あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

第22話 望郷の唄


沈黙が流れていた。
膝の上で拳を握り、唇は時折何か話そうと開きかけるが、すぐに閉じてしまう。
目線は泳ぎ、すぐ前のベッドに横たわるウェールズの顔をチラチラと見ている。
これではいつまで待っていても進展がないと見たウェールズは、優しい微笑を作る。
「ミス・ヴァリエール。どう話していいか解らないのなら、ありのままを話せばいい。
 いざ口に出してみれば、ちぐはぐでも少しずつ話せるものさ」
「殿下……」
しばしルイズは目を伏せると、唇を震わせてから顔を上げる。
「しかし、これは私個人の問題ではないのです。
 テファの事で……でも、話していいのか……話すべきなのか……」
「テファの? エルフとの混血である以上に、何か……?」
もしや彼女の父親が何者であるかバレてしまったのかとウェールズは思った。
それなら自分に相談に来るのは当然だし、マチルダが隠したがっているというのも解る。
「あの……テファは、メイジです。でも、系統が解らなくて」
「系統が? つまり……テファが先住魔法を?」
「いえ、杖を使っていました。先住魔法ではありません」
「どんな魔法を使ったんだい?」
「それを……申していいのか解らないのです。
 テファにとって、それは身を守る手段であり、人に明かしていいものか……」
ルイズの本音を言えば、真実を話してウェールズが去ってしまうのを避けたいというもの。
ウェールズを死なせないために記憶を消すという善意を、ウェールズは拒否するだろう。
無論、傷が癒えた後、この村の記憶だけを消して死地に送り出す可能性もある。
だが優しいティファニアが果たしてそうするだろうか。
事情を知らないのだからありえる話で、最終的な決断はマチルダが下すだろう。
「……殿下……戦の事などお忘れになって、ここで静かに暮らす訳にはいきませんか?
 そうすればいつの日か、アンリエッタ姫殿下と再び会える日も……」
「それはできない。私は王軍最後の一人として戦わなければならない。
 今この村にいる理由は身体を休めるというだけではないのだ」
「私を守るため……ですか?」
「ああ。君が無事アルビオンから脱出できると判断できるまでは死ねないからね」
マチルダは今、その脱出方法を得るために村を離れている。
どちらにしろウェールズが死地へ赴く日は近い。
「しかし……クロムウェルが死んだ今、わずかながら勝機もあるはずです。
 その勝機が訪れる日まで待つ訳には……」
勝機など無い事はルイズも重々承知しているが、言わずにはいられない。
恩人であり、アンリエッタの想い人である彼を死なせる訳にはいかない。
「話がそれてきてしまっているね。
 テファが使ったという系統の解らぬ魔法の事でまだ話があるのなら聞こう。
 そうでないのなら、もう下がりたまえ」
「……失礼致しました」
ルイズではウェールズの心を動かせない。
どうしていいか解らぬままルイズは退室し、泣きたくなるのをこらえた。

家の前の広場でティファニアと子供達が遊んでいるのを、言葉は窓から見つめていた。
無邪気な笑顔で楽しそうにしている彼女に最初は興味が無かったのだが、
記憶を消す魔法で最愛の誠の記憶を消されたりしたらと思うと無視はできない。
とはいえルイズがそうしてくれと頼む可能性は低いし、
マチルダが帰ってくる前に家を出れば安全だろう。
早くウエストウッドの村を出ようとルイズに相談すべきだろうか。
アンドバリの指輪で人心を操れると教えれば、マチルダを待つ必要も無い。

惚れ薬で惑わされた時に解除薬を飲ませ、
ティファニアに記憶を消すよう頼まなかったルイズなら、
アンドバリの指輪で言葉の精神を操作するような事もないだろう。
しかし村を出ようと説得したとて、ルイズはウェールズを案じて離れないかもしれない。
ならばいっそ。
言葉はカーテンを閉めると、鞄から誠を取り出し、抱きしめた。
「でも……」
ティファニアに見せ、村から逃げ出さなければならない状況を作ったとしても、
今度はティファニアが自発的に記憶を消しにくるかもしれない。
最愛の誠の記憶を失うという危険だけは、絶対に避けなければならない。
「誠君……私に、力を……」
誠を胸から離した言葉は、生命の光の無い瞳を真っ直ぐに見つめたまま、
ゆっくりと唇を近づけ、言葉だけの瞳が熱を帯び、触れ合う。

夜になっても、マチルダはまだ帰ってこなかった。
一人で寝ては言葉に指輪を取られるかもしれないルイズは、
もうしばらくマチルダの帰りを待つと言うティファニアと一緒に起きていた。
「ねえテファ、身体は大丈夫?」
「どうして? 私は怪我はしてないし、昨日はぐっすり眠ったもの」
「そうだけど、最近夜更かしが多いから」
「そうね。でもウェールズの具合も落ち着いてきたし、もう大丈夫よ」
「私はなんだか睡眠時間がメチャクチャで、調整が大変よ。
 眠いはずなのになぜか眠れなかったりとか……」
「じゃあ子守唄を聴かせて上げようかしら」
「子守唄……?」
それはちょっと子供っぽいのではと思いながら、ティファニアの歌声に興味もあり、
迷惑じゃなければ聴いてみるのも悪くないと考えているうちに、
ティファニアは壁に立てかけてあった小さなハープを取っていた。

静かな音が響く。
暖炉の薪が弾ける音や、風が窓を揺らす音、一切合財が消え去ったように感じた。
軽やかな調べは身体に溶け込むように心地よく、
ティファニアの歌声はまるで妖精のような幻想さを感じさせられた。

   神の右手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。
   左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。

   神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。
   あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。

   神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。
   あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。

   そして最後にもう一人……。記すことさえはばかれる……。

   四人の僕を従えて、我はこの地にやってきた……。

「……神の左手……ガンダールヴ……」
甘美な歌声の中、知っている単語が出てきてルイズは表情をしかめた。
神の左手ガンダールヴとは、言葉だ。
大剣と長槍で主を守るというのも、武器を持った時の異常な身体能力を思い出させる。
それに言葉が言っていたミョっちゃんは、ミョズニトニルン?
ならば水の精霊が言っていたヴィンダーことヴィンダールヴはいったい?

考え込むように閉じたまぶたは重く、まぶたの裏にはヴァリエールの庭が浮かび上がった。
懐かしき故郷。生まれ育った思い出。急にルイズは家族に会いたくなった。
今はそんな事を考えている場合ではなくて、けれどどんどんそんな事を考えてしまって。
厳しいけれど愛しいお父様、お母様、エレオノール姉様。
病弱ながらも優しくて美しい理想の女性でもあるちぃ姉様。
みんなの声が聞こえた気がした。

ギィ、と音を立ててドアが開く。
居間に入ってきたその人影にティファニアは視線を向けた。
「あ、ごめんなさい、起こしてちゃった?」
「ルイズさんは眠っちゃったみたいですね」
微笑む言葉の瞳の中で、暖炉の火がゆらゆらと揺れている。
ゆっくりとした足取りで椅子の上で寝息を立てているルイズへと近づくと、
左手に握った鞄に力を込め、右手では優しくいたわるように薄桃色の髪を撫でた。
「…………」
起きる気配は、無い。
「素敵な歌でしたね。つい、故郷を思い出してしまいました。
 母と……妹と…………誠君を……」
「マコト?」
初めて聞く奇妙な響きの名前にティファニアはちょっとだけ首をかしげた。
「何ていう歌なんですか?」
「オルゴールから聴こえてきた歌で、私も知らないの」
「そうですか」
ルイズの長い髪をすくい上げ、唇を押しつける言葉。
サラサラとした感触は心地よく、スッと息を吸うとルイズの匂いがした。
「望郷の唄……」
「え?」
「聴いていて、そんな風に思いました」
髪を手放した言葉は、今度はルイズの左肩へと手をかける。
気まぐれか、その時ティファニアの視線が言葉の持つ鞄に向けられた。
開いている。
マチルダから口をすっぱくして言われた、あの鞄に興味を抱いてはいけないと。
中は暗くて見えない。何だろうと、好奇心がうずく。
でも見てはいけないという自制心から視線を言葉の手に戻すと、
ルイズの小さな胸を服越しに撫で下ろしているところだった。
指の艶やかな動きに、ティファニアは訳も解らずに頬を染めた。
何かいけないものを見ている気がする。
「テファさん」
言葉に声をかけられ、ティファニアの肩がわずかに跳ねた。
「な、なぁに?」
「ルイズさんったら、指輪を二つもつけて邪魔じゃないんでしょうか」
ルイズの左手。中指に水のルビー、薬指にアンドバリの指輪がある。
「お皿洗いの時、ちょっと邪魔かもしれないわね」
「そうですよね」
言葉が笑った。
唇は弓のような弧を描き、瞳に映る暖炉の火が内側からにじみ出る闇に呑み込まれる。
双眸と眉は強い意志を表すように釣り上がった。

ルイズの指から、指輪がひとつ、抜き取られる。

「コトノハ――?」
一瞬の変貌にティファニアは困惑し、恐怖さえも覚えた。
それを見抜き、言葉は鞄を床に置きながらティファニアを見つめた。
「安心してください。私は、マチルダさんにもテファさんに感謝してますから。
 でも私達の記憶を消すのだけは、絶対にさせません」
「わ、私は……!」
消さなければならない。けれど友達の記憶を消したくない。
二つの思いに駆られていたティファニアは、その一方、
友情が担う選択を否定されてショックを受けた。
言葉が左手の薬指に、ルイズから取った指輪をはめる。
「だから」
言葉の左手が、正確には指輪がティファニアに向けられる。
しかしうつむいてしまったティファニアはそれに気づかず、言った。
「私は……友達の記憶を、消したくないです」
指輪についている宝石が一瞬光ったが、言葉が眉をひそめると同時に光は消えた。
「消さなくちゃって思ってた。マチルダ姉さんも絶対に記憶を消すようにって言ってた。
 でも、初めてできた友達の記憶を消すだなんて、悲しいわ。
 だから、できれば内緒で、記憶を消さずに送り出そう……って、思ってたの」
この発言が、アンドバリの指輪による意思操作を留まらせたのだとティファニアは知らない。
言葉とて、ルイズを大切に思う人の心をどうこうしたいとは思わない。
記憶を消さないというなら、信じてやらないでもなかった。
「コトノハは……私の友達に、なってくれないの?」
「……なってもいいですよ。誠君を嫌いにならなければ」
「マコト?」
言葉の両手が鞄の中に沈み、何かを掴んで、ゆっくりと上に。
黒い塊だった。
黒いのは無数の毛だった。
人の頭くらいある大きさのそれを持ち上げた言葉は身体の角度をわずかに変え、
ティファニアに側面を見せる。
人の横顔だった。土気色の。首が途中で途切れている。
言葉が微笑むのを見て、ティファニアはハープをその場に落とした。
その異音がルイズのまぶたを開けさせる。
「ん……ふが?」
「おはようございます、ルイズさん」
「はえ? んあ、おは……よ?」
一度、二度、まばたきをして、三度目の直後、大きく見開いた。

まだ夢を見ているのかなとルイズは思った。
何で、言葉が、この状況で、ティファニアがいるのに、見られてるよね、首。

言葉はルイズとティファニアの間、丁度暖炉に背を向けると、誠の頭を高く掲げた。
左手薬指のアンドバリが光り、ルイズは自分の左手に水のルビーしかない事に気づいた。
ティファニアはまだ何が起きているのか理解できず、呆然と言葉を見つめている。

光が薄らいでいくに従い、死体であるはずの誠の頬に朱が差していく。
地を這う芋虫が蝶へと変態するような美しささえ感じさせながら、
肌は張りを取り戻して行き、唇がわずかに開いて息を吸い込む。
「誠君……誠君……!」
誠が生の色を取り戻すにつれ、言葉の瞳も生の光を取り戻しつつあった。
惚れ薬を飲んでしまった時のような生き生きとした眼差しの先で、
永遠に閉じられたはずの誠のまぶたがゆっくりと持ち上げられた。

「おはようございます、誠君」
「おはよう、言葉」
誠の唇が動き、声を出した。
肺も無いのに発声が可能なのはアンドバリの魔力のおかげなのか、
誠は身体に異常が無いとばかりに優しい微笑を作る。

「きゃああああああああっ!!」

悲鳴を上げたのはティファニアだった。
生首が生きているかのように目を開け声を出す様は、常軌を逸するものである。
何が起きたのかまったく理解できず、ただただ異常な事態を恐れ、その場に崩れ落ちる。
「て、テファ!?」
ルイズが慌てて抱き止めると、ティファニアは意識を手放しているらしいと解った。
ホッと一息ついてから、家の外から聞こえる物音にハッと顔を上げる。
ティファニアの悲鳴を聞いて子供達が目を覚ました?
「に、逃げるわよコトノハ!」
「はい。ここにはもう、用はありませんから。構いませんよね? 誠君」
「ああ。言葉がそれでいいなら」
生首から発せられる優しい口調の気色悪さに気を向けないようにして、
ルイズはティファニアを床に寝かせると、言葉に部屋から鞄を取ってくるように言う。
誠の入っていた鞄ではなく、いつ村を出て行ってもいいように着替えや食料を詰めた鞄だ。
従順に言葉が部屋へ向かった間に、ルイズはウェールズの部屋へと走る。
戸を開けると、すでにベッドから降り杖を構えるウェールズの姿があった。
「何事か」
「殿下! 申し訳ありません。私とコトノハはもう、ここにはいられません!」
「どういう事だい? ティファニアの悲鳴は?」
「テファは、気を失っているだけです。すぐに子供達も来るでしょう。
 その前に私達は村を去ります。ウェールズ殿下を置き去りにする無礼、お許しください。
 それから、テファに……『驚かせてごめんなさい』と、お伝えください」
「……しかし、今出て行っては危険だ」
「港町までの道中でマチルダと合流して、そのままアルビオンを去ります」
「……解った。事情を話せないというなら、見送るしかないだろう。早く行きたまえ」
「ウェールズ殿下……ティファニアをお頼み申し上げます」
深々と頭を下げてから戸を閉めると、旅の荷物を持ってきた言葉を連れて、
ルイズは家の裏口から飛び出し、馬の元へと向かった。

「言葉、この娘は?」
「ルイズさんです。私達をこのハルケギニアに召喚してくれた、優しい人なんです」
「そうなんだ。ルイズ、ありがとう」
背中から声がする。
手綱を握るルイズの背中に体重を預けながら、言葉は誠とお喋りをしていた。
「でも驚いたなぁ。異世界に召喚されるだなんて、漫画みたいだよ」
「そうですね。でもおかげでこうして誠君とまたお話ができます」
色々と言いたい事を抑えてルイズは馬を走らせる。
月明かりだけを頼りに夜の街道を急がせながら、これからどうするか頭を悩ませる。
「ねえコトノハ。私に無許可で……うとうとしてる隙に指輪を取り返してまで生き返らせた、
 愛しい愛しいマコトとの待ち望んだ語らいの時間を邪魔して悪いんだけど……?」
「はい、何でしょう」
愛の語らいに横槍を入れたにも関わらず、言葉は素直なものだ。
ルイズと一緒にいたいと涙した姿は本物だったと信じていいのだろう。
笑みがこぼれそうになるのをこらえ、ルイズは表情を律した。
「このままダータルネスに着いてもアルビオンを脱出はできないし、
 道中でマチルダと合流できればいいんだけど、
 マコトを見られて逃げてきたってバレたらどうなるか……」
「大丈夫です、アンドバリの指輪は人の心を操る能力もありますから」
「え」
「それを使ってロサイスから逃げてきたんですよ。
 だからダータルネスでも兵隊の心を操って船を明け渡させれば……」
「じゃ、じゃあマチルダ……いえ、もうフーケでいいかな?
 いやでもフーケって名前を親しげに呼ぶのは色々と問題があるからマチルダでいいわ。
 指輪でどうにかなるなら、マチルダと合流して危険な橋を渡る必要はない……か」

「へえ。どうして危険な橋になるのか、ぜひお聞かせ願いたいね」
マチルダの声がした。
ウエストウッドの村にいた頃のような友好的ではない、警戒した声色で。

第22話 望郷の唄


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