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ゼロな提督-26


「さて、泣くのはこのへんで終わりにしておくれ。
 そして、これからどうするか、急いで考えようじゃないか」

 ロングビルの言葉は冷たかった。
 だが、急いで考えなければいけないことだ。泣いている暇はない。今は涙を一滴流す時
間がエキュー金貨の詰まった革袋より価値がある。



     第26話    世界が変わる日



 最初に声をあげたのはシエスタだった。
「それだったら、タルブへ行きましょう!しばらくブドウ畑に囲まれて、静かに過ごしま
しょうよ」
 その意見にロングビルは肩をすくめ首を振った。
「何いってんだい?タルブはトリステイン国内じゃないか。これからアルビオンとゲルマ
ニアに焼かれる国になんか、いられるかね」
 その言葉にシエスタは絶望的現状を改めて気付かされた。顔は青ざめ、口を両手で覆っ
てしまう。
 ロングビルはヤンの方を見た。
「あたしの村にみんなでおいでよ。今となっちゃ、ハルケギニアで安全なのはアルビオン
だけだろう?テファも喜ぶよ」

 いきなり三人の間に、長い杖が差し込まれた。
 いままでずっと傍観していたタバサが、いつのまにやらすぐ隣にまでやって来ていた。
「うちに来るといい」
 無表情なまま、突然の申し出。三人はキョトンとして青いショートヘアーの少女を見下
ろした。
 後ろからきた青く長い髪を持つ女性が、無口なタバサに代わって話を続けた。
「きゅいきゅい!あのね、お姉さまはね、ガリアにお家があるの。オルレアンって言って
ね、とっても大きなお屋敷なの!きゅい!」
 三人は、今度は唖然とした。
 どう見ても年下のタバサを姉と呼び、成人女性なのに子供のような口調で、セリフの最
初と最後に「きゅい」なんておかしな言葉が付く。そんな事を気にしていられる状況では
ないのだが、どうにも奇異なものを見る眼で見てしまう。
「おでれーた、ヘンな女だ」
 ヘンな剣が失礼な事を呟いた。

 まぁそんな事はどうでもいいや、とヤンは気を取り直し、改めて女性の言った言葉を思
い返してみた。
 オルレアン家といえば、ガリアの王弟だ。王宮の命でビダーシャルを学院へ案内してき
たのは、その縁か。ということは、ガリア王から自分の監視と護衛、必要に応じてエルフ
との連絡役を命じられているだろう。
 だが、最悪の場合は・・・。
「僕の護衛役を買って出てくれる、ということかな?僕だけじゃなく、ここにいる僕の関
係者全員も含めて?」
「そうなのね!きゅい!」
 見た目二十歳くらいの女性は、まるで子供のように天真爛漫な笑顔で答えてくれた。
 タバサも小さく頷いた。
「おそらくはガリア王から、僕が危機に陥った時は拉致してでも保護してガリアに連行し
ろとか、ガリアに仇なす時は殺せ、とか命令されてるだろうけど。今は敵対も妨害もしな
い、ということだね?」
 ストレートすぎるヤンの言葉に、タバサは一瞬遅れて頷く。
 隣の女性は「きゅ、きゅい!?」と呻いて目を逸らした。


 さてどうしよう。ヤンは腕組みして思案にふける。
 トリステインは数日以内に灰になる。アルビオン艦隊はおそらくトリステイン近くの上
空で待機しているはずだから、ウェールズとアンリエッタを回収次第トリスタニアへやっ
て来る。ただでさえ混乱を極めている王宮とトリスタニアへさんざん砲撃を加え、抵抗の
意思も可能性も完膚無きまでに破壊し尽くしてから、地上部隊が降下してくるだろうか。
それとも、まずはラ・ロシェールを占領して地上侵攻拠点とするかもしれない。そうだ、
まだトリステインとゲルマニアの艦隊がラ・ロシェールにいるから、まずそっちを狙うだ
ろう。
 いずれにせよ、トリステイン占領に一週間もかからないだろう。その次はゲルマニアの
都市国家群だ。ゲルマニアもトリステインへ報復のため攻撃する。実際の侵攻には数日か
かるだろうが、ゲルマニア国内を戦場にしないために一気に侵攻して、戦端をトリステイ
ンで切ろうとするか。
 ゲルマニアの諸侯は皇帝への忠誠は薄いから、もし戦局がアルビオン優勢とみれば即座
になだれをうってレコン・キスタに付く。残るはガリアとロマリア。この二国の出方次第
にかもしれないが、両国も戦火が及ぶのは避けがたい。
 そういえば、ガリアの動きが分からないな。完全に沈黙を守るって、どういうことだろ
う?どこかと同盟するなりなんなりの動きがあっていいはずなのに。無能王って呼ばれて
るけど、ガリアの発展具合を見ると、無能とはほど遠い。単に魔法の才が低いというだけ
で、為政者としての才は長けている。なのに動かない。でも僕の護衛や強制連行をタバサ
さんに命じているなら、今の事態は予想していたということだろうか?…この点は情報不
足だな。

 なんにせよ、今は逃げた方が良いな。
 ウェストウッド村で静かに暮らそうか、いったんガリアに渡ってエルフと連絡をとろう
か…。



「ウェンリーよ」
 ヤンを呼ぶ声が、彼を思考の海から現実世界へ引き戻した。
 そこには、悲壮な決意を秘めた表情を見せる公爵がいた。公爵夫人は愛娘の背を押し、
ヤンのもとへ行くよう促している。

「逃げるのであれば、ルイズも連れて行け」

 その言葉は、あまりにも苦渋に満ちた言葉に聞こえた。
 ルイズは悲壮な色を浮かべた瞳で父と母を見上げる。
「ま、待って下さい父さま!母さまも、私だけ逃げよとはどういうことですか!?父さま
と母さまは、どうなさるつもりですか?」
「私と父さまは、トリステインに殉じます」

 公爵夫人の言葉は、苛烈なる眼光そのままに苛烈だった。一切の迷いも恐れも含んでは
いなかった。

「そんな、それでは!私も、私も残ります!侵略者から国を守るため戦います!!」
 縋り付いてくる娘に、母の眼光には寂寥が混じった。
「ダメです。もはや、トリステインは終わりです。エレオノールとカトレアもガリア辺り
に亡命をさせます。マリアンヌ陛下と共にトリステインの大地を覆う屍になるのは、私達
だけでよいのです」
「ダメです!死んではダメです!そんなの、そんなのダメ!…あたしの、あたしの魔法な
ら、『虚無』なら戦えます!
 私、分かるのです。自分の中に溜め込まれた精神力なら、アルビオン艦隊もゲルマニア
艦隊も、まとめて吹き飛ばせます!!この国を、ヴァリエール家を、トリステインを守れ
るんです!」


 ルイズの言葉は、系統魔法の常識からはかけ離れたものだ。
 だが、ルイズの言葉を聞いた公爵が首を横に振ったのは、娘の言葉と魔力を疑ったから
ではなかった。
「確かに、お前の『虚無』は大きな力を秘めている。それは先ほど聖堂を消した事からも
分かる。だが、残念だが…もはや、艦隊を倒せばどうにかなる、という段階ではないのだ
よ、ルイズ。
 アルビオンもゲルマニアも、艦隊が潰れたなら再建すればいい。だが、トリステインは
もはや再建出来ない。アルビオンとゲルマニアに挟まれているという地理に変化はなく、
アンリエッタ姫が貴族達の忠誠を裏切ったという事実は隠せないのだよ。地の利も人の輪
も失ったのだ。
 利に聡い者達は早々にゲルマニアかレコン・キスタのいずれかにつく。特に我がヴァリ
エール家はゲルマニアのツェルプストー家と隣接している。ゲルマニアの侵攻を一番に受
けるのだ。そして王家も他の貴族も援軍には来ない、来る事が出来ないのだ」

 ルイズの背を押して逃亡を促していた母も、悲壮感を漂わす口調で絶望的未来像を語っ
た。
「ベアトリス殿下は、この一件を報告するためクルデンホルフ大公国へ戻りました。かの
地はゲルマニアとの縁が深いので、すぐにゲルマニア側に立ち、トリステインへ杖を向け
る事でしょう。
 いかにルイズの『虚無』が強き力を持とうとも、アルビオン側とゲルマニア側の両方に
立つ事は出来ないのです。それに、敵は艦隊だけではないの、地上から騎士隊も銃士隊も
傭兵も来るのよ。
 そして精神力が尽きた時、あなたも敵に討たれ、死んでしまうのですよ」
「そ、そんな、そんなの!でも、だったら母さまだって、父さまだって!もう、トリステ
イン王家に忠誠を尽くす必要は無いではないのですか!?」

 王家への忠誠を捨てる。
 これまでのルイズからは、ヴァリエール家の者としては有り得なかった言葉。

 そして、その言葉を投げかけられた夫妻は、哀しげに微笑んだ。
「わしはな、ルイズ。もう年をとりすぎた。もはやトリステイン貴族として以外の生き方
が出来ん。今さら新しい人生を歩めなど、酷な事をいわんでくれ」
「でもルイズは、私達の娘達なら、過去を捨てて新しい人生が歩めます。どこかハルケギ
ニアの片隅でも良い、貧しい平民としてでも構いません。生きなさい。決して死んではな
りません」
「そ、そんな、そんなことって、そんな・・・」

 もう、ルイズの瞳からは涙すら流れなかった。
 顔は血の気を失い、足からは力が抜け、指は動かし方を忘れたかの如く震えるのみ。
 ただ死を覚悟した父と母の手に支えられて、どうにか立っているだけだ。
 その思考からは、何一つ現状に希望を見出す事が出来なかった。


 どうして?どうして、こんなことになったの?
 ヴァリエールの名を捨てるだなんて
 貴族の地位を失うだなんて
 敵に背を向けるだなんて
 名誉の為に死んではならないだなんて
 生き恥を晒すだなんて
 トリステインから逃げろだなんて
 父さまも母さまも見捨てろだなんて
 貧しい平民として生きろだなんて


あたしの、あたしの人生は何だったの!?やっとの思いでメイジになったのに、すぐに
死ななきゃいけないの?今度は貴族じゃなくなるというの!?
 もう、終わりなの?本当に、本当にもうどうしようもないの?
 何でもいい!何か、何か出来る事はないの?
 何か上手い手は、一発逆転なんて調子の良い事は言わないから、なんとかトリステイン
を、いえヴァリエール家だけでも、ああもう父さまと母さまとちい姉さまとついでにエレ
オノール姉さまだけでいい!
 どうか助けて!みんなを救って!!
 この状況を、何かいい手は、助けてくれる人は・・・助けて、くれる、人・・・そんな
都合の良すぎる人がいるわけが・・・?



      い   る



 いるじゃ、ない…いるじゃないの!

 ルイズは、ヤンを見上げた。


 もはや涙は枯れ果てた目で、それでも輝く大きな鳶色の瞳で。
 父と母の手を振り払い、黒い燕尾服へすがりついた。
 どこへ逃げようかと算段を立てていたヤンへ、自分の執事へ。

「ヤン!お願い!みんなを助けて!!
 トリステインを、いえ、ヴァリエール家だけでも!ああ、父さまと母さまだけでも!え
と、ちい姉さまと、エレオノール姉さまも!」
「る、ルイズ…」

 縋り付かれたヤンは、急激な思考の方向転換を要求され、些か混乱してしまった。この
絶望的状況をなんとかしろとは、さすがの彼も「無茶言うなぁ」と呆れた。
 だが、ルイズはいたって本気だった。彼女にとり、ヤンの頭脳はまさに最後の希望だっ
た。その細い腕で力の限り、精一杯ヤンにしがみついていた。
「お願いよ!あんたしかいないの!
 あんた、元帥だったんでしょ!?強大なローエングラム王朝軍を相手に、圧倒的不利な
状況でも戦い続けてたって教えてくれたじゃない!『ふりーぷらねっつ』の軍最高司令官
だったんでしょ!?
 なら、その力を見せて!あたし達を助けて!!」

 ヤンは、困惑していた。
 いや、ヤンだけではない。何も言いはしないが、公爵夫妻もロングビルもシエスタも、
タバサ達もルイズの懇願に困惑していた。彼女の気持ちは分かる。だが、こんな状況をど
うにかできるはずがない。デルフリンガーですら何もしゃべろうとはしない。
 哀しげな視線がルイズへと集中する。

 ヤンは溜め息をつき、しゃがんでルイズと目線を合わせ、小さな肩に手を置いた。
「ルイズ・・・逃げよう。もう、トリステインの事は諦めた方がいいよ」
「ダメよ!あたしは逃げない、諦めない!父さまも母さまも助けたいの!みんなを、みん
なを助けて!力を貸してっ!!」
 ヤンの言葉にルイズは力一杯首を振る。長い髪を振り乱してヤンへ懇願し続ける。

「ルイズ、ルイズ・・・」
 ヤンは、主の肩を掴む手に力を込めた。


「トリステインは、このままじゃ、もうすぐ火に包まれるんだ。いや、ハルケギニアの中
で安全なのは、おそらくアルビオンだけだろうね。
 僕は、ヴァリエール家の執事じゃないんだ。ルイズ、君個人の執事なんだよ。僕が助け
なければならないのは、君なんだ。君を死なせるわけにはいかないんだ」
「そんな!あんたでも、どうしようも無いって言うの!?」
「この国に君を残すなんて危険な事、僕には出来ないよ。
 昔、僕の父にも等しい人を戦争で失った時に思ったんだ。誘拐してでも助けるべきだっ
たって。
 もう、あんな辛い想いはゴメンだよ。必ず君の命を守るから、一緒に来て欲しい。僕ら
と一緒に安全なところへ逃げて欲しい」
「ダメェッ!!そんなこと、そんなの出来ない!あたしだって、あたしだって父さまも母
さまも失いたくない!」
「ルイズ…」

 小さくて可愛い主は、再び涙を流す。
 ぼろぼろと大きな雫が、クシャクシャになった顔の上を流れ落ちる。
 噴水の水で濡れたピンクのドレスを、さらに濡らしていく。
 今度は、ヤンに視線が集中する。


 ヤンは天を仰ぐ。
 まったくもって、女の涙というのは最強の武器だ。
 しかも自分の命の恩人で、召喚以来ずっと一緒に暮らしてきた少女。
 ユリアンのように、自分の娘かとすら思える愛しい女の子。
 色々な事があったけど、杖で脅されたり死地に向かわされそうにもなったけど、今では
大事な家族だと思ってる。
 執事なんて言い訳だ。本当はこの子と、マチルダと、シエスタと、みんなと一緒に平和
に暮らしたいんだ。

 分かってる、分かってるんだ。

 今逃げても、どこへ行っても、必ず戦火が追ってくる。
 飢えた難民が、傭兵崩れの盗賊が、度重なる飢饉が、屍の山から湧き出す疫病が、重税
を取り立てる貴族という名の強盗達が襲ってくるんだ。それはアルビオンでもガリアでも
変わらない。
 どこへ逃げたって、平和じゃないんだ。安全とは言い切れないんだ。

 でも、この状況をなんとかしろ…と言われてもなぁ。
 果たして、どこかへ逃げるのと比べてマシと言える策なんてあるのだろうか?
 平和を守る手段か・・・


 ヤンは、天を仰ぎ続ける。
 かつて皇帝ラインハルトすら元帥の地位をもって旗下に加える事を望んだ慧眼を。ジョ
アン・レベロが独裁者になる事を恐れた頭脳を。人類の歴史を学び続けたことにより得た
知性を。その頭蓋に収められた全てを総動員する。
 寝たきり青年司令官とか、むだ飯食いとか、非常勤参謀とか呼ばれる事を自慢にすらし
ていた節のある彼が、その悪名を返上するかのように灰色の脳細胞を働かせた。脳神経細
胞が超過勤務手当を求めてストをするのではなかろうか、とバカな事を考えてしまうくら
い必死で。


 しばしの時が過ぎる。
 ヤンは何も言わず、天を仰ぎ見て考え続ける。
 その場の誰もが口を閉ざし、中肉中背で収まりの悪い髪を持つ男を見つめている。



 ヤンは目を閉じる。
 口元を引き締める。 
 そして、寝ぼけまなこを開いた。公爵夫妻へ向けて。
「公爵様、そして奥様」
 いきなり声をかけられた二人は、何事かと目を見開いた。
「お二方にお伺いしたい事があります」
 二人は顔を見合わせる。
 口を開いたのは公爵だった。
「良かろう、何を聞きたいのだ?」
 しゃがんだままのヤンは公爵を見上げ、真っ直ぐに問いただした。

「先ほどの言葉、真ですか?」

「さっきの、言葉?」
「聖地奪還の過程で流れる血と国土の荒廃を考えよ、民草を守れ、間違いを指摘するのも
忠義…これらの言葉です」
 公爵はヤンの意図が掴めなかった。いきなり見当違いなことを聞かれたかと思ったが、
何か意味があるのだろうと想い、ヤンの話に応じる事にした。
「真だ、嘘偽りはない。
 われら貴族は民の安寧を守るための力を始祖より授けられたのだ。決して無為に戦乱を
起こすためではない。特にヴァリエールのごとき旧き貴族は、トリステインの品位と礼節
と知性の守護者たるべき地位にある。
 …いや。あった、と言うべきだな。わしの若い頃は、名誉と誇りと忠誠だけを守れば、
誰からも後ろ指を指される心配はなかった。しかし、それは今日をもって終わりを告げた
ようだ」

 公爵は笑った。自嘲と無念を含んだ笑みを浮かべた。
 そんな公爵を、ヤンは変わらぬ口調で問い続ける。

「それでも、平和を守りたいと望めますか?名誉より、忠誠より大事なものがあると。メ
イジだけでなく、平民も含めた全ての人々が、戦乱で傷つき死に逝くことのない世界であ
るべきだ、と言えますか?」
「・・・何を、言いたいのだ?」
 ヤンはゆっくりと立ち上がる。
 自分にしがみつくルイズの背に手を回しながら、公爵夫妻を正面から見据えた。


「あなたの命、いえ…あなた達二人の命、名誉、忠義。平和のため、私に預けて下さい」


 それは、この場の誰もが耳を疑う言葉。
 ヤンの言葉は、平和を守る手があるということ。
 ただの平民が、ハルケギニアでも指折りの有力貴族であるヴァリエール家の当主に、自
分に従えと言う。
 命はおろか、王家への忠義も、貴族にとり命を上回る価値を持つ名誉すら、彼に渡せと
命じている。

 皆はヤンを見る。
 疑念・疑惑・不信・軽蔑・怒りも含めた全ての視線が、目の前のとぼけた男に集まる。
 だが、エル・ファシルの英雄は一片の迷いも恐怖も見せていない。


 公爵は、重々しくバリトンの声を響かせた。
「手が、あるのだな?」
 ヤンは頷く。
「極めて危険で、成功の可能性は低いです。ですが、このままでもトリステインは来月を
待つことなく亡びます。国民の多くが、戦火に死に絶えます。ならば、無為に戦端を開く
よりはマシでしょう」
「そのために、われらの命と名誉を捧げよ、というのだな?我らがお前に膝を屈すれば、
トリステインの平和を守ってみせる…そういうのか?」
 この言葉には、首を横に振った。
「膝を屈する必要はありません。ただ、協力して下さい。私の言うとおりに動いて下さる
なら、最小限の犠牲と引き替えにハルケギニアは戦乱の業火に焼かれずに済む…かもしれ
ません」
「犠牲?…わしとカリーヌか…」
「お二人だけではありません。アルビオン艦隊の侵攻はもはや止められないのです。この
点は覚悟せねばなりません。
 ですが軍人以外の、別の人達があえて犠牲になることで被害を最小限に抑える事が出来
ます。ただ、この策が上手く行けば、その人達も絶望的な戦乱と、死だけは免れる可能性
を得るのです。
 無論その人達も、彼等の名誉とひきかえに、ですが」
「別の…人達、だと?」

 別の人達、それは誰の事か。
 公爵の目は、ヤンの次の言葉を促す。
 ヤンは、ハッキリと犠牲となる予定の人物を宣言した。


「マザリーニ枢機卿。そして…大后、マリアンヌ陛下」


 絶句した。
 ヤンを取り囲む全ての人が、息を呑んだ。
 彼は、始祖より王権を授けられた、貴族が忠誠を尽くすべき王家を生贄にしろと言って
いるのだ。しかも、よりにもよって、旧き貴族として仕えてきたヴァリエール公爵夫妻自
身の手で。

 一瞬の空白。

 公爵夫人が残像も見えぬ速さで杖を引き抜いた。
 同時にシエスタが手に持っていたままのブラスターを構える。
 ロングビルも杖を婦人へ向けた。
 デルフリンガーはカシュッと音を立てて半ば飛びだし、自らの刃を煌めかす。

 公爵夫人は、シエスタとロングビルに銃と杖を向けられても、怯む様子は見せない。
 ヤンと公爵は視線をぶつけ合ったまま動かない。
 ルイズは二人の男に挟まれ、視線をせわしなく左右させる。


 空気が凍り付く。



「やめるのだ、カリーヌ」
 公爵は妻へ視線を向けた。その目は、トリステインに殉じると語った時よりも悲壮な覚
悟に満ちているようだった。
「ですが、あなた…」
「このままなら、陛下は死ぬ。レコン・キスタに粛正されるか、アルブレヒト三世に今回
の責を問われるか…いや、アルビオン王家と同じように、貴族の名誉を穢され尽くした後
に、名も無き一兵卒の剣に倒れるだろう。そして、我ら二人も、トリステインの全ての民
も等しく、だ。
 しかも、それら全てがトリステイン王家アンリエッタ姫の仕業と歴史に記される。品位
も礼節もあったものではない。もはや伝統だの、名誉や忠義に拘っていられる時ではない
のだ。
 ならば、賭けるしかあるまい…陛下のお命を、ハルケギニアの平和を守れるというウェ
ンリーの策に、な。
 なにより、この不始末の責任は、誰かが負わねばならぬ。責を負うに相応しい者が、負
わねばならんのだ」
「あなた・・・」

 公爵も、そして婦人も顔を伏せる。
 二人は唇を噛み締めていた。
 その手は強く握りしめられている。
 肩が小刻みに震えているのは、押さえきれぬ怒りと悔しさゆえだろうか。それとも己の
無力に絶望しての事か。

「ウェンリーよ、聞いての通りだ。お前の策を話すが良い」
「ご協力、感謝致します」
 深々と頭を下げる。
 その彼の頭に、婦人の峻烈な言葉が降ってきた。
「そこまでの大言壮語を語る以上、失敗は許しません!必ずやトリステインを、ハルケギ
ニアを救いなさい!もし失敗すれば、お前も我らと共に、トリステインの土となってもら
います!!」
「承知致しました、奥様」

 かつて英雄と呼ばれた男は頭を上げる。そして、彼を囲む人々全てに語りかけた。
「さぁ!聞いての通りだよ。悪いけど、もしできるなら、みんなも協力して欲しい!
 もちろん強制はしない。なにしろ、かなり分の悪い賭だからね。おまけにスピード勝負
なんだ。既に手遅れになっている可能性だってある。
 逃げる人は、急いで逃げてくれ!でも手伝ってくれる人は、この場に残って欲しい!」

「あ~に言ってんだい?今さら、まったく…」
 ロングビルは、呆れたように肩をすくめた。
「ここまであんたに付いてきたんだ。最後まで付き合うよ」
 横に立つシエスタも小さくガッツポーズ。
「あたしだってです!アルビオンが攻めてきたら、タルブだってただじゃ済まないんです
から!サヴァリッシュ家の力を見せてあげます!」
 デルフリンガーも元気にツバを鳴らした。
「オレッちはおめーの剣だぜ!好きに振るいな!」

「きゅいぃ~…お姉さま、どうするの?」
 尋ねられたタバサは、相変わらず無表情に答えた。
「ヤンの監視と護衛が主たる任務。ガリアへの連行は最後の手段」
「あうう~、やっぱりい…
 シルフィ、お肉もらうんだから!あとで、いっぱいいっぱいお肉もらうんだからね!」
 シルフィと名乗った女性は、溜息とやけくそ混じりにご褒美を要求した。うら若き美女
が報酬として大量の肉を要求する姿、かなり珍妙だ。

「ヤン・・・」
 鳶色の瞳が、涙を一杯に溜めて見上げてくる。


 ヤンは再びしゃがんで、ルイズと視線を合わせる。
「いいかい、ルイズ。最後に聞くよ。僕の策に、乗れるかい?」
 二人の瞳が真っ直ぐに見つめ合う。
「時計の針は戻せない。トリステインも、王家も、ハルケギニアも、全てを元通りにする
方法はないんだ。
 でも、泥沼の戦乱だけは回避できる可能性がある。貴族の名誉、王家への忠誠…君がい
つも、ヴァリエール家の貴族として命より大事と言ってきたものを、平和のために犠牲に
する事ができるかい?
 命を惜しんで名を捨てれるなら、貴族の名誉より名も無き平民達の命が大事と言えるな
ら、僕は、公爵夫妻を救いたいという君の願いを叶えるよ」

 ルイズは、細い腕で涙を拭った。
 ヤンの体から一歩身を引く。
 そして腰に手を当てて胸を張った。

「分かったわよ…あんたの策に乗ってあげるわ!
 さぁ、あんたの主が命じるわ!この、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・
ヴァリエールの命に従い・・・」

 大きな声でヤンに命じようとしていたルイズだが、途中でその言葉が止まった。
 真っ直ぐに自分を見下ろす使い魔を見上げながら、一瞬の迷いを見せる。
 そして、すぐに迷いは消えた。腰に当てていた手を下ろし、細くしなやかな太ももの前
で手を重ねる。

 そして、自分の使い魔へ、深く頭を下げた。

「ヤン、お願い!トリステインを、ハルケギニアを救って!
 貴族とか、メイジとかじゃなくて、ただのルイズとしての、お願いなの!
 みんなを助けて下さい!お願いします!!」

 ただのルイズとしての願い。
 貴族の名を捨てる、ヤンの言葉を彼女なりに体現した行動。
 それは、名誉を捨てるヤンの策を受け入れる覚悟。

 それは、彼女の使い魔を満足させるに十分なものだった。
「オーケー!合格だよ、ルイズ」
 ヤンと、顔を上げたルイズは、満面の笑みで向かい合った。

 そして彼は大声を張り上げる。
「さぁ!さっきも言ったけど、この策はスピードが勝負だ!まず大急ぎで城へ戻るよ!」
 と言ってヤンはタバサを見た。
 タバサはシルフィと名乗った女性を杖でつついた。
「シルフィードを連れてきて」
「うぅ~、しょうがないのねぇ。呼んでくるのね」

 青く長い髪の女性は、街の路地へと走っていった。
 次の瞬間、突然街並みの向こうから、タバサの使い魔シルフィードが飛んできた。
 青く輝く竜は広場に降り立ち、きゅいっ!と一声鳴いてヤン達に背へ上がるよう促す。
 その場の全員が「バレバレだ…」と思ったが、指摘するのは気の毒だし余計な事に費や
す時間がないので口にはしなかった。

 こうして一行はシルフィードの背に乗り、トリステイン城へと飛び立った。



 ヤンはトリステイン城へ向かう間に、彼の策を皆に説明していた。
 その策に公爵も、不承不承という感じだが頷いた。
「た、確かに…もはや、戦乱を回避するにはそれしかあるまい」
 公爵夫人は、その策の困難さを考えて、しきりにこめかみを押さえる。
「やると決めた以上、全力は尽くしますわ。ですが、それでも上手く行く保証はありませ
んわね。どうやって説得したものやら…」
 ロングビルは、既にフーケの地を晒していた。
「ま、せいぜい頑張るっきゃないね!これに失敗したら、あたしゃヤンをかっさらって逃
げるとするよ」
 シエスタはブラスターを顔の前で握りしめる。
「そうは行きません!絶対成功させて、タルブに平和を取り戻して、ヤンさんと一緒に蒸
留酒を造るんです!名前は、えっと、ヤンシエスタ!…ゴロが悪いなぁ」
 ルイズは、シルフィードの一番前で城を杖で指しながら立ち上がっていた。風で乾いた
ピンクのドレスが旗のように翻る。
「行けー!急げーっ!絶対トリステインを救うんだからねー!」
 その真後ろのタバサは、黙って城を目指している。

 ヤンは、皆に策の説明を続けながら、ふと考えこむ。
「ん~?ヤンよ、やっぱ不安なのか?」
 背中から尋ねてくる長剣に、ヤンは諦めたような笑いを向けた。
「いやあ、そうじゃないんだよ。結局、自分はどこへ行っても負け戦の後始末をさせられ
るんだなぁ…と思ってね」
「おめぇ、苦労してんのな」
「まったくだよ。はぁ…早く引退したい。トリステインにも年金があるといいんだけど」


 ここへ召喚された時に家族も、友も、兵も、地位も、信用も、何もかも失った。
 全くのゼロだった。
 魔法成功率ゼロだったルイズに、何もかも失ってゼロになった僕。
 ゼロなメイジと、ゼロな提督。
 全く、お似合いの主従だなぁ…。
 そんな呑気な事を考えてる場合でもないのに、つい頭に浮かんだ言葉遊びに少し笑って
しまった。


 そして、ついにシルフィードは降り立った。
 既に混乱を極め怒号が飛び交うがため、中庭に突然降り立った彼等を咎める者もいなく
なったトリステイン王宮に。





 その頃、衛星からの画像を表示する管制室でも怒号が飛んでいた。
「次回同調まで48時間…ですってぇ!?そして、気象兵器の攻撃をかいくぐって、現場
に向かって…それじゃ間に合いません!」
 それはイゼルローン共和政府軍司令官、ユリアン中尉の怒号だった。
 ポプランも、そして他のイゼルローン士官達も、シャフトの胸ぐらを掴もうかという勢
いで詰め寄る。
「あんた、提督の状況がわかってんのか!?どうみても戦闘状態にあるぞ!あんな無茶苦
茶な超能力者共を相手に!すぐ救助を、いや援軍を送らないと間に合わないかもしれない
んだ!!」
「そ、そんな事を言われても!」
 詰め寄られるシャフトは、撃墜王の怒気に押されて滝のように汗を流している。
 部屋に待機する警備兵達は、既にブラスターの引き金に指をかけ、事態の推移を見守っ
ていた。

 立派な体格を持つ美男子が、司令官席の皇帝を見上げ、睨み付ける。
「このローゼンリッター第13代連隊長、ワルター・フォン・シェーンコップが直々に向
かうとしましょう。小型機を一機貸して下されば結構。ゲート拡大の必要もありません。
あんな泥人形の壁なぞ、華麗にすり抜けてみせよう」
「おーっと!そいつは俺の役目だ。陸戦隊の出番じゃねえぜ!」
 シャフトの首を締め上げようとしていたポプランが口を挟む。今度は撃墜王と陸戦隊長
が睨みあう。

「静まれ!落ち着くのだっ!」

 皇帝の声が管制室に響き渡る。人々は、その威厳を湛えた張りのある声に打たれた。一
瞬にして静寂が支配する。
「皆、忘れるな!!あのゲートは、人一人がくぐる程度の大きさしかない!ワルキューレ
も通過できぬ!あれを通過出来る程度の現有の小型機では、湧き出す大地の障壁を突破出
来ぬのだ!」
 その言葉に、イゼルローンの将官達は唇を噛み締める。
 皇帝は、ようやくポプランの詰問から解放されて一息ついていた男を睨む。
「シャフト!そして総員に命じる。座標算定作業を一時中断せよ。ゲート拡大に全力を尽
くせ!早急にヤン・ウェンリーへ救援を送るのだ!!」
 そして背後に立つ主席秘書官にも矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「技術開発班に命じる。あの土の化け物共を突破出来る小型機を造れ!強襲降下艇の強化
も急がせよ」
 伯爵令嬢の返事も待たず、ラインハルトはモニターへ視線を戻す。
 そこには中庭から城内へ駆け込むヤンの姿があった。

 モニターに映るヤンの姿が一瞬歪んだ。
 だが、モニターの故障では無い事を皇帝は承知していた。軍服の袖で自分の目を拭い、
視界を歪ませた汗を取り除く。
「く…このような時に、また!」
 フロイラインは、皇帝の白皙の頬に薄明るい赤さを帯びているのに気が付いた。


              第26話    世界が変わる日   END


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