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もう一人の『左手』-33


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「撤退だそうだ」
「撤退って、……どっちが?」
「信じられんが、我が軍の方らしい」
「――はあっ!? 何で!? 貴族派の連中は白旗挙げたんだぜっ!?」
「俺が知るかっ!! とにかくクロムウェルのクソ坊主と直接話したウェールズ殿下が、その指示を出したんだってよっ!!」
「……何でそうなるんだよ……? 王子様、『レコン・キスタ』の国賊どもに毒でも一服盛られちまったんじゃねえの?」
「かもな。あのクソ坊主は特に一筋縄じゃいかねえって聞くしな。停戦交渉で盃に毒を盛るくらいはやりかねないぜ」
「――で、撤退ってどこへ行くんだ? 地下道に穴あけちまったから、もうニューカッスルには戻れねえぞ」
「いや、それがな……どうもトリステインらしい」
「じゃあ、撤退っていうのは……アルビオンからの……って意味なのか……ッッッ!?」


 王党派の兵たちの口さがない私語を聞きながら、眉をしかめる“ブイスリー”――いや、ややこしいので、風見の姿に戻った彼のことを以降は、“カザミ”と呼ぶことにしよう。
 そして、そんな“カザミ”をさらに不機嫌な表情で見下ろす、風見志郎――ミョズ風見。
 まるで双子のように同じ顔をした彼らではあるが、そのうち一人の額には例の“ミョズニトニルン”と記された使い魔のルーンが刻まれているため、二人の区別は容易であった。
 そして、この場における第三の改造人間。
「くくっ……まったく、愉快な奴らだぜ、このファンタジー世界の連中はよぉ」
 そう笑いながら、ワインの瓶をあおる筋骨隆々の男――元デストロン怪人カメバズーカこと平田拓馬。

 停戦の花火が夜空に輝いて以降、王党派と貴族派の兵団は、互いに緊張状態を維持しながらも対峙していた。――が、やはり勢いに乗った進軍を、理由も分からず突如停止された王党派の兵たちは、フラストレーションに任せて怒声を上げまくっていた。
 それは先陣の二人の風見――ミョズ風見と“カザミ”も例外ではなく、彼らはいつでも殺し合いを再開せんばかりの険悪な雰囲気のままであったが……平田は、そんな二人ごと、双方の軍が睨めっこを続けざるを得ない、この現状を愉しんでいた。


「よぉ」
 平田が、空になった瓶を投げ捨てると、二人の風見を振り返った。
「お前ら、……そもそも何で、こんなところで戦争なんかしてるんだい?」


 その声を聞いて、“カザミ”はキョトンとなった。何を言ってるんだコイツは?――そう言わんばかりの表情に。
「俺は王党派の一兵士だ。王家のために戦うのは当然だろう?」
「一兵士である前に、貴様は仮面ライダーV3であるはずだろう?」
 ミョズ風見が、叩き斬るように冷えた口調で言い切る。
 だが、その言葉にも“カザミ”は確たる反応を見せない。むしろ、さっきにも増してワケが分からないという顔をする。
「さっきから君が言う、その『カメンライダー』とは何だ? 俺は“ブイスリー”ではあるが、ただの名だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「ただの名、だと……!?」
 ミョズ風見にとって、――いや、全ての仮面ライダーにとって、その一言は、聞き流していい台詞ではない。だが、“カザミ”はさらに言葉を続ける。


「俺には、主に召される以前の記憶がない。『カメンライダー』とは何だ? 俺が一体何者だったのか、君たちは知っているのか?」


 唖然とするミョズ風見。
 同じく、言葉を失っていたが、やがて平田は含み笑いを噛み殺し切れなくなったようだ。
「なるほど……くっくっくっ……そういう事なら、まだ話は分かるぜ。少なくとも俺やコイツが『レコン・キスタ』に参加しているよりはな」
 耳障りに低音な笑い声が、神経を苛立たせるが、それで表情を変えるほどミョズ風見も子供ではない。むしろ、彼も納得がいった顔で、改めて憮然となる。その不機嫌の矛先は、もはや“カザミ”ではない。むしろ自分自身だ。
(もし、それが本当なら、……俺はとんだピエロだってことか……?)
 過去を失った男に、過去への誇りを問う愚劣は言うまでもない。知らぬ事とはいえ、それを延々続けていた羞恥が、どっと押し寄せてきたのだ。


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「おい」
 平田が、肘でミョズ風見をつつく。答えてやれよ、とその目が言っている。
 その視線を受け、ミョズ風見は、小さく息を吐いた。
「仮面ライダーは戦士ではあるが、兵士ではない。従うのは上官の命令ではなく、自らの魂が規定する正義だけだ」

 その台詞を聞いて、“カザミ”はさすがに硬い視線を投げかける。
「ならば、君が『レコン・キスタ』に組している理由は何だ!? 叛徒に混じって国家への反逆を続けることを、君の魂は“正義”と認めたというのか!?」
「……」
「教えろ、君の言う“正義”とは何だ? 国家を転覆し、この国を泥沼の内戦へと引きずり込んだ者たちを、なぜ“正義”と呼ぶ!?」

 さすがに平田も真顔になっている。
 もっとも話題が話題だ。笑い続けられるほど空気を読めない男ではない。

 ミョズ風見は向き直った。
 同じ顔、同じ肉、同じ細胞を持つ二人が、真正面から視線を交し合う。だが、そこに殺気はない。問いし者が、固唾を飲んで問われし者の答えを待つ。その緊張感が在るだけだ。
 彼は口を開いた。

「確かに、な。……貴様の言い分は正しい」

“カザミ”の視線がさらに険しくなる。
 自らの正義に従うといった本人が、『レコン・キスタ』に正義はないと理解した上で、なお彼らに荷担したというのか? 
 だが、ミョズ風見は言葉を続ける。
「万人にとっての“真の正義”とは何か。親切か? 慈善か? 博愛か?――それを答えられる者など、この世のどこにもいはしない。“正義”とは主観だ。客観ではない。百人の人間がいれば百通りの“正義”が存在するからだ」
「その答えを納得しろと言うのか……ッッッ」
 そう言いながら“カザミ”が、怒りに満ちた表情で立ち上がる。だが、ミョズ風見の表情は、なおも沈鬱なままだ。

「納得しろとは言わん。納得できるとも思ってはいない。だが、かつて俺たちが戦っていたのは“悪”だ。“悪”を撃滅することで実行する“正義”。それこそが俺と、俺と同じく仮面ライダーを名乗る仲間たちの使命だった」
「矛盾しているぞ。“正義”が主観だというなら、“悪”もまた個人の主観に過ぎないはずだ。それとも『レコン・キスタ』の行為は、君の主観では“悪”にあらずとでも言うつもりか?」
「そうは言わん。――だが、俺たちが戦っていた“悪”は『レコン・キスタ』ごときとはワケが違う。立場を変えれば主張を理解できる余地があるような、生半可な“悪”じゃない。破壊と殺戮と混乱、恐怖と悲嘆と絶望……それ自体を生み出す事を目的とする“純粋悪”」

――やつらを打倒する事こそが、俺たち仮面ライダーの存在の証たる“正義”だったのだ。

 そう語るミョズ風見の双眸に迷いはない。
 己の信念に1ミリたりとも後ろめたさを感じていない者のみが初めて可能な、一直線な眼差し。それは“カザミ”が、かつてウェールズの瞳に見た光でもあった。
「そして奴らは、今もなお虎視眈々と活動を続けている。奴らと戦えるのは俺たちだけだ。――分かるか? 俺たちの世界はまだ俺を必要としている。ならば俺の“正義”とはただ一つ。どんな手を使っても地球に、日本に帰ることだ」
「どんな手を、使っても……?」
「そうだ。そのためにこそ俺は契約した。俺を召喚した、あの男とな」
「元の世界に帰る。そのためならば、使い魔となって、何でも言うことを聞く、と?」

 蔑んだような目で“カザミ”が言う。
 実際、ミョズ風見の言うことは、彼からすれば、とても納得のいかない事であった。元の世界に帰るためならば、歴然たる反逆者に荷担する事さえ辞さない。それは自らを王党派の一兵卒だと規定する自分よりもさらに悪質ではないのか?
 そんな男が、やれ戦士の誇りだの、自らの魂の規定する正義だの、まさしく噴飯モノの言い草だ。


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 だが、ミョズ風見の表情は揺るがない。
「何とでも笑え。何を言ったところで、記憶を持たぬ貴様に理解は出来まい。それに、契約を結んだとはいえ、俺は犬じゃない。命令を選ぶ権利くらいはある」
 その一言に“カザミ”は怪訝な表情をする。
「どんな手を使っても、と言ったんじゃなかったのか?」
「それでも、出来る事と出来ない事があるということさ。事情も分からん内戦に放り込まれて、無関係の人間を敵として殺して来いと言われても、さすがに従えない」
「……どういう事だ?」
「俺が契約に当たって承諾した命令はただ一つ」
 彼はそう言って、じろりと無遠慮な視線を“カザミ”に向けると、


「――貴様を含む、三人のV3の首を取ることだけだ」


 やる気なのか。
 いまここで。
“カザミ”の目に、ふたたび戦闘的な輝きが灯った。
 だが、ミョズ風見は、その殺気をあっさり受け流す。
「やらねえよ」
「……なぜ?」
「俺とお前が戦えばタダの喧嘩じゃ済まない。必ずやそれに乗じて軍が動く。そうなったら、せっかく停戦まで漕ぎ付けた戦が、元の木阿弥だ。さすがにそこまで野暮じゃないさ」
 確かにその通りだ。“カザミ”は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「決着は、また今度までお預けだ。異存はあるか?」
“カザミ”はしばし冷たい視線を、自分と同じ顔をした男に向けたが、やがて静かに首を振った。

「なら、話はここまでだ」
 ミョズ風見は立ち上がると、無防備な背中を見せ、歩き出した。
 何かを言おうとする“カザミ”。だが、
「――待てよ」
 彼を呼び止めたのは、平田だった。その声には、先程までのような揶揄するような響きはない。
「最後に聞かせろ。お前を召喚した“あの男”ってのは、誰なんだ?」

 返答の代わりに、刺すような目線が彼から放たれる。アイツの事を思い出させるんじゃねえ。そう言いたげな空気が確実に伝わってくるほどに、彼の拒絶反応は露骨だった。
「聞いてどうする?」
 並みの人間なら、一睨みで震え上がってしまいそうな鋭い眼差しだったが、平田拓馬は――カメバズーカはただの人間ではない。むしろ苛立つような響きが、彼の太い声に上乗せされただけだった。
「それを聞いて、俺がどうするかは俺が決める。――御託はいいからとっとと言えっ!!」


「……ガリア国王ジョゼフ1世」


 まるで名を口にするのも厭うように言うと、そのままミョズ風見は、去った。
 後に残された、二人の改造人間。元デストロン怪人と元仮面ライダー。
「知ってるか?」
 平田は、数週間前にフーケに盗み出されるまで、“破壊の杖”として魔法学院宝物庫で眠っていた身だ。当然、ハルケギニアの世間事情に詳しくない。
「ガリアは、ハルケギニア最大の国家で、その王は確か『無能王』とか言われていたと思うけど、……あの男が、まさか王様の使い魔だったなんて……」
 呆気にとられたように朴訥な口調で話す“カザミ”。
 だが、驚くべきはそこではない。

 平田は僅かな期間だが、ワルドやクロムウェルといった『レコン・キスタ』の関係者と接触を持っている。その組織に、額に全く同じルーンを刻む人物が二人、それぞれ影響力のある重要なポストを担っている。
 かたや、組織の首領クロムウェルの秘書として。
 かたや、王党派の『赤い悪魔』への切り札として。
 彼らを送り込んだ一人の権力者。
 つまり――、
「『レコン・キスタ』の本当の黒幕は、そのガリア王とやらだって、話さ」
 おもしれえ。
 そう言いたげな獰猛な笑みを、平田は口元に浮かべた。


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「……本当なのか?」

 ティファニアは震えながらも深々と頷いた。
 だが、風見は容易に信じられなかった。
 彼女が使い魔として召喚した改造人間――“ブイスリー”は、自分で自分の記憶を消してくれ、とティファニアに依頼したのだという。

「わたしだって、人から記憶を奪うという事の意味くらいは考えた事はあります。だから、何度も断ったんです。何度も何度も断ったんです。でも……」

 確かに信じがたい。
 だが、このエルフの血を引く少女が嘘をついていないのも分かる。
 数日間ではあるが、同じ釜の飯を食い、一つ屋根の下で過ごした仲なのだ。
 そして、“ブイスリー”のことも、信じがたいが完全に理解できないワケではない。

――あいつは、“俺”だ。

 両親と妹をデストロンに殺され、復讐のために自ら改造手術を志願し、『人間を辞める』ことを承知の上で、戦い続ける道を選択した風見志郎。
 無限に存在する平行世界の中には、無論、仮面ライダーになる事を選ばなかった風見志郎もいるだろう。選ぶまでもなく殺されてしまった風見志郎もいるだろうし、そもそもデストロンと関わる事無く、一般人として安穏と暮らしている風見志郎もいるかも知れない。
 だが、あいつ――“ブイスリー”は違う。少なくとも改造人間になる事を、仮面ライダーになる事を選択した風見志郎。すなわち自分と同じ道を選んだ、“俺”と呼ぶことが出来る存在なのだ。

 なればこそ、風見には理解できる。
 改造された肉体と、ライダーとして生き続けることを宿命付けられた魂。そのいずれか一方から解放される事が出来るならば、どれほど楽になれるだろうということが。どれほど世界が違って見えるだろうということが。
――そこには、想像もつかない地平が広がっているはずだ。
“ブイスリー”の選択を責める気にはなれない。
 そんな権利は、自分にはない。
 何故なら、仮面ライダーとして“生きずに済む”世界を、風見が想像したこともなかったと言えば、それは明らかな嘘にしかならないからだ。

「アイツは、俺よりも強いのかも知れないな」
「――え?」
「俺には多分、君にそんなことを頼めない。自分の過去を捨ててまで人生の再出発を図ろうとは、とても思えない。仮面ライダーとしての記憶は、……もう、俺の生きる拠り所の全てだからな……。だが、あいつは違う」
「……」
 風見は、ティファニアの頭を優しく撫でた。
「あいつに代わって礼を言っておく。……ありがとう」
「“ブイスリー”……」
「ティファニア、もう俺をその名で呼ぶな」
「え? でも――」
 風見は、手袋を外し、左手のルーンを見せつける。彼女の使い魔と、自分が別人である事を証明できる、唯一の身体的特徴。
「君が“ブイスリー”と呼ぶべき男は、この世にたった一人だけだ。そして、それは俺じゃない」
「……」
「俺の名は風見志郎。次から俺を呼びたかったら、カザミと呼んでくれ」


「わたし……あなたが怒ってると思ってた」
 風見が傍らの少女を見る。
「だから、謝ろうと思って……あの魔法は、もう使うなって言われると、そう思ってた」
「怒ってなかったわけじゃない」
 風見は、そう言いながら頭を掻いた。
「もし君が、“ブイスリー”から記憶を奪って無理やり『家族』の一員に仕立てたのなら、俺は多分、君を許せなかっただろう。でも、違った。君はあいつを苦しみから解放してやった当の本人だ。ならば俺が感じた怒りなど筋違いもいいところさ」
「あなたたちの背負った過去って、そんなにつらいものなの……?」
「……」
 風見はその質問に答えられなかった。
 ただ、睨むような視線を虚空にやるしかなかった。


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「じゃ、じゃあ、カザミっ! お願いがあるのっ!!」
 すがりつくようにティファニアは、潤んだ瞳を彼に向ける。
「お願い……ニューカッスルに行って」
「ニューカッスルに?」
「“ブイスリー”に、ここへ帰ってくるように言って欲しいの」
「……いいのか? 奴の軍功に、君の実家の再興がかかっているんだろう?」
 だが、ティファニアはニッコリ笑うと、ふるふると首を振る。
「いいの、そんなこと。わたしはこの村で家族と、平和で穏やかな暮らしが出来れば、もうそれでいいの。だから、そんなことのために“ブイスリー”に人殺しをさせ続けてることの方が、よっぽど嫌なの。……それに」
「それに?」
「この耳じゃ、……このエルフそのままの顔じゃあ……貴族になんてなれやしないわ……」
 自嘲するように言うティファニア。
 それは、この数日間で風見が耳にした、自分の境遇に対するティファニアの唯一の愚痴だった。

「……わかった」

「え?」
「今夜から出かければ、明後日の朝には帰って来れるだろう。待っててくれ」
 風見は、少女が洩らした最後の一言に、あえて触れなかった。
 己の肉体に抱く、一言で表現しがたい感情。――それは彼にも十分に理解できる事だったからだ。
 もうメンヌヴィルに浴びせられた火傷の痛みも、ほぼ感じない。
 風見は、解き放たれた獣のような速度で、街道の方角へと駆け出した。


XXXXXXXXXX

 一夜が明けた。

 徹夜で行われた王党派の撤兵作業は、払暁にようやく終了し、浮遊大陸を震撼させたアルビオンの大反乱は、貴族派の勝利で幕を閉じた。
 ジェームズ1世を筆頭とする三百の兵団は、無事トリスタニアに入城を果たし、太后マリアンヌ・宰相コルベール・王女アンリエッタの三人は、国を挙げて彼らを歓迎した。
――少なくとも、表面上は。

「殿下、一体どういうおつもりですかな……!?」
 枢機卿の殺気すら伴う問いかけに、太后マリアンヌは思わず顔をそむける。
『鳥の骨』などと揶揄されながらも、老練の政治家として、永きにわたって一国を切り回してきた男の視線は、鋼の硬度と、鈍く光る冷たさを兼ね備えていた。
「お答え下され姫殿下。おふざけやお戯れにしては、今回の一件はいささか度が過ぎておりますぞ」
 だが、その視線と質問を一身に受け止める17歳の美少女は、顔色一つ変えなかった。
「どういうつもりも枢機卿、あなたが何を怒っているのか、わたくしにはまるで見当がつきませんわ」
 その言葉とは裏腹に、全てを把握し理解している瞳で彼女はうそぶく。

――アンリエッタ・ド・トリステイン。それがトリステイン第一王女たる、彼女の名であった。

「おとぼけになられては困りますな殿下……ッッッ!!」
 今にもこめかみの青筋から血を噴出しそうな形相を剥き出しながら、老人は、孫ほどの年齢の王女に向ける視線に、一層の厳しさを加える。

「貴女が御自分の勝手な判断で受け入れた、アルビオンの王党派の事でございますよっ!!」


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 その剣幕は、いまにも殴りかからんばかりだ。
 だが、いかに彼が国政を牛耳る宰相であっても、臣下であることには違いない。マリアンヌは思わず彼をたしなめた。
「枢機卿、あなたの気持ちは分かりますが、少々お控えなさい。娘とて怯えておりましょうが」
 母として、一応マリアンヌはアンリエッタを庇う。
 だがやはり、当のアンリエッタの表情は変わらない。いや、それどころか眼前でいきり立つ枢機卿を揶揄するように、口元には薄い笑みさえ浮かんでいる。

「年甲斐もなく、何を憤慨しているのかと思えば、……かのジェームズ陛下は、ともに始祖の血を引く王族であり、わたくしの敬愛する伯父なのですよ? そのお命をお助けするのに何の遠慮が要りましょうか?」
「殿下、理解しておられるのですか……? 王党派の亡命を受け入れるということは、かの簒奪者どもとの戦を回避することが、もはや不可能になったという事なのですぞ……? 殿下は、我が国を戦火の渦に巻き込むおつもりなのですか……ッッッ!?」
「そこまで仰るのでしたら枢機卿、あなたの権限で、改めて陛下を追い出せば宜しいではございませんこと? 『せっかく亡命して頂いて申し訳ございませんが『レコン・キスタ』が怖いので、やはり他所を当たって下さい』とでも申し上げて」
「殿下ッッッ!!」
 マザリーニは、思わずテーブルに拳を叩き付けていた。
 そんな事が出来るなら苦労はしない。その拳は、そう語っていた。

“亡命”という行為は、端的にいえば祖国を見限るという事である。
 それは国家に対する重大な侮辱であり、背信であり、反逆でさえある。
 ならばこそ、それを為す者を受け入れる国家には重大な覚悟が問われる。祖国を侮辱した者を、他国が保護するという事は、見方を変えれば国交断絶、宣戦布告と解釈されても仕方がない行為なのだから。
 逆に言えば、一度保護した亡命者を、あっさり引渡すような政権は、諸国から例外なく嘲笑を浴び、それ以上の信用を失う。
 ましてや彼らは王族だ。国家反逆どころか反逆者に国を追われてきた者たちだ。そんな彼らを『レコン・キスタ』に引渡したりしたら、それはもはや妥協どころか屈服に他ならない。トリステイン王政府の名は、その日のうちに地に堕ちるだろう。

「――申し訳ございません。少し取り乱しました」
 ハンカチを取り出した枢機卿が、汗を拭きながら間を外す。だが、その表情からして、彼の怒りが、いまだ冷めやらぬものである事は明白だ。
「お母様」
 そんな枢機卿に一瞥すら向けず、アンリエッタは母親に厳しい目を向けた。
「いま枢機卿が、愉快な事を仰っていましたが、ハルケギニア統一を謳う『レコン・キスタ』と、このトリステインが戦わずに済む道があると、本当にお思いですか?」
 太后マリアンヌは、娘の真摯な問いに、しばし瞑目していたが、やがてゆっくり口を開いた。

「――はい」
「『レコン・キスタ』がトリステインに攻めて来ない、と正気でお考えですか?」
 どうせ放っておいても攻め寄せてくる『レコン・キスタ』を相手に、いまさら機嫌を取るような真似をする必要がどこにある。――そう言わんばかりのアンリエッタの口調は、物静かであったが、それ以上に毅然としていた。
 だが、それに答えるマリアンヌの物腰も、冷静そのものであった。
「ええ。この母も枢機卿も同じくそう思っておりますわ。――こちらから刺激しない限り彼らは攻めて来ない、と」
「根拠は?」
「無論、ありますとも」
 そう言ったのはマリアンヌではなく、皮肉な笑みを浮かべたマザリーニであった。

「ニューカッスルの戦で『レコン・キスタ』どもが予想以上に疲弊した、という報告が入っております。そして艦隊の再建と地盤固めの必要性。さらにはきゃつらの組織形態を考慮した上で、そういう結論に至りました」
「分かるように言いなさいマザリーニ」
 アンリエッタの厳しい声が飛ぶ。彼女がマザリーニを“枢機卿”という官位ではなく名で呼ぶのは、例外なく怒気が激しい時だ。……もっとも、事ここに至っては、怒気を発しているのは、お互い様というべきだが。


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「報告によると、あの簒奪者どもは、最後の会戦で四個艦隊の戦力を喪失しております。その分の艦隊再建、そして更なる軍備増強のためには、彼らはまず、足元のアルビオンの内政を固めるところから始めねばならないでしょう」
 攻め寄せるどころか、むしろ守りを固めねばならないのは『レコン・キスタ』の方である。そのためには、これまでのテューダー朝時代と同じく、ハルケギニア各国と通商を結び、風石輸出をはじめとする経済活動を再開するはずだ。
「そうでなければ、軍備再建の軍資金など、とても工面できませんからな」
 落ち着いた口調でマザリーニはそう言った。

「そして『レコン・キスタ』はただの貴族連合ではない。きゃつらは王権否定の政治団体であると同時に、議会制共和主義の思想団体でもある。さらに、彼らの首領のクロムウェルという男は、謀略に長けた人物であると聞きます」
 陰謀に長じた者が、思想という武器を手にしたなら、最初に始めるのは、問答無用の武力活動ではありえない。まずは調略の触手を伸ばすはずだ。
 王家ならずとも政権を握れるという共和政の魅力と、『レコン・キスタ』の現在の勢いを鑑みれば、クロムウェルが本気になって口説けば、各国の貴族たちは平然と祖国を裏切り『レコン・キスタ』になびくだろう。ならばまず仮想敵国の内部から切り崩すのは当然だ。
――だが、調略には時間がかかる。そして、その分だけ、こっちは時間を稼ぐ事が出来る。

「そして最後に、王なき政府などに、アルビオンの民がいつまでも従うとは到底思えません」
 ハルケギニアの絶対王政と、始祖ブリミルからの王権神授説は、六千年の伝統を誇る。
 六千年という時間がどれほどのものか、僅かでも想像できるならば、その磐石さの程が少しは理解できるはずだ。
 少なくとも、利権に釣られて連帯したような『レコン・キスタ』ごときのハネッ返りどもに覆せるほど、六千年の伝統とは軽いものではない。必ずや失政を重ね、民からの支持を失うはずだ。
 マザリーニとマリアンヌは協議の結果、そのメドを3年と見た。
 王という調停者を持たぬ『レコン・キスタ』の諸侯どもは、好き勝手に党派を組み、派閥抗争を行い、議会工作は必ずや武力衝突に発展するだろう。長くとも3年も放って置けば、内輪揉めで他国を侵略するどころではなくなるはずだ。
 そこで初めて軍を派遣し、『レコン・キスタ』を駆逐すればいい。そのあとで誰か一人、テューダー家の血を引く人物を即位させて、王家を再興させてもいいし、それとも王など立てず、各国の共同統治地にしてもいい。
 それまでは、当たらず触らず、放って置こう。

 そういう見地に立てば、アルビオンの新政府といたずらに対立せずに、むしろ彼らを利用しようと考えるのは、為政者としては当然であったろう。
 どのみち、現在のトリステインが、風石の大半をアルビオン産でまかなっている以上、そう簡単に彼らと喧嘩は出来ない。風石の供給が絶えるということは、軍事・流通両方の面で、それこそ致命的な損害なのだから。
 アルビオンと国交を維持できるなら、それに越した事はないのだ。

……それが、国政の頂点に立つ二人の『レコン・キスタ』に対する見解だった。
 だから、ジェームズ1世の亡命など、マザリーニが真っ先に情報を掴んでいれば、受け入れるはずがなかった。彼の存在など『レコン・キスタ』を無意味に刺激するだけの、文字通り国家にとって無用有害な存在でしかなかったからだ。
 アンリエッタは、彼らのそういう思惑を、それこそ机ごと引っくり返してしまったのだ。

 そして、それはアンリエッタも承知している。
 マザリーニとマリアンヌの思惑も、現在のアルビオンの情勢も、今後のトリステインの政略も、……何かもかも理解した上で、王女はそのテーブルを引っくり返したのだ。

「分かっています。あなた方が仰ったことは全て。その上で“手紙”を書いたのですから」

 今度は、宰相と太后が絶句する番だった。
“手紙”とは言うまでもない。アンリエッタがしたため、ルイズからウェールズに手渡された手紙のことである。ルイズによるヴァリエール紋章旗掲揚事件で、王女が公爵令嬢に与えた密命のことは、すでに国家首脳の知るところとなっていた。
 ウェールズは父を脱出させるに当たり、その手紙をジェームズに託した。何故なら、その手紙には、こう記されていたからだ。
『トリステインは、アルビオン王家とそれを支援する全ての方々を受け入れる準備があります』と。


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――無論、国家の正式決定でも何でもない。すべてアンリエッタの独断によるものだ。
 だが、仮にも一国の旧王が、王女の直筆でそう書かれた手紙を持って現れれば、門前払いを食わせる事など、絶対に不可能だ。

「こうなる事を承知の上で……ヴァリエールの小娘に密命を下したと言うのですか……!?」
 呆然と声を上げるマリアンヌを、見下すような視線でアンリエッタは頷いた。
 アンリエッタが手紙に何を書いたところで、ウェールズが素直に亡命してくるとは、実は彼女自身も思っていなかった。彼女が愛する王子様は、祖国と部下を見捨てて一人逃げ出すような男ではない。死ぬほどツライ結論だが、アンリエッタにはその確信があった。
 むしろ彼自身は踏みとどまりつつも、その手紙を使って部下や父親を逃がそうとするはずだ。
――そして、アンリエッタの予想は現実のものとなった。
 王党派の亡命を受け入れた以上、もはや『レコン・キスタ』との関係修復は不可能だ。
 つまり……、

「いったい……いったい何故……そんな真似を……ッッッ!?」
 震える声で訊くマザリーニに、アンリエッタは一瞥すら与えない。
「決まっているでしょう」
 彼女は椅子から立ち上がると、静かにマリアンヌに向けて歩を進めた。


「ウェールズ様を殺めた逆賊どもを、ウェールズ様から国を奪った簒奪者どもを、一人残らず皆殺しにするためですわ」


 淡々と吐かれた言葉であるからこそ、そこに込められた殺意の深さは、容易に想像できるものであった。
 マリアンヌが、化物でも見るような目で、近付いてくる娘を見る。
「しっ、しかし、アンリエッタや、ウェールズ殿下の訃報はまだ報告されておりませんよ」
「秘されているのでしょう。わたくしには分かります。ウェールズ様を生かしておく事の危険性を、クロムウェルが理解できぬはずがありません」
「でっ、ですがっ……」
「『レコン・キスタ』と和平なんか結ばせてたまるものですか。今すぐ攻め寄せ、今すぐ反逆者どもの首を掻き切らなければ、……わたくしはこの先、生きていく事さえ出来ないでしょう……ッッッ!!」
「アンリエッタ……」

「もっとも……わたくしは“そのために”ゲルマニアごときに降嫁するのでしょう?」
 そう言いながらアンリエッタは、恐怖でのけぞった母親の腹に、優しく手を置いた。
「アルビオンで内戦が始まるや否や、同盟締結をダシに、あなた方が急ぎまとめた婚儀の約束」
 アンリエッタの瞳が、さらに冷たく光る。
「でもね、お母様……わたくしは、知っているのですよ。何故あなた方がわたくしの婚儀を焦るのか。わたくしがゲルマニアに嫁いだ後、誰がトリステイン王家を継ぐことになるか……」
 マリアンヌは、自分の腹を優しく撫でまわす実の娘に、吐き気さえ覚えそうになっていた。


「ねえ、お母様、この子の父親は……枢機卿なのですか……?」


 その一言は、凍り付いていた母親と宰相を、さらなる恐怖へと叩き込む。
 王女は、そんな二人に静かに微笑むと、
「ご安心下さい。わたくしは何も怒ってはおりませぬ」
「え……?」
「ウェールズ様の苦境に際して、テューダー王家に一兵すらも送るどころか、あの御方の死を前提とした婚儀を勝手に決められた事も。それどころか、わたくしの輿入れ自体が、その子に玉座を継がせんが為の計らいであった事も……わたくしは怒っておりませんわ」
「その復讐のために……祖国を戦に引きずり込もうと言うのですか……ッッッ!?」

「わたくしは、この婚儀の本来の役目を果たすだけですわ」

 そう言いながら枢機卿に微笑んだアンリエッタの言葉に、もはや嘘があろう筈がない。
 彼女は全身全霊を持ってゲルマニア皇帝を篭絡し、彼を『レコン・キスタ』への敵対者たらしめるだろう。そして両国は足並みを揃えて杖を携え、ウェールズの仇討ちの戦に邁進することになる。……それがアンリエッタの、いまの望み。

「では、お母様、ごきげんよう。どうかお体を御自愛くださいませ」


.
 言葉もなく立ち竦む二人を後にして、アンリエッタはきびすを返した。
 だが彼女は、……ウェールズの生存と、彼がクロムウェルと提携した事実を、いまだ知らない。


#############

「生き……てる……?」

 少年は、目覚めた。
 おかしいな、確か、おれは空中に放り出されて……、
「きゅいきゅいっ、サイトっ、やっと目を覚ましたのねっ!!」
 そのとき少年は、そう言いながら自分の首っ玉に飛び込んできた青い髪の女性によって、何も言えなくなった。
 彼から言葉を奪ったのは、まともにぶつけられた女の感情ではなく、ほのかに匂う女臭さでもなく、――その巨大な胸の感触であった。
(ルイズを相手にしてたら忘れがちだけど……やっぱ、巨乳って、いい……)

「おやおや、やっぱり若い者はいいねえ」

 桶に水を汲んで部屋に入って来た、中年の男性。それほど上質の衣服ではないので、おそらくは平民であろうか。
 途端に真っ赤になって、シルフィードを引き剥がそうとする才人だが、この韻竜はいささか常識が通じない。「きゅいっ?」と不思議そうに言うと、抵抗するように、さっきよりさらに激しく才人にしがみ付いた。
――たっぷり二分ほど。

「済んだかね?」

 男性が、さすがに眉をひそめながら質問し、才人は顔を上げることも出来ずに、黙って頷いた。
「まあ、傷が浅かったのは不幸中の幸いだが、しばらくは動かん方がいいぞ」
――傷? そういえば、身体中に包帯が巻いてあるが、これが傷なのだろうか?
「ま、今は農閑期だし、怪我人を追い出すような真似はしねえ。ゆっくりしていったらええ」
「あの――」
 才人の声に、男性は「ん?」といった表情で振り向く。
「助けていただいて有難うございます。――で、その……ここはどこなんですか?」

「ここはタルブの村だ。うちのワインはトリステイン一なんじゃが、お前にはちょっと早いわな」
 そう笑うと、男は出て行った。


「タルブ……」


 ハルケギニアの土地鑑がない才人には、どのみち聞き覚えのない場所であった。



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