あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

第19話 奇跡


 少し前の時間。ウェールズの私室。
 着飾ったルイズとなのはは、ウェールズから古ぼけたオルゴールを見せられた。
 「はい、これが『始祖のオルゴール』だよ」
 見た目はそれほど豪奢でもない、むしろ手作り感のある、ごく普通のオルゴールに見えた。
 「けどこの通り、なんにも聞こえない」
 ねじを巻き、ふたを開ける。普通なら音楽が鳴るはずなのに、なにも音がしない--筈であった。
 だが、この場にその音無き音を聞き取れるものが二人いた。
 「え、なんで! オルゴールがしゃべってる!」
 一人はルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエール。
 “マスター、間違いありません。これはデバイスの残り半分、ストレージユニットです”
 同じデバイスである、レイジングハートであった。

 「どうした、一体! それに今の声は!」
 ウェールズは慌ててオルゴールのふたを閉めると同時に、武人としての目で辺りを見回した。
 だがここにいるのは、自分とルイズ、そして人の使い魔だというなのはだけである。
 「どうかなさいましたか!」
 「いや、なんでもない」
 表で控えている護衛達が騒いだので、いったん扉を開けて中を見せる。
 特に不審のないことを確認した彼らは、部屋を退いた。
 同時にウェールズは、多少騒がしくても心配しないように言う。
 彼らが引いた後で、改めてウェールズはルイズに聞いた。
 「どうしたんだいいったい。それにもう一つの声は」
 「声の方はなのはの相棒の声です」
 ルイズの答えに合わせて、なのはがレイジングハートを杖化させる。
 “はじめまして。レイジングハートと申します”
 「インテリジェンス・スタッフとは! しかも変形機能付きか。君の使い魔はすごいな」
 誤解であったが、そのままルイズ達は流した。その方がややこしい説明をする必要もない。
 「で、私ですが……聞こえたんです。そのオルゴールから、声が」
 「声? 曲じゃなくてかい?」
 「はい。声でした」
 そしてルイズは、再びオルゴールのふたを開ける。
 今度は気がついたが、その時、ルイズのはめていた水のルビーと、ふたの開いた始祖のオルゴールが、かすかな光を放ちはじめた。
 不思議な奇跡に唾を飲み込むウェールズ。
 そしてルイズは、聞こえてくる声を、なぞるように語り出した。

 「これより我が知りし真理をこの楽器に記録す。この世のすべての物質は、すべて小さき粒より為る。四の系統は、その粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。それは『火』『土』『風』『水』と為す」

 朗々と語られるそれは、魔法の根源であった。
 ルイズは言葉を続ける。それに重なるように、レイジングハートも、言葉を語りはじめた。

 「神はより深き真理を我に残された。四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さき粒より為る。神が我に与えしその系統は、四のいずれにも属せず。我が系統はそのさらなる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり」
 “四にあらざれば零。零すなわちこれ『虚無』。我は神が我に与えし系統を『虚無の系統と名付けん』”

 「虚無、だって……伝説の系統が」
 「おそらく、ご主人様は、虚無の系統の使い手なのでしょう」
 驚くルイズに、落ち着いているなのは。
 「君は驚かないんだな」
 「可能性はあると思っていましたから。ご主人様は系統魔法がまったく使えないんです。根本的に」
 「根本的に?」
 「それはまた後で」
 ルイズが次の言葉を紡ぎはじめていた。

 「これを聞きし者は、我の行いと目標と無念を継ぐ者なり。そのための力を担いし者なり。志なかばで倒れし我と同胞にかわり、神の眠る聖地を開放せよ」
 “虚無は強力なり。またその詠唱は永きにわたり、多大なる集中力と魔力を消費する。詠唱者は心せよ。時として虚無はその力ゆえその命を削る”
 「従って我はこの語りの聞き手を選ぶ。資質無き者が指輪をはめても我が声は聞こえず。選ばれし聞き手は、『四の系統』の指輪をはめよ。さればこの語りは開かれん……って、なんで注意書きまで封印してるのよ!」

 突然入ったルイズのツッコミに腰が砕ける一同。
 「始祖ブリミルって……」
 「意外とドジ?」
 思わず顔を見合わせるウェールズとなのはであった。
 だが、語りはまだ続いていた。

 “以下に我が扱いし虚無の呪文を……マスター!”

 今度はレイジングハートがパニックを起こした。
 「どうしたの、レイジングハート」
 だが珍しくレイジングハートはなのはの言葉を無視した。
 「ミス・ヴァリエール、あなたには呪文が『いくつ』聞こえていますか!」
 「? 一つだけど。初歩の初歩の初歩、エクスプロージョン」
 “一つですか……よかった。どうやら術者の力量に合わせてプロテクトされているようです”
 そこで器用にため息をつくと、レイジングハートは続きを言った。
 “ミス・ヴァリエール。あなたがこれを唱えきった場合……”
 「どうかなるの?」
 その瞬間であった。
 突如、轟音と共に部屋が揺れた。
 「!! 奇襲か!」
 「なに! どうしたの!」
 「殿下! 陛下が!」
 ルイズ達は慌てて部屋を飛び出した。



 ジェームズ一世に何かが、と思われたが、幸いにも足腰の弱っていた彼がベッドから転げ落ちただけであった。
 「父上、しっかりしてください!」
 隣室から駆け込んだウェールズが、ジェームズを抱き起こす。
 「やられたの……完敗じゃ」
 「父上、弱気なことを」
 「いや、勝てぬ。まさに心の隙を突かれた」
 ジェームズは諭すように語る。
 「明日ならば、勝てはせねども、おそらく互角に戦えたであろう……だが、今夜は駄目だ。明日に意識が集中していた分、一気に士気を砕かれる。今の兵達は、烏合の衆であろう」
 「くっ……」
 そのことはウェールズにも想像がついた。その時。
 「殿下、負けたくないですか?」
 そう言ったのはルイズであった。その瞳には、今までとは桁違いの『何か』が籠もっていた。
 思わず気圧されるウェールズ。そのせいか、つい本音が漏れた。
 「ああ、負けたくないし、死にたくもない。何より今この場にいるみんなを見殺しには出来ない」
 「妃殿下には」
 「会いたいとも! ゲルマニアの皇帝になんかくれてやりたくはない! でも、僕の力では、トリステインは救えない……自分の身すら危ういというのに」
 「そうですか」
 そう言うルイズの声を聞いて、ウェールズははっとなった。
 その声は、年頃の少女の者にしては、奇妙なまでに澄み切った声だった。
 まるで、死を覚悟したつわもののように。
 「あなたが妃殿下を……姫様を好きだとおっしゃってくださるのなら」
 ルイズはじっとウェールズを見つめる。
 そして、言った。
 「殿下は兵をまとめてください。そして、外を見てください」
 「いったい、なにを……」
 それに答えることなく、ルイズとなのはは部屋を出た。そして去り際に一言、こう言い残した。

 「奇跡を、差し上げます」







 ウェールズとジェームズが将来を案じていた時、ルイズもまた重大な決断を迫られていた。
 (ご主人様)
 (なになのは、わざわざ念話で)
 (レイジングハートが言うには、ご主人様が先ほどの呪文を唱えきったとしたら)
 (? わざわざ確認するようなことがあるの?)
 (今襲ってきている敵、全滅させられます)
 「!」
 ルイズは慌てて飛び出しそうになる悲鳴を押さえ込んだ。自分で口を押さえ、念話を続ける。
 (なにそれ、なんでそんなことが判るの?)
 (レイジングハートはご主人様と違って、直接あの『始祖のオルゴール』に記されている呪文を読み取れました)
 (あらすごいじゃない)
 (それに関して頭の痛い問題が一つありますけど、それは後でゆっくり。とにかくレイジングハートの分析通りなら、あの『エクスプロージョン』という呪文は、襲ってきている敵どころか、数リーグ四方を壊滅させることが可能だそうです)
 (……ほんと?)
 (しかもその気になれば、きわめて精密に破壊対象を限定して、です。船だけでも、人だけでも自在とか)
 (なにその便利な呪文。でもそんなことが出来るなら)
 (はい。奇襲してきた相手に逆に奇襲を返せます。城のみんなも助かるかと。ただ……)
 (なにかもんだいでも?)
 (隠しきれません。ご主人様が虚無の呪文の使い手だとばれることになります)
 (?? 何か問題でも?)
 判っていないルイズに、なのははなるべく伝わりそうな言葉で言った。
 (最悪始祖ブリミルの再来として拝まれます)
 「!」
 ルイズはまた吹き出すのを押さえ込む羽目になった。
 (納得……そうよね。ゼロが一転して頂点、っていうわけね)
 (今まで通りには過ごせなくなるのはほぼ確実かと)
 (でも、助けられるのね。ウェールズ様も、お城のみんなも)
 (はい)
 (ならいいわ。とりあえずはそれが優先。貴族は背後に守る人を持ったら、引くことは出来ないわ)
 そしてルイズは、ウェールズに向かって言った。

 「殿下、負けたくないですか?」







 奇跡の始まりは、ルイズの詠唱の完了と共に起きた。
 「ジュラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル…………エクスプロージョン!」
 その瞬間、ルイズの意識は一瞬天に飛んだ。夜の闇の中だというのに、すべてが見える。襲ってくる敵の艦隊、地上に伏せるたくさんの兵士。
 すべての生殺与奪がルイズの手にあった。それは圧倒的な力。
 その気になれば、そのことごとくを鏖殺できるだろう。
 だがそれはやってはいけないこと。ちらりと隣の使い魔に目がいく。
 彼女は以前語っていた。あれだけの力を持ちながら、彼女は人を意図して殺したことはないと。不運にも死んでしまった場合も、事故や自殺に近い者だったという。ならば自分のやることは。
 ルイズは冷徹に、破壊するモノを選んだ。ゼロに等しい時間の中、解放の言霊と共に、絶大な力は解き放たれた。

 そして……闇夜に突然、激烈な太陽が出現した。







 「な、何事だ!」
 ボーウッドは、いや、ボーウッドですら混乱していた
 レキシントンの艦橋で、突然生じた光によってすべての視界が閉ざされた。同時に起こる激しい衝撃。それが収まると同時に、信じられない報告が突如殺到した。
 「こちら機関室、風石が消えて無くなりました!ゆっくりと降下するのが限度です!」
 「こちら第一砲塔、砲が、崩壊しました!」
 「こちら第二砲塔……」
 「こちら第三砲塔……」
 「こちら上甲板! 帆が、ずたずたに!」
 「船体に損傷! 装甲はすべて消滅!」
 そして外を見ると、いくつかの僚艦から火の手が上がっていた。敵の攻撃と言うより、慌てて火事でも起きたようだった。火薬の誘爆ならあんなモノではない。
 だが、間違いなく言えることは。
 今の謎の光の一撃で、レコン・キスタの全艦隊が戦闘不能になったと言うことだった。
 だが、これで終わりではなかった。
 城から、かすかにだが、桃色の光が飛び立った気がした。
 それが奇跡の第二幕であった。







 力の解放と共に、ぐったりと崩れ落ちるルイズ。だがその表情は、心地よい疲労感に満ちていた。
 「ご主人様!」
 真っ先になのはが駆け寄る。次いでキュルケ達も殺到するようにルイズの元に駆けつけた。
 「今のはいったい……」
 代表するようにワルドが尋ねる。ルイズは微笑みながら、その言葉を口にした。
 「虚無、よ……ふふ、私、伝説になっちゃったかな」
 さすがに全員が驚きの表情をしていた……いや、一人例外がいた。
 「大丈夫かい。えらい大技だったみたいだけど」
 「ミス・ロングビル……あんまり驚かれていませんね」
 「ちょっと訳ありでね。それは後にしよう……おっと、しましょうね」
 思わず地が出ていたのを慌てて訂正する。もっとも手遅れのようであったが。
 「と、とにかく、無理してはいけませんよ」
 真っ赤になって取り繕うロングビルの様子に、一同は虚無のショックから解き放たれたようだった。
 ほっとした空気が流れる。が、突然それを打ち破る者がいた。
 「あ、そうだ、なのは!」
 ルイズがいきなり大声を上げた。不意打ちを食らった一同は耳がきーんとなる。
 「な、なんですか、いったい」
 どうにか立ち直ったなのはがルイズのそばによると、ルイズは興奮した様子でまくし立てはじめた。
 「おねがい! まだ敵は残ってるの! 艦は全部墜としたけど、地上に兵がいるわ! さすがに同時には無理だったの。彼らを止めて!」
 「どのくらいですか?」
 「総数二万二千百五十七人。この先の広いところに集結してる。道が狭くなるから、そこで陣を組んでた」
 確信を持って相手の人数を言い切るルイズに、キュルケ達は思わず注目する。
 そしてなのはは、いったん目を閉じると、何かを吹っ切ったように立ち上がった。
 「判りました、ご主人様。やってみます」
 同時になのはの姿は、あっという間に天空へと飛び立っていた。







 “よろしいのですか、マスター”
 闇を切り裂いて飛ぶなのはに、レイジングハートが問い掛ける。
 なにをするつもりなのかは聞くまでもない。だがこれをやってしまえば、間違いなく他文明過干渉として罪に問われることになる。
 「判ってるわ」
 だが、なのはの答えは明白だった。
 「今ここで画竜点睛を欠いたら、すべておじゃん。レコン・キスタの皆さんには申し訳ないけど、ここはご主人様側に肩入れさせてもらいます」
 竜騎士らしき影も見えるが、夜間ゆえ相手がとまどっているうちに振り切れた。
 やがてうっすらと見える人の影。月明かりゆえ見にくいが、おおよその位置は判った。
 それを見て悩むなのは。
 「やってやれないことはないけど……範囲が広すぎるなあ。一回じゃ無理かも」
 一度でないと奇襲効果が激減する。相手に闇の中を動かれたら、撃ち漏らしが多発する。
 ただでさえ今下の陣地は、上空の閃光のせいで混乱しているのだ。チャンスは今しかない。
 それに答えたのはレイジングハートだった。
 “マスター”
 「なに?」
 “スターライトブレイカーを、リミット3解除のブラスターモードで撃ってください”
 「え゛」
 さすがのなのはも一瞬言葉に詰まる。それは掛け値無しの全力全開、なのはの体にも反動が来る、諸刃の剣であった。
 だがレイジングハートは、自信を持って言い切った。
 “おそらくですが、マスターの体に悪影響は出ません”
 「? なんで?」
 “その左手のルーンです。ガンダールヴのルーンが、何かをするはずです”
 「……よく判らないけど、そういうことなら。信じてるよ、レイジングハート!」
 “ではあの岬へ。あそこなら周辺の魔力吸収による崩壊があっても、それほど悪影響はないかと”
 「了解!」
 岬に降り立ったなのはは、一瞬閃光に包まれる。それが晴れた時、そこに立つのはすべての力を解き放ったなのはとレイジングハート。
 ロングスカートになったバリアジャケットと、四つのビットを浮かべるレイジングハート。そしてその切っ先が、眼下の兵達に向けられた。
 展開するビット。巻き起こる魔力の光。
 ミッドチルダや地球とは桁違いに輝き出す魔力収束線。
 “ガンダールヴのルーン、発動確認”
 その中に加わる新たなプロセス。
 ガンダールヴのルーンには、担い手が力を発揮する時、その能力を最適に生かせるようにサポートする力がある。
 剣を振るうなら筋力と反射速度を。
 飛行機を操るなら操縦技術と予測射撃を。
 そして過負荷の魔力行使に対しては。

 なのはの全身が発光をはじめていた。
 色は桃色、なのはの魔力光の色。
 ガンダールヴのルーンは、なのはの全身、細胞の一つ一つに魔力を送り込んでいた。
 全身に満たされた魔力は、強固なインナーバリア、魔力ギブスとなってなのはの全身を衝撃から保護する。その強度は砲撃の一部を回しているため、砲撃の威力に比例して強化される。どんなに強大な反動を受けても、その衝撃は細胞をカバーしている魔力が受け止める。
 なのはのような過大な火力を放つ者に対して、最高のサポートであった。
 唯一難点を上げるとすれば、その間のなのはの姿が、全身から桃色の魔力光を放っていること……ぶっちゃけ『ピンクのスーパーサ○ヤ人』にしか見えないことくらいであろう。

 ちょっとだけ問題を抱えつつも、当人は気づいていないので事実上無問題。なのははむしろ全身を満たす魔力の心地よさに酔っていた。
 「嘘、なにこれ、反動を全然感じない。なんか最高級の椅子かなんかに座っているみたい」
 “ルーンによる防御機構が働いています。どんなに力を込めても、反動による障害は生じないと思われます”
 「ほんと嘘みたい……でもなら行くわ」
 そして唱えられる言葉。



 「スターライトブレイカー!」



 とてつもない五条の光量が、混乱する地上部隊に襲いかかった。保護効果がなのはだけでなく、レイジングハートにも及んでいなかったら、反動で分解しているほどの超高エネルギーが炸裂する。
 かつて地球やミッドチルダで放った時の、数倍、いや、数十倍の巨大な光条が、レイジングハートと各ビットのやや先から迸った。
 五条の光の帯が、周辺一帯をなぎ払うように通り過ぎていく。
 死者はいなかった。破壊された物もなかった。
 だが、その場にいた兵士はすべて、激しい麻痺と共に気絶していた。
 彼らは夜が明けても、身動き一つとれなかったのである。







 城内でウェールズは見た。ルイズと、おそらくはなのは、その二人によって、闇の中、三万の軍勢が崩壊する様を。
 「これは、いったい……」
 混乱から立ち直った兵達が、ウェールズに質問する。
 彼はそれに、こう答えた。
 「奇跡だ。ぎりぎりのところで、始祖はあきらめなかった我々に、加護をもたらしてくれたのだ」
 「それは……」
 兵に語っているうちに、ウェールズも気持ちが高揚してくるのを感じた。
 「そう、道は我にあり、レコン・キスタに正義はない!」
 城内に歓声が満ちあふれた。















 夜が明けた時、城内の者すべてが理解した。
 眼前に広がるのは、不時着した無数の艦船と倒れ伏す兵士。
 艦船に乗っていたと思われる兵が、倒れていた兵を救助していた。
 そこに城内から、大音量の声が響き渡った。

 「レコン・キスタの者に告げる!」

 救助作業をしていた者達の手も一瞬止まる。

 「汝らレコン・キスタに今始祖の加護無し! されど一片の慈悲はもたらされた。汝らが今生きていることこそその証! もし再びその手を振り上げし時は、今度こそ始祖の怒りは汝らの命を奪うであろう!」

 地に落ちた『レキシントン』の艦橋でウェールズのものと思われるその声を聞いていたボーウッドは、レコン・キスタの勝利に対して、決定的な亀裂が入ったことを悟っていた。
 となれば出来ることは一つ。元々自分が貴族派に属したのは、立場ゆえのことだった。
 ならばこれも悪くはない。

 その日、ニューカッスル城攻略部隊三万は、死者0でありながら、王党派に降伏した。







 その少し前、城内である会合がもたれていた。
 トリステイン組と、ウェールズ、及びジェームズ一世による会合である。
 そこでいくつかの衝撃的な事実が明らかになっていた。
 「ルイズ様、あなたのおかげで我々は生き延びられました。お礼のしようもございません」
 「ちょ、ちょっと、やめてください陛下! 私は陛下に頭を下げられるような人間じゃありません! 様付けもしないでください!」
 虚無の担い手……その事実を知ったアルビオン王ジェームズは叩頭してルイズに礼を言った。さすがに覚悟していたものの、ルイズには堪えた。
 ある意味虐待され続けていたルイズである。持ち上げられるのには慣れていなかった。
 「父上、ルイズ殿はお困りですよ。もう少し落ち着かれた方が」
 「ああいや、感謝のしようもない」
 その様子にルイズは少しほっとした。
 「殿下」
 場が落ち着くと同時に、口火を切ったのはワルドであった。
 「ルイズとその使い魔、なのはの力によって、王党派は一息つくことが出来ました。でも、あくまでも一息でしかありません。相手にはまだまだ力があり、対してこちらの力はほとんど無いも同然です」
 「ですね。ここで今巻き返しの手を打たねば、結局元の木阿弥です」
 ウェールズはため息をついた。
 「ですが幸い、私はここで殿下に、殿下にとって有益な情報を提供できます」
 「ほう」
 ウェールズの目が鋭く光る。
 「見返りは何かね」
 「とりあえずは結構。私にとっても、少々危険な発言ですので」
 そしてワルドは言った。
 「実は、私はレコン・キスタに与しています」
 その瞬間、文字通り何人かが椅子から転げ落ちた。
 具体的には、ルイズ、キュルケ、ギーシュ、ウェールズである。
 「どどどどどど」
 「落ち着きたまえルイズ」
 興奮するあまり暴れ出しそうなルイズを、ワルドが言葉で、なのはが力で押さえ込む。
 「説明はしてくれるんだね」
 何とか椅子に座り直したウェールズが、ワルドに向けて言う。
 「もちろん私はトリステインの忠実な騎士でもあります。そんなある日、私は枢機卿から密命を受けました。レコン・キスタに潜入せよ、と」
 「なるほど、二重間諜か」
 ウェールズは頷く。
 「その通り。枢機卿曰く、私は野心が強すぎるとのことで。レコン・キスタに協力すると同時に、相手の内情を探って伝えるようにとの命を受けました。そのためにトリステインの機密をある程度流すことも許可されました」
 「……これは一杯食わされたかも」
 そうつぶやいたのはキュルケだった。
 「どういうこと?」
 怪訝そうに聞くルイズに、キュルケは語る。
 「前行ったでしょ、枢機卿って、頭がよすぎて馬鹿のことが判らない人だって」
 「うん」
 「そう見られることまで計算のうちだったって言うこと」
 ルイズにはまだ判らなかった。
 「もうちょっと具体的に判りやすくならない?」
 「あんたトリステイン貴族なのに持って回った言い方苦手なのね。判ったわ。簡単に説明してあげる」
 そういうとキュルケはちらりとワルドの方を見て言った。
 「皇帝との婚約、あれ、場合によっては流すつもりだったっていうことよ」
 「えっ!」
 「つまりね。自分がどう見られるかも含めて、あの人は全部計算済みだったみたいね。目的は……トリステイン内部の不満分子の粛清よ」
 「たいしたお嬢さんだ。よくそこまで見切ったね」
 その言葉を肯定するようにワルドが言った。
 「お嬢さんの言うとおり、枢機卿閣下はトリステインの内部状況を憂慮していた。一部の貴族が外国と通じたり、領民を虐げて蓄財したりと、国を食い物にしているのに心を痛めていた。
 もっとも、先王陛下が生きているうちはよかった。陛下にはそういう毒虫であっても、ちゃんと使い方を心得ていた。自分が手綱を押さえていれば致命的なことにはならず、むしろその毒を有効に使えると判っていた。
 だが、アンリエッタ様ではそうはいかない」
 アンリエッタの名前が出たところで、ルイズとギーシュが緊張する。
 「妃殿下にはそういう毒虫を使いこなすのは無理だ。早すぎる。となればそれは早急に排除しないといけない。だがそういう毒虫は、今のような状況に強い。現にあっという間に繁殖して、トリステインの内情は結構危ないことになっている。
 枢機卿がいなかったらつぶれていたというのは冗談事じゃないんだよ」
 ルイズの顔は青ざめていた。言い換えればそれは、アンリエッタの危機なのだから。
 それに気づいていながら、あえて無視するようにワルドは言葉を続けた。
 「はっきり言おう。僕もトリステインを半ば見限っていた。あのままだったら、僕は密命無しでも、たぶんレコン・キスタについていたね。トリステインよりはましだと思って。まあ、こっちに来てみたらどっちもどっちだったんだが」
 肩をすくめつつ、ため息をつく。
 「枢機卿の人を見る目には感心せざるを得ないよ。僕の内心の不満を見切って、僕にレコン・キスタの実態を見極める機を与えてくれた。どっちもどっちだったけど、それでも僕自身の栄達には、レコン・キスタの側の方が有利だった。
 でも、今それはすべてひっくり返った。ルイズ、君の存在によってね」
 「? どういうこと?」
 不思議そうなルイズに、ワルドはウェールズとルイズ、双方を見つめて言った。
 「レコン・キスタがあそこまで急激に膨張したのには一つ重大な話がある。総司令官オリバー・クロムウェル司教、彼は『虚無』を使う、そう言っている」
 「えっ!」
 「そうか」
 驚くルイズと、にやりと笑うウェールズ。そこにタバサがぽつりと言った。
 「偽物?」
 ワルドは頷いて答えを返した。
 「鋭いね。その通りだ。いや、僕も昨日のあれを見るまではあり得るかもとは思っていた。だがあれを見てしまったらはっきりと判る。クロムウェル司教の言う『虚無』、それはおそらく別物だろうってね」
 「なるほど。ということはルイズ殿、あなたの協力があれば、レコン・キスタを瓦解させることが出来る。そこまで行かなくとも、五分までは戻せるな」
 レコン・キスタをつなぎ止めている要は、虚無に対する信仰である。今となっては利権その他も絡んでいるからそう単純なものではないが、ある意味呉越同舟なレコン・キスタがまとまっているのには、司教の『虚無』に対する信仰がある。
 そう説明されて、ルイズ達にも納得が出来た。
 「なんか大事になっちゃったわね。私たちの手には負えないわ」
 「同感」
 キュルケとタバサはいまいち乗り気ではなかった。ギーシュは考えがまとまらないのか、沈黙を保っている。
 「殿下、いずれにせよこうなると問題は我々だけの問題ではなくなります。一度トリステインに戻って、妃殿下や枢機卿とも相談せざるを得ません。帰還をお許し願えないでしょうか」
 「ああ、それはやぶさかではないが……あれをどうするかだな」
 ウェールズは窓の外を見た。そこではレコン・キスタの兵が作業をしている。
 なのはによって麻痺させられた同僚を引きずっている。
 「ルイズ殿、あれはどのくらいあんな状態なのですか?」
 「なのはの言うことですと、あと半日くらいはあんな感じだとか。そのくらいすれば徐々に回復していくそうですけど」
 「半日、か」
 「なら、試してみてはいかがですか?」
 そこで口を挟んだのは、ロングビル……いや、マチルダだった。
 「どういうことだい、マチルダ」
 「始祖と虚無の名前に力があるのなら、試してみるのも一興かと」



 そしてタバサの魔法で拡大されたウェールズの声明が、レコン・キスタに打ち込まれた。
 効果は劇的だった。あの場のレコン・キスタ三万が、あっさりと降伏してきた。
 補給の問題などもあったが、少なくとも最大の問題は解決したと言えよう。
 ルイズ達は、いったん帰国することになった。
 だが、一人だけこの場に残る人物がいた。
 「たぶんまた来るから、ミス・ロングビル……いいえ、マチルダさん」
 「たぶんね。元気でね」
 マリー・ガラント号は、ラ・ロシェールへと向かう。それを見送りつつ、マチルダはウェールズに言った。
 「虚無って言うのはあそこまでカリスマ性があるのかい?」
 「ああ。思い知ったよ」
 そう答えるウェールズに、マチルダは語る。
 「なら、いけるかもね……ちょっとばっかり驚くことを教えてあげるよ。テファのこと、覚えているかい?」
 「ああ、モード大公の……やはり、生きているのかい?」
 マチルダは、その問いには答えずに言葉を続けた。
 「彼女もね、『虚無』の担い手だよ。エルフとの間に生まれた娘なのにね」
 「な!」
 衝撃に硬直するウェールズ。
 「彼女は今、その虚無の力で守られている。けどそれじゃあの子が不憫だ。うまく扱えば切り札にもなるこの手札、どう使うか見せておくれ。殿下があの子を生かしてくれるのなら、あたしは昔を忘れてあんたの味方になって上げるよ」
 マチルダは真正面からウェールズを睨む。
 「だけどあんたが扱いをしくじって、あの子を不幸にするようなら……あたしはあんたの不倶戴天の敵になるよ」
 そういい残して、マチルダはニューカッスル城から立ち去った。






 一方、マリー・ガラント号の中でも、最後の爆弾が炸裂していてた。
 「そういえばワルド様、そのクロムウェル司教が使う、虚無と見まごう力とは、どんなものだったんですか?」
 ルイズの質問に、ワルドは答えた。
 「ああ、驚くべきことに、彼は死者をよみがえらせることが出来た。だから断言は出来ないよ、彼が偽りの虚無だとは。死者復活ともなれば、虚無の力だと思われるのも無理はない」
 その瞬間、ギーシュ以外の全員の顔がこわばった。代表するように、ルイズが聞く。
 「ワルド様、その人は、指輪をしていませんでしたか? 水の魔力を持っていそうな」
 ワルドは少し考え込む。
 「そういえば、つけていたような気がするな。水のルビーによく似た感じのものを」
 その瞬間、全員の視線が交差する。
 「アンドバリの指輪……」
 つぶやいたのはなのはだった。
 「アンドバリの指輪?」
 復唱するように聞き返すワルド。なのははそれに答えて言った。
 「約三年前、ラグドリアン湖の水の精霊から奪われた秘宝……その力は、死者をよみがえらせることです」
 今度こわばったのはワルドの方であった。
 「時期は、合う……」
 それで充分であった。
 ルイズとなのはの視線が重なる。
 「どうやらこの問題、他人事じゃなくなったわね、なのは」
 「はい」



 そしてこれが、最後の大動乱の始まりとなった。




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