あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロのエルクゥ - 21


「そっか……ごめんな、楓ちゃん。辛い思いをさせた」
「いえ……構いません」
「助けられてばっかりか……一年前も、今も」
「私も……耕一さんに、ずっと助けられていますから」
「そうかな。俺は、こっちが助けられてばっかりに感じるよ」
「いいえ……耕一さんがいなければ、私は……」
「楓ちゃん……」
「耕一さん……」

 タバサの『錬金』で作られた簡単なポンチョのようなもので、変身から解けた裸身を包んでいる耕一に、楓は常に寄り添っていた。
 1ヶ月ぶりの、もしかしたら二度と会えないかもしれないとまで思い詰めた状況で果たされた再会に、恋人達の交わしあう視線は、その熱を下げる事がまったくない。

「やれやれ。『男を腹の上で泣かせられれば一人前の女だ』、とは言うけどねぇ……身を引くと公言しといてなんだけど、あれだけ見せ付けられるとちょっと妬けちゃうわ」

 風の妖精の名を冠した竜が空を駆けるその背で、その二人から少し離れて一人ごちるのは、赤い髪を緩やかな風に流すキュルケ。

「…………」

 その傍で愚痴を聞かされているポジションのタバサは、しかしキュルケの言葉には反応を示さず、じっと眼下に広がる戦場跡を眺め続けている。
 エルクゥが蹂躙してきた道。静寂を取り戻した岬へと続く街道は、血の海に沈んでいた。

「……すごいものね。これ全部コーイチがやったのかしら」
「……恐らくは」

 風竜の背より垣間見た黒き鬼の姿を思い出して、タバサは自らの体が自然と震えを訴え出すのを自覚した。
 あれなら、この凄惨な光景を作り出す事が可能だ。一見トロール鬼より小柄なあの体躯には、その万倍もの力が煮えたぎっていた事を、タバサは感じとっていた。

「……サイト」

 自らの二の腕を抱きすくめながら呟くと、震えは止まってくれた。
 弱くなった。そう思うと同時に……気が安らいでもいる。
 彼に出会うまでの自分ならば、黒き鬼の力を心底羨ましいと感じ、何とか手に入れ、利用しようとしたであろう。
 復讐の誓いは変わらない。今も変わらないが……タバサはその先を、全てを投げ打って仇を討つつもりで今まで考えもしなかった、復讐を果たしたその後の事を、考えるようになっていた。
 悪魔の力でも何でも、強い力ならば渇望して止まないはずだったのに、今は……死を、死に繋がる強大な力を、恐れるようになっていた。

「タバサ」
「……?」

 ぽん、と頭に乗せられる手。
 寒々しい蒼の髪を通してもほんのりと暖かい、『雪風』の友人である『微熱』の手。

「それでいいのよ。そう思うわ、私は」
「…………」

 主語の省かれた言葉にタバサは何も言わず、髪の毛をくしゃくしゃにされるに任せていた。

「見えてきたわね」

 キュルケが前方を見やって呟いた。
 その先には、先の細い岬の突端に立つ堅城、ニューカッスル城の姿があった。

§

「つ、疲れたのね。おなかすいたのねー……」

 ホントの本気の全速力で数時間飛び続けさせられた風韻竜の幼生は、その背に乗せていた4人の人間が城に入っていくのを見やってポツリと漏らし、ぐでーんとうなだれた。
 普通に飛ぶのなら一日でも二日でも飛んでいられるが、全速力となれば四半日が限界だ。ちょうど人間が、歩くのならば数時間でも歩いていられるが、全力で走れば一分と経たず息が切れるのと同じように。
 それでなくては間に合わなかった用事だというのは理解していたし、まともに進めば一日二日かかる道程を四半日弱で踏破した事は誉められてしかるべきだったが、人間でも竜でも、疲れた頭というのはろくな判断を下さないものだった。

「お肉たくさんもらわないと割りに合わない! 帰ったら思いっきり食べさせてもらうのね! いやいっそここで食べさせるのね! きゅいきゅい!」

 じたばたしてみても、周囲には誰もおらず、ただ雲海から吹きつける風が通り抜けるばかりだった。

「……空しいのね」

 ひとしきり暴れると、シルフィードはぐったりと地面に顎をつけた。

「それにしてもあの男の子、やっぱりすごく怖い子だったわ。シルフィの目に狂いはなかったのね」

 彼―――コーイチという男が召喚された時から、シルフィードは主人に口を酸っぱくして『あれは危険なのね。近づかない方がいいのね』と言い続けていた。
 先程あの黒い鬼の姿を見て、それは確信に変わった。オーク鬼ぐらいのちびすけの癖に、韻竜の成体をも脅かす力を持っている異形だ。あんな生き物、見たことも聞いたこともない。

「……でも、悪い人じゃないみたい?」

 しかし、あれを支配していたのは、通常のオーク鬼やそれに類する亜人が持つような、破壊の欲求、暴行の快楽ではなく―――人間のような怒りだった。
 出力こそ、人には辿り着けぬ境地の憤怒と言って差し支えないそれはしかし、凡百の亜人どものような醜いものではない、何か大切なものを踏みにじられた時のような、熱い熱い感情だった。

「まあ細かい事はいいのね。お兄さまがいない間は、このシルフィがお姉さまを守るのね! 危険じゃないっていうのはいい事ね!」

 幼竜の疲れ果てた頭脳は、そこで考える事を放棄した。
 わたし、わたし今良い事言った! とカメラ目線でカッコつけようとポーズをとった、その時。

 ぐぅ~……

 存外に大きな、太鼓を響かせるような重低音が響き渡り。

「おなかすいた……」

 シルフィードは、先程の決意も何処へやら、ぺたりとその場に伏せってしまったのだった。

§

「ルイズ……」
「ルイズちゃん……」

 城の一室のベッドに横たわるルイズに、キュルケと耕一は沈痛な顔で名を呼んだ。
 反応はなく、ルイズは静かな呼吸音と共に胸を上下させている。

「この人が……耕一さんの」
「ああ。まあ……ご主人様、という事になるのかな。ウェールズ皇太子を庇って、裏切り者に刺されてね」
「……まったく、ゼロのルイズの癖にでしゃばっちゃって」

 キュルケの軽口も、眉が下がって瞳が潤んでいては、ただの強がりだった。

「傷は塞がり、何とか命は繋いでいますが、目を覚ましません。血が流れすぎてしまったのかも……数日治療を続ければ峠は越えると思うのですが、現状でこれ以上の治療は、スクウェアの水メイジでもないと……」

 水のラインであるらしい女性のメイジが説明するのを、4人は言葉なく聞いていた。
 ウェールズが精鋭のメイジを率いて敵の本陣に奇襲を掛けに出て行き、城内に残っていたのは、ルイズの治療に当たった水のメイジ達と、最低限の守りとしての風や土のメイジが十数人だけであった。
 『数日の治療』が出来る可能性は、全滅を覚悟していた彼女らにとっては、いまだ望めるものではないのだろう。その声に、希望は感じられなかった。

「血、か……」

 自らの右手を見つめながら、耕一がぽつりと呟く。

「耕一さん……」
「大丈夫。そんな事するつもりはないよ。思い出してただけさ」

 かつて、自らの命を救い……そして、後に続く柏木の悲劇の幕開けとなった出来事。
 それを思い出し、耕一は頭を振った。

「思わせぶりね。何かルイズを助ける方法でもあるの?」
「…………命だけなら。ある意味、命を奪うよりも酷い事だから、やるつもりはないけど」
「……参考までに、聞かせてもらえる?」

 耕一は俯き、開いていた掌を、ぐっと握り拳にした。

「俺達の血を与えて、エルクゥにする。エルクゥの肉体回復力は人間より遥かに強いから、腹を貫かれた程度なら、問題なく治るはずだ」
「……そんな事が出来るの?」
「ああ。何せ……正確には違うけど、俺自身がそうやって楓ちゃんに命を助けられた人間だからね」
「…………」

 楓が俯いてしまい、タバサが耕一の顔をじっと見つめた。
 正確には二人の前世であるが、説明してもしょうがない事だと省いた。今や前世の記憶を自らの物としている二人には、まさに自分の事でもあるのだし。

「ふぅん……で、それのどこが酷い事なの? まあ、亜人になっちゃうなんて、確かに微妙な気分だけれど……人間より遥かに強い体になるんだから、いい事でもあるんじゃないの?」

 キュルケの言葉に、耕一を見つめていたタバサの瞳が、微かに伏せられた。

「……エルクゥは、ただ体が強いだけじゃないんだよ」

 淡々と、耕一は続ける。

「エルクゥには、人の命をろうそくの炎のようにして見る事が出来る。そして……それが燃え尽きる瞬間に一際大きく燃え上がるのを、何よりも好む習性があるのさ」

 それも、自らの手で『燃え尽きさせる』事をね。
 そう続けながら、ぽんと楓の頭に手を乗せ、耕一は微笑んだ。

「それって、つまり……」
「そう……人殺しを楽しむ鬼になってしまう。食うためでもなく、生き残るためでもなく、ただ殺すために殺す。そんな化け物に」
「…………」
「雌のエルクゥはそこまで強い衝動じゃないが、雄のエルクゥは……力を制御できずに殺人衝動に負けてしまえば、本当に、人類を殺し尽くすまで止まらない化け物に成り果てる可能性がある」
「……ルイズは女だから、大丈夫なんじゃないの?」
「産まれてくる子供が、相手が人間でも、エルクゥとして産まれてしまうんだ。それは……子供を産まないか、殺人鬼になってしまった自分の子を殺さなければならない、という事になる」

 なるほど、女として、それは悲劇以外の何者でもなかった。
 そして、耕一の口振りからして、それは決して低い確率ではなく……むしろ、制御できる方が珍しいのだと、キュルケもタバサも気付いた。

「……わかったわ。変な事聞いてごめんなさい」
「いいさ。もうあの姿を見られてるわけだし、話したくなかったら話さないだけだから」

 耕一の微笑みが本当に吹っ切れているものだと判断したキュルケは、一つお辞儀をして、寝ているままのルイズに向き直った。

「変な話になったけど、結局、ルイズはこのまま治療を続けるしかないって事なのね」
「あの、実を言うと、それは難し……っ!?」

 少し離れて話を聞いていた女性メイジが口を開いた瞬間、がくん、とベッドが軋む音がした。

「ごほっ! がふっ! あ、うううっ!」
「ルイズ!? ルイズ!!」

 それまで静かな呼吸以外の運動をしていなかったルイズが突然体を折り、激しく咳き込み始める。
 咳には血が混じり、白いベッドのシーツに赤い斑点を刻み込んだ。

「いけない! くっ!」

 女性メイジが慌てて杖を取り出して呪文を唱えると、ルイズが淡い薄青色の光に包まれる。
 血の咳は止まったものの、その顔には珠のような汗が浮かび、苦しげに喉を鳴らしていた。

「血を吐いてる……内臓の修復が完全じゃなかったの? う、だめ、私だけの力じゃ……!」
「誰か人を呼んでくるわ!」
「いえ……もうトライアングルの方々は精神力を使い果たしてしまっていて……私のようなラインやドットでは、体の中の傷は、熱や血を止めるのが精一杯で……!」
「く……!」

 キュルケが歯噛みして、苦しげな息を吐くルイズを見つめる。
 タバサも杖をかざして詠唱を始めるが、『水』が専門ではない彼女の治癒ではドットレベルに等しく、焼け石に水のようだった。

「…………く」
「……?」

 その様子を不安げに見つめていた楓が、耕一の異変に気付いた。
 左手の使い魔のルーンが強く明滅し……何かに耐えるように、歯を食いしばっていた。

「―――耕一さん!?」

 そっとその手を取り……その冷たさに、思わず声をあげてしまった。
 いや、体温が冷たいわけではなかった。金属の刃を背中に押し当てられたような、そんな怜悧なイメージが脳裏に走ったのだった。
 それは、あの―――さっきまで耕一が変身していたエルクゥに感じたものと、同じ。

「ダメだと、わかってる……あんな事は絶対に繰り返しちゃいけない。わかってるのにっ……死ぬより辛い事だって、俺はわかってるはずなのに、なんでっ……!」
「コーイチ!?」
「……っ!」

 ぎり、と耕一の握り込まれた左手の骨が軋み……その内から、爪で掌を突き破ったらしい血が流れ落ちる。
 ルーンの光が強くなり、無理矢理糸で吊っているかのようにゆっくりと、その腕が上がっていく。

「なんで、死なせるよりマシだなんて思っちまうんだっ!!」

 ぽたり、ぽたり、と拳から滴る血が、シーツから、ルイズの顔の横を汚していき―――。

「耕一さんっ!!!」


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