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虚無の魔術師と黒蟻の使い魔-12-1


「え!? ミス・ロングビル……何を言って……」
ルイズは目の前で展開されていく事態を理解できないでいた。
ミス・ロングビルがフーケだというのなら、今この状況は、これまで散々想定していた最悪の事態。フーケがシュラムッフェンを持って現れるという、そのものではないか。
なぜフーケがシュラムッフェンを持っている? それは私が手渡したからだ。しかもその後、ご大層に使い方の説明までして。
この事態が最悪なら、私は最低だ。
「このっ!」
キュルケは杖をフーケに向ける。
しかし、杖がフーケのほうへと向いたときには、フーケはその手に持ったシュラムッフェンを軽く一振りしていた。
キュルケたち3人の後ろでばさばさと木の倒れる音がする。
「あらぁ。ちゃんとお話聞いてなかったのかしらぁ。振った瞬間斬れるって忘れちゃったぁ? 覚えてるなら質問だけど、アンタがルーンを唱えている間に私は何回アンタをぶっ殺せばいいのかしらねぇ」
フーケはそう言うとけたけたと笑う。
キュルケは杖を向けた姿勢のままで固まった。
キュルケよりも遠くにある木を切り倒す。ならば当然キュルケを殺すこともできた。いやキュルケだけではない、先ほどの瞬間でキュルケたち3人を全員殺すこともできたのだ。
自分の行動のせいで、タバサもルイズも死んでいたかもしれない。
それを思うと動けなかった。
「しかし、ミス・タバサ。メイジの限界とはよく言ったものねぇ。メイジってルーンを唱えないと何もできないものねぇ。ふふふ。今の私ならスクウェアだろうと瞬殺ね」
くつくつと笑うフーケ。
しかし、フーケの言うとおりだ。タバサは歯噛みする。
シュラムッフェンを持つ手を一振りするだけで、目の前の敵を殺すことができるのだ。
赤子の手を捻るようなもの、という言葉があるが、それどころではない。
己の手を捻るだけなのだ。それは赤子の手を捻るよりもたやすい。
そんなわずかな時間にメイジができることなど何もない。
もし、何かできたとしても、その時は自動防御の餌食になるだけだ。
タバサはルイズをちらりと見る。この状況を打開できるのはルイズだけだ。この場で誰よりもシュラムッフェンについて知っているルイズ。フーケを出し抜けるとしたらルイズしかいない。
タバサは小屋に入る前に、ルイズから持ちかけられた話を思い出す。
それは、もしフーケが蜘蛛の魔剣、シュラムッフェンを持って現れた場合の逃げる算段だった。
あの時ルイズはロングビルがすでに別行動になってしまっていたことを気にしていたが、今の状況となってはそれはむしろ好都合。
しかし、あれは今の状況でも有効な話なのか。
ルイズがあの時に想定していた事態は、今ほど最悪な状況だったのか。
「まったくねぇ。オスマンの爺が使い方を知らないって言ったと時には、もう、てっきり全部無駄になるのかと思ったけど、まさかあんたみたいな小娘があの爺も知らないことを知っていたなんてねぇ」
フーケはもうロングビルだったころの慇懃な口調などどこにもなく、盗賊としての素の自分をさらけ出していた。
「ルイズちゃーんだけじゃなく、アンタら3人、それぞれ別方向にいろいろ考えてたって感じだけどねぇ、どっか考えが空回りしてるのよ。気づくものも気づかないのよねぇ。
アンタらって結局、あの院長室で名乗りを上げたのも、自分じゃそうじゃないって思ってても、やっぱ後ろめたかったんでしょう? 根っこにそんなもんが有ったら、そりゃそうなるわ」
ニヤニヤと笑うフーケ。
「あほが3人集まって、かったーい壁に罅入れてくれるんだもの。お姉さんとっても助かっちゃったぁ。あぁ、安心していいわよ。あんた達が罅入れたなんて言わないから。生きてようと死んでようと、名誉は大切でしょう?」
フーケの言うことがどこまで正しいかは解らない。少なくともタバサはそんな後ろめたさなど微塵も感じていなかったと思っている。
しかし今の状況でそんなことを言っても負け惜しみに過ぎない。
ただタバサはルイズを見る。あまり不自然にならないようにフーケを見ながらも、その視界の端にルイズを入れておく。
あの時持ちかけられた話がこの状況を打開する術になるのなら、ルイズが何らかの合図を出すはずだ。
ルイズからの合図は出ない。しかしルイズは顔をあげると、心をきめたような顔をしていた。

「ふう。参ったわ。ミ、……フーケ」
ルイズは溜息を吐くとそう言った。
「私は死にたくないわ。聞きたいこと……って言ってたけど、答えれば命だけでも助けてくれないかしら」
フーケは、そのルイズの言葉に判断を迷う。
貴族の命乞いというのは、基本的にずれたものばかりだ。命の交渉をするに足るものを持ってる者の命乞いは往々にして偽装。そして何の価値もなくなった者に限って真剣に命乞いをするのだ。
貴族同士の争いの場合は違うのかもしれないが、フーケのような非貴族に対する命乞いはそんなものばかりだ。
貴族のプライドがそうさせるのだろう。普段下と見ているものに、余力があるうちから命乞いなど出来ないと。そして逆転の目が消えてから真剣な命乞いをする。
大いにずれてる。その段階にいたって命乞いするのは、相手の同情や憐憫に縋るということだ。
そういう輩が「金なら幾らでも」などと言うが、それは相手に利益を提示しているようでいて、そうでない。その段に至れば、殺して奪えばいいだけなのだ。
命乞いの作法を心得ているものなら、同情や憐憫など期待しない。相手に利益を提供し、その代わりとして己の命を勝ち取るのだ。殺してしまっては得られない利益を提示したり、殺す場合に被りかねない損害を取り除くことであったり。
兎に角、相手に何も提供できなくなった時点での命乞いと言うのは、神への祈りと同じものだ。毎日祈りを捧げていながら命の危機に陥ってしまったのに、命の危機に陥ってから祈りを捧げたところでどれだけの効果があろう。
その点、ルイズは交渉に値する相手ではある。シュラムッフェンの情報。使い道と使い方。重要なその二つは手に入れたが、それ以外の情報も搾り取れるだけ搾り取りたい。
ルイズの命乞いが偽装である可能性は十分にある。ルイズは貴族だ。
しかし今手元にはシュラムッフェンがある。ルイズがなにを企んでいようと、動きがあったその瞬間に斬り伏せることが出来る。
「聞きたいことは3つ。まず一つがこれについての更なる情報」
フーケがそういってシュラムッフェンを向ける。
「2つ目がどこでシュラムッフェンの情報を手に入れたのか。そして最後に、他にも誰も知らないようなお宝の情報を知ってるならそれも話しな」
そんな条件を突きつけた。
「あら、シュラムッフェンだけで満足できないの?」
ルイズは呆れた様に言う。
「ふん。こいつを手放す気にはなれないからねぇ。他に金にするためのお宝も手に入れなきゃだろう?」
「そうは言うけどね。そのシュラムッフェンにしたってこのハルケギニアにあるとは思ってもいなかったし。確かに私は誰も知らないような秘宝の情報を持っているけど、それが何処に有るのかなんてさっぱり解らないわよ」
「へぇ。場所は解らないにしても、本当にこれ以外の秘宝の情報も持ってるんだ」
「でも、どれもお金にはできないわよ。それと同じように、一度手にしたら売り払おうなんて思えないものばかりだもの」
その言葉にフーケは楽しそうに笑った。
「いいね、いいねぇ。その時はそれも私が有効活用するだけさ。それに、心当たりはいくつかある」
笑いながらフーケは言う。
「心当たり?」
「まぁ、盗賊のネットワークとでも言おうかねぇ。いろんなお宝の情報が入ってくるのさ。その中には『確かに魔力がこもっているのに使い方の解らないマジックアイテム』なんてのも結構な数あるのよ」
蜘蛛の魔剣は使い方が解らないということを表向きに知らされていなかったが、長年の研究の果てに使い方が解らないまま宝物庫の肥やしになっているようなものは各地にある。
蜘蛛の魔剣の使い方を知っていたルイズ。ならば、ルイズの情報はそんなマジックアイテムの本来の価値を引き出して見せるかもしれない。
「取り敢えず心当たりを手当たり次第当たれば、一つぐらい当りを引けるでしょ。アルビオン王家の『踊らないアルヴィー』なんて、昔見たとき、絶対何かすごい力があるって思ったものよ」
フーケの言葉に、ルイズは何か引っかかった。
「昔見た? アルビオン王家の宝を? 忍び込んだことあるの?」
「あー、ちょっと失言。まあ、この程度なら問題ないか。ともあれ私の昔を聞くってのはやめといたほうがいいんじゃない? 生かしておけなくなっちゃうかもよ」
ルイズは黙る。
違う、引っかかったのはフーケの過去じゃない。それよりも……。
「ルイズちゃーんはとっても可愛いのねぇ。気を抜くとすぐに顔に出る。……心当たりがあるわけね。『踊らないアルヴィー』に」
フーケは目ざとくルイズの表情を読む。
このあたりは、百戦錬磨の盗賊と、一介の学生では埋めがたい差がある。
ルイズはあきらめたように口を開く。
「『踊らないアルヴィー』なんて名前のイメージだけじゃなんとも言えないけど、私の知ってる『自転人形・ユックユック』がそれなんじゃないかなって、ちょっと思っただけよ」
「ふーん。自転人形、ねぇ。それってどんな力を持った物なの?」
フーケが尋ねる。
しかしルイズは答えなかった。
「それを言うのは、こちらの安全が保障されてからにしましょうか」
ここで駆け引きか。
フーケは舌打ちする。
フーケとしては、できるなら全員殺してしまいたいと思っている。情報を搾り取るだけ搾り取って、そのうえで殺すのがフーケとしては理想の展開。
しかし、食いつきたくなるネタを出したところで、交渉を持ちかけて来た。
(案外食えないガキなのかねぇ)
それもこの先の話の流れ次第か。
「何を言ってるのかねぇ。まだ何にも聞いてないのに命の保証も何もないじゃないの」
フーケは一先ずその申し出を却下する。
「まぁ、そうよね。なら、キュルケかタバサのどちらかか一人でいいから解放してくれない? 杖だって没収したうえでいいから。取り敢えず、交渉次第では命が助かる可能性があるんだって態度で見せてくれないと、何もしゃべる気になれないわよ」
それは予想していたらしく、ルイズはあっさりとハードルを下げる。
「状況を理解している? ルイズちゃん。何も話してくれないうちに何か要求できると思ってるの?」
「どうせ死ぬんだと思うと喋るのも億劫になっちゃうわ」
ルイズとフーケの視線が交差する。
10秒程度の短い睨み合いだったが、ルイズが譲歩した。
「仕方ないわね。喋るわよ。でも、ユックユックは人によってはシュラムッフェンなんかよりよっぽど価値のあるものにも成り得るの」
ルイズが言う。
シュラムッフェン以上の価値となると一体どんな力を持ったマジックアイテムなのか、フーケには想像もつかない。
人形ということからして、シュラムッフェンのような攻撃的なものではないのだろうか。ともあれ、シュラムッフェン以上の力を持っているのなら、系統魔法では起こせないような奇跡を起こして見せるのではないか。
そんなことを考えるフーケ。
しかし、ルイズの次の言葉に耳を疑った。
「だからね、ユックユックについてはまだ喋ってやんない」
「なっ!」
「だから別のことを喋ってあげる」
ルイズはしたり顔で言った。
「ユックユックはとっておきの情報だからね。それは後。その前にシュラムッフェンの機能について重要なことを教えてあげる。その後、一人解放してくれたら。ユックユックのことを話してあげるわ」
ルイズの言葉をフーケは吟味する。
条件としては悪くない。
まだ、踊らないアルヴィーとユックユックがイコールで繋がれたわけではないのだ。それならば、シュラムッフェンの情報のほうが優先して聞いておくべきものだ。
「ちっ! まぁいいさ。話してみな。その内容次第で一人解放してやる」
フーケはルイズの条件をのんだ。

「そうね……」
呟きながらルイズは杖をピンと上にむける。
「馬鹿なことはするんじゃないよ!」
その動きにフーケが反応するが、ルイズはそれをせせら笑う。
「何もするわけないじゃない。なにもできるわけないじゃない。私は誰よりもシュラムッフェンの恐ろしさを知ってるのよ。ルーンを唱えはじめてから動いてもそっちのほうが速いわよ」
そう。先ほどフーケ自身が言ったことだが、ルーンを唱えられない限りメイジは無力だ。
だから、少なくともルーンを唱えるようなそぶりを見せない限りは、ルイズの動きにいちいち反応する必要はない。
フーケはそう思い直して、ルイズの様子をうかがう。
「ルーンなんて唱えないわよ。それどころか……そうね、シュラムッフェンでこの杖を切ってみてくれない?」
ルイズは言う。
フーケは一瞬言葉の意味が呑み込めなかった。この状況で武器を捨てるというのか。
抵抗の意思はない。そういうアピールだろうか。
「そうね、このあたり。ちょうど半分の長さにするように……。間違っても私の手を切らないでよ。切りたい場所をしっかりとイメージしたうえで振るのよ」
ルイズはそう言って杖の中央辺りを指し示す。
フーケは少し迷ったが、言われたとおりにシュラムッフェンを振る。
ともあれ杖を封じることができるのだ。悪くない
切れた杖の先端部分が地面に落ちる。
ルイズはそれを拾い上げる。
ルイズが杖を拾い体を起こした時、トントンと短く2回、つま先で地面を蹴った。
合図。
タバサはそれを察知する。
杖を切るというデモンストレーションは、この合図に目がいかないようにするためのものだったのか。タバサは少しルイズに感心するが、しかし、このまま言われた通りのことをしても大丈夫なのかという疑問はぬぐえない。
結局、シュラムッフェンがある限りそんなことをしても無意味ではないのか。
いや、ルイズはシュラムッフェンの隙を突く方法を知っているということだ。
それを信じて行動するしかない。
「じゃあ、次はこれを同じように半分にして」
ルイズは拾った杖と合わせて、2本の半分の杖をフーケに向ける。
フーケは素直に従い、2本の杖をまた半分にする。
ルイズはそれをまた広い今度は4本、フーケに向ける。
「もう一回」
フーケはそれにも素直に従い杖を切る。しかし杖を拾うルイズの姿に思わず言葉を飛ばす。
「一体これに何の意味があるってんだい。早く説明しな」
「焦らないでよ。ちゃんと意味はあるわ。それに切るのはこれで終わりだから」
ルイズは動じずに言う。
「えーっと。半分の半分の半分だから……」
ゆっくりと指折り数えるルイズにいらついたように、
「8本だよ!」
フーケが怒鳴る。
「で!? これに何の意味があるって言うんだい! 早く答えな!」
「ちゃんと意味はあるわよ。これはシュラムッフェンの……」
苛立つフーケの態度を意に介さないように、ルイズはそこで言葉を切ってみせる。
「勿体ぶるな」。そう口を開こうとしたフーケは、その言葉を発する前に、ある音に気付いた。
あわてて音がする方向に顔を向ける。フーケの左腕側の空。
タバサの使い魔。風竜のシルフィードがものすごいスピードでこちらに向けて滑空していた。
「ちぃっ!」
フーケが舌打ちする。
これはルイズの企みに違いない。
フーケは一瞬ルイズをたたき斬ることを考えるが、それは我慢する。
ルイズは後で、拷問をしてでも情報を引き出す。
兎に角、先にシルフィードだ。
シルフィードの滑空が攻撃であるなら自動防御で切り刻まれるだけだ。
ルイズはそれぐらい承知のはず。ならばこれは攻撃ではない。ルイズたち3人を拾い上げようという行動だ。
ならば、ただ見送っていたのではことを成されてしまう。切り伏せなければ。
「穢れよ!」
フーケはシルフィードを見やると、その手に持ったシュラムッフェンを振ろうとする。
だが、その時。フーケの目の前に何かが突然現れた。
それは杖。ルイズが先ほど切らせた杖。8つに別れた杖がフーケの顔めがけて飛んできた。
ルイズが投げたのだ。
フーケがシルフィードに注意を向け、シュラムッフェンを振ろうとするそのタイミングで。勢いよくではない。まるでフーケにその杖を渡すように。
フーケは顔に飛んでくるその杖に、思わずシュラムッフェンを持つのとは別の手で顔を防ぎ、顔をそむける。
ふわりと飛んでくる杖。攻撃とも言えないそれを思わず防御してしまう。
シュラムッフェンの自動防御は発動しない。それは目にでも入らない限り持ち主に何の影響も及ぼさないもの。そして目に向かっているわけではない。だからシュラムッフェンは反応しない。
だが、フーケはシュラムッフェンのようにはいかない。突然目の前に何かが飛んできたら、本能的にそれを防ごうとしてしまう。
しかしフーケも然る者。そんなものに気を足られていたのは一瞬。
すぐにシルフィードに向けてシュラムッフェンを振る。
しかし、それは正確にいえばシルフィードに向けて振ったのではない。顔を防ごうとした己の手が邪魔でシルフィードのことは見えていない。
正確にいえば、視界をふさぐ前、シルフィードのいた場所へと向けてシュラムッフェンを振った。
(やったか!?)
シュラムッフェンの笑い声が聞こえる。ならば次は空中で八つ裂きにされた肉片が墜落する音が聞こえるはず。
しかしそれが聞こえない。
次に聞こえてきたのは巨大な風の唸り。巨大な質量が通り抜けた後の証。
しかし、そんな風の唸りの中でかき消されて当然のようなルイズのつぶやきを、フーケの耳は確かにとらえた。
「弱点のお話よ」


「50! いや60メイル! とにかく離れて!」
ルイズが叫ぶ。
ルイズはシルフィードの足に掴まれて空を飛んでいた。
前足にはタバサが同じように掴まれている。
そのタバサがこくりと頷く。
しかし、タバサがシルフィードに高度を上げるように指示しようとしたときには、すでに60メイルなど余裕で超えていた。
それを確認すると、タバサはシルフィードに己を放させる。そしてフライの魔法を唱えてシルフィードの上に乗る。
「レビテーションをかける」
タバサはそう言うとルイズの方へと杖を向け、シルフィードにルイズを放させる。
そして宙に漂うルイズを拾い上げてシルフィードの上に乗せる。
「ありがとう。タバサ」
ルイズはそう言いながら、周りを見渡す。
「あれ? キュルケは?」
ルイズはそう言った瞬間、最悪の事態が頭をよぎる。
「キュルケ!?」
「!!!!」
それはタバサも同じだったようだ。
青ざめた顔でせわしなくあたりを見渡している。
シルフィードが拾い損ねた。ならば今はフーケの前に取り残されているということになる。シュラムッフェンを持ったフーケの前に。
「うそ……。キュルケ。そんな……」
ルイズがうめき声をあげる。
「あ、あ……」
タバサも声にならない声を洩らす。
「げほっ」
そんな二人をよそにシルフィードが咳きこんだ。
「げほげほっ!」
さらに激しく咳きこむと、その口から何かを吐き出した。
「フライ!」
次の瞬間、空にルーンが響いた。
「危うく飲み込まれるところだったわ」
そこには涎まみれのキュルケが浮かんでいた。

キュルケもシルフィードの上に乗り、3人揃うと、それぞれに自分の体の具合を確認をする。
全速で滑空するシルフィードが、スピードをほとんどゆるめることなくそのまま拾ったのだ。ただで済むはずがない。
一番軽傷であったタバサでさえ、鎖骨とあばら2本を折っていた。
キュルケは柔らかい舌で掴まれたためか、骨はあばら数本で済んだが、口の中で牙に引っ掛けたのか、左腕が大きく一筋切り裂かれていた。
ルイズはあばら数本に加え、両腕も折れている。しかも、ところどころ爪がめり込み、血があふれ出ている。
主人であるタバサを両の前足でしっかりと掴み、キュルケを柔らかな舌のある口に放り込み、ルイズは後ろ脚一本で掴む。
そこにシルフィード内での序列があるような気がしたが、タバサはそれを言うのはやめておいた。
3人はとりあえず、応急処置をする。
体中、どこも痛くてたまらないが、とにかく出血がまずい。放置しておくと死につながる。
ルイズはマントをデルフリンガーで切ると傷口を強く縛って止血する。
しかしキュルケの左腕はあまりに長く深く切れていたため、タバサがあまり得手とは言えない治癒の魔法をかけた上で、さらに傷口を焼いて塞いだ。
学院に戻って秘薬を惜しみなく使って治療したとしても、完全には跡が消えないかもしれない。
左腕が動いていることを幸いとするしかない。
3人の応急処置が済んで、シルフィードの背中の上に、安堵の沈黙が流れる。
しかし、そんな沈黙が突如破られる。
突然ルイズがぼろぼろと涙を流した。
「ちょっと、ルイズどうしたのよ?」
キュルケが心配そうに声をかける。
しかしルイズはそれに応えることなく、終には声をあげてわんわんと泣き出した。
「杖が……杖……」
嗚咽に交じってルイズの口からそんな言葉が漏れる。
フーケに杖を切らせた。
それは、フーケの気を引いて気付かれぬようにタバサに合図を送るためでもあったし、フーケに抵抗の意思はないと思わせるためでもあったし、シュラムッフェンに攻撃と判断されないような投げつけるものを作るためでもあった。
それはみごとに計算通りに成功した。
しかし、メイジのすることではない。
杖はメイジの証なのだ。
杖で魔法を使わず、あんな風に使う自分は何なのだ。
系統魔法を使うこともあきらめていない。昨夜も練習したし、これからも毎日するつもりだ。
しかし、自分はもうメイジと呼べる存在から、あまりに遠くかけ離れてしまったのではないか。
モッカニアの『本』を呼び出して、それを読み、その上で自分で選んだ道だ。
しかし、自分で選んだ道の上を走っているはずなのに、もうとても自分とは思えないものに成り果ててしまっている。
キュルケが泣きじゃくるルイズの背中をさする。
「ありがとう。ごめんね」
キュルケはルイズの背中に囁いた。


「ごめん。もう落ち着いたわ」
ルイズが泣きじゃくっていた時間は時間にして5分足らずのものだったが、泣きはらしたその眼はどこか焦点の定まらないもののままだった。
キュルケは居た堪れない気持ちになる。
ルイズはメイジとしての証を捨ててまで自分たちを救ってくれたのだ。
かける言葉も見つからない。
キュルケはルイズから目をそらし、タバサに言う。
「帰りましょう」
学院に帰る。
任務は失敗。
3人が3人とも満身創痍で、取り戻すべき秘宝は敵の手の中で凶悪な力をふるっている。
命あることを良しとするしかない。
タバサもそれに頷き、シルフィードに命令を出そうとするが、
「駄目よ」
ルイズの声がそれを阻んだ。
ルイズは折れた右手で、折れていることなど意に介さないかのように、キュルケの肩を掴んでいる。
「逃げていいわけないでしょう」
ルイズの焦点の定まらぬ眼は、いつの間にか焦点が定まっていた。
しかし、それが何処に定まっているのか、いまいち読み取れぬ。
ルイズが自問の末立ち返る場所は一つしかなかった。決闘の時に出した結論。
弱きもののために力を振るう。
「ここでフーケを逃したら、どれだけ犠牲が出ると思っているの!」
ルイズは武器屋の店主の言葉を思い出していた。フーケに対する備えとして、平民の従者に武器を持たせるのが流行っていると。
つまり、シュラムッフェンを持ったフーケに対し、真っ先に矢面に立つのは平民たちなのだ。
貴族であるために弱きものを守ろうと誓ったあの時とは少し違う。メイジを捨ててまで手に入れた力を使わないでいるということが許せなくなった。
そうまでして手に入れた力なのだ。力を手に入れることも出来ないもののために振るわなければ、自分が何のために存在しているのか解らない。
「でも、あんなのどうしようもないじゃない!」
キュルケが叫ぶ。
「弱点」
キュルケとルイズが言い合う後ろから、タバサが言う。
「あの時弱点と言っていた」
タバサも、シルフィードの起こす風の唸りの中で、ルイズの言葉をとらえていた。
「そう。弱点はあるわ。あんなもの弱点だらけよ」
ルイズが言う。
「でも弱点があるからって、この状態でまた戦うなんて無謀よ!」
それに対してキュルケが反論する。3人ともとても戦える怪我ではなく、そしてフーケはいまだ持って無傷だ。
しかしルイズは首を振る。
「駄目なのよ。今倒さなきゃ。一番大きな弱点は、今を逃したらフーケは絶対に自分で気づくわ。それに……」
ルイズはそう言うと、一つ溜息を吐く。
「それに、ここでフーケをどうにかしない限り、私たちはどうせ殺されるわよ」
ルイズの口調は真剣そのものだった。
「フーケだってシュラムッフェンに付け入る隙が存在することは解っているはず。何せ目の前の敵に逃げられたわけだから。私がその隙、弱点を知っていると確信している。そして、キュルケたちにそれを伝えるはずと考えてるわよ。
だから、必ず口封じに来る。今まで誰も捕まえられなかった盗賊が、射程圏内にいるものを瞬時に殺せる武器を持って」
ルイズの言うことは尤もだった。
持ち主であるフーケ本人ですら知らないシュラムッフェンの弱点。それを知っているものを生かしておくわけがない。
そして弱点を知っていようと、それはとても突けるものではない。盗賊のフーケとかくれんぼをしてどちらが先に相手を見つけられるかといえば、当然フーケに軍配が上がる。
つまり、こちらが弱点を突く前に、そもそもフーケを見つける前に、五体をバラバラにされるのが落ちなのだ。
キュルケは眼下を見る。
小屋の近くには、ちいさなフーケが立っている。この距離からでもこちらを見上げているのが解る。
今現在、フーケを捕捉出来ている。今このときこそが、千載一遇のチャンスなのだ。満身創痍だろうと、ここでフーケを見失ってからでは勝ち目は一切ない。

「弱点。教えて」
タバサが言う。
今この場で戦うしかないと、腹を決めた顔だ。
ルイズが頷く。
「まず、これはもう解っていると思うけど、射程はそれほど広くないわ。半径50から60メイルの円に入らなければ大丈夫」
それほど広くないとルイズは言ったが、それでも50メイルという数字はドットやラインでは厳しい数字だ。
トライアングルのキュルケやタバサならば、例えばファイヤー・ボールのような、手元で魔法を発動し、それを飛ばす魔法なら越えられる距離だ。だが、錬金のような魔法をかける場所自体が50メイルはなれる場合はキュルケたちでも厳しい距離だろう。
つまり使える魔法は限られる。
「今70メイルってとこかしら。もうちょっと高いところ飛んだほうがいいわね。
キュルケが真剣な顔をして言う。
「もう、あのクラスのゴーレムを作れる魔力はないと思うけど、足場を作られる可能性があるわ。下手すりゃ、ゴーレムに自分を投げさせたりもするかもね」
キュルケの提案を受け、シルフィードの高度を150メイル程度まで上げる。
「次に、どうしてさっき私たちが死なずに済んだのかってことにも関係するんだけれど」
ルイズがそう前置きする。
タバサは思い出す。ルイズが小屋に入る前に持ちかけた話を。
ルイズが小屋に入る前持ちかけた話。それはもし蜘蛛の魔剣をもったフーケが現れた場合の逃げる算段。
空に待機しているシルフィードに何秒で自分たちを拾わせることが出来るか。
そう聞かれた。
それは状況による。シルフィードの位置と自分たちの位置によっても変わる。ただ、どんな状況でも、上空に待機させておきさえすれば60秒以内にはできるだろうと答えた。
それに対してルイズは注文をつけてきた。
もしそれより早くできる場合でも、合図を出したきっちり60秒後に拾ってくれ。それも、後でどんな怪我をしてもかまわないから全速で飛びながら拾わせてくれ。と。
その指示に従った結果、シュラムッフェンはシルフィードを斬る事が出来なかった。
何故だ。
ルイズが説明する。
「シュラムッフェンの因果抹消攻撃は完全ではないの。さっきの場合、シルフィードがいる空間を斬ることは出来ても、シルフィード自身を斬ることは出来なかったのよ」
ルイズの言葉をタバサが咀嚼する。
シルフィード自身を攻撃対象とすることが出来るなら、何をしようと発動してしまえばシルフィードは斬られる。
だが、シルフィードのいる空間を斬るというなら。狙いを付けられて、発動するまでの間にその空間から逃れれば、シュラムッフェンの刃は空を切るのだ。
しかし、シルフィードのスピードでもそんなことは不可能だ。狙いをつけました。はい斬ります。ではないのだ。斬る瞬間まで敵のことを狙い続ければ発動の瞬間の狙いは、ほぼ正確なものとなる。
あの時何が起きた。
ルイズが杖を投げた。そしてそれを防ぐためフーケはその手で顔を覆ったのだ。
杖に驚いて、発動が一瞬遅れた。それは1秒にも満たない時間であったかも知れないが、確かに遅れた。
シルフィードの全速なら、1秒程度の時間でも20メイルは動いている。
それをフーケは目を覆ったまま、狙いを修正しないままに発動させたのだ。
ならば当たらないのも道理。
「成程、理解した」
タバサが言うと、キュルケも頷く。
二人とも、ここが命のかかった場面だとわかって、むしろ頭が冴えてきていた。
「それで? 一番大きな弱点と言うのは?」
キュルケが聞くと、ルイズは簡潔に答えた。
「シュラムッフェンはとんでもなく凄い剣だけれど、やっぱり剣でしかないのよ」
「成程ね」
「理解した」
キュルケとタバサの冴えた頭は、その言葉の意味するところを瞬時に理解した。


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