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ゼロな提督-28 a


 東の空に朝日が昇る頃、一路南へ向けて飛ぶ風竜の一群があった。
 まだ夜もあけきらないうちに編成を終えて出立した風竜騎士隊だ。
 星と月の明かり、そして白み行く地平線からの僅かな陽光を頼りに、十数騎の竜騎兵は
一路飛び続ける。

 現在、城下には続々と騎士や傭兵が完全武装にて集結しつつある。
 姫亡命、アルビオン侵攻、ゲルマニアへの禅譲と、僅か十数時間で大きく変貌した現状
に、誰しも一時は混乱を隠しきれなかった。特に蚊帳の外に置かれた平民たちには寝耳に
水だ。国民の人気を一身に集めていた姫がトリステインを裏切った事実はすでに国中に知
れ渡り、士気の低下と指揮の混乱を招いた。街道は早くも逃亡する人々でごった返し始め
ていた。
 それでも、王宮がいち早く対応策を発表したこと、貴族達の意見統一も既になされてい
たこと、対アルビオン戦が一刻の野猶予もならないこと、そして、トリステインに虚無の
使い手が光臨したという神の奇跡と「地に平和を」との啓示。混乱は速やかに収拾されつ
つある。

 とはいえ、あまりに激変する事態に対応しきれず動けない者も多い。慌ててかき集めた
一般兵は、まだ2千程度。
 前日のうちに集結させていた魔法衛士隊と竜騎士隊のうち、斥候として風竜騎士隊が先
発してラ・ロシェールに行くよう命じられた。そしてその中にシルフィードに乗ったルイ
ズ・ヤン・ロングビル・シエスタ・タバサの姿があった。別の風竜には公爵夫人も乗り込
んでいる。
 ルイズの同行について公爵夫人とヤンは「トリステインの意思統一には虚無のカリスマ
が必要」と主張し、ルイズへは城に残るよう勧めた。だが「アルビオン艦隊が勝ち残った
ら『虚無』の力を使わないと倒せないじゃないのっ!」と、頑として同行の意思を曲げな
かった。
 平民で女性のシエスタだが、彼女はタルブが心配でいてもたってもいられなかった。竜
をも倒す銃を持っている事は中央広場の一件で知れ渡ってしまっていたので、同行を許さ
れた。

 そして朝日が昇りきり、夜の闇が昼の光へと置き換わった頃、風竜達は山間の町ラ・ロ
シェールを視界に収めた。いや、正しくは山の向こう、町があるはずの場所からあがる煙
や火の手を発見した。
 それは、撃沈され墜落した艦船の燃え上がる残骸。


 彼方の有様に目を向け、風竜を急がせようとする彼らの前に、ふわりと風竜が飛んでき
た。ギンヌメールの風竜だ。
 同僚の無事な姿を見つけて、疲労と緊張に囚われていた竜騎士隊の面々は表情を明るく
した。
「ギンヌメール殿!ご無事だったか!」
「戦況はっ!?艦隊はどうなったのだ!」
「町は!?あの火や煙は一体!?」
 彼方に見える港町へ向かおうとしていた竜騎士達は方向転換し、ギンヌメールのもとへ
と集まってくる。
 未だに昨日の疲れが抜けきれない竜騎士は、それでも空域に集まる竜騎士達の鼓膜を破
らんばかりの大声を張り上げた。

「アルビオン艦隊は・・・大損害を受け、撤退したっ!」
 刹那、空いっぱいに歓喜の叫びが響き渡った。



          第28話    黄昏から暁へ




 世界樹の桟橋には多くの艦が停泊していた。
 それらトリステインとゲルマニアの戦列艦は、大きく数を減らしていた。見えるだけで
も半分以下だ。一隻として無傷のものは無い。どれもこれも砲弾で大きく抉られ、焼け焦
げ、昔は艦だったというくらいにしか原型をとどめていないものもある。
 桟橋の下には沢山の人がいる。艦隊戦に勝利し、一息つくため降りてきた軍人たちのよ
うだ。恐らく艦や桟橋の中では水メイジ達による治療が急がれているだろう。よく見ると
桟橋入り口から大きな布袋に包まれたものが大事そうに運び出され、並べられている。葬
儀を待つ戦死者たちだ。
 街の方から沢山の人が駆けてくる。空海軍の人々は彼等から真実を聞き、仰天している
ことだろう。艦隊戦が終わった後で、命令書を届けたギンヌメールから禅譲案を聞き、目
を白黒させた様子が目に浮かぶ。


 斥候隊は公爵夫人の乗る竜を先頭に、桟橋の麓に着陸した。とたんに軍人達が彼等を取
り囲んだ。
「どういうことだ!姫は拐かされたのでは無かったのか!?」「我が国へ禅譲するというの
は真ですか!?一体、どうしてそうなるんですか!」「姫が亡命したなんて、嘘だろ?なぁ、
嘘なんだろ!?」「あの命令書、偽の情報で我が艦隊を利用したのか!?…い、いや、事情
は分かるし、あれが届いたから我等もトリステイン艦隊も助かったのだが…しかしこれは、
どうにも…」「ええい、とにかく城はどうなっているっ!」「皆落ち着け、とにかく一つず
つ確認しよう」
 公爵夫人は歴戦の軍人達に詰め寄られても怯むことなく、威厳を保って理路整然と昨日
の事態について語る。両国の軍人達は黙って、というより驚きのあまり声も出ない様子で
話を聞き続けた。

 そんな中、大慌てで世界樹の麓まで丘を駆け上ってくる男がいた。彼等は坂道を駆け上
りながら、大声で叫んだ。
「タッ!タルブの村に!アルビオン軍がぁッ!!」
 その言葉にシエスタの顔が蒼白になる。足が小刻みに震え、倒れそうになり、ヤンに寄
りかかってしまう。
 大声を上げながら駆け上ってきた人をルイズ達が取り囲んだ。
 シエスタがゼイゼイと肩で息する男にヨロヨロと近付く。
「タルブに…タルブにアルビオン軍が、来たんですか!?」
 息が切れて言葉にならず、ただ男は首をガクガクと上下に振る。
 シエスタも息を呑み、言葉を繋げられない。
 代わりにヤンが、それでも一筋の汗を流しながら尋ねる。
「それでタルブは、一体、どうなったのですか!?」
 汗を滝のようにしたたらせる男は、どうにか呼吸を整えて、やっとの事で応えた。たっ
た一言を。

「ぜ・・・ぜん、滅・・・」

 瞬間、ヤンはシルフィードへと駆けだした。
 ルイズもタバサもロングビルも、砕けそうな足で必死に大地を踏みしめるシエスタもシ
ルフィードへ飛び乗る。
 青く輝く鱗を朝日に煌めかせ、風竜は再び飛翔した。
 一路、タルブへ向けて。




 それは、確かに全滅だった。

 村のあちこちから、今も火の手が上がっている。
 死体が村のいたる所に野ざらしになったままだ。
 動く者の姿は無い。あれほど栄えていた村から、人影が消えた。
 村で一番大きい村長の家は、跡形もなくなっていた。


 そう、確かに村長の村は崩れ落ち、跡形もない。
 村に人影もない。
 火の手も煙も上がっている。
 死体だってあちこちに転がっている。


 シルフィードの背に乗る人々は、その光景に絶句していた。
 ルイズが、大きな目をまん丸に見開いて、呻くように呟く。
「・・・な・・・なな、なんなの・・・これ・・・」
 ロングビルも眼下の光景が信じられない。
「なんで、どうして、こんなことが・・・?」
 そう、確かに信じがたい光景だった。

 死体が村のあちこちに散らばっている。
 だが、村人の死体は一つもなかった。


 それら全てがマントを纏った軍人、アルビオンのメイジ達の死体だ。


 崩れた村長の家の跡には、真っ赤な鱗を自らの血に染めた竜の死体が横たわっている。
その頭は家屋の残骸に突っ込んで埋まっている。
 アルビオン軍人だけでなく、竜の死体もあちこちに横たわっていた。上空から見えるだ
けでも十以上。
 どうやら、竜騎兵は全滅したらしい。天下無双と言われたアルビオン竜騎兵が、エルフ
と並んで戦いたくない相手と言われる火竜と、それを操るメイジ達が、皆殺しにされてい
たのだ。


 シエスタの目が彼方を見つめる。その視線の先を力一杯指し示した。
「あれ!あっちです!草原ですっ!」
 彼女の指先の彼方、朝日に輝くタルブの草原。その中に、何か塊がある。
 どうやら人間、それも大人数が一塊になっているらしい。
「タバサさん、草原の方へ」
 ヤンに促されるまでもなく、タバサはシルフィードを草原へと向かわせていた。




「なあ、マッシュ…どうして黙ってたんだよ」
「何をだよ」
 アルビオン兵士達は草原に腰を降ろし、朝日を眺めていた。
「タルブが、こんなとんでもないメイジに守られてるだなんて、聞いてねえぞ」
 右頬に大きな切り傷を持つ、いかにも歴戦の戦士という感じな男に問いただされたマッ
シュは、忌々しげにぼやいた。
「んなもん知らねぇよ。俺はただワインの買い付けに来てただけなんだから。それに、そ
ん時は確かにメイジなんか見なかったぜ」
「よせよ、ジョナサン」
 背後にいた兵士に諫められ、ジョナサンと呼ばれた頬に傷ある戦死は舌打ちしてそっぽ
を向いた。
「確かにえらい目にあったけど、ちゃんと俺もマッシュもジョナサンもアンディも、四人
で今度も生き残れたじゃねえか。それだけでも喜ぼうぜ
 …おい、アンディ、どうした?」
「あ、いや、チャールズ…ほら、そっちの貴族様がよ…」
 アンディと呼ばれた男は視線を右に向ける。他の三人も彼の見ている先へ視線を移す。

 彼等の視線の先では、一人の貴族がなにやら必死にお祈りをしていた。
 そして、袖からこっそりと小さな杖を取り出す。
 その貴族を見ながら、四人はヒソヒソと呟きを交わす。


  へぇ、杖を隠し持ってたのか。放り出したのはダミーだったわけだ。
  しかもあの祈り方からすると…やる気か?
  らしいな。貴族の名誉を守るため、敵に一矢報いて死ぬつもりらしい。
  って…ちょっと待て。今あいつが魔法を使ったら、周りにいる奴も!

 四人は、一瞬顔を見合わせる。そして、その貴族から一気に飛び離れた。同様に他の兵
士達も一気に間を空ける。杖を隠していた貴族は一瞬で人垣の中に一人孤立する形になっ
た。
 それでも貴族は構わず杖を振り上げ、座り込む兵士達の外側に立つ人々へ火の玉を放と
うとする。

 閃光が走った。
 魔法を放とうとしたメイジのこめかみを、光が貫通した。

 次の瞬間、メイジは光が貫通して出来た穴から細い血飛沫をまき散らす。
 草の上に倒れ込み、数度ほど痙攣した後、動かなくなった。
 メイジの周囲にいる人々は、名誉のために死んだメイジへの祈りの言葉、無駄に死んだ
貴族への嘲笑、そして自分が巻き込まれなかった安堵の吐息を漏らした。


 タルブ草原には、数千人の兵士達がいる。アルビオン艦隊から降り立った陸戦隊が、草
原の中に一塊で座っていた。
 彼等の周囲には、鋤や鍬を構えた村人達と、槍と剣を持つ数十人の兵士。そして老メイ
ジがいる。タルブの村人と、結婚式に行かずアストン伯領に留まっていた兵士達、そして
アストン伯爵だった。
 アルビオン軍数千人を取り囲んでいるのは、松明の燃えかすが燻る草原にたむろしてい
る人々。一人の老メイジと、その部下である数十人の兵士、そして百人程度のタルブ村に
住む男達。数も見た目も、内戦をくぐり抜けた傭兵とメイジ達に太刀打ち出来るように見
えない。
 なのに、アルビオン兵は草原に座り込んで動かない。彼等の武具は、とっくの昔に放棄
させられていた。村の端、草原の畔には、彼等が投げ捨てさせられた剣・槍・鎧、そして
杖がうず高く積み上げられている。その周囲には村の女達が刃物やら棒やらを持って見張
りに付いている。

 村人達が、アストン伯爵に向かって口々に賞賛の言葉を投げかけた。
「いやはや、さすがは領主様ですだ。素晴らしいメイジをお連れ下さって、本当に助かり
ましただ」
「ほんにほんに!あーんな山の上から竜もメイジも皆殺しだなんて!」
「さすが伯爵様ですわね!私達は良い主君を持って、幸せですわ」
 褒め称えられたアストン伯は、非常に微妙な苦笑いを浮かべた。

 領主は山の方を見る。ブドウ畑が広がる山の斜面、山の上にはちらほらと、オレンジ色
の屋根と白い壁の民家が見える。
 さっきの光はブドウ畑の中から撃たれた、様に見えた。光るのは一瞬だったため、よく
わからない。それにブドウ畑の中に隠れて、誰が何をしているのか見えない。だが少なく
とも、あんな魔法は見た事も聞いた事も無い。当然、自分の手勢に、そんな正体不明のメ
イジなんかいない。
 だが伯爵とその手勢が到着した時、その光は竜を全て撃墜した後だった。今もアルビオ
ンの軍勢から士官のメイジ達を正確に殺している。

 ふと空を見上げると、数人の男女を乗せた一騎の風竜が領主の頭上を舞っていた。



「あー!いた、いました!みんな無事ですよー!」
 シエスタはアルビオン兵を包囲する村人達を発見し、大はしゃぎだ。
「・・・どうやって?」
 タバサがたった一言、疑問を口にする。確かに事情を知らない彼女には、一体どうして
アルビオン陸戦隊がこんな場所で降伏しているのか分からないだろう。
 だが、ヤンは知っていた。ルイズとロングビルも薄々予想がついた。タルブがどうして
レコン・キスタの襲撃を撃退する事が出来たのか。


 シルフィードがブドウ畑の上を通り過ぎる。その下、ブドウの木の間には、三人の人影
が草原の方へ向けて体を屈めている。三人揃って黒髪を持つ人影達はルイズ達に向けて手
を振った。


「じーちゃん、どうやら姉ちゃん達が、お城から来てくれたらしいね」
 ジュリアンは、隣にいた村長のワイズに安堵の声をかける
「やれやれ、これでようやく引っ込めるな。弾切れになる前でよかったよ。ほら、ジョル
ジュ。帰るぞ」
「そうだね、父さん。まだ軍隊は来てないけど、これを撃ってる姿を見られるとやっかい
だしね。
 ジュリアンも、一晩中よく頑張ったな」
「へへ、僕だってサヴァリッシュだもん。でも、やっぱりじーちゃんの腕が一番だね!」
 ジョルジュと呼ばれた男の手には、スコープの付いた荷電粒子ライフルが抱えられてい
た。それはオイゲン・サヴァリッシュが所持していた二丁の銃のうちの一つ、ヤンが先日
メンテナンスをしたライフルだ。


 竜騎兵の襲撃に気付いたサヴァリッシュ家の者達は、すぐにライフルを取り出した。飛
来してきた火竜と竜騎兵を尽く狙撃したのだ。赤い鱗を輝かす巨大な火竜も、魔法を詠唱
する騎士達も、引き金に指がかけられたライフルの前に姿を現した時点で、ただの的でし
かなかった。
 撃墜された竜騎士20騎の次は、草原から駆けてくる陸戦隊。遙か彼方から、偉そうな
マント姿の者から順に、次々と撃ち殺した。指揮者の大半がいなくなった陸戦隊は行動不
能に陥り進軍を止めた。
 陸戦隊を降下させた輸送船団では地上の有様に驚愕した。援護をしようにも武装が無い
し、メイジはみんな地上に降りてしまった。右往左往していたら、上空に艦隊戦に敗れた
アルビオン艦隊が敗走しているのが見えた。生き残っていた旗艦からの旗流信号で撤退を
告げられたが、桟橋がないので降下着陸が出来ず、陸戦隊を残して輸送艦隊も戦列艦と一
緒に逃げ出してしまった
 あとは駆けつけてきたアストン伯と部下達が、村人達と共に陸戦隊を武装解除させた。
草原の中で一晩中、松明を掲げて監視しながら城から軍が来るのを待っていたのだ。もち
ろんサヴァリッシュ家の男達、村長ワイズ・息子のジョルジュ・孫のジュリアンが交代で
ライフルを構え、夜を徹して不穏な動きを見せる兵士を見張り続けた。


 三人が手を振ったのを見て、シエスタはようやく頬をゆるめた。大きな溜息とともに、
肩から力が抜ける。
「よかったぁ~…父さんもお祖父ちゃんもジュリアンも、みんな無事だッたんだぁ」
「そのようだねぇ、はぁ、よかった」
 ヤンもヘナヘナと全身から力が抜けた。
 そんな彼等を乗せたシルフィードは、村と草原の間に着陸した。とたんにシエスタは飛
び降りて、村の人々との再会と互いの無事を喜び合った。





 昼前になり、ようやくラ・ロシェールから他の風竜隊と艦隊の士官達もタルブへ到着。
速やかにアルビオン兵は投降、捕虜となった。
 サヴァリッシュ家のライフルについては、村人達は完全にしらばっくれた。揃って「伯
爵様の所のメイジと思ってました」と言い張った。もちろんアストン伯も言を左右にし、
歯切れ悪く説明し、カリーナに詰問されてようやく「誰だったのか分かりません」と正直
に答えた。
 彼女は狙撃されたメイジ達や竜の死体を一瞥し、その傷口を確かめる。そして目を見開
き、ヤンとシエスタを睨み付けた。慌ててそっぽを向いて知らんぷりする二人に、公爵夫
人は何も言わなかった。



 草原の畔、木の下ででカリーヌは力なくうずくまり続けるアルビオン兵の集団を眺めて
いた。
 婦人の後ろに長剣を背負うヤンが歩いてきたのは気付いているはずだが、何も語ろうと
はしない。
「奥様、そろそろ城へ戻られた方が良いと思います」
 ヤンの言葉にも、彼女は何も答えない。ただ黙って捕虜達を眺めている。
「奥様…?」
 再びヤンが声をかける。
 カリーヌは、ゆっくりと呟いた。

「口惜しい…」

 その言葉に、ヤンも何も答えない。ただ次の言葉を待って立ち続ける。
「お前の持つ銃は、いや、お前と黒髪のメイドと、そしてこの村に隠されている銃は、ア
ルビオン軍を倒せる程の力を持っていたのですね」
 そのセリフに、ヤンは返答に窮する。
 しばしの間を空けて、ヤンはハッキリと明言した。
「そんな訳はありません。多少、ハルケギニアの銃より性能は上ですが、弾切れになれば
終わりです。それに戦艦は墜とせません」
 公爵夫人は肩越しに振り返る。その視線には普段の苛烈さが無かった。ただ寂しげで、
哀しげだった。
「その弾切れとやらを起こす前に、アルビオンのメイジは皆殺しにされた。メイジの魔法
は平民の銃に劣る、と証明されました」
「ハルケギニアの銃ではありません。遙か彼方、私の故郷の銃です」
「そうですね…お前の国と遠く離れていたから、我等メイジは貴族などと驕り高ぶり君臨
出来たのです。お前が魔法を使えぬ平民でありながら元帥になれたのも当然。魔法の有無
など無意味なのだから。
 お前は、貧弱な魔法をひけらかす我等が、さぞや滑稽であったでしょう?」

 ヤンは再び答えに窮する。
 今の公爵夫人に、どんな言葉をかければ良いものか。すぐには答えが出てこない。

 政治軍事方面以外には大して役に立ってくれない頭脳を巡らせて、どうにか答えらしき
ものを紡いだ。
「私の国には私の国の歴史と伝統と法があります。そしてハルケギニアにもハルケギニア
の歴史と伝統と法があるのです。どちらが上とか優れているとか、そういう事はないので
す。どちらも等しく正しいのです」
 今度はカリーヌが口を閉ざす。
 視線を草原に向けたまま、指揮官を失い雑兵の群れと化した兵士達、そして彼等を囲む
トリステイン軍人を見続ける。囲んでいる軍人の中に、緑やピンクの髪も見える。ロング
ビルとルイズも監視の輪に加わっていた。


 しばしの後、沈んだ声がそよ風に乗って届いてくる。
「歴史と伝統、ですか…。
 トリステインは伝統としきたりに固執し、ゆえに国力を年々低下させた。理由は簡単。
平民でも力あれば貴族になれるゲルマニア、シュヴァリエに叙勲されるガリア。両国へ平
民達が逃げ出したのです。人口それ自体が減少していたのですよ。それも知恵や力、何よ
り金がある平民ばかりが。
 あとに残るのは、本当に知恵も力も富もない、家畜として飼い慣らされた平民達。それ
を家畜と見下す傲慢で盲目な貴族達。我等はレコン・キスタに対抗する力を失ったため、
ゲルマニアとの同盟を画策し、失敗しました。そしてついには禅譲をせねばならなくなっ
たのです。
 歴史と伝統を盲信し、平民も貴族と共に国を担っていたという真実から目を逸らした我
等の無知蒙昧ゆえに、トリステインは滅んだのですよ」
 カリーヌは微笑んだ。自嘲と自虐に満ちた、自信の欠片も無い、力ない笑みだった。

 その言葉に、ヤンは慰めの言葉をかける事が出来ない。
 国家が永遠不滅ではない事は、ヤンの知る歴史上の事実だ。あらゆる国家が発生し、消
滅した。人類生誕から今まで延々と続いた国など無いのだ。それはハルケギニアでも同じ
だ。6千年続いたアルビオン王家は滅んだ。トリステインも遠からず独立国家ではなくな
る。
 季節が変われば服を着替える。同じように、時代が変われば歴史も伝統も法も、国も変
わる。単に、そのサイクルが人間の寿命より長いから、その事実を体感しにくいだけのこ
と。
 だが、それが厳然たる事実だからと言って、時代の流れに翻弄され傷ついた公爵夫人へ
冷たく事実のみを語るほど、ヤンは冷徹にはなれなかった。

 なんとか、彼は物事の明るい側面を婦人に照らす。
「新しい時代が来たなら、新しい生き方を探しましょう。皆で生きるって決めたんですか
ら。生きていれば、道は見つかるものです。
 僕もそうやって、何度も戦争に負けて、故郷の国だって滅んで、それでも生き残って来
たんです。そしてハルケギニアに召喚されて、過去を捨てて新しい人生を送る事にしたん
です」
 その言葉に、カリーヌは何かを思い出したように目を開いた。そして、まじまじとヤン
の顔を覗き込む。
「そういえば、お前は元の国では元帥で、軍最高司令官…という噂だったが、結局それは
真だったのですか?」
「ええ、その、まぁ…実は本当なんです。自分でも信じられませんが」

 ヤンは恥ずかしげに頭をボリボリと掻いてしまう。
 そんなヤンを公爵は、穴が開くのではないかというくらい見つめる。

「で…そんな過去を持つお前が娘の、ルイズの下着を洗ったり着替えをさせたりしていた
のですか?」
「ええ、その通りです」
 その言葉に、婦人は心から呆れたようだ。
「お前は…大人物なのか、プライドが無いのか、どっちなのですか?」
「どちらでもないですよ。郷に入りては郷に従え、というだけの話です」
 当然のように答えたヤンに、公爵夫人はキョトンとしてしまう。
 黙って話を聞いてたデルフリンガーが初めて口を挟んだ。
「無節操というか…少なくとも、貴族だ元帥だと威張り散らすなんて意味がないって良く
分かってるよな」

 再び、二人とも黙り込む。寝ぼけまなこと呆れかえった目が交差する。
 そして、公爵婦人はクスクスと笑い出した。心から楽しげに、少女のように素直に。
 ヤンはヤンで、照れ隠しにやっぱり頭を掻いてしまう。


 ひとしきり笑った元マンティコア隊隊長は、コホンと小さく咳払いしてヤンに向き直っ
た。
「ところで、話は変わるのですが…枢機卿はいずれにせよ、失脚を免れないでしょう」
「そうでしょうね」
「代わりに新しく宰相なり大臣なりが任命されると思います。そこでお前を、その補佐官
か参謀に推挙しようと思います」
 その言葉に、ヤンは少し困った顔をする。
 そしてカリーヌへ頭を下げた。
「奥様、もし出来ますなら、私をこのままルイズ様の執事として置いて頂けませんか?」

 カリーヌは、今度こそ目を大きく見開いた。ヤンの言葉が信じられないかのように、絶
句している。

「お前ほどの者が、ただの執事に甘んじたい…そういうのですか?」
「はい」
「何故ですか?お前ほどの知恵者なら、アルブレヒト三世とて右腕として欲しようという
のに」
 彼はやれやれ…といった感じで肩をすくめる。
「僕は、もう戦争なんて懲り懲りなんです。権力争いも政治闘争もまっぴらです。僕の夢
は、お酒を飲みながら歴史の本を読んでのんびり過ごす事なんですよ。年金で生活しなが
ら」

 婦人は、今度こそ本当に心から呆れた。
 アルビオン艦隊を手紙一枚で追い返し、ハルケギニアを戦乱から救わんとする英傑が、
娘の執事で良いという。もしかしてルイズの『虚無』を狙って…とも疑ったが、そんな素
振りは全く見えない。
「おいおい、欲がねーにも程があんだろ!おでれーたなぁ」
「構わないさ。やっぱり僕には政治とか戦争なんて似合ってないんだから」
「でもよ~、おめーにそんなノンビリされてっと、剣としての俺の立場が」
「大丈夫!毎日綺麗に磨いてあげるからね」
「…いらねぇよ」

 カリーヌはデルフリンガーと楽しげに話すヤンを睨み付け、上から下まで観察し、これ
まで彼の言動を思い返して、とうとう観念した。公爵夫人がヤンに頭を下げたのだ。
「分かりました。これからもルイズの事を、いえ、ヴァリエール家共々、よろしくお願い
します」
「はい。私で良ければ、こちらこそよろしくお願い致します」
 そして公爵夫人はヤンを引き連れて、村の方へと戻っていく。

 彼女は村の貴族向け宿を仮の司令室として、風竜隊やアストン伯へ命令を飛ばす。ラ・
ロシェールと城への連絡、捕虜の監視など、矢継ぎ早に指示を飛ばした。
 村人達も死体や崩れた家屋の後かたづけ、捕虜の監視に忙しい。なにより、崩れた村長
の家からサヴァリッシュの書を回収する事に。




 日が傾き始めた頃、ようやく作業は一息ついた。
 近隣に残っていたメイジや兵士なども集まり、捕虜も完全に抵抗の意思を無くし、あと
は本隊の到着と、連行なり引き渡しなりの処理を待つだけだ。

 ヤンはデルフリンガーを背負ったまま、ふらりと散歩に出かけた。ブドウ畑が広がる山
の斜面をゆっくりと登り、村と草原が見える所まで来て一息ついた。地面に腰を降ろし、
ブドウ畑の間でひっくり返って空を見上げる。
 白くて大きな雲、澄んだ青い空。雲の彼方には宇宙、自分が人生の大半を過ごした真空
の世界。もうあそこに戻る事もないな…と、ぼんやりと思う。
 横に置かれたデルフリンガーも何も言わない。ただボンヤリと、静かに空を見上げ続け
る。



「まーた、こんな所で黄昏て」
 ロングビルの声が降ってきた。
 声の方を見ると、ちょうど緑の髪を風になびかせて降り立った所だった。『フライ』で探
していたのだろう。
「もしかして、また僕が呼ばれる様な事が起きたかい?」
「それはないけどね。ルイズだってあんたを探してたよ。勝手にどこか行っちゃうのはよ
しておくれよ」
「そっか、そうだね。ゴメン」
 ロングビルは、ヤンの横に腰を降ろす。
 そして身を屈め、彼の上に体を被せる。
「ホントに、どこにも行っちゃ、やだぜ」
 ロングビルはヤンの唇と自分の唇を軽く重ねる。
 そしてヤンの首に腕を回す。 
「おいおい、まだ日は高いよ。こんなところで・・・」
「だってぇ、村に帰ったら忙しくなるし、人も多いじゃないかぁ」
 甘い声で囁くロングビルは、構わずヤンの服のボタンに手をかけた。


 あー!見つけたーっ!


 いきなり空からルイズの叫び声が降ってきた。
 上半身裸のヤンと、既にキャミソールも脱ごうとしていたロングビルが、慌てて空を見
上げる。
 ブドウの木の間から、着陸するシルフィードと、飛び降りてくるルイズとシエスタの姿
が見えた。
「げぇ!シエスタ!なんて野暮なんだい!?」
「うわ、ルイズも、なんでいきなり!」
 二人とも闖入者に驚き、急いで服を着直そうとする。
 が、急な事に手元が覚束無いヤンの首にルイズが飛びついた。
「ちょっとー!何やってんのよ、こんな時に!あんた私の執事としての自覚無いの!?」
 駆けてきたシエスタもヤンの体に抱きついた。ズボンしか身につけていなかったので、
上半身の素肌にシエスタの大きな胸が押しつけられてしまう。
「ひっ酷いです!あたしだって、あたしだって!ヤンさんのために、ヴィンドボナで計画
を色々立ててたのに!ゲルマニアではあたしの番だと思ってたんですよぉっ!」

 一瞬、ロングビルとどっちが大きいか、という思考が駆け抜けたのは、彼が木石であら
ぬゆえ。

「ちょちょちょっ!ちょっと待って!二人とも、いきなり何をというか、あんというか、
その、あの!」
 さてこれから男女の秘め事を…という所へ突然の乱入。しかもシエスタの方は、明らか
に自分との関係を迫って抱きついている。
 こんな事態への対処法は、彼の脳内には無い。
 彼は、考えてみると不思議だった。人類の歴史は男女の歴史。なのに、歴史を学んだ彼
に、男女交際についての知識がないなんて…と。無論その思考は現実逃避の類、という自
覚もあったが。

 そんなわけでヤンは、生きながらにして天国と地獄を味わっていた。

 対するロングビルは地獄のみを味わっていた。特にシエスタに対して地獄の悪魔を見る
かのような視線だ。
「ちょっとシエスタ!あんた、どういうつもりだい!?」
「どうもこうも無いです!ヤンさんを独り占めなんて許しません!」
「なにを言ってンだぁ!独り占めも何も、ヤンはあたしの事が好きなんだよ!」
「ふーんだ!だったら、あたしは二番目で良いです!」

 シエスタの愛人・妾・二号宣言。
 ロングビルはおろか、ヤンもルイズも目が点になった。

 ワナワナと震えるロングビル。煉獄の炎を宿すかのような目が、未だにオタオタしてい
る恋人に向けられた。
「…ヤン」
「…は、はい…」
 いつも半開きだった目は、彼の生涯無かったであろうくらいまで見開かれていた。
「この泥棒ネコに、ハッキリ言ってあげなよ」
「な、にを、でしょう、か?」
 彼は中央検察庁で謀殺されかかった時より、『レダⅡ』号で暗殺された時よりも、フレデ
リカにプロポーズした時よりも、遙かに怖かった。
 何故なら、ロングビルが微笑んだから。
「あんたなんか、お呼びじゃない…て、言ってあげな」
 彼女のニッコリとした笑顔が、心の底から怖かった。

 で、彼はシエスタの方を見る。
 潤んだ黒い瞳が自分を見上げている。いつも元気で明るくて、召喚されてからずっと自
分を見守り、支えてくれた少女。今も自分へ必死で縋り付き、健気に自分への想いを告白
しているのだ。
 そんな彼女を傷つけるような言葉、彼にはとても口に出来なかった。
 あ~う~、と無様に口ごもる。

 そんな彼の優柔不断な姿は、ロングビルの逆鱗に触れるには十分だった。
 ゆっくりと緑の髪が、重力の軛を逃れたかのように逆巻き始める。

「もうっ!あんた達、いい加減にしてよっ!」
 ルイズがヤンの首を引っ張り、強引にシエスタから執事をもぎ取った。
 その小さな体のどこにこれだけのパワーが、と思うくらいにヤンは首が痛かった。
「ヤンは誰が恋人とか愛人とか言う前に、あ・た・し・の!執事なの!そんでもって、あ
たしの大事な、先生なの!
 あんた達の勝手になんかさせないんだから!」
 そういって、ヤンに力の限り抱きつく。ただし、首に抱きついていたので、ヤンは窒息
しかけていた。横に置かれた長剣が「おーい、息出来ねーってば。おーい!」と声をかけ
ているのも聞こえないらしい。
 人間の死に方で一番苦しいのは窒息だっていうのは本当だ…と、朧気になりつつある意
識の中でヤンは納得していた。

「いい加減にするのはルイズさんです!ヤンさん死にかけですってばっ!」
 と言って今度はシエスタがヤンの体を奪い返した。そして、
「大丈夫ですか!?今、人工呼吸を…」
 と言って、思いっきりヤンの唇を奪った。
「ぎゃー!ヤンを返しなさーいッ!」「な、ナニしてんだあんたはー!」
 ルイズとロングビルは悲鳴を上げ、二人してシエスタからヤンをもぎ取ろうとする。哀
れ、ヤンは三人の女に引き裂かれつつあった。
 デルフリンガーが仲裁の言葉を発しているらしかったが、誰にも聞こえていなかった。

「きゅ、きゅい…やっぱり人間って凄いのね」
「黙って。監視出来ない」
 シルフィードとタバサは、やっぱりブドウ畑の中に身を隠して、ヤンの監視任務を忠実
に実行していた。シルフィードの巨体がブドウ畑の中に隠れるのかどうか、は別として。





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