あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

Fatal fuly―Mark of the zero―-01


 したたかに身体を打ち付ける雨の雫を物ともせず、一人の青年が傘も差さずにサウスタウンにあるスラム街の一角を彷徨っていた。
 スラムが放つ独特のすえた臭いに顔をしかめながら、青年はうわ言の様に呟きを漏らして歩みを進める。

「……どこだよ……あの野郎……勝手に消えちまいやがって……」

 さながら幽鬼の如き様相の青年は、濡れてへばりついた前髪をかき上げて、曇天の空を仰いだ。
 キングオブファイターズに優勝した後、自身の母についての手がかりとなり得る、自らを叔父と名乗った男に付いて、その屋敷に逗留し始めたのが今から三ヶ月程前の事であった。
 未だ生きていると言う母、そしてそれにまつわる謎が解けると思っていたにも関わらず、いくら問い詰めても時が来るまで待ての一点張り。
 そんな中、男が消息を絶ったのが二ヶ月前。何も告げずに消えた男を、その部下達が必死に行方の捜索をしたものの、結局手がかりすら見つからずじまい。
 今でも大掛かりな捜索は続けられているが、青年にはそれが当てになるものと思えなかった。
 こうしてスラムを歩いているのは、自分なりに男の行方を追っているからである。最も、たかだか一人では有用な情報など得がたい物がある。ただ、身体を動かしていないと不安で仕方が無いだけなのかもしれない。
 そんな中、青年が辿り着いた先は、いつぞや養父とよく遊んだバスケットのコートであった。
 ゴールの老朽化が進んだと言う理由で打ち捨てられたそのコートの真ん中に立ち、青年は俯き物思いに耽る。
 自分に生き方を教えてくれた、兄であり父であった彼を思うと、未だに罪悪感が浮かぶ。
 弄ぶ様に掌から気で編み上げた青白い光を放ち、無造作にそれを振り払う。

「テリー、あんたなら……どうする?」

 行き場の見当たらぬ自分にとって、心の拠り所は彼だけであった。
 だが、全てを清算するまでは戻らぬと誓ったのも事実。安易に頼るわけにはいかない。やり切れぬ思いを抱え、青年は拳を握り締めた。
 そうして顔を上げ、再び歩き出す。
 水をたっぷりと吸ったジャケットが、やけに重く感じた。
 どこかで休もうか? そう思い、雨を凌げる場所を目指して歩調を速めた青年。
 そんな彼が、妙な気配を感じて目を路地の隅にやると、ふとスラムには不似合いな、豪奢な装いの鏡が壁に立てかけられてある事に気が付いた。

「何だよこれ」

 このうらぶれたスラム街に、埃っ気の一切感じられない鏡が、ぽつんと佇んでいるとは、あまりにもおかしな話だ。
 よくよく見れば、とてつもなく豪奢なだけでなく、奇妙な物であると分かる。
 ちょっとした好奇心に駆られ、おずおずとそれに歩み寄った青年がそれに触れると、彼の手から先ほど発したものとは比べ物にならない大きさの気があふれ出した。

「――な、んだこれっ……血が、血が騒ぎやがる……っ!」

 彼の身体に流れる暗黒の血、時に制御しきれずに暴走しかけるそれが、鏡に触れた途端に大きな揺らぎを見せた。
 背中に青白い翼を作り、溢れ出した気をそこから放出しながら再び鏡を見る。
 そこで気が付いた。鏡と思っていたそれには、自身の姿が映っていないのだ。
 そして、何故かそこから目が離せない事にも気付く。
 一体どうした事かと思いながら、青年は再びその鏡に手を伸ばした。
 先ほどの件もあるのに、何故こうも無警戒に手を出すか、自身でもはかり切れぬ。
 強いて言うならば、不自然な血の滾りが、身体を突き動かしたのだろう。

「――――っ!?」

 手に伝わると思った、固体の感触は無く、差し伸ばした手はするりと鏡と思しき物体に飲み込まれた。
 竦みそうになった身を、空いた手で支え、青年は目を細めて飲み込まれた手の先を睨む。
 何故だろうか、どうしてもその先にある物が気にかかって仕方がない。
 意を決して、手だけでなく身体をその中に投げた。鏡らしき物の中に入った途端、視界が暗黒に染まり、再び身体の血が疼き始めた。
 しかし、遥か向こう側に小さな光が灯っているのも見える。

 ――引き返すか、進むか。

 自身の中で生まれた選択肢を決めるのに、数秒とかからなかった。
 忌むべき自身の血が、進めと囁くのだ。その向こうに、自らの叔父の姿を幻視した為もある。

「……血の導きってか? くそったれ」

 そして、彼は光に向かって一歩を踏み出した。

 学院の廊下を、顔を真っ赤に染めながら歩く男女が二人。
 一人はこの学院で良く見かける制服姿の少女であり、一人は、先日使い魔として呼び出された青年だった。
 その時の騒動から、学院内では少しばかり、二人の事が有名になりつつあった。
 そんな二人が何故顔を赤くしているのかと問われれば、昨夜から今朝方にかけての出来事が原因だろう。
 今朝といっても、それほどの大事件ではない。
 むしろほほえましいといえるような事であった。
 ハルケギニアでは寝巻きといえばネグリジェが主であって、精々がその下に下着を履く程度。
 胸を覆うものはないし、人によればネグリジェだけ、というのも多々あることだ。
 異世界から呼び出されたこの青年にしてみれば、今まで女性と縁遠い生活だった上に
 喧々囂々の口論の末、とりあえず寝ようかという時になっていきなりそのような姿になるのだから大慌ても良いところである。
 そこから更に口論が巻き起こるのだが、しかし顔を真っ赤にして、女性が肌を露出するのはいけない、や
 男性がいるというのに恥ずかしくないのか、など、口論というよりは既に説得の域へと達した青年のしどろもどろの言葉の末
 とうとう普段平気であったはずの姿に、少女が違和感を持ち始め、恥ずかしがるようになってしまったのだ。
 しかし今までの習慣を簡単に覆す事などできようはずもなく、朝になって、互いに毛布を被りながらもそもそと着替えるという珍事が発生したのだった。

「……何よ、ロック」
「いや、その……ごめん。ルイズ」

 廊下を歩き続ける二人。
 昨夜、眠る前の口論と騒動の末、とりあえずの協定として、不必要に逆らわない(青年――ロックにとってはこれでも不満なのだが)代わりに、互いを名前で呼ぶことと定めたらしい二人。
 ご主人様などと呼ぶのはどうしてもロックにとっては許容出来ない事柄だったのだ。
 しかし、今は素直にルイズを無遠慮な視線で見つめてしまった事を謝罪するロック。
 どうにもお互いに、口論の中のルイズの服装と意識に関する出来事が抜け切らない。
 とはいえ、恥ずかしくても腹は減るし、空腹になっては頭も働かない。
 ならばという事で、一応は食事を恵んであげようと食堂へ向かう二人なのであったが
 しかしながら、貴族の集まる場において、ロックの格好は不細工に過ぎた。
 ジャケットに、へそを出すようなシャツ。デニム生地は恐らくそれなりに値が張ったのだろうが、ハルケギニアでは作業着にしかならない。
 しかし、元よりスラム街では目立つ美顔だったロックは、種類こそ違えど奇異の視線には慣れている。
 雨の中でさ迷っていたからか、呼び出されてから何も食べていないからか、食堂の前で良い匂いがロックの忘れていた空腹感を刺激した。
 どのような料理が出てくるのか。
 少しだけ、楽しみだとロックがルイズに呟いた。
 微妙な表情をして、少女が笑ったような、しかし少しだけ困ったような顔を見せる。
 かつて、養父が飼っていた猿にいたずらとして置いた辛子入りバナナを、プレゼントとして与えられたときのような、それにどう答えてよいのかと悩むような様子にも似ていた。


 すぐさま、その答えは知れた。
 出てきた料理は、スラムの教会でももう少し良い施しは受けられるというような粗末なパンとスープ。
 お情けとばかりに浮かぶ肉片と、鳥の皮が無性に涙を誘う代物であった。
 流石にこれは食べられないと抗議しようかと思ったロックであったが、それは流石に男の意地というものがある。
 使い魔とはいわれたが、これでは本当に首輪をつけられたようではないか。
 余り物でも貰ってくるとロックは立ち上がり、ルイズに伝えた。
 ふと、ルイズが複雑な顔をしたのを見たロックだったが、しかし、それを余り考えずに厨房へと向かう。

 厨房ではコックやメイドがあわただしく働いていたものの、事情さえ説明すれば、はねつけられるという事はなかった。
 食堂での賄いを用意してやろうかともいわれたが、そもそも人に恵んでもらうという事を、ロックは余り好まなかった。
 それは自身の宿命にも寄るものだったのだろうが、それをたかだか料理する事で喋るほど安っぽいものでもない。

 作り上げたものは、ベーコン、余りもののチキン、更にサラダなどをトーストしたパンで挟んだ特製のクラブハウスサンド。
 養父に良く作ったものだが、適当に作るとこのようなものが出来てしまうとは、未練があるのかな、などと呟くロック。
 さて、では作り上げたものをガブリと噛み付こうかと思ったが――そこで、ふと、先ほどのルイズの顔を思い出した。
 何故思い出したのか、などとはよくわからないが、コリコリと、頭を掻くと、ロックは作ったサンドを皿に載せた。


 ルイズは食卓で暗い雰囲気を纏っていた。
 美味なはずの朝食も、粘土か水を食べているように味気がない。
 と、横の椅子に誰かが座る気配がして、そちらを向くと、先ほど自分から離れていったロックが座っている。

「…………何よ」
「いや……何となく、さ」

 それだけを呟いて、ロックが自作のサンドイッチを食べる。
 それが何となく美味しそうに見えて、ルイズがそれを強請ってみた。
 ロックが渋々渡し、ルイズがぱくつく姿は――久方ぶりに、自分が作った料理を誰かに食べてもらえるという喜びをロックに感じさせたのだった。

「ロック。お茶でも淹れて頂戴」

 自室の椅子に座るルイズがそう言ったのは、次の授業まで後十分という時刻にさしかかってからだった。

「無茶言わないでくれ、ルイズ。おまえは遅刻みたいなのをしないのが美徳だったんだろ?」
「そうは言ってもね……はぁ」
「そういや、次はあのギトーって嫌味ったらしいおっさんの授業だったっけ。そりゃ茶でも飲んで気を落ち着かせたくはあるよな」
「そうなのよ」
「だけど時間はねぇな」
「分かってて言ったの」
「勘弁してくれ」

 既にロックがルイズに召喚されてから一週間が過ぎていた。
 初めこそ女性に慣れぬロックは、ルイズとの距離感に四苦八苦していたものだが、その性質を短時間ではあるが把握していく内、こうして砕けたやり取りも可能になっていた。
 今では一日の食事の間に一度はロックの料理をせがむルイズの姿がある。高貴な人間があのチープな味わいを好むとは、世の中分からぬものだ。最も、住む世界が文字通り違えば分からぬ話でもないが。
 ――まるでテリーの相手でもしてるみたいだ。
 かつてのぐーたら養父の姿を思い返し、くくっ、とロックは笑いを噛み殺した。世話が焼けるという意味ではあれに輪をかけているのだが、身に染みた習慣のせいか、それが嫌だとは思えぬのだ。

「何よ、その顔」
「いや、何でもないさ」

 言いながらロックはたたんでいた彼女の予備の制服をクローゼットにしまった。
 女性服の扱いにも慣れてしまったものだ。
 ふと時刻を確かめると、茶を淹れるどころか教室までの移動時間でいっぱいいっぱいという頃合になっている。ルイズも同様にしていたのか、すっく、と立ち上がると教科書の詰まった鞄を小脇に抱えてロックに言った。

「さて、気乗りしないけど、行きましょうか、ロック」
「ああ」

     ※

 教室に辿り着くと、相も変わらず奇異の視線がルイズとロックに突き刺さった。
 これにも慣れっこになってしまった二人である。ルイズとしてはいまだに平民を呼び出したという謗りを気にしている部分はあるのだが、ロックにとっては元よりそんな事はどうでも良かった。
 いずれは元の世界に帰り、全てにケリを着ける。それまでの寄り道にしては、好奇心を満たすものが多くあり、退屈はしない。
 そう言えば、錬金やフライといった魔法には随分と驚いたものであった。逆に攻撃系の魔法には特別な感慨はなかったのだが、それはここの生徒にとっては知る所ではない。
 しかし、流石にルイズの失敗魔法に関しては感嘆を評していた。いつぞやそれを体感した時、素直に「すげぇな」と言って涙目で彼女に殴りかかられたのは、彼にとって笑い話の一つだ。攻撃として捉えればあれ程恐ろしいものはないのに。
 いつも通り、ルイズとロックは並んで座ると、教師であるギトーの登場を何を言うでもなく待った。隣でいつもの如く小太りの少年がルイズ達に陰口を言っているのだが、そんなものは唾棄すべきことである。

「では授業を始める」

 数分と経たずに教室へと入ってきた教師ギトーは、厳かな声で教壇に立って言った。
 何度か見た顔ではあるのだが、ロックにとって彼は特別に気に食わぬ男として記憶している。
 長い黒髪に漆黒のマント。若くはあろうが、その陰鬱な佇まいは不気味だし、何より無闇やたらに自慢をするのが何より気に入らない。『疾風』という二つ名がそれを助長するのは、実父に対する捻じ曲がった情のせいか。

「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」

 唐突に言い放ったギトーに対し、キュルケは「虚無じゃないんですか?」としれっと答えた。これがギトーに対して気に入らぬ答えだというのは、教室にいる誰もが知っている事であった。

「そんな伝説の話などしているわけではない。現実的な答えを聞きたいのだがね?」

 その物言いにかちんときたのはキュルケだけではない。当事者でもないロックの胸も、やけにむかむかしていた。いちいち言い方がひっかかるのだ。

「それならば火に決まってますわ」
「ほほう、どうしてそう思うね?」
「すべてを燃やしつくせるのは炎と情熱。そうじゃございませんこと?」
「残念ながらそうではない」

 一連のやり取りを見ながらロックはあからさまに「ハッ」と鼻を鳴らして見せた。最も、一平民として受け止められている以上、彼の振る舞いに対し気を留める者はいない。強いて言うなら、ルイズが「何やってんのよ、もう!」と小声でわき腹を突付いてくるくらいだ。
 ギトーが腰の杖を抜き放ったのを見て、ロックはもう一度鼻を鳴らした。
 茶番もここまで来ると笑いしか呼ばない。既に魔法についてある程度の見識を得ている以上、彼が何をしようとしているのかの検討はつく。
 キュルケに対し、本気で火の魔法を放って来いというギトーの姿を見る。
 自信が無ければする事ではない。教え子が相手なのだから、自信があって当然ではあると思うものの、やはり苛立ちが募る。
 ――あんなもんが教育者って奴かよ。
 満足にスクールにも通った事の無いロックではあるが、あれが人に物を教える態度ではないという事は理解出来た。
 ただ、自身の苦手なあのキュルケという女性(女性に多少の免疫が出来たとはいえ、あれに迫られると困る)の腕前が気になってしまった為、彼は事を静観することにしていた。
 いくらかの会話の後、一メートル(この世界ではメートルをメイルと呼ぶらしい)程の火球を作り出したキュルケに、ロックは内心舌を巻いていた。
 火を使うというので真っ先に思い浮かぶのは、昔馴染みのテコンドー使いであるジェイファンという男である。気の力で炎を生み出し、それを蹴撃に乗せるのには随分と手を焼かされた記憶があった。
 それに勝るとも劣らぬ炎は、一直線にギトーの元へと飛んで行く。
 その炎を避けるでも受ようとするでもなく、ギトーは杖を剣の如く振りかざした。そこから生まれた烈風を見た瞬間、ロックは弾ける様に席を立ち、キュルケの前へと飛び出していた。

「ロック!?」

 ルイズの声が背後からかかるが、気に留めている暇はない。
 キュルケの前に立つ頃には炎は消え失せ、勢いのあまり余った風の波がこちらへと向かっていた。人を吹き飛ばすには充分すぎるものだ。
 ロックはそれを承知で立ち塞がり、その右手を地面を掬い上げる様にして振った。

「烈風拳!」


 裂帛の気合と共に彼の手から放たれたのは、気の力によって編み上げられた目視可能の青白き風。それが唸りを上げて向かい来る烈風の余波を受け止めた。
 ぶつかり合ったそれらはほんの一瞬の内に霧散する。

「「………………」」

 その情景に、教室にいる全ての者が言葉を失っていた。

「その、大丈夫か?」

 静まり返った教室の中、キュルケの前に立っていたロックは振り返ると、伏目がちでキュルケに言った。あまりに女性を強調した服装の彼女と正面から向き合うのは、まだ彼には難しい様だ。
 そんなロックに対してキュルケが向けているのはどんぐりの如きまんまる目であった。それを受け、ロックは不思議そうに首を傾げる。

「え、と、うん。大丈夫だけど……」
「そりゃ良かった」

 歯切れの悪い言葉ではあったが、返されるとロックは腕で額を拭い上げ、一息ついた。そう言えばまともに気功を使ったのは久しぶりな気がする。先程の烈風拳はあくまであの風を打ち消す為だけに放ったものであったが、それでも随分と気の錬度が落ちていた。
 情けないな、と自嘲の溜息を吐くと、今度は教壇でキュルケと同じく目を丸くしているギトーへと視線を移した。そして、その端整な顔つきを歪める。

「やり過ぎだろ、あんた。物を教えるにしたって、他にやりようってもんはないのかよ」

 鋭い声を投げかけたロックに、ギトーは眉間に皺を寄せ、先程の光景に対する内心の動揺を悟られぬ様にして答えた。

「何だと?」

 得体の知れぬ術を繰り出した奇妙な人間だが、平民の小僧である。
 先程の様に声を掛けられれば、貴族であり、魔法学院の教員である立場としては腹が立たぬ訳が無い。ギトーの様な男であれば尚更だ。
 彼の放った声には明確な怒気が篭っていた。

「使い魔風情が私に講釈を垂れるつもりか」
「人を使い魔風情って言うくらいおエライ人間が、自分にとって体のいい見せしめを作ろうとしてよくもまぁ言えたもんだな」

 ロックの言葉に今度はギトーの額とこめかみに幾数本もの青筋が浮かび上がった。

「ミス・ヴァリエール。君は使い魔に対しての躾すらできないのかね? 実技以外で優秀であったからこそ、私もある程度は大らかな目をもっていたのだが」

 険悪な雰囲気、というものは周囲に緊張感を与える。
 ましてそれが、対立――それも一触即発の雰囲気であるというのならば尚更だ。
 風のメイジであり、教師であるギトーと、ゼロのルイズの使い魔のにらみ合いは
 生徒達に嫌な汗を、背中に流させる結果となっていた。
 尤も、それが長く続く事はなかった。
 ギトーの発言を聞いた瞬間、滑るようにしてロックがギトーに殴りかかったからだ。
 肘を前面に出し、階段を物ともせずに瞬時に肉薄するロック。
 だが、ギトーが杖を振るうと、それを巻き上げるように竜巻が起こる。

「ッシ!」

 足を取られ、転びかけるロックだが、敢えて自分から身体を丸めて転がりそれを避けると、机を盾に風から身を隠す。

「どうした。威勢がいいのは口だけかね」

 ギトーが更に杖を振るうと、ロックが隠れた机を叩き潰すかのように、風の塊が唸りをあげた。
 エア・ハンマーの魔法。
 しかし、ロックは更にそれを転がって避けると、一気に駆け出した。
 ギトーとロックの間は十メイルほど。
 二秒もかからぬ距離で、ギトーは殴られるのを覚悟した。
 人体において覚悟というのは、魔法に負けず劣らずの効果を発揮する。
 恐らく、このときのギトーであればロックの一撃をたとえ顔面に受けても耐え切れた事だろう。
 そして、その後に風の魔法を用い、ロックを吹き飛ばして勝利を収める。
 魔法学院の教師であるならば、軍人とまでいかずとも、その程度の技術は修めているのだ。

 一撃をあえて受けようと覚悟したギトーだったが、それが命取りだった。
 ギトーの寸前まで肉薄したロックが、まるで消えうせたかのように体を滑らせたのだ。
 実際、客観的に見ていた生徒も、ロックの動きを把握しきる事は出来なかっただろう。
 元の世界において、伝説の狼とまで呼ばれたロックの義父も、この動きを手放しに賞賛していたほどなのだ。
 そして、背後に回る。
 ゾクリとギトーの背中に悪寒が走った。
 ギトーの肩と腰に手がかけられ――そして、空中を、舞った。
 如何なる技術だというのか、軽々と三メイル近くも、ギトーの体は空中へと投げ出されたのだ。
 真空投げ。
 ロックの義父が教えるまでもなく身につけていった技術が、魔法戦にしかなれぬギトーを打ち上げた。
 そしてロックの右手に不思議な光が溜め込まれる。
 羅刹、と呼ばれるその技は、気功を強力な針と為した技である。
 尤も、その気を練りこむ時間が長く、真空投げによって相手を無防備に晒した状態でなければマトモには使いこなせない。
 逆に言えば、真空投げを決めたのであれば、次にこれを叩き込む、というのが流れの一つであった。
 しかし、不意にロックが顔を上へと上げる。
 そこには、真空投げで無防備に陥ったはずのギトーが、いつの間にか空中で浮遊の魔法を唱え、体勢を立て直していたのである。

「エア・ハンマー!」

 圧縮された空気の塊がロックの頭部へと直撃する。
 床にまで衝撃が伝わるほどの一撃。
 常人であれば意識を瞬時に手放すその衝撃は、しかしロックの意識を刈り取るまではいかなかった。
 だが、後ろへとよろけるのを止める事は出来なかったのか、ロックはうめきながら頭を抑え、ギトーを睨み付ける。

「まだまだ行くぞ!」

 浮遊から大地へと着地し、新たな魔法を唱え始めるギトー。
 二つの魔法を同時に行うのはとてもではないが続けられる事ではない。
 先ほどのエア・ハンマーも一時的に浮遊を解き、落下の瞬間に唱えたのである。

「させるかよ!」

 再度駆け出すロック。
 また同じ繰り返しか、とギトーが背後への注意を強める。
 だが、ギトーが寸前まで肉薄した瞬間、振り返りかけた目に映ったのは、飛び上がったロックの姿であった。

「な――」
「ダァンク!」

 鼻の骨が砕ける音と共に、ロックの拳がギトーの顔面に叩き込まれる。
 気を纏い、羽のようにロックが浮び、地に叩きつける様に殴る。
 同じ動作でありながら、高速でのフェイントにより相手の反応を惑わすその姿は、場数の違いをギャラリーに感じさせた。
 だが、それで終わるはずが無い。
 ギトーが鼻血を噴出し、顔をあげると、その体を遊ぶようにロックがローキックをギトーの足に叩き込む。
 更にギトーの顔が歪むが、しかしロックは次の動作に移れなかった。
 薄く傷がいった自分の頬と耳。
 そして青白く光るギトーの杖を見たからだ。
 エア・ニードルといわれるその魔法は、肉弾戦に持ち込まれた際の風のメイジの切り札的存在である。
 ギトーもあまり使いたくはなかったのだろうその魔法は、しかしロックにしてみれば厄介極まる代物であった。
 迂闊に近づけば刃物と同じ、一撃で致命傷を負う事になりかねない。

「謝れよ」
「何?」

 謝れつったんだ、と。
 軽くバックステップで距離をとったロックが手をぷらぷらとさせながらギトーへと告げた。

「男が女に暴力振るうもんじゃねぇだろ」

 ロックが睨み付けながらギトーを挑発する。
 だが、これはロックの本音でもあった。

「生徒へ世の摂理を教えようというのだ」
「てめぇに都合の良い摂理なんざねぇんだよ!」

ロックが手に気を込め、大地を撫でるように振るう。
先ほどギトーの風の魔法をかき消した烈風拳だが、しかしギトーも同じようにそれを風の魔法でかき消した。

「使い魔風情が何を言うか!」

 ギトーが続き、巨大な竜巻を横に、直接ロックを刻むようにして巻き起こした。
 烈風拳ではかき消せないだろう。
 また、横に避けるにも大きすぎるし、まして避ければ、後ろにいるルイズやキュルケを巻き込む事になる。

「屑野郎……!」

 ロックの怒りが頂点に達する。
 血がドクドクと熱を持ち、体中を駆け巡っていく。
 ドス黒い感情がロックの全身を支配し、気付けば両拳には先ほどまでとは比べ物にならない量の気が練りこまれていた。
 少し気になったのは、左手にだけ更に気が篭っている事だったが――

(いける――!)

 ロックが腰を捻る。
 かつてみた義父の技。
 全てを吹き飛ばす気の間欠泉。
 拳に気を纏い、何もかも打ち破る拳。
 それらを応用した狼の牙。
 血に支配された力が、伝説の狼の真似事をする。
 振り切ったはずの感情が湧き出てくるのが不思議でならなかったが、しかし今のロックにはそれに思考を割く余裕はなかった。

「おぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁ!」

 光を纏った拳と共に、竜巻の中へと飛び込んでいく。
 魔法で作られた竜巻が、ありえぬ勢いで切り裂かれ、ロックの体が竜巻の中を突き進んでいく。
 だが、竜巻を砕くのでロックの気は尽きたのか、ギトーの寸前まで肉薄して、その突進は終了した。
 冷や汗を流すギトーだったが、ここからならば勝利できる、と杖を振り上げ――

「終わりだぜ」

 ――ロックの左手から放たれた羅刹が、ギトーの体を大きく吹き飛ばした。
 暫くそのまま留まっていたロックだが、ようやく落ち着いたのか、ふぅ、と前髪をかきあげながら息を整えた。
 そして、おもむろに上着を脱ぎ、ギトーへと被せるように投げ捨てる。
 吹き飛ばされ、気絶したギトーは何を言うでもなく上着を被せられ、生徒からその顔を見えなくされてしまう。

「――オッケィ」

 ぼそりと呟いた、自分らしくないその一言に、ロックは不意に天井を見上げ、そしてキュルケとルイズの方へと戻っていくのだが――
 ――ルイズが、なんと言えばいいのか、とても複雑な顔をしていたので、ロックは首を暫く傾げ続ける破目になってしまった。


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