あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

第17話 旅路


 『白の国』アルビオン。高度3000メイルに浮かぶ浮遊大陸上に存在している国である。
 トリステインからアルビオンに行くためには、港町ラ・ロシェールで空を行く船に乗らねばならない。
 地を馬で行くルイズ達の目的地も、当然ラ・ロシェールであった。
 「慌てる必要はないわよ。港まで二日、次の合も二日後。だったら馬に無理をさせてもなんの意味もないわ」
 というロングビルのアドバイスに従い、ルイズ達は街道をゆっくりと進んでいた。
 合というのはハルケギニアの二つの月が重なる日のことであり、この日の翌日朝アルビオンは大陸に最接近する。そのため船主達は、合の翌日にラ・ロシェールを出発することが多い。もちろん、そうすれば船を浮かべる燃料である風石が節約できるからである。
 当然それだけで船も物資も回せるわけはないが、合の前日に船を出すのはたいてい緊急の用があるか、もしくは軍艦くらいのものである。
 こういった話を聞いたルイズは、慌てずに道を行くことにしたのだ。過去ルイズがアルビオンに行った時は、そういう商人の経費のことなど気にするはずもなかったから(むしろ金にあかせて時間を買ったと思われる)、ある意味とても参考になった。
 「何事も体験ね」というのがルイズの弁である。
 それはさておき、トリステインとラ・ロシェールを結ぶ街道から見ると裏道になるこの道は、人通りも皆無ではないがほとんど無いというレベルである。
 特に賊に襲われるようなこともなく、ルイズ達は初日の宿泊場所に到着していた。見た目は街道脇の広場であるが、ここそこに焚き火の跡があったりする。
 街道のそばで、且つ水場が近いところにこういう宿泊場所は出来る。条件のいい場所で誰かが野宿をしていると、他人もそれを真似するようになる。その場所に充分なポテンシャルがあれば、それは定着する。
 街と街の間の宿泊場所の大半は、そうやって自然に出来たものである。例外は周辺の自然が厳しく、誰かが手を加えなければそういう場所が存在し得ない場合くらいである。
 この日にここの宿泊場所にいたのはルイズ達三人だけだった。とりあえず火の準備を手際よくロングビルがこなし、なのはが水場から水を汲んできた頃に日が落ちたが、他にここを使う旅人はいないようであった。
 この世界で夜に旅をするのはよほどの事情があるものである。普通の人間は日が暮れたら遠くには出歩かない。
 「どうやら私たちだけみたいね。なら、寒空に女三人で野宿っていうのもちょっと物騒かかしら」
 そういうと彼女は杖を取り出すと短く詠唱をする。そのとたん、焚き火のまわりの土がせり上がり、かまくらを思わせる土のドームが出来上がってしまった。土壁も微妙に乾燥していて、泥臭さはない。
 「こうしてみると、本当に便利よね、魔法って」
 出来上がったドームを内側から見て、ルイズがしみじみと言った。膝を抱えて座った姿勢のまま焚き火に掛かる革鍋の中で煮えている乾麺らしきものに視線を移し、再びつぶやくようにいう。
 「火を起こすのだって、『発火』の呪文の一言。平民は火種がないと火をつけるのにも一苦労なんでしょ?」
 「ええ、だから火種を切らさないようにするのは大変ですわ」
 鍋をかき混ぜつつ答えるロングビル。それを眺めつつ、ルイズは今度はなのはに聞いた。
 「なのはのところでは、こういうことには魔法は使えないのよね」
 「はい。私のところの魔法は、ほとんど武器の一種みたいなものですから」
 正確には武器と馬のかわりでしょうか、と食器を並べつつなのはは答える。ミッド式やベルカ式の魔法は、大半が戦闘と移動用の魔法だ。結界などもそれに近い。平凡な一般庶民に関わるのはせいぜい治療魔法くらいであろう。
 このハルケギニアのように、生活と魔法が結びついている例はまずない。
 何かと動く二人を見つめつつも、こういうキャンプ生活のようなことに関する技能を持たないルイズは、ただ座ったまま、またぽつりと言った。
 「私ね、魔法が使えるようになりたかった。魔法が使えるようになって、一人前の貴族として認めてもらいたかった」
 ロングビルとなのはの手が止まる。ルイズにしては珍しい弱気の発言だったからだ。
 「でもね、最近、思うの。魔法が使えるようになって、それで私、どうしたかったんだろうって。今まで私にとって、魔法って、要するに資格の証明書でしかなかったのね」
 貴族は魔法を持ってその根幹となす。
 このハルケギニアにおいては、貴族とは魔法使いのことである。
 「最近、思うの。貴族って、魔法が使えるから貴族っていう訳じゃないのかも、って」
 「どうしてそんなことを?」
 一瞬ロングビルとなのはの視線が交差し、互いに小さく頷いた後なのはが声を掛けた。
 「魔法が使えればいろんな事が簡単にできるし、戦うことも出来るわ。フーケのこと、エルフのこと、そして水の精霊のこと。魔法はいろんな意味で力だと思う。力があればいろんな事が出来る」
 なのはは頷いて先を促した。
 「でも、いろんな事を見て、そして学院に戻って、感じたの。大事なのは魔法で『なにをするか』で、『なにが出来るか』じゃないんだって」
 なのはとロングビルには判った。ルイズが今、貴族としてもっとも大事なものにたどり着こうとしているのを。
 「魔法は使えるようになりたいわ。そうしないと舞台に立つことすら出来ないから。でも、そんなにものすごい力は別にいらない。あるに越したことはないし、あればあるだけ助かるけど、それのみに頼るのは変よ」
 ルイズの脳裏にあったのは、ミスタ・ギトーとキュルケの授業であった。
 キュルケもかなりの使い手だが、純粋に魔法の技量を比べたのならば、さすがに教師であるミスタ・ギトーには劣るだろう。だが二人の戦いはキュルケが勝った。魔法だけではなく、戦術や戦略という、魔法以外の部分も駆使したキュルケに軍配が上がったのだ。
 勝利条件の設定、ピンポイントで弱点を突く魔法の選択。それが勝敗を分けた。
 それ自体はたいしたことではない。ルイズが一番気にしていたのは、負けた時のギトーの表情であった。
 他人を貶めるのは好きではないが、はっきり言って醜かった。人にあんな表情が出来るのかと思ったくらいだった。
 魔法を誇示し、魔法にのみ主幹を置いた存在が、魔法以外の要素で砕かれた時、人はあんなにももろくなってしまうのかと思った。
 そしてそれはルイズ自身でもあった。
 妃殿下が訪問する少し前、自室で自習をしていた時。
 ルイズのまぶたの裏には、ミスタ・ギトーの歪んだ表情が張り付いていた。
 それは魔法にこだわり、魔法のみに頼った人間が、それを砕かれた時の衝撃だった。
 ルイズには判っていた。キュルケが『決闘に準ずる』と言った時から、キュルケの狙いが彼の杖なのだと。キュルケの性格なら、あの場合たとえ可能であっても力ずくではなく、小細工で決着をつける気なのは見え見えであった。
 何しろその直前に、力は使い方だと宣言していたのだ。だとしたら彼女はその器用な使い方を見せるに決まっているではないか。なのにミスタ・ギトーはそれを理解しなかった。そして彼は敗北した。
 力量ではなく、運用に置いて。そしてそれは彼にとってはあり得ない、いや、あり得てはならないことだったのではないかとルイズは思う。その思いがあの歪んだ顔だ。
 ルイズは魔法がまともに使えない。使えないからこそ魔法にこだわった。冷静に考えれば、それはあのミスタ・ギトーと変わらないのだ。
 でも、魔法の強さを誇って、それを金科玉条のようにこだわって、いったい何になるというのか。
 次に脳裏に浮かぶのは、ビダーシャルとなのはの戦い。先住魔法と、異界の魔法。どちらも貴族の使う系統魔法を、その破壊力において圧倒するものだった。
 あれを見てしまったら、系統魔法での戦いなどまるで子供だましである。あれを見てまだ『風が最強』などと言えるものなら言ってみろという気にすらなる。
 言うならせめてタバサ並みになってからにしろと言いたい。
 そしてルイズは思う。魔法とは、貴族とはなんなのか、と。それまでは常識でしかなかった貴族は平民の上に立つ存在であるということ。だが今そこにルイズは疑問を持ち、答えを欲した。
 そう、ルイズはそこに気がついてしまった。貴族は何故貴族なのかということ。貴族の貴族たる根源。魔法を使い、平民とは一線を画す力を持つもの。だがそれだけでは貴族ではない。暴君に過ぎない。
 そして今の学院にいる生徒達、その大半は、ルイズにはただの暴君にしか見えない。
 本来ならそれを真の貴族に導くのが、学院としてのあり方なのではないかと思う。でも今の学院は、単なる暴君を量産しているだけのような気もする。
 そういうことが頭をぐるぐるしていた時に、あの妃殿下の訪問があった。おかげで頭の中がクリアされていたのだが、今こうしてやることもなく炎を見つめていると、再びそんな思いが頭をもたげてくる。
 「ね、なのは」
 そして行き場を失った思いは、言葉となってほとばしる。
 「あなたには判る? 貴族って、ただ魔法が使えるんじゃ駄目なのは判ったと思うの。でも、どうすればいいのか、私には判んないの」
 なのはは答えない。ロングビルも、気づかれないようにはしながらも、真剣な目でルイズを見つめている。
 そしてなのはは、視線を意図的に外すと、くすりと笑った。
 「ご主人様」
 短くそういった後、再び視線を合わせる。
 「ひょっとしたら忘れているのかも知れませんけど、私まだ二十ですよ。こちらの暦で計算し直すと十九、キュルケと同年代なんですよ」
 ハルケギニアの一年は三百八十四日である。だいたい二十年で一年ずれることになる。
 「そういえばあなたのところの一年って、少し短いって言ってたっけ」
 ルイズの顔から、思い詰めていたような張りがとれる。
 「そんな一生を掛けて追い求めるような問題、私にだって判るわけないじゃないですか。そもそもなにが正解かなんて、それこそ決まってないと思いますよ」
 「そういうものなの?」
 「若輩者ですが、それは判るくらいの社会経験は積んでます」
 えっへん、という感じに胸を張るなのは。その子供っぽいポーズに、またルイズは笑ってしまう。
 「一番大事なのは、悩み続ける、っていうことだと思いますよ」
 「? そうなの?」
 答えを出さないことを肯定されて、混乱するルイズ。
 「常に自分を疑うっていうことは、大切なことだと思います」
 そんなルイズになのはは言う。
 「自問することを忘れて、悩むことを忘れて、『正解』を見いだしちゃった人は、変われなくなっちゃいますから。人の話も聞けない、ただ一方向のみに突っ走る人になっちゃいますから」
 「今ひとつ判んないけど、何となく判った気がする。ごまかされてる気もするけど」
 「こればっかりは言葉で伝わるものでもないので」
 なのはがそういった時、割り込むようなロングビルの声がした。
 「盛り上がっているところ悪いけど、パスタが煮えたようよ。さっさと食べないと伸びるわよ」
 その声に今までの重い雰囲気を蹴飛ばして、三人は皿を片手に革鍋に殺到した。



 飲み水代わりのワインも手伝ってか、ルイズはおなかがくちくなるとすぐに寝てしまった。後片付けをしつつ、ロングビルがなのはに言う。
 「この子、本当に変わったわね。私がこの学院に来た時は、一番嫌いなタイプだったのに。なんとまあ、このまま行ったらかなりいい貴族になるんじゃないのかね」
 「元からこういう子だったと思いますよ?」
 なのははこともなげに答える。
 「私にはこちらの事情はよく判りませんでしたけど、この子は志が高すぎて苦しんでいましたから。しかもプライドっていうより、むしろ環境的に。期待されないことが逆説的に期待になったみたいに」
 「さすが使い魔。よく見てるわね」
 ロングビルがくすりと笑う。そして思う。本当にこれで二十かと。彼女の目からすれば、自分と大して変わらないように思える。二十三にして激動の人生を送り、おそらくは余人より波瀾万丈の人生を送ってきたこの自分に。
 過去話を聞いた身としては納得できなくもないが。
 「それはそうと」
 なのはの態度が一変する。それを見たロングビルもまた。
 「アルビオンに着いたら、お願いしますね」
 「ああ、王子の居場所……出発前の噂だと、ニューカッスルあたりらしいけどね。そこに潜り込むまでの渡りなら任しときな。約束通り、ちゃんと届けてやるよ」
 この件に関して、なのはは彼女にかなりの報酬を約束している。ロングビルも……いや、フーケとしての彼女も、なのはの言葉は口約束で終わらないと見ている。任務が成功すれば、アンリエッタもルイズも約束分の金くらいはぽんと出すはずだ。
 (ま、それに旅費実質ゼロ、休職なしでアルビオンまでいけるのは、むしろありがたかったからね。たまには顔を出すか)
 ロングビルはつかの間マチルダに戻って、妹分の顔を思い出すのであった。







 旅路にはなんの問題もなく、二日目の午後にはラ・ロシェールの街が見えてきた。
 山間の峡谷に穿たれた街。どう見ても山の中だ。港町と聞いていたなのはは、不思議そうにルイズに聞いた。
 「港町なのに山の中なんですね、本当に」
 一応話には聞いていたものの、見ると聞くとでは大違いである。
 「ここからだと崖が邪魔で見えないけど、崖の上にものすごく大きな木があるの。その木を利用して桟橋にしているのよ」
 そういわれて何となくなのはにも想像が付いた。もしこれで周辺に旅人がいなかったら、空を飛んで見学に行っていただろう。
 ルイズ一行は、街に到着すると、早々に宿を取った。名前は『女神の杵』。貴族御用達の、街一番の宿である。馬を預け、一階の食堂に入った一行は、そのとたんずっこける羽目になった。
 「遅かったわね」
 「疲れなかったかい?」
 「……」
 そこには見慣れた友人達が、何故か酒盛りをしていた。しかもそれに加えて。
 「ルイズ! やはりここに来たのか。僕の推理も、間違っていなかったようだ」
 「わ、ワルド様! 何故ここに? おつとめの方は」
 髭の貴公子、ワルド子爵が、ルイズを見て大喜びしていた。



 「キュルケ達は……まあいいわよ。なに言っても無駄だろうし」
 「判ってるじゃない、ルイズ。まあ、邪魔はしないわよ、邪魔は」
 キュルケの言い回しが、何か気に入らなかったが、そこは意志の力で押さえつけるルイズ。
 彼女たちはアンリエッタのことを知っている。今回のことについても、野次馬根性で着いてきたのだろう。
 ただ問題は子爵の方だ。こんなタイミングで現れられると、疑わざるを得なくなってしまう。
 ルイズは不安を不機嫌で塗りつぶすと、睨め付けるような視線をワルドに向けた。
 「子爵様、お聞きしてよろしいでしょうか」
 「どうしたんだいルイズ、そんな怖い目をして」
 さらりと流す子爵。動揺している様子は全くない。
 「グリフォン隊の隊長になったとお聞きしていたあなたが、何故こんなところにいらっしゃるのでしょうか」
 「簡単な事さ。君に会いに来たんだよ」
 「な!」
 真顔で言い切られて、真っ赤になるルイズ。動揺した心を何とか静めて、ルイズは子爵に聞いた。
 「お、お気持ちはた、大変にありがたいのですが、私用で任務をおろそかにするのはよ、よくないと思います」
 「それなら心配ご無用さ。ついでだから僕がここにいるわけも説明しよう」
 あくまでも優雅に、ワルド子爵は言葉を紡いだ。
 「元々は君が慌てて出発していった朝、僕が君を訪ねようとしたことに始まる。僕は本当に久しぶりに会えた君と語らいたくて、君のところに行ったのさ。
 ところが君は朝早くからお出かけ中。夜中に妃殿下が君と旧交を温めに行っていたのは知っていたから、妃殿下に聞いてみたけど、言葉を濁していてね。
 それで何かあったと思った僕は、馬屋番とかに聞いて、君の行き先を推理してね。そしておそらく目的地はアルビオンだと踏んだ。幸いあの日の翌日、妃殿下が城に帰還すると同時に、僕たちは休暇だったからね。
 グリフォン隊は今回の妃殿下の護衛でずっと休み無しだったから、帰還と同時に特別休暇が出ることになっていたのさ」
 「それでこちらに来ていた、と」
 ルイズの言葉にワルドは頷く。
 「グリフォンの足というか翼なら、馬よりは早いからね。そちらのお嬢さんの風竜には負けるが」
 「僕たちは昨日のうちに着いていたよ」
 「ひょっとしたら急ぐかも知れないって思ってたから」
 ギーシュとキュルケがグラス片手に言った。
 そしてワルドは、真面目な顔をしてルイズに言った。
 「おそらく君は妃殿下から何かの任務を授かったのだと思う。実のところおおよその見当は付いているが、それは聞かないことにする」
 見当は付いている、といわれて焦ったルイズは、念話でなのはに話しかけた。
 (ね、ひょっとしてばれてる?)
 (姫様の様子からしてさすがにそれはないかと。おそらくは……亡命の要請かと)
 (亡命?……あ、ウェールズ様)
 (はい。ウェールズ陛下を受け入れるという意思表明だと思っているのではないでしょうか。これなら内密にするという理由もあります)
 (公にやったらトリステインはレコン・キスタに喧嘩売ることになるものね)
 何とか落ち着いたルイズは、ワルドの方に向かって言う。
 「聞かれてもお話しできませんわ」
 「もちろん」
 ワルドは悠然とした態度で言った。
 「僕はなにも聞かないよ。ただ、今回の休暇は本当に久しぶりに、しかもまとまってとれたものだ。おまけに婚約者が訳ありとはいえ旅の途にある。同行を申し出てはいけないかな?」
 「う~」
 ルイズは困る。本来なら速攻で断るべきところだが、彼の言い分にも一理ある。無碍にすれば婚約破棄も見える。
 「危険のことなら心配はいらない。むしろただで護衛が雇えるようなものさ」
 ルイズは降参した。
 「じつはアルビオン行きの船にも心当たりがある。どうせお忍びということでこれから切符を調達するつもりだったんだろう? でもそれは油断だな。合の翌日は代理人が手配してなければまず三等船室しかとれないよ」
 降伏が無条件降伏になった瞬間であった。







 どこかの並行世界とは違い、宿に野盗が襲ってくるということもなかった。何しろこちらではアンリエッタがうかつに口を開くとレコンキスタに手紙の存在がばれると思い込み、ルイズのことを気にして行方を聞きに来たワルドに対しても沈黙を守りきったからであった。
 その夜、ルイズは一つに見える月の元で、ワルドと向かい合っていた。彼から話があると呼び出されたのだ。
 「初めに謝らせておくれ……長いこと放り出していて悪かった」
 「いえ、お気になさらずに……それより、いいのですか? 私は『ゼロ』とあだ名される女ですわ。魔法をろくに使えない、出来損ないの貴族。こんな私と結婚したら、ワルド様も陰口を言われることになるのでは……」
 「婚約は解消されていないよ、僕のルイズ」
 ワルドはじっとルイズのことを見つめる。
 「久しぶりに見たけど、もう泣いてはいないみたいだね。でも僕にはまた、君が小さなルイズにしか見えていない」
 「ワルド様……」
 「だから見せてくれないか? この十年で、君がどんなレディに変わったのかを」
 「だからですか? 同行したいと言ったのは」
 「否定はしないよ」
 ワルドはそういうと、グラスの中身を一気に飲み干した。
 「ちょっと君の耳にいたい話をするよ、ルイズ」
 ワルドの雰囲気が、少し変わっていた。
 「僕には野望がある。今は魔法衛士隊の隊長だけど、いずれはこの国を動かせるような立場にまで上りたいと思っている」
 「ワルド様……」
 「ひどい話だけど、君との婚約を最初に受けた時には、この国一番の大貴族、ヴァリエール公爵家との縁を取り持つ、くらいの気持ちでしかなかった。何しろ君は六歳。恋愛ごとには僕も早かったしね」
 それを聞いてルイズは、落ち込むよりむしろ安堵していた。その方がよほど納得できる話だったからだ。
 「残念ながら公爵は立派な人で、将来の息子に便宜を図るなんていうことは一切しない人だった。でも僕が衛士隊の試験を受ける際にはこっそり保証人になってくれたりもした」
 グラスにおかわりを手酌で注ぎつつ、ワルドは語る。
 「陛下は父をよく存じておられたから、公爵の力添えが無くても合格しただろうし、出世もしたと思うけど、横槍が入らなかったのはたぶん公爵のおかげだと思う」
 本人の実力がいかに抜きん出ていても、背後が脆弱ならすんなりと出世するのは難しい、と説明する。
 「公爵は直接的なことはなにもしてくれなかったけど、僕が派閥などに誘われるようなことは防いでくれたみたいだった。だから僕は存分に実力を発揮できて、嫉妬されることもなく、今の地位までたどり着けた」
 「お父様らしいわ」
 ルイズも同意する。
 「何しろ君のお母様はかつてマンティコア隊で名をはせた女傑だったそうだからね。こういう隊の内部事情はご存じだったのだと思う。僕のような優秀でありながら後ろ盾の弱い貴族は、何かと利用されやすいって」
 「え、それは知らなかったわ」
 言われてみるとものすごく納得できるけど、という言葉は飲み込むルイズ。母の見た目からは想像できないが、性格から考えるとよく判ってしまうのが少し悲しい。
 「もっとも枢機卿あたりに言わせると、僕は野心が強すぎるらしい。否定は出来ないけどね」
 「そうなのですか?」
 ルイズにはその辺の感覚は今ひとつわからない。
 「そして僕たちの結婚に関しても、ちょっとひどい話がある。結婚の可否は抜きにして、聞いてくれるかな」
 ひどい話、に見当も付かなかったルイズは、姿勢を正して真面目に話を聞くモードになる。
 「とりあえず僕と君の婚約が解消されていないわけが判るかい?」
 「いくらお父様があれでも普通魔法が使えない貴族と結婚する人はいないわよね」
 ルイズもそこを不思議に思う。
 「この件に関しては、ちょっとあれだけど、僕と公爵様の思惑は一致していると思うよ。僕とルイズが結婚したら、僕はたぶん公爵家を継ぐことになると思う」
 「ええっ!」
 さすがにそれは予想もしていなかったルイズだった。
 「だって大姉様もいるのに」
 「そう、エレオノール様が問題なんだ。最近彼女は、婚約者から婚約破棄を宣告された」
 「……」
 知らなかったルイズは、言葉を発することが出来ないくらい驚いていた。同時に優秀な頭脳がフル回転をはじめる。
 普通に考えた場合、公爵家の後はエレオノール姉様かその結婚相手が継ぐことになる。だが婚約破棄となるとその前提条件が大きく狂うことになる。
 暗黙の了解だが、世継ぎは結婚していることが最低条件となる。子孫を残す、という最低限の義務を果たすためだ。ところがエレオノール姉様は、婚約破棄という最低の形で相手と別れることになった。
 これはまずい。ものすごくまずい。
 これが死別とかなら問題はない。だが破棄を宣告されたとなると、それは事実上結婚への道が閉ざされることになる。それは同時に、継承権をやはり事実上喪失するということだ。
 詳しくは覚えていなかったが、相手は確か伯爵だったはず。つまり公爵より身分が下だ。
 ここが問題になる。公爵ともあろうものが伯爵から絶縁を宣言されたということは、よほどのことがあったと見られる。相手の身分が上なら『捨てられた』ですむが、下だとそうはいかない。
 伯爵が公爵に逆らってまで婚約破棄したとなると、そこにはよほどの事情があったと見られるのだ。
 こうなると姉様は火中の栗である。よほどのことがなければ誰も手なんか出さない。出してくるとしても今度はお父様が認められないようなひどい奴しか考えられない。
 結果として婚姻が難しくなり、公爵家の継承もまた出来なくなる。
 そうなると注目されるのは自分だ。ちい姉様は分家しているから残るは自分になる。
 そういう状況下で自分が結婚したら、その婿は間違いなく事実上次期公爵だ。
 ただ、今のルイズは魔法が使えない。となると婚約者など用意するのは不可能だ。
 が、幸いにもすでにそれはいる。しかもものすごく立派なのが。

 ……なるほど、婚約解消にならないはずよね。

 ルイズは実にしみじみと納得していた。ちなみにルイズは、以前語ったような統治の才が自分にあるとは全然思ってもいない。
 そしてワルドは、ルイズの考えがまとまったのを見て取って話を続けた。
 「もちろん僕に嫌はない。純粋に政略結婚だとしても、実に魅力的な話だ。ルイズ、君だってお父上あたりからこの話が出たら、特に拒否はしなかっただろう?」
 「そうね」
 ルイズは肯定した。もし父から言われたら、たぶん自分は素直に結婚したはずだ。
 「だけど僕としてはそれじゃちょっと不満だ。出来るのなら今のルイズをきちんと好きになって結婚したい」
 真正面からそういわれて、ルイズの頭に血が上った。
 「そしてもちろん、僕自身もルイズ、君に好きになってもらいたいしね。今回の件は、不謹慎ながら僕を君にアピールする絶好の機会だ。納得してくれたかな?」
 ルイズは今初めて、目の前の男はあこがれのアイドルではなく、将来の夫なのだと認識した。
 そんなルイズに、ワルドは言う。
 「僕を見てほしい。そして出来れば、好きになってほしい。その上でなら、僕は今すぐにでも君と結婚したいと思うよ」
 「ワルド様! いくら何でもそれは少し気が早すぎます!」
 真っ赤になったまま言い返すルイズ。それに対して子爵はこう言った。
 「いや、僕も、まさか君がこんな魅力的なレディになっていたなんて本当に予想外だったからね。君の話は聞いていた。だから泣いているか、泣くのをこらえているのかのどちらだと思っていた」
 壮絶なまでのクロスカウンターだった。
 「だが僕の目の前にいたのは、魔法がうまく使えないことを自覚しつつ、それでも落ち込んだり反抗的になったりせず、努力を重ねるすてきな女の子だったんだから」
 ああ、とルイズは思う。これはなのはのおかげだ、と。
 彼女を使い魔としていなかったら、私は彼の言ったとおりのままだったと。
 「態度に出ているよ。今の君は、悩みつつもあきらめず、誇りと包容力と強い意志をうちに宿した、魅力的な女性だ……」
 その後何か一言言ったようだったが、その部分はルイズには聞こえなかった。
 前半だけで充分すぎるくらい茹だっていたせいもある。
 だからこう返すのがやっとだった。
 「判りましたわ、ワルド様。お互い、じっくりとお互いを見つめましょう。その上で互いが納得したのなら、その時は……」
 「ああ、結婚しよう」
 そういってワルドは、ルイズを抱きしめた。あくまでも抱きしめるだけで、それ以上のことはしなかった。



 ルイズは幸いだった。ワルドも幸いだった。もし聞こえなかった一言が聞こえていたら、さすがにルイズも引いただろうから。
 彼はあのとき、こう言っていたのだ。
 「まるで母上のように」
 と。







 翌日、ワルドが借り切った船で、何故かよけいな人員の増えた一行は、アルビオンへと向かって言った。
 目的地はニューカッスル、ロングビルの見立て通り、今王党派はその地に立てこもって最後の抵抗をしているらしい。陥落も時間の問題だということを先行していたキュルケ達が調べていてくれたのだ。
 「なんでそんなことを?」
 と聞くルイズに対して、キュルケは少し引きつり気味ながらも、
 「たぶんその辺の情報が必要になるんじゃないかなって思って。ほら、あのときの雰囲気からすると」
 ごまかされている気がしないでもなかったが、ルイズは納得して、今は見えないアルビオンを思った。
 だが、その出会いはちょっと予想外の展開を迎えることになるとは、今のルイズ達には知るよしもなかった。



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