あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ブレイブストーリー/ゼロ 21

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 フーケは孤児院のことを思い出していた。
 自分が貴族から奪った財産で子供たちを養っていた場所。
 今はもうない場所。

 ゴーレムの上から、銃の照準を合わせる。標的はルイズ・ヴァリエール。名門の娘。
 フーケは結びつける。孤児院が襲撃された時、あの子は次々と殺されていく年下のきょうだい達を見てどんな行動に出たのだろう。
 皆殺しにされ、自分が発見するまで野ざらしにされていた子供達を置いて一人連れ去られたのはどんな気持ちだっただろう。

「……ゼロのルイズ、って呼ばれていたわね。無能力のあんたがそれを扱ったって、焼け石に水だって分からない?」

 眼下の少女が歯がゆそうに体を震わせる。ルイズもまたブレイズガンの銃口をこちらに向けている。フーケは結びつけてしまう。彼女とあの子のことを。
 あの子は、今ルイズがムスタディオをかばっているように、皆をかばったのだろうか。
 きっとそうに違いない。

 決心が鈍る。彼女を救うために自分は鬼にならなければならない。
 なのに引き金にかけた指は震えている。

「だったら、何だって言うのよ?」

 ルイズがそう切り返してくる。
 貴族然とした、堂々たる声だった。




「ブレイブストーリー/ゼロ」-21



   ◇

「だったら、何だって言うのよ?」

 その言葉は虚勢だ、とムスタディオは思った。
 彼女は興奮すると声が震える癖があるけど、今は毅然とした声音でいる。
 なのにムスタディオは、小さな背中にそんな印象を抱いていた。
 高級な舞台の上の、達者な踊り子を連想する。人前では決して仮面を外さず、誰かに何かを伝えるために演じるのだ。
 ルイズは誰に、何を、伝えようとしているのだろう。

「ヴァリエール様、逃げろ」

 そう言おうとしたつもりが、声が掠れてろくに言葉にならなかった。ルイズが流し目でこちらを一瞥するのが、ぼやけた視界の端に映った。
 自分を見た瞬間、その表情にもう一枚仮面が重ねられたのも見えた。
 不適に笑ったのだ。

「あんた、私たちを逃がすつもりはないでしょ。だったらここで逃げ腰になったりしたら、それこそ鹿狩りが始まっちゃうわ」
「へぇ、勇敢だねぇ。でもそれで何か変わるの?」

 ルイズが無言で、ブレイズガンをぎゅっと抱き込んだ。華奢な体には無骨な銃は不釣り合いで、銃に構えさせられている格好になっている。
 勇敢じゃない。無茶だ。

「ヴァリエール様」

 今度は声が出た。
 ムスタディオは太い荒縄みたいにぐにゃぐにゃになった腕で地面を掻き、体を起こそうとする。

「何よ」
「逃げ、てくだ」
「嫌よ」

 にべもない反応。ムスタディオは上半身をなんとか起こしながら、そんなこと言わずに逃げてくれと思う。
 単純な計算だ。
 今彼女が飛びのいたなら、自分は弾丸の餌食になるかもしれない。それでも、彼女一人はタバサ達の助けを見込めるのだ。まだ生き延びられるかもしれない。
 どの道、どう考えても自分は死を避けられそうにない。
 ……そうか、オレ、死ぬのかと思う。
 死にたくなんてない。最後の戦いの地で一度は覚悟した。それでも生き延びてみればやはり死ぬのは嫌だ。
 それでも。

(アグリアスさん)

 近しい女が死ぬのは、もう耐えられない。

「逃げろッ、ヴァリエール様!!」

 血を吐くように叫んだ。
 その懇願に返って来た返答は。

「――うるさい! 何よあんた、さっきから私がかばってあげてるってのに!」

   ◇


 ルイズは声を荒げた後にしまったと思ったがもう遅かった。ぐっと八つ当たり気味にフーケを睨む眼光に力を込める。
 ルイズがここに立ちはだかっている理由。身も蓋もなく言ってしまえば、それは見栄だった。
 本心は逃げたくてたまらない。

 しかしそれは馬鹿なことではないと思う。
 見栄のために動く。それの何が悪い。元々貴族の見栄と信念は表裏一体なんだ、と開き直って考える。そして信念とは信ずるに足る貴族像。自分の理想像だ。

 信念は幾度も折れ続けてきた。ムスタディオがやってきて、一際大きく折れた。
 ルイズは未だに、皆から認められたくてたまらない。同級生達から。教師から。家族から。そして一番認められたいのは。

 そしてその努力を諦めた時。
「ルイズ・ヴァリエール」は根底から折れてしまうのではないか。

「あのね! 言っておくわ!」

 ルイズは叫ぶ。
 彼には知っておいて欲しい。
 今はそんな状況ではないかもしれないが、やけだ。知ったことか。

「私はこいつを倒すし、あんたも見捨てないわ!
 いい? 私は魔法だって、ろ、ろくに使えないけど! それでも貴族なのよ!
 貴族って言うのはね、魔法を使える者のことを言ってるんじゃないわ! 敵に後ろを見せない者のことを言うのよ!」

 それが、私が信じる貴族の理想像だ。
 貴方は誤解してる。
 貴族は貴方が思うような存在じゃない。

 ルイズは引き金を引く。
 フーケもまた引き金を引こうとするのを、そのまなじりで受け止めながら。

   ◇


 その瞬間。
 ムスタディオは意識の上を駆け巡るあらゆる感覚を忘れた。
 動かない体の苦痛も、張り詰めた危機の空気も、フーケの嘲るような声も。
 ルイズの背中には、先ほどまでは戦死した沢山の仲間達、好きだった女性の背中が重なっていたが――それも吹き飛んだ。

 残ったのは、英雄達の既視感。

 ――異端者の烙印を押されようとも戦い続けたラムザ。
 ――その彼に「私はお前を信じる!」と言い放ったアグリアス。
 ――信念を以って共に闘い抜いた貴族達。

 絶望にまみれながらも誉れ高い、多くの背中。

「――うあああああああっ!」

 ムスタディオは恥も外聞もない声を上げる。体が動く。抱きつけ。引きずり倒せ。盾になれ。引き金に力を込める彼女をかばえ。たとえ無駄な努力だとしても。
 死なせるものか。
 死なせてたまるものか。

 ムスタディオの傷ついた体は、本人が思っているほど俊敏に動かない。
 彼の手がルイズの体を掴む前に大きな衝撃が走る。
 ムスタディオはもみくちゃにされて吹き飛んだ。

   ◇

 ……ぱり、ぱりと何かが砕ける澄んだ音があちこちで鳴っている。
 まるで茂みの中で鈴虫が合唱しているみたいだ、とフーケは思った。しかしその季節にしては凍て付くような寒さだった。

「……、ぅ」

 これはどういう状況なんだろう。
 フーケは起き上がろうとし――全身がばらばらになるような痛みに息が詰まり、激しく咳き込んだ。しかしその痛みは我を取り戻させてくれる。
 辺りは惨憺たる状況だった。
 スクウェアクラス、いやそれ以上の使い手の氷魔法が炸裂したかのようだ。
 森は凍て付き、木々はなぎ倒され、自分のゴーレムはというと――ガラスの人形を床に落としたように、凍てついたまま砕け散っていた。
 氷が溶け始めているのか、あちこちで氷割の音が虫が鳴くように爆ぜている。

 何が起こったのか、フーケは一瞬思い出せない。
 自分が後手に回ったのは覚えている。
 ルイズのあの言葉を聞いて、さらに逡巡が大きくなってしまった。
 彼女は自分の信念に基づいて行動している。
 自分は、自分の信念をどうしてしまっただろうか。
 そんな迷いのために、引き金を引くのが遅れた。

「ぅ、く、」

 思考がざらついて、頭が痛む。その後は。

(……まさか、この氷はあの銃の仕業だっていうのかい)

 色々と思うことはあったが、フーケはとりあえずその一点に思考を絞った。
 そうして心中に生じたのは驚きと。
 歓喜。

 あれがあれば、自分はきっと。

 フーケはよろめきながら立ち上がる。
 ナイフを鞘から抜き、

   ◇

 空中で竜が旋回しているのを、ルイズは放心状態で見上げていた。

「……キュルケ、タバサ」

 その竜の上に見知った人影を見止めた。キュルケが手を振っている。その表情が少しだけ必死だ。普段嫌っているキュルケの余裕のない顔を見て、ルイズはちょっとだけざまあみろと思う。
 だけど何であんな顔をしているの、と思ったところでルイズは自分が寝ころんでいることに気づいた。
 自分は立っていたはずだけど。立ってブレイズガンを抱えて引き金を――

「!!」

 がばりと上半身を起こす。体が痛む。やけに寒い。周囲の様子を見て絶句する。

「ムスタディオ!」

 そして一番の心配を叫びながら立ち上がろうとして、後に誰かが立ったことに気づく。

「ムスタ!?」

 振り返った先にあったのは――、フーケの顔だった。

「おとなしくしな!」

 緊張の糸がぶちりと切れた。
 悲鳴を上げようとした口を掴まれ、その腕が蛇のように首に巻きつきあっという間に抱き寄せられる。喉元に冷たい物が突き付けられた。
 反射的に手に噛み付いたが、途端に首に鋭い痛みが走り、ルイズはひきつけを起こしたように固まってしまった。
 心が、萎縮する。

「あんたらも降りてくるんだよ! ――そう、聞きわけがいいね」

 瞬く間に事態が進行する。シルフィードが着地する。タバサとキュルケが手を挙げて背中から降りる。キュルケが何か悪態をついているが、内容を理解できるような心境ではなく、もう声も出なかった。

 ただ、助けて、とルイズは思った。
 今しがたまで自分が助けようとしていた使い魔の顔が、頭を占めていた。

   ◇

「あんたたち、動くんじゃない! 動いたらこの小娘の命はないよ!」

 フーケは乱れ切った自分の呼吸を正せない。それは焦りと興奮によるものだ。
 迅速かつ的確に、状況の天秤は自分の方へ傾いた。
 両手を挙げたままの二人のメイジ、そしてその使い魔を睨み付けたままフーケはじりじりと移動し、転がっていたブレイズガンを空いた手で拾い上げた。
 銃口を少女達に向ける。

「あんたたちに恨みはないけど、死んでもらうわ」

 どちらを先に始末しようと考えて、どちらでも良いと思った。自分がブレイズガンを用いれば、とんでもない威力を発揮するだろう。竜は死なないかもしれないが、隣り合った二人の人間などひとたまりもあるまい。
 そう考えてたまたま標的にした小さな少女が、何故か驚くほど平静でいることにフーケは眉をひそめた。

 そして弾かれたように思いだす。
 ムスタディオはどこだ。

「ムスタディオ! どこにいるんだい!? 姿を見せな!!」

 フーケは叫びながら前しか見てなかった視界を急いで広げる。
 その瞬間、自分と少女達以外に動く何かが掠めた。

 それは砕けたゴーレムの残骸の中。
 砕けた肩口に未だ固定された銃。
 その無骨な兵器に、体を引きずるようにしてムスタディオが取り付いていた。
 その手の甲に異様な輝きが灯っているのを見て取った瞬間、フーケの背筋が総毛立つ。

 反射的にルイズを弾き飛ばした。
 反対方向に跳んで逃げようとした彼女はしかし、ムスタディオの片手に刻印されたルーンの力を知らなかった。

 光の筋が一直線に大気を貫く。
 魔シンガンから発射された弾丸は、標的以外への衝撃波を最小限に抑え、フーケの脇腹に直撃した。

   ◇

 魔シンガンを発射した瞬間に跳ね返って来た衝撃に、ムスタディオは耐えられなかった。
 全身の骨が軋み、地面を転がった。
 しかしのたうっていたのはほんの短い間で、すぐに細い腕に抱き起こされる。

「大丈夫、折れてるのは末端の骨だけ」

 タバサ様。ありがとう、と言おうとしたが声にならなかった。
 少し離れた場所では、ルイズもまたキュルケに助け起こされている。

「よかった、無事なのか……」

 安堵するムスタディオの耳元で、タバサが囁く。

「フーケはあそこ」
「――――、」

 見慣れた光景とはいえ、一瞬思考が止まる。
 ルイズ達からさらに離れた位置に、フーケは転がっていた。
 二つになって。

 フーケの体は、胴体から真っ二つになっていた。

 酸鼻極まる光景だ。思わずルイズとキュルケの様子を窺う。二人もまた息を呑んでフーケだった物を見つめている。

「――――――、――ぃ」

 いや。
 それはフーケだった物ではなく、フーケだ。

「んで、ぃ、ぃき、」

 まだ上半身が動いている。手が空を掻き、獣のような息遣いが地面を舐める。
 ムスタディオはタバサの手を借りて立ち上がると、よろめきながら落ちていたブレイズガンを拾い上げた。使い魔までもが固唾を飲んで見守る中、フーケのすぐ傍に立つ。
 何か言おうかと思ったが、何を言えばいいか分からなかった。無言でブレイズガンを構えるとフーケと目が合った。

 その眼は、殺されてたまるものか、とムスタディオを射抜いていた。

 厭な汗が噴き出した。
 これは呪いだ。生きたいと呪う。殺したいと呪う。渇望。
 空気が冷たい。ブレイズガンのせいで冷えている、それだけではない。そんなはずはないのに酷い悪寒がする。
 不意に目の前に霞がかかった気がして、ムスタディオは慌てて周りを見回した。煙幕が残っていたのかと思うが、違う。

 暗がりを凝縮したような何かが、フーケの体から湧き出ている。

 ムスタディオは引き金を引こうとしてたが、その前に。
 ぴん、と何かが張り詰める音を聞き、
 緑色の光が空間を貫くのを見た。

   ◇

 ――聖石の適合者よ、我と契約を結べ。



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