「ウソや……」
ここに至ってまだ、彼は現実を受け入れられないでいるようだった。
幾十の失敗を経て、トリステイン魔法学院の落ちこぼれ、ルイズの召喚魔法は成功した。
呼び出された使い魔は、人間の少年であった。齢は十かそこらであろう。
しかし顔立ち、身のこなしに、幼さは感じられなかった。体力と知力と技術と魂とを尽くした、“闘い”を知る者に特有の雰囲気があった。
「ウソや。ウソや。ウソや。ウソや」
といって、背の低い草の生えた平原に手をつき、呆然とそればかりを繰り返している今の彼には、大した凄みもない。
「魔法学院? 使い魔召喚? 荒唐無稽にもほどがあるわ!」
不意に爆発。八つ当たりの被害に遭ったのはマリコルヌ。ふくよかな両頬を引っ張られ、フガフガと涙目でもがいている。
「子供だな」
「ゼロのルイズが平民の子供を召喚したぞ!」
「変な格好……」
「黒マントに格好のことでどうこう言われる筋合いはないわいッ!」
高校生ほどの一団に取り囲まれるという、小学生にとっては“怖ろしい”この状況でも、彼はツッコミを叩き込む。
そこには勇気というよりは、何か物悲しい、生まれのサガのようなものが感じられた。
召喚者ルイズは茫然自失の態。
「こんなのが私の」「でも留年」「家名だって」などといった葛藤の声が、呪詛めいた響きを伴って唇から漏れていた。
やむなくコルベール教諭が使い魔召喚の儀式について説明したのだが、少年はまるで納得していない。
「Dr.! Dr.タマノ! 出てこーいっ! えせファンタジーの異世界なんぞこさえよって! また立体映像でワイらのデーター採ろうとしとんのやろ!」
とうとう虚空に向かって意味不明なことを叫び始めるに及んで、ルイズの中で何かが弾けた。
「五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我が使い魔となせ……」
ルイズはゆらりと立ち上がる。ずかずかと大股で少年に歩み寄り、むんずと肩を掴んで振り向かせた。
「仕方がないわ。ええ、そうよ。これは仕方のないことなのよ」
「なんや今取り込み……ひぃ!?」
ルイズの目が据わっていた。
「むぐ!?」
次の瞬間。少年は、ルイズに唇を塞がれた。
十五歳の少女にキスされるという、小学生としてはレアすぎる経験だった。
「なっ、きさっ、何さらし――」
抗議の声は、またしても遮られた。今度は手の甲を焼く激痛によって。
「ぐあッ!?」
烙印のように刻まれていく文字列。
「変わったルーンだが、コントラクト・サーヴァントは成功のようだね」
使い魔の証しを手袋の穴から確認して、コルベール教諭はのんきに生徒達に撤収を呼び掛け始めた。
「はあ、はあ。何やっちゅうねん……」
痛みと共に怒りが引いたのか、少年は大分頭の冷えた様子で息を吐いた。
「そういえば、あんたの名前は?」
ルイズが、今思い出したとばかりに尋ねる。こちらも何やら吹っ切れたようで、先ほどまでとは雰囲気が違っていた。
「ワイは」
ところで、衆人のうち、彼の所持品について注意を巡らせた者は僅かに二人だけであった。
コルベール教諭とタバサである。
しかし二人は、その物品が“武器”ではないこともまた、ただちに看破してしまった。
手に乗る程度の大きさの、二頭身の人形であった。ゴーレムのように武骨で鋭角的な造型である。
色は黒を基調とし、青や黄も目立つ。腹には何の変哲もないガラス玉が嵌められていた。
特筆すべきは、極めて単純ながら何かギミックがあるらしいこと、得体の知れない材質で製作されていることくらいのものだ。
だが、平民の手慰み、機巧人形とそうは変わらない。
“差し当たり危険はない”と認識して、コルベール教諭は安心し、タバサは興味を失った。
だから。
「ワイはガンマ。西部丸馬や」
ゼロのルイズが、あるいはタバサが召喚した風韻竜に勝るとも劣らぬ、野蛮な飛竜を引き当てたことが明らかになるのは、もう少し先のこととなる。
ここに至ってまだ、彼は現実を受け入れられないでいるようだった。
幾十の失敗を経て、トリステイン魔法学院の落ちこぼれ、ルイズの召喚魔法は成功した。
呼び出された使い魔は、人間の少年であった。齢は十かそこらであろう。
しかし顔立ち、身のこなしに、幼さは感じられなかった。体力と知力と技術と魂とを尽くした、“闘い”を知る者に特有の雰囲気があった。
「ウソや。ウソや。ウソや。ウソや」
といって、背の低い草の生えた平原に手をつき、呆然とそればかりを繰り返している今の彼には、大した凄みもない。
「魔法学院? 使い魔召喚? 荒唐無稽にもほどがあるわ!」
不意に爆発。八つ当たりの被害に遭ったのはマリコルヌ。ふくよかな両頬を引っ張られ、フガフガと涙目でもがいている。
「子供だな」
「ゼロのルイズが平民の子供を召喚したぞ!」
「変な格好……」
「黒マントに格好のことでどうこう言われる筋合いはないわいッ!」
高校生ほどの一団に取り囲まれるという、小学生にとっては“怖ろしい”この状況でも、彼はツッコミを叩き込む。
そこには勇気というよりは、何か物悲しい、生まれのサガのようなものが感じられた。
召喚者ルイズは茫然自失の態。
「こんなのが私の」「でも留年」「家名だって」などといった葛藤の声が、呪詛めいた響きを伴って唇から漏れていた。
やむなくコルベール教諭が使い魔召喚の儀式について説明したのだが、少年はまるで納得していない。
「Dr.! Dr.タマノ! 出てこーいっ! えせファンタジーの異世界なんぞこさえよって! また立体映像でワイらのデーター採ろうとしとんのやろ!」
とうとう虚空に向かって意味不明なことを叫び始めるに及んで、ルイズの中で何かが弾けた。
「五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我が使い魔となせ……」
ルイズはゆらりと立ち上がる。ずかずかと大股で少年に歩み寄り、むんずと肩を掴んで振り向かせた。
「仕方がないわ。ええ、そうよ。これは仕方のないことなのよ」
「なんや今取り込み……ひぃ!?」
ルイズの目が据わっていた。
「むぐ!?」
次の瞬間。少年は、ルイズに唇を塞がれた。
十五歳の少女にキスされるという、小学生としてはレアすぎる経験だった。
「なっ、きさっ、何さらし――」
抗議の声は、またしても遮られた。今度は手の甲を焼く激痛によって。
「ぐあッ!?」
烙印のように刻まれていく文字列。
「変わったルーンだが、コントラクト・サーヴァントは成功のようだね」
使い魔の証しを手袋の穴から確認して、コルベール教諭はのんきに生徒達に撤収を呼び掛け始めた。
「はあ、はあ。何やっちゅうねん……」
痛みと共に怒りが引いたのか、少年は大分頭の冷えた様子で息を吐いた。
「そういえば、あんたの名前は?」
ルイズが、今思い出したとばかりに尋ねる。こちらも何やら吹っ切れたようで、先ほどまでとは雰囲気が違っていた。
「ワイは」
ところで、衆人のうち、彼の所持品について注意を巡らせた者は僅かに二人だけであった。
コルベール教諭とタバサである。
しかし二人は、その物品が“武器”ではないこともまた、ただちに看破してしまった。
手に乗る程度の大きさの、二頭身の人形であった。ゴーレムのように武骨で鋭角的な造型である。
色は黒を基調とし、青や黄も目立つ。腹には何の変哲もないガラス玉が嵌められていた。
特筆すべきは、極めて単純ながら何かギミックがあるらしいこと、得体の知れない材質で製作されていることくらいのものだ。
だが、平民の手慰み、機巧人形とそうは変わらない。
“差し当たり危険はない”と認識して、コルベール教諭は安心し、タバサは興味を失った。
だから。
「ワイはガンマ。西部丸馬や」
ゼロのルイズが、あるいはタバサが召喚した風韻竜に勝るとも劣らぬ、野蛮な飛竜を引き当てたことが明らかになるのは、もう少し先のこととなる。
古来より玉には、魂が宿るという。
それゆえ、戦う男は命をかける。
おのれの宝玉に―。
それゆえ、戦う男は命をかける。
おのれの宝玉に―。