あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ベルセルク・ゼロ-17


 何か、違和感がある。下に向けていた右半身が硬い床に押されて痛い。
 何事かと目を開けてみれば視界に移るのは木の木目。
 柔らかなベッドはいつの間にかごつごつした木の板にすり替わっていた。
 寝起きのせいかぼぅとする頭を抱えて、ルイズは身を起こした。合わせて地面がギィと音を立てて揺れる。
 ルイズは水面をたゆたう小船の上にいた。
 ぐるりと周りを見渡すと靄がかった対岸が見える。どうやらこの船はそれほど大きくない池の上に浮かんでいるらしかった。
 ルイズは、この場所に見覚えがある。
 ここは幼いルイズが母に、父に、姉に怒られたときによく身を隠していた『秘密の場所』だ。かつてルイズがまだヴァリエールの屋敷に住んでいた頃、何か悲しいことがあると、幼いルイズはよくこの場所に逃げ込んでいた。

 ―――何故わたしはここにいるんだろう?

 考えても、わからない。思い出そうとしても、思い出せない。
 でも、ここにいるということは、きっと何か悲しいことがあったのだ。
 そういえば何だか胸が痛くて、寂しい。
 ふと視線を下に転じてみれば、小船の上には毛布が準備してあった。
 準備した覚えはないが、きっと自分が準備したものなのだろう。だって幼い頃からそうだった。私は自分で用意した毛布に包まって、この場所で震えていた。
 ルイズは幼い頃の自分そのままに、毛布に包まって再び小船にその身を横たえた。
 ギィと音を立てて小船が少し沈む。水面を波紋が走っていく。波紋は対岸にたどり着く前に、誰かの足に当たって消えた。
「―――ルイズ」
 声がかけられる。優しい声。それでいて、とても懐かしい声だった。
 誰かが小船の傍に立っている。膝まで池に浸かった状態で、小船で毛布に包まるルイズを、目を細めて覗き込んでいる。
 ルイズは毛布から顔を出した。小船の傍に立つ『誰か』と目が合う。ルイズはその『誰か』を知っていた。
「―――おいで」
 優しく、あくまでこちらを気遣うように差し出された右手。
 ルイズははにかみながら、その手を取った。


 ルイズはそこで再びぱちりと目を開けた。
 ふかふかした枕の感触を確かめる。体を起こして周りを見渡してみれば、今度は見慣れた石の壁、魔法学院の自分の部屋だった。
「―――夢?」
 ぼんやりと呟いて、夢の中の彼の手の感触を確かめるように、ルイズは右手をそっと握った。
 はっとして時計を見る。まだ幾分か時間に余裕はあった。
 ガッツはどうやら戻ってきていない。彼の眠る定位置には、哀れにもまた放っておかれたインテリジェンスソードが寂しく立てかけてあるだけだった。
「ね……」
 ついデルフリンガーにガッツのことを尋ねようと口を開きかけ―――ルイズはふん、と顔をそむけた。
 もたもたしている暇はない。今はあんな奴のことを気にしてる余裕なんてない。
 私の肩にトリステインの未来がかかっているんだから―――――
 そう心の中で呟いて自らの頬を両手で叩くと、ルイズは顔を洗うための水を汲みに部屋を後にした。
 ぱたんと音を立ててドアが閉じる。
「………やれやれだねえ」
 独り部屋に取り残されたデルフリンガーがぽつりと呟いた。
 それから程なくして、ルイズとギーシュは自分の愛馬に鞍を取り付けていた。まだ周囲には朝もやが立ち込めている。ルイズとギーシュが作業する音と、馬達の息遣いだけが木造の厩舎に響いていた。
 準備を終えて、各々の馬を外に連れ出したところでギーシュは怪訝そうにルイズを見た。
「一頭だけ? 彼の分はどうするんだ? まさか二人で乗るのかい?」
 彼、というのは言うまでもなくガッツのことだ。
「あいつはこないわ」
 短くルイズは言う。ギーシュは眉をひそめた。
「何故だい? 彼はこの任務の遂行にあたって大きな力になるだろう? 直接決闘した僕が言うのだから間違いはないよ」
「うるさいわね! 来ないと言ったら来ないのよ!!」
 ルイズは声を荒げてギーシュの言葉を遮った。なんだか物凄くご機嫌ナナメだ。明らかに顔が怒っている。
 ギーシュはそれ以上追求するのを止めた。気になるといえば気になるが、これ以上追求してもろくなことにならないのは目に見えている。触らぬ神にたたり無しだ。
「そうか…彼は来ないのか……ならばやはり僕の使い魔を連れて行かざるを得ない、というわけだね」
「はあ?」
 何やら得意気に薔薇を掲げるギーシュ。ルイズはギーシュの使い魔の姿を思い出す。
 確か、コイツの使い魔は―――――
「おいでヴェルダンデ!!」
 ギーシュの言葉と同時に地面が盛り上がり、一匹の巨大なもぐらが顔を出した。
 そう、ギーシュの使い魔は巨大なもぐら、ジャイアントモールだった。
「あぁもう相変わらず何て可愛いんだお前は!! おいでもうハグしちゃうから!!」
 ギーシュの熱い抱擁を受けてもぐらの鼻がヒクヒク動く。
 ルイズは呆れながら言った。
「あんた……これから私たちが行くのは『アルビオン』なのよ? もぐらなんて連れて行けるわけないじゃないの」
「そ、そんな…!」
 ギーシュががっくりと膝をつく。ルイズは付き合ってられないとばかりにギーシュに背を向けた。
 ずん、と音を立てて何かがルイズの背中に乗っかってきた。
「うぐぅ」
 突然の衝撃に耐えられず、ルイズはそのままうつぶせに倒されてしまった。
 何事かと顔を上げれば巨大もぐらが嬉しそうに鼻をヒクヒクさせている。
「ちょ、何…を…!?」
 ルイズの抗議などおかまいなしにヴェルダンデはもそもそと鼻でルイズの体をまさぐり始めた。
「や、ちょっと! こら…ひゃん!!」
 さすがに畜生なだけあって遠慮がない。ヴェルダンデは鼻でルイズのシャツを捲し上げるとそのまま中に進入し、くんかくんかと匂いをかぎ始めた。
「な、何かいでんのよぉ!! ギーシュゥ!! やめさせなさいよ何させてんのよエロガッパ!!」
「なッ!? 違う、違うぞ!? 僕がさせてるんじゃないからな!?」
 慌てて弁解しつつも決して止めようとはしないギーシュ。彼の目はヴェルダンデによってあらわにされたルイズのおへそや、時折スカートから覗くパンティに釘付けになっていた。
 シエスタとの騒動を経て、今の彼はちょっぴり性に対して敏感になっていた。
「や…! はッ……!! ちょ…んぅ!!」
 ヴェルダンデのけしからん鼻の動きに合わせてルイズの体が跳ねる。
「こ、こら、やめないかヴェルダンデぇ……」
 力なくギーシュは声を張り上げる。しかし力尽くでヴェルダンデを取り押さえることは出来ない。何故なら彼は張り上がった別の物を抑えるのに必死だったからだ。
 やがてヴェルダンデはひょっこりシャツから顔を出すと、今度はルイズの右手に鼻をすり寄せた。
 そこに光るルビーを見て、ギーシュはようやくヴェルダンデの行動を理解した。
「ルイズ、ヴェルダンデは君の持っているルビーが気になっていたらしい。その子は宝石が大好きなんだよ」
 はぁはぁと荒くなった息を抑えて、ルイズはとろんとした目つきでルビーに鼻を寄せてひくひくしている巨大もぐらを見つめる。
 はっと我に返るとすぐにもぐらの鼻先から右手を引いた。
「ちょっと! 姫様からの大事な預かり物なんだから汚さないでよ!!」
 ルイズは触れられてなるものかと、左手で指輪をつけた右手をかばう様に包みこんだ。
 しかし悲しいかなその行動はこのけだものにとって逆効果だった。また、ルイズが胸の前で手を合わせる格好になってしまっていたものだからタチが悪い。
 第2Rの開始だった。
「やぁ、ちょ、このけだもの、んぅ、うきゃああーーーーーー!!!!!!」
 ルイズの叫びが朝もやの中に溶ける。
 やっぱりギーシュは腰を引いているばっかりで、止めようとはしなかった。
 ふわり、とギーシュの前髪が揺れる。
「……風?」
 ギーシュがそう呟いたのと同時に、ルイズに圧し掛かっていたヴェルダンデがまるで見えない槌に殴られたかのように吹っ飛んだ。
「ヴェ、ヴェルダンデぇえええええええ!!!!!」
 ルイズの上から吹き飛ばされたヴェルダンデが二度、三度と跳ねて転がる。
 ギーシュは風が吹いてきた方向を睨みつけた。
 朝もやの中に、長身の男が立っていた。羽根帽子からこぼれる長い金髪がさらりと揺れる。
「貴ッ様ァ! 僕のかわいいヴェルダンデに何てことをするんだ!!」
 激昂したギーシュが薔薇の花を模した杖を取る。だが、ギーシュが杖を振るより早く、再び吹き荒れた風がギーシュの手から杖を吹き飛ばした。
「くっ…!?」
「落ち着きたまえ」
 男の凛とした声が響く。
「僕は敵ではない。姫殿下より君たちに同行することを命じられた、女王直属魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」
 ワルドと名乗ったその男は帽子を取ると優雅に会釈した。
「あのもぐらは君の使い魔かい? 悪いことをした。しかし、こちらもかわいい婚約者が悲鳴をあげているのを見て見ぬ振りはできなかった」
 ワルドは未だに倒れているルイズの傍にゆっくりと歩み寄り、その顔を覗き込んだ。
 ルイズも、その目をぱちくりさせてワルドの顔を見つめる。
 ワルドは優しく微笑んだ。
「久しぶりだね、僕の可愛いルイズ。立てるかい?」
 そう言って、優しく手を差し伸べてくる。夢の中の『彼』と目の前のワルドの姿が重なる。
 しばらく放心していたルイズだったが、やがて我に返ると頬を赤らめながらその手を取った。
 昔からの知り合いだというルイズとワルドは親しげに言葉を交わしている。ルイズの紹介を受けて、ギーシュとワルドは軽く挨拶を交わした。
 挨拶もそこそこに三人は早速出発する。
 盗賊などに出くわす可能性もあるので、早朝のうちになるべくアルビオンに近づいていたほうがいい、というワルドの意見だった。
 ワルドが指笛を吹くと、毛並みの立派なグリフォンが上空から威風堂々と降りてくる。
 ワルドは当然のようにルイズの手を引き、二人でグリフォンに跨った。
「ぼ、僕は…?」
「すまないねギーシュ君。このグリフォンは二人用なんだ」
 ワルドはおろおろして自分を指差すギーシュに爽やかな笑顔で言い放った。

 魔法学院の石造りの廊下にコツコツと足音が響く。
 たまたま早くに目が覚めて顔を洗いに出ていたキュルケは、ふと窓の外に目をやって足を止めた。
「あの桃髪は…ルイズ? ギーシュもいるわね。何やってんのかしら」
 窓に歩み寄って外の様子を注視する。
「ダーリンは……いないようね。あら、あの男は…」
 ルイズと共にグリフォンに跨る男に、キュルケは見覚えがあった。       ―――ギリ。
 確か、あの男はアンリエッタがこの学院を訪れたときに、アンリエッタの護衛として行列に参加していたはずだ。稀に見るいい男だったので、しっかりと記憶に留めている。
 そんな男が、何故こんな朝っぱらから学院にいるのだろう。さらに、ルイズとギーシュを引き連れてどこに行こうというのか。     ―――ギリギリギリ。
 キュルケは何やら事件の匂いを感じ取る。しかし、芽生えた興味はどうやら彼女を突き動かすまでには至らなかった。
「お邪魔虫がいない今がチャンスね。ダーリンにいっぱいアタックかけちゃお」
 彼女にとって何よりも優先すべきは己の恋だ。
 別にルイズがどこの誰と逢引しようが関係ない。興味はあるが、それだけだ。
 キュルケは部屋に戻ろうと窓から視線を外す。
 ―――ギリギリギリギリ!
「―――ってさっきからなんの音よ!!」
 先程から耳をつく不快音に、キュルケはたまらず後ろを振り向いた。
「ヒ―――!!」
 目の前に立ち昇る黒々とした負のオーラ。キュルケは思わずくぐもった悲鳴を漏らした。
 鬼のような形相で外を睨みつけるモンモランシーがそこにいた。
 ギリギリギリと、強くかみ締めた歯から音が漏れる。
「あのおっぱいメイドだけじゃなくって今度は『ゼロ』のルイズにまで……随分と守備範囲が広いのねぇ『性童』のギーシュゥウウ?」
 言われてみれば、グリフォンに乗った二人を馬に乗って追いかけるギーシュの姿は、捨てられた男が未練たらたらで女を追いかけているように見えなくもない。
「『あのメイドのことは誤解だよ! 僕には君だけさモンモランシー!!』……うふふふ、本当に……笑わせてくれるわ……ふふ…くふふ……」
 ケタケタとモンモランシーの肩が揺れる。
 モンモランシーの肩から立ち昇るオーラで廊下の向こう側が歪む。
 『香水』のモンモランシー。
 彼女から『死』の香りを感じ取ったキュルケは目を硬く閉じ、耳をふさぎながら駆け出した。
「私は何も見てない! 何も聞いてないわよぉ~~~!!!!」
 その叫びを聞きつけて何人かの生徒が部屋から顔を出したが、廊下に佇む羅刹の姿に気がつくと、即座に顔を引っ込めた。

 そんな風にルイズ達の旅立ちを見送っていたのはキュルケとモンモランシーだけではない。
 『偉大なる』オールド・オスマンもまた、学院長室の窓から三人の様子を微笑ましげに見つめていた。
「さて、ヴァリエール嬢は無事出発いたしましたぞ」
 窓から目を離し、くるりと向き直る。
「黒い剣士殿」
 その視線の先には悠然と佇むガッツの姿があった。
 ガッツの腰には今度は連れてきてもらったらしく、デルフリンガーがかけられている。
「こんな朝っぱらから呼び出して、何の用だ?」
「伝えておきたいことがありましてな」
 オスマンは窓から身を離すとガッツに椅子を勧めた。ガッツはその申し出は受けず、壁に背を預ける。
 オスマンは苦笑して椅子に深く腰掛けた。
 その足元をちょろちょろとネズミが駆け回る。オスマンの使い魔、モートソグニルだ。
 その背には実に楽しげにパックが跨っている。モートソグニルは迷惑そうにピキー!と一声鳴いた。
「何かわかったのか?」
「いえ、今回はあなたの世界のことではなく……どちらかといえば『こちら側』の話、あなたの左手のルーンの意味を伝えておこうとおきましてな」
 ガッツは言われて左手の鉄の義手に視線をやる。右手をドラゴンころしの柄にかけると淡くルーンが輝いた。
「意味……? 『使い魔の印』なんだろ、こいつは?」
「確かにその通りですが……それは『特別』なのですじゃ」
 オスマンはごほんと一つ咳払いをした。
「それは『ガンダールヴ』のルーン。あらゆる武器を使いこなし、始祖ブリミルを守ったといわれる伝説の使い魔の証」
「始祖……?」
 耳慣れぬ言葉にガッツは首を捻る。
 オスマンは始祖ブリミルについてかいつまんで説明した。
 ハルケギニアの全土で信仰の対象となっているという始祖ブリミル。ガッツはその説明を受けて鼻をならした。
「どこの世界にも『拝み屋』ってのはいるもんなんだな」
「ほっほっほ、拝み屋とはうまいこと言いなさる。しかし貴族の中には熱心な信者も多い。そのような不敬な物言いを聞かれたら面倒なことになりますぞ。お気をつけなされ」
 ワシはまったく気にしませんが、と付け加えてオスマンは大口を開けて笑う。
 ガッツは話の先を促した。
「それで、その『伝説の使い魔』のルーンとやらが何で俺についている? まさかルイズがその始祖様の生まれ変わりとか言うつもりか?」
「もしかしたらそういうこともあるのかもしれませんのう。いずれにしろ考えられるのはミス・ヴァリエールは『虚無』を継ぐ者である可能性が高いということですな」
 伝説の系統『虚無』。この世の全てを構成する最も小さな粒に干渉し、奇跡を起こす魔法。
 ガッツは一度だけ参加した授業でそんな風に説明されていたことを思い出した。
「でもルイズは魔法使えないじゃん」
 随分と走りまわされたのだろう、すっかりへばったモートソグニルの上でパックは言う。
 おそらくは、とオスマンは説明を続けた。
「使えないのではなく、扱う術を知らんのじゃ。何しろ始祖ブリミル以来虚無の使い手が現れた例はない。
このトリステイン魔法学院には、いや、おそらくはハルケギニア全土においても彼女に虚無の扱い方を教授出来る者がおらん。もしかするとこの学院での授業が逆に彼女の属性を歪めてしもうとるのかもわからん」
 オスマンは歯がゆそうに首を振った。
「しかし全てはあくまで可能性の話じゃ。ワシ等の仕事はミス・ヴァリエールが一人前のメイジになるまで見守ること。彼女について余計な手出しをする気はないし、させる気もない」
 一瞬、オスマンの目が鋭く光る。少しの沈黙が部屋に訪れた。
 ガッツが壁から背を離す。
「話は終わりか? なら行かせてもらうぜ」
 ドアへと歩みだそうとしたガッツの背中に、オスマンの柔らかな声が飛んだ。
「のう、黒い剣士殿。ミス・ヴァリエールのことを手伝ってやってはくれんか?」
 ガッツはぴたりと足を止める。それから顔だけをオスマンの方へ向けた。
「いや、ミス・ヴァリエールがこれから何をしようとしているのはワシャ知らん。あぁ、まったくもって知らんとも」
 オスマンはおどけるように肩をすくめる。このジジイ絶対知ってんな、とガッツは思った。
 とはいえ、さほど驚きはない。いくらなんでも昨夜のアンリエッタの訪問を『偉大なる』とまで称されるこの老人が気付かないわけはない。
 パックに噛み付いているネズミに盗み聞きさせたのかもしれないし、もしかしたらアンリエッタ本人から話を聞いたのかもしれない。
「先程も言うた通り、彼女は少しばかり『特別』じゃ。ガンダールヴの話はワシ等とコルベール君しか知らん。じゃがどこに目があり、耳があるかわからぬのが世の中というもの。
彼女がその力を利用しようとする誰かに狙われる可能性がない、とは言い切れぬ。とはいえ、下手に護衛をつけたりすれば彼女に何かあると宣伝して回るようなものじゃ。彼女のそばに最も自然に居れるのは使い魔である君なんじゃ」
 しかも、これほど心強い護衛は他におるまい? そう付け加えてオスマンは笑った。
 ガッツは今度は体ごとオスマンに向き直る。
「それは、また『取り引き』か?」
「いや――――老い先短い老人からの単なる『お願い』じゃ」
 オスマンは椅子から立ち上がるとにこりと目を細め、頭を下げた。
 シン―――……と静まりかえった部屋に、脳天に歯を突き立てられたパックの悲鳴だけが響く。
 ガッツはにやり、と笑った。
「なら――――聞く義理はねえな」
 ガッツは今度こそ振り返ることなくオスマンの部屋を後にした。

 部屋を出て廊下を歩くガッツの頭上をぱたぱたとパックが舞う。
「ちょっとガッツさん、それはあまりに冷たいと思います!」
「あん?」
「シールケの真似」
 ガッツの頭に着地して、ガッツの顔を覗き込む。ガッツはうっとうしそうに唇を曲げた。
「いいじゃんかちょっとくらいルイズを手伝ってあげたって。ガッツは見てないから知らないだろうけど、ルイズはオレたちのために毎日遅くまで勉強してるんだぞ?」
「俺達をこんな所に連れてきたのはあいつだ。そんくらいやって当然だろうが」
「いや~、それはさ~、あんな鏡に不用意に触れたオレたちにも責任はあるんじゃないの?」
「てめーがそれを言うか……」
 いっそ清々しいくらいに自分のことを棚にあげたパックの発言に、最早怒る気も沸いてこない。
「そ、悪いのはオレで、ルイズはそんなに悪くない。大体、今までの衣食住の恩を、たかだが一回盗賊退治に協力したぐらいで返したつもりかねチミは」
 パックの言うことは正論だ。確かに正論なのだが、この状況の元凶といえるこのクリキントンヘッドはどうしてこうも上から目線で物を言えるのか。
 だからガッツはとりあえず一回捻っておいた。
 まるでペットボトルのふたを開けるように首を捻られ、パックは蟹の様に口元から泡を迸らせる。
「き、きいたぜジョー……」
「誰だてめーわ。懲りたら少しは黙ってろ」
「でもさ~」
「黙んねーのかよ……」
 呆れるガッツにお構い無しにパックは言葉を続ける。
「そーいうの抜きにして、今回は一緒に付いていった方が良かったんじゃないの? ルイズ達が行くって行ってた『アルビオン』ってさ、ほら……」
 そう、アルビオン。その地名はガッツとパックが元いた世界にも存在する地名だった。
 ようやく見つけた元の世界との共通項。何か手がかりがあるかもしれない。
「だからこそ、だ」
 話しながらガッツはルイズの部屋の前にたどり着く。
「いずれそこには必ず行く。だが、余計な荷物を背負い込んで行くつもりはねえ」
 ドアノブを回して、押す。おや?と思い、今度は引く。

 ルイズ、顔を洗いに中庭の井戸へ。
       ↓
 ガッツ、ルイズの部屋に戻り、デルフリンガーを回収。
 ネズミのモートソグニルに導かれオスマンの部屋へ。
       ↓
 部屋に戻ってきたルイズ、準備を整え、しっかりと戸締りをして出発。
       ↓
 オスマンとの話を終えたガッツ、ルイズの部屋へ。  ←今ココ

 ガッツは思わず眉間を押さえる。べー、と舌を出すルイズの姿が脳裏に浮かんだ。
「し、締め出されよったぁーーーーー!!!!」
 ガッツの頭上で腹を抱えてパックが転げまわる。
 数秒後、物言わぬ肉の塊となったパックは鞄へと無造作に押し込まれた。


 まさかドアをぶち破って中に入るわけにもいかないので、ガッツはひとまずこれからの動きについて考えることにした。
 すぐにアルビオンに向かうにしても、情報を集めなければならない。そうすると誰に話を聞くかが問題になる。なにしろガッツはまだハルケギニアに来て日が浅い。頼れる人間は限られている。
 オスマン……はだめだ。見返りにルイズを手伝えという話になるのは目に見えている。となると次に浮かぶのはコルベールだが、もしかすると既に彼にもオスマンから話が通ってしまっているかもしれない。
 キュルケ、タバサ、シエスタ……あるいは、厨房の連中か? とガッツが頭を悩ませていると、デルフリンガーが鞘から刀身を覗かせてカタカタ揺れた。
「相棒、寝床の心配かい? なぁに心配はいらねえぜ! 俺がすげえいい場所を紹介してやるよ!!」
 少し的外れなデルフリンガーの言葉だったが、今後の寝床を確保しておくのは悪くない。
 二度とルイズの部屋を使えない可能性も無いとはいえないのだ。
 ガッツはデルフリンガーの案内にしたがって歩を進めた。
「相棒よぉ、ちょっと気になったんだが、相棒は何で嬢ちゃんの使い魔なんてやってんだ? さっきのじいさんやパックとのやり取りを見てたら望んでやってるってわけじゃなさそうだ。でも、契約の解除はしない。この辺が俺にはわからんのよ。あ、そこ右ね」
 指示通り角を曲がって階段を下りる。久しぶりに喋れるのが嬉しいのか、デルフリンガーは饒舌だった。
 無視してもお構い無しにデルフリンガーは喋り続けるので、遂にガッツも根負けしていくつかの質問には答えてやった。
 ルイズがガッツを元の世界に帰す努力をしている限り使い魔を引き受ける契約を結んだこと。
 また、ガッツ自身ルーンの力がどうしても必要なこと。もちろんその理由までは語らなかったが。
「なるほど。そういうことだったのかい。しかしそうするとあれだね、多分相棒はひとつ勘違いをしてるね。じゃないと相棒の行動の説明がつかないやね。あ、そこ左だ」
 言われて左に顔を向けるとそこはもう寮の出口だった。
「おいおい外に出るのか?」
「大丈夫大丈夫。出たらまた左に行ってくれ」
 朝日が外に出たガッツの顔を照らす。そろそろ他の生徒たちも起き出す時間だった。
 草を踏みしめ、歩く。今度はガッツのほうから口を開いた。
「……勘違いってなぁ、何だ」
「剣を握ると体が軽くなるだろう? 相棒はね、それを『使い魔になった特典』だと思ってるみたいだけど、違う。それじゃ認識が足りない。いいかい相棒、それは『嬢ちゃんの使い魔だけの特典』なのさ」
「……『ガンダールヴ』ってやつか?」
「そう、あらゆる武器を使いこなす、伝説の虚無の使い魔にだけ与えられた特殊能力。あれ、何で俺はこんなこと知ってんだろね?まあいいや。多分相棒はさ、例え嬢ちゃんと契約を解除してもまた別の奴と契約を結べばいいなんて考えてたんじゃないかい?」
 図星だった。ガッツは剣を握ったときに起こる身体能力の上昇を、全ての使い魔に共通して起こる現象だと考えていた。
 だからこそ、ガッツは今まで何らルイズにこだわってはいなかった。
「相棒、そこでストップだ」
 デルフリンガーの言葉に、ガッツは思いっきり顔をしかめる。そこは木々が立ち並ぶだけで、特に寝床になりそうなものは何も見当たらなかった。
 見回しているうちに気付く。そこはルイズの部屋の窓の真下に当たる部分だった。
「相棒、あの木の辺りに行ってくれ。右から三本目の」
 デルフリンガーの意図が掴めないが、とりあえずここまで来たからには最後まで指示の通りに動く。
 もしかしたら地下に続く秘密の階段なんかがあるのかもしれない。
「もし相棒がその力を望むなら」
 木の根元にはガッツの膝くらいまでの高さの低木が生い茂っていた。
 ガッツはその茂みを掻き分ける。
「相棒はあの娘っ子を守ってやんなきゃあならない」

 そこには、ルイズが窓から投げ捨てた包みが転がっていた。

 ガッツはその包みを拾い上げる。綺麗に包装された包みは、夜露に濡れてしまったのだろう、少し湿り気を帯びて茶色く薄汚れてしまっていた。
「見覚えあんだろう? 相棒のだ。開けてみな」
 あまりこういうことに頓着の無いガッツは包みを少し乱暴にびりびりと破く。
 中から現れたのは一枚の黒いシャツだった。
 機能性を重視しているらしく、無駄な装飾は一切無い。ただ、胸のところに申し訳程度に家紋のようなものが刺繍されているだけだ。
 相当いい生地を使っているのだろう。その手触りは極上だった。
「有り金全部使ったらしいよ」
 いつの間に復活したのかパックが鞄から顔を出してにひひと笑う。
「そりゃめんどくせえと思うぜ? 何せあの娘っ子はきゃんきゃん喚くし、すぐに手を出すし、色気もまったくない。でも―――」
 デルフリンガーもその鞘をカタカタと鳴らした。
 きっと、彼も笑っているのだ。

「――――けっこう、可愛いとこあんだろう?」



 ガッツはその言葉には答えない。
 ただ、いつものように「ケッ」と吐き捨てて―――――ほんの少し笑っただけだった。



 時間はほんの少し前後して――――
 港町『ラ・ロシェール』から南西に約20km。
 未だ日が差さぬ草原で、一台の馬車が襲われていた。
「お願いです! 娘は、娘だけはお助けください!!」
 肩と額から血を流した男が目の前にいる男に懇願する。
 懇願する男は身なりから察するに貴族。懇願されているのはぼさぼさの金髪を無造作に纏めた粗野な男。
 鉄製の胸当てを装備し、右手に剣を、左手に杖を持つその男は盗賊だった。
 金髪の盗賊は十人ほどの部下を従えている。その部下のうち数人が懇願する貴族の娘なのだろう、美しい娘を組み敷いていた。
 悲痛な娘の叫びを聞いて貴族の顔が歪む。
「頼む! 後生だ! やめてくれえ!!」
 涙を流しながら貴族の男は金髪の盗賊の足に縋り付いた。
 男の喉に盗賊の持っていた剣が飲み込まれる。
「うるせえよ、おめえ……」
 貴族の男は悲鳴を上げることも無く崩れ落ちた。
 金髪の男は二人の部下に声をかけると、共に馬車に乗り込み、一切合財を強奪し始めた。
「お頭ァ!! こりゃ大量ですぜ!!」
「宝の質もいい! これだからアルビオンの亡命貴族狩りはやめらんねえなぁ!!」
 二人の部下は歓喜に満ちた声を上げる。
 金髪の男は荷物の中から酒を見つけるとぐいぐいとそれをあおった。
「ふぅ……腰抜け野郎のくせにいい酒飲んでやがる」
「頭ァ、あの娘どうします?」
「楽しむのはかまわねえが、出来るだけ傷はつけんなよ。あれだけの上玉だ。高く売れる。傷つけちまったら捨てるしかねえからなあ」
「了解」
 馬車の外からは下卑た笑いと、父と、おそらくは恋人の名を泣き叫ぶ娘の声が聞こえてくる。
「極上のBGMだな」
 男はくつくつと笑い、再び酒を喉に流し込んだ。

 やがて朝日が昇り、その草原を照らす。
 そこに残っていたのは或る貴族の死体と、空っぽの馬車だけだった。

 盗賊の名は『鉄屑』のグリズネフ。
 悪逆と非道を何より好む『土』系統のスクウェア・メイジである。



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