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虚無の魔術師と黒蟻の使い魔-08


「うーん……」
ルイズは一人唸っていた。
自室のベッドに腰掛け、あごに手を当て考え込んだかと思うと、頭を抱えて俯いたりと落ち着きのない姿を見せている。
ふと、窓を見ると空が赤いことに気づく。
いつの間にか日が暮れていた。……そんな風に思えればどれだけ嬉しいだろうか。
ルイズの心中は、しつこくも地平線の上で粘り続ける夕日に対する憎々しげな気持ちで一杯だ。太陽など早く沈んでしまえばいいのに。
太陽が沈めば夜が来る。待ちわびていた夜が来る。
夜が来れば……。
夜が来れば?
夜が来たところで何も変わりはしないじゃないか。
夜が来たところで……
「することがない……」
ルイズは暇を持て余していた。

ギーシュとの決闘の後、ルイズとギーシュには学院から処罰が下されることとなった。
謹慎5日間。
今日はその初日である。
謹慎期間中は授業には出られず、食事も自室でと、基本的に寮から出ることは出来ない。唯一の例外は風呂だが、それも時間を指定され、好きな時間に入ることはできない。
規則を破り、勝手なことをした分、勝手を、自由を制限される。
朝食、昼食と、シエスタが食事を持ってきてくれたので、その僅かな間だけは暇を持て余さずにすむが、それ以外は己一人、部屋の中にあるものだけで時間を潰さなければならないのである。
朝食をとった後、モッカニアの『本』の魔術審議の場面を読んでイメージトレーニングをし、魔術審議を行った。
続いてその成果を試すために黒蟻を呼び出していろいろと操ってみる。実践を積んだからだろうか、7匹同時に操ることに成功した。
ルイズとしては出来ることなら一日中でも魔術審議をしていたいところだが、魔術審議はやりすぎると混沌に近づきすぎて命を失う可能性すらある。
司書養成所であれば指導教官がその辺りを見極めて危険な領域に行く前に止めてくれるのだが、流石にモッカニアの『本』が止めてくれたりするわけは無い。そのあたりは自分で少しずつ限界を見極めていくしかない。
仕方なく魔術審議を打ち切った後、系統魔法のトレーニングをしようと思ったのだが、思いとどまる。部屋の中でトレーニングを行ったらルイズの場合取り返しのつかないことになってしまう。仕方なく、窓の外へ向かって魔法を放ったところ、教師から叱られた。
危険だ、と。
それはルイズ自身にも否定できない。
ルイズのすぐ横で窓ガラスがびりびりと震えていた。もう少し近くで爆発が起きてしまったら、おそらくガラスが割れて大変なことになっていただろう。
こうしてやることが無くなった。
部屋を見渡す。
暇な時にすることといえばやはり読書だろうと思ったが、今部屋の中にある本はモッカニアの『本』を含め全て読んだものばかり。
学院の図書館の品揃えが充実しすぎているため、いくつかの手元に置いておくべきと判断した本を除いて本は買わないようにしている。そして、必然的に手元に置く本というのはもう幾度と無く目を通したものばかりである。
モッカニアの『本』を除けばもう読み飽きたというのが実情だ。時々無性に読みたくなることがあるから手元に置いてあるのだが、暇なときに限ってそういった欲求が生じないものである。
ならばモッカニアの『本』を読めばいいではないかと思い、実際に読んではみるが……。『本』を読むという行為は、本を読むのとは違うのだ。『本』はほんの僅かな時間で莫大な量の情報が頭に流れ込む。
読み疲れるまで読んだところで、時間はどれほども流れていない。暇を潰すのには向いていないものなのだ。
ならば、手遊びに趣味の編み物でもやろうかと思ったが、ハルケギニアにもモッカニアの世界にも例を見ない革新的な毛糸の塊が出来つつあるのを見てやめた。
その後本棚の整理をしたりいろいろと足掻いた揚句、2時間ほど午睡し、目が覚めたらやっと空が少し赤らみ始めていたところだった。


やっと、日輪が地平線の下に沈みきった。
まだ空は明るいが、しばらくすれば夜の様相を示すだろう。
そこからまたしばらくの後、シエスタが夕食を持って来てくれる筈だ。それまでの辛抱。
夕食さえ来てくれれば、あとは精々のんびりと味わい、しばし食休みをし、後は入浴、そして睡眠と時間を持て余す暇はないだろう。
ならば、後は夕食が来るまでの時間を如何に過ごすかだけだ。
(あぁ、早くシエスタが来ないかな)
そう思ったのと同時に、自分がついさっきまで寝ていたことを思い出す。
服に皺ができている。そんなに気にするほどのものでもないように思えるが、貴族たる者、人に見られる時はきちんと身だしなみを整えておかねばならない。
シエスタが来る前に身だしなみを整えねば。場合によってはシャツを取り換える必要もあるか?
そう思い、姿見の前に立ち己の姿を確認する。多少皺が付いているが、わざわざ着替えるほどではないか……。
なんだか胸のあたりの皺が少し目立つように思える。
(むう)
それは胸周辺の布地が余っていますと言わんばかりに思えてくる。
ルイズは己の両の二の腕で、左右から胸を寄せてみる。
しかし、そのようなことをしても平原は平原のまま。地殻変動で山が隆起することもなければ、渓谷が現れることもなかった。
「ぐうぅう」
ルイズの口から悔しげな呻き声が漏れる。
(いや、あきらめるな!)
私はこれから成長期だ。ルイズはそう己に言い聞かせる。
そして、縦しんばこれ以上の成長がならずとも、間もなく完成するはずだ。完成させるはずだ。アカデミーに勤める姉、同志エレオノールが、禁断の肉体改造魔法を完成させてくれるはずだ。
それまでの辛抱。今はただ耐えればいい。
しかしただ耐えるだけの日々も辛い。
ならば、その日が来るまでは、今あるものだけでいかに魅力を引き出すかを考えねばなるまい。
「こ、こうかしら?」
ルイズは鏡の前で腰をひねりしなを作ってみせる。



「んー? これもいいなぁ」
空が夜の様相を示し始めても、ルイズは鏡の前でポーズを取っていた。
「これか?」「これか?」「これか?」「これか?」
次々と、かわるがわるポーズをとっていく。
ルイズは己の魅力を如何に引き出すかに夢中になっていて、時間の経過も忘れていた。
そして、周りの音も聞こえなくなっていた。
「こっちのほうがいかなぁ?」
「あ、あの……」
故に背後からかけられたその声にも気づかなかったし、その前に幾度も繰り返されたノックの音にも気づかなかった。
「あ、あの! ミス・ヴァリエール!」
背後からかけられるその声が、気勢を強くしたことで、やっとルイズはそれに気づいた。
そして固まった。
人差し指を立てて口にあて、ウィンクした状態で固まった。今にも「禁則事項です」と言いそうな姿勢で固まった。
「も、申し訳ありません! ミス・ヴァリエール! 何度もノックして、返事もないのでその眠ってらっしゃるのかとも思ったのですが、ご飯が冷めてしまったら、その、何と言うか、申し訳ありません」
声の主はシエスタだった。
メイドとしてそれ相応の教育を受けているシエスタではあったが、鏡の前でかわるがわるポーズをとる貴族への対処の仕方など知らなかった。いや、それが貴族でなく平民のメイド仲間であろうと、シエスタには状況を乗り切る術など持ってはいない。
しどろもどろになりながら、とりあえず頭を下げる。

ギ、ギ、ギ。
そんな音が聞こえてきそうなぎこちなさで、ルイズの首が回り、シエスタの方へ向く。
その顔には、何かいろいろな表情が混ざり合ったような微妙な表情が張り付いている。
「も、申し訳ありません!」
シエスタは改めて頭を下げる。
「アラ、ナニヲアヤマッテイルノ? しえすた」
ルイズが口を開いた。
「え、あのその、お、お取込中のところ、失礼してしまって……」
「オトリコミチュウ? ワタシハナニモシテナカッタワヨ。ヒマヲモテアマシテぼーっトシテイタダケ」
「え?」
「アラ? しえすたニハ、ワタシガナニカシテルヨウニミエタノカシラ? ネエ、しえすた。アナタハナニヲミタノ?」
「い、いえ。ドアを開けたら退屈そうにボーっとしているミス・ヴァリエールが見えただけです」
「そ、そうよねぇ!?」
「は、はい! もちろん」
「「あははははは……」」
二人は顔を見合わせると、搾り出すように笑った。


「で、では、夕飯を運びますね! 少々お待ちください」
シエスタは何とも言えない空気に耐え切れず、そう言ってあわてて扉の外、夕飯を乗せたワゴンの元へと駆け寄ろうとするが、
「あ!」
そこで己が失念していた存在と目が合う。
ワゴンの傍らにマルトーがいた。
「失礼してもよろしいですかいね? ミス・ヴァリエール」
「だ、誰? あんた。何の用よ」
ルイズもマルトーの存在に気づき、再び固まりかけるが、マルトーのほうから口を開いたので、それに答える形で何とかフリーズを免れる。
「料理長のマルトーと申します。この学院の使用人の取り纏めもやっております」
マルトーはそう言うと深々と頭を下げる。
「本当はもっと早く伺おうと思っていたんだが、ですが、何分、仕事柄、朝飯作ったら昼の仕込み、昼がすんだら夜の仕込みといった具合で、こんな時間になっちまいまして……」
マルトーは少しぎこちない敬語で言う。それはあまり敬語を使い慣れていないせいかもしれないが、シエスタと同じように見てはならないものを見た故の動揺かもしれない。
どちらであるかルイズに見極めることは出来ないが、とりあえず、ルイズは何事も無い風を装い、マルトーを見据える。
「それで? 何の用なわけ? 配膳ならシエスタ一人で十分でしょう」
「礼を……シエスタを助けてくれた礼を、言おうと思ってな」
マルトーの口から発せられたのは、ルイズの予期せぬ言葉だった。
「え?」
「いやよ、あんた、シエスタが貴族に難癖つけられてるところを助けてくれたって言うじゃねえか」
マルトーは少し興奮した様子で、敬語も忘れてまくし立てる。
「だからよ。シエスタの上司として礼を言わせてもらいたくてよ。正直なところを言えばよ、貴族が平民を助けてくれるなんて、俺は思っても無かった。
それなのにあんたはシエスタのために決闘までして、怪我を負ってまで助けてくれたそうじゃねえか。あんたみたいな貴族がいたなんて俺は感動した。本当、ありがとうよう」
一気にまくし立てるマルトー。
その勢いに押され、絶句していたルイズ。
だが、マルトーが言い終えると、ルイズの顔が見る見ると紅潮していく。
「な、な。何言ってるのよ。れ、礼なんて言われる筋合いは無いわよ! シエスタは何も悪くないんだし、わ、私は、貴族として当たり前のことをしただけなんだからっ!」
ルイズは顔を赤くしながら、早口でまくし立てる。
「いやいや。流石だ。当たり前にシエスタを助けてくれるってんだから、本当、頭が下がるぜ。頭を下げて礼を言うぐらいしかできない自分が恥ずかしくなる。
そうだ! 何か好きな食べ物があれば言ってくれ。出来るだけメニューに加えるようにするからよ!」
マルトーも負けじとまくし立てる。
そんな二人のやり取りを見て、笑いながらあきれたようなため息をつくシエスタ。
二人を尻目に、机の上にクロスを敷くと、次々と皿を並べていく。
それが済むとまた二人を見る。相変わらずのやり取りが続いている。
「マルトーさん。ミス・ヴァリエールも困ってらっしゃいますよ。ご飯の用意も出来ましたし、それぐらいにしないと」
「お、そうか?」
シエスタの言葉に、やっと口を閉じるマルトー。
それをみてルイズはほっと胸を撫で下ろす。
「でも、私からももう一度お礼を言わせてください。有難う御座いました」
シエスタはそう言うと、にこりと微笑む。それを見て、再びルイズの頬は紅潮する。
「それに、凄い格好良かったです。男の人に、あんな風に腕っ節でも勝っちゃうなんて憧れちゃいます」
言うと、シエスタはファイティングポーズのようなものをとって、おどけて見せる。
「れ、れれれ、礼は、い、いらないって言ってるでしょ! それよりアンタ達。食堂の方の食事も始まるでしょ。こんな所に居ていいわけ?」
「はい。ではそろそろ失礼しますね。ごゆっくり召し上がってください。後程、食器を下げに伺いますから」
シエスタはぺこりと頭を下げると、マルトーを促して部屋を出て行く。
そんな二人の背中を、ルイズは呼び止める。
「ちょっと待ちなさい。マルトー。アンタに確認しておきたいことがあるの」
マルトーが振り返る。
「シエスタには確認したけど……。マルトー。あなたはこの部屋で何か変なもの見たりしたかしら?」
ルイズの言葉に、マルトーは思わず噴出しそうになる。
「いやぁ、俺は何も見ておりませんぜ」



シエスタとマルトーがルイズの部屋を出て、厨房へと帰る途中。
思い立ったようにマルトーが口を開く。
「シエスタよぉ」
「はい?」
「お前さんは立派な貴族だ何だと言ってたが、あれはアレだ。立派とかそういうのは置いといて……、変な貴族だな」
マルトーの言葉に、シエスタは思わず苦笑いする。
「ミス・ヴァリエールは、含羞の人なんですよ」
シエスタが言うと、マルトーは「なるほどなぁ」などと独り言ちながら歩いていった。


シエスタの並べた皿の前、ルイズは座っている。
決闘で、テンションの上がっていた時ならいざ知らず、改めて感謝の言葉を言われるとどうにも落ち着かない。照れてしまう。感謝されるのには慣れていない。
況してや、
「格好良かった、ねぇ……」
そんな事を言われるのは初めてだ。
ルイズは自分の左手を見る。
拳が少し擦り剥けてヒリヒリと痛む。ギーシュを殴ったためだ。
外れた右肩は、医務室で水系統のメイジに治してもらったため、もう痛みもない。
だが、左拳は小さな傷であったため、治療を担当したメイジも気づかず、そのままにされている。
しかし、傷の大きさのせいだけではないだろう。
貴族が決闘で拳を痛めるなど、思いもしなかったのだろう。だから見落とした。
闘っている時は無我夢中で気にしてなどいられなかったが、自分の手で殴るなど貴族の戦い方ではない。謹慎中で他の生徒と接する機会がないが、今頃、醜い戦い方だとこき下ろされているかもしれない。
しかし、シエスタはそれを格好良いと言ってくれた。
魔法の使えない平民ゆえの感想だろう。貴族であるルイズとしては素直には受け取りにくい言葉ではある。
しかし、この拳がなければ、決闘に負けていたのも事実。
「平民のために力をふるう」などと言っても、この拳がなければシエスタ一人救うこともできなかったのも事実。
「筋トレでもしようかしら、どうせ暇だし」
呟いてみる。
肉体強化の魔法は掛け算だ。
武装司書たちも、ただ肉体強化の魔術審議を繰り返すだけで超人的な身体能力を手に入れたわけではない。ロードワークや筋力トレーニングなどを並行して行うことによって、より強靭な肉体を手に入れる。
「ついこないだまでは『普通の貴族』、『真っ当な貴族』になることが目標だったのにね……」
ルイズは自嘲する様に言う。
「すっかりもう『変な貴族』になってしまったわね」
ハルケギニアのメイジで、魔法ではなく肉体を鍛えようとする者など、軍人ぐらいのものだ。
しかし、モッカニアたち武装司書を参考にして力を手に入れんとするルイズは、肉弾戦を魔法と並べて考えることができる。
モッカニアをはじめとした武装司書は、その比重に個人差はあれど、魔法も肉体もどちらも鍛えるものだ。
モッカニアは魔法に重きを置くタイプではあるが、その身体能力は飛行機による爆撃を回避してみせるという、ハルケギニアの常識からすれば規格外のレベルだ。
そもそも、ハルケギニアに戦闘機などないので比較しにくいが。例えばトロル鬼。例えばミノタウロス。そういった人間をはるかに超える肉体をもつ亜人にそんな所業ができるだろうか?
いや、無理だろう。
トップクラスの武装司書になれば、その身体能力だけで亜人以上の脅威だ。
「……まぁ、とりあえずご飯ね」
そういうと両手を組み目を閉じる。そして始祖への感謝の祈りを捧げる。
信じ、敬い、そして裏切ってしまった始祖への祈り。
「ほんと、つくづく『変な貴族』よね」



「ふむ。5日間の謹慎ご苦労じゃった。今後このようなことの無いようにの」
謹慎最後の夜、ルイズとギーシュは学院長室に呼ばれていた。
この時をもって謹慎は終わり、晴れて自由の身となった。
「ミス・ヴァリエールは残っていただけますか?」
オスマンの隣に控えていたコルベールが口を開いた。
その言葉に怪訝とした顔をするギーシュだが、当のルイズが特に気にする風もないので、結局、何も言わずに退出した。

見送ると、再びコルベールが口を開く。
「さて、ミス・ヴァリエール。言われたものは持ってきましたか?」
「はい」
ルイズは答えると、ポケットからハンカチに包まれたモッカニアの『本』を取り出す。ここに来る前に持ってくるように言われたのだ。
手の上に乗せ、ハンカチを広げ、モッカニアの『本』のルーンのある面を見せる。
「ふむ」
それを見てオスマンが嘆息する。
「何しろこんな使い魔は例がなくての、少し調べさせてもらってよいかの」
「例のない使い魔ってことでしたら召喚して一目で解ることですのに、その時は調べもせずに契約させて、今更になって調べるのですか?」
少し嫌味たらしくなりすぎかとも思いながらオスマンの言葉に噛みつくルイズ。言われるままというのも癪だと思ったのだ。
言われてオスマンとコルベールがばつの悪そうな顔をする。
「いや、そうなんじゃがの。今は更に例の無いことが起こっておるじゃろ」
オスマンが弁解する。
「石が呼び出された時点で十二分に調べるべき事態だったと思いますけど……」
ルイズは更に皮肉を言いながらも、
「この子たちのことですね」
そう言ってモッカニアの『本』を持つのとは反対の手に黒蟻を一匹出現させる。
「ほお」「おぉ」
二人は思わず息を漏らす。
生き物が召喚される現象は、彼らの常識ではサモンサーヴァント以外に存在しない。紛れもなく前例のない状況だ。

「失礼しますよ」
そう言うとコルベールは杖を取り出しルーンを唱える。
ディテクトマジック。魔力を探知する魔法だ。
「どうじゃ?」
「そうですねえ。ミス・ヴァリエールとこの蟻の間に魔力的な繋がりがあるのは間違いありませんね」
「繋がりと言うと?」
「ミス・ヴァリエールからこの蟻に魔力が供給されています。しかし、蟻と石の間には特に何もありませんね」
「ふむ。つまり、蟻を呼んでいるのはミス・ヴァリエールであり、その石ではないということじゃの」
ディテクトマジックの結果について話し合う二人にルイズが口を挟む。
「当然でしょう。石ですもの。石が意思を持って何かをできるとお思いですの? オールド・オスマン」
「いや、その石が未知のマジックアイテムという可能性もあるかと思っての」
オスマンのその言葉に、
「そうですね。ミス・ヴァリエール。少しその石を調べてさせてもらいますよ」
コルベールが追従する。
(来たか)
ルイズは心中で舌打ちする。
石はただの石であり、調べる必要は無い。そういう方向へもっていこうと思っての言葉だったが裏目に出た。
しかし、それも想定の範囲内。
「少々お待ちください」
そう言うとルイズはポケットから白い手袋を取り出す。
「触るときは手袋をしてください。それと机から30サント以上持ち上げないでください。くれぐれも気をつけて扱ってください」
「え?」
「当然ではありませんか? 使い魔と主は一心同体と習いましたよ。ならば、それは私自身も同じ。乙女の柔肌にそんなに簡単に触れていいと思っているのですか?」
面食らった表情のコルベールに、ルイズは満面に如何にもな作り笑顔を浮かべてみせる。
「随分大切にしているようじゃの」
「勿論です。メイジとして使い魔を大切にするのは当たり前でしょう。それが優秀な使い魔というなら尚更のこと」
乙女の柔肌云々は冗句。ただ、ルイズがこの使い魔を大切にしているのだと、そう認識させれば良い。そうすれば、主の目の前で使い魔に対して主の意に反した扱いをすることなど出来ないだろう。
直接触れさせるのだけはまずい。本当はモッカニアの『本』について調べられること自体嫌なのだが、この際触らせなければ、読まれなければよしとする。


「ディテクト・マジックには反応ありませんね。特に魔法がかかってるわけではないようです。見た感じはただの石ですけど、細かい成分までは解りませんね」
「ふむ。つまり石そのものに蟻を召喚する力はない。あくまでコントラクト・サーヴァントの影響と見るしかないようじゃのう」
「しかし、コントラクト・サーヴァントで使い魔が何かしらの力を手に入れることはありますが、主が力を手に入れるなど聞いたこともありません」
「阿呆。そんなもん言い様じゃわい。『主の目となる能力』などと言うが、『使い魔の視界を覗き見る能力』と言い換えれば主人の側の力じゃろう」
「うーん。確かにそうですね。ともあれ、前例から推し量る現在の研究では、コントラクト・サーヴァントは解らないことが多すぎますね」
「確かにのう。今回の様な前例から外れた事態でも起きない限り、原理原則が解らんとも、どんな能力を使い魔が手に入れようと『こんなもん』で済ましてきた部分じゃからのう」
「その辺りは、いずれ誰かが解明しなければならない部分でしょうね」
「そうじゃが、解明しつくしてしまうのも問題がある気もするのう」
「どうしてです?」
「もし使い魔召喚から契約までの仕組みが完全に解き明かされてみい。皆、好きなものを呼び出して、好きな能力を好き勝手つけてしまうようにならんか? 相応しい使い魔を召喚するという部分を無視しての」
「確かに。未知の部分があるからこそ、神聖な儀式足り得るのかもしれませんね」
「まぁ、杞憂じゃと思うがの」
オスマンとコルベールの会話をルイズは黙って聞いていた。
少し話が逸れてはいるが、都合のいいほうに話は転がっている。
結局ルイズの嘘は、秘密の部分を全てコントラクト・サーヴァントの未知の部分に押し付けることで成り立っている。蟻を呼び出すこの能力の原因をコントラクト・サーヴァントに求めるかぎりばれない嘘。
ルイズにとって都合の悪いパターン。コントラクト・サーヴァントの仕組みが解明されてしまった場合。謎を隠れ蓑にしているのに、その謎が無くなったらルイズの嘘は完全に破綻する。
だが、それは心配はないだろう。六千年に渡り未知であった部分が、今日、明日に突如解明されるなど思えない。多少の希望的観測に拠るが問題ないだろう。
「ところでの、ミス・ヴァリエール。お主はどうしてこの石を蟻の巣じゃと思ったんじゃ? それにどうして蟻を呼び出せると思ったんじゃ?」
オスマンが突如ルイズに水を向けた。
「それは……。コントラクト・サーヴァントをした時に、何と言うか、頭に情報が流れ込んできたというか……」
嘘ではない。「頭に情報が流れ込んできた」という部分に限れば。
使い魔と心が通じ合ったりだのというのはよくある話。その類だと思えなくもないだろう。
「なるほどのう」
オスマンの態度も、特にそれを疑う素振りはない。
「しかし、石の中に住む蟻など聞いたこともないわい。いや、それを言ったら大きさもじゃの……。こんなでかい蟻は初めて見るわい」
そんなオスマンの呟きに答えたのはコルベールだった。
「世界は広いですからね。どこかにそんな蟻がいても不思議はありませんよ」
そう前置き、
「決闘以来、図書館でいろいろと調べてみました。東方には竹の樹上に巣を作る蟻がいるとか、南方に水上に巣を作る蟻もいるとか。大きさについても3サントを超える種類もいるそうですよ」
コルベールが蘊蓄を披露する。
「そんなもんかのう」
オスマンもそれに適当な相槌を打つ。


「ふむ、まぁ、大体解った。いや、解らんことばかりじゃが、取り敢えず経緯と事情は把握できたし良しとするかの」
オスマンの言葉は、ルイズの使い魔に対する詮索の終了を意味する。
その言葉にルイズはほっと胸を撫で下ろす。
「わしから言えることは……そうじゃの、その黒蟻にはお主の魔力が与えられてるということを忘れんようにってとこかのう。ならば魔法と同じように使いすぎれば打ち止めになることもあるってことじゃ。逆に……」
「逆に、鍛えればより多くの蟻を使役できる、でしょうね」
オスマンの言葉をルイズは引き継ぐ。
「ほ、ほ。言うまでもなかったかの。いまいち解らんところが多いとはいえ、せっかく手に入れた力じゃ。大切にしんさい」
オスマンは言うと、何か言うことはあるかといった視線をコルベールに向ける。
「えー、そうですね。コントラクト・サーヴァントしたときに解ってたなら、そのときに言ってほしかったですね」
「あら? 石を召喚しても問題視しなかったのですもの。それが蟻の巣になってもさして変わらないと思いましたわ」
オスマンに水を向けられたので、取り敢えず言うことを探したコルベールだが、思わぬ反撃を受けて苦笑いする。
「まぁ。明日は虚無の曜日じゃ。久々の自由じゃ。羽を伸ばすがよかろう」
見かねたオスマンが場を締めくくるように言った。


「嫌われたのう。ミスタ・コルベール」
「いや、まぁ、言いたくなる気持ちは解りますよ」
ルイズのいなくなった部屋の中。
老人と中年の二人きりの反省会。
「どうなんじゃろうなぁ。蟻はあれでアリとして……」
「ガンダールヴや虚無の話が何処かに行ってしまいましたね」
「うーむ。取り敢えずあの使い魔をどうこうしようというのはやめたほうが無難かの。あの娘もアレを気に入ってるみたいだしのう」
「それは、やめたほうがいいでしょうね。そもそも道に外れた行為であったわけですし。本人が使い魔に納得していないならともかく……」
オスマンもコルベールも、ガンダールヴの調査のためなら使い魔を殺してもいいなどと思っているわけではない。
ルイズの使い魔が生物でなく、殺すわけではないということ。使い魔として主に奉仕するということが有り得ない存在であること。そして、その使い魔をルイズが嫌がっていること。
これらの理由が、言い訳があるからこそ、ガンダールヴを調べるために石を砕いてでもサモン・サーヴァントのやり直しをさせようという思考に至った。
しかし、その使い魔はルイズに蟻を呼び出すという力を与え、そしてルイズはそれを気に入っている。
それでは免罪符が足りない。
「ガンダールヴについては地道に調べていくしかないでしょう」
コルベールは諦めたように言う。
「しかしのう。もし本当に虚無、本当にガンダールヴだとわかったらどうする? ガンダールヴであるならやはり召喚しなおすほうが良いかもしれん」
「あの使い魔がガンダールヴだとハッキリしたら。彼女が虚無の使い手だとハッキリしたら……。そうなってしまったら本人に説明するしかないでしょう」
「その上であの娘がどうするか? か。もしガンダールヴの力をほしいと思ったなら……。わし等がやるのとは違うからの。不注意で石を落して砕けてしまう。そんな事故はいくらでも起こせるだろうからのう」



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