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ゼロな提督-27 b


 禅譲。
 トリステイン王の地位をマリアンヌからアルブレヒト三世へ譲る。それがゲルマニアへ
の対応策。
 これは『アルブレヒト三世はトリステインへの侵攻などしたくない』という、その一点
に賭けたものだ。そしてクリアすべき問題点は、皇帝の名誉。

 帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世は、権力争いの末に親族や政敵をことごとく塔に
幽閉し皇帝の座をもぎとった男。野心の塊で冷徹な合理主義者。そして広大な版図をまと
め上げる政治的才覚の持ち主。ただし、始祖の血をひかないため権威やカリスマに欠けて
いる。
 今回の軍事同盟も短期的には『レコン・キスタのハルケギニア内での躍進を抑える』と
いう利害の一致ゆえ、そしてトリステインを対アルビオン戦におけるゲルマニアにとって
の防壁とするためだ。
 長期的には、始祖の血をひく後継者を得る、王家の妻を娶る事で始祖の権威を我が物と
し権勢を強める、という打算もある。決してアンリエッタ姫に対する愛だの劣情だので結
婚をするわけではない。

 いずれにせよ、アルブレヒト三世としては領土拡大の野心をトリステインに向けてはい
ない。現段階ではゲルマニアへのレコン・キスタ侵攻を食い止めたいのだ。この段階でト
リステインが早々にアルビオンへ屈すれば、軍事大国ゲルマニアも侵攻の勢いを抑えきれ
ない。ゲルマニア艦隊はアルビオン艦隊の半数で、しかも旧式だ。制空権を抑えられたら
ひとたまりもない。
 だがアンリエッタ亡命の報を受ければ、ゲルマニア自身がトリステインに侵攻しなけれ
ばならなくなる。ゲルマニアの大使はラ・ロシェールにいるし、クルデンホルフ大公国か
らの情報も早々に届く。皇帝自身の個人的怒りに加え、自らの名誉を傷つけたトリステイ
ンに報復せねば権威を保てないという対外的理由もある。おまけにレコン・キスタが枯れ
野原を焼く火の如く襲いかかってくるのを、ゲルマニア国内に達する前に食い止めねばな
らない。
 危機に陥っているのはトリステインだけではない。ゲルマニアも同じだ。早急に軍事同
盟が必要なのだ。一日でも、一瞬でも早く。だが名誉を回復出来なければ、皇帝は同盟を
締結出来ない。

 トリステインが生き残るには、この点を解決する以外無い。
 そのための最後の手段、それがゲルマニア皇帝への禅譲。

 単に謝罪や賠償をしただけではゲルマニア皇帝の権威と名誉は回復しない。枢機卿の首
を差し出したところで、軍事同盟は破棄されたまま。ましてや軍事協力など夢のまた夢。
婚約者に逃げられるわ、その逃げられた婚約者の国と手を結び続けるわ…皇帝は恥知らず
の道化、命惜しさに節操を捨てた、と嘲られてしまう。
 この上で、さらにトリステインが適当な有力貴族の女性と政略結婚とか軍事同盟締結に
ついて、再度大使を通じて申し出たらどうなるか。その大使は哀れにも見せしめとして八
つ裂きにされるだろう。対外的パフォーマンスもあるが、皇帝個人も愚弄されたと感じ怒
り狂う。
 ゲルマニア皇帝の権威と名誉を回復せねば早期軍事協力が成り立たない。第一、悠長に
交渉をしていられる時間的余裕がない。時間がたてば経つほどトリステインは内部分裂と
亡命・変節者を出すことになる。今すぐに政治的軍事的安定が必要なのだ。


 ヴィンドボナでアンリエッタを待つ皇帝の前に、代わりにマリアンヌかマザリーニが向
かう。それも事態を知ったゲルマニア大使はおろか、クルデンホルフ大公より早く。
 全ての事情を話し、頭を下げて素直に謝罪する。
 そして膝を屈し、杖を捧げ、禅譲を申し出る。アルブレヒト三世の支配を受け入れると
いう、トリステイン貴族達の連名と共に。

 誰よりも早くトリステインの為政者自身が皇帝の前に駆けつけ真摯に謝罪する事で誠意
を示し、皇帝個人の怒りを鎮める。
 始祖より授けられた王権そのものを譲渡する事で、アンリエッタとの婚姻で皇帝が得る
はずだった始祖の権威を得る事が出来る。いや、むしろ王権を有するマリアンヌ自身が膝
を屈しアルブレヒト三世の軍門に下る事で、『皇帝の権威は始祖より授けられた王権を上
回る』と示しうる。
 ゲルマニアにとってはトリステインがゲルマニアを自国領地に加える事になるので、当
初の予定通りにトリステインを対アルビオンの防壁にできる。レコン・キスタの伸張を防
ぎうる。何より、トリステイン侵攻の為に無駄な戦力を消費する、という愚を犯さずに済
むのだ。
 加えて、マリアンヌと枢機卿へ不始末の責を問うて殺すのは、皇帝にとって不利益が大
きい。トリステインの国政を一手に握っていたマザリーニを失うと、占領したり降伏させ
たトリステイン貴族への支配に支障が出る。王権を持つマリアンヌを殺せば始祖が授けた
王権への反逆という誹りを受け、後の禍根となる。禅譲を受け入れれば両者とも殺さず済
み、臣下とすら出来る。
 皇帝にとっては、個人的・短期的理由からトリステインに攻め入るより、余程価値のあ
る選択だ。

 では、皇帝がこれを受諾したとして、トリステイン貴族を粛正して自らが直接支配する
という可能性は?
 その可能性はある。無論、今回の大失態について責任者の責は問われないわけにはいか
ない。だが、もしレコン・キスタの侵攻を上手く凌げれば、皇帝のトリステインへの干渉
や支配に抗する事は出来る。
 もともとゲルマニア自体がトリステインの10倍の面積を持つ都市国家群。決して一枚
岩ではないのだ。そこへトリステインという、小国とはいえ歴史と伝統を持つ国家を加え
ると、その勢力はゲルマニア国内では最大となる。軽々しく手出し出来る存在ではなくな
るのだ。
 対アルビオン戦を凌ぎきり、十分な国力を維持すれば、皇帝から自治権を守り続ける事
も出来るだろう。形式的にはゲルマニアの属領で、毎年の上納金も収めねばならなくなる
が、実質的にはこれまで通り独立を維持しうる。

 いずれにせよ、この策には幾つかの条件が存在する。極めて困難な条件が。
 大后マリアンヌ自身がアルブレヒト三世の前に膝を屈し、禅譲を申し出る事。
 枢機卿がアンリエッタ亡命の責を負い首を差し出して、マザリーニの生殺与奪権を皇帝
に与える事。
 ヴァリエール公爵だけでなく、トリステイン貴族が連名を持ってアルブレヒト三世の軍
門に下る。即ち国内の意思統一。
 これら全てを、ゲルマニア皇帝が受諾する事。
 何より目前に迫った脅威であるアルビオン艦隊に、トリステイン艦隊が勝利し地上侵攻
を一時でも食い止める事。
 このほか、幾つもの条件が必要になるかもしれない。ゲルマニアへの損害賠償、トリス
テイン有力貴族の首、もしくは人質。領土の割譲…。その辺は今後の交渉次第だろう。

 とにもかくにも、まずはこれらの条件全てをマリアンヌ陛下と全貴族が受け入れねばな
らない。
 果たして実現させうるか?それも、この短時間で。
 そもそも、アルビオン艦隊にどうやって勝とうと言うのか?確かにゲルマニア側は侵攻
してこない、少なくともこの件について交渉している間は。だからといって、東側へ戦力
を割かずに済むからと言って、西から今日にも攻めてくるアルビオン艦隊が強大である事
に何の変わりもないのだ。



 当然、ホールに集まる貴族達は、目前のアルビオン艦隊の脅威を唱える。いくらゲルマ
ニア側を政治的に処理したところで、軍事的にはアルビオンへ対抗出来ない。所詮は絵空
事、机上の空論だと。
「勝てます!
 既にその策は講じてあるのです。少なくとも、アルビオン艦隊は早々にトリスタニアへ
来る事は出来なくしてあります」
 公爵夫人の言葉に、ホールの人々は困惑する。
 アルビオンの艦船は最新鋭の巨艦『ロイヤル・ソヴリン』級を筆頭に、トリステイン艦
隊の倍だ。まともに考えれば勝てるはずがない。

 ドカッ!と派手な音を響かせて、ホールの扉が開け放たれた。
 そこには、肩で息をする公爵と、その一行がいた。
「各々方!既に手は枢機卿が打って下さったぞ。本日中にアルビオン艦隊は大打撃を受け
る!少なくとも、我らがアルブレヒト三世との政治交渉をするだけの時間は、十分に稼げ
るぞ!」
 公爵の叫びに、ホールからは疑惑や驚嘆の声が上がる。一体どうやったのだ?そんな事
が出来るはずがない!と公爵の言葉を信じようとはしない。
 だが同時に、枢機卿が公爵の策に同意したのか!?もし本当なら、少なくともアルビオ
ンの再侵攻まで時間が稼げるし、ゲルマニアとの軍事協力も可能だが…等の、公爵の言葉
に希望を見出す声も聞こえてくる。

 カリンの横に立っていたエレオノールが父親に声を上げた。
「父さま!一体、どういう事なのですか!?本当に、アルビオン艦隊を倒せると、そう言
われるのですか!?」
「うむ!真だ。今から、その点を説明する!」
 婦人に続いて、今度は公爵が語った。いかにしてアルビオン艦隊の襲撃を食い止めるか
という、ヤンのもう一つの策を。




 公爵の話を聞き終えた時、ホールに集まる人々の顔には希望の光がさしていた。そこか
しこで公爵と枢機卿が講じた策について、楽観論と悲観論がぶつかりあう議論が巻き起こ
る。
「なるほど…確かにそれなら上手く行くかもしれん」
「バカな!そんなに都合良く行くものか!手紙一枚でアルビオン艦隊を追い返せるなど、
有り得ない!」
「だが、他に手はあるまい。アルビオン艦隊が襲来するより早く密書が届けば、可能性は
十分だ」
「まさに時間との勝負、いや、ある種の賭だ」
「かなり時間が経過してしまったわ。上手く行くかどうかは分からないけど、私達には既
にどうにも出来ないわ」
「そうだな…艦隊は任せるしかない。時間を稼いで、その間に我らは今この場で出来る事
を為すべきだ」
「ちょっと待たれよ!我が国とアルビオンは不可侵条約を結んでおるのだぞ!?最初から
侵攻してこないかもしれんではないか」
「馬鹿か貴様!王権を有するアンリエッタ姫がアルビオンにいるのだぞ!?トリステイン
を蹂躙し尽くした後に、姫を飾りの女王としてトリステインに置くつもりだ。あとは、ア
ルビオンに都合の良い事実を、どうとでも捏造して発表すればいい。女王アンリエッタの
名でな!」
「そういう事ですわ。不可侵条約なんて、もはや何の意味も無いのですわよ」

 艦隊が今すぐトリスタニアに来る可能性は低い、その点だけでも貴族達を一安心させる
には十分だった。一時は恐慌状態に陥っていた彼等も、今は冷静に事態の分析と打開案に
ついて考える事が出来た。


「では、我らもレコン・キスタに参加してみてはどうだ?禅譲よりは現実的な選択かもし
れん」
「…アルビオンでは、王党派は皇太子を残して尽く粛正された。陛下も、恐らくは粛正さ
れよう…そして、我らトリステイン貴族も、な」
「そうは限らないでしょう。彼等はゲルマニア・ガリア・ロマリアとも戦う気です。戦力
は少しでも欲しい事でしょう。異国の地であるトリステインを長く治めてきた我らを粛正
すれば、統治に支障をきたします」
「確かに粛正されるとは限らないけど…トリステインは、私達の領地は荒れ果てるよね。
ハルケギニア統一戦争をするなら、粛正されるまでもなく私達は最前線で戦う事を余儀な
くされるわけで、長引く戦乱の中で死ぬこともあるさ。
 そして統一に成功したら、今度はエルフとの戦争だよ。これはもう、死を覚悟するしか
ないな。
 で、僕らが死んだ後、レコン・キスタは私達の家や領地を保証してくれるかな?」
「恐らく、しないな。そのままアルビオンのレコン・キスタ派貴族が接収する様が目に浮
かぶようだ。民は困窮と戦乱に苦しみ、大地は怨嗟の叫びで満たされるだろう」
「なら、一体どうすればよいのだ!?
 禅譲すれば我等の名誉は失われる。レコン・キスタに加われば死と破壊が大地を覆い尽
くす…どちらも死に等しい!」

 まさに二律背反。多くの紳士淑女が頭を抱えて他の選択肢は無いかと頭を巡らせる。大
声で議論し、意見をぶつけ合う。

「だが、このまま座して破滅を待つわけには行かぬ。…何か、何か他に手はないのか!?
禅譲せずとも、領土割譲なり損害賠償なりで片付ければよいのではないか!」
「確かにそれで皇帝の怒りを静める事は出来よう…が、軍事同盟は難しい。トリステイン
だけで対抗せねばならないのは変わらぬ。件の策でアルビオン艦隊を撃退出来ても、いず
れ再び侵攻を受ける。
 その時は、終わりだ。王家の威信が地に堕ちたのだ。トリステインから逃げ出す者、レ
コン・キスタに走る者…もはや奴等に抗する力が残されていない。そんな抜け殻、ゲルマ
ニアは早々に見捨てる」
「ええい!ガリアはどうなのです!?なぜガリアは全く動かぬのですかっ!」
「あの無能王に何を期待するのだ?これまで全くの無視を決め込んだ奴等だ。今さら期待
できることはあるまい」
「では、こういうのはどうだ?誰か、そう、ヴァリエール公爵にでも禅譲するのだ。それ
か、エレオノール様かカトレア様をマリアンヌ様の養女にする。その上でお二方のいずれ
かが政略結婚で」
「また政略結婚か?もしも、お主だったらどうだ?それを受け入れるか?」
「・・・いい加減にしろ!と、怒鳴りつけるだろうな・・・」
「そういうことだ。『王権もらったから今日から王様です。この娘は昨日から王女になりま
した。アンリエッタの代わりにもらってください』…人をバカにするにも程がある。もう
結婚云々は忘れろ」
「ええい!とにかく、こんなダラダラ話している時間がないのだ!そもそも陛下は、どう
お考えなのでしょうか?」
「そうだ!陛下のお考えを伺わねばなるまい!」

 貴族達は口々にマリアンヌの意見を求め、女王の姿を探す。
 マリアンヌの意見を聞きたいという彼等の意見は、禅譲の必須条件である『マリアンヌ
自身がアルブレヒト三世の前に膝を屈し、禅譲を申し出る事』が満たされるかどうかを知
るために必要なものだ。この点がクリアされない限り、全ては成り立たない。

 そんな彼等の言葉に応えるかのように、公爵の背後からマリアンヌは姿を現した。気丈
に正面を向き真一文字に唇を結ぶ女王の後ろには、侍女と小姓に左右を支えられた枢機卿
もついてきている。
「陛下!」「マリアンヌ様!このような暴挙を認めるおつもりではあるまいな!?」「枢機
卿!貴様、乱心したか!」「そうだ!このような甘言に乗せられるなど、貴殿らしくない」
「まだ時間はあります!トリステインの独立を、誇りを守れる手が他にあるやもしれませ
ん!」
 貴族達は大后へ詰め寄り、口々に女王の真意を問いただし、禅譲案の拒絶を示す。
 しばしの間、大后は貴族達に囲まれたまま、彼等の訴えを聞いていた。


「皆、静かに」
 婚儀の為の豪奢な白いドレスに身を包んだままのマリアンヌが声を発する。
「落ち着いて、私の話を聞きなさい」
 公爵は大后と貴族達の間に割って入り、皆を下がらせる。
 ホール入り口に立つマリアンヌ周囲に、半径5メイルほどの空間が出来る。その中心に
立つ大后のすぐ後ろには、タバサを含めた公爵一行、枢機卿と侍女と小姓達も控える。
 彼女は、重々しく語り始めた。

「まず此度の、我が娘の暴挙と未曾有の危機について、深く謝罪致します。全ては娘の教
育が至らなかった、娘の真意を見誤った私の責任です」
 そういって、マリアンヌは深く頭を下げた。
 この場にいる貴族の誰も、そこまで深く頭を下げた事はないだろうと言うほど、後頭部
が見えるまで。
 頭に血が上っていた貴族達も、女王の冷静かつ真摯な謝罪に勢いを削がれ、冷静さを取
り戻す。

 貴族達が静まるのを待って、マリアンヌは顔を上げて話を続けた。
「そなた達の怒りと不満は理解しています。
 始祖より授けられた王権を六千年に渡り守り続けたトリステイン王国を、我等の代で潰
えさせるなど不名誉の極み。貴族としては死に等しい…皆、そのように考えるでしょう。
致し方のない事です」
 周りで話を聞く貴族達は揃って頷く。

 頭を上下させる人々を一通り見渡したマリアンヌは、再び口を開く。
「ですが、このままでも我等全員が死を免れません。
 ヴァリエール公爵とマザリーニのおかげで、アルビオン艦隊を一時は凌げるでしょう。
ですが、その後はゲルマニアが来ます。ゲルマニアと鉾を交えれば、艦隊を再編成したア
ルビオンが今度こそトリステインを、いえ、我が国との戦いで消耗したゲルマニアも同時
に破壊し尽くすでしょう。
 かの国は漁夫の利を得る事が出来るのです」
 僅かな希望を見出していた人々は、女王の言葉に改めて現状の厳しさを思い出す。結局
は、ゲルマニアとの軍事的協力無しにアルビオンへ対抗する事は出来ない、という事実を
思い知らされる。

 目を伏せてしまう人々に、更に話を続けた。この場の誰よりも目を伏せつつ、己の過ち
を告白する。
「そもそも、此度の失態の根本原因は、私にあるのです」
 その言葉に、人々は伏せていた目を上げる。悔しさを滲ませる主君の顔を黙って凝視す
る。
「私は、自分が王位にある事を認めませんでした。皆に、『女王陛下』と呼ばれても返事
をしませんでした。王の妻、王女の母に過ぎぬと言い張り、自分が即位した事実を受け入
れませんでした」 
「そ!それは亡き陛下を偲んでの事で」
 マリアンヌを擁護する叫びを上げた貴族に向けて、彼女は腕を上げて発言を制する。そ
して懺悔を続ける。
「私は、夫の喪に服し続けました。王という為政者の責から目を背け続けたのです。
 皆、口にはせずとも分かっているはずですよ?夫が死した後、私自身が再婚すべきだっ
たと。娘より先に私自身が、まだ若いうちに政略結婚をして、後継者たる男児を授かれば
よかったのだと」

 その言葉に、誰しも口をつむぐ。顔を背ける。
 それは政治の常道であり、王家の責務である…だれしも承知していた事だ。
 だが、それを認めるということ、口にすると言う事は憚られた。マリアンヌの亡き陛下
を想う気持ちを踏みにじる事など出来ようはずがない。加えて、陛下へ間違いを指摘する
地位も気概も、そもそもそこまでの危機感や政治的才覚を持たなかったゆえに。
 主を諫められぬは家臣の罪。大なり小なり、全てのトリステイン貴族に責がある。


「結果、私は自分の身代わりとして娘を差し出したのです。私が政略結婚をしたくないか
らと、娘に押しつけたのです。
 私は、王の器ではなかったのですよ。いえ、母の器ですらなかったのです。私に、娘の
暴挙を咎める資格は無いのです。
 全ては、私の不徳が招いた事なのです。皆に、どのような言葉を用いても詫びる事が出
来ません。ですが、本当に、申し訳ありませんでした」
 そういって、女王は再び頭を下げた。腰を折り曲げ、顔を伏せる。
 彼女の顔の真下、床には幾つもの雫が落ちる。
 ホールのそこかしこからもすすり泣く声が聞こえてくる。

 後ろに控えていた侍女の一人がしずしずと進み、 大后の横にかがんで目元をハンカチ
で拭く。
 女王は顔を上げ、背筋を伸ばし、そして毅然とした態度で声を張り上げた。
「私の、女王としての最後の責務です!トリステインを、この国に住まう全ての民を、そ
してハルケギニア全てを守らねばなりません!
 この無能な王にも出来る事であれば、やらねばならないのです!我が命を捧げる事でな
し得るなら、喜んで為しましょう!」
 そして、居並ぶ貴族達を見渡した後、大きく息を吸い込む。
 マリアンヌの叫びが大ホールに響き渡る。


「トリステイン王の地位を!アルブレヒト三世へ禅譲致しますっ!!」


 刹那、数人の人間が動いた。
 貴族達の輪の中から杖が向けられた。幾つもの魔法が放たれたのだ。
 氷の矢が、火の玉が、雷撃が女王へと、女王の後ろにいる人々へと飛んだ。





 だが、全ての魔法は女王に届かなかった
 大半の魔法が寸前で女王にかけられた『エア・シールド』に阻まれたのだ。
 残りの魔法もデルフリンガーに吸い込まれた。
 杖を向けた人々は光に包まれる。光が消えた時、彼等の杖は粉々に砕け散っていた。
 更にホール内に突然現れた小さな竜巻に巻き上げられた。


 公爵一行は、女王ではなく女王を囲む人々を見ていた。
 この策に同意せず、杖を振り上げる者が現れる事は百も承知だった。
 だから、タバサは事前に女王の周囲に空気の障壁をはっていたし、ヤンは右手をデルフ
リンガーにかけていた。ルイズも『エクスプロージョン』の詠唱を終えていた。カリンも
階段の踊り場から杖を向けていた。
 さらにはシエスタのブラスターとロングビルの杖も後詰めとして構えられている。

 竜巻が消えた時、杖を向けた人々は女王の前に落下してきた。
 その中の一人はマンティコアの大きな刺繍が縫い込まれた黒いマントをまとった騎士、
現トリステイン魔法衛士隊マンティコア隊隊長ド・ゼッサールだ。その他2名もマンティ
コア隊のマントを纏っていた。
「く、くそ!…陛下!お考え直し下さい!どうか、我等と共に、王家と貴族の名誉だけで
もお守り下さい!
 もはや、もはや滅びを免れえぬというのなら!せめて名誉ある死だけでも!!」
 地に伏した隊長は急いで起きあがりつつも、女王へ翻意を求める。
 他の隊員も身を起こし、女王の前に跪いて頭を垂れる。
「陛下!不肖ながら、我等が介錯致します。どうか、どうか王家の権威を辱める事無きよ
う、伏して請い願います!」
「もはやトリステインは終わったのです!この上は、無駄にあがき生き恥を晒すより、名
誉ある死を受け入れましょうぞ!それこそが王家の、貴族の務めです!」

 彼等の意見は、貴族社会では常識的なものだ。
 横で聞いているヤンとしては、自分が同盟政府に暗殺されかけた時をの事を思い出す。
あの時、ヤンを殺しに来た士官は自己陶酔の極みで声を震わせていた。殺されるヤンは本
気で腹が立った。
 だがここは同盟でも帝国でも、民主主義社会でも法治国家でもない。王権神授説に基づ
く貴族社会だ。彼等はこの貴族社会で、家名と領地を守らねばならない。そのように教え
られたし、それがこの社会のルールなのだ。ヤンの常識で彼等を量る事は彼の独善に過ぎ
ない。
 彼等の非は、この貴族社会のルールに従って問わねばならない。だからこそ、ヤンは何
も言わない。ただマリアンヌへ向けられる魔法を防ぐべく、長剣を構える。

 そして、マリアンヌは彼等を諭した。貴族社会の法に従って。
「そう、確かにトリステイン六千年の歴史は終わりました。ですが、我等はまだ生きてい
ます。この国の民も、ハルケギニアの民も、生きているのです。
 我等が名誉と共に自害して果てれば、確かに我等の名誉は保たれます。ですが、この国
の民はどうなりますか?我等貴族の名誉のために平民達を、ハルケギニアに生きる貴族以
外の全ての民も道連れにせよ…そなた達は、そう言うのですか?
 貴族だから平民の命などどうでもよい、生かすも殺すも我等メイジの自由だ、そう考え
ているのですか?」

 マリアンヌの問いかけに跪く騎士達は、そして周囲の貴族達も言葉を詰まらせた。
 実のところ彼等の多くが、貴族の誇りを持つ裏返しとして、平民を見下している。無知
で無力な家畜だと見なしている。だが表向き、平民は国民であり貴族が庇護すべき存在と
されている。
 少なくとも表立って「平民なぞどうでもいい!所詮、奴等は我等の所有物に過ぎん!」
と公言する事は出来ない。


「思い出しなさい。我等は『成り上がり』と蔑んできたゲルマニアと同盟を結ぼうとして
いた事を。王権を戴かず、平民達によって栄える国に、我等は最初から最後まで助けを求
め続けているのです」
 それも事実だ。この場にいる貴族全てが、ゲルマニアとの政略結婚と軍事同盟成立を祝
うために、今日この日この場所に集っていたのだ。成り上がりの平民国家と手を携える事
を、諸手を挙げて歓迎していたのだ。

 マリアンヌは視線を上げる。
 彼女の周囲にいる、全ての貴族に語りかける。
「皆、忘れてはなりません!
 我等は領地を、領民を、国民を守らねばならないのです!それこそが王侯貴族の第一の
責務!これを果たし得ぬ者に、貴族を名乗る資格は無いのです!」
 ホールに女王の声が響き渡る。

 そこかしこから、嗚咽の声が漏れる。
 多くの貴婦人がハンカチで目元を隠している。
 いずれも名のある紳士達が、悔しさに拳を握りしめる。
 地に膝をつき、力なく肩を落とす者もいる。

 だが、ゼッサールの意思は固かった。魔法衛士隊隊長の職務を務めてきた彼の強固な精
神力と責任感は、いまだ主義主張を曲げる事をよしとしていなかった。
「ですが…王権は、始祖より賜りし神聖なるもの!国が亡びるからといって、軽々しく譲
り渡せるものではありません!
 始祖より賜りし王権を譲り渡せるは、やはり始祖の御意志を持って他にありませぬ!」
 その言葉にマンティコア隊員達は強く頷く。
 周囲の貴族達も目に見えて迷いを示す。彼等にとって始祖への信仰は、生活の基礎を為
す。絶対的存在と言ってもいいものだ。故にゼッサールの言葉も彼等にとっては真理だ。
目に見えて禅譲に異を唱えようとする意見がさざ波のように広がっていく。
 女王の顔にも初めて躊躇いが混じる。

「始祖の御意志…と、申されたな?」
 公爵が一歩前に進み出て、隊長へ問う。
「いかにも!我等、始祖より授けられし王権を守る衛士隊。ゆえに、王権を守るが第一の
務め!」
 厳めしい髭面の男は、大きな体躯全てを使って声を張り上げる。それが彼の存在理由の
全てであるかのように。
「他の方々も、同じく考られておられるか?」
 尋ねられた人々は、皆一様に頷き同意の言葉を呟く。

 公爵は後ろへ、ルイズへ振り向く。
 ルイズは頷き、ゆっくりと優雅に杖を高く掲げる。
 女王も枢機卿も、ホールにいる全てのメイジ達が、少女の口から漏れる聞き慣れない呪
文に訝しむ。この場面で何の魔法を使おうというのかと、貴族達に囲まれた小さな少女へ
視線を集中させた。


 ルイズは、杖を向けた。ホールの、西側の壁へ向けて。
 人々の視線も西の壁へ向けられる。
 壁の上に、突然まばゆい光が現れた。突然の輝きに、人々は眩しさで目を閉じ顔を背け
てしまう。


 光が消え、人々が目を西壁へ戻すと、そこには夕陽があった。
 西壁が全部、消失していた。
 城から先、遙か城壁まで消え、彼方に沈もうとしていた夕陽がよく見えた。
 今度は夕陽の眩しさで人々は目がくらんでしまう。



 ルイズはツカツカと消失した壁へと進む。
 彼女の進路に立つ貴族達は大きく飛び退き、人垣が見事に左右へ割れていく。
 丁度消えた壁の辺りまで進んだ少女は、夕陽を背にしてクルリと振り返った。
 右手に杖、左手に薄汚れた本…開かれた祈祷書。
 そして新たなルーンを詠唱する。その場にいる誰も知らない、どんな系統かも分からな
い呪文を。


「『イリュージョン』!」


 ルイズの背後に大きな人影が現れた。
 ボンヤリと光り輝く人影は、両手を差し伸べる形を描いている。
 それは、ハルケギニアの多くの人が日々崇める始祖ブリミルの御姿。

 夕陽を背にして神々しく輝く人影が、人々の心を打つ。
 まるで後光を放つ神が降臨したかのように。

 始祖への信仰を持つ人々は、誰からともなく膝をつき祈りを捧げる。
 ホールを埋め尽くしていた貴族達は、光る人影に頭を垂れた。


 ルイズは小さな体で精一杯に背筋を伸ばし胸を張る。
 そして高らかに名乗りを上げた。
「私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!
 『虚無』の系統を受け継ぐ者です!」

 『虚無』、それは失われた始祖の系統。
 この場の誰も知らぬ呪文を用い、この場の誰も為し得ぬ威力を示し、この場の誰もが想
い描く始祖の姿を顕現させた。
 もはや、誰も口を挟まない。ホールにいた全ての貴族が恭しく頭を下げる。


 ひれ伏す貴族達に向け、ルイズは放った。ただ一言を。
「地に平和を!」
 人々は、更に平伏する。枢機卿と女王マリアンヌまでが膝をつき頭を下げていた。


 公爵が、愛する娘の横に立つ。
「各々方!『虚無』は始祖の系統、『虚無』を受け継ぎし者は始祖を受け継ぐ者!それは
始祖の言葉と同義である!
 ゆえに、我等は地に平和をもたらさねばならぬ!」
 公爵の言葉に、誰も異論を唱えない。ただ平伏し続ける。


 女王は禅譲を認めた。
 枢機卿は自らの首を差し出す策を実行した。
 王権の基礎たる始祖の再来である『虚無』の使い手が、禅譲による和平に同意した。

 もはや、禅譲に異を唱える者はいなかった。




 ホールの二階へと続く階段の踊り場で、公爵夫人が声を上げた。
「さぁ!もはや時間がありません!!」
 その言葉に我に返った人々が慌てて立ち上がる。
 公爵も続けて皆を促す。
「急ぎ連判状を作るのだ!紙を、皆が名を記せるほどの大きな紙をもて!」
 と、言われてもホールにはトリステイン中から集まった貴族がいる。彼等全てが名を記
せる紙など、準備しているはずがない。
 いきなりの命に侍女も衛士達も、どこにあるものやらと右往左往する。土系メイジの貴
族達が特大の紙を練成しようかと杖を掲げだす。

「あ!あれなんかどうだい!?」
 今まで黙って事態を見守っていたロングビルが、天井近くへ杖を向けた。そこには、天
井から下がる特大タペストリー、『猟場の伯爵夫人』『アモールの武器を取り上げるレクジ
ンスカ』等の5枚の大きな布がある。
 女王も目を天井に向けて光らせた。
「あれでよろしい!あれをすぐに降ろして裏返しなさい。皆で連判を、いえ!血判状を記
すのです!」
 女王の命に、すぐさま数人のメイジが『フライ』で飛び上がった。
 タペストリーを降ろし、貴族達が次々に指先を切り裂き、自らの血で名を記していく。
 水メイジ達は血を溢れさせる貴族の指先を治癒させ、侍女達は貴族達の手に付いた血を
綺麗なハンカチで拭き取っていく。
 皆、先を争ってタペストリーに己の血を付けていく。


 ホールで貴族達が次々と連名していくさまを、ヤンはぼんやりと眺めていた。
 右手に握られたままのデルフリンガーが、おずおずとツバを鳴らす。
「なあ、ヤンよ」
「ん…?」
 ヤンの返答には力が、生気が乏しい。
「全部、お前の言うとおりになったじゃねーか。なのに、なんで元気がねーんだ?嬉しく
ねーのかぁ?」
「あ、うん…なんというか…ルイズの『虚無』と、貴族達の事なんだけど、ね」
 ヤンは、ポツリポツリと語り出す。


 貴族達を説得するため、始祖ブリミルへの信仰心を利用する。
 始祖の幻影を作り、彼等の判断力を失わせる。
 ルイズを、『虚無』のカリスマ性を政治の道具とする。
 大后マリアンヌとマザリーニ枢機卿を生贄にする。

 これらはルイズが主張し、ヤンと公爵は同意した。ルイズは自らも平和のために力を尽
くすと主張した。公爵も渋々ながら認めた。もはや愛娘だけは安全な場所に隠し通す、と
いう状況ではないから、と。ヤンも『虚無』の政治的価値を理解していたので同意したの
だ。

 だが、現実として目の前にすると、別の感情が湧く。
 一体、自分は何をしているのだろうか…と。

 自分は麻薬で洗脳された地球教徒に暗殺された。暗殺時の状況から見て間違いはない。
その自分が、始祖への信仰心を政治的に利用する。
 ルイズの『イリュージョン』で貴族達を幻惑し、彼等の意思を思うままに誘導する。そ
れは、ヤンが毛嫌いし続けた扇動政治家が有権者を嘘と幻で操ったのと同じだ。
 娘とすら想っていたはずのルイズを政治の駒にした。彼女を守りたいと口にした自分が
彼女の『虚無』を公にし、かえって危険な立場に追い込んだ。守りたいと想うなら、伝説
の『虚無』は秘密にすべきだった。
 マリアンヌとマザリーニを犠牲に平和を守る。同盟に生贄とされた自分が、生贄の皿か
ら逃れようとしたアンリエッタを銃撃した自分が、今度は大后と枢機卿をスケープゴート
にするのだ。


 そもそも、これらの行為は言わば『生贄の押し付け合い』。例えるならババ抜きだ。生贄
役というジョーカーを貴族達は押しつけあっているのだ。権力・情・理論武装など様々な
策を弄して。そして、とうとう押し付けきれなくなった。自分達が作り出したジョーカー
を自分で始末する時が来たのだ。
 そんな寸劇に関わるなんて、本当に、自分は一体何をしているんだろうか…と。


「だーかーら!おめーは難しく考えすぎなんだよ!」
 長剣は激しくツバを打ち鳴らした。
「誰も死んで欲しくねーんだろ?平和を守りてーんだろ?だったら、それに向かって全力
を尽くせよなー!」
「うん、まぁ、そうなんだよね。やると決めた以上、出来る事は全部しなきゃならないん
だよね」
「そーゆーこった。んじゃ、せーぜー後悔しないようにするこった!」
 ヤンも頭を振り、己の迷いを振り払う。
 全くもってデルフリンガーの言う通りだ。状況は最悪なのだ。手段を選んでいられる場
合ではない。平和を守れなければ、マリアンヌやマザリーニだけでなく、ルイズもロング
ビルもシエスタも公爵夫妻も、誰も彼もが戦乱に巻き込まれるのだ。
 迷っていられるような贅沢な立場にはない。ヤンは己に言い聞かせた。


 だが、それでも譲れない事はあった。口にしなかった事があった。
 それは『始祖を受け継ぐルイズへの禅譲』。それは神権による直接支配。
 これだけはヤンには、いやルイズにも認められなかった。むしろ、政教分離とか理屈抜
きにして、これこそがアルブレヒト三世への禅譲を主張した真の理由だ。
 それは・・・
「誰があんなバカ神の国なんか!」
 かつて無いほど主従の心は一つになった。

 公爵夫妻はこの点に気付いていたろうか?恐らく気付いていながら口にしなかったのだ
ろう、とヤンは考えている。娘の気性を良く知るからこそ、国を背負える器か否かもよく
分かるだろうから。




「よし、これで全てだ」
 枢機卿が最後にサインをする。
 全部で五枚のタペストリー、その裏側がトリステイン貴族の血文字でビッシリと埋め尽
くされた。
「急ぎなさい!風竜隊を連れてくるのです!」
 女王の命に弾かれるように衛士が駆けていく。即座に竜騎士の連隊がホールへ駆け込ん
できた
「早く私をゲルマニアへ連れて行きなさい。もはや一刻の猶予もありません。夜を徹して
飛ぶのです!」
 竜騎士達は畳んだタペストリーを抱え、女王を囲んで外へ走り出ようとする。

 女王の後ろを枢機卿もよろめきながら付いていこうとするのを、ヴァリエール公爵が押
しとどめた。
「マザリーニ殿!その体では無理だ。どうか城で待っていてくれ」
「ならぬ!早急に、私の首を、差し出さねば、皇帝への謝罪に、ならん!」
 枢機卿はゼイゼイと息をつきながらも、必死で侍女達に支えられつつ前に進もうと足を
前に出す。震える足を。
 枢機卿の姿に胸を打たれた婦人達が、新たな涙を流す。
 だが公爵は、それでも枢機卿の前に立ち塞がる。
「だからこそだ!今、そなたの体ではゲルマニアまで保たん。万一、途中で果てることは
許されんのだ。
 皇帝との交渉はわしがやる。どうか、どうかお主は城で待っていてくれ!」


 枢機卿と公爵は、しばし視線をまじわす。
 そして、マザリーニは頭を下げた。

「済まぬ…私がふがいないばかりに」
「禅譲を言いだしたのは、わしだ。気にするな」
 そして公爵はホールから外へと駆け出そうとした。

「…あなた」「父さま!」
 公爵を呼び止める声があった。そこにはカリンとエレオノール、そしてルイズがいた。
「父さま・・・」
 さらに後ろから呼び声がする。そこには、侍女に体を支えられたカトレアがいた。呼吸
を乱し、よろめきながらも父へと歩み寄る。
「カトレア!また発作が…」
 次女の身を案じる公爵の手を、肩で息をするカトレアの手が包んだ。
「…どうか、ご無事でお戻り下さいな…」
 それだけ言うと、激しく咳をする。お付きの侍女が背をさする。
「分かった。任せておけ。必ず交渉を成功させてみせる!」
 公爵は妻と娘達へ微笑み、マントを翻してホールを後にした。




 城に残った貴族達は、それぞれに散っていく。
 ある者は戦の準備をするため。またある者は家族を避難させるため。そしてまたある者
は領地への報告と臣下領民の意思統一をなすため。思い思いに飛び去っていく。
 対ゲルマニアへの意思統一はなった。後はマリアンヌとヴァリエール公爵の外交交渉に
任せるしかない。今は目前に迫った危機に対応すべく、彼等は日暮れのトリスタニアを駆
けていった。
 対アルビオン戦に備えて、彼等は準備を整えていく。




 夕陽が差し込む枢機卿の執務室には、公爵夫人以下ヴァリエール家の人々がいた。
 ベッドに横たわるマザリーニが呟く。
「あとは、アルビオン艦隊を凌げるか否か…間に合うことを祈るしかあるまい」
 その言葉にルイズ達も不安げな視線をぶつけ合う。
 エレオノールが、半ば呆れたような口調でヤンに話しかけた。
「それにしても、よくもまぁ!短時間で、あんなインチキ臭い、詐欺師じみた手を考えつ
くものだわね」
 褒められたのか貶されたのか分からない言葉に、ヤンはニッコリ笑って応えた。
「僕の二つ名、実は『2秒スピーチ』以外にもあるんです」
 室内の人々がヤンに集まる。
 彼は、堂々と名乗った。彼の二つ名を。
「『ペテン師』です」
 彼等は、いっそ納得してしまった。

 枢機卿は外へ視線を移す。
 沈みゆく夕陽の赤い光が南の窓から差し込んでいる。
 あの南の空で、トリステイン艦隊はアルビオン艦隊と砲火を交えているはずだ。






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