あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

鋼の使い魔-15


 魔法学院はその建物構造として、巨大な五つの塔とそれ繋ぐように作られた屋根を主として出来ており、それに付随するように大小の建物が作られている。
さて、それらの建物をぐるりと囲む塀の正面が空けられ、本塔の出入り口までの直線上に、各々に着飾った生徒と教師達が並ぶ。
やがて街道から学院の敷地内へゆっくりと入ってきた、幻獣らに率いられた王女一同が到着すると、整列した者はみな杖を掲げて迎えた。
敷かれた緋毛氈に音もなく足を下ろす王女アンリエッタ、そしてそれに続くマザリーニが、衛兵や護衛の幻獣騎兵に見守られながら本塔入り口前のオスマンの元まで静か
に歩いていく。
直立してきびきびと杖を上げ、永代の忠誠を示そうという若者達に、アンリエッタは手を振って答える。

賑やかしくも厳かな雰囲気を作っている歓迎式典の外側にたむろする人影があった。木陰の元に座り本を広げたタバサ、その脇に立つキュルケ、そしてギュスターヴであ
る。
キュルケとタバサは留学生である為、この歓迎式典への参加は強要されなかったし、ギュスターヴにいたっては一使い魔というのが形式上の身分である。列席できるわけ
もない。
キュルケは居並ぶ生徒の隙間から覗けるアンリエッタの容貌をつぶさに観察していた。
「へぇ。あれがトリステインの王女様ね。結構綺麗だけど、私には負けるわね」
 いかにも自信に満ちたゲルマニア娘らしく、髪をかきあげて鼻で笑って見せたキュルケ。
しかしギュスターヴは、その様がなぜか滑稽な感じがして、笑っては悪いと思いつつも、篭るように笑い声が出てしまう。
 キュルケはそんな、熟成された大人の男の雰囲気を持ちながら、どこか青年のような振る舞いを見せるギュスターヴを見せられて、自分が何か変な事をいったのではない
かなどと思えて、逆に恥ずかしい気持ちがする。
「あら、お笑いになるなんて酷いわミスタ」
「いやいや…」
 詫びるように手を出すギュスターヴだが、顔は綻んでいる。余計に自分がただの小娘のようで、キュルケの頬がほのかに羞恥に熱を佩びるようだ。
そんな様を脇に見ていたタバサは、さて、二つ名らしい冷静な一言を友人に献上する。
「柄じゃない」
「ぅ…」
 冷や水を浴びせるような物言いに、別にいいじゃないと言えば、柄じゃない、と先とおなじ調子で返されて、こちらは微熱も冷めるというものだ。
そんな和気とした娘達のやり取りを尻目に、ギュスターヴは整列しているはずのルイズを目で探していた。
そのチェリー・ブロンドは遠目からでも目立つから、労もなく見つけることが出来た。
 しかし、どことなくであるが、ルイズの視線は緋毛氈の上を進む王女から外れているように思えた。さて、ではルイズは何を見ているのだろうか。
 ギュスターヴは次に、馬車の周りに待機している護衛たちに目を向けた。数騎の見慣れぬ動物にまたがり、それでいて規律による制御を纏った男の中に、一際立派な一つ
を見つける。
獅子の体躯に大鷲の頭と羽根を持った獣に騎乗し、視線は窺えぬほど大きく立派な羽帽子を被った男だ。
(あの男…)
 帽子の影から輪郭に沿って揃え切られた顎鬚が見える。
(王族の護衛なのだから、相当に腕は立つのだろうな)
 一剣士として興味はあったが、さて、何ゆえルイズの視線を集めているのかは想像できない。
むしろギュスターヴは、今オスマンから礼を受けて一言二言交わしているアンリエッタとマザリーニに興味を移す。それは勿論、ここに並ぶ貴族らのそれとは、二色三色と
意味を変えたものだ。
(あれが宰相と、王女か)
 ギュスターヴの目に、トリステインの屋台骨を支える枢機卿は、あだ名される『鳥の骨』よろしく、肉体から力が絞り尽きかけているかのように見える。対照的に、手をオスマ
ンに取られたアンリエッタは、血と育ちが作る高貴を惜しみなく振りまいていた。しかし、
(王女に政をする人間が持つ『鋭さ』がない…。宰相の負担も相当なのだろう。王女も政治に興味があるというわけじゃないのだろうな)
 時に稚いほど繊細な空気を持っていた、年離れた妹を思い出す。
(マリーも政治に興味は持たなかったな…)
 あれはあれで、周りに同族の男達がいたからそうであれたのだが。
(…未練ったらしいと、お前は笑うか?フィリップ)
 果たして、友に託した妹は、健在であるのだろうか?




『アンリエッタ来訪』




アンリエッタの行幸せし魔法学院の晩餐は、それに見合う規模の食事を用意するべく、地下の厨房も平時以上の繁忙を見せた。
厨房を仕切るマルトーは勿論、メイドに復帰していたシエスタなど、有能を買われて平メイドから昇進、同輩達を指揮する立場に置かれて走り回って過した。

そんな夕食も終わり、生徒達も各々の部屋に戻って思い思いに過す頃。
ルイズは式典からずっと、心ここにあらずという状態で、部屋の中でも机に向かったかと思えば、ぼんやりと外を眺め、かと思えばベッドに倒れこんでゴロゴロしたり、と
まったく落ち着きがない。
 ギュスターヴは、放っておけば治まるだろうと相手にせず、コルベールからもらった端切れの紙を使って、文字の練習をしていた。
「嬢ちゃん。いい年なんだからちっとは落ち着いたらどうよ?」
 たまらず声をかけたデルフだったが、ルイズは答えずやはり落ち着かずフラフラと部屋を彷徨っていた。

ギュスターヴが字を紙一杯に書きつけた頃、何者かが扉を叩く。
「誰か呼んでるぞ」
「うん。……このノックの仕方は……」
 ゆっくり二回、素早く三回ノックする、それを三回繰り返してから、客人はそっと扉を開けて室内に入ってきた。
その姿は顔はおろか足先まで覆い隠すほどのローブを纏っていた。かろうじて、体の線から女性らしい事がわかる。
室内に入ることが出来た客人は、懐から水晶のついた立派な杖を抜くと、外壁や窓に向かって杖を振った。
「ディティクト・マジック…?」
「どこに目や耳が潜んでいるから判りませんから…」
「その声は…」
 客人がローブを脱ぐ。
ギュスターヴは目を見開いた。その正体は昼間、遠くから観察していた、王女アンリエッタその人に相違いなかった。
「お久しぶりね、ルイズ」
「アンリエッタ殿下?!」
 客人の正体に衝撃を受けたルイズは、さっきまでのフラフラ振りも吹き飛んで、床に跪いて王女を迎える。
 アンリエッタはそんなルイズを見て、身を屈めて抱きしめた。
「やめてちょうだいな!ルイズ。貴女と私はお友達じゃないの」
「勿体無いお言葉です。殿下」
「もう!そんな堅苦しい挨拶は止めて頂戴。ここにはあの辛気臭い鳥の骨も、政から逃げる事しか考えていない母上も居ないんだから。友人にまでそんな素振りをされたら
、私は悲しくて死んでしまうわ!」
「そうは言いますが、殿下」
「幼い頃、一緒に遊んでくれたでしょう?宮廷の庭を二人して蝶を追いかけたり、侍従に召し物を汚して叱られたり…」
 まさに懐かしむようにアンリエッタは幼い日々の思い出を諳んじてみせる。
「…ええ。クリーム菓子を取り合いしたり、ドレスの奪い合いで喧嘩もしましたわ」
「懐かしいわ…あの頃は。今ほどにあれこれと目に付かなくて」
 すっかり蚊帳の外に置かれたデルフとギュスターヴ。デルフはカタリと鳴って聞いた。
「お嬢ちゃん。お姫さんとはどんな知り合いなのよ?」
「口を慎みなさいボロ剣!…ご幼少の頃、恐れ多くも遊び相手を務めさせて頂いていたのよ。でも、その頃の事など、もうお忘れになられていたと思っていました」
「忘れたりしませんとも。あの頃は毎日が楽しかったもの」
 アンリエッタとルイズはベッドに腰掛け、更なる思い出話や巷に溢れている他愛もない噂について語り合い始める。その様は年頃の町娘とそれほど違いはない。
 アンリエッタは次第に日々の愚痴を零していく。宰相と母マリアンヌ女王の間を行き来するように扱われていること。そんな日々に鬱憤を貯めたあげく、今日は旧友と会うた
めに抜け出してきた事も。
「…御政務を耐えるご心痛、察しいたします、殿下」
「ふふ…。貴方がうらやましいわ、ルイズ」
 ふ、と無意識に自嘲の笑みが出る。魔法も使えぬ私を羨んでくれるなど、お優しい。
「何をおっしゃいます。殿下は唯一無二のトリステイン王女じゃないですか」
「王国の姫なんて自由もない、籠の鳥よ?声一つで、何処にでも行かされるのだから…」
 声の調子が落ちて、アンリエッタの視線が遠く窓を見ている。二つの月はいつの夜も明るく高い。

「…結婚するのよ、わたくし」
「……おめでとうございます」
 アンリエッタの雰囲気から、ルイズもそれが快いものと思っていないことを察した。
「風の噂で聞いているだろうけど、アルビオンが内乱で滅ぶそうよ。聖地奪還を謳う賊軍が、あの白の国から飛び出て蝗のようにハルケギニアを食い尽くしていくでしょう。
そうなれば、小国トリステインは火をつけた枯葉のようにたやすく燃え尽きるのです」
「…はい」
「ですから今回のゲルマニア訪問も、私のゲルマニア皇帝との結婚を条件に軍事同盟を結ぶことになったのです」
「あの蛮族!ゲルマニアなどにですか!」
「仕方がありません。世の流れですから…」


話し込むと人は周囲の状況を良く忘れていく。年若い娘達なら尚の事である。
話の輪の外に置かれた一人と一本。デルフが小声でギュスターヴに問いかけた。
「なぁ相棒。これってものすげー大事な話なんじゃね?ふつー、国の大事な話をお嬢ちゃんみたいな小娘に話すもんじゃーねーと思うんだけどよ」
「まぁな。よっぽど友人と話す言葉が欲しかったんだろう。聞き及ぶ限り、王女は女王や高官にいいように使いまわされているらしいしな」
(母親には政務を押し付けられ、高官には人気取りや取引材料に使われ、か…。面倒なものだ。お飾りも身代わりも嫌なら自分で行動すればよいものを。怠惰な娘だ)

「……それにしても、ごめんなさいな、ルイズ」
「なんでしょうか?」
「そこの彼、恋人でしょう?二人の時間に割って入ってしまって、つい懐かしくて粗相をしてしまいましたわ」
「えっ?!ちょっ、違います!」
「あらそうなの?」
 とんでもない誤解だと、ギュスターヴは声を殺して笑う。
「笑うんじゃないわよ!姫さま、あれは私の使い魔でございます」
「使い魔?」
 改めて、ギュスターヴは衣を直して背を伸ばし、深く礼をする。
 アンリエッタはそれをしげしげと見ていた。
「人にしか見えませんが…」
「正真正銘の人です。多少、剣が使えます」
 多少ね…、と、謙遜させる様を笑うギュスターヴと、それをルイズが睨んで返す。
 そんなやり取りをきょとんとした顔でアンリエッタは見ていた。
「そう…。あなたって昔から少し変わっていらしたものね」
「いえ、別に好きでこれを使い魔にした訳では…」
「でも、メイジと使い魔は不可分の関係といいますから」
「それは、そうなんですけど…」
 自分の部屋なのに妙に居心地の悪さを感じるルイズであった。
 しかしアンリエッタは、そんなルイズと、ギュスターヴを交互に見てから、静かにため息を吐いた。
「いかがなさいました?」
「何でもありませんわ。…嫌ね、わたくし。こんな事話せることじゃないのに」
「何の事かは存じませんが、お悩みならお聞かせくださいませ」
「いいえ、話せませんわ!忘れてくださいな」
「いけません!先ほど言ってくださったではありませんか!友人と呼んでくれたではありませんか。友人と思ってくださるなら、悩みのお一つもお聞かせくださいませ」
 アンリエッタとルイズの会話が、徐々に熱を佩びていく。傍目には明らかにアンリエッタが引き金になっているのを見てとれるギュスターヴとデルフは、
対照的に冷めた気分でそれを眺めていられる。
「痛いなぁ、嬢ちゃんたち」
(芝居がかってるなぁ。無意識にやってるならとんでもない娘だ…)

「…今から話す事は誰にも話してはいけません」
 アンリエッタが話を始めようとドレスのすそを直していた。ルイズはギュスターヴに視線を向ける。
「ギュスターヴ、席を外してくれる?」
「ん…あぁ」
 部屋主が出ろという以上、ギュスターヴはデルフを持って廊下に出た。


「何はなしてんだろーなー。あの二人」
 廊下に出たものの、それなりに会話の内容は気になる。
「さぁな」
(暫く時間を潰すにも夜中だしな…コルベール先生のところにでも…)
 さてどうしようか…と足を踏み出そうとした時、隣の部屋の扉がきぃ、と開き、部屋の中から声と共にギュスターヴを手招いた。
「はぁい。夜分遅くごきげんよう」
「キュルケ」
「部屋閉め出されちゃったんでしょう?しばらくうちに来ない?」


 キュルケの部屋はルイズよりももっと色彩を落とした、シックなしつらえの調度品が使われていた。しかし部屋の各所には色の派手な使い方をしていて、情熱的な
ゲルマニア人らしい感じである。
 キュルケの部屋には先客が居た。タバサである。
「どうしてタバサがいるんだ?」
「この子、私の持ってるレイピアを貸してくれって言うのよ」
「レイピアを?どうして」
 タバサはホットワインの注がれたカップを置いて答えた。
「剣の練習に使いたい」
「おいおいちびっ子。こんなお飾りだらけの剣で練習なんてできるかよ」
 無造作に部屋に置かれていたレイピアを、ギュスターヴは小枝を拾うように持ち上げる。
「…まぁ、素振りに使える程度の代物だな」
「酷い言い草ねぇ。せっかく部屋にお招きしたのに」
「ははは…いや、助かった。夜中じゃ行く宛もないからな」
 床を這うフレイムがきゅるきゅると呻って足元にいる。
「ところで、誰がルイズを訪ねてきたのかしら?背格好の感じだと若い人みたいだけど」
「さぁな。俺が言うことじゃない」
「そ。じゃあ、自分で調べちゃうわ」
 タバサにキュルケがなにやら耳打ちをしている。
「剣と交換」
「もぅ、吝嗇ね~。ま、いいわ。剣の代金は実家から払ってもらってるし」
 やにわにタバサが立ち上がり、ルイズの部屋と隣接する壁に杖を振って魔法をかける。
 すると壁の向こう側から徐々に話し声がはっきりと聞こえてくる。
「音を遮断する『サイレント』の応用ね」
「まったく…好きにしろよ」
 参ったギュスターヴは黙って椅子の一つに座り、キュルケとタバサもベッドに座って隣の声に耳を傾けた。


ルイズの部屋から聞こえてくる。二人の声に神経が注がれる。
「好きな相手と結婚できるなんて、始めから思ってないわ。そうでしょ?ルイズ」
「えぇ…まぁ…」
「アルビオンのおぞましき貴族達は、王家を堕落した存在と糾弾し、アルビオン統一の後のために他の王家の瑕を探しているのです」
「まさか。誇り高きトリステインの王家に、そのようなものがありましょうか!」
「……そうであればどれ程良いのでしょうかね」
「…ま、まさか……」
「…ええ、あります。一つだけ」
「それは一体…」
「わたくしが以前、アルビオンにおわすウェールズ王太子にしたためた一通の手紙です」
「し、しかし恐れながら、手紙一つで大事になるのですか?」
「おそらくは。あれに書かれた内容は受け取り様によってはゲルマニア皇室との婚約が破棄されるようなことが書いてあるのです」
「そのような物が…」
「まだ王軍が持ちこたえているうちは、問題ないでしょう。しかし月を跨ぐ事無く王軍は壊滅するだろうと聞きます。そうなれば手紙が反乱軍の手で
白日の下に晒されてしまう。そうなればこの国は終わりです…」


 やがてすすり泣くアンリエッタの声がキュルケの部屋から聞こえる。
「ミスタ・ギュス。よろしいかしら」
「何だ?」
 キュルケの目は聞こえてくる泣き声とあわせるには実に冷めている。
「『昔送った手紙が見つかったら私は恥ずかしくて生きていけないわ!』って言ってるように聞こえるんだけど、気のせいかしら?」
「俺に聞かないでくれよ」
 ギュスターヴも少しうんざりした風情だ。
「うちの皇帝と婚約っていうと、客人はアンリエッタ王女ね。昔の手紙一つで同盟を反故するようなナイーブな人物じゃないわよ」
「詳しいな」
「まぁね。うちもゲルマニアじゃ上から数えたほうが早い家格のつもりよ」
 事実ゲルマニアという都市国家群の中で、ツェルプストーは皇帝に一言物申せる程には権力を持っている。それで居ながら皇帝に目をつけられないのは、
ツェルプストー家自体の視線が対面するラ・ヴァリエール、率いてトリステインからの防衛に向けられているからである。


ふたたび聞こえてくる話し声。それは先ほどよりも激しい語調になっている。
「ああ、ルイズ!ルイズ・フランソワーズ!わたくしは、わたくしは一体どうしたら良いのでしょう?!戦に乱れるアルビオンにある手紙を消し去るなど、わたくしには出来ません!」
「姫さま…姫さま。このルイズ・フランソワーズめに一つの考案がございますわ」
「なんでしょう?」
「不肖このルイズ・フランソワーズ。アルビオンには幾らかの土地勘がございます。それにあと数日でアルビオンがハルケギニアに最も近づく『スヴェル』の日になります。
ですから…」
「いけません!友人をアルビオンに赴かせるなんて、そんな危険な事、とても頼めませんわ!」
「いいえ、行かせて下さいまし!このルイズ・フランソワーズ、姫さまの御命であれば地獄の釜の底でも、毒龍の肺腑の中でも行く所存。姫さまとトリステインの危機を
見過ごすことなど出来ません!」
「わたくしのために、そこまで行ってくれるなんて…嬉しいわ、ルイズ!わたくしは始祖から無二の友人を与えられて光栄ですわ」
「勿体無きお言葉です、姫さま…」

 隣で聞いていた三人と一本。そのやり取りの酷さに今度はキュルケが深いため息を漏らした。
「…ミスタ」
「聞くな」
 実際ギュスターヴもさらにうんざりしている。
「……ルイズもお姫様も、なんだか随分夢みたいな事言ってる気がするんだけど。ルイズが本当にアルビオンに土地勘があるか疑わしいわ」
「地に足つけて旅行したわけじゃないはず」
 タバサが補足的に続ける。
「こんな事を王族が言ってるから、トリステインは国力を落とすのよ。見栄ばかり強くて、中身が伴わないんだもの」
「っていうかよー。お嬢ちゃんが行くっつーことは、相棒と俺様もついていかなきゃならないんじゃね?」
「そうね。ルイズがついてこいって言ったらそうなるわねぇ」
 その言葉にギュスターヴは深いため息を漏らすのだった。


やがてルイズの部屋からアンリエッタが出てゆき、その頃合を計ってギュスターヴも部屋に戻るべく、キュルケの部屋を辞した。
「また何かあったら来てね。いつでも待ってるわ~」
 ひらひらと手を振るキュルケを振り切って、ルイズの部屋へ戻る。

「…もう帰ったのか、王女は」
「ええ。ところで、明日は朝一で出かけるわよ」
「……どこへ」
 もうどこに行くかは判っているのだが、盗み聞きしていたとは言えない。
「それは明日になったら教えるわ。だから今日はもう寝るのよ」
 細かい話をするわけでもなく、ルイズはいそいそと寝支度を始め、さっさとベッドに入ってしまった。
 灯りも消され、ギュスターヴとデルフだけが暗い部屋にたち残される。
 明かりも消されてどうしようもない。ギュスターヴはいつもの寝床に入り、デルフを立てかけると、デルフが鳴って話しかける。
「なー相棒」
「ん?」
「本当にアルビオンに行くのかね」
「行くんだろう。本人が行くって言うんだから」
「相棒は納得できるのかよ」
「……正直言えば、余り納得はいかないさ」
「そりゃそうだわな」
「……でも、ルイズをつれて外国を見に行くっていうのは、悪くないと思うんだ」
「随分と余裕だな相棒。アルビオンは内乱で荒んでるんだぜ?しかも死に掛けの王軍の中に飛び込まなくちゃいけないんだぜ」
「そうだな……」
 物思うギュスターヴ。
(ルイズももう少し冷静だろうと思ったんだがな…王女の過分な期待に負けたかな)
「…まぁ、最悪ルイズが生きて帰ってこれればいいんだろう」
「おいおい、たかが子守で死なれちゃ、『ガンダールヴ』も形無しだぜ」
「はは、そうだな。…んじゃ、俺は寝るぞ」
 やがてデルフも静かになり、ギュスターヴの意識も、深い睡魔の中に沈んでいった。




ルイズとギュスターヴがアルビオンへ行く事になった、そのちょうど一週間前。
 トリスタニア郊外に聳え立つ、寒色で塗り込められた巨大な建物が建っている。
トリステイン最大の監獄チェルノボーグである。

その監獄の奥の奥。夜闇を差し引いても暗い一室に、今より数十日前から人が入った。
 時間も夜遅く。そこに収監された女性は、寝汗をじっとりとかき、悪夢に苛まれているように呻きながら、浅い眠りに身を窶している。
 廊下の向こうから聞こえてくる。きぃ、きぃという何かを押している音が、やがてその部屋の前で止まった。
「起きろ。『土くれのフーケ』」
 人気の殆どない監獄の中で、その声は実にはっきりと響き、フーケの意識を現実に引き戻した。
「うぅ……誰だい。こんな夜中に」
 明り取りの松明の影に浮かぶ一人の男。その顔は仮面を被っていて様相は判らない。男が押していたのは、木で出来た車椅子だった。
「よほど貴族達に嫌われたようだな」
 粗末なベッドに横たえていたフーケ。筵のような毛布の下に残した足の両脛から下は、生気のない黒紫色に変質し、力なくだらりとベッドの上にあるだけだった。
「収監時に足を切られ、水の魔法で表面だけ治されたな。失血で死にはしないが、一生をその足で歩く事は、もうない」
 ぎりり、とフーケがその麗しい小顔を歪める。覚悟していたとはいえ、貴族相手に続けた盗みの果てが、これだった。

「人が寝ているのを起こして、言いたい事はそれだけかい」
「まぁ待て。私はお前を助けに来たのだよ」
 ククク、と笑い声を殺しながら、男は監獄の鍵を開けて車椅子と共に入ってくる。
「我らの仲間になるのなら、お前をここから出してやろう。『マチルダ』」
 その一言はフーケの顔色を吹き飛ばした。
「何故その名で私を呼ぶ」
「再びアルビオンを拝みたければ首を縦に振るがいい。でなければこの場でその首を落とすだけだ」
 男が抜いたのは黒い杖。わずかな明かりに浮かぶ杖先をフーケは睨んだ。
「これだから貴族っていうのは嫌いだよ。強制なら命令すればいいじゃないか」
「そうだな。なら、『われらの仲間になれ』」

 静かにベッドに寄せられた車椅子に乗り移り、フーケは悠々と監獄を抜けた。
「…で、その『我ら』っていうのはなんなのさ」
「我々は国を越えて繋がる貴族の連盟なのだよ。今ある腐敗した王家を打倒し、ハルケギニアを統一してエルフに奪われた聖地を手にするために」
「夢物語だね、そんなの…。エルフに勝てるものかい」
「なんとでも言うがいい」
「で、そんな志篤い貴族様方のグループにも、名前があるんだろう?」
「ああ」
 きぃきぃ、と車椅子の車輪が鳴る。
「『レコン・キスタ』だ」



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