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マジシャン ザ ルイズ 3章 (37)

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マジシャン ザ ルイズ 3章 (37)ガリアの女王イザベラ

「何を……」
かすれた声で、喘ぐように女王が呟く、最初は弱く、次は強く。
「何を言っている!?」


月光の下、吠え猛る氷と静謐なる氷とが交錯する。

イザベラは燃え立つ怒りの形相で、跪いたタバサの襟首を両手で掴むと、締め上げるようにして彼女を立ち上がらせた。
「どういうつもりだと聞いている!? 答えろシャルロットッ!」
顔を真っ赤にし、握った拳を震わせているイザベラに、タバサは臆することなく言葉を返した。
「城に人がいないのは夜間警備での被害を少なくするため」
「……違う」
思わぬ言葉に、イザベラがその身を一瞬堅くする。その瞬間、タバサはたたみかける様に言葉を重ねた。
「殺したのはアルビオンの放った魔物」
「…違う!」
「楽しんでなんかいなかった」
「違う!」
「カステルモールを牢に繋いだのは、そこが王族しか知らない安全な場所だったから」
「違うっ!」
「彼に嘘を教えたのは、生きる気力を持たせるため、自分を殺させるため」


「黙れっ!!」
「黙らないっ!!」

荒々しく顔を引き寄せたイザベラが、タバサの首元を万力のような力で絞めながら激しい怒声をあげると、負けじとタバサも普段では考えられないような声量で声を振り立てた。

「あなたは自分を殺させて、それで全てを清算しようとしている! 全部が全部、死ぬことで終わらせようとしているっ!」
思うがままを、叫んでみてから驚いた。
母が心を狂わせる毒を呷って以来、タバサはこのような大声を出すのは初めてだった。

「全てお前の妄想だ! 証拠も根拠も何も無い! 勝手にお前がそう思っているだけだ!!」
負けじとイザベラも、尖った声で吠え立てた。
そのことが、タバサにますますの確信を抱かせる。
もしも本当にただの思い違いであったならば、イザベラはこんな風に怒鳴ったりしない。いつものように冷笑を返し、いつものように嘲笑を浴びせるだけだ。
その思いが、ますますタバサを奮い立たせた。


「そうです……」
譲らぬ二人、視線をぶつけ合う二人に、割り込んだのは新たなる第三者の声。
二人がそちらに目を向けると、開け放たれた扉の前には、カステルモールが幽鬼のように立っていた。
「シャルロット様、……それはシャルロット様の思い込みに過ぎません……、その女は……イザベラは、あなた様を何度も殺そうといたしました……。その女に、何を言われたか分かりませんが、信じてはなりません……。信じてはなりません……、
 殺すのです、そして王権を正しき者の手に……」
ずるずると、体を引きずるようにして二人に近づいてくる。
その表情は困惑と深い嘆きの色で染まっている。この実直な騎士は、タバサの考えていることが分からないのだ。
だからタバサは彼をきっと見返して、思いの丈をぶちまけた。

「家族を……、家族を信じるのは悪いこと!?」


本当に欲しかったもの。
それは家族。
みんなが幸せで、みんなが笑っていて、誰も泣いていない、そんな家族。
成したかったものは、復讐なんかじゃ決してない。
本当に取り戻したかったものは、家族なのだ。
そして、タバサの中で、家族の中には彼女も、イザベラも含まれる。
彼女はたった一人の従姉なのだから。
そのことを、タバサはいつかの夢の中で、はっきりと理解したのだ。



タバサの言葉に、イザベラとカステルモールが口を開けて唖然とした顔になる。
その意味を最初に理解したのは、カステルモールだった。

それは、冷水を浴びせかけられたような気分だった。
そう、自分にとっては簒奪者の娘、王にそぐわぬ無能者。それでも彼女にとっては、シャルロットにとっては、イザベラはたった一人の従姉妹なのだ。
そして、自分は彼女に肉親を殺せと言ったのだ。
カステルモールは顔をくしゃくしゃに歪めて、同じ色の髪をした、二人の少女を見た。
触れれば折れてしまいそうな細い手足を見た、その幼さの残る体を見た、本当ならただ笑っていることが許される年頃である顔立ちを見た。
そんな娘に、自分は肉親を殺せと言ったのだ。
罪深い、なんと罪深いことであろうか。
「ああ……何と言うことだ」
カステルモールは自分の愚かさを悟り、手で顔を覆って涙した。



「家族? 家族だって……ふざけるんじゃないよっ!」
今度はようやくタバサの言ったことを理解したイザベラが、罵声を浴びせかけた。
両手は襟首を掴んだまま、その顔を触れあうほどにタバサの顔に近づけて、その目を刺すようにして睨み付けた。
「あたしに家族なんていないっ! 父上は私を家族だなんて一度も思わなかった! 私には最初から家族なんていない!」
「……だったら私が、あなたの家族になる」
「うるさい! 黙れ!」

イザベラがその手を離し、一歩、二歩とその身を下がらせる。
「そうか! 同情か! 家族を失ったかわいそうな私を、恵まれたシャルロット様は哀れんで下さるって訳だ。 はっ! 良いご身分だねぇ!」
そう言って、イザベラは髪が乱れるのも気にせず、頭を振り回して掻き毟る。
その様子を見たタバサが手を伸ばすと、すかさずイザベラがその手を払った。
「私に触れるな! 同情なんてまっぴらごめんだ! 何が家族だ、何が杖を捧げるだっ! お前は自分を犠牲にして、良いことをした気分に浸っているのかもしれないが、わたしはそんなこと望んじゃいない!」

手を振り払われ、激語を浴びせられたタバサが、傷ついたようなショックを受けたような、そんな顔を見せた。
「ははっ、いい顔だ! その顔が見たかったんだよ!」
――ああ、臭い。
「私はお前なんて必要としていない!」
――なんて臭いんだろう。鼻が曲がりそうだ。
「お前なんて死んでしまえば良いと思ってるっ!」
――自分が発している臭いに、気が狂いそうだ。
「お前のその態度が気に入らない!」
――これは、いつのころからか、ずっと自分につきまとってきた悪臭だ。
「お前のその目つきが気に入らない!」
――劣等感の臭いだ。
「私は、お前の全部が気に入らない!」
――私がシャルロットに感じている、劣等感の臭いだ。
叫びを繰り返すごとに、イザベラの目に涙が滲んだ。


物心ついた頃にはすでにシャルロットと比較されていた。
父親に似て何でもそつなくこなすシャルロット、父親に似てくずで愚鈍な自分。
その上で、シャルロットは自分にないものを、たくさん持っていた。
シャルロットが当然のように享受しているものを、自分は望んでも決して手にすることはできなかった。

誕生日、一度として父は自分を祝ってはくれなかった。
ブリミルの降臨祭、父はいつも狩りに出かけていた。
初めて魔法を使った日、父は「そうか」とだけ返して直ぐにチェスに戻ってしまった。

認めてもらいたくて、努力した。
魔法の勉強もやった、習い事だってきちんとこなした。
しかし、そのことを褒められることは誰からも、一度としてなかった。
そうして時間を過ごすうち、いつからか、周囲に期待を抱かないようにするようになった。
そして、周囲は私に何の期待も抱かなかった。

暗く重たい感情は、私の中で吐き出されることなく、心の奥底に黒いどろどろしたものとして鬱積した。
それが、劣等感。

分かってる、こんなものは馬鹿げてる。
でも止められない、これまで溜まりにたまった感情が、濁流となってシャルロットを打ち据えようと流れ出そうとする。
劣等感が叫ぶ、シャルロットに同情されるくらいなら死を選べと、いいや、殺してそのうさを晴らせと。



手を払われたタバサは、少しの間じっとイザベラを見て、それから段差を踏み越えて更に一歩、歩を進めた。
「私が憎いなら、殺したいなら、殺せばいい」
イザベラは、そう言って拒絶したにも関わらず伸ばされたタバサの手を見て驚いた。
そしてその真意を測るようにカッと目を見開いて、人でも殺せそうな双眸でタバサを睨め付けた。
その目にも怯まず、タバサは言った。
「でも考えて……、あなたが本当に欲しいものは何?」
「……何、?」
「私はあなたに与えるんじゃない。私の望むものは、あなたがいなければ手に入らない。そして、あなたが望むものとわたしが望むものは、きっと同じはず」
そう言って真っ直ぐに見返してくるタバサ。
その目は、嘘偽りなく、彼女を、イザベラを求めていた。


イザベラは差し出したタバサの手を恐れるようにして、自然と一歩体を退いた。
「私の……何が……」


……何が分かる。
ちくしょう。
誰にも分からないと思っていた。分かるはずがないと思っていた。

だが、誰にも分かってもらおうとしなかったのは誰だ?
そんなの決まってる
自分自身じゃないか。

いつだって時間はあった、誰にだって言えた。
でも、それをしなかったのは自分自身だ。


「分からない。……だから、教えて欲しい。それだけじゃなくて、私のことも分かって欲しい」
手を伸ばしているタバサの顔を、もう一度イザベラは見た。
先ほどは気づかなかったが、その瞳は不安に揺れていた。
それを見てイザベラも気がついた、シャルロットもまた、恐ろしいのだと。

そして、うつむいてもう一度考えてみた。
自分が本当に欲しかったものは何かを考えてみた。



下げた顔をそろり上げて、もう一度シャルロットの顔を……
――?

思うより先に、体が動いた。

「こんのっ、馬鹿っ!」
イザベラがドレスの裾を翻し、タバサに向かって飛びかかる。
タバサはその突発的な行動の、意味が読み取れず、目を丸くしている。
そして、飛び出したイザベラがタバサの胸を力一杯突き飛ばすと同時、

                           血風が舞った。

「……あ、」
突き飛ばされたタバサは見た、イザベラの腹部が赤く裂けたのを。
「……ああ、」
尻餅をついたタバサは見た、自分の体に降りかかった赤く暖かい液体を。
「……あああ、、」
駆けつけたカステルモールを押しのけてタバサは見た、赤く広がっていく染みを。
「……ああああ!」


「ヒ、《ヒドゥン・スペクター》!? そんな、まだ残っていたのか!? 」
カステルモールの驚く声、、しかしタバサは気にも留めずに必死の思いで倒れたイザベラへと駆け寄った。
ぐったりとして気を失っているイザベラの傷は、誰が見ても分かるほどに重傷だった。
傷の深さは内臓に達するほどで、その証拠に血に塗れた傷口からは臓物が覗いているのが見える。
急激な出血にその顔色から急速に血の気が失せていくのが分かる。
王国の暗部で活躍した北花壇騎士七号であった彼女は、こんな光景を幾度も目にしてきた。
だが、この時この場所で、タバサは明らかに平静を欠いていた。
タバサはイザベラの傷口を手で押さえ、懸命にそこから血、あるいは命が流れ出すのを留めようとした。
無論、そんなことをしても何の効果も無いことなど、普段のタバサなら直ぐに思い至るはずである。
けれど、彼女は今、目に涙を浮かべて、年相応の素顔で、突然に降りかかった悲劇に抗う術を持たずに身を晒していた。
彼女の中で繰り返しフラッシュバックするのは、あのサン・マロンの『実験農場』での光景。


 〝待っていろシャルル!おれも今からそちらにいくぞっ!〟


突然せり上がってきた吐き気を、タバサは歯を食いしばって押さえ込んだ。
そして、目に焼き付いたジョゼフの末期の姿と、目の前のイザベラの姿を重ねて、唇をわなわなと振るわせた。

一方でカステルモールは杖を構え、出入り口である扉の方を注視していた。
先ほどまで呆然としていた様子などつゆほども感じさせない機敏な動作である。
しかし、彼の表情はこれまで以上に厳しいものとなっていた。
「……、十体……、いや、それ以上、?」
彼が呟いた言葉の意味。それは目の前現れた脅威を分析したものであった。

開け放たれた扉の前、その床を傷つけている無数の爪。この宮殿のどこに潜んでいたかも分からないその数は、確実に両手の指を超えるだけいた。
それらがあるいは円を描き、あるいはその場を繰り返し繰り返し、あるいはゆっくりと床に爪痕を残して動き回っている。
その様子はまるで、獲物を前にして舌なめずりをする猛獣のようであった。




誰かが泣いている。
胸を締め付ける子供の泣き声が響く。
こんな場所で、どこの間抜けが泣いているのだろうか。
どこのどいつだか分からないが、猛烈に蹴り飛ばしてやりたい。そう思ったイザベラは泣き声の主を探してみることにした。
闇の他に何も無い、空虚な世界。
そんな場所で湿っぽく泣いている奴を、あまりにうざったいと思ったからだ。
そうしてやることを決めると、彼女は小さな声を標にして近づいていった。


幸い、イザベラは直ぐに声の主の元にたどり着くことが出来た。
そこには床に倒れた人が一人と、それに縋りついてなく少女の姿。
顔は―――闇に隠れて見えない。
(父さまっ……ひっく、ひっく…父さま…)
こちらに気付かぬまま泣き続ける小さな女の子、イザベラはその後ろに無言で立つと、声をかけた。
「悲しいか?」
(うん…父さまが…死んじゃった…どうして、どうしてっ)
「………」
イザベラは顔を歪める、彼女には、少女の気持ちが痛いほどに分かったからだ。
父ジョゼフは良い父親ではなかった。だが、それでもイザベラは父を愛していた。
生きている間はそんなことを言う機会はとうとう巡ってこなかったが、死んでからは、そう思うことが多くなった。
もう一度見下ろした、そこでは泣き続ける娘の姿。
正直、最初は蹴り飛ばしてやるつもりだったのだが、その姿を見ているとその気力も萎えた。
「あぁ、もう。うざったいねぇ、ほら、泣き止め、泣き止めったら」
イザベラはそう言うと、少女を後ろから抱いて、その豪華なドレスの袖口で少女の顔をごしごしと擦った。
(うっ…えっぐ……ひっく…)
女の子がしゃくりあげながら、振り向いてイザベラを見た。

そうして顔を向けた少女は、なんと五年前のシャルロットであった。
「シャル、ロット……」
その姿に思わず体を離して身を退きそうになる。
しかし、その腕を、幼いシャルロットがしっかと掴んで離さなかった。
(一緒にいて…、お願い……)
その小さな少女の願いに、イザベラは動揺した。
そして、再び床に倒れ伏した人影を見たとき、彼女は短く息をのんだ。
横たわっていた人物が一人ではなく、二人になっていた。
二人は叔父と父、シャルルとジョゼフであった。
シャルルとジョゼフは共に手を取って横たわっている、まるで仲の良い兄弟の様に。
生前、二人がそんな仲でなかったのをイザベラは知っている。
けれど、父が、実弟を殺めたことを後悔し、日々を嘆いて送っているのを気づいてもいた。

その二人の姿と、こちらを見上げているシャルロットの姿を見ていると、イザベラも無性に泣きたい気持ちが溢れてきた。
「分かった、分かったよ! 泣いてやるよ! くそっ! 一緒に泣いてやるさ! でもそれが終わったらお前も泣き止め! 私は一緒に傷を舐め合ったりする趣味は無いんだよ!」
イザベラはそう叫ぶと、勢いよくシャルロットの頭を抱き、見栄も羞恥もなく、その場で豪快に声を上げて泣き始めた。



ぽたぽたと顔にかかる滴に、イザベラは目を覚ました。
(――ああ……眠いっていうか、だるい)
体が冷たい、寒いわけではないが冷たい。加えてこの倦怠感、体一つ動かすのも億劫だ。
このまま起きなかったことにしてまた眠ってしまいたい。
「……ぅ、ああ……ひっく、」
だが、耳だけはいやにはっきりとその声を拾っていた。
それは、誰かの泣き声。
イザベラは瞼を動かすのも億劫だったが、その誰かの声がさっきの夢と同じようにうっとうしくて、渋々にその目を開いた。
目を開いて彼女が最初に見たのは、子供のように泣きじゃくる従妹の顔だった。
「……ん、ぁ?」
全く状況が理解できない。
記憶が混乱している。
自分は確か王の間でシャルロットを待っていて、それでその後……
確かシャルロットの後ろから、

急激に血が頭に巡り始める。意識がはっきりする。
同時に体が激痛を知覚した。
思い出した、シャルロットの後ろから何かが近寄ってきていて、それで、自分でも訳も分からぬうちにシャルロットを突き飛ばしたのだ。
「………ごふっ」
口を開いて喋ろうとした途端、自分の意志とは関係なく口から生臭い液体が溢れた。
血だ。
のろのろと首を動かして、自分の体を見た。
激痛の発生源は腹部、真っ赤に染まったそこを、泣きながらシャルロットが両手で押さえていた。
それだけで、何となくイザベラは状況を察した。
自分がシャルロットを庇ったこと、代わりに怪我を負ったこと、それが口から血を吐き出すくらい深いものであったこと。
そして、その所為でシャルロットが泣いていること。

ぽろぽろ、ぽろぽろと滴が落ちる。
あの無表情だった従妹が、自分の為に泣いている。
シャルロットの言葉に偽りはない、彼女は、本当に自分に家族になって欲しいのだと、その滴の暖かさが伝えていた。
二人の隔意を、涙が橋となって受け渡しした。
踏み出すならば、今しかない。
今度は、自分が勇気を持って踏みだそう。



「っ!、……泣くな、シャルロット」
「……っ!……っ!」
「良いから、泣き止め」
放っておくと喉の奥からせり上がってくる熱い固まりを、無理矢理に飲み込んでイザベラが言う。
「泣き止め、手をどけろ……良いから」
タバサはいやいやと首を振りながらイザベラの腹を押さえているが、彼女はそれを弱々しくも、さも迷惑そうに手で払う動作をした。
「全く……お前って奴は……」
イザベラはそう呟いて、すうっと一息、息をうと

「しゃきっとしろ!」
叫んだ。
「いいか、お前が泣いてたってどうしようもないんだ! そんなことよりできることをしろ! 迅速に! 速やかに! 使命を果たせ!」
タバサの体がびくりと震える。
その手を今度はイザベラが、夢の中でシャルロットにそうされたように、がっちりと掴んだ。
「あたしをこんな目に遭わせたトンチキをぶっ倒せ! それがあたしの妹になるってことだ! 分かったかこの…、ごぶっ!」
叫びの最中で血を吐いた。
しかし、その意味は十分にタバサに、いや、シャルロット・エレーヌ・オルレアンに伝わった。
血まみれで、死にかけで、それでも少しも損なわれぬ自信に満ちた瞳が、雄弁に物語っていた。
『お前は私の妹なのだから』、と。

タバサは涙を拭いて立ち上がると、振り返ってイザベラに背を向けた。
「三分我慢して」
タバサがそう言うと
「二分でやれ」
イザベラが返す。

「分かった」

伝説が始まる。


「シャルロット様! お下がりください!」
カステルモールから制止の声が飛ぶが、気にしない。
圧倒的な戦力差と体中に突き刺さる殺意、気にしない。
前方に十体以上いる、見えない魔物しか、気にしない。

今なら何でもできそうな気がした。
先ほどまであれほど苦戦した魔物に、全く脅威を感じない。
イザベラの傷を完治させる回復魔法も、難なく使えそうな気がする。

今ならなんだって、できそうな気がする!


杖を振って呪文を唱える。
一度も使ったことのない、けれど識っているその呪文は、恐るべき早さと精度をもって完成した。
「!」
現れたるはタバサの虚影、その数は三つ。

『偏在』

風のユビキタスによって実存をもったタバサがそれぞれ、詠唱を開始する。
同時に異変を察知した《ヒドゥン・スペクター》が扉の前から散り散りになりながら、それぞれがタバサに襲いかからんと地に爪を立てた。
だが、それより先に呪文は完成する。

背後にいたカステルモールが目を剥いた。
タバサが唱えたその呪文、それは先頃自身が唱えた呪文と同一。
――しかし


タバサの呪文に応えて、中空に姿を現したのは氷の槍。
けれど、タバサが普段使う『アイス・ジャベリン』とは大きさが異なる。
ジャベリンのそれが手槍だとするならば、今彼女の前に精錬されたそれは、言うなれば騎兵の突撃槍。
しかもそれが一本ではない、無数の無数の無数の無数の――尋常ではない数の『アイス・スピア』。

視界を埋め尽くさんばかりの氷の槍。
その展開された物量たるや、数にして百二十八本。
それらが一斉に射出・激突・破砕・爆散、大音響。
天井に、壁に、床に、あらゆる場所を破壊し、砕け、更に刃の破片を撒き散らす。
氷塊によって生み出された冷気が周囲を覆う。
姿が見えぬならば広範囲攻撃を行うのが適切、当たり前の理屈。
タバサはその当たり前を実行したに過ぎない。

氷槍の猛雨に《ヒドゥン・スペクター》の何匹かが巻き込まれたが、その多くは攻撃を避けきって、タバサに向かって反撃の刃を奔らせるべく進路を変える。
しかし、それで十分に目的は達せられた、捻出されたほんの少しの時間、――つまりはそれが詠唱の時間。

ドンッという音、風が逆巻きタバサの一人が、迫る来る敵に向かって、砲弾のような勢いで飛び出した。
否、それはまさしく砲弾であった。
その背後には杖を突き出した別のタバサ、彼女の作り出した風の魔法で背中を押され、もう一人のタバサはその身を弾丸として打ち出したのである。
形容するなら人間砲台。
その本命は
『ブ
迫る魔物以上の早さ。
突撃をかけたタバサが、流れる風に逆らう様に地面に足をかけ、杖を両手で自分の斜め上に向かって突き出した。
そして、全力全開で魔力を放出。
  レイドッ!』
瞬間、王の間の何もかもを巻き上げる、緑の大旋風が出現した。

本来、風の『ブレイド』は、杖に風を纏わせて刃とする呪文である。
それを彼女は全力で放ち 制御せず 力の限り 暴れるに任せた。
爆音と共に周囲の空気全てを巻き込んで渦巻く、風の猛威。
その威力に術者のタバサ自身が吹き飛ばされそうになるが、それを背後から支えるのもまた、風。
矢となって飛び出したその意味は、最効果地点への到達と、反動の相殺。

斜めに伸ばされた緑の尖塔の如き魔法の竜巻、それが城全体を振るわせるような衝撃を伴って天井へと突き刺さる。
つり下げられたシャンデリア、壁に飾られた装飾具、砕け散った氷の固まり、全てを拾い上げて荒れ狂う風、それは術者・タバサの手の延長上。
ならばこそ、そこに巻き込まれたものは、タバサにとってはそれこそ手に取るようにその位置を掴むことができた。

そして仕上げに

『ライトニング・クラウド!』

機会を窺っていた最後のタバサが、紫電の大蛇を空中へと放った。
それはのたうち回りながら正確に、狙い違わず全ての《ヒドゥン・スペクター》を焼き貫いていった。



カステルモールはぽかんと口を開いて、唖然とした面持ちできびすを返して戻ってくるタバサを迎えた。
「あ、……」
あまりの出来事に、言葉が出ない。
あれほど苦戦した相手を、正に一蹴。
過ぎたる力は人に畏怖を呼び起こさせる。

立ち尽くすカステルモールの横を、タバサは無言で通り過ぎていった。



                       「全く、愚図な奴だね」
                        彼女はそう毒づくと、気を失った。
                        ――――バッソ・カステルモール「氷の姉妹」


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