あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

もう一人の『左手』-30


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「これはこれは、お初にお目にかかります殿下、オリヴァー・クロムウェルと申します」
「ウェールズ・テューダーだ。大司教、一度あなたとはゆっくり話がしたいと思っていたよ」

 貴族派空軍旗艦『レキシントン』の艦橋で、にこやかに挨拶を交し合う二人の男。
 金髪碧眼の皇太子は、敵艦斬り込み隊の中でも、特に腕利きな六人のメイジをその背に従え、艦橋に入室した。
 だが、勝者の代表を待ち受けていた、僧衣と僧帽に身を固めた黒づくめの男に、敗軍の将たる悲壮感はカケラもない。
 男は、白面の貴公子を慇懃な態度で出迎え、室内にしつらえられた豪華なテーブルまで、自ら案内する。しかし、そこに卑屈さはなかった。その所作はあくまで『客』をもてなす作法の範疇を出ないものだったからだ。その瞳に宿る蛇のような眼光を除けばだが。
 当然、王党派のメイジたちは、男の慇懃無礼な態度に鼻白んだが、肝心の若き王子は、そんなことなど全く意に介さぬといった自然な鷹揚さで応え、彼に請われるままに席に着いた。
 まるで互いに面識のない親戚同士が、冠婚葬祭のイベントで初めて会った時のような、なごやかな雰囲気であるが、……これから行われる会談は、当然そんな空気通りのものでは在り得ない。

 かたや、王党派を担う白面の貴公子。アルビオン王国王立空軍大将にして本国艦隊司令長官ウェールズ・テューダー皇太子。
 かたや、蛇の眼を持つ貴族派の首魁。アルビオン貴族派連合軍総司令官にしてレコン・キスタ貴族院議長オリヴァー・クロムウェル大司教。
 アルビオン一国を揺るがせた大乱は、いまや最終段階に移ろうとしていた。


 紫紺の軍服に身を包んだウェールズを、背後から見つめるワルドの胸中は複雑だった。
 彼自身、ウェールズに侍る六人の代表交渉団の一人として、この『レキシントン』の艦橋にいるわけだが、それは何もワルド自身の、メイジとしての実力を買われたというだけが理由ではない。
 今でこそウェールズの下に身を寄せているが、彼は、もともと王党派でも貴族派でもない。トリステインに領土と爵位を持つ、歴とした異邦人なのだ。
つまり、感情に囚われる事無く、今回の停戦交渉を客観的な視野で見る事が出来る、唯一の第三国出身者というべき存在と言える。
――無論、ワルドをそういう眼で見ている王党派の者たちは、彼が故国の中でも、高等法院長リッシュモンと並ぶ『レコン・キスタ』の大幹部である事実を知らない。
 まあ、経緯はともかく、ワルドは今、ウェールズと共にある。
 そして彼はクロムウェルが、フーケとともにいた自分の『偏在』に、あらためて皇太子暗殺の指令を出した事を知っていた。

 もともと、今回のアルビオン出張に於いて、ワルドには三つの目的があった。
 一つ目は、ルイズ・フランソワーズの篭絡。
 二つ目は、“手紙”の入手。
 そして三つ目こそが、王党派の指導者たるウェールズの首級だった。つまり、いまさら言われるまでもなくワルドには、ウェールズの殺害命令がすでに出ていた事になる。
 忘れていたつもりはなかった。
 確実に始末できるように、それでいて、下手人が自分であると目星を付けられぬように、機会を待っているはずだった。いまが戦時中である以上、そのチャンスは程なく訪れるであろう。そう思いつつ。
 そして、これまでチャンスは幾たびか在った。――確実に。
 ニューカッスル城塞の、人気も寂しい地下の居住区。
 いつ流れ弾が飛んでくるかも知れない『イーグル』号の甲板。
 そして先程。艦隊戦の真っ只中を“フライ”で飛んだ、その移動中。
 だが、結果から言えば――ワルドの杖が、ウェールズに向けられる事はなかった。
(何故だ……?)
 我ながら、不思議に思う。――いや、それも嘘だ。
 本当はワルドも理解している。認めたくないというだけで、意識の底では、機会に恵まれながらも暗殺を実行できぬ自分の心理を、理解している。
(俺は――おそらくウェールズを殺したくないのだ……!!)


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 そもそも、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドが、王家を裏切り貴族派に組したのは、世界と社会に対する復讐心からであるが、そういう意味では、始祖から与えられた王権を否定する『レコン・キスタ』は、格好の集団だった。
 無能なる王家を廃し、有能な貴族たちによる“議会”が国家を運営する共和政。だが、その首領たるクロムウェルに対し、ワルドは懐疑的――もっとハッキリ言えば否定的だった。
……まあ、目的達成のためなら手段を問わぬ彼のやり口を、名誉と誇りを重んじる貴族たちが白眼視するは当然とも言えるが、そういう貴族の価値観にとらわれぬ男ならばこそ、諸侯や太守どもが、神輿として担ぎ上げたのだということも、ワルドには分かる。
そして、クロムウェルとて、ただ担がれているだけの傀儡ではない。
一癖も二癖もある、油断のならない蛇のような男だという事は、ワルドとて知っている。
――だが、彼は所詮、それ以上の男ではない。

『レコン・キスタ』は国境の枠を越えた組織であり、その目的は、王権否定思想によってハルケギニアの列国を、すべて議会制共和主義に塗り替えさせることだ。断じてアルビオンの転覆にとどまるものであってはならない。
 特定の王家ではなく、真に優秀な貴族が、門閥に囚われずに、能力に相応しい地位と権限を得る政治体制。貧乏貴族の末っ子でさえ、天稟に恵まれたなら、一国の主席となれる国家運営システム。
そして、今後のアルビオンは、その理想実現のための雛型とならねばならないのだ。
だが、そのための手腕が、首領クロムウェルにあるかと問われれば、『レコン・キスタ』の全ての構成員が、一様に首をひねらざるを得ないだろう。

これから『レコン・キスタ』が、アルビオンで行うべきは“革命”であり、単に為政者の首がすげ変わるだけのクーデターであってはならない。断じてならない。
王権を否定するということは、単に暴君ジェームズ個人を否定するにとどまってはならない。王家による専制君主制という、これまでの国家体制すべてを否定せねばならない。そのためには、旧体制に代わる、全く新しい国家観を標榜する必要がある。
 そうでなければ、アルビオンで燃え上がった王権否定の波を他国に波及させる事など出来はしない。ただ軍事力のみを頼りに勢力を伸張させても、そこそこ人は集まるだろう。だが、そんな勝ち馬の尻に乗っかるだけの連中が何人いようが、そこに意味は無いのだ。
 現に、この乱にしたところで、客観的に見れば『レコン・キスタ』はジェームズの失政を利用しただけで、貴族派の参加諸侯の大半は、王権否定に大義があるとは思ってもいまい。王党派が万一巻き返せば、奴らは簡単にこっちを見限るだろう。

 ワルドはクロムウェルを見、そしてウェールズを見る。

 今後の『レコン・キスタ』に必要なのは、王権否定思想を、ハルケギニア全ての貴族たちにとっての“正義”に昇華させるための理論整備であり、その“正義”を主張するための、全く新しい国家改造論を実行する事なのだ。
それは無から有を創造するに近い行為とさえ言えるだろう。
そのためには、とてつもない才腕が要求されるはずだ。指導者だけではない。内政・外交・軍事・経済・流通・財政・教育、その他あらゆる方面に有能なる者を配さねばならない。これまで門閥によって排斥され、冷遇されてきた、有能なる貴族たちを。
 そうでなければ、所詮『レコン・キスタ』は、叛徒・逆賊・簒奪者の汚名に甘んじ続ける事になる。それこそ、ハルケギニアが存在する限り永久に。

だが――皮肉な事に、こと能力という一事に関して言えば、ウェールズ以上に有能な貴族を、ワルドは知らない。『レコン・キスタ』内部の話だけではない。トリステイン魔法衛士隊長ワルドが知る、ハルケギニア中のあらゆる貴族と比較しての話である。
純粋に人材としての資質という意味では、どう考えてもウェールズの方が、少なくとも、クロムウェルより二枚は上であろう。それは政治家としても、将軍としても、官僚としても――そして指導者としても、だ。
ニューカッスルで、ウェールズと寝食を共にするうちに、ワルドはますますそう思うようになった。
……だが、ウェールズは貴族派の人間ではない。
 彼は無能として排斥・否定されるべき、王家の人間なのだ。


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 ワルドは迷っていた。
(この男を、本当に殺してよいのか? 殺すべきなのか? 俺がこれからやろうとしている事は、これからのアルビオンのために、『レコン・キスタ』のために、本当に正しいのか!?)
 この才能溢れる若き貴公子が、『レコン・キスタ』最大の敵である事を承知しつつ、それでもワルドは、迷っていた。


――が、トリステインの青年貴族の葛藤をよそに、時間は事態を動かしつづける。 
 ウェールズの対面の椅子に、まったく悪びれた様子もなく、足を組みながら腰を降ろし、クロムウェルが口を開いた。まるで世間話のような、お気楽な口調で。
「早速ですが殿下、この停戦交渉を始めるに当たって、一つお願いを申し上げたいのですが」
「ああ、なんだい?」
「この協定に関する議論は、余人を交えず我らだけで話したいのですよ」


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 巨大な翼が作り出す、烈風のような風圧と、鼓膜に響く羽ばたき音。
 竜が舞い降りた。
 体長15メイルはある、シルフィードよりさらに一回り以上巨大なドラゴン。それも一匹ではない。同じサイズの大型爬虫類が五匹、彼らを取り囲むように、この場に降り立ったのだ。
 貴族派空軍を突如裏切った、竜騎士隊の風竜――密かに竜を操って裏切らせた人物が、ここにいる『ヴィンダールヴ』を名乗る男だとは、当の竜騎士本人でさえ知らない。
 そして、竜騎士が本来騎乗すべきはずの鞍には誰の姿もなかった。おそらくは、手綱に従わない竜を無理に従わせようとして、振り落とされてしまったのだろう。
 その頭を、黒革の上下に身を包んだ男に撫でられた一匹の竜は、気持ち良さげに、きゅいと鳴いた。
 その男――風見志郎は、眼前の風竜にヒラリと跨ると、ぽかんと口を開けて見ていたトリステイン魔法学院の少年少女たちを、悪戯っぽい視線を送る。
「さあ、君たちも乗るんだ」
 その、錆びた声で発された台詞と同時に、才人たち五人に、残りの竜も同じように頭を下げた。

 一体、何が起こっているのか、サッパリ分からない。
 才人も、ギーシュも、キュルケも、タバサも、事の成り行きに唖然とする他はない。この風見の言葉も、行動も、目的も、何もかもが彼らの想像の範疇を軽く凌駕していたからだ。

 タバサは周囲を見回した。
 青い長髪をなびかせた美女――シルフィードが、不安げに自分を見ている。
 眼だけで風見を示すと、シルフィードは首を小さく横に振り、主の背中に、そっとすがり付いた。
――このカザミは、やはり我々の知るカザミではない。この韻竜はそう言っている。
 自分たちには分からずとも、シルフィードの鋭敏な感覚には判別がつくのだろう。
 だが、問題はそこではない。
「待って」
 このカザミの狙いは何だ? わたしたちを一体どうしたいのだ?
「この風竜に乗って、一体どこへ行くの?」

 だが、風見志郎の言葉は、この場にいる全員の想像を絶したものだった。
 空を振り返ると、彼はこう言った。
「あの小船に、ルイズ・フランソワーズがいる」
 少年少女たちの――とりわけ、才人の表情が凍りついた。
「会いたいだろ?」


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 返事をするまでもない。
 才人は、そう言わんばかりの顔色で、眼前のドラゴンに駆け寄っていた。
 風竜は、獰猛で聞こえる竜種の中では比較的おとなしい種であるとはいえ、初見の人間に、あっさり鞍を許すほど生易しい幻獣ではない。それは知識・雑学とさえ呼べない、ハルケギニアの常識。
 だが、才人はまったく躊躇する事無く巨大なドラゴンによじ登り、鞍に腰掛け、あぶみに足を据え、手綱を握る。飼い馴らされた虎でさえ、主を食い殺す事もあるというのに、少年は全く竜を怖がる様子すらない。相変わらず、信じられないクソ度胸だ。
 反射的にタバサは叫んだ。
「待ちなさい、サイトっ!!」
 だが才人は止まらない。手綱を一打ちすると、彼を乗せた風竜は巨大な翼をはためかせ、周囲に暴風を巻き起こす。

「シルフィッッ!!」
 風と共に吹き荒れる土埃から目を庇いながら、タバサは杖を振りかざして“レビテーション”で、傍らの美女を宙に舞わせる。
「きゅいっっ!? お姉さまっ!?」
 だが、シルフィードがすとんと腰を落としたのは、なんと風竜に跨る才人の背後だった。
「タバサ?」
 キュルケとギーシュが、いきなりタバサが取った行動に奇異の目を向ける。才人自身も、驚いた表情をこちらに向けたが、タバサと視線が合うと力強く頷いた。自らの使い魔を才人の背に預けた少女の思惑を、その瞬間に理解したのだろう。
 二人を乗せたドラゴンが飛び立ったのは、それからすぐだった。

「やれやれ、よほど俺は信用されてないらしいな」
 だが、タバサの瞳は、そんな風見の独白など、まるで聞こえないかのような冷ややかなものだった。
「あなた、一体何者なの?」
 だが黒革の男は、苦笑いを浮かべつつ、答えない。
「答えられないの?」
 タバサの声に鋭さが増した。

 この空の向こうにルイズがいる。
 この男はそう言うが、その言葉が真実かどうか確認するすべは、今の自分たちにはない。あるとすれば、風見の導くままに竜に乗り、彼の言う『ルイズがいる小船』まで、のこのこついて行くしかない。
 しかし、眼前の男の正体が不明である以上、みすみす、そんな危険な真似は出来ない。
 その『小船』にルイズが本当にいるかどうか分からない。それどころか、空中でドラゴンが自分たちを振り落としにかかるかも知れない。本来その背にいた竜騎士を振り落としたように。
 この風見は、この場にいるドラゴンを五匹――どういう手段を用いたかは知らないが――自在に御し切っている。それは少なくとも間違いない。ならば、そのドラゴンに騎乗する危険性は圧倒的だ。
 才人には、身の危険を顧みずにルイズに会いに行かねばならない理由がある。
 だが、ルイズには悪いが、タバサは才人とは違う。特に親しかったわけでもない彼女のために、そこまで無鉄砲な真似は出来ない。
 しかし、我が身可愛さのために、級友を見捨てるほど薄情な彼女でもない。シルフィードを才人に同行させたのは、彼の万一の事態を考えての事だ。空を飛べない少年でも、あの韻竜が傍らにいれば、最悪、墜落死の憂き目を迎える可能性は、少しは減るだろうからだ。


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『ヴィンダールヴ』という言葉の意味は分からないが、それでも、この風見と行動を共にするならば、その前に自分は見極めねばならない。この男が、本当に味方であるのかどうかを。
 タバサは考える。
 この風見は、自分たちが知る風見と同一人物ではない。もし、この点で彼が嘘をついていたなら、論ずるまでもなく敵性人物と判断できただろう。だが、彼は嘘をつかなかった。それこそ騙すつもりならいくらでも騙せたはずなのに。
(なぜ?)
 理由は幾つか想像できる。だが、もし嘘をつく必要がなかった――自己紹介をする必要があったのなら、この男は少なくとも、自分たちが何者なのか承知している事になる。
(なぜ?)
 才人がすがり付いて再会の涙を流した時、この男は明らかな困惑の表情を浮かべていた。その態度が一変したのは、才人が名乗ってからだ。ということは、少なくとも自分たちの名と存在を、この風見は事前に知っていたと考えて間違いはない。
 だが、トリステイン魔法学院から、自分たちがルイズを追ってきた事を知っている者は、
タバサが知る限り、王党派にも貴族派にもいないはずだ。
 才人の言葉を信じるならば、ニューカッスルのルイズは、自分たちに気付いていたらしいが、それとて確かな根拠に基づく話ではない。
(どっちにしても、この男が、わたしの問いに何と答えるか、それで判断するしかない)

「おいおい、これでも俺は君たちの味方のつもりなんだがな」
 飄々とした口調とは裏腹に、風見の目は笑っていない。
 だが、笑わない少女といえば、それこそタバサの代名詞だ。彼女は視線以上の鋭い口調で、カザミを追及する。
「あなたがわたしたちの味方であるという証明は出来る?」
「さっき、オーク鬼から、命を救ってやったはずだ。まさか、それでも不十分だって言うのか?」
「その事に関しては礼を言う。でも、助けてくれたからといって、あなたが、わたしの質問に答えない理由にはならない」
 そこまで言われては、さすがに風見もムッとした表情を浮かべる。
 まあ、わざわざ命を助けてやった子供から、こんな生意気な口を利かれたら、誰だって気分を害するだろう。特にタバサは、顔といい、声といい、体格といい、実年齢以上に、自分が幼く見える事を知っている。
 だが、それでもタバサは、簡単にこの風見を信用する気になれない。
 それは、幾多の危機から彼女を救ってきた、タバサ独特の勘が、そう告げるのだ。

「もう一度訊く。あなたは何者なの?」

 数秒間の沈黙の後、風見は溜め息をついた。
 やれやれといった風に肩をすくめると、いつまでも頑なに警戒を解こうとしない少女に向かって、彼は口を開いた。
 それこそ、タバサの予想を遥か斜め上を行く、その台詞を。


「俺は、ロマリアから来た。お前らが“教皇”と呼ぶ男に依頼されて、この戦争の行く末を見届けるためにな。お前らを、ルイズ・フランソワーズのもとへ送ってやろうというのは、ただの親切だ。別に下心はない」 




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 ウェールズの背後に侍るメイジたちは、一瞬何を言われたか理解できなかった。
「……おい、何を言っとるんだ貴様は……?」
「お前、自分が白旗を揚げたことを忘れておるのか!?」
「敗軍の将が何をほざいておる!! 頭がおかしいのか貴様はっ!!」
 次々に声を荒げる王党派の貴族たち。
 だが、ウェールズは顔色一つ変えずに部下たちを振り返る。
「静まれ」
 そして、静かな眼差しをクロムウェルに向ける。
「分かるように言ってくれ大司教。どういうことだ?」
「簡単な話ですよ。私にせよ殿下にせよ、こういう小うるさい輩がいる前では、出来ない話も、何かとございますでしょう?」
 クロムウェルはそう言いながら、おのれの背後を顎で示した。

 そこには『レキシントン』艦長ヘンリー・ボーウッド、そして秘書のシェフィールド、そして艦の高級士官や、貴族派空軍の幕僚たちなどが居並んでいる。無論、彼らは王党派の手によって杖を奪われ、寸鉄一つ身に帯びぬ丸腰である事が確認されている。
 フーケの姿はすでにない。彼らは白旗の混乱に乗じて、武装解除を受け入れる前に、いずこへともなく姿を消していた。

「大司教、そなたが部下の前では命乞いがしづらいと言うなら、部下どもを好きに下がらせるがよい。だが私には、部下たちの前で出来ぬ話など何一つない。よって、人払いをするつもりはない」
 ウェールズの言葉は痛烈だった。彼の背後にいるメイジたちも、言葉の尻馬に乗ってクロムウェルを嘲笑う。ボーウッドを始めとする貴族派の軍人たちは、羞恥と屈辱に思わず俯いた。

「――と言いたいが、まあ、そなたの気持ちも分からぬでもない。汲んでやろう」

 楽しそうにウェールズはそう言うと、背後の部下たちに手を振った。
 王党派の者たちは一瞬、驚いた顔をする。
 まさか、ここへ来て、皇太子が本気でクロムウェルの要求に興味を示すとは思わなかったからだ。
 だがウェールズは、悪戯っぽい笑みを浮かべると、楽しそうに言葉を続ける。
「構わぬ、外で待つがいい。それとも『レコン・キスタ』の親玉と二人きりにさせるには、このウェールズではいささか心もとない。……そう言いたいのかな?」

 そう言われてしまえば、もはや彼らは、ウェールズの意思を翻させる言葉がないことを思い知るしかない。彼は冷静沈着な指揮官ではあるが、育ちや年齢相応に、一度言い出したら諫言など耳にしないワガママさを持ち合わせている事も、彼らは知っていたからだ。
 まあ、この部屋に罠や仕掛けの類いが無いことは、すでにディティクト・マジックで確認してある。それに、いかに敵の首領が相手とはいえ、杖を持たない――いや、そもそもメイジでさえない僧職あがりの男と、いまさら二人にする事を心配する必要もないだろう。
 なにせウェールズは、卓抜した将であると同時に、卓抜した戦士でさえあるのだから。
 いまさら身を案じる事さえ無礼に当たる――とまでは言わないが、それでも王党派のメイジたちは、ウェールズを信頼していた。この御方なら、まあ大丈夫だろう、と。
 結果――苦笑しつつも王党派の軍人たちは、艦橋から姿を消した。無論、シェフィールドを含む貴族派の関係者たちを、室内から追い立てながらだ。
 だが……、

「ああ、ワルド子爵、念のために君は残ってくれ。トリステイン貴族の君には、この場の証人となってもらいたい」

ワルドは、そのウェールズの台詞に唖然となった。
事ここに及んで、まさかクロムウェルの予想通りに自分が居残りを命じられるとは、思ってもいなかったからだ。
そして、……艦橋には誰もいなくなった。王党派のウェールズ、貴族派のクロムウェル、そして第三国の調停者――という名目で居残らされた――ワルド以外には。
「さて、それでは本題に入ろうか、大司教」
「はい、殿下」


「とりあえず殿下、貴方はこれからのアルビオンを、一体どうなさるおつもりですかな?」



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 開口一番、そう尋ねたクロムウェルの瞳に、爬虫類を思わせる光は宿ってはいない。
 そして、ウェールズも、敵将の真摯な眼光に呼応するように、人払いを命じたときの見下したような笑みは、口元から消えている。
「知れたこと。きさまら貴族派を即刻解体し、ふたたび我らが国土に王政復古の大号令を布く」
「国王ジェームズの暴政により、テューダー朝の権威は地に落ちた。それを承知の発言でございますかな?」
「乱の発端となった『万民税』は即刻撤廃し、父には退位を勧める」
「それだけですかな?」
「反乱軍に荷担した貴族には特別の恩赦として、大逆の罪一切を問わぬ事を約束する。いや、それだけではない。『万民税』実施後に廃絶された家門は、すべて旧領を安堵する事を約束しよう」
「それだけですかな……?」
 ウェールズは、そこで初めてクロムウェルに訝しげな視線を向ける。
 ここまで彼が挙げた条件は、乱を起こされた王党派としては、まさしく破格の条件だといってもいい。古来、勝者が敗者に罪を問わぬ戦など、あったであろうか?
 だが、クロムウェルは、まだ足りぬと言いたいらしい。
 ならば、この男は一体何が言いたいのだ?
 ウェールズの眉間に縦皺が寄るのも当然だろう。

「殿下、ひとたび失墜した王権を回復しようとするならば、その程度の処置は当然でございましょう。此度の乱には全アルビオンの八割の貴族が、我が軍に荷担したのですぞ。彼らの支持を取り戻すおつもりなら、陛下の政策を完全に否定するのは、むしろ必然の流れ」
「ならば聞いてやろう。言いたい事を言うがよい」

(ほう……)
 ワルドは、少々意外な心持で自らの首領を見る。
 謀略以外に取り得のない男と思っていたが、どうやら、ワルドは彼を見誤っていたらしい。少なくとも、こういう場でウェールズから話の主導権を奪取できる男であったとは、思ってもいなかった。
 ワルドは自らに課せられた暗殺指令を意識しながらも、クロムウェルという男が、ここで何を言うかで、ふたたび彼の器を量り直そうと思っていた。


「要は、ジェームズ陛下のごとき暗君一人で、たやすく混乱に陥る、我が国の国家体制そのものを問い直すべきだと、そう申し上げているのです」


 ウェールズは笑った。
「その手には乗らん。ここで貴様らの主張する『共和政』の話を持ち出すつもりなのだろうが、あいにく私は、貴様らが『無能』と否定する王家の人間だ。始祖から与えられし王権を自ら否定するような真似が出来ると思うか?」
「それは六千年もの昔の話でございましょう。一人の王が時代と共に代わるように、国家もまた、時代と共に移り変わっても不思議はあるまいと存知まする」
「仮にも大司教の地位まで上った聖職者が、始祖の権威を否定するというのか?」
「僧なればこそ知るのでございますよ。人の世を動かすのは神ならぬ人であるということを」
「もういいっ!!」
 ウェールズがテーブルを叩いて立ち上がった。
「言いたい事を言えと申した!! 言葉遊びはやめにして、さっさと本音を吐いたらどうだっ!!」


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「ならばハッキリ言いましょう」
 クロムウェルは卓上の紅茶を一口飲み、カップを静かに置いた。
「ウェールズ・テューダー皇太子に、我ら『レコン・キスタ』の指導者の地位に座って頂きたい」



 ウェールズは表情を変えなかった。
 むしろ、一切の表情は消えたと言っていい。クロムウェルの言葉を聞いて彼が何を思ったのか、それを窺う手立ては、もはやない。
 逆に、クロムウェルが畳み掛けるように卓上に乗り出す。

「此度の白旗で、我らが『レコン・キスタ』が敗北したなどと、賢明なる殿下が判断なさっておられぬ事は分かっております。私が合図をすれば、停戦中の我が軍五万は、この瞬間にでも殿下の手勢に牙を剥くでしょう」
――言われるまでもない。
 何のかんのとウェールズが、クロムウェルの要求をのんで人払いをしたのは、王党派の勝利など、貴族派の白旗一枚が演出した“状況”に過ぎないと理解していたからだ。
 クロムウェルがその気になれば、いつでも状況は転覆できる。それを分かっていたから、敢えてこの男と、二人になることを選択したのだ。
 無論、ウェールズとて、そんな紙一重の状況に甘んじているつもりはない。
 この停戦中に、貴族派に潜入させている間者を使って、『レコン・キスタを離反し、王家に帰参した貴族については一切の叛乱の罪を問わない』と、噂をばら撒いている。
 また、貴族派の中核を担う大諸侯たちの本陣に、直々に使者を送り、王家への帰参を説かせてもいる。
 これで少しは敵の士気を挫くことは出来るだろうが、……しかし所詮、あてには出来ない。今回の乱で、王家による専制君主体制そのものに疑問を抱いた貴族たちも、多く存在するからだ。

「貴方は分かっておられるはずです、ウェールズ殿下」
 クロムウェルは言う。
「いかに恩赦を施し、私の首を晒したとしても、貴族たちはもう昔には戻れない。彼らは、王などおらずとも国は存続できるという事実を知ってしまっている。王権を否定したところで、そんな自分たちを罰する事さえ出来ぬ王の姿を見てしまっている。そんな彼らに」
――貴方は、君臨する事が出来ますか?

「できる!!」
 ウェールズは叫ぶ。
 だが、クロムウェルは怯まない。
「なるほど、貴方なら出来るかも知れない。諸侯たちが頼れる藩屏などではなく、一朝事あらば、平然と王家に牙を剥く危険な存在であると知ってなお、彼らに君臨し、王権を再興する事が」
 クロムウェルの勢いは止まらない。
「ですが、貴方の子はいかがです? または貴方の孫は? 貴方と同じく王者として振舞えると思いますか? 貴族たちの影に怯え、ゆえなき大弾圧を開始せぬと、貴方は保障できますか!?」

「……」
 ウェールズはさすがに黙らざるを得なかった。
 彼は支配者階層独特の視野狭窄な人間ではない。ないからこそ分かるのだ。クロムウェルの言い分にも、理があるということが。
「テューダー家に、六千年の大政を奉還せよということか……?」

 クロムウェルはにやりと笑う。
「王家としてではなく、アルビオンの一貴族としてなら、殿下が『レコン・キスタ』に参加することに意義を唱える者は誰もいないでしょう。いや――それどころか、王家を見放した全ての貴族たちが、安心して貴方を支持するはずだ」
 そして貴方には、――とクロムウェルが付け加える。
「私にはない、国造りの才がおありになる」


 ワルドは理解していた。
 この要求に否を唱えた瞬間、ウェールズを刺せ、とクロムウェルが無言で命じている事を。



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