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第16話 王女 後編


 「どういうことなのは。私には気には食わないけど必要だとは思うんだけど」
 ルイズの疑問に、なのはは何故か答えず、アンリエッタに向けて質問を返してきた。
 「妃殿下、いくつか確認したいのですがよろしいでしょうか」
 「……はい、よろしいですわ」
 困惑しつつもアンリエッタは許可を出す。
 「まず、この結婚はマザリーニ枢機卿という方がゲルマニアに働きかけたものなのですね」
 「はい。その通りですわ」
 「次に、枢機卿は妃殿下から見てどのくらい信用できるお方なのですか?」
 「あの方がいなかったらこの国は崩壊しています」
 あまり好きではないのですけど、といいつつも、アンリエッタは枢機卿の政治能力に裏付けを与えた。
 「つまり実力、信頼性とも抜群なのですね?」
 「はい。貴族達からも庶民からも好かれる方ではありませんけれども、あの方に頼らなければトリステインの政治がまともに動かないのも事実なのです」
 アンリエッタの複雑きわまりない表情に、ルイズは枢機卿の人となりを想像し、なのはは何故か思いっきり深く考え込んでしまった。
 「どうしたのなのは」
 「……何かが引っかかっているんです。何か見落としているような気がして……」
 「見落とし?」
 「ええ。同盟のための政略結婚なんて言うのはよくある話ですから、別段変じゃないんですけど、トリステインの場合何かが……」
 「トリステインだと問題が?」
 ルイズも冷静に考えてみる。アンリエッタがゲルマニアに嫁ぐ事による問題はなんだろうか。
 家柄は釣り合っている。ガリアやアルビオンとは比ぶべくもないが、ゲルマニアの皇帝なら不足はない。ゲルマニアにしても成り上がりという陰口を払拭するには始祖由来の王家の血筋である姫との婚姻はプラスだろう。
 子供が出来れば、その子は始祖由来の王家の血を引くことになるのだから、もはや成り上がりではない……
 そこに思考が至った時、出し抜けにこの婚姻の問題点が見えた。
 「ああっ! そうよ、次世代よ!」
 「次世代?」
 意味の判らなかったアンリエッタに、ルイズがたたみ込むように指摘する。
 「姫様はトリステイン唯一の跡継ぎじゃないですか。結婚したら、誰が女王様の後を継ぐんですか?」
 「そうですね……筆頭は私が産む子供のうち、長男以外でしょうか。長男はゲルマニアの皇帝を継ぐことになるはずですから」
 そう。常識的に考えればそうなる。ヴァリエール家も子供が姫三人で、うち一人は病弱で分家している。公爵も後継者問題ではいろいろあって頭の痛いことであろう。
 「じゃあトリステインの次期国王は、ゲルマニア皇帝の息子になってしまいます! それはつまり、トリステインがゲルマニアの下に付くっていうことじゃないですか!」
 気がついていなかったらしいアンリエッタに、ルイズが怒濤のようにツッコむ。
 「言われてみれば、そうですわね」
 「それどころじゃないかも知れませんよ」
 なのはもさすがに気がついたのか、議論に参加してくる。
 「一人目が生まれた時点で妃殿下を亡き者にしてしまえば、その子供はトリステインとゲルマニア、双方の国を継ぐ大義名分を得られます。ですよね?」
 容赦ないツッコミに、ルイズもアンリエッタも固まってしまった。
 「皇帝陛下、そんな非道な真似を……」
 「むしろ積極的にやりそうです」
 ルイズの口は辛辣だった。
 「ゲルマニアの皇帝は、乱立する小国を力と策謀で強引にまとめ上げた人物だとか。ならそのくらいはやりかねません」
 「そういう人なんですか」
 なのはもそれを聞いてちょっと眉をしかめる。
 そのまま少し考えこんでいたが、少ししてはっと気がついたように言った。
 「でも、こうして私たちに思いつけるようなこと、その枢機卿さんは思い至らなかったのでしょうか」
 鋭い指摘にアンリエッタもルイズもまた絶句してしまった。
 「た、確かに……」
 「マザリーニ枢機卿なら、当然思い至るはずですわ」
 アンリエッタは、彼の人となりを脳裏に浮かべつつ、なのはの指摘を力強く肯定した。
 「ということは、卿はその危険を冒してでも、私の婚姻をまとめる必要がある、と見たのでしょうね」
 「姫様……」
 さすがにルイズの声にも同情の響きが混じる。
 「あれ、でも、まだ何かが……」
 一方なのはは、まだこれで終わっていない、と思っていた。
 こっち方面は今ひとつ苦手なため、具体的な言葉がどうしても出てこない。だが、情報化社会と実務経験で培った状況判断力が、まだ問題が残っている、と警告を発していた。
 一言で言えば、すっきりしないのだった。なのはの感覚では、こういうややこしい問題が解決すると、視線が通るというか、視界が開けるというか、とにかくすっきりと全体像が見えるのである。
 過去の大事件の時も、理屈ではなく直感で動いて道を切り開いたなのはらしい感覚と言えよう。
 と、その時。
 「よう、皆様方」
 「ん? どうしたのデル君」
 デルフリンガーが珍しく割り込んできた。思わず言葉が止まり、視線が彼に集中する。
 彼は声を落として言った。
 「なんかさっきから、扉の向こうで誰かが盗み聞きしてるみたいなんだが、いいのか?」
 言葉と同時になのはが動き、ドアを引く。
 「わっ」「きゃっ」「……っ」
 扉の外から、ギーシュ、キュルケ、タバサの三人がなだれ込んできた。
 「そういえばそろそろいつもの時間だったわね」
 ルイズがため息と共にそういった。



 出直そうか、といったギーシュに対し、アンリエッタは「お友達なら紹介してほしい」と言ったので、なし崩し的にルイズの部屋はサロンと化してしまった。
 ルイズにとって意外だったのは、タバサが本名を名乗ったことだった。
 「タバサ。一応、シャルロット・エレーヌ・オルレアンという名前もあるけど、今は使っていない」
 アンリエッタとて一国の姫、その名の意味するところは直ちに理解した。
 「ではあなたはガリアの」
 「その身分は不名誉印で剥奪されている」
 「……ごめんなさい」
 この時点でこの件に関しては沈黙が保たれることになった。
 一方キュルケはあきれ顔だ。
 「あなたのところの枢機卿、腕利きだって言う評判だったけど、どうにも頭が回りすぎる人みたいね」
 「どういうこと?」
 疑問に思うルイズに、キュルケは渋い表情で応えた。
 「頭がよすぎて馬鹿の考えが判らない典型よ。実のところ、あなたたちの話はほとんど丸聞こえだったんだけど」
 顔を赤くするルイズとアンリエッタ、ついでになのは。
 ちなみになのはは、さっさと彼らの気配に気がつかなければならなかったという反省からである。
 「ルイズの推理は、結構いい点をついてるわ。そこが判るようになっただけでも、あなた、トリステインではかなりましな貴族と言えるわね。あたしに言わせれば、こっちの貴族、大半が平和ぼけで使い物にならないわ」
 「よく判るわね」
 ルイズのツッコミに、キュルケは艶然とした笑みを浮かべて言った。
 「あたしがここの貴族の坊ちゃん達何人と寝たと思うの? 趣味は趣味として、ちゃんとそういう実用もあるわ」
 さすがのルイズも反論するより先に血が上った。アンリエッタも、なのはも、ギーシュすら真っ赤っかだ。よく見るとタバサもほんのり赤かったりする。
 「まあ別にあたしはトリステインの実情を探りに来た訳じゃないけど、寝物語で聞いてるだけで嫌でも判っちゃうわよ。こいつらは結婚に値しないって」
 男達が聞いたら絶望するような台詞をさらりと吐く。
 「ま、一つ言えることは、マザリーニだっけ? その枢機卿のがんばりは、間違いなくトリステインを滅ぼすわね」
 「ど、どういうことですか!」
 アンリエッタの顔が、一転して赤から青に変わっていた。



 何故かルイズの部屋は、サロン変じてキュルケの政治講座になっていた。
 「あたしから言わせてもらえば、枢機卿の施策は正しいわ。周辺の現状は今聞かせてもらったけど、アルビオンがそんなことになっているのなら、彼の打った手は適切よ。ただ、一つだけ明白な誤算があるわ」
 「誤算、ですか?」
 質問するアンリエッタにキュルケが答える。
 「あなたを質にした事よ」
 キュルケは断言する。
 「うちの皇帝、知っての通り成り上がりだから、始祖の血脈を継ぐトリステイン王族の血を入れるのは悲願に近いわ。この同盟、もともとゲルマニアの方が支出が大きいから、こうでもしなければ成り立たないのでしょうけど」
 国力比を考慮すれば、名目は同盟でも実態は軍事援助だ。この手の取引は、互いの出すものが釣り合わねば成り立たない。
 だが国土だけでも十倍以上の大国であるゲルマニアに提供できるものなど、小国のトリステインには大してない。かろうじて釣り合ったのが『始祖の血』だったというわけである。
 「だから妃殿下、あなたに男の兄弟がいて、そちらがトリステインの世継ぎとなっているのならなんの問題もありませんでしたわ。第一姫を嫁がせるというのなら、ゲルマニア側にしても充分面目が立ちます」
 ルイズ達もこの説明に頷いた。
 「ですが、妃殿下が同時に世継ぎの姫となると、この話は一転してきな臭くなりますわ。ゲルマニア側には先ほどルイズ達と話し合われていた問題が生じますし、それにトリステイン側にも」
 「ゲルマニアに国を売った、と見なされるのね」
 ルイズが指摘する。キュルケはいったん頷きつつも首を横に振るという、器用な態度で答えた。
 「単純な馬鹿はそう取るわ。枢機卿だってそのくらいは読んでるでしょ。問題はもう少し頭のいい馬鹿よ」
 「頭のいい馬鹿?」
 「ええ。こういう事の推移をきちんと理解できる実力の持ち主ね。枢機卿のこの行動を奥まで読み切ると、こういう結論が出るのよ--トリステインはいずれにせよ滅びる、っていうね」
 アンリエッタがふらりと倒れた。
 「姫様、姫様!」
 幸いルイズが声を掛けて揺すると、アンリエッタはすぐに目を覚ました。立ちくらみみたいなものだったようだ。
 「ミス・ツェルプストー。それはいったい……」
 何とか立ち上がったアンリエッタが、キュルケにすがるように聞く。キュルケの答えは、そんな彼女をさらなる絶望にたたき落とすようなものであった。
 「同盟しなければアルビオンに力ずくで滅ぼされる。すれば結果としてゲルマニアに乗っ取られる。ここまではいいですね」
 青い顔をしつつも頷くアンリエッタ、そしてルイズ達。
 「そして枢機卿は姫を差し出しての同盟を選択した。これはおそらく最善手よ。トリステインは乗っ取られることになるかも知れないけど、国民に対する被害は間違いなく最小になるわ」
 その言葉にはっとなるアンリエッタ。その視点は彼女にはないものであった。
 「同盟を結ばなければおそらくこの国は戦火に焼かれるでしょうからね。皇帝は成り上がりだけに、臣民をないがしろにしたら国が立たないことを知っているわ。そういう意味ではトリステインは守られる。枢機卿もそう読んだでしょうね」
 でも、とキュルケは続ける。
 「この選択はある人物にとっては最悪のものとなるわ……トリステインの貴族達にとってはね」
 そういうキュルケは、美女と言うより、むしろ死神か悪魔のようであった。
 「この同盟はトリステイン貴族の誇りを横っ面から張り飛ばすに等しいわ。自分たちが役立たずと言われたに等しい。さらに目端の利くものからすれば枢機卿の動きは、自分たちがこのままでは滅亡することを示唆している」
 「い、言われてみれば……」
 ルイズの額からも冷や汗がたれる。
 戦えば戦死、乗っ取られたら冷や飯食いは目に見えている。マザリーニの実力を知るものからすれば、このまま座していれば身の破滅だと手に取るように判る。
 「で、貴族達が生き残ろうとしたら、方法は一つよ。判る?」
 ルイズ達にはさっぱりだった。だが、ただ一人それに気がついた人物がいた。
 「レコン・キスタに与して国を売り、自分たちの保身を図る、ですね……」
 下を向いたまま、なのはが最終宣告を口にした。
 「正解」
 それにキュルケがとどめを刺した。



 「な、なによそれ! 貴族の誇りはどこへ行ったの!」
 ルイズは激昂した。
 「国を、民を、王を守る、貴族の誇りはどうしたのよ! そんなんで貴族を名乗るなんて、私が許さないわ!」
 「ルイズ、あなたの志は立派だけど、現実はそうとは限らないわよ」
 「現実は非情」
 タバサもキュルケに合わせてツッコミを入れる。
 「ぼ……僕は絶対にレコン・キスタなんかに付かないぞ!」
 今まで圧倒されて無言だったギーシュも、力強い声を上げた。
 「姫様、私はなにがあっても姫様の味方です!」
 「ぼ、僕も!」
 ルイズと共に、何か感極まった様子でアンリエッタに忠誠を誓っていた。
 「ありがとう、ルイズ……それに、ギーシュさん、ですか?」
 「はいっ! ギーシュ・ド・グラモン。父はグラモン元帥です」
 「まあ、あの。ミスタ・グラモン、あなたの忠誠、確かに受け取りました」
 姫に声を掛けられ、ギーシュはなかば悶絶していた。
 そんな様子を見て、キュルケはすっと立ち上がった。
 「何か随分と長居をしてしまったみたいですわね。つもる話もあるでしょうから、私はこれでおいとましますわ」
 タバサも立ち上がる。それを見てギーシュも、女性の部屋に長居するのはまずいと思ったのか、同じように立ち上がった。



 三人が部屋を辞した後、ルイズは深くため息をついた。
 「姫様……ツェルプストーの戯れ言など、あまり気にしない方が……」
 「いえ、むしろありがたかったですわ。わたくしでは、そこまで深い見方は出来ませんでしたから。それに、はっきりと判りました。最近の宮廷に流れている、不穏な空気の意味が……」
 「ひ、姫様、それって……」
 「その方向で動いている方達が一杯いそうですわ……下手をすれば大半が。このままにしておいたら、我が国でも『革命』が起きるかも知れませんわね……」
 「じょ、じょーだんじゃありません! すくなくともヴァリエールは姫様の味方です!」
 「ありがとう、ルイズ」
 それは打ちのめされていたアンリエッタが浮かべた、心からの笑みであった。
 が、それが再び曇る。
 「ですが、今の話を聞いた後では、ますますまずいことになりそうです」
 「……何か?」
 アンリエッタの様子に、ルイズは思わずそう声を掛けていた。
 「実は……これは枢機卿も知らないことなのですが」
 そう前置きして、アンリエッタは語りはじめた。
 「実はわたくしには心に決めた方がおります。ですが、それ自体は少し置いておきます。恋と結婚は別ですから」
 ルイズは思わず生唾を飲み込んでいた。婚約者はいても、こういう男と女の『心のふれあい』的な告白話を聞くのは初めてだ。キュルケ相手だともっとただれたものになってしまって、雰囲気も何も無かったりする。
 「相手はアルビオンの皇太子、ウェールズ殿下です。彼とのことを話すと長くなってしまいますので飛ばしますが、私は彼に手紙を送っているのです」
 「手紙?」
 「はい。恋文ですが……実はわたくし、その中で、彼に対する愛を始祖に誓ってしまっているのです」
 その瞬間、ルイズの目がでんぐり返った。端で聞いていたなのはが何事かと思ったくらいだ。
 「ひ、姫様、それって、ものすごくまずくありません?」
 「ええ……もしこれが露見したら、同盟の話もなくなるでしょう」
 「当然です。というかなんでさっさと公表しなかったんですか? 受け取ったのでしょう、殿下は」
 「お互い立場がありましたから……」
 盛り上がっている二人だが、さっぱり訳が判らなくなっていたなのはが思わず割って入った。
 「あの……申し訳ないですけど、それってどういう問題があるんですか?」
 「あ、ごめんなさい、なのは」
 ルイズが謝罪の言葉を口にした。アンリエッタの目が少し見開かれたのは秘密だ。
 「始祖に対して愛を誓うっていうのは、実質結婚の宣誓に等しいのよ」
 「もちろん、一方的な宣誓は無効です。相手が受け入れたならば、ということですが」
 それを聞いてなのはも納得した。政略結婚する人物が既婚者では話にならない。
 そしてアンリエッタが話を続ける。
 「当時はいずれ、と思っていたのですが、こうなってしまうとあの手紙が災いの種になってしまうのです。今手紙は王子の手元。もしこのまま王子が破れ、手紙がレコン・キスタの手に渡ったら……」
 「同盟、間違いなく破棄ですね」
 アンリエッタの嘆きに、ルイズも頷く。
 一方なのはは疑問顔だ。
 「あの、ご主人様」
 「どうしたの、なのは」
 「その……殿下が賢いお方なら、そんな状況になったら、そんな危険物、さっさと焼き捨てるなりなんなりするのでは」
 ところがその瞬間ルイズが激怒した。
 「なのは! なんて罰当たりなことをいうの! 始祖の名を書いた手紙を焼くなんて出来るわけないじゃない!」
 「そ、そうですか……」
 なのはは、始祖信仰が意外に深いことを今初めて実感していた。
 「でも、姫様。それなら使者を送るなりなんなり……」
 「それが問題なんです」
 アンリエッタの顔がますます曇った。
 「初めは枢機卿に相談することも考えました。彼なら使者を立て、手紙を取り返してくれるでしょう。ですが……私はどうしても信じ切れませんでした。あの手紙は私に対する切り札にもなります」
 「姫さん味方少なそうだもんな……あたた」
 デルフリンガーがよけいなツッコミを入れてルイズに蹴られていた。
 「使者が手紙を取り返してくれても、この事実が知られただけで私に対する脅迫材料になりますわ。枢機卿にも完全に頭が上がらなくなってしまいます……それを考えると、相談は出来ませんでした」
 「ましてや、キュルケのいうことがあたっていたら……」
 アンリエッタに同情しつつルイズも考える。もしレコン・キスタに与するものにこの使命を振ってしまったら、敵に塩どころではなく国を差し出しているようなものだ。
 「本当に危ないところでしたわ。枢機卿はその点においては信頼できますけど、実際に任に当たる人物がと考えたら……」
 自分を抱きかかえるようにして、アンリエッタは身震いした。
 そんなアンリエッタを、思い詰めたような目で見つめるルイズ。と、その目に突然光が宿った。
 「そうですわ姫様! 私がいます!」
 「ルイズ?」
 「手紙奪還の任務、このわたくしにお任せください」
 「いいの?」
 「はい。少なくとも私なら、絶対に姫様の秘密を「ご主人様」
 熱狂するルイズの声を遮ったのは、対称的に冷え冷えとした使い魔の言葉であった。







 「……なのは?」
 ルイズはなのはの怒りにとまどっていた。彼女なら、任せておいてください、というと思っていたのだ。
 「ご主人様は、自分がなにをしようとしているのか、判っているのですか?」
 その声の冷え付き具合に、ルイズはますます混乱した。
 「今までの話からすると、アルビオンは内乱……つまり戦争状態なのですよね。そういう時、劣勢の側に侵入するというのが、どういうことなのか判っているのですか?」
 「え、え、え?」
 「ご主人様は戦場に出たことがありますか?」
 「な、ないわよ……」
 「妃殿下」
 今度は矛先がアンリエッタに向かう。
 「ルイズにこの任務を依頼するということが、どういうことなのか判っているのですか?」
 「? どういうことですか?」
 アンリエッタはまるで判っていないようであった。なのはの声に意識せずに気迫がこもる。
 「この任務を託すということは、相手を戦場のまっただ中に放り込むということです。つまりかなりの確率で『死ね』というに等しいということです」
 その瞬間、何故かアンリエッタはひどく驚いた様子でなのはに問い返してきた。
 「そ、そんなに危険なのですか?」
 「へ?」
 これにはなのはの方がとまどった。いくら何でもそれは……ないだろうと考えた時点で、なのはは自分の過ちに気がついた。
 なのはは情報化時代の生まれだ。ついでに命がけの戦いも経験している。死にかけたこともあった。
 だかここはハルケギニア。魔法の力で文明はそれなりに進んでいるものの、情報流通の概念はないに等しい。戦争のことだって、テレビや映画、記録映像などを見ているなのはとは違う。
 この地にはテレビも写真もない。目の前で見ない限り、戦争がどんなものかなど、判るはずもないのだ。そうでない限り、せいぜいが小説や詩人、あるいは体験者の語りで聞ける程度のものでしかない。
 そしてトリステインは、聞く限り戦争にも内乱にも巻き込まれていない、きわめて平和な国家だ。故郷日本に匹敵する平和な地だ。こういうのどかな地で情報流通がなければ、戦争の危険など判るはずもない。
 彼女の立場からすれば勉強不足なのかも知れないが、この地でそれを知れという事自体が無謀に近いことだったのだ。
 そのことに思い至り、なのはは一度頭を下げた。
 「失礼いたしました。妃殿下のお立場ではそれを知ることなど出来なかったと」
 「ええ……あなたの態度からすると、たいそう危険だったのでしょうね」
 アンリエッタも思うところがあったのが、素直にそれを認めた。
 「ルイズ。ごめんなさい。無理を言っていたみたいね」
 「姫様、言い出したのは私の方です」
 ルイズは謝ろうとするアンリエッタを止めた。そしてなのはの方を向く。
 「なのは、あなたがそこまでいう以上、本当に危険で、命がけなのね」
 「はい」
 きっぱりと答えるなのは。
 「なら問うわ。この件を放置して、馬鹿な貴族がレコン・キスタに走ったりしたら、どれだけの民が苦しむことになるの」
 「そ、それは……」
 なのはには答えられなかった。
 「がはははは、姐さんの負けだな、こりゃ」
 デルフリンガーにも笑われてしまった。ルイズは今こそ、とばかりに畳み掛ける。
 「あなたは言ったわね。貴族が後ろを見せてはいけないのは、その背後に守るべき民がいる時だけだって。今はその時ではないの?」
 なのはは白旗を揚げた。
 「……判りました。高町なのは、ご主人様のため、誠心誠意その身をお守りいたします」



 「ありがとうルイズ。引き受けてくれるのね?」
 「命に代えてでも」
 「駄目よ。必ず、生きて帰ってきて。私はお友達の葬儀になど出たくありませんから」
 「……はい」
 そしてアンリエッタは、ルイズの机に座ると、立ててあった羽根ペンを手に言った。
 「ルイズ、申し訳ないけど羊皮紙はあるかしら」
 「あ、はい。そこの引き出しに入っています」
 なのははそれを見て、正式な文書には紙があっても羊皮紙を使うのかと思う。一方アンリエッタは、さらさらと羊皮紙に文字を書き連ねていた。
 その手がいったん止まる。ルイズが怪訝に思っていると、アンリエッタは小声で始祖に対する祈りのようなものをつぶやいた後、再び手を動かした。
 書き終えたそれを丸めると、杖を手に呪文を唱える。と、手紙には蝋で封印がなされていた。表面には花押と思われるものも刻まれている。
 「これを、殿下に渡してください。後」
 彼女ははめていた指輪を抜き取り、ルイズに手渡す。
 「これは母からいただいた『水のルビー』です。せめてものお守りに。お金が足りなければ売り払って資金にしてください」
 「う、売れるわけないじゃないですか! 水のルビーはトリステインの至宝ですよ!」
 「そんなにすごいものなのですか?」
 なのはが疑問に思って近づいたその時、思わぬ異変が起きた。
 なのはの胸に下がるレイジングハート。それとルイズが手にしていた水のルビーとの間に、虹色の光が生まれたのだ。
 その瞬間、アンリエッタの目がまん丸になった。
 「まさか……ルビーの間に架かる虹は王家の石の証……風はアルビオンに、土はガリアに……だとするとそれは、失われた火のルビーでは」
 「どどどどういうことなの、なのは!」
 「わ、私にだってさっぱり」
 少なくともアンリエッタの言う『火のルビー』でないのは確かだ。
 そしてその疑問に答えたのは。
 “マスター、これはルビーではありません。デバイスのコアユニットです”
 当のレイジングハートであった。



 アンリエッタは突然聞こえた声に混乱し、なだめるのに少しの間があった。何とかレイジングハートが火のルビーでないことには納得したが、そのため黙っていたなのはの事情をかなり説明することになってしまった。
 「はあ、つまり水のルビーは、別のものと一対で特殊なマジックアイテムになると」
 「はい。私たちのところでは、ストレージデバイス、と呼ばれていた魔法の補助具です」
 レイジングハートが反応したのは、デバイスの光通信であった。魔力切れの状態でも使える、モニター用の通信ユニットである。それを通じてレイジングハートは、水のルビーと言われていたコアユニットの情報を限定的に受け取っていた。
 「でもなのは、私たちにはあなたの世界の魔法は使えないのよね」
 「はい。ですので本来の意味でのデバイスとして使ったのではないと思うのですが」
 “気になるのはこのユニットが、ルイズ、あなたに同調していると言うことです”
 このユニットは、きわめて珍しいタイプのデバイスのコアであった。タイプはストレージデバイスなのだが、その『ストレージ』の部分が外部接続型なのである。
 外付けのハードディスクのようなもので、ストレージを交換することにより記録されている魔法を自在に差し替えられるようなのだ。
 普通個別に調整されるデバイスでは、こういうシステムは採用されていない。
 しかも不思議なことに、このコアユニットは、ルイズに対してマスターの認証をしているふしがあった。
 (レイジングハート、もしかして、これ)
 (“はい、ルイズの魔法特性と、何か関係があるかも知れません”)
 ここのところの事件で、この世界と次元世界との間に繋がりを感じていたなのはは、もう少しこの件を突っ込んでみることにした。
 「妃殿下、お聞きしたいのですが」
 「なんでしょうか」
 「王家の方に、このルビーと対になって、あるいは同じくらいの歴史を持つものが何か伝わっていないでしょうか」
 それを聞いてアンリエッタは即座に答えた。
 「それに匹敵するものと言ったら、『始祖の祈祷書』くらいですね」
 そういって簡単に祈祷書の説明をするアンリエッタ。
 「ただ、今は婚姻準備の関係で、手元を離れているのですわ」
 「残念です」
 なのはは残念そうに答えた。始祖の祈祷書はその名と裏腹に全巻白紙であるという。むしろそこが怪しかった。
 (マスターがデバイスとして接続すれば読める、位はありそうね)
 (“その可能性は高いかと”)
 「いずれにせよルイズ」
 アンリエッタがまとめるように言った。
 「無事に戻れたら、一度あなたに祈祷書を見せてあげますわ。そちらの使い魔さんの要望通り」
 「判りました」
 「で、あなたたちだけでいいのね? 一人ぐらいなら、何とかなると思うのだけど」
 ルイズはその心配を押しとどめるように言った。
 「私は以前姉とアルビオンを旅したことがあります」
 「私も一人案内人に心当たりがあります。あ、妃殿下、よろしければそのための書類を作っていただきたいのですが」
 勤め人なので許可無く連れ出せない、というとアンリエッタは快く了承し、すぐに書状をしたためた。
 「ではなるべく早いうちに」
 「お願いしますね」
 そう言い交わして、アンリエッタはルイズの部屋を退出した。
 その直後。
 「なのは、案内人ってひょっとして」
 「はい。ご想像の通りかと」



 ルイズの部屋を出たアンリエッタは、思わずつまずきかけた。ドアの外にいた大きなトカゲに足を引っかけたのだ。
 「あら、誰の使い魔さんか知らないけど、駄目よ、こんなところを歩いていたら」
 大トカゲは、しっぽにともった炎を揺らしながら謝るかのように頭を下げた。







 そして翌朝、厩舎にて。
 「なんであたしが……」
 「ごめんなさい。表だけじゃ心配だったの」
 「まあいいけどね。借りもあるし。ただあたしは王家の人間には顔を知られている。あまりおおっぴらにしないでくれよ」
 「逆に言えば王家の方の顔を知っていると言うことでしょう? 私、王子様の顔判りませんから」
 「はいはい」
 「ちょっと、行くわよ~」
 ルイズが馬の上から話しかけてくる。何故か荷物もこちらに積んでいる。
 その理由は簡単なことだった。
 もう一頭の馬には使い魔のなのはと、案内人として雇われた、ミス・ロングビルが乗っていた。
 「しかし馬に乗れなかったとはね」
 「地元では馬なんか使いませんでしたから」
 波乱を孕みつつ、二頭の馬が学院を出発した。
 そしてその背後では……



 「タバサ、出たわよ」
 「了解」
 「あんなおもしろそうなこと、見逃す手はないわね」
 「あくまでも影からの方がいい」
 なにやら怪しげな事を企んでいる一行がいた。
 「だからヴェルダンデも」
 「馬の方を追いかけさせなさい」



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