきり泣いたルイズは力なく立ち歩き、しつらえられたベッドに身を投げる。
「…もういや。早く帰りたいわ。遺された人がどれだけ悲しむか、考えもしない人ばかりで」
「そんなことを言うなよ。明日は結婚式なんだろう?」
「…え?」
 綿の枕に顔を擦り付けながらルイズが聞き返す。
「ワルドが明日、ルイズと結婚式を挙げる、ウェールズに媒酌を頼むんだ、って息巻いていたぞ」
「知らないわ、そんなの…」
 泣き疲れたのか、徐々にルイズの意識と声は途切れ途切れになっていく。
「もう、どうでもいい…。皆、馬鹿ばっか…」
 そう言ったきり言葉がでない。暫くすると静かに寝息が聞こえてくる。

 ギュスターヴはベッドのルイズに毛布をかけてやると、静かにルイズの部屋を後にした。
 しかしその足は、自分に与えられた部屋へは向いていなかった。



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