あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

GUILTY GEAR XO-01


 ルイズはこの日を待ち望んでいた。
 今日は二年生への進級の際に行われる、春の使い魔召喚の儀式を執り行う日である。
 それによって召喚された使い魔の種類により、二年生達は今後のトリステイン魔法学院
で学ぶ各々の魔法の属性を固定し、属性に特化した専門課程へと進む事になっている。
 今まで散々、ゼロのルイズという有り難くも何とも無い、否、むしろ自尊心を著しく傷付け
てくれる二つ名を付けてくれた級友達が、全員でも及ばないような、宇宙の果ての何処か
に居る、心より訴え求める、神聖で美しく、そして強力な使い魔を呼び出し、自分を馬鹿に
してきた遍く全ての人々を見返してやる筈であった。
 今日は記念すべき人生再出発の日。 今までの汚辱に塗れた日々は仮初に過ぎない。
強く美しい使い魔を召喚し、由緒正しく旧い家柄を誇る、かの名高き大貴族ヴァリエール家に
生まれ育った子女として、それに相応しい優秀なメイジである事を証明するのだ。
 少女がその小さな胸にそう希望を抱いた矢先の出来事であった。
 召喚魔法サモン・サーヴァントが失敗し、何時も通りの盛大な爆発が巻き起こったのは。
当然、周囲にいた生徒達は爆風に煽り飛ばされ、其処彼処からは聞き慣れた誹謗中傷、
冷やかしの声が上がった。
 だが何時もの事だ、とそれらに慣れてしまったルイズは適当に聞き流していた。
 ただ、今は、自分が召喚してしまった得体の知れない物体に視線が釘付けだった。
 また失敗したとばかり思っていたのに、実は成功していた!――その事実に、一瞬我を
忘れて飛び上がる程に嬉しくなったが、召喚された得体の知れない物体が何であるかを
視認した瞬間、期待が萎んで代わりに絶望と驚愕が胸中を満たしていった。
 爆風が晴れると、ルイズの足元には見知らぬ少女が気を失って倒れていた。 着ている
質素な衣服から推察するに平民――なのだろう。 少なくとも貴族ではなさそうだ。
 年の頃はルイズと同年か、十代半ばから後半といったところだろう。 若干ながら、あど
けない顔立ちは非常に整っているが何処となく儚げな印象を受けた。 しかし幼さの残る
面差しとは裏腹にその姿態は、女性の成熟度から言えば、未だ発展途上にある少女の
ものとは言い難く、手足はすらりと長く伸び、しなやかな肢体を黒を基調とした丈が膝まで
ある質素なワンピースに包んでおり、ゆったりとした衣服の上からでもツンと形良く上を向
いた胸の豊かな膨らみが見て取れた。 深みのある鮮やかな瑠璃色の髪はさらさらとして
いて、扇状に広がったそれは春の陽光を受けて柔らかく輝き、まるで後光のように見える。
露出した首筋は肉付きが薄く、肌は肌理が細かく雪のように白い。
「こ、こんなのが…神聖で美しく、そして強力な………」
 ルイズの鈴のように良く通る上品な声は微かに震え、くりっとした鳶色の瞳には涙が滲み、
可愛らしい顔は受け入れ難い現実に引き攣っていた。
 この少女は、体型は兎も角容姿にはそれなりの自信があるルイズから見ても目を見張る
程の美貌を備えていた。 派手さはないが、高山にひっそりと咲く花のように慎ましやかで、
何処か侵し難い神聖な美しさがある。 しかし、彼女が求める美しさというのはこういったもの
ではなく、もっと別のもの――幻獣の人ならざる獣ゆえに持つ美しさである。 
 やはり、というか、案の定またか。 
 ルイズを含め、ある程度の距離を置いて彼女を見守っていた教師と生徒達の誰もが、口には
出さないがそう思っていた。
 何を如何こうして間違ったのかは定かではないが、ルイズは幻獣ではなく人間を召喚して
しまった。 それも平民の少女をである。 流石にこの事態は、彼女自身を含めた誰もが予期して
いなかったが、慌てる心を落ち着かせ、ルイズが口を開けたのはまさに奇跡だった。
「あんた誰?」
 取り敢えず、ルイズは足元の少女に声を掛けた。
 深層に沈んでいたディズィーの意識は、陽気に暖まった空気から香る土と草の優しい
匂い、春の柔らかな日差し、耳元でかさこそと音を立てる草の囀り――そして誰かの呼び
声によってゆっくりと覚醒した。
 繊細な睫毛が震え、薄っすらと赤茶色の無垢な双眸が開かれていく――目を覚ますと、
何処までも広がる蒼穹を背景に、薄桃色の可愛らしい〝生き物〟が自分の顔を覗き込ん
でいるのが視界に映った。
 年の頃は十五、六歳ぐらいだろうか。少なくとも人間よりも成長の早い自分よりは年上と
見てまず間違いはないだろう。人間は成長速度が早く調整されているGEARと違ってこれ
ぐらいの大きさにまでなるには十数年と少しの時間が掛かる筈だから。黒いマントの下には
白い長袖のブラウス、綺麗な折り目の入ったグレーのプリーツスカートといった出で立ちで、
肩に羽織った魔法使いのようなマントを除けば、年相応の女の子に見えなくもない。
 白い肌に、陽光を受けて薄桃色に光るブロンドの髪、高貴な西洋人形のように美しく整った
顔立ちからは少女の生まれと育ちの良さがそこはかとなく察せられる。裕福な仏蘭西系の
お嬢様といった形容が相応しいと思われた。
「…人間の…女の子?……」
 ディズィーは、自分の顔を怪訝そうな表情で覗き込む人間の少女を、焦点の定まらない、
寝起きの瞳でぼんやりと暢気に眺めていた。が、意識が徐々に明瞭になってくるにつれて、
それが如何いった意味を示しているのかを思い出すと、驚愕に目を大きく見開いた。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 人間の女の子がいる!

 それはディズィーにとっては到底信じられぬ事であった。聖戦時には、此処はGEARの
拠点の一つが存在し、人が何度も襲われた為に何時しか悪魔が棲んでいるという噂が広
まり、近隣の村人も気味悪がって誰一人近寄ろうとはしなかった――ただし、彼女の小さ
な友達であるジョゼフィーヌを除いては。
 だが、ジョゼフィーヌはもうディズィーの元から去ってしまった。人間が立ち寄らない静か
過ぎる森で、孤独と寂しさに日々堪えながら生きてきたディズィーにとっては、唯一無二の
掛け替えの無い友達だったが、ジョゼが去ってしまったのは生態兵器GEARとして生まれ
ながらに備えた強大過ぎる力を制御しきれなかったからだ。嫌われて当然だった。自分が
GEARである事を隠し、彼女が盲目であるのを良い事にその純真な心を騙し続けたばか
りか、その生まれ育った村まで跡形も無く焼き払ってしまった。それはディズィーには如何
する事も出来ない不可抗力が招いた結果だったとはいえ、やはり許されるべき事ではない。

 一体この少女は、何故、此処にいるのだろうか? 

 まさか、自分の首に懸けられた500000ワールド$という高額な賞金を狙ってやって来た
賞金稼ぎなのだろうか。成程、確かにそう考えれば合点がいく。 わざわざこんな辺境に
まで人間がやって来る理由は自分に懸けられた賞金が目当てとしか考えられないからだ。
しかし、現在の悪魔の棲む森はテスタメントによって守られている。如何見ても目の前の
少女がその彼を出し抜いて此処まで辿り着けるような人物とは思えない。それに懸賞金が
目当てなら、眠っている間に命を奪えば簡単に済む筈だ。

 何故そうしなかったのか? 

 間違っても、わざわざ眠りこけているGEARを起こし、馬鹿正直に正々堂々と真正面から
戦いを仕掛ける為ではなかろう。魔法の理論化に伴い、その技術を応用して生み出された
生態兵器であるGEARのその戦闘能力及び生命力は並の人間を遥かに凌駕している。
そんな危険な存在を真っ向から相手にすれば無事で済む筈が無いのだから。 それに目の
前の少女が、GEARを相手に戦えるような人間には欠片も見えなかった。
 起き抜けで、いきなり目の前に人間の少女が佇んでいたという事実に多少は戸惑ってし
まったが、冷静に考えれば色々と不可解な点が多過ぎる。 それに、自分の顔を覗き込ん
でいる少女は怪訝そうな表情こそすれ敵意は見当たらない。 ディズィーは少女の様子を
窺いながら、身体を起こしてその場に足を揃えて斜めにして座った。
 そしてそこで漸く自身に起こった異変に気が付いた。
 ディズィーは、木々が鬱蒼と生い茂った悪魔の森ではなく、何時の間にか自分が陽光の
下にあるだだっ広い草原にいるのに気が付いた。 そして目の前の人間の少女の他にも、
同じ格好をした少年少女が一定の距離を置いて自分に対して後期の眼差しを向けている。
何だか珍獣でも見るようなその視線にディズィーは居た堪れなくなった。 豊かな草原が
広がるその向こうには、幽玄な佇まいの石造りの巨大な古城さえ見える。
 現在、自分が置かれている常軌を遥かに逸した状況を目の当たりにして、ディズィーは
困惑を通り越して異質な恐怖さえ感じていた。 一体全体自分の身に何が起こったという
のか――急速に膨れ上がる不安で胸が押し潰されそうだった。
 心細さに揺れる気持ちを抑えて、取り敢えず、目の前の桃色の髪の少女にこの不可解な
状況の答えを求めた方が無難だろうとディズィーは考え、問うた。
「此処は……何処? 貴女は?」
 ディズィーの声音は弱々しく、心なしか震えていた。 地上最強のGEARである彼女が、
見る限り非力な人間の少女に怯える道理は少しも無いのだが、今は状況が状況である。
それにこれ程の大勢の人間を見られ、囲まれるのは苦手だった。生まれ育った村を追い
出された、あの忌まわしく恐ろしい夜を思い出すから。だが、周囲の反応から察するに、
未だ自分がGEARである事は悟られていないようだ。 容姿が一見すると普通の人間とは
区別が付かない完全な人型であった事と、少々大きめのゆったりとしたワンピースを身に
纏っている事が背中の翼と尻尾を誤魔化すのに役立ち、幸いしたのだろう。 自分が忌み
嫌われるGEARである事を知られたら、と考えるだけでとても怖くなった。
「ちょっとあんた、何様の心算よ。先ず私の質問に答えなさいよ」
 ディズィーのおどおどした態度が気に入らなかったのか、目の前の少女は今にも噛み
付かんばかりに詰め寄った。 思わずその迫力にディズィーは圧倒されたじろいでしまう。
体躯は小さいが、まるで獅子のような少女だ。
「もう一度訊くわよ。あんたは誰なの?」
「あ、えっと・・・・・・あの、秘密です」
 その言葉を言った直後、ディズィーは慌てて口を噤んだ。目の前の少女の怒りが頂点に
達するのが傍目にも分かった。尤も正直に、GEARです、と言える筈も無い。ディズィーと
しては、なるべく自分がGEARである事を悟られまいと思って答えた心算なのだが、結果
としてそれが余計に少女の怒りを買う事になってしまった。
「くやしー! あんたまで私を馬鹿にするのね!? 私なんかには名前も教えないっていうのね!?」
「そんな…私はそういう心算で……」
 病的なまでに激昂し、感情を統御出来ない少女の反応にディズィーは如何すれば良い
のか分からなかった。 先程の自分の配慮が足りなかった発言は、多少なりとも彼女の
神経を逆撫でるようなものだったかもしれないが、何もそんなに怒る必要は無いのでは。
 そう困り果てていると、意外な方向から助け舟が出された。

「おいおいルイズ、サモン・サーヴァントで呼び出した平民なんかに八つ当たりするなよ!」
「さっすがゼロのルイズ! 期待を裏切らないな!」
「平民にまで馬鹿にされるとは貴族としての威厳もゼロだな!」

 直後、ルイズと呼ばれた目の前の少女以外の全員が大声で笑った。
「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」
 周囲から笑い者にされた目の前の少女が、怒りの矛先をディズィーから周囲の生徒達に
変え、鈴のように良く通る声で自棄っぱちに怒鳴った。
「間違いって、ルイズは何時もそうじゃん」
「流石はゼロのルイズだ!」

 誰かがそうからかうと、人垣が再度どっと爆笑の渦に巻き込まれる。 今の一連の遣り
取りから、目の前の少女の名はルイズというらしい。
 取り敢えず、少女の名前がルイズと分かっただけでも随分と進展したが、問題なのは
この不可解な状況を誰かが説明してくれる事だ。 だが、当面の間はディズィーの疑問を
誰も解決してくれそうにない。 そう判断して諦め、彼女は大人しく状況の推移を静観する
事にした。それにまた余計な事を言ってルイズを怒らせる訳にもいかないだろう。
「ミスタ・コルベール!」
 ルイズが怒鳴ると、生徒達の人垣が左右にさっと割れ、真っ黒なローブに身を包んだ
中年男性が現れた。手には大きな杖を携えている。
「何だね。ミス・ヴァリエール」
「あの、もう一回やらせて下さい! こんなのが私の使い魔だなんて納得できません!」
 ルイズは必死になって抗議しているが、その願いはにべもなく一蹴された。
「それは出来ません」
「何故ですか!?」
「使い魔召喚の儀式はメイジとして一生を決める神聖なもの。 やり直すなどとは儀式そのものに
対する冒涜ですぞ。 好むと好まざるに関わらず、彼女は君の使い魔に決まったのです」
「でも、私、平民を使い魔にするなんて聞いた事がありません!」
「その少女はただの平民かもしれないが、君だけを例外として認めるわけにはいかない。
召喚されたからには契約を結んで貰わねばならない。 それが決まりなんだ」
「そんな……」
 ルイズはまだ何か言いたげな様子だが、やがてがくりと肩を落とし、諦めた。
「さて、それでは儀式の続きを」
「……本当にこの娘(こ)と?」
「そうだ。春の使い魔召喚の儀式のルールはあらゆるルールに優先する。例え相手が
平民であろうと何であろうと――女の子であろと、だ。 それに君は召喚にどれだけ時間を
費やしたと思っているのかね? 何度も失敗してやっと呼び出せたんだ。 いいから早く契約したまえ」
 何かを渋るルイズを、コルベールは有無を言わさぬ態度で促している。 それに続いて
周囲の生徒達からも「早くやれ」と野次が飛ぶ。 困り果てた顔で彼女は、未だに状況が
よく飲み込めずに不安そうな顔をしているディズィーを見詰めた。

 一体、何をされるのだろうか?

 更に胸の不安が大きく膨らむ。 ルイズは、自分に対して危害を加える心算は無いのだ
ろうが、間違いなくこれから何かをするようだ。 ディズィーは身体を緊張で硬く強張らせ、
万が一に備えて身構えた。
「ねえ」
 ルイズは少し苛立たしげにディズィーに声を掛けた。
「はい」
「あんた、いい加減名前ぐらい教えなさいよ」
 そう言えば未だ名乗ってもいなかったのをディズィーは思い出した。
「私はディズィー。 貴女は…ええと、ゼロのルイズさん?」
「……!ッ 卑しい平民風情が!………一体何処まで私を馬鹿にすれば気が済むの!? 
私にはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールという立派な名前があるの!!
今度その忌々しい二つ名で呼んだら怒るわよ!!!」
「ご、ごめんなさい…」
 如何やらまた知らず知らずの内にルイズを怒らせてしまったようだ。一見すれば仔猫の
ような可愛らしさとは裏腹に、凄まじい剣幕で食って掛かられ、ディズィーは傍から見ても
気の毒な程ぎゅっと身を竦ませて謝った。
「はぁはぁ…フン、まあいいわ。無知な平民の無礼な振る舞いぐらい許してあげる。
でなければ貴族は務まらないものね」
 漸く落ち着きを取り戻し、ルイズは威儀を正してディズィーに向き直る。 手に持った小さな
杖を、ディズィーの目の前で軽やかに振った。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
 朗々と呪文を唱え上げ、杖の先端をディズィーの額に置いた。 そして地面に膝を着き、
彼女と目線を同じ高さに合わせ、すっと顔を近付ける。
「な、何をするんですか」
 予想だにしなかったルイズの突然の行動にディズィーは驚きを隠せず、距離を取ろうと
反射的に尻で草を擦って後退る。 間近に迫ったルイズの真剣な面差しに、如何してかは
分からないが、どきりと胸が高鳴った。
「いいからじっとしていなさいよ」
 少しだけ怒気を含んだ声でルイズが言う。離れた間を詰めようと、彼女の顔が再度近付く。
「えと、その、あ、あの、ルイズさん。な、何をしようというんですか」
 ルイズの、少し湿り気を帯びた吐息を頬に感じた。 彼女がこれから何をしようとしている
のか全く分からず、ディズィーの胸中は混乱と未知に対する恐怖が綯い交ぜになっていた。
訳も分からず、身体が小刻みに震えている。
「ああもう! じっとしてなさいって言ったじゃない!」
 逃げようとするディズィーに痺れを切らしたルイズは、逃がすまいと咄嗟に伸ばした左手を
彼女の形の良い頤に添え、くいっと上を向かせた。
「あ」
 ディズィーの口から小さい声が漏れる。 見上げた先にはルイズの顔があったが、その
表情は逆光でよく窺い知れない。 だが、ディズィーには、影に沈んだその鳶色の瞳が、
少しだけ悲しそうに見えた。
「……契約の方法が、誰がキスなんて決めたの?」

 キスって何だろう?

 初めて聞くその言葉に不思議そうな顔をしていると、ルイズの顔が急に下げられて、
ディズィーの唇に近付いた。
「ん……」
 どちらのとも知れぬ声が漏れ出た。
 柔らかく、湿った感触を不意に唇に感じた。 この世に生を受けてから三年というあまり
にも短い月日の中で初めて経験する、全く未知の感覚に、傷つきやすく、脆く、感受性の
高い彼女の心は、戸惑い、悩み、狼狽し、赤茶色の無垢な瞳が驚きに見開かれる。
 唇に、ルイズの唇が重ねられている。 この行為の意味は何だろう、とディズィーは考える。
そして心に生まれたこの不思議な感情は何だろう。 重ねられた柔らかく瑞々しい唇から
伝わる、人肌のなんとも言えない優しい穏やかな温もりが、まるで氷のように冷えたきった
心の奥底にある蟠りを、ゆっくりと溶かすかのようだ。 ルイズの桃色の髪から仄かに香る、
石鹸の良い匂いが鼻腔を擽り、肺を一杯に満たした。
 解らない――だが、決して嫌な感覚ではない。 何とも言い表し難く、複雑で、けれども
優しい気持ちになれる、甘く神秘的な情動――驚きに開かれていたその瞳は徐々に蕩け
るように潤み、やがては陶酔の境地にさえ至っていた。
 一体、どれ程の間、そうして口付けを交わしていたのだろうか。 ほんの数秒の出来事に
過ぎなかったのかもしれないが、ディズィーにとっては常しえに思えた。 それ程までに
この口付けというものは、彼女の幼い魂にとっては凄烈な衝撃を齎したのだ。
 やがて、その刹那とも永劫とも思える甘美なひと時は、始まりと同様に唐突に終わりを告げる。
「終わりました」
 いやに素っ気無くルイズの唇が離れた。 ディズィーは遠ざかる彼女の唇を、何処か
夢見心地な眼差しで見送る。
「今のは感覚は……なに?」
 ディズィーは自分の唇に、名残惜しそうに指先をそっと這わす。まだ、あの魂を揺さぶる
感触が残っているかのように、触れた指先は熱い。 感触を確かめるかのように唇を舌で湿らした。
 ふと、ルイズを見遣る。 何故か、彼女は顔を真っ赤にして俯いていた。
「如何かしたんですか?」
 しかし顔を俯かせたままルイズは黙りこくっている。 またそれと気付かずに、自分は
何か彼女の気分を害する事でもしたのだろうか、とディズィーは急に不安になった。
「ふむ。 サモン・サーヴァントは何回も失敗したが、コントラクト・サーヴァントはきちんと出来たようだね」
 コルベールは嬉しそうだが、彼とは対照的にルイズは暗く沈んでいた。
「ファーストキス、だったのに……私、女の子と…しちゃった………」
 ぽつり、ぽつりと途切れがちにルイズはそう呟く。
「ミス・ヴァリエール。そう気に病む必要はありません。 昔から女の子同士のキスは数の内に入らないというそうですから」
 そう言って傷心のルイズを慰めるが、如何やら彼の言葉は届いてなさそうだ。

「相手がただの平民だから契約できたんだよ!」
「そいつが高位の幻獣だったら、契約なんか出来っこないぜ!」

 そこへ茶々を入れるように何人かの生徒がまたルイズを嘲ったので、悄然と顔を俯かせ
ていた彼女は強い意思を再度瞳に宿し、睨みつけた。
「馬鹿にしないで! 私だってたまには成功するのよ!」
 そしてそのままルイズは元の獅子のルイズに戻り、嘲り笑う生徒達と舌戦を繰り広げた。
一人取り残されたディズィーは暫し惚けた表情であの不思議な感覚の余韻に浸っていたが、
それも長くは続かなかった。
 それは唐突に訪れた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 まるで熔けた鉛を直接体内に流し込まれたかのように、身体が熱かった。 満ち足りた
気分から一転して、苦痛と恐怖がディズィーの心を締め付け、蹂躙する。

 まさか、先程のあの行為が?

 思い当たる節と言えばそれしかない。だが、何が起こっているのかは全く解らない。 
ディズィーは自分の身体に起こった得体の知れない変化が齎す恐怖と、体内で地獄の
業火の如く燃え上がる苦痛に耐えようとし、華奢な腕に爪が深く食い込む程、強く自らの
身体を抱き締め、その場に蹲った。
「身体が……熱い…」
 苦しそうにディズィーは呻くが、ルイズはそんな彼女の様子に苛立たしそうだ。
「大袈裟ね。使い魔のルーンが刻まれているだけよ。直ぐ終わるから待ってなさい」
 ルイズにとっては如何でも良い他人事なのだろうが、当のディズィーにとっては大事だ。
そしてそれはディズィー本人だけの問題ではなく、彼女がその背に宿す二つの独立した
人格達にとっても看過できぬものであった。
「やめて…ネクロ…お願い…ウンディーネ……」
 苦痛に耐えながら、ディズィーは必死になって顕現化しようとする二つの人格達を抑え
込もうとした。 彼女が原因不明の苦痛に苛まれているのを、彼らは外敵からの攻撃に
よるものと判断したのだ。 ディズィーが生まれながらにしてその背に宿す、各々が独立
した人格を備える二体のGEARであるネクロとウンディーネは、宿主であるディズィーの
身に何かしらの危険が起これば、ディズィーの意思に関係なく顕現化して自動的に防衛
行動を実行する。 それは彼女が如何なる闘争を望まない時であってもだ。 彼らの行動
の絶対的な規範は全て宿主であるディズィーの生命を守護する事に直結しており、喩え
その結果が如何なるもので、彼女の心を痛く悲しませるものであったとしても、それに対し
彼らには一切の思慮や躊躇いは無い。
 蹲るディズィーの背中で、何かがむくりと蠢いたその直後だった。
「駄目! 言う事を聞いて! ネクロ! ウンディーネ! いい子だから! お願い!」



 サモン・サーヴァントが成功したかと思ったら、召喚されたのは見るからに大人しそうな
平民の少女だった。 今まで何度も失敗して何も呼び出せなかったのだから、一応これは
成功なのだろう。 だが限りなくゼロに近い成功だ。 全くのゼロよりは幾分ましかもしれな
いが、それでも理想が高かったルイズの期待にはそぐわない結果である。
 とはいえ、満足のいく内容ではないのは認めるところだが、内心ではちょっと嬉しかった
のもまた事実だ。 確かに、目の前の平民の少女と、召喚されるであろうと心に強く思い
描いていた美しく気高い幻獣とでは雲泥の差がある。 召喚された少女を一瞥して失望し、
これ呼ばわりし、契約を促す教師に反発し、些細な事で辛く当たったりもした。 だが、今
思えば何と度量が狭い振る舞いだったのだろうか。 相手は無力で、突然の召喚に動転し、
すっかり怯え切った平民の少女だというのに、貴族に対する口の聞き方さえ知らないのか
と声を荒げて怒鳴り散らしてしまった。 これでは民の上に立ち教え導く貴族とは呼べない
どころか、王家に誉れ高いヴァリエール家の子女としても失格だ。 弱者を虐めて、己の
矮小なる虚栄心を満たそうなどとは反吐が出る。 生来からの自己のかなり意地っ張りな
性格をルイズは深く恥じ入った。 もっと素直に生きられれば、この少女に対して気の毒な
事をせずに済んだかもしれないのに。 そうしてちっぽけな自分に嫌悪する事も無かった
のではないだろうか――だが、少なくともこれで自分が魔法の才能が全くのゼロではない
事が万人に対して証明された。 この調子でいけば人並みに魔法を扱える日もそう遠くで
はない事を祈りたい。
 ところが、契約の口付けを交わしてからのルイズは、嘗てない程に酷く狼狽していた。
 ルイズには幼き日に固く契りを交わし将来を共に誓い合った婚約者がいる。 彼は魔法の
才能が皆無に等しい自分には不釣り合いな程に有能で、飛び切りの美男子である。 だが、
初めてのキスの相手はこの平民の少女だった。 ルイズの数少ない自慢の一つである、
非常に魅力的な婚約者の彼ではない。 契約の儀式により仕方がないとはいえ、キスを
した事について納得がいく訳ではないし、それに対する抵抗もあった。 ルイズにとっては
多少なりとも初めての口付けが同じ女の子という事が悲しかった。
 確かに、ディズィーには、そこいらの貴族の娘には無い、白い蓮の花のように清らかな
美しさがある。 この学院に学籍を置く者として昨今の貴族の子息子女がどれ程に自己を
省みず自由奔放に生きているのかというのを、嫌というほど目の当たりにしていた。 成り
上がりが多いゲルマニアの女は兎に角として、トリステインの古き良き貞淑な乙女は希少か、
最早絶滅してしまっているのではないかとさえ思えてしまう。 しかし、ディズィーには、
トリステインの多くの乙女から失われて久しいものがあった。
 更に、何処か浮世離れした神秘的な雰囲気が清廉な美しさをより一層引き立てている。
人の手が全く届かない、岩清水と澄んだ空気に満ちた巨木に苔むする森で、まるで厳かな
自然によって慈しみ育てられたかのような印象を受けた。
 それは同性であるにも関わらず、魅了されてしまう程だった。 しかし、だからといって、
初めてのキスの相手が同じ女の子であるというのは、未だ初心で純真無垢な乙女である
ルイズには少なからぬショックを齎した。
 そう、それはショッキングな出来事で間違いない。 間違いない筈。 間違いない筈。 
間違いない筈なのに、何故こうも胸の鼓動が激しいのだろうか。

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 もしかして私、女の子とキスをしてドキドキしてる?

 そんな馬鹿な、とルイズは心に芽生えたその感情を頭ごなしに否定した。 女の子同士で
キスをして胸をときめかせるなんて間違っている。 始祖ブリミルだってこんな感情を御許し
になる筈がない。 始祖ブリミルは、虚しい思いに耽る者を、恥ずべき情欲に任せ、自然の
関係を自然に悖るものに変えたとして御怒りになるだろう。
 嗚呼、始祖ブリミルよ、卑しく哀れなる小娘に御慈悲を御与え下さい。 ルイズは胸中で
静かに十字を切り、跪き、懺悔し、この邪な想いを忘れ去ろうと努めた――だが、唇を離した
時に見せた、ディズィーのあの惚けた表情が脳裏にこびり付いて離れない。 
 白い頬を薄っすらと上気させ、無垢な輝きを秘めた瞳は涙に潤んでいた。 そして名残惜し
そうに口付けていた唇を繊細な指先でなぞる仕草が、妙に心に訴えた。 あの涙に潤む瞳が
物欲しげな視線を投げかけていたような気もする。
 いけないわ、こんな事、いけないのよ。 嗚呼、始祖ブリミルよ、御許し下さい!

 ルイズがそうやって心中で始祖ブリミルに対して厳粛な面持ちで祈りを捧げていたが、
それも間も無く級友達の野次に中断されてしまい、ルイズは有りっ丈の声量を搾り出して、
心の神殿に入り込んできた彼らと真っ向から立ち向かった。
 そうやって言い争っている最中にそれは起こった。
 唐突に響き渡る少女の悲痛な叫びが耳朶を打つ。 ルイズが何事かとその方へ視線を
転じれば、ディズィーが地面に蹲って苦悶の表情を浮かべて、何かに耐えていた。
 多分、使い魔のルーンが刻まれているのだろう。 自らの身体を掻き抱くディズィーの
左手の甲にそれらしき文字が光り輝いていたから、そう見做して間違いない。
 ルイズは苦しむディズィーを見て、大袈裟ね、と素っ気無く言ったが、内心ではほんの少し、
というよりもかなり動揺していた。 他の生徒とその使い魔の契約を見る限りでは、使い魔は
ルーンが刻まれる痛みをむず痒そうにしていた。 人間ではない幻獣だからこそ、むずがる
程度で済んだのかもしれない。 もし、人間だったら、ルーンが刻まれる痛みは想像を絶する
ものなのかもしれない。 何しろ前例が無いのだから、そう考えても不思議はない筈だ。
 それにディズィーの痛がり方は尋常ではない。 放って置いたらこのまま死んでしまうの
ではないかと思える程、その叫びは苦痛に満ちている。 聞いている此方の心まで痛くなる。
 如何しよう、とルイズは狼狽した。 此処はこの場を監督する立場にあるコルベールに
助けを求めるべきだろうか。 平民とはいえ、このまま一人の少女を無為に死なせては、
それに対する謗りを免れられないだろう。 それに、平民を使い魔として召喚する事自体が
前代未聞の出来事だが、契約の儀式でそれを更に死なせてしまうとなったら、今度は自分に
どんな二つ名を付けられるか分かったものではない。 
 意を決してルイズがコルベールに助けを求めようとしたその時だった。
 ディズィーが一際大きな声で啼くと同時に、背が膨らみ、何かが勢い良く飛び出したのは。
 ルイズを始め、コルベールや生徒達も呆気に取られて、少女の変貌に見入る。
 それは一対の翼だった。 左翼はまるで天使のように一点の穢れも無い純白だが、それとは
対照的に右翼は悪魔のようにどす黒い。それらが目一杯まで広げられ、抜け落ちた何枚かの
羽根が宙をふわふわと軽やかに舞っていた。
 ルイズは目の前に蹲る少女の突然の変化に言葉を失っていた。 人間だと思ったら、
なんと彼女には翼が生えていた。 少なくとも普通の人間の背中に翼は生えていない。
それは即ち翼人であるという証拠に他ならなかった。 翼人といえば恐れられている
エルフと同様に先住魔法を使う。 そのような存在を自分は召喚してしまったのか。

「あれを見ろよ! 翼が生えてるぜ!」
「鳥か!?」
「違うぜ! あいつは翼人だ!」

 翼人の少女を目の前にして生徒達がすわとばかりに色めき立つ。 殆どの生徒が亜人を
その目で直に見るのが初めてだからだった。 人間と亜人の共同体はほぼ隔絶されている。
お互いに別の種族であると自覚しているからこそ、二つの種族はあまり交わろうとはしない。
それ故に未見の者が多いのは当然の帰結であった。
 ルイズはすっかり動揺し、如何していいのか分からず、コルベールに助けを求めようとして
縋り付くような視線を向けたが、彼も困惑した表情を浮かべている。
 取り敢えず、自分は平民ではなく、亜人の一種である翼人の少女を呼び出してしまった
という事になる。 平民と違って先住魔法が使えるだろうから、自分の中で少女に対する
評価は先程よりもぐんと上がった。 ただ、主人は魔法が使えず、その使い魔だけが魔法を
使えるというのには何となく納得がいかない気もするが、まぁ、いいだろう。使い魔としての
価値が上がるという事は、それだけルイズの実力も比例するという事なのだから。
「あ、あんた、翼人だったのね!? 如何して初めに言わなかったのよ!」
 ディズィーはまだ自らを抱き締める形で苦しそうに蹲っていた。 ルイズはそう声を掛け
ながら、苦しんでいるのならば背中ぐらいは擦ってあげようかな、と思い、翼人の少女に
小走りで駆け寄る。
 だがそこで、はた、とルイズの足が止まり、その場に根を生やしたかのように凍り付く。
彼女の視線は、蹲る少女のあるものに注がれていた。
 確かに、背中に生えるそれぞれ羽の色が対照的な翼は目を引く程に珍しい。 珍しい。 
珍しいが、翼ではなく、それは全く異質で、ルイズはいよいよ混乱した。
 ルイズの視線が注がれるその先――蹲るディズィーの黒いワンピースの裾から、ずるり、
とはみ出ている、太くて黒くて長い物体。
 それは紛れも無い尻尾だった。 表面が艶々と黒光りする皮膚に覆われており、尻尾の
先には彼女の瑠璃色の髪を二つに分けて留めている黄色いリボンと同じものが結び付けら
れている。 それが似合っていなくて、滑稽というよりも不気味さを醸し出していた。
「ちょ、ちょ、ちょちょちょちょっと! これ! 何! 何なの! 本物なの!?」
 ルイズは素っ頓狂な声を上げ、ワンピースの裾から盛大にはみ出している長くて太い、
爬虫類のような尻尾を指差す。 周囲の生徒達は、ルイズが何に驚いているのか初めは
分からなかったようだが、彼女が指差す先にあるものを見て、再度どよめきが広がった。

「尻尾だぞ! あの翼人、尻尾も生えてるぞ!」
「馬鹿いえよ! 翼人には尻尾なんか生えてないぜ!」
「じゃあ何だよ!?」






                      「化け物だ」






 誰かが言ったその言葉によるものなのか、生徒達の騒めきがぴたりと止んだ。
 化け物――耳に届いたその言葉が、鎖となってディズィーの心を強く締め付ける。
 途端に、過去の忌まわしい情景の数々が断片的に脳裏に呼び起こされた。 GEARと
分かるや否や凶器を手に携え迫り来る村人たちの、燃え盛る劫火に照らし出されて浮か
び上がった恐ろしい形相。 目は煌々と不気味に輝いている。 ディズィーの瞳には、彼ら
人間の方がGEARよりもおぞましい化け物として映っていた。 口々に浴びせ掛けられる
罵詈雑言が、本当にまだ幼いディズィーの無垢な心を容赦なく抉り取り、突き刺し、切り刻み、
粉々に打ち砕こうとする。お姉ちゃん、お姉ちゃんと慕ってくれた小さな友達に言われた、
悪魔という一言が真っ白なキャンバスのような魂を、悲しみで滅茶苦茶に塗りたくる。

 私は化け物なんかじゃない!

 ディズィーは声ならぬ悲痛な叫びを上げる。 だが、その言葉は誰の耳にも、心にも、
決して届かない。 世界の全てが、何も知らない幼子の存在を許そうとはしなかったのだ。
 そこでディズィーの意識は現実に引き戻された。 何時の間にか、体内で嵐のように荒れ
狂っていた痛みと熱さが嘘のように引いている。 それに伴い、背中に宿る二つの人格達も
各々の死神と女神という形態を形作る寸前で沈静化していた。
 ディズィーの心に漸く平静が訪れた。 ほぅっと一息つき、恐る恐る顔を上げる。
 見上げた視線のその先には、ルイズが自分を、何か得体の知れない恐ろしいものでも
見るような顔で佇んでいた。 それでディズィーは気付いた。 必死になって隠していた翼と
尻尾が露わとなり、人々の目に触れてしまった事を。
 村を追われたあの夜の出来事が再び鮮烈に脳裏に蘇る。 周囲を怖々と見渡すと、目の
前のルイズと同様に、生徒達も薄気味悪いものでも見るかのような目で此方を見ていた。
何人かの生徒は杖をその手に握ってさえいる。 恐怖が漣のように押し寄せた。





                        「化け物だ」




 再度、誰が言ったかは分からぬその言葉は、瞬く内に生徒達の間に波紋のように広がった。
「あんなの亜人ですらねえ」
「翼は兎も角、あの黒い尻尾を見てみろよ。気持ち悪い」
「ああ、グロテスクな造形だ。尻尾のリボンが悪趣味過ぎる」
「まるで悪魔そのものね」

 口々に囁かれる言葉の一つ一つが、幼く無垢な心を無造作に踏み躙る。
「あ、ああ…」
 ディズィーは胸が悲しみと恐怖で押し潰されそうだった。
 私が一体、彼らに何をしたというのだろうか。 私はただ平穏に暮らしたいだけなのに、
如何して世界は私を傷つけようとするの?――息苦しいとディズィーは感じ、止まる事を
知らない言葉の暴力によってずきずきと痛む胸を両手で押さえながらその場で再び蹲り、
空気を求めて必死に喘いだ。 上手く呼吸が出来ない。 肺の中を暴れる二酸化炭素は
絶対零度の青白い炎に等しく、降り掛かる言葉は魂をその場に釘付ける。
 ふと、誰かの足が俯いた視界にすっと入り込む。 顔だけ少し上げて見ると、ルイズが
直ぐ傍に佇んで自分を見下ろしていた。 その表情は影になっていてよく見えないが、
多分他の生徒達と同じに違いない。 気味の悪い化け物を見下す冷たい目だ。
 ルイズが目の前で膝を折って屈み込んだ。 ディズィーはびくりと身を震わし、慌てて
視線を逸らした。
「あんた、一体何なの? まさかそんな格好してて、人間です、とは言わないわよね。
亜人…なの? でも翼と尻尾を生やした亜人なんて聞いた事ないわ。 それとも新種?」
 心の中を探るような、値踏みするような、そんな訝しんだ声音でルイズが問い掛ける。
「……私は、人間ではありません」
 蹲ったまま、ディズィーは素直に白状する。
 旧技術(ブラックテック)と魔法理論によって作り出された生態兵器――そう、自分は、
世界を百年の長きに渡る凄惨な戦い巻き込んだGEARだ。 運用時に於ける兵站を全く
必要とせず、自ら数を増やし、機械化歩兵部隊並みの機動力と圧倒的な戦闘力を持つ、
生ける兵器。 ギガデス級ともなれば、たったの一時間で百万都市を灰燼に帰せる程だ。
 GEARとは、人類にとっては悪魔の別称でもある――いや、人類にとってはそれ以上に
邪悪な存在なのかもしれない。 GEARとは、悪魔よりも狡猾で、死よりも無慈悲であり、
そして何よりも存在そのものが決して許されざる原罪なのだから。
「ふーん…やっぱそうよね、うん。 流石に翼と尻尾を生やした人間がいる訳ないもんね」
 嘆息と共に、納得した、と言わんばかりにルイズがそう漏らす。

「ルイズ! そんな化け物と喋ってると、呪われるぞ!」
「待てよ! ゼロのルイズには化け物が案外お似合いだぜ!」
「そいつは違いない!」

 すると、今度はディズィーばかりか、ルイズにも心ない言葉が容赦なく投げ付けられ、
生徒達は二人を寄って集って嘲った。 ディズィーは何だかルイズに対して、済まない
という気持ちになった。自分の所為で、彼女まで自分と同じに見られたらと思うと心が痛んだ。
 そっと顔を上げてルイズの横顔を盗み見ようとする。それと同時に彼女は弾かれるように
立ち上がってしまったので、結局その表情は窺い知れなかった。
「あんた達! さっきから喧しいのよ!」
 今まで以上に迫力のある声でルイズは言い、世界の全てを敵に回すのも辞さないという決意を
漲らせた瞳で、周囲を力いっぱい睨み付ける。
「人の使い魔を散々化け物呼ばわりして! 本当に失礼しちゃうわ!」
 そしてその次にルイズの口から出た言葉に、ディズィーは息をするのさえ忘れた。




           「この娘の何処が化け物なのよ!」



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