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眠りの地龍-03


国王の財力、エルフの先住魔法、そして異世界人の知謀が結集し造り果せた、冷たき2体の巨人。


ガリア王国の何処かにある、広く薄暗い室内で、その巨人達は眠っていた。
ぴたりと並んいるその2体は、血を分け与えた双子の兄弟にも見える。
それほど、よく似ていた。


2体を外見がら個別化する為に用意された、蒼きを染めし鎧と、紅を司る鎧。
その彩色が、後に偶然ながら、彼等に付けられる名称の由来となり、
そしてさる事毎に因果な按排を弾き出すとは、ガリア王国の長とて現段階では予知すら叶わない。


彼等は光という存在を知らずにいる。
未だ1度たりとも、起き上がるのを赦されていないから。
仄暗い無の世界を漂う先に見つけるものは、果たしてガリア王が望する正しき事なのか、
はたまた、2体の誕生に携わった異世界人の危惧する、過ちの繰り返しなのか。


その運命を委ねるはガリア王、そして蘇りし神の頭脳次第。
遠くない未来、神の頭脳が灯す光は、彼等を何処へ導くのだろうか。
子は親を選べないとは、先人とてよくも適切な言葉を残したものだ。


何れにせよこの2体の巨人が、まだ目覚めてはならぬが故に彼等を固く束縛する、
強靭な紐から解き放たれる為には、暫時の経過を必要とした。



 眠りの地龍  第3話  「あしなが姉さん」


ゴモちゃんで良いじゃない、とけんもほろろ気味に言うのはキュルケ。


生き物、よりも置き物、として認識され始めた感すらある、動かざる眠りの地龍ゴモラの名称について、
毎日散々思考する挙句、結局は決まらない事を悪循環的にひどく悩むルイズが、
少々プライドを捨て、この日授業の直前、キュルケに相談した処、前記の答えが返ってきた次第である。

やっぱこのゲルマニア女なんかに聞くんじゃなかった、とルイズは溜息をつく。
だが、キュルケとの雑談は続いた。それもわりと和気藹藹に、だ。
学院1年生の頃の彼女達は、犬猿の仲を具体的に表した仲の悪さであった。
同じ机に、それも隣同士で座るなど、例え天地が引っ繰り返りようとも考えられなかった程に。

ルイズは魔法が不得意とするが、それは周知の事実にも程があるので、敢てその詳細は省くとして、
爆発乃至、発光しか能がない彼女を嘲弄していたのは、何もキュルケに限った事ではない。
2人の仲が悪かった原因として、そこだけを指摘するのは見当違いではなかろうかと思える。
また、ゴモラたる大層な使い魔を召喚したから、2人は仲良くなったと捉えるのもまた然り。

確かに魔法劣等者ではあるが、ルイズは努力を怠ってはいない。ただ何故だか報われないだけだ。
それに早い段階で感ずいた者もいたのに、当のルイズは性分からか強がってしまい、
理解しようとしてくれた者達を、これまで遠ざけてしまったきらいは大いにあると言える。
そう、孤独の巌窟に片足を突っ込んだのは、他ならぬルイズであり、
召喚されたゴモラは、その巌窟から脱出するチャンスを、無意識がら与えてくれたのに過ぎないのである。
ルイズ自身にその気がなければ、何を召喚しようが、キュルケ達との距離は今も遠かったであろう。

「あの、さ。マウンテンガリバー、なんてどうかな?」

さて、そんな2人の少女の会話に、唐突に顔を突っ込むは、後の座席から乗り出す膨よかなる少年マリコルヌ。
その丸っこい顔に備え付けられた口から放ったのは、どうやらゴモラの名前についての発言らしい。
ルイズとキュルケは、彼の弾力のありそうな事実柔らかい頬を目の当たりにし、軽く怯む。
そして、ルイズはマリコルヌの案を即座に却下した。
ガリバーだなんて、いかにも男っぽい名前じゃ駄目よ、長いし。
と。

ゴモラの性別は未だ不明である。
昏睡状態なのではと疑ってしまう程に深く眠り、なかなか目覚めないため、
通常使い主と使い魔が可能とする、意思の疎通が儘ならないからなのも原因の1つだが、
最大の理由は、単純明快に生殖器による雄雌の判断がつかないからである。

竜の生殖器は、大抵他種の生物と同じ様に尻尾の付け根にある。
これに倣いゴモラの尻尾の付け根を調べた処、所謂突起物の類は見受けられなかった。
だが、まだ雌だとは断定をしかねる。何故なら、ゴモラはその巨体をうつ伏せにさせ眠っているため、
或いは案外小さな生殖器が、巨体と大地の合間に埋もれている可能性が高いからだ。
依然未確認のままのルーンと同じく、性別の方も曖昧模糊なのが暗黙の了解となっている
(半陰陽、という単語も浮かび上がるが、生物学的にそれはあり得るのだろうか)。
目覚めてくれれば、そう事が有耶無耶に縺れる必然性も消えうせるのだが、
起き上がらない巨体を目の前に、ほとほと待ち惚けを喰らっているのが現状だ。

そんな良く言えばミステリアス、悪く言えば真偽があやふやではっきりとしない、
物言わぬゴモラは、今は如何な夢を見ているのだろうか。

マリコルヌの方に視線を戻してみると、絶対的な命名決定権を握るルイズからの冷たい即答を受け、
軽く残念がっているのだが、そんな彼を煽るが如く、
そうそう、君にはセンスがないよ。とさらに横入りする、頬に真新しい火傷の痕を負ったギムリの姿がある。
キュルケはギムリをルイズ越しに目にすると、少しげんなりとした表情を見せた。
大方昨晩あたり、その火傷に繋がる、何かしらの関わり合いがあったのは間違いない。

センスがないだなんて、君に言われたくないぞと指差し反論するマリコルヌに、
少なくとも君よりも高貴な名を考える自信はあるね、と胸張って言う妙に自信ありげなギムリ。
2人のやり取りを封切りに、他の生徒達もゴモラの名称について各々語り始めた。
たとえその正体が地龍であると知らずとも、ゴモラの存在に憧れを抱く者は少なくなく、
その名付け親になれるのならばなってみたい、と衝動にかられたのかもしれない。
最初はほんの雑談程度だったのだが、次第に誰が名をつけるか、どんな名をつけるかの口論に発展した。
何故に使い主である私の意志は無視なのよ、と当然至極なルイズの主張をも掠れ消してしまう程に。

その議論は、ギトーの風魔法の授業が始まっても尚継続するほど白熱し、
授業中だぞ、厳粛にできんのか、と怒鳴るギトーを誰もが無視した、というか気づいていない。
痺れを切らしたギトーが、いい加減にしゃぁがれこの糞餓鬼どもが!
と教師らしかぬ暴言を吐こうとした直前であった。

「グノーム」

囂然たる場をまるでサイレントの魔法の如く沈め、そしてギトーのモラル崩壊を未然に防いだのは、
それまでキュルケの隣で、普段通り淡々と本を読んでいたタバサである。
彼女の声は極めて小さく、鶴の一声と例えるのも怪しいものだったが、まさか想定外の参入に人目を引かせた。
何かしら魔法の呪文でも詠唱したのかと勘違いした者もいるが、
それは普段から勉学を疎かにしている証拠である。
実技の結果はともかく、毎日の勉強を欠かさないルイズは、すぐにタバサの放った言葉の意味を理解した。

「土の精?」

以前何かの本で読んだか、或いは1年生の時授業で学んだ覚えがある。
四系統魔法と呼ばれる、火、水、風、土には、それぞれ系統の名を冠とする精霊が存在する。
火の精はサラマンダー、水の精はウンディーネ。
風の精はシルフィード。そして、土の精はグノーム。

そう、タバサの使い魔の名シルフィードは、ここからの因由なのである。
蒼い体色で、空を自由に飛び回る韻竜(表沙汰では風竜)には秀逸な命名と言えよう。

妥当、いやこれは秀逸かもしれない、とルイズは断案に達した。
グノーム、であれば、後々雄か雌か判別した際に、それに沿った名前に変える必要も無い。
土の精という意味ならば、地龍への命名由来としては十二分である。
それに、ゴモちゃんやらマウンテンガリバーやらなんかよりも、よっぽど響きが良く、程よく短いし、
何よりタバサの使い魔と共通点のある名というのも気に入った。
他の生徒達も概ね納得したらしく、感嘆や反論の声が僅かに漏れるのを除き、教室内は治まりを見せる。
なんかよく解らんがこれで授業が再開できる、とギトーもタバサに心の中で感謝の意を表したのであった。

その後、ゴモラを嫌うシルフィードが「んな、なんじゃとてなのねぇぇぇぇ!?」
と悲観に打ちひしがれて叫んだのは、敢えて記するまでもない。

それ自体が、巨大な風石の塊であるという説がある。

始祖ブリミルの力が時節「ナンデモアリ」的な意味合いで取られる謂れの1つに、
その始祖の息子が作り上げたという、ここ浮遊大陸アルビオンが挙げられる場合が多い。
常に地上から3000メイルの位置にて、巨大な1つの大陸が浮かぶ光景は圧巻である。
そこでは、人々や動物達が、地上と然程変わらぬ生活を送っており、
高度3000メイルだからと、高山病の類、酸素欠病症等に苦悶する例は殆ど無い。
森林などの自然環境が調っているから、と言えるが、
その自然環境も何故、雲の上なぞで、地上と大差無しに成り立っているのだろうか。
それもまた、ブリミルの「ナンデモアリ」が干渉しているのかもしれないが、だとすれば、
本当に「ナンデモアリ」である。


そのアルビオンのサウスゴータ地方、何かを隠すのに適する程深い森に囲まれた、ウエストウッド村は、
住人の平均年齢が一桁という、端から‘活気ある村’を志していない、小さな村である。
しかし活気はなくとも元気は溢れており、常に笑い声が絶えないのがこの村の特徴で、
収入源の皆無による貧困の対策は、とある1人の女怪盗によって成されている。

村から10メイル程森の中を突き進んだ場所に、せいぜい雑草が生い茂る程度の、広場とも言える更地がある。
木々の中にぽかんと開いたその空間に、さらに場違いと言わざるを得ない異様な物体が、ずんと身を置いていた。
岩山である。
いや、岩山と記述するのも怪しい。
何故ならそれは、少なく見積っても3つの色彩が塗りたくられているからだ。

「悪い事は言わない。今すぐこの化物と、なんとかしてでも絶縁するんだよ」

カラフルなる岩山を見据えそう言う、緑色の髪を生やす麗人は、
数日前まではトリステイン学院に身を置いていた、ロングビルであった。
髪を下ろし、眼鏡を外したその姿は、身に纏う黒い衣類と相俟って、
御淑やかな学院長秘書とはかけ離れた雰囲気を醸し出している。
前述の1人の女怪盗とは彼女の事であるが、なるほどその目付きたるは、がめつい盗人に相応しくもある。

「縁を切れって、何を言い出すの? マチルダ姉さん。ティルは私達の大切な家族なのよ?」

ロングビルのすぐ隣に、これまた麗人と言わざるを得ない少女の姿がある。
その少女の特異点たるは、1つや2つ指摘するだけでは済まない。
まず長い耳は明らかに人間の備える類ではないく、それは彼女が混血なる身であるのを示している。
しかし長いブロンドヘアーは、宝石と見違えんばかりの鮮麗さを放ち、端正な顔立ちを際立たせている。
さらに胸部は布地からはみ出さんばかりに豊満でいて、
対照的にすらりとした細い肢体が、彼女の女性としての外見的魅力を、必要以上に見せつけている。
身に着る服は、肩と腋を惜しげなく露出させ(透明の衣は被っている)、腰を纏うスカート部分の両腰側面には、
大きな切れ目があるため、足の付け根に程近い肌白き太ももが、ありありと眼に飛び込んでくる。
その肌の魅せ具合は、健全なる青少年の海綿体を刺激為兼ねず、周りの目を気にしないからこその服装である。
彼女こそが、ロングビルがこのウエストウッド村に投資を重ねる起因である、ティファニアだ。

(因みにマチルダとは、ロングビルの本名であり、以降彼女の事はマチルダと記す。
 何故マチルダは、身を呈してウエストウッド村に尽くしているかの経由は、またいずれに)

化け物、そして大切な家族とは、2人の目の前にある岩山であるらしい。
カラフルな岩山の正体は、竜であった。

以前、冬の終わりかけだったか、このウエストウッドに立ち寄った際、初めてマチルダはこの竜を目にした。
これまでティファニアは、魔法を扱えるながらも、使い魔を召喚する運びには至らなかったのだが、

「呼んで欲しい、と願われたから」というよく解らない理由で召喚していた巨大なドラゴンが、これだった。
当時は、こりゃまた面倒なものを呼び出しちまったねぇ、と飼育資金面に関しての懸念は抱いたが、
あくまでサイズの大きい、えらく長く眠る竜とだけ認識し、マチルダはそのまま学院へと戻った。
しかしその後、学院での召喚儀式によって出現したゴモラを目にするや、
‘地龍の生き残り’という聞き捨てならない単語が脳裏を過り、もしやと思い‘地龍録’を読んでみた処、
あのサウスゴータの森で眠る竜と、瓜二つな地龍の解説項目を発見した時は、青ざめたものである。
「十数メイルもある大きな竜」ではなく、「十数メイルしかない小さな地龍」だったのだ。
直後にオスマンから、休暇の許可をすんなり得られたのは僥倖であった。
逸早くアルビオンへのフネに乗り、一息足りとも休む事無く、ついぞ先ほどティファニアと再会した次第だ。

紅い色の頭部から発せられる低音の唸りは、恐らく竜の鼾と考定される。
額にあたる個所が、角の様に前にのめり出す形で突起しており、
図太い首元には、まるで人工物の装甲ではないのかと見違えんばかりの、
段々に構造された硬い皮膚が覆われている。この皮膚が、3色の内の灰色をなしていた。
太い前脚と後ろ脚は、濃い青色に染め、所々に数は僅かだか小さな斑点も見られる。
大凡に見計らって、尻尾も合わせ大きさ15メイル弱程だろうか。学院のゴモラの半分以下である。
まだ成体にまでは成長し切っていないのか、さもなくば生まれて間もないのかもしれない。
しかし、1匹の生物の大きさとしては、やはり非常識であると評するに差当り支障は無い。

「いいかい? ティファニア。何故この古代の竜が、おまえに呼ばれたのかは解らない。
 だけどね、このままじゃ碌な結果を生まないよ。
 幸い、こいつはまだ夢の中。今の内にここから離れる支度をするんだ」

ハーフエルフと、絶滅したはずの地龍。嫌でも目立ってしまうこの組み合わせは、非常に芳しくない。
万が一にも使い魔の儀式が失敗していて、目覚めたと同時に暴れ狂ってしまえば、太刀打ちできる道理もあらず。
マチルダは、これまでの悪行もとい窃盗(それ自体はティファニアには伏せている)で得た資金で、
ウエストウッド村の子供達と共々、少しでもこの地龍から逃れようと算段していた。

今この瞬間にでも、巨大土ゴーレムを造り、ゴルザを不意打ちし葬ってやりたいが、
いくらなんでも妹や村の子供達の目前で、それを実行するには危険が伴う上良心も痛むし、
第一、戦闘能力が未知数の地龍を相手に、果たして自分の戦法が通じるのか、という不安要素もある。
一旦ここから身を離した後、この地龍の存在をアルビオンの政府だかアカデミーだかに匿名で知らせばいい。
危険な存在と看做され、軍に退治されるもよし、アカデミーの研究材料として捕獲されるもよし。
場合によっては、此処ウエストウッド村に戻ってこれなくなるかもしれないが、致し方なかろう。
新たなる安住の地を見つけるには、どれほどの時間を費やさねばならぬか、苦悶を余儀無くされない。

「聞いて姉さん、ティルは――」

そんな風に1人で悶々と、今後についての不安を胸に廻らせているマチルダに、
ティファニアが複雑そうな表情で、心境を伝えようとした、その瞬間。
岩山が、ピクリと動いた。

さらに、岩山から重い轟音が迸る。
それは鼾ではなく、その地龍が眠りから覚めた事を示す、欠伸の咆哮であった。

岩の様に固定されていた身体が縦に震え、地表が軋む音が、辺りに佇んでいた鳥や小動物の逃走を促した。
ゆっくりと上半身を持ち上げると、その岩のような身体の先端、紅い顔面から、2つの微光が放たれる。
その光の正体が眼球であるのが判った刹那、日光が思いの外刺激を与えたのか、すぐさま眼を閉じた。
そして、眼の下部がばっくりと穴開き、その穴から鋭い牙と長い舌を見せると同時に、
断続的な唸り声が放たられた。低く、重たい音程を轟かせるその唸りは、
大型の獣の咆哮、というよりも寧ろ男性の荒い鼾を彷彿とさせる。
眠りから自為的に目覚め、豪快な欠伸を無意識に披露している、その地龍。

「――ゴルザ!」

マチルダは再度、あの日『地龍録』で目にし記憶に刻んだ竜の名を反芻した。
忘れもしない、地龍「ゴルザ」。
立ち上がった事により、その外見の全貌が、より鮮明と肉眼で確認できる。
やはり、挿絵として描かれていたものと酷似しているし、第一「起立する竜」は、地龍以外に考えられない。

現在既存する殆どの竜は、余程の事態でも舞い降りない限り、
前脚は常時地面に付け、後ろ脚は屈折させ、爬虫類と同様4足で佇む。
求愛行動などに限り、2足で歩行する場合もあるらしいが、あくまで稀でしかない。

だが地龍は、太い後ろ脚をぴんと伸ばし、尻尾をぐでんと垂らして重心を調整することにより、
人間や猿が直立した体制と似た姿勢を、難なく常にとることを可能としている。
また、直立するにより、必然的に地面から離れる前脚は、もはや『腕』であると断言して良く、
その腕で大小様々な物を掴み、持ち上げる事ができるなど、竜としてはありえない動作をやってのける。
地龍の体の構造は、その種類によりけりだが、竜でありながら哺乳類と非常に似ているのだ
(故か、そもそも地龍は実は竜族で無く、皮膚等が特異なだけの哺乳類なのでは、という極端説が存在する)。

長い欠伸を終えると同時に、ゴルザは瞼を再び開かせ、ぎょろりとした漆黒の眼をティファニア達に向けた。
まさか目覚めてしまうとは夢にも思わなかったマチルダは、血相を変え、咄嗟に杖を構えようとするが、
慌てて落してしまい、素早く拾おうと身を屈ませた寸前、ゴルザの鼻息が彼女の身を強張らせた。
マチルダにとって、その鼻息が醸す恐怖は、大砲による砲丸発射の爆音にも等しい。
杖に構うのは諦めた。先ずは、ティファニアの身を護らなければ……と、
マチルダは妹のいる方へ身を翻したが、そこに見えたティファニアの様子は、なんともはや落ち着いていた。

事の状況に驚愕としている面構えではないのは、見るに明らか。
どうやら、ゴルザが起床する現場に居合わせたのは、これが初めてではないらしい。
ティファニアは、おはようティル、と10メイル程上空にあるゴルザの顔を見上げながら、明るく声をかける。
そんな彼女と対照的に、マチルダは冷汗を垂らし、その場から1歩後退りした。
ゴルザ――基、ティルという名のそれは、見慣れない客人、マチルダを視野に入れると、
警戒心からか鋭い目つきで彼女を睨み、短く唸る。
思わず腰が抜けそうになったマチルダを、ティファニアは守る様に寄り付き、その姿勢でティルに一喝した。

「ティル! 駄目よ、この人はマチルダ姉さんよ! 前に話したでしょう!」

明らかに動揺した仕草を見せる、ティル。
鋭く光らせていた威嚇の目付きを、何度か瞬くことで緩んだ表情へと変え、
少しばかり気の弱く感じる唸り声を上げると、その巨体を数歩後退させた。
もう大丈夫よ、とティファニアがマチルダに言う。
一瞬の出来事に、マチルダの脳内が、数秒の合間真っ白な世界に染まったのも束の間、
ティファニアがこの地龍を、こうまで忠実に手懐けていた事に驚き、目を丸くした。

ゴモラがそうであるように、地龍は長期間床に伏せ、そうは起きない性質だと想定していたのだが、
このゴルザはとっくに長い眠りから覚めていた。
マチルダが地上で出稼ぎをしている合間、目覚めてしまった裂帛なる風貌を相手に、
名を付け従わせる情景を想像してみると、それに如何な勇気を注げなければならなかったか、考えるに難しくない。
ティファニアは、少なくともメンタルの部分では、マチルダの思っていた以上に逞しく成長していたのだ。
危ない喰われる近づくな、と警告するだけ無駄な気配りであろう。

しかし『地龍録』によると、ゴルザの生態的特徴は、火山地帯を住処とし、
地龍の中でも随一に好戦的で凶暴な性質だった、とある。
一説によれば、溶岩を好んで食し、栄養源に変換してしまうという、
地龍においてもかなりの常識はずれな特殊種生物であるらしいが、果たして、本当なのだろうか?
ティファニアの説教に大人しく耳を傾けている姿からは、凶暴性に関してはその名残すらも喪失している。
寧ろ滑稽さすら感じたが、火山生息で溶岩摂取を可能とする生物と同一のものとは到底思えない。

火山の、それもサラマンダーすらめったに近寄らない、溶岩を容易に口にできる程の灼熱地帯となると、
ウエストウッドの森のような緑が鬱葱と青茂る森林との環境の差は、そこに生息する生物の生態を及ぼす。
簡単且極端に例えるなら、人間は海中で呼吸できないし、魚も地上での鰓呼吸は不可能。のようなものだ。
二酸化炭素を吸収した植物達が放つ酸素濃度が、召喚されたゴルザの物質代謝に、
多かれ少なかれの悪影響を及しているとは考えられないだろうか。

百歩譲って、森の中でも生息できる理由は高い適応能力を備えているからだとしても、
ティルと名付けられたこのゴルザは、ここで何を食べているのだろうか?
森で採れる食物が、溶岩を喰らう奇想天外龍の口に合うの否かは甚だ疑わしい。
若しくはこの個体が、ゴルザそのものでなく、ゴルザと外見酷似した亜種目である可能性もありうる。
そうであってくれれば、草食であったり小食だとしても、さして疑問を抱く面倒も回避できるのだが。

ふとその時、幼い、奇声ともとれる荒ただしい声が、村から聞こえたかと思うと、
小さな影が続々とマチルダ達のいる元へ集まってきた。

それは、ティルの欠伸の咆哮を聞いて、そら起きたぞとばかりに駆け付けた子供達の姿だった。
禍々しい地龍の風貌に臆しもせず、その脚部に豪快に飛びつくと、純粋無垢なる楽しげな声を挙げ、
まるで父親だかに甘えるかのように、じゃれ惚けている。
当のティルは、さも関心を示していないかの様な、感情の読み取れない双眸で眼下を見据えてるが、
うっかり踏みつぶしてしまわないようにか足を微動だにさせない辺り、子供達を考慮しているのが窺えた。

この日何度目かの「呆気に取られている」のはマチルダである。
子供達との仲もここまで進展し、直に触れ合うとは、
俄かに信じがたい光景だが、トリステイン学院でのゴモラの人気ぶりを思い出してみると、
さりとて違和感は覚えなかった、と自分に言い聞かせたい処だが、
すぐにこの状況を受け入れるのには、やはり無理があった。

この地龍の生き残りが危険極まりないのに変わりはない。
確かによく懐いているかもしれないが、その巨体を地表に晒すだけで、
巡邏中のアルビオン竜騎兵だかに発見されてしまう可能性は大いにある。
そうなってしまうと、今まで大切に守り続けてきたこの村の秩序が崩壊するのは、瞬く間であろう。
何よりハーフエルフであるティファニアが、世間に知られた挙句忌み嫌われ、虐げられるのを一番恐れていた。

だがそのティファニア曰く、今日はたまたま地上で昼寝をしていただけで、
普段は地面に浅く身を潜らせており、大人しくしているという。
何より、この森の木々が姿を晦ましてくれるから、絶対に見つからない、とも。

「お願い姉さん、私達はちゃんとやっていけている。だから、ティルを屠るだなんて、言わないで」

マチルダの肩をぎゅっと掴んで訴えるその瞳は、いつの間にか潤んでいた。
こうまで感情移入されると、「いいえ」とは即答できない。
それに彼女達の絆は、たかが怪盗如きが盗めやしない程に、既に固く結ばれていたようだ。

「……あぁ、わかった。誰にもゴルザ……ティルのことは言出しないよ。だから、泣くのはおよし」

我が意思を捻じ曲げない、そんな妹の屈強な精神に、ついにマチルダは折れた。
金色の長髪に手を触れ、優しく告げると、彼女も内心で決意した。
こうなれば、どんな運命にだって一緒に立ち向かってやろう。何も今に始まったことではない、と。

やや興奮していたが、落着きを取り戻したティファニアは、持ってくる物があると言い、1人村へと戻った。

マチルダは、これまでの緊張を解し、ティルの足元に群がる子供達の姿を見た後、先程落とした杖を広う。
そして、地表から約10メイルにある、ティルの顔を恐る恐る見上げてみる。
眼が合ったが、その眼光から悟れるは、先の威勢は去勢し、マチルダを味方として迎え受ける感情だった。
素直に喜んでいいんだか、少し複雑な気分になったマチルダは、暫く空虚に立ち尽くしていると、
背後でティファニアの呼ぶ声が聞こえた。

いつの間にかその手には、何やら赤い果実が詰められた籠が抱えられている。
ティルとのアイコンタクトを試みている間に、取りに戻った物とはこれであるらしい。
今朝摘んだばかりの新鮮な木イチゴを、おやつに食べようとのこと。

そう言えば、昨日から不安の余り、何も口にしなかったのを思い出したマチルダは、
途端に湧いて出てきた食欲を抑えきれず、座るのに頃合いな岩を見つけると、そこに座る。
隣に腰を下ろしたティファニアが、愛くるしい笑顔で先程の籠を差し出した。
好意を受け、マチルダは籠に山盛りにされた木イチゴを1粒掴み、口に入れる。
小さな果肉を噛むごとに、甘酸っぱい香りが口内に広がり、鼻孔にも酸味が伝わった。

久し振りに食べた、懐かしい味に余韻に浸っているさ最中、
子供達の内の1人、エマが、ひょこひょことマチルダ達の元へ近寄った。
するとエマは、ティファニアに許容を得てから、籠から木イチゴを1粒手にする。
それを頬張るのかと思いきや

「いっくよー、ティル!」

と、後ろに振り向き、ティルの口元目掛け、思い切り木イチゴを放り投げた。

しかし、年端もいかない女の子が放った弾道は頼りなく、
大して高く上がらないまま、落下の一途を辿ろうとしていた。

その時だった、立ち尽くしたままで1歩たりとも動かなかったティルが、
顎を大きく開き、上半身を素早く前のめりにさせたかと思うや否や、その木イチゴをパクリと口に入れたのは。
人間と同じような味覚器官を備えているのかも疑わしい地龍だが、木イチゴなぞ口に合うのだろうか。
吐き出す行為は見て取られない処を見ると、少なくとも毒になりはしない様だ。
それどころか、再び口を開き低く短く唸った。2つめをねだっているのか?
きゃっきゃと笑うエマを撫でるティファニアが、

「姉さん、仲直りの印に」

と、木イチゴをマチルダに渡す。
仲直り? それはつまり、こう、木イチゴを、ゴルザあいやティルの口元に投げてやれということか?
マチルダは、ままよ、と果実を放る。さすがにエマが投げたのと比べて、真っ直ぐ正確に飛んだ木イチゴを、
ティルは難なくとらえ、咀嚼を開始した。

やったぁ、と笑うエマが、マチルダに対しガッツポーズを示している。
気づいた時、マチルダも心の底から、声に出して朗らかに笑っていた。
これだけ笑ったのは、何時だかぶりだろうか。
笑い合うマチルダとエマに自然とつられたか、ティファニアも眼福たる笑顔を振舞う。

よくよく鑑みてみれば、ティファニアや子供達の笑顔に、以前よりも純粋さが増した気がしないでもない。
威嚇や警戒の意思が感じられない、呑気な呻きを鳴らしている新しい家族、ティルが、
この笑顔を齎しているのだとしたら、自分が勝手に遂行しようとした事は、愚行だったのかもしれない。

しばしマチルダは、この穏やかなひと時を、大切な人々と1匹の地龍と共に噛み締めることにした。



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