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虚無の王-27


「ルイズ!ルイズ!どこに行ったの?ルイズ!まだお説教は終わっていませんよ!」

 迷宮にも似た植え込みの中で、六歳の幼女は身を竦めた。
 神様は魔法の才能を二人の姉ばかりに与えて、末娘に分けてやる事を忘れてしまったらしい。
 或いは、二人に与えた才能の巨大さに不公平を反省し、その妹からは取り上げる事に決めたのかも知れない。
 運命の動機がどうであれ、ルイズの小さな体に眠る魔法の才が、領地の片隅で酒場を手伝う平民の小娘と大差が見られない物である事は、動かしようの無い事実だった。
 その物覚えの悪さを、母に叱られるのは、礼拝所へお祈りに行くくらい、当たり前の行事となっている。
 そして、幼いルイズが逃げ出すのも、いつもの事だ。
 何故、魔法が使えなければならないのかも分からない幼児にとって、母親の見せる厳しさは、天災の様な、理解を超えて恐ろしい物でしか無かった。

「ルイズお嬢様は難儀だねえ」
「全く。上の二人のお嬢様は、あんなに魔法がおできになるって言うのに」

 柔らかい乳歯が、唇を噛んだ。
 天災なら、ただ身を小さくしてやり過ごせばそれでいい。
 罰だ。お前が悪いからだ、と言われてはそうもいかない。
 罪の意識は何よりも人をの心を薄弱に、矮小にする。
 召使い達の捜索の手が、植え込みの中にまで及んだ。
 茂みの隙間を行き交う木靴を目に、ルイズは脱兎の軽やかさで逃げ出した。
 その胸中は耳の長い小動物の様に、小さく小さく握り潰されていた。
 小さな赤い靴は、自然と中庭の池へと向けられていた。
 ルイズは「秘密の場所」と呼んでいる。
 滅多に人の寄りつかない、うらぶれた中庭だが、それでも池の周りには季節の花々が咲き乱れ、小鳥の集う石のアーチとベンチが有る。
 池の中央には島があり、石造りの東屋が白い光を弾いている。
 ルイズは小さな船に潜り込んだ。
 最早、船遊びをする者も無く、忘れ去られた小舟は、それでも定期的に手入れだけはされていると見え、小綺麗な顔で澄ましていた。
 例え、二度と使う事の無い船の掃除夫だろうが、年に一度も開く事の無い部屋のドアノブ拭きだろうが、奉公人を解雇する訳にはいかない。
 貴族の名誉と義務は、粗野で怠惰で愚痴ばかり零している平民達に、片手間の仕事と、幾許かの収入を約束する一方で、当の権威者の財布を圧迫する。
 備え付けの毛布にくるまると、ルイズは泣きたくなった。
 魔法の使えない貴族は、ドアを開け閉めしたり、絵入り新聞の皺を伸ばす程度の仕事も満足にこなせない、そんな平民達よりも不要な存在だ。それが分かる年頃になりつつある。
 長靴の下で、芝生が鳴った。
 ルイズは小さな期待を胸に、毛布と舟の間から空を覗いた。足音は不作法な平民が終生、理解する事の無い優雅さで彩られていた。

「泣いているのかい?ルイズ」

 鍔の広い、羽付帽子の下に、白い歯が覗いた。
 歳の頃は一六だろうか。紅顔の美少年は、その繊細な面差しの中に、勇気と自負心とを着実に蓄え、一人前の貴族へと脱皮しつつあった。

「子爵様、いらしてたの?」

 ルイズは慌てて目を逸らした。憧れの少年が見せる爽やかな笑顔に、一時、身を竦めていた惨めさが、その憧憬を吸って膨れあがった。
 全く、なんとと言う姿を見られてしまったのだろう。

「ミ・レイディ、手を貸してあげよう。さあ、捕まって。晩餐会が始まってしまうよ」
「でも……」
「また、叱られたんだね。大丈夫。僕がお父上にとりなしてあげよう」

 躊躇いがちな指先が、大きな掌に滑り込んだ。
 立ち上がった時、舟が十六歳の重さで揺れた。見上げていた筈の顔は、いつの間にか眼下に移っていた。
 そこに有るのは、見上げていた顔ですら無い。
 車椅子に座った青年が、どこか愛嬌の有る笑みでルイズを見上げていた。
 苦笑に肩が揺れた。
 ルイズは車椅子の握りを掴むと、ゆっくりと歩を進めた。異邦人の長躯を物ともせず、大きな車輪が軽やかに回る。
 複数の足音が、下生えをかき分けた。
 一瞬、貝殻の様な耳朶を震わせたルイズは、振り向く事も身を隠す事もしなかった。
 今の自分は、貴族としての務めを果たすに十分な力を手にしていて、それが聊か王道に悖る物である点も、いつかは両親にはっきり告げなければならない事だった。
 緊張が小さく胸を叩いた。
 大丈夫。ルイズは努めて薄い胸を張る。
 自分には力が有る。それを認めてくれる人が居る。
 いざとなれば、連れて逃げてやる。そう言ってくれた男は、今、自分の手の内にある。

「そっちはどうだった?」

 声が近い。
 ルイズは繊手をぎゅっと握った。間も無く見つかるだろう。
 始祖の前へと、審判に引き出される心持ちで、ゆっくりと息を吐く。
 だが、続く召使い達の声は、その予想に全く反した物だった。

「ああ。もういいってよ」
「ああっ?」

 もういい?――――思わぬ言葉に、ルイズは愕然とした。

「もういい?そりゃ、どう言う事だよ」

 ルイズの疑惑を、一人が代弁した。
 ルイズが魔法の不出来を叱られるのは日常。逃げ出すのも日常。そして、必ず捕まるのも、また日常だ。
 母の敎育熱心は、幼女の浅知恵など物ともしないのが常だったではないか。

「どう言うもなにも。そう言う事だろ」
「おーい、もういいってよ!探さなくてもいいって!」

 もういい?
 もういい?
 どう言う事だ?
 声が遠離って行く。
 見えない何かを、ルイズは呆然と見送った。
 手の中から重さが失われて、頼りのない手応えが滑り、消えた。
 振り向くと、大きな背中に突き当たった。
 車椅子はどこにも無かった。

「ルイズ」

 青年は振り向きもせずに言った。

「お前、もういらへんから」




 粟立つ皮膚の感触が、ルイズを夢の世界から引きずり出した。
 全身の毛穴が開き、汗がラードの粘度でじっとりと染み付いた。
 薄明かりを返して、石造りの天井がざらりと瞳を撫でた。薄布のネグリジェが肌に吸い付き、幼い曲線を微細な凹凸に至るまで露わにした。
 目を醒ました鳶色の瞳は、相変わらず機能を失ったままに見えた。
 南向きの大きな窓から、朝日が絹の柔らかさで頬を撫でた。
 ベッドを抜け出し、脚を降ろした現実の世界は、悪夢と一本の太いロープで繋がっていた。
 藁束と木箱を組み合わせた即席の寝台は空で、十字の杖の先端では、不思議な帽子が案山子の仕草で左右を見回していた。
 机の上には、ぶ厚い本がむっつりとした表情で黙り込んでいた。
 机に向かう足取りは、夢遊病者の物だった。
 事実、夢の世界の住人であると言う意味で、貴族の少女は夢遊病者に等しかった。
 鍵付きの引き出しを開けると、なによりも先に、ルビーの指輪が目についた。
 化粧箱も無く、ハンカチに身を沈めた宝石は、光の透明度と湖の深さを併せ持っていた。
 端然とした光彩は、自身が何者よりも高貴である事を、無言の内に主張していた。
 ルイズはアンリエッタの瞳を思い出した。遠慮の無い、にこやかな瞳。
 自身が上位にある事を、無意識の内に自覚している人間だけが見せる瞳だ。
 ルイズの動きは重たい。
 トリステイン王家の秘宝、水のルビーは決して着用者に超人的な膂力を要求する類の物では無く、始祖の祈祷書が幾ら重いと言っても、鍛鉄を伸ばして出来ている訳では無い筈だった。
 白い指先が、古びたページを撫で、文字を拾った。始祖の名を騙る文章は、文学的な品位とも縁が無かった。
 唇から滑り出た吐息は、どんな感情も含んでいなかった。
 内容に統一性の無い、偽書だらけの聖典。全てが偽書で、そもそも本物など存在しない、と考えるのが妥当だ。新教徒の悪辣は、今更語るまでも無い。
 衣服を着替え、今までそうして来た様に、部屋を出て水を汲み、顔を洗った。
 昨日は殆ど一日、ベッドから出る事が無かったが、今日はそうもいかない。大げさな意味では無く、命より大事な使命が有る。
 窓を開け放つと、夏風が爽やかな笑顔で出迎えた。
 この季節、早朝は唯一太陽と仲良くなれる時間だ。後、一時間もすれば空気は煮え立ち、空は灼けて白茶ける。
 鏡を前にして、身嗜みを整える。黒いマントが、自分が何者かを思い出させてくれた。
 杖に手を伸ばした時、指先が帽子に触れた。
 手に取ると、昨夜の出来事が脳裏に蘇った。
 魔法学院に行啓したアンリエッタ王女は、ヴァリエール公爵家の三女、かつてよく遊びもすれば、喧嘩もした古い友人の部屋を、こっそりと訪れた。
 心優しい姫君はまず、ルイズの無事を喜ぶと共に、体調を気遣った。
 ルイズの瞳は、生に諦めを付けた小動物のそれと大差が無かった。アンリエッタは懐かしい友達を元気付けようと、昔話を一ダースばかり口にしたが、それが本来の目的と言う訳では無さそうだった。
 続いて切り出したのは、婚姻が決まったと言う話だが、祝福を期待する様子も無かった。
 結婚と言う物は身分を問わず、恋と手を繋いでやって来る物では無いから、その点は怪しむに足りない。まして彼女は王女で、相手はゲルマニアの野蛮人なのだ。
 続いてアンリエッタは顔を両手で覆い、崩れ落ちた。本題だ。
 何事かと尋ねるルイズに、婚姻を控えた王女は、苦渋の面持ちで己が置かれた苦境を訴えた。
 王権に仕えるは貴族の義務であり、特権だ。まして、アンリエッタは幼少の砌に遊び相手を務めた仲。絶対の忠誠の対象であると同時に、永遠の友情を誓った姫君の助けを求める声に、ルイズは一も二も無く頷いた。
 水のルビーは軍資金として賜った物だ。その時、落ち着かない声が言った。

「所で、使い魔さんは?」

 不意に唇を奪った男を警戒する声とは、違った。
 答えたのは、金に困っているのか、と聞かれたツェルプストー家令嬢の様な声だ。

「使い魔?何の事ですか?」

 ルイズは帽子を放った。主人にも似た巧みさで風に乗った帽子は、クルクル回りながら、窓の外へと飛んで行った。
 杖を差し、簡単な荷物を手にすると、ルイズは樫の扉に手を伸ばした。




 背後で樫戸が開いた時も、ワルドは振り向かなかった。
 風メイジは目に頼る割合が常人よりも小さい。まして、足音も無く近付いて来た相手が、工夫の無い軋みを立ててドアノブを捻ったのだ。
 少し鋭い人間なら、その正体を察する事は容易いだろう。

「まだ、車椅子を使っているんだな」
「義足の部品も限られとるしな。くそ、暑っ。たまらへんわ」

 背後を車輪が音も無く滑った。
 開け放たれた衣裳棚には、簡素なシャツが並んでいた。
 異邦人があれこれと注文を付けて作らせる衣服は、快適そうではあるが、高貴な人間に相応しい物とも言えなかった。

「せやけど、ワイらはまだマシやな。可哀想に、“でこ”の奴は額やさかい。あの格好、見とるだけで暑苦しうなるわ」
「確かにな」
「これから、出発か?」
「ああ。どうやら、思わぬオマケも付いたらしい」
「オマケ?」
「風の王様に裏切られた、気の毒な紳士達さ」
「別に裏切ったワケやあらへん。人聞きの悪い事を言うなや」

 ワルドはちらりと視線を送った。
 車椅子の男は、汗沁みたシャツを脱ぎ捨て、新しい物を手に取った。背もたれ越しに、背中の刺青が覗いた。
 半身だけに彫り込まれた刺青。右片翼と、“飛”一字の右半分。
 空は半年間、ルイズや学院の少年少女達と過ごした。その時々で見せた笑顔、示した友情は悉くが相手を利用する為の演技であり、あの晩に見せた顔こそ、風の王としての本性。
 そこまで単純な話なら、この男は決して恐ろしくは無い。
 冷酷無情は必ず人の嫌悪と猜疑を呼ぶ。何者の信用も共感も得られない人間は、何事も成し遂げる事が出来ない物だ。
 恐ろしいのは、彼らの幼い目に映った全てが、空と言う男の正体であり、本性だと言う事だろう。
 ルイズに、仲間達に、心からの友情を抱く一方で、必要とあらば――――或いはほんのした気紛れで――――平然、踏み躙る。
 二人で酒を飲み交わした際の会話を思い出す。ナポレオンの逸話だ。
 彼は極度の負けず嫌いであり、部下とポーカーをすると、平然、イカサマに及んで省みなかった。
 それでも、勝ち分を必ず分配した為、恨まれる事も無かった。
 エジプトから帰還する船上の話だ。彼の部下達は語らって言った。
 もし、この船が沈みそうになったら、ナポレオンは迷わず自分達を海に放り出すだろう。だが、もしそんな事態になったら、自分達は命令されるまでも無く、自ら海に飛び込むだろう――――。
 大抵の場合、独裁者は“いい奴”だ。
 情に厚く、無自覚なまま、相手の警戒心を麻痺させる術に長け、特に意識する事も無く、心の隙間へと忍び入る。
 もし、あの気の毒な少年少女達が、もう騙されるものか、と警戒しているのだとしたら、心から同情するが、この先何度でも利用され、捨てられる事だろう。

「僕が思うに――――」

 心底の友人を平然、切り捨てる。それが冷酷無情の業でなければなにか。

「君には人間として重大な欠陥が有る様だ。丁度、その背中の刺青の様にね」
「あん?」
「察するに、左翼を背負う男も、本質においては君と同じ類の人間なのだろうな」
「阿呆言うな。あないなヘタレと一緒にされたらかなわんわ」

 比翼の鳥は、一羽で飛ぶ事が出来ない。
 反面、それは二つが揃えば、どこまでも飛べるのだ、と言う自負の現れとも言える。
 空の口振りからは、半身との訣別が読みとれる。
 それは二人がその精神に宿した“欠陥”の故なのか、
 それとも表面的には敵対しながら、未だどちらかが、どちらかに絡め取られたままでいるのか……。

「なんや、その面は」

 一陣の風は、目に見えて不機嫌だった。
 ワルドは自分の口元が笑っている事に気づいた。

「この顔がどうかしたかね?生まれついての顔だと思うのだがね」
「何言うとる。ったく。こないな腹立つ顔、初めて見たわ」
「それはどうも」

 ワルドは魔法衛士隊の制服、そのシャツを脱いだ。
 これから、王女の密命に当たらねばならず、今回はお忍びだ。制服で堂々と出歩く訳にはいかない。
 左腕の中で、数本のワイヤーが微かな軋みを立てた。
 人体の柔軟さで曲がる鉄腕を、無言の瞳が撫でた。

「左腕で良かった、言う所やな」
「ああ」
「ワイと“でこ”の合作や。お前なら使いこなせるやろ」
「悪くない」

 生身と比して、硬く鋭い左腕は、乙女の柔肌を這う精密さで、絹のシャツを取り出した。

「君こそ、系統魔法を覚える気は無いのか?」
「ワイ、ここの貴族やあらへんで」
「君なら、使いこなせると思うのだがね」
「興味ない。そないな時間あらへんし、あっちに帰った時、使えるかどうかも分からへんやろ」

 硬い感触が、胸を叩いた。
 真珠の清純と、白銀の清楚が入り交じる曲面を撫でると、細い鎖が頸で揺れる。
 開いたその中では、一人の女性が微笑んでいる。

「お。大丈夫だったみたいやな」
「君には感謝している」

 足音が二人の耳朶を叩いた。無意識の内にも抑えられた歩調は、それだけに警戒心を刺激した。
 空は苦笑する。よく、あのオスマンが怪しまなかった物だ。

「準備は出来たのかい?」

 ノックは無かった。ワルドが無反応な一方、空は恥じらう乙女の仕草で身を捻った。

「いやん」
「気味悪い事してるんじゃないよっ!……て、なんだい?そのごっついペンダントは。ロケット?」
「貴様には何の関係も無い事だ」

 蓋を閉じると、ワルドはシャツを羽織った。手袋を嵌めると、作り物の左腕は人体と一つになった。
 マントを羽織りながらも、秀麗な顔には汗一つ浮く事が無かった。
 夏。ハルケギニアに住む貴族の四人に三人が、風メイジを羨望して止まない季節だ。

「では、空。そちらは頼む」
「おう。ルイズと会うんは久しぶりやろ。気ぃ使うたれや」
「あの嬢ちゃんと、知り合いかい?」
「婚約者だ」
「あんた、ロリコン?」

 心ない一言に、風メイジは小さく肩を竦めた。

「その科白は、妙齢の女性に言われ慣れている」
「何が言いたいんだい?」
「誤解を受けやすい男が、一人居ると言うだけの話だ」

 慎ましい貸し家の借り主が姿を消すと、そこには主人よりも大きな顔をした居候と、一人の女と、自身の若さに対する一抹の疑念、行き所の無い苛立ちだけが残された。
 空の笑顔は、あくまで朋友を送る為の物だった。
 空気を読めない風の王も、冗談が通じない年齢と言う物が確かに存在する事を心得ている。

「いけすかない男だね」
「女を怒らす名人みたいな男やからな。気にせんこっちゃ」
「はん……それよりも、あいつがしてたロケットだけどさ」
「あれはやめとき。まだ、命が惜しい歳やろ」
「あんたも大概だね」

 柳眉がバネ仕掛けの勢いで跳ねた。
 金が要らない人間は居ない。
 お宝を盗まれてあたふたとする貴族の姿は、最高の見せ物だ。
 常日頃、勇気だのと名誉だのと言っている奴らが、その時だけは、算盤片手に頭を抱える商人と変わらない本性を晒す。
 逆に言えば、色々な意味で金に変えられない物には、手を出す気は無い。
 気になったのは、ロケットの中に一瞬覗いた肖像画だ。見た事も無い技法で描かれていた。

「あれは、何の系統の魔法で描いてあるんだろうね。風?水?」




 ドス黒く濁った夜が明け、嘘寒い夜が過ぎ、ギーシュは漸く、夜明けには太陽が昇るのだ、と言う簡単な事実を思い出した。
 瞼を貫く朝日に感謝したのは、登山の最中に滑落し、遭難して以来の経験だ。
 冒険の旅には準備が欠かせない。だが、生憎、ギーシュが用意出来るのは、我が身一つでしか無かった。
 酒、食べ物、女の子へのプレゼントと、手元に残らない物ばかりで乱費を繰り返した少年は、奇天烈なデザインの衣服以外に大した物を持ってはいなかったし、先日の一件、男子寮塔は無傷では済まされなかった。
 簡単な身繕いを済ませると、ギーシュは勇躍、床に転がる数人の紳士を飛び越え、石造りの塔を後にした。
 夏の禍々しい陽射しも、感激に胸を膨らませた少年には、心地よい物だった。
 忠誠と憧憬の対象であったアンリエッタ王女は、昨日以来、信仰の対象へと変わっていた。
 その王女が、トリステインの可憐な花が、薔薇の微笑みの君が、微笑みかけ、その運命を左右する重大な任務を授けてくれたのだ。
 最早、この世のいかなる苦難も、死ですらも、取るに足りないではないか。
 芝生に沈んだ長靴は、踵を上げる代わりに、口を閉ざして考え込んだ。
 気が利かない。気が回らない。思慮が足りないギーシュ・ド・グラモンとは言え、履き潰した長靴程度には、考える事も有る。
 美しい王女の為に死ぬ事が出来るのなら、この上無い名誉だろう。
 だが、今の自分には、そんな贅沢は許されない様に思えた。

「ミスタ・グラモン」

 背後からの呼びかけは、彼女が一人では無い事を教えてくれた。“飛翔の靴”を履いたメイド、シエスタの隣には、料理長のマルトーが控えている。
 眉を跳ね上げる表情筋の動きが、はっきりと分かった。
 シエスタにマルトーなら、異色の組み合わせと言う訳では無い。
 だが、小太りの料理人が浮かべる笑み、進んでこちらの足下に平伏す顔つきは、潔癖な少年貴族を満足させるよりも、寧ろ苛立たせる類の物だった。

「言われた通りに、物置小屋を開けておきました」
「ありがとう、シエスタ」
「空の野郎をとっちめよう、て言うんでしよう?ミスタ・グラモン」

 初老の境に踏み込みつつある平民は、“我等が風”と言う呼称を、三日前のどこかに忘れて来てしまった様だった。
 長年、魔法学院の料理人を勤め上げて来ただけあって、マルトーは強かだし頭もいい。
 夏季休暇と共に手に入る筈だった一時金を、約束相手ごとフイにしたのは誰か。
 帰省しない居残り組の食事は、大切な収入源だ。それをフイにしてくれたのは誰か。
 魔法学院の組織が一変される様な事があれば、料理長の地位が危ういかも知れない。誰のせいだ?
 それを、よく理解している。

「こうなったら、皆さんだけが頼りですからね。我々も及ばずながら、応援していますよ」

 その声はギーシュの耳に届かなかった。事によったら、目にも見えていないかも知れない。
 誰にでも、我慢出来ない物の一つや二つは有る物だ。

「ミスタ・コルベールの様子はどうだい?」
「魔法治療はもう終わって、今は何しろ人手が足りませんから、私達が交代で御世話しています」
「メイドの皆が、と言う事かな?とにかく、あの人の事は宜しく頼むよ。ミスタにもしもの事があったら、あの男に対抗する為の、重大な出がかりが無くなる」
「あの……本当に空さんが?」

 善良なメイドの少女は、未だに先日の出来事が理解出来ていない様だった。
 当然だろう。目にした自分でも、未だに信じられない程だ。
 皆さんだけ――――マルトーは図らずして真実を口にした。
 事態を正しく理解出来ているのは、武内空と接触があった自分達だけで、それは、風の王の魔手からこの世界を救い得るのは、自分達だけだ、と言う事も意味していた。

「ほら、シエスタ。ミスタ・グラモンをお送りして」

 二人が物置小屋へと向かったのは、見知らぬ誰かに促された為では無かった。
 正体不明の襲撃者により、魔法学院が一夜にして壊滅した。この事実をどう処理して良いのか分からなかった王政府は、禿上がった頭を学院ごと抱え込んでいる。
 貴族の子弟を永遠に拘禁しておく訳にはいかないにしても、方針が定まるまで、この事態を壊れた城壁の中に仕舞い込んでおくつもりなのだろう。
 粗末な物置小屋は粗方片付いていて、大きな木箱が積まれた陰には、大きな穴が口を開けて待っていた。
 我が愛する使い魔、ジャイアントモールのヴェルダンデは全く重宝だ。

「じゃあ、行って来る。後の三人が通ったら、元通りにしておいてくれ給え」
「あの。ギーシュ様で最後です」

 それは、意外な一言だった。

 魔法学院の物置小屋から伸びるモグラのトンネルは、坑道の快適さでギーシュを数十メイル先へと案内した。
 五分ぶりの太陽が目に突き刺さった。
 眼球の奥に軽い焼灼感を覚えて手を翳すと、おかしな色の樹の下に、おかしな服を着た亜人が二人、右に左に目を配っていた。

「遅いぞ、ギーシュ」
「すまない」

 自らも木陰に避難した時、緑色の影は黒に戻っていた。
 眼前に立つのは、着飾った亜人では無く、二人の友人。マリコルヌにレイナールだ。
 王女より密命を与えられたギーシュは、二人の親友を推挙した。絶対に信用のおける紳士達であるから、と。
 当初は困惑の顔を見せたアンリエッタは、結局二人の同行を許す事にした。
 本来なら、ギーシュは言い出さない。アンリエッタも応じない。共通した理由が、二人に節を曲げさせた。
 ルイズの様子は誰の目にも正常とは言い難く、王女にとってヴァリエール家の三女は掛け替えのない友人で、勇敢な貴族にとっては、この世界に迫る脅威へ対抗する唯一の光明だった。

「ルイズは?彼女はどうした?」
「彼女なら着替えている」

 レイナールは眼鏡を押さえた。小さな廃屋が、レンズの隅に透けて見えた。

「着替え?」
「宮廷とは麗しくも恐ろしい所だよ。あの蜘蛛の巣で、一人のレディが秘密を守るのは簡単な事じゃない。今度の密命だって、誰かの耳に入っているかも知れないだろう。盗み聞きを趣味とする変態紳士が、君だけだなんて、始祖だって保証出来っこないんだからね」
「人聞きの悪い言い方はやめてくれ給え!」

 ギーシュは憤慨した。
 四大系統は風の王を前に無力だった。ならば、ルイズの平たい体に眠ると言う“虚無”は、武内空を倒し得る、唯一の武器だ。
 その彼女にもしもの事が無い様、見守るのはトリステイン貴族の、いや、彼女と裏切り者の使い魔を知る者の、聖なる義務ではないか――――ギーシュの言葉には一切の下心も、邪念も無かったが、それだけに、あまりタチが良い物とも言えなかった。

「まあまあ。そこで、僕は考えた。姫殿下の密命は勿論、大事だ。何物に変えてでも成し遂げねばならない。
だが、同時に、あの風の王や、その手の者供から、ルイズを守る事だって、当然考えなくちゃいけない。そこで、彼女には僕が用意した衣裳に着替えて貰っている訳さ」
「なるほど。変装で敵の目を欺くのだな」
「あの男はどうにもならないだろうが、手下には有効だろう」

 感心する代わりに転がり落ちた吐息は、砂利の重さを帯びていた。
 当のレイナールも、気楽なギーシュも、それが一つの前提を必要としている事を知っていた。
 その手下が、トリステインの貴族で無ければ。
 王国の貴族に、あの邪悪なレコンキスタの浸透分子が紛れている。そんな噂は学生の耳にさえ、時折飛び込んで来る。
 嘆かわしい話だが、反逆者の手先が居るなら、侵略者の手先が居た所で、不思議とするに足りないだろう。
 マリコルヌが捻り出した息は、その体躯に相応しい重さを備えていた。

「し……彼は本当に裏切ったのだろうか?」

 眼鏡の奥に光る瞳には、蔑みよりも憐みが灯っていた。
 ギーシュはどこを見て良いのか分からない様子で、首を左右した。
 マリコルヌ。必ずしも善良とは言えないが、比較的愚かな友人の感想は、二人の頭のどこかに繋がった物だった。

「だって、僕らはあれだけ巧くやっていたし、その、旅行だって楽しかったし、先に手を下したのは、学院側だって言う話だろう。何かの行き違いがあって、まだ話し合う事も出来るんじゃないか、て。そう思うのはおかしな事なのだろうか?」
「僕らと、あの男は全く違う存在だ。違う物を同じ様に扱おうとすれば、間違いが起きる物だよ」
「でも……」
「こんな話を知っているかい?」

 眼鏡のレイナールが割って入った。
 とある、樵村で起きた出来事だ。
 木の伐採を巡って、翼人との衝突が発生した。このままでは木材で生活している村は乾涸らびてしまう。
 領主に騎士の派遣を要求するも、梨の礫。
 村人達は遂に翼人との決戦を決意する。
 そこに、一人の若者が割って入った。怪我をした所、翼人の牝に治療を受け、情が移った男だ。
 彼は訴えた。
 翼人とは分かり合える。
 話し合いで解決すべきだ。
 大体、悪いのは後からやって来て勝手に村を作った人間ではないか。

「おかしな言い分だな。自分が人間では無いつもりか?」
「まあまあ。だが、翼人は先住を操る手強い相手だ。平民が束になっても敵わない。結局、なんやかんやの経緯の末、彼等は若者の言う通り、和解を選んだ。若者は件の翼人と結ばれ、彼等は翼人と協力して暮らしてゆく事になったんだ」
「美しい話じゃないか」
「ここで終わっていればね」
「終わらなかったのかい?」

 脂肪が不安気に揺れた。

「ある意味、終わったよ」
「どう言う事だ?」
「一月後、その村は無くなった」

 肉付きの良い喉が、硬い息を飲み込んだ。何が有ったかは、聞く必要が無かった。
 お人好しで、何よりも恋愛沙汰に興味を示す少年の顔は、能面の様に凍り付いた。

「まあ、ただの噂だよ」
「噂だって?」
「だって、そうだろう。本当に村が全滅したなら、誰がこの話を伝えるんだ?大方、廃村で翼人を見た、と言う話に尾鰭が付いたのだろうな」
「驚かせるなよ」
「まあ、事の真偽はともあれ、自分と違った存在を、自分の尺度で測るのは危険だと言う事だ。物事の順逆を間違えるのは更に拙い。犬公爵の話は君らだって知っているだろう?」
「ああ。あのバカ殿様だろう」

 子宝に恵まれなかった公爵は、犬を着飾らせ、領民達を平伏させた。
 やがて、犬を傷付けた者を罰する法令を出した。
 ついには生物一切の殺生を禁じ、背いた者を次々と処刑した。
 人間と動物、どちらが大切か。そんな簡単な問題に正しく答えられなかった公爵は、半年後には領民達の手により吊され、領地は暴動に乗じた隣国に併呑されたのだ。
 この事件と、公爵お気に入りの愛妾、隣国出身の新教徒が常々、動物愛護と平和と平等とを語っていた事実は、恐らく、何の関係も無いのだろう。

「さっきの話もそうだ。もし、話し合いを主張していた例の若者が、翼人なんかよりも先に、仲間と話し合う事を考えていたら、もう少し違った結末が有っただろうにね」
「噂だろう」
「噂だ。でも、ついこの前まで誰かが住んでいた筈の村で、翼人だけが目撃されたのは、多分事実なんだろうな」
「ああ、ああ。全く。嫌な話だ」
「優先順位をはっきりさせよう。僕らにとって一番大切なのは、我が王国と、領民達だ。異世界から来た、て言う訳の判らない男と仲良くする事じゃない」

 薄い戸板が小さな軋みを吐き出し、紳士達の会話を中断した。
 空気を読む事を大の得意とする二人の紳士から、声が失せた。
 戸惑いと恥じらいとを含んだ、薄桃色の空気が、少年達を局所的に緊張させた。

「……あの……この服……」

 躊躇いがちに囁く声と、二人が首を巡らせるのは、ほぼ同時だった。

「……こ、これは、そのー……問題があるのではないかね?」
「レイナール。君は“神”か?」
「賤しい、始祖の下僕さ」

 掌の陰で、眼鏡が光った。
 ギーシュは唸りを上げた。賤しい始祖の下僕が用意した衣裳は、明らかに始祖の教えに背く、倒錯的な物だったが、だから言って責める気には到底なれなかった。
 ルイズは恥ずかしそうに身を捻った。
 こいつは誰だ?
 心の中で、ギーシュ・ド・グラモンそっくりな声が言った。
 羞恥に頬を染め、睫を伏せるルイズ・ド・ラ・ヴァリエールと言う生物がこの世に存在するなど、昨日までは想像もつかなかった事だ。
 ゆっくりと流れる時は、ローションの粘度を帯びていた。
 鬚の生えた鼻先が足下に覗いた時も、一同は無言だった。
 レイナールはただ一人、始祖が自身に許した才能に泥酔した様子で、しきりに眼鏡を押さえていた。
 土塊が大人しい仕草で弾けると、巨大なモグラが顔を出した。
 ギーシュの使い魔ヴェルダンデは、苦手な筈の太陽に怯む様子も見せず、しきりに鼻をひくつかせた。

「ああ。ヴェルダンデ。僕の可愛いヴェルダンデ。こんな物を見てはいけないよ。きっと、僕の友人はサハラの悪魔にあらぬ事を吹き込まれたに違い無いんだ。何しろ、夏だからね」
「こんな物?ここ、こんな物ですって。一体、どう言う意味?どう言う意味よ!私だってね、好き好んでこんな格好してるんじゃないんだからね!」
「まあまあ、待ちたまえ。言葉遣いに気を付けないと、変装が台無しだ。今の君は公爵家の令嬢ではなくてだね……」

 ヴェルダンデは身を震わせて、体表の土を払った。
 公爵家の令嬢では無い、どこかの誰かの柔らかい下腹に、鼻先が突き立てられた。

「ちょ……」

 悲鳴は上がらなかった。地中を馬と変わらない速度で進める巨大モグラは、電光石火、ルイズを押し倒し、ほっそりとした肢体にのしかかった。
 すぐ後に居たレイナールは、紳士らしい俊敏さを以て身をかわした。犠牲者が令嬢では無い以上、少年貴族が責められる謂われは何一つ無かった。

「や!ちょっと!どこ触ってるのよ!」

 モグラの鼻先が、柔らかい肢体を突き回した。
 白いシャツが捲れ上がり、滑らかなお腹が露わになった時、三人の少年は、手助けが必要だと考えた。
 勿論、実行には移さない。使い魔のモグラが何を求めているかはよく分からなかったし、なにより自分達が手を出せばさすがに犯罪だ。
 こう言う時は、事のなり行きを見守るにしくは無い。

「或る意味、官能的な光景だなあ。ギーシュ。君こそ、“神”ではないのか?」
「単なる始祖の下僕だ。だけど、ヴェルダンデには神の啓が宿ったと見えるね。ああ、可愛いヴェルダンデ。君は最高のパートナーだ」
「バカな事言ってないで助けなさいよ!こら!無礼なモグラね!姫様からいただいた指輪をどうする気!」

 内心で手を打ちながら、ギーシュの手は顎に当てられたままだった。
 なるほど、指輪か。ヴェルダンデは宝石が大好きだ。勿論、人が身に着けている物には手を出さない様、躾けてある。
 白魚の指を飾る宝石は、世界一賢い使い魔に、その躾を忘れさせてしまう程の代物なのだろう。
 さて、どうしよう。
 眼下でルイズとモグラが絡み合う。白いシャツがはだける度に、チラチラと白い素肌が覗く。
 ヴェルダンデの意図を伝えて、友人を助けてやるべきか、それとも我が使い魔に降りた神の啓示を尊重するべきか。
 友か、神か。ギーシュが少年らしい実直さで頭を悩ましている時、風が蠢いた。
 一陣の突風が、棍棒となってジャイアントモールを弾き飛ばした。
 緩んだ目尻に、緊張の筋が通ると、三人は一斉に散った。
 杖を抜き放ち、魔法を唱える一連の動きは反射的な物だ。

「待ち給え。僕は敵では無い」

 聞き覚えの有る声が、造花の花弁を飛ばそうとするギーシュを思い止まらせた。
 朝靄の中から降り立つ人影に、一同は息を漏らす。
 悪夢の一夜を経験した貴族達は、揃って風には過敏になっていた。

「驚かせないで下さい。それに、僕の大切な使い魔に対して、あまりに乱暴ではありませんか」
「人が襲われている様だったのでね。君達こそ、何をしていたんだね。紳士が三人も揃いながら、見て見ぬフリかね」
「紳士だからこそです」
「なあ、諸君。この紳士と、知り合いなのか?」

 一人、会話から取り残されたレイナールが、二人に紹介を促した。

「ああ。以前、旅行中に知り合ってね」
「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長ワルド子爵だ」

 レイナールは瞳の色を変えた。女王陛下の魔法衛士と言えば、王国中の若い貴族の憧れだ。
 文弱と見なされがちな、眼鏡の少年とて例外では無い。
 一方、別の意味で顔色を変えたルイズは、慌てて顔を逸らす。
 嘘でしょう。
 聞いていない。
 どう言う事?
 頭の中で、似たり寄ったりの言葉が、ぐるぐると渦を巻いた。
 まさか、ワルド子爵が、許嫁か、幼い初恋の相手が、同行するなど聞いていない。
 そう知っていれば、こんな変装など、決して受け容れなかった物を。

「所で諸君。肝心の人物が見当たらない様だが」
「我々の使命は危険な物で、赴くは血で血を洗う戦地です。姫殿下はお優しい方。心からの信用をおける人物を必要とされてはいましたが、同時にそんな相手を死地へと送る事に心を痛められたのでしょう。
結局、ラ・ヴァリエール嬢が推挙する人物を遣わされる事になされたのです」

 予め用意され、冷え切った言葉を前に、ワルドは内心で首を傾げた。
 そんな話は聞いていないし、不自然が過ぎる。
 何より、事の真贋によらず、自身の計画が始まる前から狂う事は、愉快な話では無かった。
 レイナールは態とらしく眼鏡を押さえた。唾液が石の感触で胃に落ちた。
 相手が相手だ。決して生粋の正直者では無いが、虚構と現実とを切り分けて生きて来た少年にとって、魔法衛士隊隊長と言う権威を前に嘘を通すのは、極めて神経に堪える事だった。

「あ、あの……!」

 猜疑の眼に、レイナールが言葉を接ごうとした時、ルイズが動いた。
 正体を隠し通す事について、許嫁を前にした少女は、誰よりも切実だった。

「は、初めまして!……宜しくお願いします。ワルド子爵!……」

 二つの碧眼から、猜疑の色が抜け落ちた。 
 無意識に漏れた吐息の中には、あるだけの思考力が溶けていた。
 一見簡素ながらも、品の良い衣服が、子鹿の曲線を包んでいる。
 ピンクブロンドの向こうに、薔薇色の頬と、熱を帯びた項が覗く。
 頬を染めて目を逸らすのは、花も恥じらう美少年。

「姫殿下から護衛を仰せつかっている。こ、こちらこそ宜しく頼む」

 体のどこかから、上擦った声が漏れた。
 魔法衛士の胸中に開いた世界扉は、見た事も無い世界に繋がっていた。


 ――――To be continued


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