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ゼロな提督-29 b


 ガリア王国、王都リュティス
 トリステインとの国境部から1000リーグ離れた内陸に位置し、大洋へ流れこむシレ河が
中央を流れる。人口30万を誇るハルケギニア最大都市。シレ河の中州にある旧市街から延
びたボン・ファン街を郊外へ馬で30分ほどの距離に壮麗な大宮殿、ヴェルサルテイル宮殿
がある。世界中の建築家、造園師の手による様々な増築物により、今も拡大する王族の居
城。
 宮殿中心には、薔薇色の大理石と青いレンガで作られた巨大な王城『グラン・トロワ』
がある。ちなみに、そこから離れた場所には王女イザベラが生活する薄桃色の小宮殿『プ
チ・トロワ』がある。

 グラン・トロワに暮らす長身美髯の美丈夫、ガリア王ジョゼフ。彼は来客を前に悠然と
金塗装されたクルミ材の肘掛け椅子に体を預けていた。彼の前で同じく椅子に腰掛けてい
るのは聖エイジス三十二世。

 二人は窓から差し込む明るい日差しを受けているのに、爽やかとは言い難いオーラを纏
いながら向き合っていた。
「まったく驚きましたね。まさかジョゼフ殿が虚無の担い手であったとは」
「いやはや、全くお恥ずかしい限りだ。内政をすれば国が傾き、外交をすれば国を誤ると
まで言われる、この無能王の余が『虚無』を受け継ぐなど」
 謙遜した風な言葉を連ねる王だが、その態度に謙遜した風は欠片も見いだせなかった。
各王より形式上の地位を上回る教皇を前にして、傲岸不遜に体を反り返らせている。そん
な無能という言葉が相応しくない王を前にしても、ヴィットーリオの口元に浮かぶ柔和な
微笑みは変わる事がない。
 二人は金銀で装飾された立派な応接用デスクを挟んでおり、室内には他に誰もいない。
既に人払いされていた。机の上に置かれたワインクーラーとワイングラス用クーラーの中
で、ワインとグラスが手をつけられないまま虚しく冷やされ続けている。

「さて、大まかな話は使い魔のミョズニトニルンより聞いている事でしょうから、前置き
は省きますね」
「やれやれ、使い魔の種類まで見抜かれてしまう。彼女の額に落書きでもして、ルーンを
改ざんしようか」
「女性の美貌は、そのままで愛でるものですよ」
 王の冗談に教皇も笑う。そして王も笑う。ただし、二人とも目が笑っていない。双眸に
湛える眼光は、相互を射抜かんとするほどに鋭い。

 笑ったままの若者の口から、次の言葉が紡がれた。
「それで聖地奪還の事ですけど、まさか、弟君を殺して戴冠したとまで言われているあな
たが、今さら真の信仰に目覚めたわけもないでしょう?」
 その言葉に、ジョゼフの口から笑みが消えた。
「そういうお前は、本気でエルフから聖地を奪還しようなんて寝言を口にしているわけで
もないだろう?」
 王から、形ばかりの敬語すらも消える。

 それでも教皇の口元は微笑みを崩さない。

「聖地を取り返す。それこそが私の目的であり、教皇としての使命だと思っています」
「ふん。まったく、ご大層な綺麗事をヌケヌケとほざくものだ。で…それと俺と、何の関
係がある?」
「あなたがレコン・キスタを使ってハルケギニアを統一した後に何をするか、と言う事と
関係があります」
「まさか俺に、エルフ共と戦え…と言うワケか?」
「最初からそのつもりでしょうに」

 その言葉に一瞬ジョゼフは呆気に取られ、目も口もポカンと開いてしまう。
 しばしの沈黙が二人の間を漂う。 


 そして、ジョゼフは顔を右手で押さえて笑い始めた。腹の底から、心底楽しげに。
「くははは、ははっははははっ!
 いやはや、その若さで大したものだ。その通り、実はそのつもりだった。何故分かった
んだ?」
「レコン・キスタを使ってトリステインとゲルマニアを争わせ、疲弊した所でガリアが全
てを蹂躙しハルケギニアを征服する。…そこまでは良いとして、さてその後ジョゼフ殿の
飽くなき野望はどこへ向かうのか、というだけのことです。まさかロマリア含めてハルケ
ギニア全てを手にしたら大満足。後は太平の世を楽しもう、なんて趣味はお持ちではない
でしょうから。
 でなければレコン・キスタなんてものを一から作り上げたりせず、王家の血を僅かばか
りだけ引く地方貴族でも後押ししておけば簡単です。大方、ガリアがレコン・キスタに屈
服するとか、あなた自身がレコン・キスタに参加すると宣言する…とかも考えていたので
しょうね」
 その言葉に、ガリア王は腹を抱えて大爆笑しだした。

 ひとしきり笑い、ようやく呼吸を落ち着ける。
 そしてワインクーラーから一本取り出してグラスに注ぎ、一気に飲み干した。

 ふぅ、と一息ついてから、ようやく話を続ける。
「やれやれ、アルビオンで俺の使い魔と会っただけで、そこまで見抜かれたか。
 そうだ、その通りだった。聖地なんかどうでも良いが、エルフと戦うのは面白そうだっ
たんでな」
「そのためだけに、ハルケギニアを血に染めようとしているのですか?」
「ああ。凄いだろう?」
 詫びれる事無く、それどころか胸を張って野心を自慢するジョゼフ。
「まぁ、確かに凄いですね。『無能王』の仮面を被って他者を油断させ、人を駒とし、他国
を思うままに操り、己が欲を満たすためだけに戦乱を起こす。…なかなか出来る事ではあ
りません」
「そうだな。そして、そんな俺を利用してまで聖地奪還を目指そうとは、お前も俺に負け
ず劣らず狂ってる」
「信仰とはそういうものでしょう」
 ヴィットーリオは何の躊躇いもなく、平然と言い放った。

 くっくっく・・・とくぐもった笑いが室内に響く。

 王はもう一つのグラスをクーラーから取り出し、ワインを注いで教皇の前に置いた。
「まぁ、お前も一つ飲んだらどうだ?言っておくが毒なら入っていない」
「ご馳走になりましょう」
 教皇はなんの迷いもなくワインに口をつけた。
 とたんに麗しい口元から感嘆の溜め息が漏れる。
「美味しいですね」
「俺の秘蔵ワインだ。もはや二度と手に入らぬ最後の一本だぞ」
「それは光栄です」
 王も自分のグラスに再び赤い液体を注ぎ、一気に飲み干す。

 二人はしばしワインの芳醇な香りと味わいを楽しんだ。
 そしてグラスを置いた後、王は再び話を切り出した。
「とまぁ、お互い腹を割って話をした後で悪いんだが…実は、さっき話した俺の策は既に
放棄しているのだ」
「ほう、何故でしょうか?」
 教皇は、特に驚いた様子もなく尋ねた。
 王も、教皇が驚かなかった事に何のリアクションも示さない。淡々と話を続ける。
「何の事はない。トリステインへ侵攻出来ないからだ」
「おやおや。エルフとすら事を構えようかというあなたが、随分と弱気ですね」
 ふん、と鼻で笑ったジョゼフはワインボトルを二人の間にドンッと置いた。

 王と教皇の視線がワインボトルを挟んで交差する。
 瓶の中で赤い液体が波打つ。


「このワインは、もしやタルブ産ですか」
「そうだ。先のトリステイン侵攻時に壊滅した、タルブだ」
「なるほど…確かに二度と手に入らぬ逸品なのですね」
「ああ。何しろ、ブドウ畑の半分が先の戦で焼かれ、荒野に戻った。必死で新しいブドウ
の苗を植え直しているそうだが、このワインのような逸品が再び生まれる日は見れないだ
ろうな」
 二人の間で赤い液体の波は小さくなり、ささやかな静寂を取り戻しつつある。


 ―――タルブのブドウ畑は半分が消えた。
 実際にはアルビオン軍侵攻のせいではなく、夫婦喧嘩のせい。だが「逃げる亭主を逆上
した嫁が追いかけたら、ブドウ畑が半分消えました」なんて、一般人は誰も信じない。な
ので侵攻してきたアルビオン軍との戦闘で焼失、という誤った情報の方が広まってしまっ
た。
 で、山の斜面に築かれた排水路も何もかもボロボロ。生き残ったブドウの木も枝が折れ
るわ葉っぱが飛ぶわ。元通りになるのは何年先になる事やら。というわけで現在、倉に残
されていたタルブワインは希少価値が出て価格もうなぎ上り中。
 村の生活と再建資金は、それまでの村の蓄えでは足りない。だがシエスタが拾った人工
ダイヤモンドのティアラ、通称『血塗れのティアラ』をフーケの闇ルートで好事家に売却
したので何とかなった。
 ヤンとフレデリカは平謝りしながらタルブを後にした―――


「・・・だが、その『夫婦喧嘩』の方が、実は真実なのだ!」
 ジョゼフはワインを再び自分のグラスに注ぎながら、楽しげに語り続ける。
「俺の姪、弟には娘がいるんだがな。名はシャルロットだが、今はタバサと名乗ってトリ
ステイン魔法学院に留学している。なので、件の魔女達を監視させていた。その姪からの
情報だ。
 使い魔のヤンへ、嫁が遠い国から船に乗って会いに来ていたんだ。が、ヤンは学院長の
秘書と浮気している真っ最中でな。それを見た嫁が怒り狂い、船で砲撃しながら亭主をブ
ドウ畑の中で追いかけ回したんだ。結果、あっというまにタルブのブドウ畑が穴だらけに
なった。
 信じられるか?女一人で操る小さな船の砲で、あの広大なブドウ畑を、ほんの一瞬で
だ!」
 若き教皇は、ニッコリ微笑んで感想を一言。
「まさに天罰ですね」

 この反応に、ジョゼフは露骨につまらなそうな顔をした。

「なんだ、知っていたのか」
「タルブの教区担当司教から報告がありました。…と言っても、妙な噂が同時に広まって
いたので再調査させてみたのです。そうしたら妙な噂、夫婦喧嘩の話が真実と分かったと
いうわけです」

 教会の力には幾つかある。信者からのお布施や荘園からの収入という資金力。信仰とい
う神の権威。何より教圏全域に行き渡る教会と各教区の司教からの報告という、国境線を
超える情報網。


「で、その船は夫婦喧嘩の果てに壊れたと聞いています」
「そうだ。だが、その後学院へ、同じ船が次々と飛んできたのだ。何か事情があるとかで
人は乗っていなかったそうだ。どうやら船自体が一種のガーゴイルらしくてな、全て無人
で飛んできた。
 だが、それが意味する事、分からぬわけはあるまい」
「たった二人の平民相手でも軍事的に勝ち目がない、という事ですか」
「当然だ。例の船に付いている砲は、たったの一門。だが、その一発で遙か彼方の山を穿
つ。速力は風竜をも軽く上回る。素材からして不明。そんな物が何機も学院の横に並んで
いるのだ。
 ちなみに、奪おうとて無駄だ。シャルロットが船の中を見た。操縦法も何もかも、全く
理解出来ないそうだ。おまけに例の夫婦以外の誰が触っても何の反応もないし、重くて誰
にも動かせない、と」
「そうですか…残念ですね。それに、その情報は色々と大きな問題を含んでいますね」

 教皇は、ここでようやく作り笑いを崩した。物憂げに溜め息をつく。
 王もわざとらしく肩をすくめる。

「そう、極めて重大な問題だ。
 まず例の魔女は、本物の『虚無』の系統だということ。何しろ俺と同じく人間を召喚し
たのだからな。
 にも関わらず、教会に対して露骨に反抗している。聖地奪還へも、だ。
 これを軍事力で排除する事は既に不可能。ゲルマニアとトリステインの連邦制移行は決
定し、その国力は我がガリアにも抗しうる。そして件の船、ハルケギニアの全艦を集めて
も勝ち目はない。
 といって例の夫婦だけを殺したら、怒り狂った奴等の故郷から次々と船が飛んでくる。
無人のまま、脅威の大砲を乱射しながら、な
 なおかつ、あのヤンという使い魔…恐るべき軍師だ。俺のゲームを尽くひっくり返しや
がった。それも異国の軍船など使わず、舌先三寸だけでアルビオンもゲルマニアも翻弄し
たのだ」
「ほう?彼がひっくり返した…と言う事は、例の禅譲の一件はヴァリエール公爵の発案で
はない、と」
「ああ。シャルロットが横で聞いていた、あの男が禅譲策を進言するのを、な。枢機卿へ
奇襲迎撃作戦を進言したのも奴だ。元は異国の元帥だそうだ」

 教皇はもう一度溜め息をつく。物憂げに、ではなく驚嘆の溜め息を。

 だがすぐに再び物憂げな表情へと戻った。
「今現在だけでも既に大事だというのに…今後について考えると、悲しみと不安で胸が潰
れそうですよ。
 彼の国から妻が異国の軍船に乗ってやってきた。しかも次々と後続が送られてくる。ハ
ルケギニアはエルフのみならず、彼の国からの侵攻にも怯えねばならない、という事に他
なりません。
 おまけに例の魔女が言いふらす流言。聖地は既に無いとか、エルフ達が世界を守ってい
るとか、こんな戯言を信じる者が増え出す始末」
「ああ、そうだな。まったく非常識な物言いだ。世の中は物好きな痴れ者で溢れかえって
いる。滑稽にも程がある」
 ジョゼフは楽しげに笑った。口の端を釣り上げ、低く押し殺した声で笑い続ける。

 そして口の端を醜く釣り上げたまま、教皇を睨み付けた。
「…で、『光溢れた土地』と呼ばれる貧民窟の管理人が、結局俺に何の用だ?お有難い愚痴
を聞かせてやったから布施でも恵んでくれ、とでも言うつもりか?」
 宗教都市ロマリア。聖職者は『光溢れた土地』と神聖化している。街には笑いと豊かさ
が溢れ、神官達が敬虔なるブリミル教徒達を正しく導いている…と、信じ込ませている。
だが実際は、各地から流入する流民達の溜まり場だ。仕事も食事もなく、着る物にも事欠
く貧者の列が施しのスープに列をなす。その横を、着飾った神官達が談笑しながら寺院へ
向かうのだ。


 そんな痛烈な批評にも、皇帝は怒りなど表すことなく静かに応じる。
「もちろん無心に来たわけではありません。ただ、我々は共通の敵を有している事を確認
しに参ったのです」
「ふん、そんなものは分かっている。だからといって、どうしようというのだ?」
「これです。恐らくは、あなたの所にも届いているはずですよ」
 教皇は胸元から、見るからに立派な便箋を取り出した。それはトリスタニアで行われる
ゲルマニア=トリステイン連邦建国記念式典、調印式への招待状。




 ガリアの軍港サン・マロン。時は教皇とジョゼフが密会をした日、ようやく太陽が沈ん
だ頃。
 海沿いに作られた巨大な軍港には、ガリア空海軍の一大根拠地である。海に面した桟橋
や、地上に作られた鉄塔には、ガリア艦隊『両用艦隊(パイラテラル・フロッテ)』が、そ
の威容を見せている。この大艦隊はハルケギニア最強と恐れられたガリア王国の、力の象
徴でもある。
 一番高い鉄塔には、周りの戦列艦より一際大きい艦、ガリア両用艦隊旗艦である巨大木
製空中戦列艦『シャルル・オルレアン』号が係留されている。そして隣には、教皇の御召
艦『聖マルコー』号も。
 その『聖マルコー』号の一室では、二人の男性が剣呑な空気を漂わせていた。魔法のラ
ンプに照らされた青年と少年が、声を潜めて語り合っている。

「・・・既に三人の連隊長が応じました。ですがこれはロマリアの名を出すまでもなく、
ただ声をかけただけで、の数字です。恐らく教皇の後ろ盾が得られる事を臭わせれば、他
の騎士団や艦隊、一般兵からも同調者を得られます。
 いえ、恐らくは軍と騎士団の大半が呼応してくれる事でしょう!」
 テーブルを前に、興奮した様子で語っているのは二十歳過ぎの若い騎士。ピンと張った
髯が凛々しい美男子だ。
「東薔薇花壇騎士団に、反対の声は全くないんですか?」
 テーブルを挟んだ向かいに座るのは、線の細い中性的な金髪の美少年。左は鳶色、右は
碧眼の月目(オッドアイ)を持っている。
「無論。このバッソ・カステルモールはじめ、ガリア東薔薇花壇騎士の総意は『簒奪者討
つべし』と、決行の日を心待ちにしています」
 その言葉を聞き、細長くて色気を含んだ唇から嘆息が漏れる。そして柔らかい仕草で一
礼した。
「全く、心強い限りです。このジュリオ・チェザーレ、教皇聖下へ色よい返事を伝えられ
る事を嬉しく思います。カステルモール殿のご協力には感謝の言葉も見つからないほどで
すよ」
 その言葉に、カステルモールの方が慌てて深く礼をした。
「何を申されるか!さぁ、顔を上げて下さい。あの簒奪者を討ち、シャルロット様の名誉
を回復し、真の王として戴けるというのであれば、聖地回復へのご協力に一片の迷いも差
し挟みませぬ!」

 二人は互いに頭を上げる。
 月目の少年は、鹿革の白い手袋に包まれた手をテーブルの上で組み、さてそれでは…と
話を続けた。
「では、実行計画の概要を話します」
 カステルモールは顔を引き締め、チェザーレの言葉を聞き逃すまいと耳を澄ます。

「礼の調印式にマリアンヌ、アルブレヒト三世、クロムウェル、ジョゼフ…ハルケギニア
の全ての世俗支配者が一堂に会します。そしてマリアンヌとアルブレヒト三世が調印し、
教皇聖下が始祖の名においてゲルマニア=トリステイン連邦国家建国の承認を宣言、とい
うのが表向きです」
「だが実際には、トリステインの反連邦派が式典を襲撃して、全員を抹殺。教皇聖下は、
これを邪教徒討伐として承認する…ということですね」

 騎士の言葉に、輝く金髪が上下に揺れる。


「ええ。あなたのおかげで、ガリア王がエルフと通じているという確かな証拠と証言が得
られました。例の連邦は、『虚無』を騙り人心を惑わす魔女を崇める邪教の国だと明らかで
す。クロムウェルは、単に贈収賄等の教会法違反でもいいですが、まぁ簒奪者とか何とか
適当にしときますよ」
「その辺の政治的、宗教的処理はお任せします。ガリア国内の意思統一は、こちらに一任
あれ。よければ式典襲撃も、ジョゼフの警護に付いていく騎士にやらせましょうか?なん
なら私が」
 呼び捨てにした主君の殺害を口にする時、カステルモールの眼は期待に輝いていた。自
分自信でジョゼフを討ちたいと、その瞳は訴えいていた。
「いえいえ、あなたはガリア国内の方と、情報提供に集中して下さい。なにしろ式典襲撃
は簡単ですが、その後の各国を治めるのが大変ですから」

 要人抹殺後、各国の統治をどうするか。その点についてカステルモールも少し頭を巡らす。

「アルビオンはウェールズ皇太子、トリステインはアンリエッタ姫、ガリアはシャルロッ
ト様、ゲルマニアは…適当な有力貴族でも、ああ、ツェルプストー辺りを据えればいいで
すな。
 ふむ、アンリエッタ姫は未だ廃嫡も宣言されてませんし、ゲルマニアは三国の内政が落
ち着いてから切り崩せばよし…大きな問題は無さそうですが?」
 不思議そうに尋ねるカステルモール。だが、まつげの長い美少年は残念そうに首を横に
振った。

「問題は王家ではなく、噂の魔女ですよ」

 東薔薇騎士団の騎士は、ああ…と納得してしまった。
「なるほど、例の自称『虚無の系統』ですか。確かに真偽は別として、恐るべき魔力を秘
めているそうですからな。それに、その配下である異国の軍人、なんでも驚異的な軍船を
持つとか。
 ですが所詮は平民。船から降りた時を狙えばよろしい。魔女にしても、魔法が強くとも
精神力は限りがありますから」
 騎士の構想に、少年はさらに首を横に振った。
「いえいえ、そういう事ではないんです。
 魔女と言われてはいるんですが、まだ年若い女の子ですよ。恐らくは政治的ライバルで
あった枢機卿を追い落とし、トリステインの実権を握らんとする父君、ヴァリエール公爵
の策謀に利用されているだけでしょう。その配下の平民にしても、異国の者ゆえハルケギ
ニアの事情に詳しくないし、始祖ブリミルの教えと深き慈愛を知らぬがゆえ…でもあるで
しょう」

 そこまで話して、チェザーレは口をつむぐ。にやにやと笑いながらカステルモールを見
つめている。

 その様子にカステルモールも、彼が言いたい事について思い至った。
「なるほど…聖地奪還には彼等の力が必要、という事ですな」
「そうです。彼等の力があれば、聖地奪還は夢物語などではなく、現実の物となるでしょ
うから。
 でも実際には、彼等を『説得』するだけです。教皇聖下が直々に始祖の教えを彼等に授
けて下さるのですよ。要は、邪教の誤った教えを捨て、真の信仰に目覚めてくれれば良い
のですから。
 ですが、既に彼女が広めてしまった流言の方が心配です。お国の民へ目を光らせ、誤っ
た教えが広まらないようにして欲しいのですよ」


 その話にカステルモールも納得した。腕を組んでウンウンと何度も頷く。
 カステルモールとてガリアの中枢に身を置く騎士なのだから、魔法学院に飛んでくる謎
の軍船の事は知っている。そんな船が編隊を組んで砲撃を加えれば、例えエルフでもただ
ではすまない、と。
 それに『己の過ちに気付き、邪教から身を洗い、始祖の信仰に目覚める』というのは喜
ばしい事だとも考えた。単に利用されているだけの者へ罪を問うて殺すより、温情に満ち
た裁き、いや『救済』だと。
 なので、彼は気付かなかった。少年が『説得』という言葉を発した時、そのイントネー
ションに奇妙なものが混じった事を。彼の口の端が、僅かに釣り上がった事を。

 もっとも、ランプのほのかな灯りの下では、そんな微妙な表情を気づけなかったとして
も批判は出来ないだろう。




 『プチ・トロワ』、それは王女イザベラが生活する薄桃色の小宮殿。
 カステルモールとジュリオ・チェザーレが陰謀の相談をしていた日の夜更け、タバサを
乗せたシルフィードが小宮殿の前庭に降り立った。
 タバサはツカツカと王女の部屋の前に立つ。すると部屋の前に立つガーゴイルが交差さ
せた杖を解除した。天井から垂れ下がった分厚い生地のカーテンをめくり部屋の中へ入っ
ていく。


 タバサは手に持った書簡を広げ、黙って読んでいる。
 無表情なまま、紙の上を視線が左右に往復している。
 何度も何度も、書かれている内容を読み返している。
 部屋の隅に控える侍女達は、タバサことシャルロットの初めて見る反応に、一体何が書
かれているのかと訝しんでいる。

「何度読んだって、内容は変わらないよ」
 タバサの視線が、いい加減イライラし始めた部屋の主へ向けられた。
 椅子に腰掛けているのは、17歳くらいの少女。青く細い目、絹糸のように細く柔らか
い髪、大きく豪華な冠。それらは彼女が魔法先進国ガリアの王女である証。だが、その王
女が手に持ったグラスの中で波打つワインを一気に飲み干し、紅で染められた唇を舌でぬ
ぐう下品な仕草が、高貴さとも上品さとも縁がない事を示していた。

「命令に、間違いない?」
 タバサが尋ねる。

 とたんに王女はタバサを睨み付けた。
「ああ~ん?人形七号…あんた、北花壇騎士として、団長たるのあたしの、このイザベラ
様の命令が聞けない…て、いうつもりかい?」
 人形七号と呼ばれたタバサの人形の様に無表情な顔に、イザベラの視線が突き刺さる。
それでもタバサの顔は全く何の反応も示さない。そしてタバサを睨み付けるイザベラの顔
も変わらない。

 しばし二人は睨みあう。イザベラが一方的に睨んでいるだけにも見えるが。
 いつまで経っても変化しない、無表情に見つめ返してくるタバサ。


 結局、イザベラの方が先に根負けした。
「言っておくけど、そいつは父上直々の命令だよ!」
 その言葉にタバサの眼は僅かに見開く。そして手に持つ書簡を再び読み直す。
「間違いない?」
「しつこいねぇ、んな嘘ついてどうすんだい。それとも何かい、あんた、この命令には従
えないのかい?」
 タバサは視線を上げ、北花壇騎士団長を見つめ直す。
 しばらく黙ってイザベラの顔を見つめた後、小さく礼をした
 イザベラも、ようやく納得したらしいタバサへビシッと杖を突きつける。
「ふん、それでいいのよ。北花壇騎士(シュヴァリエ・ド・ノールパルテル)七号のあん
たの任務よ。さっさと片付けてきなさい」
 こうしてタバサは部屋を後にし、シルフィードで星空へ向けて飛び立った。




「きゅ、きゅいいいっ!!し、信じられないの!ありえないの!そんな命令、絶対裏があ
るの!やっちゃダメなのきゅいきゅい!」
 目的地へ飛ぶまでの間、タバサから任務を聞いたシルフィードは、大きな目をさらに見
開いてしまった。一応はタバサに言われたとおりの方角へ飛んではいるが、必死にタバサ
へ思い直すよう訴える。
 だが、タバサの無表情な顔は、やっぱり無表情なままだった。
「命令」
 簡潔な一言。

 だが、シルフィードは納得出来ない。大きな口から唾を飛ばし、抗議し続ける。
「きゅい!いつもいつも、命令だからって何でもやってちゃダメなの!たまには命令の内
容を考えるの!頭は使うモノなのよ!きゅいきゅい!」
 これに対するタバサの答えは、やっぱり一言。
「任務」
 断言され、シルフィードは一瞬二の句が継げず黙ってしまった。
 そして、しみじみと溜め息をつく。
「はぁ…利用されてるのは見え見えなのねぇ…きゅいぃ。お姉さまはさんざんこき使われ
たあげく殺されちゃうのね…思えば短いお付き合いだったのだわ。きゅい~」

 そんな使い魔の呟きを気にする風もなく、タバサはシルフィードを空の彼方へ向けて急
がせた。
 アルビオンへ向けて。




 ニイドの月、ティワズの週、ダエグの曜日。
 まだ夜も明けきらぬ早朝から、ヴァリエール家の屋敷では人々が動き始めていた。

 医務室では、ベッドにカトレアが寝ている。ベッドの横に立つシエスタが、天蓋から数
本のボトルを吊り下げ、細いチューブをボトルの口に突き刺している。ボトルには「アミ
ノフリードVSOP」とか「ソリタ-T800号」とか、色々な商品名やら注意書きが書き込ま
れている。
 シエスタの横や後ろでは、執事のジェロームはじめ何人もの侍女や下男が興味深そうに
手技を観察している。


 彼女は手に持ったゴム紐を周囲の人々に示し、カトレアの腕を取る。
「…で、この駆血帯で腕を縛り、血管を怒張させます。そこへ予め薬液で満たしたチュー
ブの針を刺すわけです。チューブ内の気泡は無い方がいいですけど、少しくらいなら大丈
夫です。
 でもカトレアお嬢様は、あんまりハッキリと血管が出ません。だから、おしぼりとかで
腕を温めておくと良いです。穿刺部位を決めたら消毒用アルコールで拭いて、アルコール
が乾いてから刺します。
 この時、ちゃんと血管に入ったら針の中に血が逆流してくるのが見えますので、針を軽
く固定します。それからクレンメ(点滴用チューブの栓。滴下速度の調節にも使う)を開
くわけです。
 ちゃんと針が血管の中に入っていたら、逆流していた血が血管へ一気に流れ去り、滴下
もスムーズです。でも入ってなかったら滴下がすぐ止まったり、刺してる所の皮膚が腫脹
して、あ、いえ、赤く腫れて来るので分かりますよ。時々、血管壁で針先が塞がれてるだ
けの時もあるので、ちょっと動かして確かめて下さい。
 それと、滴下速度は注意して下さいね。早すぎたら心臓が驚いてドキドキしちゃいます
し、遅すぎたら血が固まって針の中で詰まっちゃいますから」
 そんな解説をしながら、シエスタはタルブで学んだ医療知識を皆に実演する。解説に合
わせて手技を行い、点滴の方法を教える。

 一通りの手技が終わり、ベッドサイドから立ち上がったシエスタは、部屋の隅を指し示
す。そこには山と積まれた箱があり、中には生理食塩水50mlパックの練習用点滴セットが
ギッチリと入っている。
「以上です。では、今日も皆さんで練習して下さいね。分からない事があれば、いつでも
教えますから」
 ニッコリ笑い講義と実演を終えたシエスタ。でも、皆さんで練習して下さいと言われた
人々は、互いに顔を見合わせる。

 誰だって人に針を刺されるのは怖い、という以前に痛い。刺す方だって怖くて手が震え
たりするし、そんな状態で刺されれば当然失敗する。もちろんその時は練習台の人が冷た
い目で睨んでくる。
 そんなわけで、お前腕貸せよ、やだよあんた出しなよ、私怖いから無理、え~と確か急
用があったよなぁ、なんて囁き合っていた。

「大丈夫ですよ。私が練習台になりますから、皆さん気兼ねせずに練習して下さい」
 と、笑顔で言ってくれたのは点滴を受けているカトレア本人。

 そんなお嬢様の優しさに触れた人々は、勇気を振り絞って練習を始める。そしてシエス
タは彼等の間を歩き回り、「ああ、ダメ、逆です。針は体の方へ向けて刺すんですよ」とか
「そうそう、滴下まで出来たら、こういう風にチューブで輪を作って、肌の上にテープで
止めるの」とか、講義を続ける。


  コンコン
 医務室の扉がノックされ、ルイズが顔を出した。後ろにはヤン・フレデリカ・キュルケ
もいる。
「ねえ、ちい姉さまの点滴はどう?」
「あ、はい、良い感じで落ちてますよ」
 元気に答えたのはシエスタ。

 ちなみにこの『落ちている』というのは、「チャンバー」と呼ばれる太くなった箇所に薬
液がポタポタとスムーズに滴下されているということ。「点滴」という呼称はここから来て
いる。これにより薬液中の微小な気泡が除去され、時間当たりの注入量、即ち注入速度を
測ることができる。
 機械でやれば正確に行えるが、代わりにヴァリエール家の人々には扱えない。なので昔
ながらの方法が教えられていた。


 ベッド上に寝ているカトレアが、少し寂しげに笑いつつルイズ達に手を振った。
「皆さん、もう学院へ行くんですね。また何時でも遊びに来て下さいな。ルイズも、あま
り皆さんに無理言っちゃダメよ」
「そ、そんな事言わないもの!」
 ちょっとむくれるルイズをヤン達がまぁまぁとなだめる。
 ルイズは気を取り直し、シエスタの方へ目を向ける。
「それじゃ、私達は先に学院へ戻ってるから。ちい姉さまの事はお願いね」
「はい、承知しました。屋敷の人達に手技を一通り教え終えたら、私も学院に戻りますか
ら」
「頼むわね、ヤンに『ドラート』で迎えに来てもらうから」

 そんなわけでルイズ達は、使用人達が必死な顔で点滴の練習をする部屋を後にする。そ
して二機の小型機は屋敷を飛び立ち、学院へ向かった。
 ちなみに、運動神経をどこかに置き忘れてきたかのように見えるヤンだが、小型機は墜
落せずにちゃんと飛んでいた。




 その日の昼、トリスタニア。タニアリージュ・ロワイヤル座。
 本来なら聖堂から11時の鐘の音が響く。数ヶ月前ならそうだった。でも今、聖堂は建
て直してる真っ最中。打つべき鐘が無かった。
 円柱が並び、どこかの神殿かと思わせる石造りの立派な劇場だ。おめかしした紳士淑女
が階段を上がり、劇場内へ吸い込まれていく。

 演目は『君のために鐘は鳴る』。
 上官の不興を買い、国立劇場へ飛ばされた若き士官が主人公。最初は劇場の雑用にこき
つかわれ落ち込むが、美しき女優達や裏方の大道具係など劇団員達との交流によって立ち
直り、歌劇の素晴らしさに気付く。いつしか自分でも素敵な歌劇を生み出したいと、脚本
家への道を歩み始める。そして街に戦火が及ぶ時、団員達と愛する女優を守るため、一人
敵軍に立ち塞がる・・・。

「よくあるストーリーですけど、なかなか人気ですね。何より女優達の歌が良い。それに
ラストも好評ですよ、女優達が実は訳あって貴族の地位を失ったメイジ達で、士官は女優
達を率い秘密部隊を結成、街を侵略者から守り続ける、と。…私としては趣味じゃないラ
ストですが、町娘には受けてます」
 商人風の男が隣の貴族へ呟く。
「いや、前回の『トリスタニアの休日』が不評でな。さすがに経営が傾いたので、ちゃん
とした劇団を連れてきた」
 初老の貴族は商人風の男へ向けて笑う。銀髪の貴族は冗談を言ったらしい。だが商人風
の男は、あの大根役者共では当然だろう、と納得していた。

 その後も二人のひそひそ話は続く。
「…以上が調印式での警備体制だ。上空の竜騎士隊は…」
「…教皇聖下お付きの聖歌隊員を通して下さい、特徴は月目…」
 二人が話しているのは、調印式典襲撃の詳細な実行計画。ハルケギニアの歴史を塗り替
える陰謀が、まるで世間話のように交わされていた。


 そして終劇の頃、一通りの情報交換が終わる。商人風の男は貴族の男に小さな袋を手渡
す。貴族が中をのぞくと、中には金貨がぎっしり詰まっていた。
「アルビオンのお方は、豪毅ですな。そして信心深く、伝統の何たるかを理解していらっ
しゃる」
「何をおっしゃる。かの魔女に惑わされず、真の信仰を貫くあなたを前にすれば、私など
修行の足り無さを痛感します」
「ふふ、信仰ゆえだけではありませんよ。白銀の船を駆るヤンという平民、そやつに裏か
ら操られる公爵…このままでは、滅ぶのはトリステインだけでは済まぬ。ハルケギニア全
ての危機なのだ」
 商人風の男は強く頷く。
「アンリエッタ姫も、異国の侵略を受けて滅び行く故国に心痛めております。姫をゲルマ
ニアに売ろうとしたマザリーニも追放された今、真の王を回復するのは今を持って他にあ
りますまい。
 そもそもヤンにいたっては、フーケなどという盗賊の情夫ではありませんか。あんな盗
人を庇う連中など、城を傾かせて潰す以外の終幕はありますまい」
 貴族も強く、何度も頷いた。


―――マザリーニが追われた宰相の地位にはヴァリエール公爵が就いた。公爵自身の政治
的才覚と公爵夫人の伝説的武功、そしてルイズの持つ『虚無』のカリスマにより、マリア
ンヌ以下の連邦派はトリステインの主流を占めている。加え、異国から謎の船を次々と呼
び寄せるヤン。彼は、かつて枢機卿達に示した知略からも、公爵の参謀か懐刀だ、と噂されていた。
 無論、急速に権勢を増す彼等への反発や、激変する情勢についていけない守旧派、王家
への忠義を厳格に守るものも存在する。何よりアルビオンは、公爵とヤンに恨みを抱いて
いる。
 まずアルビオンがロングビルの正体を公表した。同時にロングビルは公の場から姿を消
した。ヤンへは公爵とマリアンヌが「不問に処す」と宣言。その後もトリステイン・ゲル
マニアでは不満分子や信仰心高きものへ、レコン・キスタへの取り込みが隠密下で進めら
れている。
 反連邦派からは「公爵は売国奴。異国の軍人に操られて国を売った」との言葉が囁かれ
た。「ヤンはエルフか東方の間者、奴等はハルケギニアへの侵攻を企てている」という噂
も、まことしやかに飛び交っている―――


「ところで、例の『虚無』の魔女はどうなのです?」
 問われた貴族は、ふと首を傾げて考え込む。
「いや、実はここ数ヶ月、表舞台には出ておらんのです。学院が夏休みになると同時に、
例の船に乗って何処かへ飛び去ってしまいましてな。たまに帰ってきても、城に来る事も
少なく、所在不明でした。
 ですが、調印式には姿を見せるそうです。貴賓席ではなく一般の貴族達の席で式典を観
るとか。当日、例の平民夫婦は銀の船に乗らず、主と共に席で座っているとのこと」
「ふむ、ならば計画への影響は少ないでしょう」
 二人は小さく安堵の息をつく。


 そんな話をしている間に、カーテンコールを受けた役者達が舞台に並んで観客席へ深く
礼をした。二人も軽く拍手をしてから劇場を後にする。
 初老の貴族は、劇場前に待つ立派な馬車へと乗り込んだ。恭しく頭を垂れた御者が主に
尋ねる。
「リッシュモン様。この後はどちらへ向かわれますか?」
「高等法院へ戻れ。式典の警備を少し変えねばならん」
「かしこまりました」
 馬車は方向転換し、城へと向かった。




 同じ日の夜、トリステイン魔法学院。
 新学期も始まるし、調印式も明日に迫っている。なので生徒達は既に学院に戻ってきて
いる。
 ルイズの部屋でも調印式用に新調したドレスと、新学期に着る制服を鏡の前で確かめて
いる姿があった。何度も何着も着替えてしきりに確かめているのはルイズ、その隣で着替
えを手伝っているのはフレデリカ。
「うーん、やっぱりピンクの方が髪の色に合ってていいかしら?」
「そうですね。ネックレスはこちらのルビーが良いと思いますよ」
「え~?ピンクと赤かぁ、合うかしら?それよりこっちのサファイアのが…」
 二人はドレスとアクセサリーのチョイスに夢中だ。時間が経つのも忘れて鏡とにらめっ
こしている。

 で、ルイズの着替え中、ヤンは寮塔の外に一人でほっとかれていた。
「やっぱり女性の着替えとかって時間がかかるねぇ」
「んだなぁ」
 横に置かれたデルフリンガーを話相手に、ボンヤリと草の上であぐらをかいている。

 そんなヤンの前に、小さな人影が立った。
「おや、タバサさん。こんばんわ」
 ヤンの前に立つタバサはコクリと頭を下げる。
 そして一言呟いた。
「客」
「客って、僕にかい?」
「あなたと、フレデリカと、ルイズ」
 タバサは相変わらず無表情のまま、学院近くの森を指さした。



 夜の森は暗く薄気味悪い。ヤン達の懐中電灯で足下を照らしてはいるが、それでも森の
闇は彼等を包んでいる。
「転ぶんじゃねぇぞ、ヤン」
「転ばないよ」
 と、デルフリンガーに言われたヤンは、気の根っこに躓いて綺麗に転んだ。
「いわんこっちゃない」
 いててて…と足をさするヤンは慌ててルイズ達の後をついていく。

 タバサは森の奥、シルフィードのねぐらに三人を連れてきた。
 そこには客らしき人物も、シルフィードもいなかった。
「ねぇ、タバサ。客って誰なの?」
 ルイズが不安げに尋ねるが、タバサは何も言わない。ただ視線を上に向けた。
「あら、あなた…あれって、確かタバサさんの使い魔の」
 フレデリカの言葉にヤンも上を見る。するとそこには、翼を広げ降りてくるシルフィー
ドの影が見えた。彼等の前に舞い降りたシルフィードの背には、フードをすっぽり被った
人が乗っている。
「初めまして、『虚無』の使い手さん。それと異国の軍人さん達」
 若い女性の声が森に響く。そしてシルフィードの背から軽やかに降り立った。

 ルイズは懐中電灯で地面に降り立った人物を照らしてみる。だが誰なのか覚えはなかっ
た。
「誰なのかしら?フードを取って名乗りなさい」
「あら、失礼しましたわ」
 そう言って女性はフードを外して顔を露わにする。ヤンが持つ懐中電灯の光に照らされ
た女性の額には、ルーン文字が書かれていた。
「あなたは…!?」
「私はミョズニトニルン。あなたと同じ虚無の使い魔よ、ヤン・ウェンリー」
 女はヤンへ向けて不敵な笑みを向ける。
 その指には、妖しく深く水色に輝く石を嵌めた指輪がある。

 それは、クロムウェルがつけていたアンドバリの指輪。

               第29話    説得    END


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